早苗さんと神父くん   作:トマトルテ
<< 前の話 次の話 >>

7 / 17
七話:信じる者は救われる

 人間の勇気が好きだ。

 人間の絶望が好きだ。

 

 何の力も持たぬ脆弱なその身で、奇跡を掴み取る強き姿には感動を禁じ得ない。

 自信と力に満ち溢れたその身が、折れゆく弱き姿には涙を流さずにはいれない。

 

 さあ。私に勇気を見せて声が枯れる程に歌わせておくれ、人間賛歌を。

 さあ。私に絶望を見せて涙が枯れる程に嘆かせておくれ、人の醜さを。

 

 そのためにこの楽園はある。

 そのためにこの地獄はある。

 

 私はそのためにこの世界を創った。

 

 信じているとも、人間を。

 愛しているとも、人間を。

 だからこそ、試練を与えるのだ。

 

 人間は私にとっての希望だ。人間は私にとっての絶望だ。

 私は人間にとっての希望だ。私は人間にとっての絶望だ。

 

 不完全なる存在だからこそ、そこに輝きが生まれる。

 完全無欠たる私には、決して出すことのできぬ光がある。

 全知全能たる私には、決して演じる事のできぬ美しさがある。

 

 私は人間は如何なる試練であろうとも、必ず乗り越えると信じている。

 私は人間が現実という試練に圧し潰れ、必ず地に倒れると信じている。

 ああ、口にしてみればこれほどおかしいこともない。

 

 この身は全知全能。全てを知っている。無論、試練を与えた人間の結末もだ。

 初めから分かり切っているものを信じるなど滑稽という他ない。

 断言してもいい。およそ、この世で私程の道化はいないだろう。

 

 小説の作者と同じだ。

 登場人物が何を考えているかも、どういう過程で、どう結末を迎えるかも知っている。

 分からぬことなどない。どのサイコロの目が出るか分かり切ったままに振っているだけ。

 だというのに。

 

 ―――人間の人生(ものがたり)は決して私を飽きさせない!

 

 知っている。分かっている。既知でないことなど何1つとしてないのだ。

 だというのに人間の生き様は、私の心を揺さぶり続ける。

 余すことなく知り尽くしているというのに、ページをめくる手が止まらないのだ!

 私自身が描いた物語だというのに、その輝きと美しさは私の心を決して離さない。

 

 希望も絶望も余すことなくこの手で与えたものだというのに、恥も外聞もなく興奮してしまう。

 

 全てを知るが故に、全てが出来るが故に、諦観しか抱けぬ私の心を動かしてくれ。

 それが希望であっても、それが絶望であっても、私は君達を愛そう。

 

 故に私は人間に試練を与える。

 人間を信じるために。人間に祈りを奉げるために。人間を愛するために。

 生きとし生ける者全てに、物語を彩るための試練を与え続けるのだ。

 

 さあ、人間よ。絶望に負けるな! 運命に負けるな! 我が試練に負けてくれるな!

 

 

 愛しい我が子らよ、どうか―――神の物語(レール)を越えて行ってくれ!!

 

 

 

 

 

「なんで信一さんに幻想郷に行くことを伝えたんですか! 私は教える気なんてなかったのに!」

「まあまあ、落ち着きなよ、早苗。私達だって考えなしに伝えたわけじゃないんだよ」

「そうよ。それに貴方は忘れられるという本質を見誤っている」

 

 参拝客もいない守矢神社。その一角で、現人神たる早苗はただの年頃の少女らしく、行き場の無い怒りを二柱にぶつけていた。しかし、そんな怒りを受けても神たる諏訪子と神奈子の表情が変わることはない。まるで、人間の怒りを受け止めてやるのも神の仕事だとでも言うように。

 

「忘れられる本質…?」

「貴方はそれをどう考えるかしら、早苗?」

 

 厳かな声の神奈子に言われて、幾分か冷静さを取り戻した早苗が頭を働かさせる。

 

「私がみんなの記憶から消えるのは……とても悲しいです。でも、私は耐えられます」

「悲しいことね……間違いではないわ。でも、敢えて言わせてもらうわ―――この愚か者めが」

 

 神威が波となり、壁となり早苗に叩きつけられる。

 その今まで見たことも感じたこともない神奈子の姿に、早苗は生まれて初めて神に恐怖を抱く。

 

「確かに貴方は悲しいでしょうね。でも、忘れる側は()()()()()()()()()()()

「悲しむことも…できない…?」

「そう。どれだけ好きでいても、どれだけ愛していても。忘れてしまえばそこで終わり。相手は消えていく貴方を憎むことすらできないのよ。それがどれだけ残酷なことか、貴方は理解していない」

 

 憎まれることすらできない。

 その事実にようやっと思い至り、早苗は顔を青くする。

 

「人間は元来忘れる生き物よ。どんなに愛した人が居ても、いずれは声を忘れる。顔を忘れる。名前を忘れる。どんなに強い想いを抱いていてもその運命は絶対に変えられない」

 

 時間は人を忘却に追いやる。

 それは見方によれば救いなのかもしれない。

 だが、愛した人を忘れることが、残酷であることは疑いようがない。

 

「それでも、人間は誰かを愛していたという事実だけは覚えている。記憶から消えても、心が愛を覚えている。でもね、早苗。幻想郷に行くということは、誰かを愛していたという事実すら忘れられるということなの。貴方はそれを他人に押し付けていようとしているのよ」

 

 神奈子の淀むことの無い言葉に、早苗は何も返すことが出来なかった。

 永遠の別れはもちろん辛いだろう。だが、悲しむことすらできないのはもっと辛い。

 何よりも、愛した人に自分のことを何とも思われないというのは、途方もなく恐ろしかった。

 

「まあまあ、神奈子もそこら辺にしなよ。忘れるということを、他人に強制しようとしてるのは私達も同じだし」

「諏訪子様……」

 

 何も言えずに口を噤むことしかできない早苗に、助け舟を出したのは諏訪子だった。

 彼女の言う通り、人々の記憶から消えようとしているのは何も早苗だけではない。

 むしろ、事の発端は神奈子と諏訪子という神にある。

 

「そうね……元はと言えば私のせいね。早苗、もう一度言うけど貴方が私達に従う理由は無いわ」

「全ては信仰を保つことが出来なくなった神様(私達)のせい。早苗は残っても良いんだよ」

 

「私達が…いえ、私が幻想郷に行くのは滅びから逃れるため。私を慕い命すらも差し出してくれた者達を決して忘却しないため。彼らの子孫や世界すらが忘れた今、神である私だけは忘れないでいたい。これは私の我が儘。人が神に縛られる時代はもう終わったのよ。貴方には貴方の未来がある。自分の心のままに生きなさい」

 

 それは子を見守る母の慈愛に満ちた瞳だった。

 我が子を思うが故の優しい拒絶。雛が羽ばたこうと足掻いている姿をジッと見守る親鳥。

 この人達は例え、自分が現世に残ったとしても滅びる瞬間まで覚えてくれるだろう。

 何の根拠もなしに早苗にはそう信じることが出来た。それこそが神の愛。

 その温かさを誰よりも知るが故。信仰無き世界で唯一理解できるからこそ、少女は。

 

「無理ですよ……私には―――神を捨てることなんて出来ません」

 

 神を失うという選択を選ぶことができなかった。

 

 

 

 

 

 人は信じるという行為無しに生きていくことは出来ない。

 神などいないと豪語する人間ですら、何かを拠り所にしている。

 それが自分自身か、家族か、科学かは分からない。

 だが、1つ共通していることは誰も自分の拠り所を疑わないことだ。

 いや、疑おうとしないのだ

 

 だって、一度でも疑ってしまえば世界は壊れてしまうのだから。

 

 自分の人生など胡蝶の夢かもしれない。家族だって裏で何を考えているかわからない。

 科学だって、自分自身で確かめたわけでもないのに漠然と信じている。

 この世に確かな物など1つたりともありはしないというのに。

 

 全てが不確実。確証などどこにもない。

 だからこそ、如何なる人間であれ無意識化の中で信じることをやめない。

 そして、自らが心の奥底から信じるものを捨てるのは容易ではない。万人にとって。

 

「我に神を信じるのをやめろというのか……」

 

 深夜の礼拝堂の中で1人、神に祈りを奉げる信一も勿論その1人だ。

 

「そうでなければ、早苗のことを永遠に忘れる…か」

 

 主の居る世界に残れば、早苗とは二度と出会えない。

 狂信者であればそれがどうしたと答えるだろう。

 取るべき答えはいつだって神。それだけのはずだ。だというのに。

 

「別れることを惜しいと、忘れてしまうことが堪らなく恐ろしい」

 

 判断を鈍らせる想いがそこにはあった。

 理屈を超越した感情。それが彼の決断の邪魔をする。

 

「だとすれば早苗と共に幻想郷に行くか? そこに主はおられないというのに」

 

 幻想郷に聖書の神は居ない。

 それの何が問題なのかと思うかもしれないが、信一にとっては大問題なのだ。

 

「主はそこに居る」

 

 キリスト教にとって全ての始まりはそこにある。

 宗教の反対を行くような科学ですら、始まりは神の御業と自然現象を区別するために始まった。

 

 この世の地獄を生み出した世界大戦の後であっても。

 ユダヤ人の大虐殺によって神を信じる者達が、ゴミのように殺された後であっても。

 人間は神などいないと言い切ることが出来なかった。

 

「神は我らに手を差し伸べる存在ではなく、共に笑い、共に嘆き悲しんでくれる存在」

 

 この世には神も愛も正義もない。

 後世の人間ですら、そう思うような悪逆に晒された人間だというのに、神を否定できなかった。

 人が神に祈る大きな理由の1つである救いが無くとも、神を信じ続けている。

 

 その姿のなんといじらしいことか。

 絶望に叩き落とされ、心折れてもなお、信じることをやめない。

 神の存在を否定することは何があってもない。

 それこそが唯一神を(あが)める信者達のあるべき姿だ。

 

「神に見放されたのならば、まだ納得も出来よう。だが、己を見守り続ける存在から、自分の足で離れることなど……我には無理だ」

 

 だからこそ、()()()()()と断言された世界に飛び込む決断ができない。

 

「主が居れば、我は如何なる試練にも立ち向かえる。何度屈しようとも、見守る存在が居る限り必ずや立ち上がって見せる。しかし、主が居ないのならば我は何を支えに立ち上がればいい? 神の試練ですらない、ただの苦痛にどう耐え続ければいい?」

 

 普通の人間からすれば信一の苦悩は理解できないだろう。

 だが、信一にとっての神を自身のアイデンティティーに変えれば、分かるかもしれない。

 彼にとっての神とは、彼あっての神ではない。神あっての信一なのだ。

 

 ただの信者と一緒にすることなかれ。

 神奈子の存在から神の居ることを明確に知るが故に、神の居ぬ世界を恐れるのだ。

 彼にとって神とは自身の根幹。体の中心に通った信仰という名の一本槍。

 それが無くなるかもしれないという恐怖は、恐らくは彼にしか分からないであろう。

 

「異教の神など見えなければよかった。見えてしまったからこそ、主は未だにこの世界に居るということを知った。主が我の声に応えてくださらないのは、祈りが届いていないからではなく、聞き届けた上で()()()()()()()()()のだと気づいてしまった」

 

 それは、神の姿を見て、声を聞くことが出来る信一だからこそ至った絶望だった。

 神奈子や諏訪子が存在するということは、聖書の神も当然存在する。

 その上で彼の祈りに欠片たりとも反応を示さないというのは、意図的という他にない。

 

 要は無視をしているのである。

 お前は私が声をかけるに相応しくないと。

 狂信者にはこれ以上ない、絶望という名の試練を与えているのだ。

 

「だから、神奈子殿と()()()殿()は我を誘ったのだろう」

 

 邪神ではなく、敬意を払う神として諏訪子の名を呼ぶ。

 

「苦しみの連続の試練から解放してやると、我に改宗を迫ったのだ。このまま主を信じ続けても辛いだけだと手を差し伸べてくれたのだ」

 

 二柱には信仰を増やすという目標以上に、信一に対しての哀れみがあった。

 神々が幻想へと消えていく現代日本において、神を見ることが出来る人間は異端でしかない。

 その点では早苗も同じだが、根本的な所は違う。

 

 早苗は生まれた時から神が傍に居た。故に、彼女にとっての常識は一般人とは違う。

 しかし、信一は逆だ。生まれたばかりの彼の傍に神は居なかった。

 それはつまり、本来の彼の常識は一般人であり。そのために明確な異物となるということだ。

 

「このままこちらの世界に居ても異物として生きるだけ……それ故の勧誘」

 

 早苗と聖書の神どちらを取るかと言われたが、逆に言えば早苗をくれてやってもいい程度には評価をされているのだ。もっとも、諏訪子の方は信一を救うためというよりも、信一が主への信仰を捨てるという姿を見たいという、実に祟り神らしい理由だが。

 

「確かに主への信仰を捨てれば楽になれるのだろう。我が声に応えてくれる神に仕えられるのならば、それは幸福なのだろう。……だが、それでも―――我は主を捨てることなど出来ない」

 

 それが信一の出した答えだった。

 何故と言われても、もはや答えようがない。

 彼にとって信仰とは呼吸であり、鼓動であり、生きるということなのだ。

 止められるはずなどない。

 

「だというのに……」

 

 しかしながら、彼の心は。

 

「……早苗の顔が頭から消えない」

 

 初めと変わらず、彼女を忘れることを拒んでいた。

 

 

「どちらも認められない…そうか。これが―――答えか」

 

 

 その呟きと共に、信一はあることを決意して剃刀(かみそり)を手に取るのだった。

 

 

 

 

 

 深夜の守矢神社。参拝客も居ない厳かな静寂が支配する空間。

 そんな平穏を破るように足音が響いてくる。

 足音からして恐らくは男性。

 そして、何より迷いの無い足取りはこの場に通いなれていることを思わせる。

 

「……話があると、深夜に電話をかけたのは我の方だが、まさか外で待っているとはな」

「全くですよ。睡眠不足はお肌の大敵なんですから……どう責任を取ってくれるんですか」

 

 足音が止まる。それは目的地に到着したということに他ならない。

 闇に浮かび上がる巨大な朱塗りの鳥居。その()()()少年に背を向けて立つ少女。

 彼女こそが少年の目的。

 そんな少女の瞳は少年を見ることなく、ご神体の居る社だけを捉えている。

 

 鳥居の中央とは本来ならば神の通り道であり、人の通るべき道ではない。

 しかし、敢えてその場所に立っているのは少女なりの意思表示なのだろう。

 自らは神の道を行く。つまり、進む先は神奈子と諏訪子と同じ幻想郷(場所)という決意だ。

 

「早苗、汝に伝えるべきことを伝えに来た」

「奇遇ですね。私もそう思ってたんですよ」

 

 信一の言葉に早苗は静かに返す。

 どちらも、相手が今から言うであろう言葉を理解している。

 どれだけ心の奥底で嘘であって欲しいという願望が叫んでいても、間違えることなどない。

 なぜなら2人は。

 

「我は」

「私は」

『神を捨てられない』

 

 ずっと一緒に居たのだから。

 

「……やっぱり、信仰を捨てることはないんですね」

「無論だ。信じる神を変えることなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ん」

 

 力強く断言する信一の声に、早苗は笑おうとして自分の表情が強張っていることに気づく。

 そして、背を向けるという選択をして良かったと安堵の息を零す。

 

「ですよね。まあ、ちょっとぐらいは私の方を選んでくれないかなって思ってましたけど。信一さんなら仕方がないです。女心なんてこれっぽっちも分からない唐変木な人ですし、いっつも仏頂面の変人ですからね。おまけに宗教バカで、話も一々説教っぽいですし。ほんと、どうしてそんな人を―――好きになっちゃったんだろう」

 

 ポロリと本音がこぼれ落ちる。

 ずっと一緒に居て、誰よりも彼のことを見てきた自信がある。

 だからこそ、彼が自分ではなく信仰を取ることぐらい分かっていた。

 

 そして、そんな人を好きになった自分は、彼以上の馬鹿だと噛みしめていた。

 

「早苗……」

「なにも言わないでください。言いたいことが終わったのなら早く帰ってください」

 

 更に何かを告げようとする信一を拒絶するように声を絞り出す。

 彼の言葉を、否、彼の声を聞いているだけで、自分の決意が揺らいでしまう気がしたから。

 

「そういう訳にもいかん。我にはまだ聞きたいことがある」

「なんですか…? 早くしてください…」

「では遠慮なく。汝は―――我に忘れられるのは嫌か?」

 

 しかし、信一にはそんなことなど関係ない。

 ずけずけと早苗の心の中に踏み込んでいく。

 そして、その遠慮などない行為は、的確に彼女の心を逆立てる。

 

「どうして…どうして…ッ。そんな当たり前のことを聞くんですか!?」

 

 背中を向けたままでありながら、鬼気迫る表情が伝わるような叫びを上げる早苗。

 

「嫌に決まってるッ! 忘れられたら…! もう…嫌われることすら出来ないんだから!!」

 

 好きの反対は嫌いではなく無関心。

 相手の心に何1つとして残らないというのは、嫌われる以上に酷なことだ。

 どんなに好きでいても、愛していても忘れられてしまえば、そこには何も残らない。

 

「何も想われないぐらいなら…嫌われた方が良い…ッ。憎まれた方が良い…ッ!」

「…………」

「おかしいですよね…? 私は神様なのにこんな醜いことを思っているなんて……」

 

 彼女だって女の子だ。好きな人の前では最後ぐらいは笑顔で居たかった。

 でも、そんなことはできない。心が決壊して想いが溢れ出してしまう。

 だって、彼女は神様である前に、1人のか弱い女の子なのだから。

 

「こんな女の子引いちゃいますよね…ごめんなさい。最後ぐらいは可愛い子で居たかったのに…」

 

 小動物のようにか弱く、それでいて流れる涙見せぬよう気丈に早苗は振舞う。

 一刻も早く信一に立ち去って欲しいと思いながら。

 永遠よりも長い時間、この瞬間(とき)が続けばいいのにと思いながら。

 

「……全くだ。前々から汝のことは人の話を聞かない。事あるごとに暴走する。自分勝手のアホ。おまけに超絶ナルシストで、謙虚という言葉から最も遠い人間だとは思っていたが、そのように面倒くさい側面もあるとは流石の我も予想外だ」

「……そこまで言います?」

「お互い様だろう」

 

 最後の別れの時にも口うるさく言うかと、内心でごちる早苗だが、自分も同じようなものなのでお相子だと1人苦笑いと共に納得する。しかし、そんな早苗の諦めとは反して信一の言葉はまだ続く。

 

「ああ、全く持って予想外だ。そこまで知ってなお、我は―――汝のことが大好きなのだから」

「ほえ?」

 

 全く予想していなかった言葉に、思わずと言った風に振り返りそうになる早苗。

 しかし、ここで振り返れば今までの我慢が全て水の泡になると思い、何とか踏み止まる。

 

「い、今更おべっかをかいても何も出ませんよ…!」

「神に誓おう。我は汝のことを愛している」

「嘘を…! 言わないでくださいッ!」

 

 真実の愛だと告げる信一に対して、早苗は溢れ出す涙を止めもせずに叫ぶ。

 だって、自分のことを愛しているというのならどうして。

 

「愛しているというのなら! どうしてッ!! ―――私を選んでくれないんですかッ!?」

 

 彼は女ではなく神を選ぶなどと言うのだろう。

 どうして、自分と共について来てくれないのだ。

 どうして、私の隣で愛を囁いでくれないの?

 

 何より。

 

「好きだなんて言われたら…余計に! 別れるのが辛くなるじゃないですか!?」

 

 想いが通じ合ってしまえば、それだけ別れは辛くなってしまうではないか。

 そんなか弱い女子の泣き声を聞き届け、信一は静かに口を開く。

 

「早苗……我がいつ汝を選ばぬと言った?」

 

 戸惑いから少女の涙が引っ込んでしまう発言を。

 

「へ? だ、だって神は捨てないって……」

「ああ、確かに我は神は捨てない。だが、それが何故、汝を捨てることになるのだ?」

 

 噛み合わない会話。

 困惑する少女とは反対に当然のことを聞くなと言う声の少年。

 

「どちらかしか選べないと誰が決めた。信仰を捨てない。汝と共の道を歩む。両方を選ぼう」

 

 ゆっくりと、それでいて迷いなど感じさせぬ足取りで、信一が早苗の後ろに立つ。

 

「で、でも、幻想郷には聖書の神は居ないって神奈子様が……」

「そうだろうな。我が神はその偉大さ故に忘れ去られることはない。そこに我が神は居ない」

「だったらどうして…?」

「逆に聞くが早苗よ。汝は神が居なければ信じることをやめるのか?」

「え?」

 

 問われた早苗は答えに(きゅう)する。

 生まれた時から神と共に居る彼女には、現代人の感覚が分からない。

 話しかければ応えてくれ、願いを言えば叶えてくれる。

 何より、いつも傍に居てくれる。それが当たり前だった。

 

 だが、現代の人間は普通は彼女の真逆だ。

 声に応えてくれることはなく、どれだけ強く願おうとも力を貸さない。

 傍に居るかどうかどころか、存在するかも分からない。

 それが当たり前だ。

 

「我は信じることをやめん。例え神が居なくとも、救いを求める心が消えることなどないのだから」

 

 人は救いを求めて神へと祈る。

 それを弱者の行いだと軽蔑する者もいるだろう。

 だが、声を大にして言いたい。弱いことの何がいけないのだと。

 

「我は今まで思い違いをしていた。信じることで神が救いを与えてくれるのではない。ただ、神を信じるだけで救いとなるのだ。主の救いとは神の有無で左右される程に脆弱なものではないのだ」

 

 信じる者は救われる。

 必ず明日は晴れると、努力は報われるのだと、ただ信じるだけで人は生きる力が得られる。

 信じようが、信じまいが結果は同じだと言われるかもしれない。

 

 だが、その二つには明確に違いがある。

 救われると信じた者には希望が宿り、救われぬと諦めたものには絶望が宿る。

 絶望は人を殺し、希望は人を生かす。

 

 それが信じる者は救われるという所以だ。

 

「神の愛とは世界の境界如きで拒めるものではない。仮に、この世界に神の愛が届かぬ場所があるのだとしても。祈ることを諦めねば必ず主は見つけてくださる。そう、信じている。故に私は祈り続けよう。宇宙の果てに行くことになろうとも信仰を持ち続ける。むしろ、これは主が私に与えられた新たなる試練と捉えても良い。神の愛を知らぬ地へと、真実の愛を布教せよという使命。そう、我は聖ザビエルのようにカトリックを広めるために幻想郷へと赴くのだ!」

 

 長々とした台詞を言い切った信一に早苗は言葉が出なかった。甘く見ていた。

 現人神となって無意識のうちに、人の信じるという心を軽んじていたのかもしれない。

 神無き世界であっても、人間はここまで純粋に神を信じられるとは思っていなかった。

 何より。

 

「……もっとも。色々と言ったが、一番の理由は汝を忘れたくなかったことだがな」

 

 そこまで信仰心が強い人間が、自分への感情を同じほどに強いと言ったのが嬉しかった。

 ふいに後ろから抱きしめられる。もう、二度と離さないと伝えるように強く。

 

「……あ」

「だから泣くな、早苗。我は汝のことを決して忘れたりはせん」

「むちゃを…言わないでくださいよ……」

 

 再び流れ始めた涙を手で拭いながら小さく早苗は呟く。

 悲しいから泣いているのではない。

 彼女はただ。

 

「こんなに嬉しいのに…泣かないなんて無理ですよ…!」

 

 嬉し泣きをしているだけだ。

 

「おかしいですよね…私ッ…神様なのに…涙1つ止められないなんて…ッ」

「……奇跡でも起こせばいいだろう」

「信一さんが…起こしてくださいよ。神様だって偶には……甘えたいんですから」

 

 ほんの少し拗ねるように声を出して、抱きしめられたまま体重を信一に傾ける早苗。

 乙女を泣かしたのだ。それぐらいの責任は取ってもらわないと困る。

 

「ふむ……そうだな。ならば汝を笑顔にして見せよう。早苗、こっちを向け」

「はい…」

 

 抱きしめられたままで、こちらの方を向けと言うのだ。

 年並みに乙女な所がある早苗の頭の中では、様々な憶測が飛び交う。

 奇跡(純情)だろうか。奇跡(意味深)だろうか。奇跡(自主規制)だろうか。

 

 色々と考えるが、振り向かないことには何も分からない。

 様々な妄想を膨らませながら、彼女は今日初めて振り返る。

 そして、目撃するのだった。

 

 

 信一、トンスラ(ザビエル)モードを。

 

 

「ブッフォッ!?」

 

 ロマンティック? なにそれおいしいの? な声と表情で吹き出す早苗。

 しかしそれも仕方がないだろう。

 乙女回路がフル稼働していた早苗の脳内では、信一はいつもの数倍増しでイケメンになっていたのだ。

 悲劇的ビフォーアフターにも程がある。なんということでしょう(憤怒)。

 

「な、なんでザビエルハゲになってるんですか!?」

「ハゲではない。トンスラだ」

「そんなことはどうでもいいんですよ! なんでそんな馬鹿なことをしたのか聞いてるんです!」

 

 先程までの理想の美少女と言っても良い程の、しおらしさはどこに行ったのか。

 両手で信一の胸ぐらを掴んで振り回す早苗。

 確かに涙は引っ込み、元気は出たがこういうのは求めていない。

 もっと、こう。ロマンティックでアダルティックな感じを求めていたのだ。

 

「主の教えが広まっていない地に行くのだ。これはその覚悟の証だ」

「カッコよく言ったってハゲはハゲじゃないですか! 返してくださいよ! 私のトキメキを! ちょっと期待した甘酸っぱい過去を返してくださいよぉおッ!」

 

 夜の神社に少女の慟哭の声が響き渡る。

 その姿はまさに、もう二度と帰ってこない時を嘆く悲劇のヒロイン。

 しかし、実態はいつの間にか想い人が、ハゲになっていたことを嘆いているだけである。

 

「まあまあ、髪はまた生えるんだしいいじゃん」

「そうよ。改宗しなかったのは残念だけど、ついて来てくれるならいいじゃない」

「諏訪子様に神奈子様!? 見ていたなら教えてくれてもいいじゃないですか!」

「逆に聞くけどどう伝えたらいいのよ」

 

 今の今まで2人のやり取りを俯瞰視点で見ていた二柱が、腹を抱えながら現れる。早苗と信一達からすればシリアスな会話であったが、文字通り神の視点から見ていた二柱からすれば、『絶対に笑ってはいけない守矢神社』状態である。

 

 2人にバレないように必死に笑いをこらえていたが、流石に知り合いがザビエル状態で大真面目な話をしているのを見るのは堪えたようだ。ついでに、いつまでも気づかない早苗の姿も笑いのツボに入ったらしい。

 

「大体、信一さんも信一さんでどうして、そんな髪型で私を元気づけようとしたんですか……」

「我がトンスラになったら笑い死ぬと言ったのは汝だろう」

「言いましたよ。確かに言いましたけど、だからといってこの空気でやります?」

「そもそも、ここに来る前に剃ってきたのだからいずれはバレていただろう。むしろ、最高のタイミングだったと自負しているぞ」

「ええ、確かに最高のタイミングでしたね。……良い雰囲気をぶち壊すにはね」

 

 無表情ながらどこかドヤってる空気を醸し出す信一に、早苗は溜息を吐く。

 普通であれば、百年の恋が覚めてもおかしくはない。

 

「ほんと……それでも好きだなんてどうかしてますね、私」

 

 だが、しかし。彼女は呆れたように笑うだけだ。

 

「信一さん、その髪型元に戻してくださいね」

「む? まあ、既に廃止された習慣ではあるが、二時間かけて剃ったものを戻すのもな」

「いいから戻してください。でないと」

 

 なおも反論しようとする信一だったが、早苗が背伸びをして顔を近づけてきたことで口を噤む。

 しかし、期待とは裏腹に彼女の顔は唇ではなくそのすぐ横。

 彼の頬に柔らかな感触を1つ残すに留まる。

 

「ちゃんとしたキスはいつまで経ってもお預けですからね?」

 

 そう言って、早苗は呆然とする信一に小悪魔な微笑みを見せるのだった。

 




取り敢えずコメディを貫いて本編完結。ここまで応援、感謝しかありません!
あと、幻想郷編は時間置いたら適当に書きます。
それでは感想評価お願い致します!


◎人物紹介&裏設定

主人公:西山信一
説明:ネーミングは『しんいち』を30秒ぐらいで決めた。そこから唯()神を()じるで『信一』に。苗字は早苗さんが東の谷なので西の山に。特にこだわった部分もない気楽なキャラ構成。最初は「AMEN」と叫ばすつもりだった。女性の好みを聞かれると年上が好みと答える。でも本当に好きなのは早苗さん(小声)
好きなもの:漬物(特にたくわん)、お茶、米、鍛錬、早苗さん。

ヒロイン:東風谷早苗
説明:説明不用のウルトラスーパーヒロイン。みんな大好き早苗さん。ただ、原作よりナルシスト成分マシマシ。最初は凋叶棕様のある歌をモデルにした別れ話のヒロインの予定でした。でも、ギャグ成分が強くなったのでこのラストに。幻想郷編ではヒロイン力を更に上げたい。祟り神の血を引いてるんだから嫉妬とか凄そう(小並感)

保護者1:八坂神奈子
説明:神とはどうあるべきかを示す尊いお方。みんなが敬意を払う神奈子様。作者がちゃんとお参りした数少ない神様。時系列的に前作【神様の作り方】https://syosetu.org/novel/157536/から続いているという裏設定。まあ、ちょいちょいネタとして仕込んだだけですけど。信一が敬意を払うのは大人っぽいからという理由。


保護者2:洩矢諏訪子
説明:本作ではお気楽な邪神様。でも、本当はガチで怖い祟り神諏訪子様。色々と裏設定を盛りたかったお方でもあります。信一の邪神呼びも、五話で説明したモリヤと守矢の共通点が本当だとするならば、彼女はヤハウェが姿を変えた存在で、キリスト教徒の信一的にはアウトな存在だという皮肉。
 諏訪子様はまだ過去話を書いていないので、書くとしたら生贄の子との心の触れ合いを書いて、生贄は神として生まれ変わるという説を採用して早苗さんが生贄の生まれ変わりという話が頭の中にある。あるだけ。


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。