「というわけで修行です! 修行に行きますよ、信一さん!」
「何がという訳なのだ。まずは修行の理由を説明しろ。そして、我がついていく必要性を語れ」
「そんな…ッ。私達の友情はその程度のものだったんですか!?」
「友情を万能道具の様に語るな。ジャンプであっても、友情プラス努力で勝利に辿り着くのだぞ」
いつものように突拍子の無い発言をする早苗に、面倒くさそうな目を向ける信一。
だが、教会の掃除をしている手は止めているので、一応は真面目に聞いているらしい。
つまりは教会の掃除<早苗ということを、分かりづらく示しているのだ。
とんだツンデレが居たものである。
「それで、何を思って修行などと言い始めたのだ?」
「それは……」
改めて信一に尋ねられると、早苗は
一体何が彼女にそのような表情をさせるのかと、信一も思わず身構えてしまう。
だが、しかし。
「『育毛の奇跡』は起こせないのかと、信者の人に縋りつかれまして……」
「なんだその下らん理由は」
余りにも、あんまりな理由に脱力してしまう。
しかしながら、当の早苗は何故か
「下らなくないですよ! いや、もう本当に凄い悲壮感を漂わせながら頼まれたんですよ? 例えるなら、そう……幼い我が子と死に別れてしまった母親のような感じでした」
「髪を失うとは、それ程までに辛いことなのか」
「そんな感じで頼まれたものですから、流石の私もこのままではダメだなと思い、修行をしてみようと思った次第です」
「理由が分かったようで分からんが、まあいい。それより、汝は『育毛の奇跡』は起こせないのか? 以前、『脱毛の奇跡』は起こせると言っていただろう」
持つ者に持たざる者の心は分からない。
その真理通りに、信一にはそうまでして髪を生やそうとした
とは言っても、自分の力の無さに嘆く早苗の気持ちは分かったので、話を進める。
別に面倒になったという訳ではない。ないったらないのだ。
「『脱毛の奇跡』は30秒ぐらいの詠唱で出来るんですけど、『育毛の奇跡』は7日間ぶっ通しで詠唱しないとダメなんですよ。要するに物理的に無理ってことです」
「主は7日間で世界を創ったというのに、人間は髪を生やすだけで限界なのか……」
『脱毛の奇跡』に対しての、『育毛の奇跡』のあまりのハードルの高さに、信一は目を覆う。
ドラゴンボール風に言えば『ダメだ、その願いは私の力を越えている』である。
ああ、人間とはなんと卑小な存在なのか。
天の父は7日で世界を創り、あろうことか最後の1日を休養日に当てるという余裕を見せたというのに、人間は現人神になっても髪の復活すらできないのだ。思わぬところから、神の偉大さを感じることができ、信一の信仰はさらに高まるのだった。
「というわけで、私の力を上げるために修行をするのです! さあ、行きましょう!」
「修行の理由は分かったが、結局我がついていく理由は聞いてないぞ?」
そして、早苗による早苗のための修行が始まる。
「で、修行の定番である山に来たのは良いんですけど、修行って何をすればいいんですかね?」
「…………」
「痛い! 痛いです! 無表情で殺意を感じるアイアンクローをしないでください!?」
修行は始まらなかった。
ただ、山奥に猟奇殺人を思わせるような、若い女性の悲鳴が響き渡っているだけだ。
もっとも、それもこれも無計画な当の早苗本人が悪いのだが。
「はぁ…帰ってもよいか?」
「そんな酷いこと言わないでくださいよー。ほら、こんな美少女とハイキングに来れてるんですから、むしろ役得だと思ってください」
「何故、ついてこいと頼んだ側が恩着せがましいのだ」
早苗を解放したものの、未だに冷たい目線を向ける信一に流石の早苗も危機感を覚えたのか、媚びるように上目遣いを送るが、セリフで台無しである。やはり、人間の素というものは、隠すことが出来ないのかと信一は大きくため息を吐く。
「全く…仕方あるまい。修行の内容を共に考えてやるので、どうすれば神力が上がるか話せ」
「そうやって、何だかんだ付き合ってくれる信一さんが好きです」
真っすぐな言葉で微笑む、早苗の顔を直視することが出来ずに、信一はフイッと顔を逸らす。
「……いいから、話せ」
「あれ? もしかして照れちゃってます? フフフ、信一さんも意外と初心な所があるんですね。まあ、こんな清楚で可愛いJKに好きって言われたら照れる気持ちも分かりますけど」
「と、思ったが1人でも大丈夫そうなので帰らせてもらう」
「ああッ!? 謝ります! 謝りますから帰らないでください!」
しかし、続く早苗の耳元で蚊に飛ばれるよりもなお、ウザいドヤ顔を見て踵を返す。
もっとも、これは遊びのようなものなので、早苗に手を掴まれるとすぐに振り返る。
本気で嫌がっているような気もしないでもないが、無表情なので答えは闇の中だ。
「それで? 神道は基本的にどのような修行をするのだ?」
「えーと……基本的に毎日を誠実に生きることが主で、あんまり特別な修行ってないんですよね」
「ふむ…そこら辺の考え方はキリスト教とあまり変わらんな。人生こそが試練であり、修行だ」
「そうなんですか? 何だかキリスト教って、結構修行とかしているイメージあるんですけど」
早苗の認識では、色々とストイックな信一がキリスト教なので、色々と厳しいものになっている。しかし、信一はそのような認識は心外だとばかりに首を振る。
「以前は神秘主義のような、瞑想などを修行とする宗派が流行った時期もあった。しかし、現在のカトリックでは異端とされている」
「何でですか? 仏教とかの座禅みたいなものじゃないんですか?」
「確かにそれと近いが、神秘主義は瞑想そのものよりも目的が異端視されたのだ」
首を傾げながら質問する早苗に信一は、十字架を手でいじりながら語っていく。
唯一神という神の本質を。
「神秘主義は瞑想により神との一体化を目指した。それこそが、異端の真実だ」
「神との一体化を目指す…? それって普通じゃないですか。シャーマンとかがそれでしょ」
「別にその考えが間違っているとは言わん。だが、我らが信じる者は
「え?」
人から神に為った存在ならここにいるよ。
と、全力で指差しアピールを始める早苗を無視しつつ、信一は説明を続ける。
「唯一絶対なる神。全知全能たる父。神が人に近づいてくださることはあっても、人が神に近づくことは畏れ多い行為だ。バベルの塔、イカロスの翼が良い例だろう」
「神道では単なるお祭りの時ですら、神と一体になりますよ?」
「そういう点では、日本人は特に神に近い民族と言えるかもしれんな。だが、キリスト教は違う」
神は嫉妬深く、他の神への信仰を許さない。そうした特徴が一神教には多い。
故にこそ、神以外のものを信仰するという行為にはうるさい。
時には天使や聖人ですら、信仰することを許されなくなることすらある。
「人と神の境界は、山のように高く海のように深い。越えてはならぬ境界が明確だからこそ、神との一体化ですら異端であるとされたのだ」
「いや、だから私が人から神に為ったんですけど」
「後は、汝のように自らを神と奢る者が出てこないようにするためか」
「ムキー! だから、私は本物の神様ですって! 天罰として早苗サンダー食らわしますよ!」
「何より、人が神になると、このように理不尽がまかり通ってしまうからな」
プンプンと効果音を自分で出しながら、ポカポカと信一を叩く早苗。
それを無表情で受けながら、信一も少しからかい過ぎたかと話を元に戻す。
「そういう訳で、キリスト教的にも祈ることぐらいしか修行はない」
「まったく、神ってる少女早苗さんが頼りにしているのに、役に立ちませんね」
「因みに我個人は悪魔と戦うために、日々体を虐め抜いているのでそちらなら教えられるぞ?」
「あ、そういうキツそうなのは無しの方向でお願いします」
自分で修行をすると言い出したのにも関わらずに、肉体的にキツイのは嫌だと言う早苗。
もっとも、何となく信一の鍛錬が常軌を逸してそうなのを、勘で感じ取ったのが一番の理由であるが。
「ならば適当に滝にでも打たれてくるがいい。ザ・修行という感じでいいだろう」
「あ、それ漫画っぽくていいですね! 精神力とかが凄い上がりそうですし」
そのことで、いい加減に面倒になったのか、適当に提案を出す信一だったが、意外にも早苗の方は乗り気になってしまい、意気揚々と近くにあった手ごろな滝の下に向かう。
そして。
「イタタタタッ!? 滝痛いです! 冷たい以上にまず痛いです!?」
「前から思っていたが、汝はアホだな」
当然の如く、現実は漫画のように楽ではないと思い知らされるのだった。
「ううぅ…酷い目に遭いました」
「楽して強くなろうなどと考えるからだ、愚か者」
「だって、滝に打たれるって定番じゃないですか…。誰でも一回ぐらいは滝に打たれてる自分を想像するでしょ……」
ガタガタと体を震わせながら、ぐっしょりと濡れた体を焚火で乾かす早苗。
「だといって、何の準備もなく飛び込むバカが居るか。最低でも体を温める準備位はしてやれ」
「そこら辺は奇跡の力で何とかなるかなーって……すいません、大自然舐めてました」
長く柔らかい新緑の髪から、水と共に色気を滴り落とすかのようにタオルで水を落とす姿。
白く瑞々しい餅のような肌に、濡れて体のラインにピッタリと張り付いた服。
いつもの元気さが影を潜め、唇を青くして震える憂いのある表情。
普段とは違い、今の早苗の姿は非常に艶やかで、まるで。
「……天女というものか」
「ほえ?」
「……何でもない。少し待っていろ、元気が出るものを取って来てやろう」
天女のように美しい。
思わずそう思ってしまい、ポロリと言葉を零してしまう信一だったが、すぐに誤魔化すように立ち上がる。そして、顔を隠すようにどこかに行こうとするが、はたと気づいて早苗にあるものを投げつける。
「わぷ!? ……これは信一さんの神父服?」
「替えの服がないのなら、乾くまではそれでも着ているといい。我は少し動いてくるからいらん」
「信一さん……まさか、覗きスポットから早苗さんの着替えシーンを覗くつもりですか!?」
「また滝に打たれる羽目になりたいようだな」
「じょ、冗談ですって、冗談。ありがたく着させてもらいます」
滝の中に放り込むぞ、とばかりに指を鳴らす信一にすぐに平謝りする早苗。
信一はそんな彼女の姿に、呆れたように溜息を吐いて山の奥へと消えていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、キョロキョロと辺りを見回して誰も居ないことを確認した後で、早苗はそっと彼の服に顔に埋め。
「……あったかいです」
ポツリとそんな言葉を零すのだった。
「待たせたな、早苗」
「あ、お帰りなさい。それで何を取って来たんですか?」
「それはこれだ」
信一の服に着替え終え、ぼんやりと焚火を見つめていた早苗が、信一の帰りに笑顔で振り返ると、ボトリという音がして何かが地面に落ちた。はて、何だろうか? と、早苗が無意識に目を落とすとそれと目が合う。
鹿の生首と。
「守矢では
「喜びませんよ!? 現役JKへのプレゼントが生首って常識を考えてくださいよ!?」
「常識に囚われているようでは真実は見えんぞ」
「その常識には囚われておいてください!」
鹿の死んだ魚のような瞳(比喩抜き)が非常にシュールだ。
「そもそもの話、仮にも邪神の巫女ならば、
「見慣れていても、いきなり生首をポロリされたら誰だって驚きますよ。そもそも、昔はともかく、今は動物愛護団体がうるさいので
「いつの世も世知辛いものだな」
早苗の言葉に、信一は鹿の角をつつきながら、昔の信仰を続けていくことの難しさに思わず顔をしかめる。
時代の流れと言ってしまえばそれだけだが、やはり神を信じる者として思う所があるのだろう。
まあ、それはそれとして、いきなり鹿の生首を持って来るのはどうかと思うが。
「というか、これどうするつもりですか? そもそも、どうやって狩りをしてきたんですか?」
「汝の腹が空いていると思ってな。食事用に竹槍で仕留めてきた」
「竹槍?」
「竹槍」
竹槍なんてどこから持ってきたんだろうか、それとも現地調達したんだろかと、白目を剥きながら考える早苗だったが、やがて諦めて息を吐く。
「……まあ、信一さんですもんね。破天荒なのはいつも通りですね」
「その言葉、リボンをつけて送り返してやろうか?」
「…………」
「…………」
お互いに無言になり、お前にだけは破天荒と言われたくないと睨み合う2人。
と言っても、どっちもどっちなので不毛なる争いと言うしかないが。
「はぁ…こんなところで喧嘩しても疲れるだけですね」
「同感だ。さっさと、鹿を食べて山を下りるとしよう」
「あ、結局それ食べるんですね。それでどうやって食べるんですか?」
「神を自称する汝なら、奉げられたままの生で行けるのではないか?」
「嫌ですよ。
「たわけ」
2人はダラダラと下らない会話をしながら、鹿の血抜き・解体を進めていく。
基本的には信一が主導で進めてはいるが、早苗も神事の一環なので、知識は持っていたのか特に困惑した様子もなく作業を進める。
そしてしばらくすると、辺りに肉の焼ける良い匂いが広がり始める。
「いい感じに焼けてきましたね。さ、後はこれに塩をかけてと」
「……まさかとは思うが、その塩はお清め用の塩ではないな?」
「よく分かりましたね。ビニール製の袋に入れていたので濡れずにすんで良かったです。あ、家の台所から補充したやつなので、もちろん乾燥剤とかは入ってないですよ」
「我は精神的な面で良いかを聞こうとしたのだがな……。まあ、本人が良いと思うならそれでいいのだろう」
お清め塩を嬉々として鹿の肉に振りかける早苗に、微妙な視線を送る信一だったが、そのうち考えるのが面倒になったのか、自分も塩を借りて肉に振りかけ始めるのだった。
「いただきまーす! ……」
「……うむ」
ホクホク顔で肉にかぶりつく早苗だったが、すぐに何とも言えぬ表情へと変わる。
信一の方は無表情で変化が無いが、やはり美味しそうに食べているようには見えない。
2人が微妙な表情になってしまうのも無理のないことであろう。
「何と言うか……不味くはないんですけど、そこまで美味しくもないですね」
「しっかりと調理をしたわけでもなければ、食べるために育てた鹿でもないからな」
普段、現代人が食べている肉は食用として何代にもわたり、交配された食べるための肉だ。
しかし、山で狩猟した自然そのままの肉は、生きるための肉である。
当然、筋肉質で柔らかくはなく、臭いなどがあったりする。
そのことから、自分達が如何に恵まれた生活をしているかを再認識する早苗であった。
「こんなことなら、
「汝は信仰を何だと思っているのだ?」
信者からの捧げものを指定する神は多くいるが、焼肉のために指定する神は前代未聞だろう。
そう、信一がジト目で語り掛けると、流石に問題があったと思ったのか早苗が苦笑いを返す。
「あはは…大切なのはものじゃなくて気持ちですよね。ちゃんと分かってますって」
「本当かどうか疑わしいな。特に汝の場合は貰ったものでモロに態度を変えるだろう」
「するわけないじゃないですか。私は誰にも分け隔てなく優しく接する諏訪の聖女様ですよ?」
「我がやったポケット聖書を、どうしたか思い出してみるがいい」
「神様の私が再生紙に生まれ変わらせたので問題ありません。今流行りの神様転生ですよ、神転」
「カトリックに転生などないわ、たわけが」
茶目っ気たっぷりに舌を出して、ウザったらしく笑ってみせる早苗。
それに対して、無表情で焼けて熱々になった肉がついた棒、略して肉棒を突き付ける信一。
「ちょ、熱くて長い肉の棒を、いたいけなJKの顔に押し付けるなんて、セクハラで訴えますよ」
「…………」
「アツッ!? 熱せられた油が頬に! 頬に! ダチョウ俱楽部は私達には早すぎますって!?」
早苗のふざけた発言に、少し本気で怒ったのか真顔で早苗の頬に熱々の肉を押し付ける信一。
その熱さにさしもの現人神の早苗も、単なるリアクション芸人のように叫ぶことしかできない。
普段から神というより、リアクション芸人に近いとは言ってはいけない。
「ふぅ……まったく、絶世の美少女の頬に火傷が残ったら、どう責任を取ってくれるんですか」
「右の頬を焼かれたら、左の頬も差し出すがいい」
「嫌ですよ!? なに、シレッと自分とこの教義を押し付けようとしてるんですか!」
結局、信一の肉棒攻撃は、早苗が肉棒を可愛らしい小さな口でくわえ込んだことで終わりを迎える。溢れ出る肉汁の熱さと量に、一瞬吐き出してしまいそうになる早苗だったが、そこは目を瞑り我慢して呑み込む。そして、若干の涙目と荒れた息で、恨めしそうに信一を睨みつけるのだった。
念のために言っておくが、2人がやっている行為にいやらしいものは1つとしてない。
「無論、冗談だ」
「……何度も言ってますけど、無表情で言われても信用できないんですが」
「主がアブラハムに、イサクを捧げるように命じたのと同じ程度に信用してもいいぞ」
「アブラハム…? イサク…?」
聞きなれない名前に首を傾げる早苗。
その姿に、何とも言えない目を向けてしまう信一だったが、こうしたことを伝えるのも神父の務めだと、思い直して語り始める。
「アブラハムは簡単に言えば、この世で初めて神の祝福を受けた者だ。そして、イサクはアブラハムの息子だ」
「へー、そうなんですか。……あれ? さっきイサクを捧げるって言いませんでした?」
「その通り。主はアブラハムに、息子であるイサクを殺して自らに捧げるように命じたのだ」
「そんなのって……」
余りにも残酷な神託に思わず言葉を失う早苗。
しかし、この話は信一が
「無論、主は残酷なだけの存在ではない。これはアブラハムへの試練だったのだ」
「試練?」
「そう。主はアブラハムが、どこまで自身を信仰しているか知ろうとしただけだ。故に、アブラハムがまさにイサクを手にかけようとした瞬間に、天使を遣わしてその手を止められた。そして、イサクの代わりに、神が自ら捕えた
「あー、よかったです。最愛の人を自分の手で殺すなんて悲しすぎますもん」
全ては神による壮大なペテンだったと知って、早苗は胸を撫で下ろす。
愛する者を自らの手で殺すことほど辛いことはない。
例え、神に全てを捧げる神官であったとしても、死ぬまで苦しむのは間違いないのだから。
故にアブラハムへの試練は、神が人間に与えた最大の試練とすら言われている。
「…あれ? 生贄の子どもが神の遣いに助けられる……」
「どうしたのだ、早苗」
「いえ、どこかでそんな話を聞いたことがあるような気がして」
はて、どこで聞いたのだろうかと首を傾げる早苗。
しかし、その思考を遮るようにポツリと冷たい雫が彼女の首筋に降り注ぐ。
「ヒャッ!? あ、雨ですか?」
「む、不味いな。本降りにならないうちに、雨を凌げる場所に行くぞ」
「そんな場所あるんですか?」
「鹿を探している時に偶然見かけた山小屋がある。そこに向かう」
せっかく体が渇いたというのに、また濡れてしまっては意味がないと慌てて動き出す2人。
そんな2人を急かすように雨脚は次第に強まっていき、蛙の声が山一帯に響き渡る。
「……ケロケロ」
「信一さん、今何か聞いたことのある声がしませんでしたか?」
「我にはお前の声しか聞こえんぞ。さっさと走れ、また濡れネズミになりたいか」
「あ、置いてかないでくださいよー!」
どこか聞き覚えのある声が聞こえたような気がして、思わず足を止めそうになる早苗だったが、信一に急かされてその思考を振りはらう。それが、間違いであることに気づくこともなく。
「何とか本降りになる前にたどり着けたな。ふむ、鍵も開いているな。」
「ピッキングの奇跡を起こさなくてもよかったです。でも、何だか見た目が新しいですね」
「まあ、見た目のことは中に入ってからでいいだろう」
信一が見つけたという山小屋に辿り着いた2人は、
小屋の中は如何にも山小屋という雰囲気で、意外なほどに小ギレイに片付いていた。
しかし、2人の目を引いたものはそれらではなく。
「し、信一さん、これを見てください…!」
「……これは」
やけに強調するように置かれた、純白のダブルベッド。そして。
『セックスしないと出られない部屋』
手作り感あふれる、そんな張り紙だった。
後編に続く。
後、こっから先は眉唾知識です。信用しない方が良い情報。
アブラハムがイサクを捧げようとした場所の名前はモリヤ。
そして
まあ、噂半分に聞いた方が良い情報です。作者も面白半分で入れましたし。