終わりが始まったその日、都心に住む一千万人以上の安否が不明と聞いてとても動揺したのを覚えている。発生当時は全く情報がなく、親類や知人のつてを辿って必死に東京は今どうなっているのかを知ろうとしていた。
私はすぐにインターネットを開いた。世界の終わりが来るだとか、世界中の首都が同じだとか、どこかのミサイルが飛んできたとか、情報が溢れすぎてて私にはどれが本当か判別するすべがなかった。当時のネット住人の大多数は第三次世界大戦派で、やれ物資の買いだめをしろだとか防空頭巾をかぶれたとか、わけのわからぬ流言飛語の嵐。現実はそれに数テンポ遅れて恐慌状態に陥った。
私はなんだかものすごいことが起きているわくわく感と不安の入り混じった複雑な感情で文字をおった。このように楽観的にいられるのはテレビをつけてもネットでも肝心の現地の映像が一切出回ってなかったからだ。
私は筒井康隆の『霊長類南へ』を思い出した。ちょっとした間違いで全世界へ核が落ち、人間たちがカオスに叩き落とされる話。車は爆音で高速を駆け抜け、人を轢いても止まらずに目に見えない放射能から逃げ続ける。港に辿り着いた人は南極へ向かう船へ下の人間が押しつぶされるのも厭わず飛び乗ってゆく。
私はそのカオスを思い描き、どこか滑稽な人類の死滅に笑った。世界が終わる始まりの日、私の期待に反して人々は秩序正しく不安を飲み込み日々をやり過ごした。信号無視すらしない善良な私達。どこに逃げても意味がないという点では同じだが、私達の滅びの速度は『霊長類南へ』よりはるかにゆっくりだった。(とはいえ、地球の惑星の生命を思えば終わりはあっという間なのかもしれない)
あの日以前、私は毎日のように世界の終わりを願っていた。中学生の頃から毎晩惰性で祈ってた。あの日以降は祈っていない。さすがに不謹慎だから。
ネットもテレビも新聞もラジオも寸断している今となっては私の祈りが聞き届けられたのか確かめるすべはもう無いし、私が生きている限り人類は終わらないと思うと、結局のところ私が祈ってたのは人類の終わりなんていう壮大なものではなく私自身の終わりだったのかもしれない。
もしも、もしも私の矮小な自殺願望がたまたま神に届いてしまい、不精な神が乱暴に願いを叶え給うたのなら人類の皆様に謝罪せねばなるまい。残念ながら日々の糧を得るのに精一杯の私には謝罪する暇もないので死後裁きにあうという看板の文字を信じて後回しにする。アーメン。
私達は確実な情報を得られぬまま突きつけられた終わりに、ただ粛々と残り幾許かもわからない日々を生きることを強制された。
ありとあらゆる食用とされるものが消え去って、私達はいよいよ珍味へ挑戦せざるを得なくなった。人間最大の利器である火がある限り料理という文化は消えることはない。
そう笑う、私達より南の地域から逃げてきた友は火にかけたねずみをにこやかに差し出してきた。しかしながら私から言わせてもらえば火を通しただけでは料理とは言えない。友情のために食ったが、数時間後に激しい腹痛に襲われ体力を消耗したので、文句を口にする前に自らコックを引き受けた。
そんな友人が死ぬ間際カラスが食べたいというものだからおったまげた。
確かに、地を這う獣より鳥類のほうがまだ生き残っていた。我々は地上のものは粗方食い尽くしたが、鳥共は空を飛び、いまや我々の主食となりつつある草や種といった細々したものを見つける能力に長けていた。そして危機から逃げる能力も。
カラスに必死に育てた三つ葉を食い荒らされたとき、我々は憎悪に駆られ貴重な電力を消費して電気罠をしかけ、一体仕留めて食ってやった。その死骸はもう何も生えていない畑でまだカカシの役目を果たしている。死にかけの友の眺める風景がそういった代わり映えのしないものだったのもその無茶な要求の理由だったのかも。しまった床からの風景も計算に入れるべきだった。私がそう漏らすと友はいたずらっぽく笑った。
カラスを捕まえられなくても彼は怒らなかった。しかし死に行く前に願いを聞き届けられなかった事は私に大きな失望を引き起こした。所望していた本人でなく、私が傷つくなんてなんだかあべこべだけれども、彼は力ない手で慰めてくれた。
『霊長類南へ』の人類は、世界最後の一人の座を奪い合うがために滑稽な惨劇を繰り広げた。この世界の果てのようなたった二人しかいない土地で友を失いつつある私は最もその座に近い。
もう長いこと今までのように避難民や行商がやって来ることはなかった。ここは広がり続けるおわりの輪に踏み込みつつある。いや、ひょっとしたらここ以外のすべてがもう終わりを迎え、『霊長類南へ』の渋谷のように誰もいない死の静寂に微睡んでいるのかもしれない。
ここの他に世界がないと感じる以上、ここは私にとっては間違いなく世界の果てであり、終わりであり、私の望んだ結末なのだ。
私は人間のエゴを貫き地球最後のカラスを殺すかもしれない。だが同時に私も地球最後の人間だ。