宇宙世紀0105年の十月。
コロニー外壁修理の後期が始まった。
サイド6の30バンチコロニー、ウルカヌスに社屋を構える整備会社
何のトラブルもなくコロニー修理を行うこと、だ。
現場係の俺――ダイバ・シンが明日の手順を確認していると、整備課の課長がとびっきりの嫌な笑顔を浮かべてパイロットルームに入ってきた。
機器管理の責任者がパイロットルームに来ることは滅多にない。
滅多にないことが起こったというのは、要するに面倒事の前触れだ。
「お前、元連邦軍だったな」
「断る」
「モビル・バウトって知ってるか?」
「嫌だ」
「……なんだその反応は?」
「
「言うなダイバ。これは社長の企画だ」
整備課長――ロウル・プリチャードは来客用ソファーにどかりと腰を下ろした。
モビル・バウトは見たことがある。
生身の人間が行うショーレスリングやカラテとは関係ない。
モビル・バウトというのはその総称で、主催者ごとにエキサイティングだのアルティメットだのといった物々しい大会名を冠している。
「社長の知人がモビル・バウトをひとつ仕切ってるらしい。それに
「俺の柄じゃない」
ロウルはため息をついて頭を振った。
「わかったわかった。何が要る?」
「安全の保障、程度のいいMS、満足のいく報酬」
ロウルは立ち上がると1枚の紙を俺の机に置く。
企画書の一部らしいその紙にはパイロット用に割り振られた金額が書かれてあった。
今の俺の給料二年分くらいの金額だ。
「予算は決裁済みだ。半分がお前の取り分になる」
「数字は
「書いてるだろ、ハイトだ。つまらん心配はするな」
ロウルは苦虫をかみ締めるように言い、そして口元を笑いの形に歪ませた。
「モビルスーツはRGMの――89を用意した」
「
ジェガンは連邦軍の現役主力MSだ。
民間に降りてくるのは、まだまだ先の話だと思っていたが。
「社長だよ。若いのに顔が利く。
「そりゃそうだろう……」
ジムと
機械屋ばかりの職場がお祭り騒ぎにならない訳がない。
「現場課には話を通している。明日の朝からセッティングだ」
「……おい。安全保障は?」
ロウルは少しだけ考える素振りをする。
「そこのルールじゃビーム兵器は使用禁止だ。飛び道具無しのカテゴリーもある。外壁修理中のデブリよか危険度は低い」
「相手は殺るつもりで来る。デブリより危ないだろ普通」
「向かってくるのは分かってるんだ。お前の腕なら対処できるさ」
「それが正しけりゃ、ボクシングもジュードーも怪我人は出ないな」
俺の皮肉に整備課長は首をすくめた。
皮肉を言ったところで、こうして企画は決裁されている。
ただのMS乗りの俺に選択の余地はない。
裕福な親族も財産も持っていない俺が生きていくためには金が必要で、MS乗りが金を得るにはMSに乗るしかないのだ。
◇◆◇
翌日、整備デッキでモビルスーツを見せられ、俺は大きなため息をついた。
整備課が大喜びで整備している
ご丁寧にもジェガンの頭には黄色のV型アンテナが取り付けてある。
「あのアンテナは?」
ニヤニヤ笑いを浮かべているロウルに聞いた。
「ダミーだよ。恰好いいだろ?」
同意を求めるような笑顔にため息を返し、俺は整備員からノーマルスーツを受け取った。
久しぶりに袖を通す軍用ノーマルスーツは白く赤のラインが入っている。
「このロゴはなんだ?」
ノーマルスーツのいたるところに“AISA”という文字が描かれてある。
「
「
「表の看板は大事だからな」
つまりこれは裏の仕事ということか。
「なんて意味だ?」
整備長のニヤニヤ笑いがさらに歪んだものになる。
「
察しの悪い俺にもようやくこの企画の狙いが分かった。
会社は俺をアムロ・レイの偽者としてモビル・バウトに出場させる気だ。
アムロ・レイは第二次ネオ・ジオン抗争――
だが死体は見つかっておらず、軍絡みの騒動が起きる度に生存説がゴシップニュースに出てくる。
「メットは常時ミラーをかけておけ。顔は出すな。お前の登録名はヒーロ・レリックだ」
軍用の白ヘルメットと諦観を抱え立ち尽くしている俺にロウルが追い討ちをかける。
「
「謎と噂は多いほうがいいだろ。話題になる」
「下らない噂話のせいで戦争が起きたんじゃないのか?」
十年ほど前に“袖付き”が起こした戦争のことを思い出す。
整備長は何も応えず、返事の変わりに緑色の丸いおもちゃを俺に渡した。
「これを持っとけ」
一年戦争時にアムロ・レイが持っていたマスコットロボットらしい。
「モットケ、モットケ」
ロボットの合成音声に呆れながら、緑色のおもちゃを
これで持ち主っぽく見えるだろう。
「お前の準備はそれで終わりだ。こいつのセッティングはどのくらいで出せる?」
「さあな。スケジュールに合わせるさ」
「アワセル、アワセル」
ジェガンのランドセルには上部左のスラスター部分にカタナ・ソードがマウントしてある。
ご丁寧に柄の部分が白く塗装してあった。
「アレは物理剣か?」
「そうだ。シャングリラじゃあビームサーベルは禁止だからな」
聞けばこの剣はアナハイムの関連会社が販売している物だという。
そんなものが商売になっているのかと驚いた。
「
「iフィールドのピンクか?」
「そうだ。よく分かったな」
整備長は力強く頷き、俺は何度目かのため息をついた。
せめてヒート兵器だったら役立つだろうにと思い始めているあたり、俺もこの企画に毒されてきている。
「剣は2本だ」
俺の言葉にロウルが固まった。
「ニホンダ、ニホンダ」
繰り返される合成音声を聞いて整備長はその顔に納得の表情を浮かべた。
「そうだな。ナナハチのサーベルは2本だ」
「あとナナハチのアンテナは黄色じゃない。白だ」
俺だって第13独立部隊の活躍に憧れて連邦軍に入ったクチだ。
ロウルは目を見開いて驚き、そしてすぐに何かを察した笑顔になる。
嫌な笑顔だった。
◇◆◇