ガデル・バーゼルフはサイド1のコロニー、エデンで小さな修理工場を営んでいる。
彼が電話を受けたのはモビル・バウトで三度目の勝利を飾った翌日の朝のことだった。
マッチメーカーのジャック・ジャランだ。
「昨日の試合、良かったぜ。ガデル」
ジャックの軽薄そうな顔と口調はスクリーン越しでも変わらない。
「……ふん。ヤツはダメだ。チョロチョロ逃げ回って客が見えておらん」
「厳しいな。ただ
「
「そうか? 近頃の
ガデルがモビル・バウトで駆るモビルスーツはザクⅠである。
その製造は三十年近く前で、出力は900kW未満と低い。
昨日の勝利の余韻に浸っていたガデルの機嫌が急降下する。
「おっと。そう怖い顔すんなよ。
「新型だろうがダメなもんはダメだ。昨日のギャラはもう振り込んだのか?」
ガデルはモビル・バウトに意地や酔狂だけで出場しない。
目的は出場することで得られるファイトマネーだ。
ジャックが主催するモビル・バウト――シャングリラ・デンジャーのファイトマネーは、持ち込んだMSの破損が酷ければ赤字が出る程度だ。
それでも試合に勝利したり最高試合に選ばれたりしたら特別ボーナスがつく。
昨日のガデルの試合はほとんど損傷のない理想的な勝利だった。
勝利ボーナスは手に入れたはずだが、終盤に相手が逃げ回ったので試合が間延びした。
その結果、観客投票で選ばれる最高試合とはならなかったのだ。
「午後イチで振り込ませるよ。アリスは午後出なんだ」
ジャックは事務員の不在を口にするが、それは理由にならない。
工場の経営者として社員を抱えているガデルには分かる。
「お前さんが振り込んでもいいんだぞ。金額さえ違ってなけりゃな」
「俺は忙しいんだよ」
「電話で与太話をするのにか?」
「与太話じゃねえ。次の試合の話だ」
「だったら早く言え……待て。
「大丈夫だよ。これを見ろ」
ガデルの電話に画像が送られてきた。
どこかの工場で撮られたその画像に映っているのは、額にV字のアンテナを持ち赤青黄のトリコロールで彩られたモビルスーツだ。
「これは……
「色が凄ぇだろ。チーム名は
「連邦軍は……もう
「さあな。今の俺はジャンク屋じゃない。MSの取引はアンタの方が詳しいだろ」
MSの購入代行はガデルの工場でもやっていた。
とはいえ高価なMSを個人で買うような物好きは稀で、ガデルが潤うような事はない。
「知らんな。払い下げの話も聞いてない」
「そんじゃハリボテかもな。だがまあ俺にとっちゃハリボテでも構わねぇ。客が喜びそうだしな。ひひっ」
ジャックの下卑た笑いを聞きながらガデルは
「……この話、他のヤツには?」
「アンタが最初だよ。断られたら次はモビブリッヂにでも持っていくかな」
「戦争も知らん小僧はダメだ。やらせる価値もない。……試合はいつだ?」
「二週間後だ。次の大会だよ」
「早いな」
「だから急いでんだよ。ダメなら――」
「引き受けてもいい……ギャラは? まだ同じなのか?」
「そうだなぁ。ボーナス上乗せでどうだ?」
「ダメだ。まずはベースアップ。三回勝って上がらんのなら他所に行く」
モビル・バウトはシャングリラ以外のコロニーでも行われている。
「おいおい。連れないこと言うなよ。長い付き合いじゃねぇか」
「マッチメーカーのお前さんとの付き合いは3回だ。昨日は
「分かったよ。だが金額はちょっと待ってくれ。オーナーの許可が要る」
「期待してるぞ。長い付き合いだからな」
「……けっ。許可が下りたら契約書を送るからな。キャンセルすんなよ」
ジャックの渋面が消え通話が終わった。
ガデルはタブレットを手にして部屋を出た。
廊下を歩きながらガデルは改めてジャックから来た画像を見る。
地球連邦軍を象徴する
旧式のモビルスーツにジェガンの外装を組んだという線も考えたが、別段プロポーションにいびつな箇所はない。
ジャックのいうハリボテではなく地球連邦軍の現行機体で間違いないだろう。
そうとなれば対戦するモビルスーツとして、ガデルはこのガンダムジェガンを冷静に値踏みすることにした。
モビル・バウトのルールに合わせてビームサーベルとグレネードが外されている。
その代わりランドセルに柄が白く塗られた実体剣が二本。
これも
ジャックから送られた画像を見て、この配色に感情を揺さぶられている自分にガデルは驚いた。
ジオン公国軍の兵士としてモビルスーツに乗っていたのは二十年以上前の事だというのに。
格納庫に入って照明を点ける。
早朝の格納庫にはまだ従業員の姿はなく、重機の移動音も金属の打撃音もない。
昨日、ザクⅡとの新旧対決を制したガデルのザクⅠがハンガーに静かに設置されている。
マイクのザクⅡから受けたダメージは少ない。
検査と修理を行っても一週間はかからない。
二週間後の試合には新品同様で出場できるだろう。
ガデルのザクⅠは後期生産型である。
宇宙世紀100年にジオン共和国が消滅し、共和国軍は再編され連邦軍に編入された。
その際、旧式のジオン系モビルスーツの数多くが民間に払い下げられることになった。
ガデルが買ったのはそのうちの一機だ。
現存するザクⅠは特殊目的用に改修されたものがほとんどだったが、ガデルは程度の良いノーマルタイプのものを探し出し、少し割高な金額でそれを手に入れた。
何故なら大戦時に自分が乗っていた機体だったからだ。
旧式とはいえモビルスーツを個人で所有するには維持費も税金もかかりすぎる。
ガデルは自身が経営する会社の資産としてザクⅠを登録することにした。
そのためガデルはザクⅠの機体各所に作業用を示すペイントを施し、右肩に運搬用のラック、右膝に姿勢固定用のフックを装備した。
ガデルにとってはかつての乗機再現という目的から外れる苦渋の選択と言えたが、モビル・バウトでこれらの
右肩のラックはモビル・バウトでのザクⅠの武器であるモビルスーツ用大太刀のハンガーになり、右膝のフックは大太刀を振るう際の機体固定に使えた。
ちなみに隊長経験がないのにブレードアンテナをつけたのはガデルの見得だ。
敵モビルスーツの攻撃を避けながらタックルからの格闘戦で敵の動きを止める。
動けなくなった敵モビルスーツを片膝の姿勢から大太刀で両断する。
これがガデルのザクⅠの必勝パターンであった。
しかし――
ガデルはタブレットに映る画像に視線を向ける。
ザクⅠがジェガンに勝てるだろうか。
そんな自らの心の問いをガデルは愚問だと思う。
開発年はザクⅠが0074、ジェガンは0089である。
日進月歩の宇宙世紀の兵器にとって十五年の差は絶対的だ。
ザクⅠがジェガンに勝てる可能性は万に一つも無い。
だが対決の場はモビル・バウトであり、閉鎖された場所で行われるショーである。
ビームサーベルや火器を使わず、お互いが実体剣で切り結ぶのであれば、たとえ相手が本物のガンダムであってもガデルは負ける気はしなかった。
事実、性能的には不利だったザクⅡとの戦いでガデルは圧倒的な勝利を得たのだ。
それに敵が連邦軍のモビルスーツともなれば、モチベーションも高い。
60歳に近い老齢の身体の中で沸々と血が滾るのが自分でも分かる。
これが元ジオン軍人としての
ザクⅠから手元のタブレットに視線を落とす。
タブレットを操作するとジェガンから若い夫婦と赤ん坊の画像に切り替わる。
眼鏡をかけ赤ん坊の顔をしっかりと見る。
サイド3に居るガデルの息子夫婦だ。
ガデルの妻は大戦後しばらくして体調を崩して死んでしまった。
それからはひとりで息子を育て、学校へ通わせた。
息子の就職を機に、ガデルはサイド1へと転居した。
それから10年近く。
息子からメールや電話での連絡は来るが、ガデルから連絡をしたことはない。
孫の画像も息子が勝手に送りつけてきたものだ。
眼鏡を通して見る幼い孫の顔のところどころに息子に似た箇所、そして自分に似た箇所を見つける。
眦が緩みそうになるのを堪えながらガデルは思う。
この子がひとり立ちできるまで働かなくてはならない。
ふと、タブレットの隅に映ったニュースサイトの見出しがガデルの目に入った。
「また税を上げるか……」
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