「ある日私の兄ちゃんが「世界は終わるからいーのだ」と言った。夕食の席で、いつまで立ってもバイト一つ始めない24歳に対して、一丁前の大人が説教しだした時に言った。要するに、家族会議のときに発せられた激ヤバ発言。
兄ちゃんはキチガイだった。多分。8つ違いの私には教えてくれなかったけど、兄ちゃんの高校中退は兄ちゃんのそういう行動が原因だったはずだ。
兄ちゃんは一度、私にアルミヘルメットを作ってくれた。「こういう人のふりをすれば、許してくれるかなあ。」私は兄ちゃんのバレバレの演技に騙される親を見て、兄ちゃんとこっそり笑いあった。
でも兄ちゃんはそういうキチガイではない。
兄ちゃんは「啓示を受けた」んだよね。こう言ったら親友の見沼は私を厨二病扱いした。酷いやつ。まあ客観的に見たらそうだ。
「兄ちゃんは確かにいったんだよね。東京オリンピックが始まる日から、地球は突然今みたいな世界になっちゃうって」
「えー、ニートの寝言かもよ」
見沼はまだ兄ちゃん=預言者説を信じてくれない。何回も言ってるのに…あるいは何回も言ってるから信じてもらえないのかな。でも、真実なのだから仕方がない。言おうが言わまいが、この世界が目を瞑っても荒廃しているように、兄ちゃんは預言者なのだ。
「さかなはな、きれいすぎる水にいると死ぬんだ」
兄ちゃんはそう言って死んだ金魚をトイレに流した。お母さんに死ぬほど怒られたけど、私が餌にごま塩なんてあげたせいで殺しちゃって、兄ちゃんはそれを慰めるためにしてくれたんだよね。不器用でキチガイの兄ちゃん。
だから兄ちゃんが世界が終わっちゃうって啓示を受けたときどんな気持ちになったのか、想像しただけで悲しくなる。
私も高校生になってわかったけど、兄ちゃんは繊細すぎる。高校生男子の、熱くて臭くてゴリゴリした感じを見てるとわかるよ。あいつらが石だったら、兄ちゃんは絹だよ。それかティッシュペーパー。それは弱いとほとんど同じ意味かもしれないけど、本質は全然違うよね。私は兄ちゃんの脆いけど柔らかいあの笑顔が好きだったよ。
私は兄ちゃんと正反対で、石より岩だったから、今もこうして生きてるし、世界はほとんど終わってるけど完全に終わるまで生き続けると思う。
なんかもう、最近は人間らしさまで捨てちゃって必死こいてるせいで、兄ちゃんのこと悼むことさえ忘れてた。
人間、っていうか世界はホント酷いよ。兄ちゃんがいたら即死だね。人がバタバタ死んだりはもうないけどさ。まあ、もうバタバタと倒れてくほどの数いないからなんだけど。
虎が歯を磨くためだけに、咲いたばかりの花を踏みしめて植物をめちゃくちゃにするじゃん。いま地球に起きているのはそういうことで、私達人間は植物みたいに種を残したりできないけど、いつかは生き残った何かしらが栄えるんじゃないかな。
私はなんとなく、それが金魚だったらいいなって思う。
兄ちゃんがあの日流した金魚が、東京のドブ川でミュータント化してさ、この毒だらけの世界でも平然と泥を食べて生きてるんだ。想像すると、なんかまだまだ人間やれることあるなーとか思える。マシな気分になってきた。
そろそろ、風向きが変わる。ここにも毒がやってくる。移動しなきゃ。
じゃあ、またね」