皆さんもそう思うでしょ?
夢を見た。それは遠い遠い昔の日。
夕暮れに染まる雲ひとつない空と夕影に濡れた小さな公園。そこには4歳になったばかりの俺と、仲の良かった幼馴染がいた。
オロオロと立ち尽くす俺の前には、怪我をした膝を抱えた幼馴染が泣きじゃくっていた。
「きょーちゃん、だいじょうぶ?」
「ひぐっ、ぐすっ……いたいよぉ」
擦り剥いた皮膚からは血が流れ、尻もちをついた地面に滴り落ちる。涙を流す幼馴染を前に、ちっぽけな子供だった俺が何をできるはずもなく。
でも、何もできないとわかっていても、泣いている彼女を見てじっとしていることができなかった俺は
「いたいのいたいのとんでいけ! いたいのいたいのとんでいけ!」
膝を抱える彼女の手へ己の手を重ね、何度もそう叫んだ。今更ながら意味などないと思う行為だけれど、それでも少しでも気が紛れればと、繰り返しくりかえし。
もはや何度言ったかわからないほど繰り返した、その時──それは起こった。
幼馴染の手を包む両手から溢れる白い光。突然のことに驚き動けずにいると、1分とかからない内に光は消え、何事もなかったかのように元の景色へと戻る。
「ぐすっ、うぇ……? いたいの、なくなった?」
涙を止めた幼馴染は震える声でそう呟くと、そっと両手を膝から離す。
するとそこにあったはずの傷はなくなっており、痛みのなくなった彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「けが、なおった! なおったよもろはくん!」
「うん! よかったね、きょーちゃん!」
これが俺に『個性』が発現した日。
しかし当時の俺は目の前の少女が笑顔になったことがただただ嬉しく、自分が個性を発動させたと気づいていなかった。
そして、唐突に感じた体への痛みにさえも……。
⚫︎
ことの始まりは中国の軽慶市。『発光する赤子』が生まれたというニュースだった。以降、各地で『超常』は発見され、原因も判然としないまま時が流れる。
いつしか、『超常』は『日常』に──『
世界の総人口の約8割がなんらかの『特異体質』である超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中で、かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた‼︎
その職業の名は──『ヒーロー』
超常が日常へと変化し、『個性』と呼ばれる特異体質により激増した犯罪。法の抜本的改正にもたつく間、勇気ある人々が始めた人々が始めた活動。それがヒーロー活動。
たちまち市民権を得た彼らは『ヒーロー』と呼ばれ、世論に押される形で公的職務に定められた。
今やヒーローは世の子供達、いや、人々にとって憧れの的といっても過言ではない。
そして今、そんなヒーローに憧れる1人の少年がいた。
⚫︎
そんな学校のいち教室、3-Aと書かれた部屋の中。教壇に立った教師が目の前に広がる、もはや見慣れた光景の生徒たちを見ながら口を開く。
「さて、お前たちも今年で三年生だ。今後の進路について真剣に考えていかなければならない時期に入った」
重々しい口調で話す教師。そしておもむろに、教卓の上に置かれたプリントの束、そこから一枚を取りその表面を生徒たちへと見せる。
「これから進路希望調査のプリントを渡す。各自、どのような道に進むのか現在のヴィジョンを書いてくれ」
そしてプリントを列の人数分、生徒たちへと配る。プリントを穴があくほど凝視する者、笑いを交え隣の石の友と話し合う者、初めから決まっているのかすぐさま記入する者……と、様々な反応を示す生徒たち。
「なーなー、お前進路どうする?」
「んー……まぁ無難に
「だよなー」
「誰か雄英受けねーのー?」
「ばっか、お前今年の偏差値知らねーのか? 79だぞ79! 俺らじゃいっしょー無理だって」
配られたプリントに目を落としながら、前後左右の席の者たちと話し合う生徒たち。そんな喧噪に包まれた教室の中、静かにプリントへ記入をする少年が一人。
彼の名前は
「癒代ー、お前はどーすんだ?」
「……雄英」
「……パードゥン?」
「雄英」
どうやら聞き間違えではないらしい。金魚のように口をパクパクとさせた男子生徒は、その表情のまま教壇の教師へと目を向ける。
「あー癒代は雄英志望だったな。まぁ模試の結果も合格圏内に入ってるし、実技さえ乗り越えられれば大丈夫だろ」
「先生のお墨付きっすか……さすがは癒代」
「でも雄英の実技って確か、ロボットとの戦闘じゃなかったか? 癒代の個性で大丈夫か?」
「確かに、癒代くんの個性って戦闘向きじゃないもんね。ちょっと不利じゃない?」
諸葉が雄英を受けると知り、それぞれが思い思いの言葉を口にする。
雄英高校。ヒーロー科高校の最高峰と言われる名門中の名門。偉大なヒーローとなるためには雄英出身であるということが絶対条件とまで言われている。そんな有名校であれば当然倍率も高く、例年300を超えるほど。
まさしくヒーローになるべくした者達が集う学校。それが雄英高校ヒーロー科なのだ。
「確かに実技は難しいだろうが、ヒーローになりたいなら頑張れよ」
教師の言葉に諸葉は小さく頷く。
彼の個性は『
ただしそれらは彼の体が許容できる範囲までという制約付きだが。
「まぁ治癒能力ってだけでも重宝されるしな。ヒーローになったら引っ張りだこ間違いなしだぜ」
「ばっか、それじゃ癒代の体が持たねーだろが。災害とかで動きに支障がある怪我人がいるときに活躍するに決まってんだろ」
「でも癒代くんの個性すごいもんね。一度治してもらったんだけど傷がすぅっ、て消えちゃったんだもん」
諸葉の個性について再び口々に意見を出し合うクラスメート達。
だが彼らは知らない。諸葉の個性にはもう一つ能力が備わっていることに。
「お前ら、癒代のことばっか気にしてないで、自分たちの将来考えろ。お前らもヒーロー目指すんだろうし、自分たちの個性の幅を広げとけよ」
教師の一言で生徒達は会話をやめる。
静まり返った教室で、諸葉はプリントに書いた『雄英高校 ヒーロー科』という文字をじっと、授業が終わるまで見つめていた。
放課後。授業という鎖から解き放たれた少年少女達の喧噪が教室を駆け回る、まさに学校にあって自由を感じることができる時間。
大体の生徒は部活動なりなんなりに精を出すが、特別部活動などしていない諸葉は荷物をまとめて早々に教室を後にする。
下駄箱へと向かい、上履きから学校指定の靴へと履き替える諸葉。その背後には、彼に無防備な背中へと近づく一つの影が。
「よっ、諸葉。一緒に帰ろ」
「……響香」
小さく片手を上げ諸葉へ話しかけるのは、短めのボブカットに三白眼、そして耳たぶから垂れるイヤホンジャックのプラグが特徴的な小柄な少女。
彼女の名前
幼馴染ということもあり家も近所の二人。響香の提案を断る理由など特になく、諸葉は首肯し了承の合図を送る。
そうして家路を共に歩く諸葉と響香。
「そういやさ、諸葉って雄英受けるんだよね」
「うん。響香は、音楽を続けるの?」
「それなんだよね。音楽は好きだし、父さんと母さんの後を追うっていうのも悪くはないけどさ……」
ぽりぽりと頬をかく響香。その眉尻は下がり、悩んでいるというのが諸葉の目から見ても明らかだった。
「ヒーローになりたいの?」
「……なんだ、知ってたんだ」
「響香が、体を鍛えてるところ、何度か見たことあるから。それに、家にいるときの個性の練習も」
「うわぁ〜、ぜんっぜん気づかなかった。なんか恥ずかしぃ……」
ヒーロー。今の世代の子供なら多くが憧れる職業。響香もまたヒーローに憧れており、同時に両親の後を追い音楽に進む、二者択一で悩んでいるらしい。
そしてヒーロになるためには体づくりと個性の練習、この二つを徹底しなければならない。昔から悩んでいた響香は、人知れずヒーローになるための努力をしてきた。
そんな影の努力を知られていたと知り、恥ずかしそうに頬を赤く染める響香。
「あんたにこう聞くのもおかしな話だけどさ……ウチ、どっちにすればいいかな」
その一言に諸葉はしばらくの間黙り込む。人生を左右すると言ってもいい案件だ。そう易々と答えなど出せるはずもない。
響香もこれ以上考えさせるのは悪いと思い、言葉をかけようとしたとき
「響香の……響香の好きにすればいいと思う」
響香の言葉よりも先に、諸葉がそう呟くように言葉を吐いた。
「好きなようって……聞いたウチもウチさけどさ、なんか投げやりじゃない?」
確かに好きなように、とはほとんど答えになってない。そんな諸葉の返答に、されど笑みを浮かべながる響香。
だが笑う響香を見下ろす諸葉の瞳は真剣そのもので
「響香はどっちの道も選べる。音楽もヒーローも……やりたい方に進むことができる」
「やりたい、方……」
「
「……なんか、先生みたいなこと言うね」
人生は常に選択の連続だ。その中でいかに自分が『選ぶことができる』と思えるのか。
どちらを選んでも後悔があるのだ。なら苦しんで出した答えより、前を向いて出した答えの方が……きっと後悔は少ないだろう。
諸葉の言葉を受け幾分か気持ちが軽くなった響香は、心なしか先ほどよりも晴れやかになった笑顔を浮かべ
「……そだね。こんな暗い気持ちで出した答えなんて──ロックじゃないもんね」
そう言い、ぐっ、と親指を立てる。
そんな響香の笑顔をみた諸葉もまた、つられて笑みを浮かべると
「うん……やっぱり『きょーちゃん』はそうじゃないと」
「ちょっ、諸葉! その呼び方恥ずかしいから止めろって言ったじゃん!」
「うんわかった……きょーちゃん」
「〜〜〜〜っ! ぜんっっっぜん、わかってない‼︎」
未だ夕暮れには程遠い、暖かな春の日差しが包む二人の家路。そこには一人の少女の怒声と少年の小さな笑い声が響き渡った。
耳郎さんのキャラ、うまく書かれてたらいいなぁ。
何か質問等ありましたらどんどん仰ってください!