ちなみにあと1話あります。
入学初日から突きつけられた試練。
第1種目の50m走を行うため、諸葉たちはスタートレーンへと向かう。
「雄英まじか……いくらなんでも除籍ってやりすぎじゃない?」
諸葉の隣を歩きそうぼやく響香の表情は暗い。それもそのはずだ、入学初日に自身を含めたクラスメートの中の誰かが『除籍処分』を下されるのだから。
諸葉も相澤のやり方は些か度が過ぎているとは思うが
「それでもやらないといけないなら、やるだけ」
これが彼のやり方だというのなら乗り越えるだけだ。腐っても彼も雄英の教師の一人、ならばこの試練にも何かしらの意味があるはずだ。
ただ当然、諸葉にも不安がある。彼の個性はこと戦闘には不向きなもの、それはつまり体力テストにも向いていないと同義。仮に『
現段階において、諸葉自身は無個性であるのと同義なのだ。そんな状態で個性を持つものたちと渡り合わなければならないのは、はっきり言って辛いの一言に尽きる。
「ウチの個性も向いてないし……ちょっとまずいかも」
響香も自身の個性がこのテストに向いていないことを理解しており、表情を不安一色に染める。
そんな幼なじみを励ますため、諸葉はその小さな肩に優しく手を置き
「ヒーローはそんな顔はしない。大丈夫、最後までやりきろう」
「……うん」
少しだけだが表情を和らげる響香。そして諸葉もまた、気合いを入れなおす。
そして振り返り、少し後ろを歩くあの地味な少年へ視線を向ける。彼の顔は青ざめており、まさにこの世の終わりに直面したかのようだ。一度だけ見た彼の個性。使えば体を壊す超パワー、自然と使い所が限られてくるだろう。
今の諸葉に他人の心配をしている余裕などない……だがそれでも無視はできない。
そんな少年のことを考えながら、諸葉は第一種目へと向かうのだった。
──第一種目『50m走』
「それじゃあ最後、
相澤の指示に従いスタート地点へと向かう諸葉。
「なぁおい、癒代」
すると不意に背後から声をかけられ振り返ると、そこにいたのはかなり小柄なボールのような髪が特徴的な少年だった。おそらく彼がこれから一緒に走る峰田と呼ばれた少年なのだろうが、いったい何の用があって話しかけてきたのか。
諸葉が返事を返すと、峰田は視線を自分たちより前を歩く八百万へと向け
「お前、八百万を見てどう思うよ?」
「……どうって、なにが?」
「決まってんだろ! あの豊満なおっぱい、いや『ヤオヨロッパイ』を見てどう思うって言ってんだ!」
「……頭、大丈夫?」
除籍がかかったテストだというのにこの少年はなにを言っているのか。本気で心配した諸葉は言葉をかけるが、峰田の耳には届いておらず
「体操着越しであのボリューム……なに食ったらあんな育つんだよ。それに他の女子も負けず劣らずのプロポーション……さすが雄英だぜぇ……」
涎を垂らし目をかっぴらく峰田に、諸葉は何を言っても無駄だと悟りさっさとその場を去る。たった二言言葉を交わしただけだが、諸葉は早速峰田という少年を理解した。彼はまぎれもない、性欲の権化であると。
峰田を無視しスタートラインへとたどり着く諸葉。その隣にはすでに準備を整えた八百万がなぜかバイクに跨っていた。
「……どうしたの、それ」
「私の個性で創りましたの。ちゃんと免許も持っていますし、運転しても問題はないですわよ?」
「……そう」
八百万 百、個性『創造』。生物以外ならなんでも作り出すことができる個性だ!
普通なら50m走でバイクは突っ込みどころ満載だが、これは個性把握テスト。あくまでも『個性』の汎用性や限界を知るテストだ。ならば個性で作り出したものを扱っても何の問題もないのだろう。事実、相澤も何も言ってはこない。
少し変わった競争相手に若干戸惑いつつも、スタートブロックに足をかける諸葉。いつの間にか峰田も準備を整えていた。
「よーい……スタート!」
そんな声を合図に諸葉はブロックを蹴りスタートを切る。少し遅れて峰田、そしてエンジンを吹かせ八百万の順でスタート。
風を切り全力で走る諸葉。その速度は並の速さではなく、あっという間に峰田を置き去りにしてしまう。
「お速いですのね。ですが、甘いですわ!」
「っ! 姐さん……」
有無を言わさず近づいてくるエンジン音と八百万の声。チラリと後ろに目を向ければ、すぐ背後にバイクに乗った八百万が迫っており、そのまま諸葉を抜き去りゴールする。
遅れて諸葉、そしてさらに遅れて峰田の順でゴールイン。
「5秒4……まぁまぁかな」
「くっそぉ八百万! なんでバイクなんだよ、走れよ! 揺れる胸を、ユレヨロッパイを見せろよ!」
クソな発言をする峰田を軽くスルーし、諸葉は次の競技へと移る。
第二種目『握力』
握力は至って普通の62kg。
測定を終わらせた諸葉は例の地味な少年へと目を向ける。彼は目を閉じ、何かイメージするように握力測定を行っていた。
しかし結果は彼の望んだものには至らなかったようで、どこか悔しさと焦燥を感じさせる面持ちで次の競技場所へと移動していった。
ちなみにだが、540kgもの記録を叩き出したものがいる。さすがは雄英入学者、個性を使えば常人を超える結果などたやすく出せるというわけだ。
第三種目『立ち幅跳び』
立ち幅跳び、こと脚力には自身がある諸葉。両脚に力を込め、頭の中で最高のタイミングで飛んだ自分をイメージする。
そしてイメージと自分の動きが重なった瞬間、諸葉はその場を大きく跳躍する。目測でも優に2mは超えているであろうその跳躍に、隣のレーンで飛んだ峰田はまたも驚かされる。
結果は3m5㎝。無個性の男子高校生の平均2m22㎝を超える大記録である。ただ個性を用いた他の生徒達に比べれば見劣りする結果ではあるので、諸葉はこの結果に満足することなく次の競技へと移った。
第四種目『反復横とび』
ここではまさかの峰田が水を得た魚の如き活躍を見せた。
彼はボール状の髪の毛をむしり取ると外側二つの線へそれぞれ10個ずつ設置。髪の毛は崩れることなく、まるでくっつくかのように重なり合い峰田の体ほどの壁を作り出す。
峰田
峰田は自身の個性の特徴を生かし、髪の毛をまるでトランポリンのごとく利用し素早い動きで反復横とびを行う。さすがの諸葉も峰田の動きにはついてはいけず、結果は峰田が107と驚異の数値を叩き出した。
第五種目『ボール投げ』
これは最初に爆轟が見せたように、個性を用いてどれだけの飛距離を叩き出せるかが鍵となってくる。
ここでは茶髪ショートボブの少女──
入試の際、彼女の個性が『浮かせること』であることを知っていた諸葉は特に驚いてはいないが、やはり一人一つは突出した何かを持っている状況に多少の焦りを感じる。
次々とボール投げを終わらせていく中、ついに出番は地味目の少年──相澤が言うには緑谷というらしい──へと回ってくる。今までの彼の結果を遠目から見てきたが、やはり彼も自分と同じく突出した何かを持ってはいなかった。
自分の体を壊してしまうほどの超パワーだ、やすやすと使えない上にあの痛みに飛び込むのには相応の覚悟がいる。しかし残す種目は長座体前屈に持久走、そして上体起こしの三つ。はっきりいってこれらの種目に力は必要ない。
つまり彼が結果を出すのならばこの種目しかないのだ。緑谷もそれを理解しているらしく、その表情は覚悟を決めたものになっている。
「緑谷くん……このままだとまずいぞ」
「たりめーだ! デクは無個性のザコだぞ!」
「なに、無個性⁉︎ 彼が入試時になにを成したのか知らんのか⁉︎」
後ろで会話する爆豪と飯田。その話の内容に耳を傾けていた諸葉も、爆豪の言葉に我が耳を疑った。爆豪は緑谷が無個性だというが、それはないと諸葉も内心で異を唱える。あれほどの超パワー、増強型の個性で間違いはない。
二人の会話を聞いておきたいが、緑谷がボール投げを開始するので意識をそちらへ集中。きっと彼はここであの超パワーを使うはず。そうなれば彼が無個性ではないということが爆轟にも伝わるであろう。
そして緑谷が振りかぶり、例の超パワーでボールを投げた──と思いきや、ボールはわずか手前46mの地点へと落下する。
その結果に諸葉は驚くが、一番驚いていたのは投げた緑谷本人であった。自身の腕を見つめ、信じられないといった表情を浮かべる緑谷へ、相澤が言葉をかける。
「個性を消した。つくづく合理性に欠けるよあの入試は……お前のような人間も入学出来てしまう」
そう言いながら緑谷へ近づくのは、髪の毛を逆立て赤くなった瞳を向ける相澤であった。首に巻いた布の下からは黄色いゴーグルが姿を見せ、彼の発言とゴーグルから緑谷はその正体を察する。
「消した……そしてあのゴーグル……そうか! 『抹消ヒーロー』イレイザーヘッド!」
相澤消太、個性『抹消』。視た者の個性を消す個性だ!
彼はプロヒーローだが仕事に差し支えるとしてメディアへの露出を嫌っている。ゆえに彼のヒーロー名を聞いてもピンとくる生徒は少なく、少ないヒントで彼の正体を突き止めた緑谷はヒーロについては相当な知識を有しているのだとわかる。
「見たとこ個性を制御できないんだろ? また行動不能になって誰かに助けてもらうつもりだったか?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「どういうつもりでも、周りはそうせざるをえなくなるって話だ」
首に巻いた布で緑谷の体を拘束、自身の元へと引っ張る相澤。その途中相澤は視線を緑谷から外し、傍観に徹する生徒の中の一人、諸葉へ視線を向ける。
「昔、暑苦しいヒーローが大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を作った」
その伝説は諸葉も知っている。それはかつてオールマイトが作り出した伝説で、今もネットの動画ではその救出劇が流されている。
それが生ける伝説、No.1ヒーローオールマイトの輝かしいデビューであった。
「同じ蛮勇でもお前は一人を助けて木偶の坊になるだけ。緑谷出久、お前の『力』じゃヒーローにはなれないよ」
ヒーローとは人々を助ける存在。そんなヒーロが一発殴って行動不能となっては、助けられる者も助けられない上被害を広げるおそれすらある。
自分の体が無事であること、それが人を助けるヒーローとしての大前提なのだ。
「個性は戻した。ボール投げは二回だ、とっとと済ませな」
そう言い、相澤は緑谷へボールを手渡す。
これがラストチャンス。相澤の言いつけを破り腕を壊しても、萎縮し個性を使わず最下位になっても除籍は免れない。
緑谷は青ざめた表情で円の中に入り、なにやらぶつぶつとつぶやいている。何か策を考えているのだろうが、個性なくして彼が大記録を狙えるはずがない。であるなら、彼が取る行動は個性を使った大投擲。
予想通り、緑谷は大きく振りかぶり力強いモーションでボールを投げる。そんな緑谷に相澤は落胆の表情を浮かべるが、緑谷が投げながら何かぶつぶつと呟いているのに気付く。
「……最大限で……最小限に──今!」
緑谷の手から放たれたボール。それは先ほどの結果が嘘のような勢いで宙を貫き、遥か彼方へとその姿を眩ませる。
まるで別人が投げたかのような結果に、諸葉や飯田に麗日といったあの入試を受けていたメンバー以外のクラスメートたちは度肝を抜かれる。
「あの痛み……程じゃない! 先生……まだ、動けます‼︎」
右手の人差し指を腫れ上がらせた緑谷はその激痛に目尻に涙を浮かべるが、確かにあの入試の時と違って手も足も十分に動かせる状態だ。
最小限の負傷で最大限の力を……これが緑谷の相澤に対する答えであった。緑谷の予想外の行動に相澤はこのテストで初めて生徒たちに笑顔を見せる。
緑谷出久──記録『705.3m』