モビブリッヂはサイド1の工業コロニー、ブリガドーンにあるMS整備会社である。
午前の業務が片付いた資材部の部長クワラン・ルプールはコーヒーカップを片手に、自分用の
「午前の資材、振り分けが終わりました」
「――ん」
発注担当が差し出した
「メール来ました?」
「……いや。まだだ」
「部品は午前の資材で来たんですよね。そんなに早く組み上がりますか?」
「
クワランは端末から視線を外さない。
組み上がったらすぐに整備部の部長からメールが入ることになっている。
「それにしても――」
発注担当は自分のデスクに戻り、猫模様のクッションに腰を降ろす。
「なんで右腕なんですかね?」
「今のが壊れたとは聞いてない。変な癖でもあるのかもな。
整備部からの注文は
「あの腕、タイガーバウムからでしたっけ? いくらかかったんです?」
自分のデスク周りを片付けながら発注担当が聞いてくる。
午前の仕事はすでに終わらせているようだ。
生産された機体の殆どはオデッサとジャブローで使い潰され、残った機体の多くは新兵器開発のために改造されたようで、純正部品の入手は困難を極めた。
元ジオン圏だったらあるかも知れないとサイド3の取引業者全てに連絡したところ、タイガーバウムにあるリサイクル業者のところでようやく
整備部に確認を取って購入手続きを行った。
サイド間移動に伴った検疫、高額の関税と輸送費の支払いを経て、モビブリッヂに部品が到着したのが本日の午前だ。
「今回は特別だ。部署長会議で許可は出てるからな」
「……モビル・バウト、ですよね? やっぱり勝たないとダメなんですか?」
「MSが
「そういうものですか?」
「そうなんだよ。この業界は」
強い口調で言い切ったが、これが感情的なものだということはクワラン自身も理解している。
そして戦後生まれの発注担当には理解できないということも。
モビブリッヂは今でこそサイド1に社屋を構えているが、その
それはモビブリッヂがジオン系の会社であることを意味する。
基本的にジオン系企業にはコロニー公社や連邦軍といった大口かつ安定した顧客からの仕事は回ってこない。
稀に回ってきても地球連邦系整備会社からの下請けや孫請けという大きく中抜きされた旨みの少ない仕事だ。
一年戦争以降、連邦系やアナハイム系列の同業他社が公社や軍からの大口発注で業績を伸ばす中、モビブリッヂは個人やジオン系企業からの小口発注で売上を作っていった。
小口の発注はそれぞれ作業内容に幅があるため用意すべき機器はもちろん、打ち合わせの相手も回数も増える。
必要になるコストは膨らみ、工期を詰める手段は残業の一手だ。
そうやって生み出した小さな利益をこつこつと積み上げ、クワランを含めた町工場時代からの
地球連邦に対する憎しみと
そんなモビブリッヂが所有していた
モビル・バウトへの参戦稟議を上げてきたのは整備部だ。
モビブリッヂの技術をアピールするため、モビルショーで動かして見せるだけだった
MS整備会社として中規模
場所の確保は勿論のこと、機体の登録や維持には人も金もかかる。
そんな金食い虫を年に二回のモビルショーだけで眠らせておくよりはと、部署長会議で近年メディアで注目され始めたモビル・バウトへの参戦を承認した。
承認したといってもその目的は勝利を目指すものではなかった。
あくまでもモビブリッヂのメンテナンスが戦闘にも耐え得るものとアピールするのが狙いだ。
たとえ
「パイロットはあの子ですよね、整備部の。私はちょっと苦手です。……話したことないですけど」
発注担当の率直な物言いにクワランはコーヒーをすすりながら苦笑いを浮かべる。
資材部部長であるクワランが天才少年――ランバン・ノトーリアスを初めて見たのは配属面接のときだ。
自己紹介はどもり気味で希望の部署も口にしない。
言動は意欲に欠けているように見え、受けた印象は良くなかった。
一方、書類面で見るランバンの能力は群を抜いており、職業訓練学校在学中に組んだものとして提出されたプログラムコンバータはモビブリッヂの業務にも使えるレベルだった。
内向的なメカオタク。ただしコミュニケーション能力を要する業務には不向き。
これがクワランのランバン・ノトーリアス評だ。
その後、部署長間の話し合いで配属先は整備部と資材部の二択になり、最終的には
あのときの整備部部長の苦笑いは今でも覚えている。
モビル・バウト参戦の際にメイン・パイロットとして稟議書に記されていたのが、
彼の名前はモビル・バウト参戦稟議提出者の中にもあった。
新入社員だったランバン少年は、整備部への配属直後から恐ろしいほどのMS適性を見せたらしい。
部署には元ネオ・ジオンの人間も多く、実戦経験者も何人か居たが、その全てにシミュレータで圧勝し、今では死語となっている“ニュータイプ”ではないかと社内で噂にもなった。
そんな経緯で春には宣伝パイロットに抜擢され、モビルショーで見事な機動演舞を披露した。
そのヒートサーベルを用いた演舞は、多くの動画配信サイトやブログなどで取り上げられ、モビブリッヂ総務部への取材依頼が殺到したと聞く。
おそらくモビル・バウト参加の企画もランバンの才能と企画に部署全体が乗って話を進めたのだろうとクワランは想像する。
ともあれ、諦観と期待を抱えてモビル・バウトに送り出されたフィンガーバルカンをオミットした祭事用の
つまり全勝だ。
初戦と2戦目は、それぞれ
特に
資材部部長という立場を抜きにしても、それまでクワランはMSを使った
金と時間を消費して修理整備したMSを何故、手間と危険をかけて傷つけ破壊する必要があるのか、と。
そんなクワランの企業的合理性も地球連邦軍のMSからの勝利で全て吹き飛んでしまった。
そしてモビル・バウト5戦目のための部品購入の申請が整備部から上がってきたときにクワランは一も二もなく承認印を押す。
本来、モビブリッヂのグフは旧機でも整備できるというアピールのための機体である。
そのため過去4戦のモビル・バウトはモビルショーと同じ仕様で戦っていた。
だが今回は整備部にも祭事用の
対戦する機体が地球連邦軍現行モビルスーツの
それも
ランバン・ノトーリアスが――モビル・バウトで4連勝した天才少年が必要とした部品を用意したのだ。
負けるはずがない。
クワラン・ルプールだけでなくモビブリッヂ社員全員の思いであった。
◇◆◇
ランバン・ノトーリアスは
午前に到着した部品の組み込みが終わったのは
まだ機動テストも行っていないが、機体が形になったことはランバンを安心させた。
「こりゃまた凄い
後ろからの声にランバンが振り向くと、資材部の部長の笑顔があった。
他にも他部署の人間であろう見慣れない顔がいくつもあって、組み上がった
それほど大きくないモビブリッヂの格納庫がちょっとした集会場になっていた。
「腕を用意したのは資材部だし」
「そりゃそうだが……出来上がりを見ると、な」
ランバンは軽く頭を下げると、大型端末の画面に視線を移す。
「まだ出来上がりじゃないし。プログラムができてないし」
「おいおい。大丈夫か? 間に合うのかよ?」
資材部部長が大袈裟に心配してみせる。
「動作の確認が取れたら組むし」
「そんじゃ大丈夫だな」
ランバンの返事に部長は笑顔に戻った。
「ノーマルの
「
「やられたのは
資材部部長の物言いはジオン系MSに肩入れしたものだ。
それは仕方のないことだとランバンは思う。
「お前さんの
根拠不明の励ましにランバンは首を捻る。
10年以上時代差のあるMS間で旧機が勝てると部長は思っているのだろうか。
「あれは工夫しないと勝てないし」
「そうか……。勝つ、ためにやってるんだなお前は」
ようやくランバンは部長の言葉が本気ではないと知る。
しかしこの戦いにランバンはどうしても勝ちたかった。
「連邦系にデカい顔されるのは
「それは……そうだな」
あの日、ランバンはレストアされたノーマルの
4連勝はシャングリラ・デンジャーにおける連勝記録だ。
だが、あの日のランバン“ウィッパー”ノトーリアスは脇役だった。
ランバンの試合は
そして対戦相手は、その日がデビュー戦のヒーロ・レリックの
ガデル・バーゼルフはいい。
公国軍の元軍人である老人には経験があり、その老獪な戦術には何度も感心させられた。
モビルスーツがジオン公国の――それもノーマルタイプのザクⅠというのも最高だ。
自分とガデルの試合が組まれたときに、どちらかの連勝が止まることになるだろう。
ランバンはそう思っていた。
実は試合の二週間前にマッチメーカーから対戦者変更の打診があったらしい。
だが、あまりに準備期間が短いためランバンは渉外担当を通じて、その打診を断った。
そして次の日、オールド・ジオン――ガデル。バーゼルフが対戦を受諾したと聞いた。
そして、ランバンはさして強くもない
自分が逃げた相手とガデルは試合をし、ガデルの
それはランバンの敗北でもあった。
担当者はランバンの意図を察し、直接、マッチメーカーに対戦要望を提案してくれた。
マッチメーカーからの回答が来るより先に、ランバンは稟議書を書き、
資材部は三十年近く前の旧機のパーツをランバンの希望通りに用意してくれた。
この意気に応えたいと、ランバンは強く思う。
ランバン・ノトーリアスは0085年、サイド1のスウィートウォーターで戦争移民の両親から生まれた。
戦後生まれのランバンは一年戦争のことを直接は知らない。
強制移民の子として親から苦労話を聞かされたに過ぎかなかった。
反地球連邦活動もニュースで聞く程度で、その理由を自分なりに調べ、咀嚼し、地球連邦のコロニー支配体制に間違いがあると思うに至った。
やがて職業訓練学校でMSの整備技術を学び、去年の秋にモビブリッヂに就職した。
ジオン系の企業であるモビブリッヂで整備部に配属されたランバンは、年配の同僚から地球連邦の無能さ理不尽さを聞いた。
これはランバンの反連邦主義をさらに強固なものにした。
なんとなくしんみりした空気の中、ランバンが呟いた。
「
「ああ。
「本物があって良かった……」
資材部部長への感謝を伝えたかったが上手く言葉にできない。
部長は
「俺たちにできることはあるか?」
「ないし。……いや。左腕を塗る塗料が欲しいし」
「塗料だな。何色だ?」
「
「ん? 左腕をアピールしないのか?」
「目立たせたくないし」
「作戦か?」
ランバンは無言で頷く。
資材部部長が悪戯っぽい笑顔になった
「共和国はなくなった。でもジオンは
「ああ。その通りだ」
「宇宙には宇宙のルールだし……」
ランバンと資材部部長が
◇◆◇