巫女とサムライ 作:マッチ売りの老婆
ーー戦うことは、得意だった。
ーー好きではない。
ーーけれど、目的の為には必要だった。
ーーそんな気が、する。
「……そうか。君も大変だったんだね」
椅子に座る中年の男性がうんうんと頷き、ベッドに横たわるお前に共感した。
見れば、周りにいる彼らも、何処か表情が暗くなっている。
断片的とは言え、こんな摩訶不思議な事を話してよかったのだろうか、と遅くながらにお前は後悔した。
自分の命を救ってくれただろう彼らの心を、乱してはいけないというのに。
お前は彼ら『益子家』に自分が知り得る情報を話した。
曰く、お前は数人のナカマと共に大勢の群衆を相手にしてきたこと。
曰く、鬼や悪魔といった修羅神仏と対峙してきたこと。
曰く、お前はもはや故も知らぬ女性一人のために、道を進んできたことを。
自分が今、唯一覚えている情報。
その全てを彼らに話した時、場の空気は静寂となっていた。
お前にはもう、その記憶の情景を思い浮かべる事も出来ない。
だと言うのに彼らは、何故こんなにも深刻そうな顔をしているのだろうか。
「大変だった、ね。君はもう戦う必要はない。此処でゆっくりと休んでくれ」
……休む?
その言葉にお前は疑問を抱いた。
それは療養という意味だろうか。それとも、戦うということ自体を?
前者なら甘えさせて貰いたいと願うが後者は、ダメだ。
自分には使命がある。何か大切なものを取り戻す為の、大事な使命が。
他の何者でもない自分が選んだ、答えだ。
それが何かはもう、覚えてはいないが。
この意思を曲げることは神でさえ、お前は許さない。
「そうか、分かった。今日一日休むと良い。明日、もう一度此処にくるから」
……。
まあ、確かにこの身体を癒やすにはもう一日程度休むことが必要だろう。
身体が動かないのは、非常にまずい。
その間に、もうしばらく、考えることにしよう。
これからのこと、やるべきことについて。
暫くして男性らはこの部屋を去っていった。
おかゆと皿一杯分のシチューを袖机に置いて。
確かあの桃髪の女性が、これを食べるように言っていたのを覚えている。
お前はそれを手にとって、シチューのほうを口に運ぶ。
……美味い。
「だろ? オレのお母さんの飯の味は最高なんだ」
いつからそこにいたのだろうか。
小さな獣を頭に乗せた少女がそこにはいた。
その顔には笑顔が浮かんでいる。
そう、笑顔だ。
「な、なんで泣いているんだ? オレ、何か悪いことしたか? もしかして飯が不味かったとか……?」
少女はおろおろと慌て始めるが、お前はその様子にクスリと笑いながらそれを否定する。
「ならなんでなんだ?」
さぞ不思議そうに此方を覗き込む少女に、お前は說明する。
今君が浮かべた『笑顔』というものが、とてつもなく大切なものだと感じたからだ、と。
說明を受けた少女はそれを聞いて更に頭に?を浮かべ首を傾げる。
その様子を見てお前はひとしきりに安心した。
ここは、それほどまで平和な土地なのだろう。
皆が絶望し、決して小さくない恐怖を表に出しながら生活していた『彼処』とは違う。
そんな場所なら確かに、戦う必要はないのかもしれない。
「よく分かんねえ、くそー」
ーーねー!
小さな獣と共にうわー、と頭を抱え目を”><”にしている少女。
本当に平和そうで、こんな時間が永遠に過ぎてくれれば、と感じる。
ふわあ、とお前はあくびをかいた。
どうやら、身体の疲れは思っていたより溜まっていたようだ。いや、何処か緊迫していた身体が解れたというべきか。
この家の彼らのお言葉通り、もう一眠りさせてもらおう。
シチューを机に戻し、掛けられていた透明で非常に薄い布をかけ直す。
「ん、どうした。寝るのか?」
ああ、少女に声を返す。
そのまま布団を被り直して、身体の姿勢を変えている時、ふと思い出す。
そう言えば、彼女との間では自己紹介をしていなかったな、と。
まあ、記憶喪失である自分には紹介出来るほどのものはないのだが。
「あ、そうだな。オレの名前は
無垢な瞳を此方に向け、お前の自己紹介を待っている。
……記憶喪失だと說明したのを忘れたのだろうか。
返答に困っていると、ふとある事に思い出す。
確か先程この家の住人らと話した際に自分が負傷し倒れているのを見つけたのはこの少女だと言っていた。
見つけたのは近隣の森だと。
森、か。
暫くの偽名として使うのはありかもしれない。
「へえ、モリって言うのか。いい名前だな」
これは偽名だが、と前置きを置いてこちらも自己紹介をする。
恩人である彼らに嘘をつくようで申し訳なく思うが、仕方がないのだ。
これが、今の自分に出来る精一杯。
精一杯の【TALK】なのだ。
「よろしくな! モリ!」
差し出された手を握り、握手を交わしてからお前は眠りについた。
**********
益子家で介抱されてから、数日。
長い間休み、身体の体調を回復させたお前は居間の部屋の中益子家と団欒していた。
彼らのことは、ここ数日で軽く說明を受けた。
この世界に存在する【荒魂】と呼ばれる異形の存在。
それらを退治し、沈める【刀使】の家系。
刀使というのはこの世界で出現する荒魂という化物を討伐するのが主な役割で、それは女性が担うそうだ。
そして荒魂は日本各地に出現するため、彼らの他にも沢山の刀使がいる、と。
說明を受けたお前は軽く”まるで『人外ハンター』のようだな”と考えた。
そして頭に?を浮かべた。
「『人外ハンター』? なんだそりゃ」
人外ハンター。
記憶喪失の自分が思い浮かべた化物共を相手に戦う戦闘集団。
なんの前兆もなく蘇った記憶に戸惑いを感じながらも、これが本当は何なのか、その言葉の意味をこの中で一番博識そうな初老の男性に尋ねる。
が、全く聞き覚えのないもののようで、その他女性やら中年男性やらに話を伺ったが、総じて『分からない』という答えが返ってきた。
何処か、懐かしいものを感じた気がした。
確か、昔にも似たような事があった気がする。
「もしかしたらその『人外ハンター』ってのが、お前さんの職業だったのかもなあ」
そうかもしれない、とだけ言葉を返してその時の話は一旦の区切りがついた。
ついたはずだった。
「なあモリ、少し家の【刀使】と手合わせ願えねえか?」
その数日後、初老の男性……【
手合わせ、とはどういう事だろうか。
お前は彼の隣で恥ずかしそうに顔を伏せている桃髪の女性いや益子家の現刀使【
いやあ、と頭を描きながら佳孝は言葉を繋げる。
「前にモリが化物共と戦う、人外ハンター? だったって言うもんでコイツに闘争心が出来ちまったようでよ。もうそろそろ引退だってのに、なあ?」
「……うぅ」
顔を隠すように手を置く皐月の肩を叩く佳孝はガッハッハと笑うが、次の瞬間に真面目な顔をして此方を見つめる。
鋭い視線にお前は同じく真剣な眼差しで答える。
佳孝はしばし後目を逸して、はあ、と息を吐いた。
「まあ、正直な話をすると俺たちはアンタの『人外ハンター』としての力が欲しくなったんだ。聞いた話を整理すれば要は、少数精鋭の一人だったんだろう?」
確かに、そうとも言えるが……。
お前は視線をずらし俯いて考える。
なぜ、この世界で自分の力を必要としているのだ、と。
あの少女、薫と話した時、ここは平和だと感じた。
争いのない、安全で平和な世界だと。
それはこの家で過ごしていた日々の中でも感じていた感情だ。
この家も、平和で温情な場所だと。
なのに、何故そんな、そんな優しい場所が自分のこの『チカラ』を欲するのだ、と。
「ウチは代々『刀使』の家系だってのは話しただろ? で、近々その役目は皐月から薫に移る……。あの小さな身体の薫によ」
心配性だよなあ、と笑いながら穏やかな目で遠くを見る。
まるでそれはどこか昔の記憶を懐かしんでいるように。
隣の皐月も似たような様子だ。
なるほど。
つまり、彼らは親バカだという事か。
【刀使】は【荒魂】という”異形の化物”と対峙する。
そんな危険な事を自分たちの娘、孫には担わせたくない、危険な目には遭わせたくない、といった所か。
その時の保険として、お前の『人外ハンター』としての力を欲している。
大切な人を護るための、『チカラ』を。
提案された”手合わせ”はその試金石といったところか。
……
………面白い。
「そうか、受けてくれるか! ありがとうな!」
お前は快く受け入れ、日時やルールの確認を行う。
どうやら対戦の準備は既に済んでいたらしく、お前が首を縦に振ってくれるならば今からでも出来るらしい。
勿論お前の答えはYESだ。
この、内に秘める熱が冷めぬうちに。
お前は皐月に近付き、軽く声をあけた。
よろしく頼む、と。
「ええ、こちらこそ、です」
**********
場所は移って益子家裏庭。
此処は軽い軽い対戦フィールドになっており、丸い円形に整地がされている。
また、遠くにはカカシのようなものが立てられているなど、訓練施設として使われているという事が見えた。
お前は意識を集中させて、借り物の木刀を握り感覚を確かめる。
なるほど。
『刀』というこれは確かに、自分は振り慣れた感覚がある。
軽く素振りをすると自分でも驚くほどしなやかな一撃が出る。
それと同時に軽さ、と表現出来る頼りなさと何処か落ち着かない感情が芽生える。
……何かが足りない。
一体何が足りないというのかは分からないが、少なくとも今のお前には認識出来なかった。
「おまたせ致しました、モリさん」
一言発して家の中から裏庭へ現れたのは巫女服姿の皐月。
紅と白の二色が別れた美しい装飾であり、布のつなぎ目から見える生肩が何処と無く美しさを醸し出す。
桃色の髪を揺らしながら木刀を手に取った。
「ではお父様、審判をお願いします」
「あい分かった。んじゃこれより、モリと皐月による模擬戦を開始する」
互いに刀を強く握り、距離を遠くして対峙する。
装備はどちらも同じ、木刀に軽い服装のみ。
あちらは巫女服だが、此方は益子家に貸し出されたジャージ? と言われるものだ。
皐月は木刀を両手で持ち切先を天に向け腰を低くして構える。
対してお前は至って平静な姿勢で、両足を軽く開いて木刀を持った片手すらぶらんと下げている。
一見すると隙だらけ、緊張の無い無防備な姿だ。
それに疑念と少しの怒りを覚えたのか、
「余裕ですね。私相手には警戒する必要もないと?」
「別に。身体がこう覚えているだけだ」
軽い挑発に、挑発のような返し。
くっ、と目を鋭くさせた皐月は佳孝の合図で勢いよく前に滑り出た。
肉体の跳躍性のみを利用した素早い一撃。
上から斬り下ろすように落とされた両手の一撃を一瞬で距離を縮めた直後に下す。
本来は御刀によって得られる力、俊足を得ることの出来る『迅移』と人間の身の丈以上の大きさの御刀【祢々切丸】を絡ませた巨大な一撃を御見舞するのに適応したものだが、今は御刀を持てぬ男との勝負故に、御刀は使えない。
しかし、されとて身体に慣れ昇華された技術による一撃だ、少なくとも片手で刀を握っているようでは防げない。
いくら肉体的に女性に対して優勢なステータスを持つ男性であるのだとしても、それは不可能だと言えた。
それは皐月を含めた、ここの人間全ての共通認識であった。
ただ、一人を除いて。
「__!? うそ!?」
「………」
合図開始とその直後まで下げられていた腕はいつの間にか上がっており、皐月の重い一撃を片手で受け止めていた。
その木刀を握る手には震えがない。
力の対抗による揺れすらない。
お前に対して振り下ろされた一撃は完全に防がれていた。
「今度は此方の番だな」
ワンクッション置いて刀身と刀身の間に僅かな隙間を作りゆっくりと斜め後ろへと力を受け流す。
お前の抑えていた力によって硬直していた前に押す力はその勢いのまま後ろへの移動を開始し、それに気付いた皐月は後ろへ後退しようと身体を動かす。
その一瞬の、後ろへ力を戻す際の硬直を狙いお前は彼女の丁度ハラワタ、へそ周りに膝蹴りを入れる。
「_ぁああ……!!!」
水っぽい打撃の感触が皐月の腹部に生じ、膝をついてその場に伏せる。
お腹が、とてつもなく痛い。
あまりの痛みに腹を片手で抑え、俯いている。
「何を休んでいるんだ?」
「ぁ、え、ぅぇああ!?」
しかし、そんなものはお構いなしとお前は彼女は肩を前からボンッと押し、前のめりになっていた身体を強制的に開かせる。
無防備になった身体の前半分。
ニヤリと笑ったお前は勢い良くその中央に足の裏をつけた。
直後、大きな物音と共に女性の身体が宙を舞いながら吹っ飛び、遥か後方で衝撃が起こる。
砂埃が舞っている。
「……ぁ……ぁぁ……」
砂埃が晴れた場所、大きく凹んだ樹の幹には、倒れるようにして俯いている皐月の姿があった。
神様を相手にしてたし、お香ドーピングしてたし、最弱武器使っても行けるよね! 君なら!(震え声
助けて! モォリカドォルサァアアン!!