「はぁ···。」
意図せず、ため息が漏れる。
時刻は夜の8時を回ったところ。私の普段から使っている酒場が──いや、酒場に限らず、食事処であれば盛況しているであろう時間帯。例に漏れず、人と活気に満ちたこの場にはおよそ相応しくない挙動だ。
テーブルに頬杖を付き、周囲に軽く目を走らせ、私は再度ため息をついた。
(人が増えたな···。)
それ自体は喜ばしいことだ。魔界に人が増えることで経済は回り、魔界の寿命も伸びるというもの。だが、人が増えるということは、つまり、母数が増えるということだ。母数が増えると、"一定確率"の「一定」の部分が肥大化してしまう。何が言いたいのかというと、だ。
(民度の低下は避けられない、か。)
「クラスに一人はいる頭の悪い煩い奴」が、母数が増えることによって「クラスに一人」だからこそ「頭の悪い煩い」という面が「エンターテイナー」という肩書きに置換されていた奴が、「ただの頭が悪い煩い奴」になってしまう訳だ。
(自分語りはその辺にしておけ···誰もお前に興味なんかないから···。)
可哀想なヤツから視線を切り、ジョッキを空にして立ち上がる。そろそろ帰ろうと思って取った動作だったが、その動作はすぐに凍り付いた。酒場の扉を勢いよく開けて、誰かの魔剣が入ってきたからだ。その魔剣は、人混みを縫ってマスターの元に行くのが億劫だったのか、入り口で声を張り上げた。
「マスター!! 新しいイベントだってー!!」
即座に、数人の魔剣使いが酒場を飛び出す。検証班とランナーたちだろう。それに先んじて酒場を去ったのはランカーたちだ。動きが違う。
(私は···詳細だけは把握しておきたいしな。私も行くか。)
ぞろぞろと、魔剣使いたちの波に乗って魔界ギルドへ向かう。特別なクエストが貼り出される掲示板の前まで、人の流れの案内に従って移動すると、意外にも、人は殆ど居なかった。
(しまった、出遅れたか···?)
魔剣使いたちが初心者·ベテラン問わず全力疾走するほどの報酬でもあるのかと、背筋を冷やす。結論から言うと、違った。貼り出されていたクエスト名はこうだ。
『トロイア討滅作戦』
トロイア、という名前には心当たりがあった。"魔界の癒し"を自称する魔剣使いで、「煩悩の姫」と呼ばれているらしい。同じく魔剣使いの「煩悩の騎士」を従えているという噂も聞く。
称号を自称すること自体はそこまで珍しくもない。斯く言う私も、並み居る古参も、「初心者です」とか言うし。そんな理由もあって、私はワザワザ同胞である「煩悩の姫」を討伐しようとは思わなかった。が、クエストの詳細を読み進めていくうちに気が変わった。数秒のうちに私の意思を曲げせしめたのは、クエスト内容の書かれた紙切れの一文。『ギルドイベントです。』というものだ。
(仕方ない、か。)
数ヶ月前までは、ギルドに加入することのメリットが見つからず一匹狼を気取っていたが、気の合う友人──と、勝手に思っている人に誘われたので、今では何となくではあるが、一応ギルドに加入していた。そして、ギルドイベントということはつまり、『魔剣使いが連合を組んで戦うべき相手』ということだ。ともすれば死んでしまうかもしれない、というレベルの強敵ということでもある。
(まぁ、あの人達が死ぬとは思えないけれど。)
命を賭けた総力戦なのだ。「気が乗らないので」という理由で、私を誘ってくれたギルドマスターを、そして、私を受け入れてくれたギルドの仲間を見捨てる訳にはいかない。
(それに···)
個人的に、「煩悩の騎士」とやらには訊きたいこともある。
魔剣使いが魔剣使いとなる──つまり、魔剣を振るうのには必ず理由がある。富を求めて。名声のために。或いは、誰かのために。
私は、魔剣を愛している。武器として、一人の少女として、人として。故に、私が魔剣を振るう理由などただ一つ。「魔剣たちのため」だ。
彼女たちが人として在りたいと言うのなら、私が命を賭して、魂を燃やして、彼女達を護るために闘おう。
彼女たちが武器として在りたいと言うのなら、私が彼女達を武器足らしめよう。その為になら、何億だろうと殺してやる。
私は、私のこの考えの根幹というか前提に、「魔剣は意志をもつ
だが、それは、どうやら「煩悩の騎士」殿にとっては違うらしい。"騎士"とは、己の誇りに懸けて、全てを賭けて誰かを守る者を指す。つまり、彼らにとっては、剣──武器というのは、誇りの象徴という抽象的側面を除けば、庇護すべき対象を守る為の
「よし。征くよ、ジャガーノート。グラム。相手の属性は不明、弱点武器も不明──というか、相手も魔剣使いなんだ。かなり面倒な戦いになると思う。」
相手の属性が不明な場合は、闇属性か光属性。常識だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「で、どうしてこうなった·····。」
また、ため息を付いた。
私が配置されたのは、戦略上の要衝──どころの騒ぎではない。正面だ。「煩悩の姫」は、何か目的があるのか、真っ直ぐにユグドラシルを目指しているという。そして、午後8時──対七罪王想定魔界統一模擬戦闘、通称、統一戦が開かれているこの時間帯では、「魔界少将」を初めとした対魔剣使いのプロフェッショナルは、軒並みそちらに回ってしまっている。残った魔剣使いの中で、魔界ギルドに顔を覚えられている順=魔界滞在歴長い順でソートした結果、白羽の矢が立ってしまった訳だ。
(みんなを死なせない為に参加したっていうのに···全く。まぁ逆に、ここまで来たって事は、道中の皆を倒してきたって事だし、つまり。)
ここまで来たら、それはギルドの皆の、「第二魔界」の皆の、仇だということだ。──私の敵だ、ということだ。
そして、数時間の後。
「来ちゃったか。残念だよ、「煩悩の姫」と、「煩悩の騎士」。お前たちで相違ないな?」
私の前には、既に全身傷だらけの男と、比較的傷の少ない、それでも苛烈な戦闘があったのだろうと思わせる相様の女性がいた。一応以外の意味のない問いに、男は律儀に頷いた。女性の方はというと、既に細かな装飾の施された、青い剣を構えていた。
(剣みたいなヴィジュアルだが···ニルヴァーナか。面倒だな。)
構え方には無駄な隙がなく、その上「鎌」という武器種は、私と相性が悪い。
(男の方は···?)
男の方は、少しだけ考える素振りを見せると、水を纏う槍を顕現させた。戦槍ミネルヴァ。知恵と戦の神アテナと同一視される女神、ミネルヴァを宿した──と、思われる魔剣だ。
(鎌に槍か。面倒極まるな···。)
どちらも手数とトリッキーな動きで相手を翻弄するタイプの武器だ。槍はテクニカルな動きに加えて優れたスピードも有する武器だが、ただ速いだけならそこまで脅威にはならない。
「ここが魔鍵都市と知っての行いか? 虎の威を借りるようで情けないが、ここには魔界少将を初めとした対魔剣使いのプロに加えて、魔剣機関、それに魔王まで居る。その門兵である私に弓を引くと云うことがどういうことか、説明の必要はあるか?」
「···それで挑発のつもりですか? 魔剣使い。」
残念。乗ってはくれないか。この程度で激昂されたら、それはそれで悲しいことだ。なんせ、最も重要な質問に答えて頂けなくなってしまう。
「いや、ほんの挨拶だよ。だが、貴女方が"敵"であることは確定した。ついでになんだが、貴女が"仇"かどうかも確かめさせて頂きたい。」
「···。」
「道中に魔剣使いが沢山居たと思うんだが···そいつらは、全員倒して来たんだよな?」
(説得に応じた者もいれば、端から敵対しなかった人たちもいましたが···敵対した者を倒してきたのは事実。ここはハッタリの意味も込めて、肯定しておきましょうか。)
私の問いに、煩悩の姫は即答しなかった。何事か考え込むような素振りを一瞬だけ見せると、やがて口を開いた。
「そうですよ。だから、貴方も退かなければ──」
そうか。残念だよ、煩悩の姫。
貴女は、私の"敵"で、彼らの"仇"だ。
「おいで、グラム。」
魔力を吹き荒らし、右手の中に一振りの大剣を顕現させる。躊躇いなく突っ込んできていた煩悩の騎士は、私が魔剣を顕現し終えるより速く、手にした槍を振るった。だが、「変身中は無防備」なんて、そんなのは一昔前のヒーローだ。私は過去の存在でもなければ、ヒーローでもない。
「何っ!?」
煩悩の騎士が驚きの声を漏らす。その視線は、ミネルヴァの切っ先を握り止める私の左手に釘付けとなっていた。
魔導バリアを利用した手品のようなモノで、ある程度の技量があれば誰でもできる上に、意表を衝く程度にしか役に立たない技術だが、意外と彼には「受けた」ようだ。
残念ながら、背後の──
「アクタル、そのまま彼を引き留めていてください。」
右肩越しに後ろを見る。その動作のままに、顕現を終え完全に実体を持った大剣を振るい、迫る蒼の剣を弾く。
「はぁッ!!」
続いて、二撃。上段に弾いた剣を、そのままもう一度振り降ろしてくる。それを大剣の腹を滑らせて下へと受け流す。
続いて三撃目。下から逆袈裟に掬い上げられる剣を、横からグラムを当てて払い除ける。
四撃目。脇を締めた鋭い突きが、鳩尾を目掛けて繰り出される。
突きと言うのは面倒な攻撃だ。少なくとも後退が煩悩の騎士という壁によって封じられている今は、弾くより他にない。が、ニルヴァーナ相手だと、それすらも出来ないというのが辛いところだ。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
ミネルヴァの切っ先を握り直し、思いっきり振り回す。魔剣グラム──大剣を振るうのに最適化された身体は、その腕力で以て、煩悩の騎士を正確に煩悩の姫にぶつけ、吹き飛ばした。
「グラム、損傷は?」
『ニルヴァーナと触れた部分が少しだけ熱を持っているけれど、欠けや傷はないわ。大丈夫よ、マスター。』
それは良かった。
「くそ···大丈夫か? 姫様。」
「大丈夫です···。あの魔剣使い、どうやらニルのことを知っているみたいですね。」
二言、三言交わすと、二人は立ち上がり、また武器を構えた。先ほどとは違い、煩悩の姫は剣の先端付近から魔力を放出していた。力場として作用するほどに濃密な魔力の流れは、特定の形を象っている。もはや、それは剣ではなく鎌となった。
鍔競り合えば、瞬く間にあの魔力の刃が顕現し、腕なり首なりを切り落とすという訳だ。運用方法としては素晴らしいが、相手がニルヴァーナのことを知っていれば、効果は半減する。先の私のように、徹底して弾き、受け流せば良いだけなのだから。
「行くぞ。煩悩の姫と、その騎士。」
十数歩の距離を跳躍して詰め、一撃見舞う。流石に騎士を名乗るだけあって、素早く煩悩の姫を庇った煩悩の騎士のミネルヴァによって、上段からの切り下ろしは受け流された。即座に煩悩の姫が背後を取り、鎌を一閃する。攻撃を受け流されて崩れた姿勢ではどうしようもない。甘んじて一撃、とはいかない。なんせ、相手の魔剣はニルヴァーナなのだ。物理攻撃としても優秀だが、その真骨頂は斬撃に付随す精神攻撃にある。ソウル──魂を利用して魔剣を使う私たちにとっては、かなり痛恨の一撃となるだろう。
「悪く思わないでくれ。プリンセス。」
流れた姿勢をより崩し、流れに従って足を振り上げる。踵に小気味良い感触を感じると共に、背後を取っていた煩悩の姫が吹き飛んだ。顎を蹴り抜いた左足をそのままに、その勢いすら利用して右足も踏み切る。前方宙返りを決め、ポーズを取る間もなく背後へとグラムを一閃する。
「お前!!」
突き出されたミネルヴァの切っ先と、グラムの刃が拮抗する。スピードとトリッキーな動きが売りの騎槍型魔剣で大剣と張り合おうとは、片腹痛いことだ。
「ぐぅッ!?」
グラムを振り抜き、丁度、煩悩の姫が吹き飛んだ辺りに向けて、煩悩の騎士を吹き飛ばす。
「···なんでだ?」
思わず口走る。どうしてこの程度の魔剣使いに、彼らは倒されたのか、と。
「そりゃあ、まだ、本気じゃありませんからねー。」
「だが姫様、そりゃ向こうも同じっぽくないか?」
「先に発動して、向こうが発動するより先に決めればいいんですよ。ほら、一緒に。」
魔剣を顕現させたことで強化された身体は、顎を蹴り抜かれようと、二度に渡って吹き飛ばされようと、未だに健在のようだった。
「ニルヴァーナ、『極化』!!」
「ミネルヴァもだ、極状態、解放!!」
「···チッ」
舌打ちを漏らす。面倒なことだ。そこそこ面倒な連携だったが、さらに『極化』で魔剣のステータスを大幅に強化されると、余裕が無くなる。私一人なら、だが。
「グラム、片方任せるよ。おいで、ジャガーノート。」
『いいですよー、マスターさん。』
「えぇ。私はどっちを持てばいいのかしら? マスター。」
グラムが魔剣少女として顕現し、私が差し出した大剣の柄を握る。代わりに、私の右手には、羽のような刃をもつ戦斧が握られていた。
「姫様の方を頼む。私が騎士を抑えよう。聞きたいこともあるし、な。」
「良いわよ。マスター、言っておくけれど、負けたら承知しないわよ。そうね···恒久的ブキダス禁止刑に処すわ。」
「あっはい。」
さて。
「なぁ騎士殿。一つだけ聞いていいか?」
「なんだ? いきなり。」
「魔剣について、どう思う?」
◆ ◆ ◆ ◆
「煩悩の姫、だったかしら。」
「えぇ。そういう貴女は、彼の魔剣···"魔剣グラム"ですよねー?」
「あら、存外に目が良いのね。言っておくけれど、私達には精神攻撃は通用しないわよ?」
「へぇ? そうなんですか?」
二人が笑みを交わす。それは敵同士が向けあって然るべき空虚なモノではなく、本当に心の籠ったものだった。戦場で剣を突き合わせた者同士は、稀に「ふと、相手が歴年の親友であるかのように、何を思い、何を感じているかが心の中に入ってくる」ということ経験するらしいが、その類いだろうか。
「ちなみに、理由をお聞きしてもー?」
「手の内を明かす訳がないでしょう? でも、そうね···彼は、"狂っている"から。」
煩悩の姫が目を細め、グラムが薄い笑いをこぼす。
「勿論、ブラフかもしれないけれどね?」
「そうですよねー···。──では、お喋りもこの辺にしましょうか。このままだと、もっと強い人達が来ちゃいますからねー。」
「そうね。手柄を横取りされるというのも、あまり好きではないし···何より、マスターが決めたことだもの。彼の魔剣として、私は従うだけよ。」
「貴女を倒して、私は先に進みます。」
「貴女を倒せば、私は彼の役に立てるのかしら?」
二者が同時に地面を蹴る。始めに繰り出されたのは、鎌を用いた突き──というより、殴打だった。刃の反対側、峰にあたる部分が、グラムの鳩尾を目掛けて疾走する。回避しようと、鎌という武器の特性上、軸となる柄を回転させて、ある程度は対応されてしまう。故に、ガードするしかない。
だが、ガードすれば、剣と身体の間に、湾曲した鎌の刃がヌルリと滑り込み、剣を引っ張ってガードを崩してしまう。この様なトリッキーな動きこそが、グラムのような純粋なパワータイプには苦手とするところだった。
「面倒よ。散りなさい。」
だが、トリッキーな動きをするには、素早さと正確性──つまり、「いかにスピードを制御するか」というのが重要で、スピードを制御したければ、その制御にも当然、力を割かなければいけない。単純なことだが、全力でスピードを出せばいいというモノでもない。逆にスピードが無さ過ぎるとどうなるか。明快だ。死ぬ。
「きゃっ!?」
崩されたガードの奥から、グラムの左手が伸びる。拳の形に固められたそれは、その細さからは考えられないほどの力で以て、三度、煩悩の姫を吹き飛ばした。
「マスターも本気のようだし、ね?」
グラムの持つ大剣は、いつの間にか形状を変え、ドレスもデザインを異なるモノへと変化していた。
波打つ刀身は枝分かれした禍々しいものへ。ドレスは、白黒のものから、水色を基調としたものへ。
──顕現 『魔剣グラム【極】』
◆ ◆ ◆
「仲間を守る為の道具···と、そう考えていた時期もありますよ。でも、今は──」
今は、なんなのか。それを聞くより早く、私は加速していた。
今は、違う? なら、騎士を続ける意味が分からない。どうだっていい。この質問に、元より大した意味など無いのだから。勿論、私の好奇心を満たすためというのもあるが、一番の理由は、隙を作るためだ。このまま行けば負けるとは思えないが、なんせ、道中にいた筈の魔剣使い達を鏖殺してきたであろう強者だ。だからこそ、もはや出し惜しみはしない。
「ジャガーノート、極化。グラムもだ。速攻で決めよう。」
手にした戦斧の形状が変化し、筋力や敏捷性の補正値が増大する。一撃を確実に叩き込めば、冥獣であろうと葬り去れるほどの威力を込めて、戦斧を振るう。
「くっ!?」
並の魔剣であれば破損に追い込める、属性有利であれば魔核に達するレベルの一撃を、煩悩の騎士はミネルヴァの柄で防いでみせた。防御力上昇系の記憶結晶だろうか。
「なんで···武器の特性的にはこっちが有利なはずなのに!!」
叫びながら、今度は煩悩の騎士が刺突を繰り出してくる。極化した魔剣のステータス補正を十全に受けた一撃は、先程のモノよりも鋭く、魔導バリアに頼ったガードは危険だと一見して分かるほどの速さだった。
「チッ」
戦斧という取り回しにくい武器で攻撃した以上、すぐさまガードに転じることは難しい。ニルヴァーナとは違って一撃がそこまで致命的ではないと判断し、出来るだけ身体をずらして受ける。脇腹から少量の血が吹き出し、ミネルヴァから湧き出している水の中へと消えていった。
「私の強さのタネなんて、もう少し強くなれば直ぐに分かる。上位勢なら誰だって知っていることだよ。古参なら、もはや感覚的に理解出来るだろうな。」
そう、少しカッコつけて言ったときだった。
「バーニングハート。魔剣と絆を結ぶことで、性能を底上げしているんです!! アクタル、貴方にも可能なはずよ!!」
煩悩の姫が、満身創痍になりながら叫んだ。あちらもあちらで、グラムが優勢らしい。試合に勝って勝負に負けたような空しさが漂っているが、きっと気のせいだ。そうに決まっている。
「バーニングハート···。魔剣と、絆を···。」
目を閉じてしまった煩悩の騎士は、動きすら止めている。大きすぎる隙だが、私には、その隙を衝くつもりは毛頭無かった。
「···どうして、俺を攻撃しなかったんですか?」
やがて目を開いた煩悩の騎士は、静かにそう問いかけた。
なに、単純なこと。
「魔剣がバーニングハート状態になる···絆を結ぶというのは、魔剣使いが魔剣のことを大切にしていないと出来ないことだ。魔剣をこまめにメンテナンスし、魔力をきっちりと補給して、幾度となく戦場を潜り、生還する。素晴らしい思い出の発露を、この私が邪魔する訳がないだろう?」
「···ありがとうございます。」
「あぁ。騎士殿、···あぁ、姫君。貴女も至ったか。──あなた方が、魔剣を大切にしているということは理解できた。···だが、それはそれだ。」
先程とは比較にならないほどの剣気と覇気を纏う二人に、手にした戦斧を突きつける。翼のような刃をもつその戦斧は、徐々にその形状を変化させていた。
「皆の仇は、討たせて貰うぞ。来い、ルナ。」
──ジャガーノートの魔核が唸りを上げる。
魔核に膨大な魔力が満ち、やがて、魔核そのものを一段階ランクアップさせる。
魔核覚醒。ジャガーノートは、ジャガーノート=ルナへと。同一の存在にして、全く別の存在へと変生した。
──顕現。 騎槍『ジャガーノート=ルナ【極】』
「戻ってこい、グラム。ルナを全力運用する。」
他に魔力を回す余裕がないほどに、ルナに魔力を流す。
「バーニングハートに至った、貴殿らの魔剣愛に敬意を。その証として、私も全力でお相手しよう!!」
◆ ◆ ◆
次に私が目覚めたのは、病院のベッドの上だった。近くのベッドには、死んだと思っていたギルドの皆も寝かされていて、私は安堵のため息をついた。
私は負けた。ただ、それだけだ。だが──悪くない。バーニングハートによるステータスの向上は、交わした絆の質と量に依存する。その法則に従えば、私と同格か、ともすれば──いや、それは無いな。私は、私の魔剣への愛が、誰にも負けないと信じているのだから。
だが、それでも。
「煩悩の姫と、煩悩の騎士か。」
私は、口角が上がるのを抑えきれそうになかった。