研修医美里が精神科を選んだお話。
ちょっと切ない系です。
※医療の専門家ではないので間違ってる部分がご容赦ください
研修医道原美里は、後期研修医として青ヶ島診療所に入局となった。
喘息を克服した美里は、医療の道へと進んだのだ。
「夕雲先生のような立派なお医者さんになる」
そして彼女は、高校進学時から東京に移り住んだ。
必死に勉強して勉強して、東京大学医学部に入り、前期研修をそのまま附属病院で受けた。
ただその間に、大学病院独特の医局の上下関係に嫌気も覚えていた。
後期研修をどうしよう?と悩んでいて、夕雲に愚痴を零した時だった。
夕雲から、
「戻って来なさい、指導医として面倒を見るわ」
と言われ、美里は後期研修を故郷の青ヶ島の地で受けることになった。
青ヶ島診療所は医師一名、看護師一名、そして医療事務一名の少数体制だった。
名古屋大学のサテライトから独立して、正式開業に至った今も、
平林虎子副学長の縁で、名古屋大の医師が研修と指導に訪れる。
そして専門を決める時、美里は内科系の道を選んでいた。
それも、精神科・心療内科を選んだのにも理由があった。
一つには、
もう一つは、医大生の時の経験に依るものだった。
――――――
医大生時代、お休みの日に出かけようと、スマートフォンを片手にネットを見ていると、
視線の片隅に、フラフラとした若い女性の姿を見つけた。
特急電車が通過するその瞬間、意を決したように飛び込もうとしたのを、
美里は何も考えずにスマートフォンを放り投げて、その女性の手を強く引っ張った。
プワーンという警笛と共に、電車は通過して行く。
引っ張り、押し倒された形になった美里。下からその女性に、
「だ、大丈夫ですか?」
そう問い掛けた時だった、その女性は涙をポロポロ零していた。
「どうして死なせてくれなかったの!?」
「えっ……?」
期待していた言葉は、「ありがとう」だった美里は、絶句した。
どうして死なせてくれなかったのか。
美里は小さい頃からずっと、喘息で長生きできない、と言われて来た。
それを快癒出来て、漸く生きる安心ができたと思った美里には、
「どうしてって!?死んだら駄目です!生きたくても生きられない人も居るんですよ!?」
「死のうと死ぬまいと、あたしの勝手じゃない!?」
「駄目です、沢山の人が悲しみます。
キッパリと言い放った美里に、彼女は狐に摘まれた顔をしていた。
そして美里は、その女性をカフェに誘った。
彼女の話を
その女性は、ずっと付き合ってた彼氏の浮気現場を目撃してしまい、何度もやり直し、それでも裏切られ、それ以後生きる気力を失ってしまったのだ、という。
美里は黙って、その彼女の言いたいことを全部聞いていた。
もうかれこれ数時間、彼女の涙ながらの告白を聞き続けていた。
約束をしていた友達にはお断りの連絡を入れて、昼間から夕方になる時に、漸く彼女は話し終えた。
「……辛かったんですね?」
「……うん」
美里はそう一言だけ……
「……またよかったら、話、聞きますよ?とにかくそんな彼氏、
「……うん」
こうして、連絡先を交換して別れた。
彼女の名前は坂崎亜紀といった。
次に会った時、学校の教授に相談して、精神科医を紹介した。
彼女に下された診断はうつ病だった。
抗うつ剤も飲み始めて、症状も上向きになって来た矢先だった。
その日は、医学部の仲間や教授との夕食会が開かれていた。
東京にも進出して来た居酒屋鳳翔で飲んでいる時だった。
その時は、美里も20を超えていたのでほろ酔い気分だった。
「次の一手はどうします?」
将棋好きの同級生が二次会を提案した時だった。
亜紀から、LINEが入って来た。
『ごめんなさい、みーちゃん。』
何だろう、このライン……?
そう不思議がってた直後だった。
「おい!中央線で
そう嘆く言葉に、はっとなった。
彼女に電話しても連絡しても、一切返事が無かった。
嫌な予感がして、二次会を辞退すると、彼女の家に走って行った。
扉に鍵は掛かっていなかった。
そして、『みーちゃんへ』と書かれた手紙。
手紙には、
「フラッシュバックに耐え切れなくなっちゃった。折角助けてくれたのにゴメンね、私は死にます。これから先、一生こんな生活をすると思うと耐え切れない」
そう書かれていた。
美里は悲しいより先に、ああ……そうか……と、
それから彼女は考えた。
狂うって何だろう。人はどうなったら狂うんだろう。人は狂ってしまったらどうなんだろう。
亜紀は周到な準備を重ね、
人が死ぬ、自殺をすることは
美里には、はっきりこうだ、と言える根拠が見つからなかった。
美里はトボトボと、自分の家へ歩いて帰っていた。
家に帰ってテレビを点けると、飛び込みの速報が流れていた。
「……死亡したのは都内在住の坂崎亜紀さんで……」
そのアナウンサーの言葉に、
ああ、もう亜紀さんはいないんだ、この世にはもういないんだ。
その数日後、美里は教授にお願いして精神科の実情を見せてもらうことにした。
まず入ったのは開放病棟だった。
ゆったりとした時間が流れる病棟、皆テンションが低く、気怠そうな休日の午後のような感じ。
美里の感じた印象は、普通に何処にでもいる人なんじゃないか、ということ。
教授は美里に、統合失調症や、うつ病、その他の精神疾患で入院している人達だ、と教えてくれた。
美里は未だに「狂う」とは何なのか、判らないでいた。
次に入ったのは閉鎖病棟だった。全てにおいて鍵が掛けられていて、病棟から出られない。
もっと酷いと、
「ここに居る人は自殺企図や、暴れて他者や自分を傷付けるから、
そう、教授から教えられていた。
悲鳴が聞こえたり、鳴き声が聞こえたり。そして、背後からつかつかと歩み寄る男。
「きゃあっ!」
倒れながら呆然としている美里は、慌ててやって来た看護師に引き摺られて行く男を、見送る他なかった。
「大丈夫かい?」
「は、はい………」
あの患者は恋人に裏切られて、
医療カルテを、教授の許しを得て見せてもらったのだ。
狂うって何だろう……
人が狂うって何だろう……
狂ったらどうなるんだろう……
狂ってしまったら、人は何処へ往くのだろう……
―――――――
「『天龍』さん。最近どうですかね?」
青ヶ島泊地の小会議室。ここは美里の往診の時は、診察室となっている。
ノートパソコンを開きながら、『天龍』のカルテを見る。
「最近は変わりねぇな」
「変わりないなら良しとしましょう。夜眠れてますか?」
「それが、やっぱり
その言葉に、ふむ……と考える。
「取り敢えず、その時はどうしてますか?」
「
「やっぱり幻聴が聞こえますか……そうですねえ、治まらない時はもう一本、液剤を飲んでいいです」
「解ったぜ。センセ、いつもありがとな」
「いえいえ。私は、
ふふっと笑う美里に、『天龍』も笑う。
「最近フラッシュバックは起きてますか?」
「……たまにな。でも大丈夫だぜ?」
「きちんと頓服は飲んでくださいね。フラッシュバックに起因する、
自分の胸に両手を置いて諭すように言うと、『天龍』も笑顔で頷く。
「いい笑顔です。精神疾患は長いお付き合いになりますから
「わかったぜ」
「はい、本日はよろしいですよ。また来週診察しましょう」
「ありがとうな」
そうして『天龍』が部屋を辞すると、『電』と『雷』が入って来る。
「「お願いします」なのです」
「はい、お掛けください」
「最近はどうですかね?」
姉妹艦の二人は、セットで診察するのだ。
『天龍』よりも心の傷は浅いものの、やはりトラウマになっている。
「はい、結構ですよ。お二人には、今週
白衣のポケットから、いつも持っているキャンディーを取り出して、二人に渡す。
「「わぁ!ありがとう!」なのです」
「それじゃあ、お二人は、
「「はーい!」」
「じゃあ、定期のお薬だけ出しておきますね。不調なら、来週の往診で受診か、診療所にいらしてくださいね?」
「「はーい!それじゃあ失礼しまーす」なのです」
それを見送った後、
洋上でフラッシュバックが起きた時の、『天龍』への対処法は、『雷』や『電』にも説明しているのだ。
陸上でフラッシュバックが起きた時、
今の三人の現状を説明する。
そして処方箋を出して、青ヶ島の薬局に取りに行ってもらう。
それが終わると、カルテを入力してからノートパソコンを仕舞い、庁舎を後にする。
――――
「只今戻りました!」
戻って来ると、診療所が慌ただしい。
「ああ、ちょうどいい所に。田口さんところの健太君が、木から落ちて骨折よ。今すぐ処置を手伝いなさい!」
夕雲の言葉に、医師カバンを診察室に置くと、慌てて処置室に駆け込む。
「痛いよぉ!!」
泣き叫ぶ健太君と、心配そうに見つめる母親。
「足と、腕と、鎖骨ですか?ああ、肩も外れてますね。健太君、男の子だから我慢できるよね?」
最近
そして、それが終わると、夕方のカンファレンスが始まるのだ。
美里の担当患者のカルテを見ながら、指導をする夕雲。
本人曰く、精神科は
そして夕飯は、スタッフステーションで三人で食べるのだ。
人はどうして狂うんだろう?
狂うって何だろう?
狂ったらどうなるんだろう?
彼女は、未だに
それを、
※美里の行なった行為は住居不法侵入に当たるので真似しないでください