白銀の狂気   作:mofu mikuro

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2 あなたと共にある為に

雷が失踪してから数ヶ月。突如、一夜にして姿を消した彼女の行方を、未だに誰も掴むことができないでいた。失踪に関わった1人を除いて。

提督に対して好意を抱く者は少なくない。その中でも雷は積極的な部類で、何度も提督に直接好意を伝え、事あるごとに献身的に彼を支え、傍から見れば夫婦と思われても不思議で無い様子であった。

しかしそれを快く思わない者がいた。響である。

鎮守府創設初期から提督との仲を少しずつ深めてきた彼女にとって、後から来たのに提督へ急接近した雷は紛れも無い脅威であった。それだけならまだしも、堂々とデートと称して食事に行こうとする彼女の振る舞いを響は見過ごせなかった。そして響は雷を秘密裏に呼び出して拘束の後、古い防空壕で殺害。これが響ただ1人が知る、雷失踪の真実だった。

ここまで全てが順調。もう誰にも邪魔させないと響はほくそ笑んだ。

しかし数日前に想定外の事態が発生し、状況は一変した。強い台風が鎮守府を襲い、建物が破損し、物資が散逸し、更に軍事機密に該当する書類も飛ばされたのだ。

すぐに徹底的な捜索が行われ、あらゆる場所が改められた。その結果、防空壕が発見された。柱に縛り付けられ、所々が腐り落ちた雷の遺体。残されていた返り血付きのセーラー服とナイフ。全てがあの時のままだった。

憲兵隊が派遣され、調査が始まった。艦娘は同型ごとに制服が決まっている。現場に残されていた服を着るのは、暁、響、雷、電の4人だけ。更に指紋採取が決定打となった。

 

 

「…響。信じたくはないが、本当にお前なのか?」

深夜の執務室。机についた提督の声が静かに響く。彼の目前に佇む響は口を固く閉ざしたまま、僅かに視線を下げた。それは静かで控えめな肯定だった。

捜査によって響が容疑者とほぼ確定したが、その情報は機密として扱われ、これまで全く周知されていない。面談をこうして深夜に行ったのも提督の響に対する精一杯の配慮であり、彼女が犯人でない可能性、希望的観測への期待であった。

「どうして…!」

提督が言った。

「どうしてそんな事をしたんだ…!」

響は小さく溜息をつき、呟いた。

「完璧だと思ったんだけどね。」

声色は普段のそれと変わらず、後悔や反省の様子は無い。

提督は語気を強め、改めて言った。

「教えてくれ。君は、どうして雷を殺めたんだ?」

「司令官を雷に渡したくなかった。それだけだよ。」

「渡したくなかった…?」

「そう。」

響が顔を上げる。

「私より後に来ていながら、私より司令官に近付いていく雷を許せなかったんだ。」

彼女はキッパリと言い切り、提督に歩み寄った。

「私はずっと司令官と一緒に歩んで来た。意味も無くそうしたんじゃない。司令官の傍は落ち着ける。嫌な事や悩み事を忘れられて、心を楽にできる唯一の場所。でも、雷が何度も司令官の気を惹いて、その度に司令官が私から離れて行ってしまうように感じた。」

すっと響が腕を上げ、提督の頬に手を触れた。

「私だけを見て欲しい。私だけを愛して欲しい。ただそれだけなんだ。」

彼女は手を下ろし、提督を真っ直ぐに見つめた。

「ダメかな?」

2人が互いに黙り込む。ややあって、提督が口を開いた。

「そんなの、できる訳ないだろ。」

「えっ?」

「当たり前だろ。今や、君は雷を殺めた犯罪者だ。仮にそうでなかったとしても、立場上誰かに肩入れするなんてのはできない。」

響が必死に反論する。

「でも、雷と…。」

「部下の要望は可能な範囲で叶える。だが君の要求は到底許容できない。」

提督は断言し、響を睨みつけた。響は尚も反論しようと口を開きかけたが、諦めた。

「…そっか。」

彼女は何度か小さく頷き、僅かに笑みを浮かべた。

「司令官、少し海辺を歩かないか?そこでもっと話すから。」

「わざわざ海辺に?」

「気分の問題さ。許容範囲外かい?」

「…構わん。」

ややムッとしつつも、提督は席を立った。

 

 

 

闇に包まれてすっかり静まり返った工廠。その艀に提督と響は立っていた。弱い海風が響の長い髪を揺らし、磯の香りが鼻腔をくすぐる。

「雷は最期まで約束を譲ろうとしなかったんだ。それ程までに、司令官に本気だったんだよ。」

艀に着いてから、響は全てを包み隠す事無く話した。彼女自身、数ヶ月も前の事にも関わらず細部まで鮮明に覚えていることに驚いた。

「それで、君は後悔しているのか?」

最後に提督は訊いた。自供は彼女なりの反省に思われたが、その返答はあまりにも簡明だった。

「してないよ。雷が司令官に本気だったように、私もまた本気だった。勿論今もね。」

響はくるりと提督に背を向けて小さく溜息をつき、もう一度口を開いた。

「司令官。私の事、嫌いかな?」

波の音に消されてしまいそうな程、ひどく弱々しい声。こんな娘が本当に人を殺めたのかと提督は今一度考えた。しかし証拠は上がっており、何よりも詳細な自供をした。信じたくはないが、彼女が犯人である事は間違いないだろう。鎮守府の皆を家族のように見ていた提督にとって、その1人を突き放すのは心苦しかった。しかし、やはり彼女は許されざる者なのだ。

複雑な気持ちが渦巻く胸中から搾り出すように、提督は小さく言った。

「…すまない。」

「そう、だよね。」

響がくるりと振り返る。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「私は司令官を愛し、また愛されたかった。そしてその為に手を尽くした。それが認められない世界なんて…私は耐えられない。」

響は執務室でそうしたように、提督の顔へとすっと腕を上げる。しかし先程とは違い、その手には黒光りするスタンガンが握られていた。

「響…お前、何を…!」

提督が気付いた時にはもう遅い。首筋に押し当てられたスタンガンが放電した。彼の意識は瞬時に途切れ、身体は艀に崩れ落ちた。

「ごめんなさい、司令官。でも、もうこうするしかないんだ。」

響は工廠へ向かうと艤装を担ぎ、手錠を手に戻って来た。艤装は起動させておらず、ただの重りと変わりない。そして手錠を自分と提督を繋ぐように掛けた。

「私はとんでもない我儘だな。」

クスリと自嘲した。

「でも、やっぱりこれだけは譲れない。それをこの世界が許さないのならば、他所に行くだけ。」

足を投げ出して座り込むと提督を抱き寄せ、その愛しい顔を眺めながら囁いた。

「全ては、あなたと共にある為に…。」

響は自ら前へ体重を傾け、その小さな身体を海原へと投げ出した。手錠で繋がれた提督が一瞬遅れて同じ運命を辿る。2人が海中に没する音は誰の耳に入ることも無く、夜の帳に消えていった。

 

 

 

冷たく静かな海の中で、沈み行く響は思い切り提督を抱き寄せた。この先がどうなるかは分からない。でも、少なくとも何の希望も無いこの世界よりはマシだろう。

「もう、誰にも邪魔させない。」

遠く離れ行く気泡を見送りつつ提督をきつく抱きしめ、意識を手放し、深い幸せの底へと沈んで行った。




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