トロイア討滅作戦   作:征嵐

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蛇足。或いは、後日談

 私は、煩悩の騎士との戦闘で負った傷を癒すという名目で、長めの休暇を取っていた。

 

 あの二人との戦いは苛烈だったし、互いに、魔剣を使って戦う以上、死を覚悟していた。傷の一つや二つ、想定の内だ。──とはいえ、負けるつもりなど毛頭無かっただけに、私の精神的ショックは大きかった。少なくとも、表面上は完璧にいつも通りだと自負していた私の渾身の演技を、グラムが「マスター。やせ我慢なんて、私たちに通じる訳がないでしょう?」と切って捨てる程度には。

 

 だから、その、建前と言い換えてもいい「名目」は、あながちでっち上げという訳でもない。たとえ肉体的な傷は一週間ほどで治っていても、だ。誰が何と言おうと。私はこの機会を逃すつもりはない。

 

 この、「グラムとジャガーノートの水着姿を見る」という目的を果たす、絶好の機会を──!!

 

 

 

   ◇

 

 

 

 時は少し遡り、数日前。私は菓子折を持って、第二魔界の森のなかにひっそりと立った屋敷へと来ていた。

 

 「マスター。もう一度聞くけれど、本気で言っているの?」

 「一度と言って、もう五回くらい言っているよ、グラム。まぁ、君の声が何度でも聞けるから、私は一向に構わないが。」

 「その煙に巻くような答えも、もう4回聞いたわよ。マスター。」

 

 グラムはうんざりとした様子で、数歩後ろに立っている。乗り気ではない、どころか、否定的なのが手に取るように分かる。と、いうか、表情が雄弁すぎる。

 

 「まぁ気持ちは分かるよ。なんせ、君を、この私を、私たちを負かした相手の、その本拠地に来ているんだから。」

 

 この屋敷に住まう者は、魔剣を除き、人間だけを数えるなら、女が一人と、男が一人。名は知らないが、通り名ならそこそこ有名で、私と因縁のある──つい先日、因縁の出来た相手である。彼女たちは、こう呼ばれる。

 

 「煩悩の姫」と、「煩悩の騎士」と。

 

 トロイア討滅作戦の折、刃を交え──私を下した相手だ。

 

 暴走魔剣を匿ったか、霊獣となりつつあるか。理由などどうでもよかった。ただ、私の仲間を切り伏せて来たのなら、その仇を討つまで。そう判じて挑み──負けた。後に聞けば、アレはただの誤りだったというから笑えない。

 

 ···魔界ギルドの担当官は、誤報の代償として二度と笑えなくしたが。私の魔剣を、正当な理由なく戦場に送り出したのだ。報いは受けてもらう。

 

 と、まぁそれはさておき、私は、その私を破った者たちの片割れに、『煩悩の騎士』に会いに来ていた。彼が私を下すに至った決定打、「バーニングハート」。魔剣と深い絆を交わした証左に、私は敬意を持っていた。同時に、同族感も。つまり、何が言いたいのかと言うと、だ。

 

 お前とは美味い酒が飲めそうだ、と、そういうコトだ。

 

 「付き合わされる私の身にもなってほしいわね。」

 「ははは、観念しろグラム。」

 

 お互い、自分の魔剣について、「ここすき」「ここすき」と、語り合おうじゃないか。そう思って、ワザワザ森を抜けて来たのだから。道中の魔物の鬱陶しさには気が滅入った。なんだってこんな辺鄙な場所に居を構えているのか。途中、冥獣にすら遭遇したというのに。

 

 ドアノッカーを三度鳴らす。少し待つと、中から人の近づいてくる気配がした。

 

 「はいはい、どちら様ですかーっと···ん?」

 「久しぶりだな、煩悩の騎士。この前は世話になった」

 「マスター、それじゃ完全にお礼参りの口調でしょう···」

 

 警戒心も露にこちらを見ている騎士殿。魔剣も顕現させないで、何をしているのか。戦うつもりなら、せめて武器だけでも持っておくべきだ。──あ、いや、こちらは確かにグラムを顕現させているが、これは戦う意志があるわけではなく。あたふた。

 

 「それもそうか。安心してくれ、騎士殿。こちらに戦う意思はない···あ、これ、つまらないモノですが。」

 「は? あ、どうもご丁寧に···」

 

 グラムの顕現を解き、軽く腰を折って菓子折を差し出す。中身は私の愛飲する、最強にして最高の炭酸飲料。ジャンクの中のジャンク。合成甘味料とカフェインを炭酸で流し込むクレイジードリンク。ペ●シのストロングゼロだ。ツマミとして、こちらは純然たる砂糖の塊、メン●スを用意した。

 

 さぁ、胃で科学実験をしよう。

 

 「えっと、何しに来たのか分からないが···とりあえず中にドウゾ···?」

 「お邪魔します。ところで、主は居られるか?」

 「なんでしょうか、こんな辺鄙な所まで、わざわざ訪ねてくる要件とは。」

 

 騎士殿に聞いたつもりが、いつの間にか側に来ていた姫君から返事がくる。

 

 ···よく考えたら、わざわざ冥獣すら出没する森を抜けてこんなところまで来る必要は無かったのでは? いやいや、ここまで来てようやくソレに思い至るとは。アホか。だが、まぁ、ギルドマスター以来の、美味い酒が飲めそうな奴に出会ったんだ。親睦を深めておくに越したことはない。彼らを倒し、この私を倒す程度には、戦力として有用なのだし。

 

 「いや、なに。少し、彼と話したいことがあって、ね。」

 「アクタルと···?」

 

 煩悩の姫が小首を傾げる。青色の髪を揺らして、さらに一言。

 

 「それは、"話がある"という事でしょうか?」

 

 同じ言葉だが、ニュアンスが違う。「外に行こう」と「表に出ろ」くらいの、というか、そのものだった。僅かに姫君から漏れる敵意に、ジャガーノートが敏感に反応している。

 

 『どうしますかー、マスターさん?』

 「落ち着いてくれ、私にそんな意図はない。彼に渡した菓子折を見てもらえば分かるが、アレだ。単に親睦を深めに来ただけだよ。」

 

 徒歩で。森を抜けて。道中の魔物を鏖殺しながら。

 

 正直、今度酒場で見かけたとき、とかでも良かった気はする。

 

 「ペプ●コーラ···」

 

 全くもって理解できない。そんな声が背後から聞こえて来た。同様の表情を浮かべた姫君が、二、三回首を振って、仮面じみた笑顔を貼り付けた。

 

 「では、そこのテラスで──」

 「まぁ、待ってくれ。私から提案がある。」

 

 

 

    ◆

 

 

 

 「──で、何処ですか? ここは」

 「ご存知ないか? ここは──『リゾルタ海岸公園』だ。」

 

 いえ、そういうコトを聞いているのではなく···。と、姫君は頭痛を堪えるように頭に手を当てた。その隣で、本気で理解できないモノを見る目をした騎士殿が立っている。

 

 燦々と照り付ける太陽の光が、白い砂浜に反射し、全身を焼く。だが、一分と掛からずに到達するであろう波打ち際には、白く泡立つ海水が、透き通った色の沖合いにまで、冷たそうな水を延々と湛えている。まぁ、つまるところ。

 

 「分かりやすく言おうか。ここは──海だ。」

 「それは流石に分かる···。」

 

 では、各自、持参した水着に着替えてきてくれたまえ。解散!!

 

 と、できれば一番良いのだが、何も言わずに引っ張ってきたからそうはいかない。ここで無責任に放り出すのは流石にアレだ。

 

 「あそこに男性用更衣室があって、反対側が女性用。トイレは更衣室の隣にあるから、絶対海中でするなよ。分かるらしいから。軽食は海の家がオススメかつ安パイだな。浮き輪の貸し出しとかパラソルの貸し出しもやってる。──一応言っておくが、マタタビは絶対に買うな。」

 「マタタビ···? いや、それ以前に、なんでこんな所に──」

 「さぁ行け、行動開始!!」

 

 私は騎士殿の背中を押して、グラムとジャガーノートが姫君の手を引いて、それぞれ更衣室に入っていく。

 

 ロッカーに脱いだ服を詰め込みつつ、騎士殿の様子を伺うと、凄まじく警戒した視線を向けられていた。

 

 「···な、何か?」

 「どういうつもりだ、お前。」

 「···質問の意図が分からないな。」

 「とぼけるなよ。俺たちに負けたから、復讐しに来たんだろう!? こんな回りくどい手を使って、俺たちに武装を解除させて!!」

 

 ──は?

 

 「図星か? やっぱり、お前は──」

 

 騎士殿の手に、小太刀が顕現する。魔剣なのは確実だが、そこまでの驚異では──って、しまった!? グラムもジャガーノートも女子更衣室だった!?

 

 「ここで倒すッ!!」

 

 居合い。抜刀術。その技術を言い表す言葉はなんでもいい。鞘から抜かれた刀は、その勢いのまま、私の首を目掛けて疾走する。グラムが異変に気付くより、ジャガーノートが一端顕現を解き、私の元へ再度顕現するより、その刃が私の首に触れる方が早い。

 

 が。

 

 別に、その刃が私の首を打ち据えたところで、特に意味はない。

 

 金属音を立てて、刃が火花と共に弾かれる。驚愕の表情を浮かべた騎士殿が、ロッカールームの端まで後退した。

 

 「驚いたか? 魔剣もナシに、魔導バリアが張れるっていうのは、一種の裏技なんだが。」

 

 と、いうより、チートに近い。この手の技術を使える──いや、知っているのは、考察班と呼ばれる研究者チームくらいなものだ。或いは、狂ってしまった者か。これは、触れてはならない、理性の奥。狂気の真髄によってもたらされた、「狂人の洞察力」とでもいうべき、脳の回転の産物。

 

 「タネ明かしをすると、コレ、体内の魔力が暴走した副産物なんだよ。常に魔剣を顕現させてるみたいな状態だから、魔力が減るわ減るわ···。で、まぁ、コレの原因なんだけど。」

 

 全てを狂わせる魔剣、ジャガーノート=ルナ。単なる魅了だけではなく、クトゥルフ神話勢のような「狂気」から、物理的な「狂い」まで、どんなタイプの「狂気」であろうと、彼女はソレを司る。──のだが、「見ただけで狂う」という一番厄介な性質にだけは、何故か「魅了」以外の狂気が乗らない。おそらくはソレが基本の性質であり、それを曲解して「狂気を司る」という能力になっているのだろうが、まぁ、つまり。その能力が、一番強力だということだ。

 

 「確かにルナは魅力的だ。だが、私は、その狂気を受け止め切れなかった。彼女に狂わされてしまった。」

 

 自分の理性の、野性の、自分という人格の最奥たる狂気を受け止められる人間など、そういない。魂という絶対のキャパシティを、三本もの魔剣で埋めている私には、まず無理だった。

 

 だというのに、何をトチ狂ったか、私はある実験をした。それは。

 

 「鏡を使って、ルナが発する狂気の光を全部私が見てみよう。」

 

 というもの。結果はお察しの通り、精神だけでなく肉体まで狂う始末。一番笑えるのは、この実験をしたのが、この前の戦いで入院している間だということだ。暇で暇でどうしようもなかったからね。仕方ないね。

 

 「で、まぁ、らしくもなく、こうして君たちを誘って海に来てるという訳だ。恐らく、前々から思っていた『ジャガーノートとグラムの水着が見たい』という深層の欲望が、狂気によって発露したのだと思われる。」

 「理性的な狂気を感じた···」

 

 上手いこと言う。まぁ、アレだ。

 

 「悪いが、この狂気が収まるまで、付き合って貰うぞ。なに、君とは美味い酒が呑めそうだというのも、また狂気が汲み上げた私の本心だ。」

 

 




 意図して行動と意思に一貫性を出したり出さなかったりするのはクソ難しいな···狂人っぽさ、出てましたかね?
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