早苗さんと神父くん   作:トマトルテ
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四話:祭りは神様へ奉げる行事

「信一さん。ど根性ガエルのお面とジェイソンのお面どっちがいいですかね?」

「むしろ、何故その二つで悩む? ジャンルが違い過ぎるだろう」

 

 楽し気な祭り囃子(ばやし)が夜の諏訪に響き渡る中、一組の男女がお面屋の前に居た。

 もちろんその2人とは仏頂面の神父、信一。そして、神ってる巫女、早苗である。

 今日は2人で祭りに遊びに来たのだ。

 

「諏訪子様への信仰を示すべくど根性ガエルを被るべきか、ネタに走ってジェイソンを被るべきか、それが問題です」

「我からすればどちらもネタに走っているように見えるがな」

 

 2つのお面を前に、真剣な表情で悩む早苗の服装は鮮やかな緑をベースにした花柄の浴衣で、髪の毛もいつもとは違うアップでまとめており、非常に可愛らしいものとなっている。

 信一の服装? 察しろ。

 

「そもそも、お面など別に買わんでもいいだろう」

「あれ、あれ? あれれー? もしかしてですけど、信一さんお面の役割を知らないんですか?」

「お面の役割だと?」

「あー、やっぱりそうなんですね。仕方ないですねー、親切な早苗さんが教えてさしあげます」

「いらん」

「じゃあ、説明を始めますね」

 

 信一がお面の役割を知らないと分かると、早苗は慈悲のあるドヤ顔を見せる。

 そして、こんなものも知らないなんて仕方ないと、凄まじくウザい仕草をとりながら話し出す。

 もちろん、信一は無視をしようとするが、調子に乗った早苗を止められるはずもない。

 

「お面とは元々、人間が神の真似をするために作ったものです」

「キリスト教にはそのような習慣はないが、シャーマンのようなものか?」

「はい。神降ろしや、神へ舞を捧げる時などに人はお面を被り、神を模します」

「だが、それならばシャーマンのような特別な人間だけがつけていれば良い」

「チッチッチ、分かってませんねえ、信一君は」

 

 普段は歴史関係は説明を受ける側なので、教えられる立場をここぞとばかりに活かす早苗。

 無表情ながらに、青筋が立ち始めている信一の様子などお構いなしだ。

 

「お祭りの際、人間は神様の真似をしますが、神様は人間の真似をするのです」

「神が人間の真似を…?」

 

 偉大なる神が卑小なる人間の真似などをするのかと、怪訝そうな声を出す信一。

 その反応こそが、神道とキリスト教の神の捉え方の違いの1つと言えるだろう。

 

(まつ)りとはすなわち(まつ)り。自分を祀っている行事の際には大抵の神様が顔を出します。ですが、そこで顔を出してしまえば混乱は必須。マイケル・ジャクソンのコンサートみたいな状況になります」

「確かにそれは困るな。見てみたくもあるが」

 

 早苗の説明に頷きながら信一は想像してみる。

 ミサを行っている最中にイエス・キリストが現れたら自分はどうするかと。

 間違いなく歓喜の涙にむせび泣きながら、祈り倒すことは想像に難くない。

 中には嬉しさのあまりに、心臓発作を起こす人間だって居るかもしれない。

 

「なので、そういった混乱を避けるために、神様はお面を被って人の真似をするのです。いえ、正確に言えば、お面を被ることで人と神の境界を無くすとでも言うべきですかね」

「……つまり、汝が神であることをバラさないためにお面が必要だと?」

「その通りです。いやぁー、信仰が高すぎるのも考え物ですよね。流石の私も、心臓麻痺とかを起こして欲しくはありませんし」

「……それで、その話は誰からの受け売りなのだ?」

「神奈子様です」

 

 もはやドヤ顔を通り越して、当然のことを話すように語る早苗。この無駄な程に高い自信は、一体どこから来るのだろうかとツッコみたくなる信一だったが、そこら辺に触れると面倒になるのでスルーする。触らぬ神に祟りなしとはまさにこのことである。

 

「まあ、こちらのハロウィンに近いものか。あれの場合は悪魔との境界を無くすのが目的だが」

「日本だとただのコスプレ祭りと化してますけどね。困りますよね、私なんて一回巫女服をコスプレと間違われましたし」

「我もだ。全く、悪魔に連れ去られぬために、神父の格好をする馬鹿がどこに居るというのだ。阪神ファンの中に巨人のユニフォームを着ていくようなものだぞ。仮装は、頭に被ったカボチャだけだと、何度説明したことか」

 

 ダラダラと喋っているうちに、ど根性ガエルのお面に決めたらしく、スポッと頭に被る早苗。

 

「はい、これに決めました! どうですか、諏訪子様への信仰をビシビシ感じませんか?」

「逆に聞くが、そんなもので信仰になって良いのか?」

「大丈夫です。諏訪子様の帽子もど根性ガエルみたいなものらしいので」

「今サラリと衝撃的な発言を聞いた気がするのだが?」

 

 早苗が何気なく零した衝撃の事実に、信一は思わずツッコみを入れてしまう。

 しかし、早苗の方からすれば当り前のことのなのか、何でもない様に説明を始める。

 

「何でも、すごい昔に諏訪湖の(ぬし)を潰しちゃってああなったとか」

「まさかとは思うが、喋るのかあの帽子は?」

「喋れるらしいですけど、無茶苦茶無口らしくて諏訪子様も数十年単位で声を聞いてないって言ってました。あ、でもすっごく渋くていい声らしいですよ」

「それは何とも聞いてみたいような、聞きたくないようなものだな……」

 

 知り合いの帽子が実は生き物だったという意味不明な事実に、流石の信一もどう言えばいいのか分からずに、言葉を濁す。だが、早苗が話す衝撃の真実はそれだけでは終わらなかった。

 

「さらに言いますと、蛙狩り(かわずがり)は知っていますか?」

「3匹の蛙を矢で刺して、建御名方命(タケミナカタ)…神奈子殿に奉げる元旦の儀式か」

「はい、諏訪子様が建前的に神奈子様に従うというのを示している儀式なんですけど、そこで毎年蛙が自ら生贄になるように見つかるというのが、諏訪の七不思議に数えられたりもしています」

「……まさかとは思うが、話の流れからすると」

「はい。蛙狩りの時に生贄に志願してくる蛙も、生贄になる代わりに、神の眷属として生まれ変らせるという話であの帽子が呼び寄せているみたいですよ」

 

 ただの変わった帽子だと思っていた存在が、思った以上に力を持っていた事実に思わず頭を抱えてしまう、信一。因みに生贄に対しては、スケープゴート等に代表されるようにキリスト教でもよくあることなので、特に何も思わない。

 

「因みに、募集内容は『ただの蛙には飽きた! もう一段自分をステップアップさせたい! そう思っているそこのあなた。神の眷属に転職してみる気はありませんか? アットホームな職場と温かい(上司)があなたを待っています!』…という感じで募集しているとか」

「転職(転生)とは何とも……しかし、それ以上に大分イメージと帽子の性格が違うのだが」

「性格自体は明るい人(?)で、昔は仲間と一緒に、よくウサギと相撲をしてたらしいですよ」

「待て。まさか鳥獣戯画の蛙なのか、あの帽子は?」

 

 無口な割にはやたらと明るい性格をしているらしい諏訪子の帽子。

 鳥獣戯画にセリフがついていないのも、蛙が無口だったというのが真相かもしれない。

 

「まあ、最近は蛙も神様なんて非科学的だー、なんて現代的な考えを持つようになって、数を揃えるのも結構大変になっているみたいですけど」

「江戸も平成も、同じような生活をしていそうな蛙が現代化するのか」

「ペットとして飼われていた蛙とか、海外から輸入された蛙とか、田んぼじゃなくて住宅街の溝とかに居る蛙とかが現代化しているらしいです」

 

 カエルも現代化しているという事実に白目を見せる信一だったが、現実は変わらない。

 世界からは幻想は着実に失われ、人よりも神に近い動物ですら神を疑う様になっているのだ。

 キリスト教という世界最大宗教ならばともかく、日本だけの神道の神が完全に消える日はそう遠くはないだろう。

 

「と、ここで話してばっかりじゃ、祭りに来た意味がないですね。さあ、行きましょう!」

「話を振ってきたのは汝だがな。まあ、その意見自体には賛成だ」

「まずはリンゴ飴です。美少女にはリンゴ飴と相場が決まっています!」

「美少女であることは否定せんが、ど根性ガエルのお面にリンゴ飴は中々に奇抜だぞ?」

「美人は何着ても似合うって言いますので問題ないです。それより早く早く!」

 

 子どものようにはしゃぎながら、手を伸ばしてくる早苗を、半目で見ながら溜息を吐く信一。

 しかし、それもすぐに終わり、伸ばされた柔らかな(てのひら)をしっかりと掴む。

 

「全く……迷子になっても知らんぞ」

「そうならないために手を繋いでいるんでしょう?」

「分からんぞ。気がついた時には奇跡の力で、相手の手を引き千切っているかもしれん」

「そんな奇跡起こしませんよ!? ほら、ギュッと握っても何も起きないでしょ!」

 

 信一のからかいに対して反論するために、ギュッと力を込めて握り返す早苗。

 もちろん腕が引き千切れたりなど奇跡は起こらない。

 そのことに、どうだと言わんばかりの顔をする早苗。

 しかし、そこまで至ってようやく、自分がしていることを理解し顔を赤くするのだった。

 

「……け、結構逞しい手ですね」

「日々鍛錬をしているからな。それよりも、早くリンゴ飴を買いに行くのだろう?」

「あ、そんなに引っ張らないでください!」

 

 しかし、手を握られている信一の方は、顔を見せることもなくズンズンと進むだけである。

 その、こちらをまるで意識していないような姿に、早苗の頬が徐々に膨らんでいく。

 

「……少しぐらい意識してくれたっていいじゃないですか」

「何か言ったか?」

「何でもないですよーだ」

 

 祭りの喧騒の中に現人神ではなく、1人の乙女の呟きが零れて消えていくのだった。

 

 

 

 

 

「早苗よ、何を拗ねているのだ?」

「ツーン」

 

 祭りも終盤に近づき、熱気も最高潮に近づく中、何故か微妙な空気をしている2人組が居た。

 その2人組とは勿論、信一と早苗である。

 綿あめで口を塞いで、喋りませんよアピールをする早苗に、さしもの信一も困ったような雰囲気を見せている。

 もっとも、それでもなお表情は変わらないのだが。

 

「……まさかとは思うが、拗ねていれば我が奢ると思って拗ねたフリをしているのではないな?」

「ツ、ツーン」

 

 半分ほど図星だったのか目を右往左往させる早苗を、ジト目で見る信一だったが、やがて諦めたように頭を下げる。

 

「はぁ…降参だ。前にも言ったが、我には乙女心が分からん。謝るので理由を教えてくれ」

 

 半分の理由は分かったが、もう半分の理由は分からない。

 そのため、信一は頭を下げて早苗の機嫌を直そうとする。

 

「そ、そこまで言われたら仕方ありませんね。お、教えてあげます」

 

 しかし、早苗の方も素直に言うのは気恥ずかしかったのか、あたふたと理由を考え始める。

 そして結局、最近よく思うことを話すことにする。

 

「……信一さんって笑いませんよね?」

「それがどうかしたのか?」

「笑わないどころか、表情を変えることがありませんから、感情が分かりづらいんですよ!」

「う、うむ」

 

 一度話し始めると堰を切ったように不満が溢れ出てきたのか、凄まじい勢いで語っていく早苗。

 それに対して、信一の方も何も言うことが出来ずに、ただ頷くことしかできない。

 

「そりゃあ、無表情が信一さんの特徴だって分かってますよ? それに大体どんな感情をしているか位なら、付き合いの長さで分かりますし。でも、それだけじゃあダメなんです!」

「ど、どうダメなのだ?」

「……不安になるじゃないですか」

 

 先程までの勢いのある声から、一転して小さな声になる早苗に信一はしどろもどろする。

 

「いつも仏頂面だから、私と一緒にいて本当に楽しいのか分からなくて不安になるんです……」

「分からないから不安になる……」

 

 早苗の言葉に聞き覚えのある信一は思わず舌を噛む。

 それは信一が思う、人が恐怖する理由そのものだ。

 無表情な相手の感情は読めない。だから、楽しんでいるのか怒っているのか分からない。

 

 分からない部分があれば、人は自分の最悪な方向に想像を膨らませ最終的に恐怖する。

 

「信一さんは本当に私と一緒にいて楽しいですか? 無理とかしてないですか?」

 

 いつもは自信に満ち溢れている、早苗が見せる弱気な表情に声が出ない。

 自分がこれ程までに彼女を不安にさせていたなど、思いもしなかったのだ。

 

「……汝は我が一緒に居ることが楽しいと言ったら信じられるか?」

「仏頂面で言われても信じ辛いですね」

「それは確かに……では、笑ってみるとしよう。こうか?」

「ブッホ!?」

 

 そう言って、口角を上げて笑みを作って見せる信一。

 だったのだが、それを見た瞬間に早苗が乙女としてどうかと思う顔で、吹き出してしまう。

 

「何故笑う?」

「い、いや、だって余りにも不自然な顔で……ぜんっぜんっ、笑えてませんよ?」

「……口角を挙げれば笑顔になるとは嘘だったのか?」

「いや、それは事実だと思いますけど、信一さんは表情が硬すぎます」

 

 まだ笑いが収まらないのか、腹を抱えながら笑い転げる早苗。

 当然、信一の方は笑われて喜ぶ趣味は持っていないので、やっきになって普通の笑顔を作ろうとする。

 だが。

 

「こうか?」

「眉間にしわが寄ってます。それじゃあヤクザです」

「では、これならば」

「笑顔ですけど悪魔の笑みってやつですね」

「悪魔め、こんなところでまで人を害するか!」

「いや、なに悪魔に責任転換しているんですか」

 

 信一は何度やっても、自然な笑顔というものを作り出すことが出来ない。

 反対に早苗の方はすっかり機嫌が直ったように、花のような笑顔を咲かせている。

 2人はまさに正反対の人間。本来ならば混じり合うことの無い存在。

 だとしても。いや、だからこそ。

 

「フフ……信じてあげますよ」

「む、何をだ?」

「私に信じてもらうために、一生懸命になってくれる信一さんをですよ」

 

 2人はお互いを信じ合うことが出来る。

 

「私と一緒に居て楽しいんですよね?」

「無論。神に誓ってだ」

()に誓ってですか。いやー、照れますねぇ」

「たわけ、我が信じる神は唯一だ」

 

 それでいつもの空気に戻ったのか、完全に2人の間からギクシャクしたものが消える。

 そこへ、まるで2人が仲直りするのを待っていたかのように花火が打ちあがる。

 

「あ、花火ですよ」

「ほぉ…見事なものだ」

 

 2人で並んで肩を寄せ合いながら、夜空に満開の花を咲かせる花火を見つめる。

 こんなにも近くに居ても、お互いの心は分からない。

 仮に相手の心が分かる者が居るとすれば、それは神かサトリだけ。

 

 普通の人間には()()()()()

 分からないからこそ不安になる。だが、そこから生まれるものは恐怖だけではない。

 人は分からないものがあるからこそ、()()()ことができるのだ。

 

「……綺麗ですね」

「……うむ」

 

 分からないからこそ神を信じ、愛を信じ、相手を信じる。

 心を全て読んだ上で信用するのとは全く違う。

 何一つとして確証がないものを信じるという心は、人の愚かさの象徴である。

 

 何故なら信じるという行為は、自分の心臓(ハート)を相手に預けるという行為に等しい。

 一度(ひとたび)裏切られれば、決して癒えぬ傷を負う。

 だとしても、人は何かを信じねば生きていけない。自分を、愛する者を、神を、世界を。

 

 その姿は堪らなく滑稽で、どこまでも愚かで、吐き気がする程に弱く、何よりも。

 

 ―――美しい。

 

「信一さん」

「なんだ?」

「私、この光景を絶対に忘れません。……て、言ったら信じてくれます?」

 

 信じることに何の意味があると言う者もいるだろう。だが、それは違う。

 信じることそのものに意味があるのだ。

 人は何かを信じることで世界を切り開いてきた存在だ。

 

「疑う理由がない。汝は嘘はついても約束は破らん人間だからな」

 

 人は海の果てに大陸があると信じて大海原を制覇した。

 人は空を鳥のように飛べると信じ続けて空へと羽ばたいた。

 人は月という神話の世界に行けると信じ続けて月に一歩踏み出した。

 そう。人の全ては信じることで始まる。

 

 ならば、絆という目には見えぬ鎖もまた、相手を信じることで初めて生まれるものなのだろう。

 

「フフフ、信じてくれます? はい、忘れませんよ、絶対に。……例え――」

 

 だが、人間は。

 

 

「―――世界が私を忘れる運命(さだめ)だとしても」

 

 

 忘れ去ってしまったものを信じることはできない。

 

 




クライマックスに向けての話で、早苗さんのヒロイン力も爆上がりしたはず。
次回は【ドキッ! 2人だけの山籠もり修行☆ ポロリもあるよ!?】です。

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