白銀の狂気   作:mofu mikuro

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1 白銀の狂気

昼下がりの温かな陽光が射し込む鎮守府の廊下。少々癖のある白銀の長髪とセーラー服を靡かせ、木製の床をポコポコと鳴らしながら少女が小走りしていく。頭に「Ⅲ」のバッジと錨の意匠が施された略帽を斜めにちょこんと載せた彼女は、緩みそうになっている頬を引き締めて無表情を保ちつつ、ある部屋の前で歩みを止めた。重厚な木製の扉。そこには「執務室」と書かれた札が下げられている。

少女はそっと拳を固めると、扉を2回ノックした。コンコンという弱々しい音が静かな廊下に響く。

「響か?いいぞ、入れ。」

凛とした男の声で彼女の名前が呼ばれた。響は相変わらずの無表情を崩さず、扉を開いて中に入る。

「司令官、すまないね。」

質素な調度品が並ぶ室内。その最奥の机についている男が響の言葉に目を細めた。白い海軍第1種軍装に身を包んだ彼はこの鎮守府の提督。頭に載せられたチェッコ式軍帽には金色に輝く桜に錨の意匠がついている。

「気にしないでくれ。本当に都合が悪ければ無理って言うからな。」

彼はニコリと笑った。つられて響の口の端も少し緩む。

「それで、今日はどうしたんだい?」

わざわざ面会の予約までされていた提督は余程大事な用なのだろうと踏んでいたのだが、告げられたのは思いのほか緩い話だった。

「もし良ければ明後日、買い物に付き合って欲しいんだ。」

さらりと言う響。しかしこの誘いを言う為に、自室で何度も練習したのは彼女だけの秘密である。

「明後日か…。」

何か用事が無かったか思い出すべく視線を彷徨わせる提督。ややあって、彼は数日前に誘われた事を思い出した。

「あー、明後日は雷に食事に誘われてたな…。」

「雷が?」

「ああ。大好きだから一緒にデート、だとさ。」

ニタニタする提督とは対照的に、響は眉間に皺を寄せた。活発で竹を割ったような性格である雷ならではのストライクな誘いだが、響にとっては感心すれども到底許容できる話では無かった。勿論、提督に好意を寄せる者が自分以外にも居るというのは知っているが、だからと言って黙って提督を渡す訳にはいかない。鎮守府設立初期から長い時間を掛けて少しづつ深めた提督との絆を後から来た他の誰かに台無しにされるのは絶対に許せないし、そういった障害は極力回避する必要があった。だが中には避けきれない障害も存在する。その場合は、残念だが実力行使せざるを得なくなる。

「それで、司令官は雷の方に行くのかい?」

湧き上がる苛立ちを隠しつつ、響は問うた。

「まぁね。雷の方が先に話をつけた訳だしな。悪いがまた今度でも構わないか?」

「…了解した。それじゃ、失礼するよ。」

とりあえず素直に引き下がり、執務室を後にする。駄々をこねて提督からの印象が悪化するのは避けねばならない。

「物は相談、かな。」

響は次なる段階である雷との交渉をすべく、寮へと向かった。

 

 

 

深夜。雷は港の倉庫前に佇んでいた。磯の匂いを抱き込んだ海風が、彼女の茶髪のショートヘアを優しく揺らす。

一度は寮で雷と交渉しようと考えた響だったが、夜に倉庫前で話し合う約束を取り付け、そこで交渉することにした。本来は出歩けない時間の為、あらかじめ誰にも話さずに来るように響は彼女に伝えていた。

雷は腕時計をチラリと見た。約束の時間は既に数分過ぎている。

「しかし何でまた、こんな時間、こんな場所なのかしら…?」

何気ない呟きに、意外にも答えが返ってきた。

「2人だけでゆっくり話せる環境が欲しかっただけだよ。」

雷がビクリと肩を震わせて慌てて振り向くと、そこには響が立っていた。

「もう、びっくりしたわ…。」

「すまない。少しやる事を片付けて来たから遅くなってしまった。」

響は相変わらずの無表情で言った。何も知らない人なら本当に申し訳ないと思っているのかと疑う態度だが、雷からすればいつもの事。笑って取り繕うい、早速訊いた。

「いや大丈夫よ。それで、話って何かしら?」

「雷は明後日、司令官と食事に行く約束をしたんだよね。」

「そうよ。」

得意気に肯定し、増して笑顔になる雷。余程嬉しいのだろう。だが響の次の発言で、彼女は真顔になった。

「その予定、私に譲ってくれないかな?」

「え…?」

暫しの沈黙。ややあって、雷は口を開いた。

「…それはできないわ。」

予想通りの返答。だが食い下がってみる。

「でも…。」

「私が先に約束したのよ。司令官だってそのつもりなんだし…。」

「雷、お願いだ。私も出撃する時があるんだし、いつだって自由に動ける訳じゃない。」

「それは私だって同じよ!」

雷がぴしゃりと一喝し、今一度言い直した。

「だから、譲れないわ。」

響はまだ食い下がろうと口を開きかけ、閉じた。交渉の決裂は明白だ。こうなれば別の手段を取らざるを得ない。

「そっか…あと、もう1つ話があるんだ。」

「何?」

「耳を貸して欲しい。」

響は自然な動作で雷に近付き、そして耳元で囁いた。

「残念だよ。」

「へ?」

瞬く間にスカートのポケットからスタンガンを取り出して雷の首筋に当てた。そして放電。

「うっ!」

雷が短く悲鳴を上げて一瞬仰け反り、倒れた。意識は無い。

「さてと、やりますか。」

響は倉庫裏へ向かうとリヤカーを引いて戻って来た。

「やる事を片付けて来たって、まさか自分が縛り上げられる為の用意だとは思わないだろうなぁ。」

クスリと笑ってリヤカーからロープを取り出し、手際よく雷の手足を縛る。それからリヤカーに放り込み、それを引いて倉庫を後にした。

 

 

 

響はリヤカーを引いたまま鎮守府の敷地外に出た。ほど近い場所にある、放棄された古い防空壕へ向かうのだ。偶然散歩中に見つけた物で、地図に載っていないのは確認済みである。

防空壕に着くと、響はリヤカーを中に押し入れて入口を閉めた。内部は完全な暗闇だったが、用意しておいたランプにマッチで火を灯すと、土の壁や数本の支柱がぼんやりと照らし出された。

「よっこいしょ…。」

ロープを持ちつつ雷を抱えて無理矢理支柱に立たせると、頭で倒れて来ないように支えつつロープを掛けた。素早く周囲を回って幾重にもロープを掛けて縛り付ける。

「これで良しっと。」

響は何度かロープを引っ張り、外れない事を確認して言った。これからどうするか考えた末にとりあえず一晩放置する事にし、彼女は服に付いた埃を払って防空壕を後にした。

 

 

 

翌日、雷の失踪が発覚すると鎮守府は大騒ぎになった。誰に訊いても彼女の行方を知る物は居らず、事態は益々混迷を極めた。

「どこに行ったんだ!?明日一緒に食事に行くんじゃなかったのか!」

提督は血相を変えてあちこちを探し回り、手空きの者も1日中捜索に出たものの、何の成果も得る事が出来ずに日が暮れた。響も何食わぬ顔で捜索に参加してそれなりに動いたが、全てを知っている身としては笑いを堪えるのに必死になるばかりであった。

 

 

 

深夜。再び鎮守府を抜け出した響は防空壕へと向かった。

防空壕の中では目を覚ました雷が絶望の表情を浮かべ、昨夜のままに縛り付けられていた。目尻から頬にかけて涙の跡がハッキリと残っていたが、それも枯れてしまったのか、それとも全てを諦めたのか、今は泣いていなかった。

「響…!何でこんな事をっ!」

雷は響を見るなり開口一番に叫んだ。精一杯の怒気を含んだ魂の叫びだったが、何も出来ない囚われの身では威嚇にすらならなかった。

「やあ雷。気分はどうだい?」

響は雷の前に立つと、ヒラヒラと手を振って言った。

「馬鹿にしているの?」

「いや、丸1日も放置してしまったからね。心配になっただけだよ。」

心にもないことを言いつつ、響は話を切り出した。

「それで、私に予定を譲る決意はついたかな?」

「まさかそれだけの為にこんな事をしたの?」

「君の質問に答える義務は無いね。さぁ、どうなんだい?」

雷は押し黙った。怖気ついて譲ってくれればベストだが、彼女の性格からしてその可能性は低い。

「私は邪魔をされるのが大嫌いでね。君が鎮守府に来る前から司令官との仲を深めてきた身からすれば、君みたいなのが突然現れて司令官とベタベタしているのが腹立たしくて仕方が無いんだ。分かるかい?私は司令官を誰にも渡したくないし、渡さない!障害があるならば突破する!どんな手を使ってでも!!」

最後の方は殆ど叫ぶようにして、響は胸の内に渦巻く気持ちをブチ撒けた。ひと息ついて自らを落ち着かせた彼女は、子供と話すような優しい声で言った。

「まぁ譲ろうと譲らまいと、こうした以上君には行方不明になってもらわなければならないね。解放した後で面倒を起こされても困るし。」

雷の顔が引き攣った。

「ゆ、行方不明って…?」

「文字通り、どこに行ったか分からなくなってもらうんだ。勿論表向きは、だけどね。」

そう言って響はポケットからナイフを取り出した。ランプの光を受けた刃が、禍々しい輝きをギラリと放つ。

「どの道大して変わらないけど…譲ってくれたら楽に殺ってあげるよ。」

響は少し笑い、ゆっくりと刃先を雷に向けた。

「で、どっちだい?」

2度目の問いに、雷は再び押し黙った。しかし先程とは違い、見て分かる程に震えている。

「沈黙は否定的見解として捉えるけど…良いかな?」

痺れを切らした響が言ったその時、雷の震える唇から微かに声が漏れた。

「…ぃ。」

「何だい?」

「譲らない…!」

雷は声を震わせながら、しかし響を睨みつけてハッキリと言い切った。それは彼女の最期の言葉であり、意地だった。

「そっか。」

響は彼女の決断を聞くと、2、3頷いて言った。

「残念だよ。君は最期まで私の手を煩わせるんだね。」

雷の首筋にナイフが当てられる。その冷たさに、彼女は今まさに切り裂かれんとする喉をゴクリと鳴らした。

「さよなら。」

響はナイフに負けないぐらい冷たく言い放ち、雷の喉へ刃を滑らせた。

「んぐっ…!」

かまぼこを切るようにナイフが食い込む。プツッという皮膚が切れた手応えがして、鮮やかな赤色の血が流れた。雷は俯いて首に渾身の力を込め、凶刃の侵入を必死に拒む。響は負けじと手に力を込めるが、上手くいかない。

「前からじゃ力を入れづらいな…。」

響は雷の背後に回り込みんでナイフ逆手に持つと、改めて首に当てた。

「これならっ!」

バイオリン奏者の如くナイフを動かし、首の左側を裂きに掛かる。程なくして前方にピッと血が飛んだ。左総頚動脈が切断されたらしい。ついでに刃を右に滑らせ、気道を切る。

「どう?痛い?苦しい?」

響が問いかけるが、雷は当然返事などできはしない。代わりにブクブク、ゼロゼロという音を立てながら荒い息をし、切り口からは絶えず血の泡を噴いている。流出した血液の下にある気道から呼気が吹き込まれているのだ。

響はナイフを抜いて前に回り込み、半生半死の雷を眺めた。瞳は飛び出しそうな程に見開かれ、服は血でびしょ濡れになってヌラヌラとした光を放っており、足元には立派な血溜まりが形成されている。ギロチンのように完全に首が切断されれば急激な血圧低下によって意識は瞬時に消え去るが、左総頚動脈と気道を損傷した程度では消えない。故に雷は未だ意識のあるままに、ゆっくりと自らの血に溺れているのだ。

「これが私の司令官に手を出した罰。誰にも渡さない。邪魔をするなら殺す。」

響がナイフを横に凪ぐ。付着していた血液が飛び、壁に叩きつけられて水音を立てた。

「誰を敵に回そうとも構わない。司令官が私を見てくれるなら、司令官が私の物になるなら…何だってやってやるっ!」

ナイフを雷の鳩尾に突き立て、上に突き上げた。心臓を貫く。しかしあまり血は流れないのは、大部分が既に首から流れ出ていたからか。

「はぁ、はぁ…。」

ナイフを引き抜く。既に雷は息絶えていた。

ふと我に返り、自分の服を見た。量は少ないが、返り血が所々に付いている。勿論想定内だ。用意しておいた同じ服に着替えた。ナイフや脱いだ服はその場に放置。死体と一緒に封印だ。

響はさっきまで雷だったモノを一瞥しすると、鼻で笑って防空壕を後にした。

 

 

 

誰にも悟られる事無く鎮守府に帰った響は、無事に朝を迎えた。彼女は内心ウキウキしながら、しかし無表情で朝イチに執務室へと乗り込んだ。

「司令官、雷が居ないんじゃ仕方が無い。私と買い物に行って欲しいな。」

穏やかに言う響を前に、提督は声を荒げた。

「それどころじゃないだろ!雷を探すんだ!」

「司令官…約束は守って…。」

「何でお前はそんなに冷静なんだ!部下が、大切な家族が1人居なくなったんだぞ!今日も、これからも見つかるまで探すんだ!」

提督は足早に執務室を出て行った。開け放たれたままのドアから、弱い風が吹き込む。

「結局、台無しか…。」

響は落胆の溜息をつき、クスリと笑った。

「死んでまで私の邪魔をするとはね。感心したよ。」

ゆらりと歩き出し、執務室を後にする。最早彼女に躊躇など無い。

「こうなると、司令官の方をどうにかするしかないかなぁ…。」

彼女の独白は誰の耳に入る事も無く、風に掻き消されていった。

 

 

 

数ヶ月後、響と提督が鎮守府から失踪するのはまた別の話である。




最後までお読み頂き、ありがとうございました。
前回は響が雷に殺されていたので、今回は逆にしてみました。
グロいのはR-15やR-18にすべきなんでしょうか…?
宜しければ御意見、御感想をお寄せください。
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