八話:我が神はここにありて
博麗神社。
幻想郷と外の世界の境界に立っているとも言われ、幻想郷の要と言っても過言ではない。
そして、その神社には幻想の結界を司る1人の巫女がいた。
楽園の素敵な巫女こと、博麗霊夢である。
「はぁー……こう暑いと掃除もする気にならないわ」
そんな色々と大切な立場にいる霊夢ではあるが、現在は夏の暑さで絶賛ダウン中である。
何かをやるときの行動力は高いが、本人の気質は基本怠け者のため動かないときは動かない。
今にも放り出そうかと、ブラブラとだけさせている箒がその証拠だ
彼女は欲に満ちた人間であるが、邪気のある人間ではない。
金に目がないかと思えば、稼いだ後に何かをしようとも考えていない。
ただ、いっぱい人が来た。いっぱい物が売れたということに一喜一憂する。
言ってしまえば子供のように無邪気。
そんな彼女だからこそ、様々な人妖に……主に妖怪に好かれている。
「そこな、巫女。一つ聞きたいことがあるがよいか?」
「あー? こんなクソ暑いときになによ。お賽銭箱ならあっちにあるわ」
そこへ、声をかける者が現れる。
しかし、暑さにやられて思考力が大分低下している霊夢は適当に返事をするだけだ。
もちろん、そんな返答で相手が満足するはずもなく、重ねて問いが投げかけられる。
「そちらは後で行かせてもらう。我が聞きたいのは、この神社の神が何者かということだ」
「御祭神? 知らないわよ」
「……知らない? 巫女なのにか?」
仮にも神社の神に仕える巫女だというのに、御祭神を知らないとのたまう霊夢に、相手も困惑した様子を見せる。
「別にいいでしょ。守矢神社ができるまでは神社なんてうちだけだったんだから」
「しかし、それでは御利益が何なのかもわからんだろう?」
「逆に言えば何でも御利益にできるから便利ね」
「誰が神かも知らずに信仰が集まるのか?」
「集まるわよ。信仰を集めるのに神様の名前や顔なんていらないわ。まあ、パフォーマンスぐらいはするけど」
もはや、罰当たりと言っても差し支えのない言葉が、あろうことか巫女の口から出る。
通常ではありえない光景だが、ここ幻想郷ではありふれた日常だ。
「……それでは神が居ないのと同義ではないのか?」
「実際に居るか居ないかなんて大した差じゃないわよ。ただ、神が居ると信じて参拝してればいいの。あ、お賽銭は忘れずね」
流石の霊夢も暑さがなければ、ここまでぶっちゃけることはなかっただろう。
普通に博麗神社のイメージダウンである。
しかしながら、相手はむしろ興味深そうに耳を傾けている。
「なるほど……ならば最後の質問だ。なぜ顔も名前も知らぬのに神が居ると確信しているのだ?」
「ここに神社があって巫女が居る。だったら、神の1つや2つは居るでしょ」
あっけからんとしたもの言い。彼女自身が抱く信仰は大したものではない。
神の声を聞いて真っ先に思うことが、『神様って本当に存在するんだ』である。
とてもでないが、巫女の振る舞いではない。最近幻想郷に来たもう一人の巫女とは雲泥の差だ。
だが、しかし。それを聞いている
「ク…ハハ…フハハハハハハッ!!
無表情ながらにどこまでも愉快そうな笑い声をあげたかと思えば、謎の語り口。
霊夢は一瞬で目の前の男への印象を、要注意人物へと引き上げる。
「盲点だった。神が居ないのであれば、我が迎え入れればいい。ああ…天啓を受けたようだ。感謝するぞ、博麗の巫女よ。汝の信仰の形はまさに幻想郷に相応しい」
「……ど、どういたしまして」
最大限の感謝の念を示されているというのに、霊夢は寒気しか感じなかった。
先ほどまでの暑さもどこへやらである。
「こうしてはおられん。思い立ったら吉日だ。我は行かせてもらおう」
明らかにドン引きしている霊夢を置いて、一人意気揚々と歩きだす男。
しかし、途中で忘れていたとばかりに足を止めて、賽銭箱の方に振り向き。
「大切なことに気づかせてもらった礼だ。持っていけ」
財布を丸ごとお賽銭箱の方に投げ入れるのだった。
「……お参りはせずにお金だけを置いていくなんて、何がしたかったのかしら」
結局、何も祈らずに去っていった男に対して気味悪そうに呟くも、霊夢はすぐに切り替える。
今までもおかしな連中とは腐るほど会ってきたのだ。
今更、何か驚くほどのことでもない。むしろ、お賽銭を置いていっただけ他の奴らよりマシだ。
何より。
「ま、
変な服を着た河童の考えることなど分かるはずもない。
そう結論付けて、霊夢は掃除もそこそこに涼しい屋根の下へと、向かっていったのだった。
「里の近くで河童が変な建物を作ってる?」
霊夢がおかしな河童と出会ってから、しばらく経ったある日。
縁側にてお茶を飲んでいた彼女に、そんな情報がもたらされる。
「ああ、里には珍しい石造りで形も妙にとんがっているらしい」
もたらした人物は白黒のエプロンドレスを纏った普通の魔法使い、霧雨魔理沙である。
好奇心旺盛で日夜魔法の研究に励む金髪の少女であるが、神社に行けば大体いる程には霊夢と仲がいい。そのため、魔理沙を探す際には彼女の家を訪ねるよりも神社で待っていた方が早いとすら言われる。
「また河童か……。今度は何を企んでるつもりかしら」
魔理沙から一通り話の概要を聞いた霊夢は、眉間にしわを寄せる。
実は霊夢、河童があまり好きではないのだ。
理由としては、自分の商売を潰されたり、騒ぎの際に衝突したりしたことがあるからだ。
しかし、祭りの際に神社で屋台を開くことを許可するあたり、本気で嫌っているわけではない。
「いや、それがだな霊夢。河童にしてはおかしな点があるんだよ」
「おかしな点?」
「まず、1人で行動する姿しか見られていない。あいつらは基本的に何かやるときは集団でやる」
「そう言われてみるとそうね」
「そして、2つ目だがずばり見た目だ」
「見た目?」
片方の眉を挙げてどういうことかと、続きを促す霊夢。
しかしながら、この話はある人物の登場で遮られることになる。
「霊夢さん、魔理沙さん! こんにちはー!」
「なんだ早苗か。参拝客だったらよかったのに」
「なんだって開口一番に酷くないですか!?」
最近、ここ幻想郷に引っ越してきた守矢神社の巫女にして、博麗神社に喧嘩を売って見事に返り討ちにあった風祝。東風谷早苗、その人である。
当初は敵という認識であった霊夢と早苗であるが、今では度々遊びに来る程度には仲が良い。
「おっ、早苗か。確かお前のところの神様は河童を従えてたよな?」
「一応、そういう形になってますけどそれがどうかしましたか、魔理沙さん?」
「いやな。最近、変な見た目の河童が里の近くに出没してるらしいんだよ」
「河童が? それはいけませんね! 任せてください、私がビシバシと退治して見せます!」
里の近くに出没した妖怪ということで、妖怪退治の楽しさに目覚めた早苗は俄然やる気を出す。
幻想郷では妖怪が普通に闊歩しているので、早苗が退治をしたと噂が広まれば自然と神社への信仰も大きくなるのだ。神様が分からなくても、信仰を保っている霊夢の博麗神社もそういった仕組みに支えられている部分が大きい。
「それでどんな河童なんですか?」
「なんでも、男の河童で普通の河童と違って全身黒づくめの服を着ているらしい」
「ふんふん、それは見るからに怪しそうですね」
全身黒づくめの人間は悪い奴だと相場が決まっている。
コナン君でもそうなのだから間違いがないと、早苗は力強く頷く。
「見た目は黒髪黒目で、ちょうど早苗より頭一つぐらいデカいらしい」
「妖怪の大きさなんて気にしても仕方ありません。他に特徴は?」
「特徴っていうと……ああ、そう言えば十字架を首からぶら下げてたらしい」
「ふむふむ、首から十字架を……十字架?」
魔理沙からの説明に熱心に頷いていた早苗であったが、何かに気付いたのかはたと止まる。
「じゅ、十字架って……もしかしてロザリオのことですか?」
「ああ、それがロザリオって言うのか。紅魔館の本で読んだことはあるんだが、気づかなったな」
この時点で早苗の頭の中には、ある人物しか思い当たらなくなる。
「紅魔館ってことは、そのロザリオって西洋のもの?」
「そうだな。こっちでいうお守りみたいなものらしい」
「ということは、西洋版の河童が幻想郷に入ってきたってことかしら?」
「ああ、その可能性はあるな」
「だったら、今のうちに幻想郷の流儀ってものを叩き込んでやらないとね」
急に黙り込んだ早苗を放置して盛り上がりを見せる霊夢と魔理沙。
特に霊夢の方はお祓い棒をバシバシと手に平に叩きつけながら、やる気を見せる。
一体、どこのヤンキーだろうか。
「さあ、そうと決まれば早速退治に…て、どうしたのよ早苗? あり得ないほど汗かいてるわよ」
「え! い、いやー、今日は暑いですねー。もう、立ってるだけで汗びっしょりですー」
「さっきまではそうでもなかった気がしたんだけど……ま、いいわ。気を取り直して西洋河童退治と行くわよ!」
明らかに棒読みでごまかそうとする早苗に不審な目を向ける霊夢だったが、そこは何物にも囚われない雲のように空を飛ぶ巫女。言い方を変えれば、結構流されやすい巫女。すぐに考えるのをやめて行動を開始する。
その行動が徒労に終わると気づくこともなく。
「ここが西洋河童が作った建物ね」
「何となく紅魔館に似てるな。まあ、デカさはあっちとは比べ物にならないけど」
「うわぁ…教会だ。すっごく見覚えのある教会だ……」
件の建物にたどり着いた3人は三者三様の反応を見せる。
霊夢はこの建物をどう壊してやろうかと、悪意のある笑みを見せ。
魔理沙は珍しい形状の建物に興味深そうに目を細める。
そして、全てを悟った早苗は、白目で小さな教会を見つめるのだった。
「さてと、それじゃあ中に入るわね」
善は急げとばかりに、教会の扉を蹴り飛ばして中に侵入していく霊夢。
「れ、霊夢さん? 何も扉を蹴って入る必要はなかったんじゃ」
「何言ってるのよ。もし、相手が罠を仕掛けてたらどうするの?」
「お邪魔するぜ」
そんな行動に、中の人物が誰かを理解している早苗は焦り、魔理沙は何食わぬ顔で入っていく。
教会の中は薄暗く、そこだけが世界から隔絶されたような空気を感じさせる。
際立って派手なものは何1つとしてない。
だからこそ。
その中心にある十字架と、それに祈りを捧げる人物が一際目を引く。
「まったく……随分と手荒な客だな」
口ではそう言いながらも、男に動揺した様子は見られず、ゆっくりと霊夢達の方を振り向く。
「だが、赦そう。神の家は如何なるものも受け入れるのだからな」
魔理沙の情報通りの、黒づくめの服。大柄な体格。
胸には信仰の証としてのロザリオをつける。
そして、何より。一際輝く―――
「ようこそ、西山教会へ。要件は入信か? 改宗か? それとも洗礼かな?」
「あ、あんたはこの間家に来てた河童―――」
「最近見ないと思ったら、こんなところで何やってるんですか!? このバカ神父!」
霊夢が見覚えのある姿に、思わず声を上げ。
その横で早苗は西洋河童、西山信一の登場に怒声を挙げながらお祓い棒で殴り掛かっていく。
いつものようにそれは信一の頭にクリーンヒットするが、いつものようにダメージは通らない。
「見ての通り、教会の建築と布教活動だが?」
「そういうことを言ってるんじゃないのは分かりますよね!? 『異教徒に衣食住の世話を受けるわけにはいかない』って言って1人でどこかに行ってからずっと探してたんですよ!」
「その割には心配した様子には見られんな」
「いや、それは信一さんが死ぬ姿が思い浮かびませんし」
お祓い棒の打撃攻撃の次は、胸ぐらを掴んでブンブンと振り回す早苗。
そんな普段は見せない早苗の様子に霊夢と魔理沙はポカンと口を開け。
信一はいつものことと、平然とした表情を崩さない。
「心配はしてません。してませんけど……寂しかったんですよ?」
そして、極めつけは上目遣いでのデレ発言だ。
早くも霊夢と魔理沙の間には、早苗偽物説が立ち始めている。
誰だ、このウルトラスーパー美少女は。
「む、それはすまんかったな。今度からは定期的にそちらを訪ねるとしよう」
「定期的じゃなくて頻繁にお願いします」
「善処はしよう」
当然、そんな異常な光景を見てしまえば、早苗にそんな顔をさせる人物に興味がわく。
一体、目の前の西洋河童は何者なのか。
「なあ、早苗。お前、もしかしなくてもその西洋河童と知り合いなのか?」
なので、そーっと早苗の肩を小突いて小声で尋ねてみることにする魔理沙。
しかしながら、それに答えたのは当の信一本人だった。
「失礼なものだな。我は西洋河童どころか、河童ですらない。いたって普通の人間だ」
「人間……人間?」
「まて、早苗。なぜ汝が一番あり得ないものを見るような顔をする?」
「じょ、ジョークですよー! だからアイアンクローはやめてくださいってー!!」
こんな人間が居てたまるかという顔をする早苗に、制裁を加えながら信一はため息をつく。
こいつはどこに行っても変わらんなと。
「それで、汝らは結局この教会に何の用なのだ?」
「そいつを
「話すと離すをかけるか。上手いな」
「いや、なに片手で女子を吊り上げたまま、真顔で頷いてるんだ」
「いつものことだ。心配するな」
そう言って早苗をアイアンクローから解放する信一。
解放された早苗に、少しだけ心配そうな顔をして近づく魔理沙と霊夢。
だが、彼の言ったようにその心配は杞憂であった。
「ああもう! 痕が残ったらどうするつもりなんですか!? 責任をもって守矢に改宗してもらいますからね!」
「痕が残らない力加減ぐらい弁えている。何年汝と共に過ごしていると思ってる」
「――ちぇ。せっかく、罪悪感にかこつけて守矢に引き込めると思ったのに」
「聞こえてるぞ。自称、清く正しい神社の巫女よ」
解放されたと同時に元気に改宗を迫る早苗に、信一はほれ見たことかとため息をついて見せる。
それだけで、二人の関係を大体察っせたのか魔理沙は苦笑いを返す。
「話を戻すが、入信でなければ一体なんの目的でここへ来たのだ?」
「変な河童が、変な建物を作ってるって聞いて来たのよ」
「残念だが、我には全く心当たりがないな。他をあたった方がいいぞ、博麗の巫女よ」
「十中八九どころか、十中十であんたが該当人物でしょ」
真顔で知らないと答える信一に、霊夢は若干呆れた様子を見せながらお祓い棒で彼の胸を突く。
「妖怪でないってのは信じてあげるわ。でも、人間だから全てを見逃すってわけでもない。里に悪意ある行為を働くっていうのなら見逃すわけにはいかないわ。答えなさい、西洋河童」
「霊夢さん、結局河童って言っちゃってます」
「み、見た目が河童なんだからしょうがないでしょ! いいから、目的を答えなさいよ!!」
キリッとした表情から一転して、年頃の女の子らしく恥ずかしそうに叫ぶ霊夢。
そんな姿を見ても、信一の表情は一切変わらない。
いつものようにどこまでも無表情で、相手を見つめるだけである。
「知れたこと。幻想郷へのキリスト教の布教だ」
「キリスト教…?」
「
キリスト教が何のことか分からずに疑問符を浮かべる霊夢に、魔理沙が助け舟を出す。
「じゃあ、商売敵じゃない! 幻想郷1の信仰を誇る巫女として許すわけにはいかないわ!」
「幻想郷1の信仰を誇る…?」
「霊夢さんの神社が?」
「以前、赴いた時は誰一人として参拝客とすれ違わんかったがな」
「ちょっと! なんで全員してそこに首を傾げてるのよ!? 他に言うべきことがあるでしょ!」
霊夢の発言に揃って首を傾げて見せる早苗、魔理沙、信一。
流石の霊夢もそれに傷ついて、思わず涙目に…などなることはなく、むしろヒートアップする。
「大体、神を1人しか認めないとか邪教よ、邪教! この教会とかいう妙な建物も壊してやるわ!」
「おいおい、霊夢。何もそこまでは」
腕をブンブンと振り回して、キリスト教禁止令だと言わんばかりに吠える霊夢。
そんな彼女を見て、流石にそれはやりすぎだろうと魔理沙が宥めようとする。が。
「―――構わん。存分に打ち壊すがいい」
「しなくても……は?」
「なによ、止めようたってそうは…ん?」
信一は霊夢の行為を咎めるどころか、肯定する。
その行動に、魔理沙と霊夢は戸惑って動きを止め、早苗は一人苦笑いをする。
これこそが、西山信一という人間の本質なのだと。
「さあ、どうした? 我が教会を跡形もなく壊すのだろう? 塵すら残してくれるなよ」
「ちょ、ちょっと、何自分で後押ししてるのよ。なに、もしかしてあんたが作ったんじゃないの?」
「無論、我の手作りだ。手塩にかけて作ったものなので思い入れもある」
「だ、だったら」
「だが――汝に与えよう」
普通は破壊行為を止めるだろうと言おうとする霊夢に、信一は言い切ってみせる。
それこそが。彼の信じる宗教の教義なのだから。
「教会の破壊だけでは物足りないというのならば、喜んで両の頬を差し出そう。何なら、金や食料も持っていくがいい。汝が1を求めるのならば、我は2を与えよう」
「な、なによ……それじゃあ、あんたが損をしているだけじゃない」
「確かに損と言えば損だろう。だが、案ずることはない。それこそが我が神の教えだ」
霊夢が訳が分からなくなり、一歩足を下げたのを見ると信一は手を大きく広げて語りだす。
イエスの教えを。聖書の偉大さを。
「開祖、イエス・キリストは弟子達に説いた。右の頬を打たれたら、左の頬も差し出しなさいと。これは一見すれば、単なる無抵抗に見えるだろう。しかし、それは大きな間違いだ。無抵抗ではなく、非暴力・不服従なのだ。相手はこちらを従わせるために殴ったのだろう。だが、現実はどうか? 自分の拳など欠片たりとも効いていないとばかりに、もう片方の頬を差し出される。そうなれば途端に自分の行為に意味を見出せなくなる。もっと言えば、従えようとした人間は大人に諭される子供のような気分になる。当然だ。噛みついたというのに、その喉を笑顔で撫でられているのだからな」
酷く惨めだろう。自らの卑小さを見せつけられるというのは。
圧倒的な格の違いを見せつけられていると思うかもしれない。
己の意図を超えた行動に、理由が分からず恐れおののくかもしれない。
だが、安心するがいい。神の前ではどちらも卑小な存在にすぎない。
「悪意や敵意を無くさせる方法は簡単だ。
満足するまで与えてやればいい。
腹の満ちた獣が獲物を襲わんのと同じ理由だ。
相手が破壊を望むのであれば好きなだけ壊させてやればいい。
―――何度でも作り直して付き合おう。
相手が金を望むのであれば好きなだけ与えよう。
―――自らの持てる最上の宝を与えよう。
相手が支配を望むのなら飽きるまで付き合おう。
―――どのような支配にも笑顔で応えてみせよう。
そうしていくうちに相手は気づくだろう。自らの行為の無意味さに。
何より、自らが本当に欲していたものの正体に」
長々とした説教。それが不意に途切れて沈黙が訪れる。こんなことをされれば、誰だって続きが気になる。特になんだかんだ言って素直な部分のある霊夢は、この話術に簡単にやられてしまう。
「本当に欲しいもの…?」
「そう。それは―――愛だ」
「あ、愛?」
キリスト教を知らない霊夢と魔理沙は、その恥ずかしいセリフに思わず赤面する。
もちろん、信一の語る愛とは恋愛での愛ではなく、神からの愛アガペーである。
「故に我らキリスト教徒は『汝の敵を愛せよ』という教義を持つ。愛を知らぬ哀れな子羊へ神の愛を説き、共に神の国へと至れるように祈るのだ」
そう言って、信一はゆっくりと霊夢の方に歩を進めて行く。
そして、若干引き気味な彼女の前で立ち止まり、どこまでも真摯な目で見つめる。
「博麗の巫女よ。汝は我を商売“敵”と言ったな?」
「い、言ったけど、それがなによ?」
「ならば我は汝を愛そう。そうして神の愛を示して見せよう」
まっすぐな瞳。偽りなどないと告げる強い言葉。
それは横で聞いている魔理沙が思わず、顔を赤くしてしまうような情熱を感じさせる。
だが、そんな言葉は。
「信一さん? ちょっと黙りましょうか」
「グフッ!?」
満面の笑顔を浮かべた、早苗のチョークスリーパーでかき消されてしまう。
なお、霊夢は魔理沙とは違い、彼の後ろで笑っていた早苗を見ていたので赤くなってはいない。
むしろ、早苗の笑顔を見て顔を青ざめさせている程だ。
「まったく……すみませんね、霊夢さん。信一さんの愛っていうのは基本親愛とかの類ですから」
「そ、それはいいんだけど。そいつの顔が段々と白くなってきてるわよ?」
「平気ですよ。信一さんは鍛えてますから。……大体、私以外の人に簡単に愛しているとかいう信一さんが悪いんですよ」
朗らかに笑いながら、ボソリと凍り付くような呟きを零す早苗に霊夢は思わず後退る。
「信一さん。今後も勘違いとかがあるといけないので、気を付けてくださいね?」
「……早苗、嫉妬は大罪――」
「気を付けてくださいね?」
「………そうしよう」
相手が求めるのならば与えるのがキリスト教徒の本質だ。
信一とて例外ではない。
決して、早苗が怖くて頷いたわけではない。ないったらないのだ。
「と、まあ、こんな風に変わった人ですけど、危険な人物じゃないのは私が保証します」
「ま、まあ、こんな新興宗教に負ける博麗神社じゃないしね。いいわ、見逃してあげる」
「お、おう、そうだな。それじゃあ、危険もないことが分かったし私達は帰るとするか」
「そうですか。私は
信一の首根っこを掴みながらにこやかに語る早苗を置いて、霊夢と魔理沙はそそくさと教会から出ていく。その時に、チラリと見えた信一の目が肉にされる一歩前の家畜のようだったとは、後の二人の弁である。
「……なあ、霊夢」
「……なによ」
「また変な奴が増えたな」
「そうね……まあ、受け入れるしかないわね」
「ああ、そうだな」
こうして、西山信一は幻想郷に受け入れられたのだった。
もっとも、未だに大半の者からの通称は西洋河童となったのだが。
とりあえず導入的な話。次からはいろんなキャラと会話していく感じが増えると思います。
因みにキャラの性格は大体『茨歌仙』基準。もちろん早苗さんも頭に双葉が生えてます。
感想・評価貰えると嬉しいです。
後、新作で小町ヒロインの短編を同時投稿しました。
タイトルは『怠惰な死神の殺し方』https://syosetu.org/novel/166640/です。
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