依田芳乃がシンデレラになった話。   作:姪谷凌作

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前編

 

 

 

これは、ガラスの靴を履いた少女の物語。

 

ガラスの靴を履いてしまった彼女は、12時の魔法に囚われる。

 

輝く世界に生きた彼女を、終焉が認識してしまったのだ。

 

彼女が知らずとも、それは足音を殺して追い縋る。暗殺者のように静かに、盛者必衰の理を遂行する。

 

それはまるで、とある村の掟のようだった。

 

10年に一度、村を災いから守るために若い女を贄にする。有り体に言えば人柱だ。

 

外の人間から見ればそれは単なる愚行に過ぎないが、関係者は皆、あまつさえ本人も、それを望むのである。

 

価値の歪みに気付けるのは外の人間だけ。時には外の人間ですら異を唱えるのは難しいこともある。

 

これは、選ばれた少女と、気付いてしまった少女の物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「乃々殿ー?」

「ひぃっ!?……よっ、芳乃さんですか……」

 

部屋に入るなりまるでそこにいることが分かっていたかのように、まっすぐ乃々が隠れている机に向かい、机の下をのぞき込む芳乃。

毎度隠れる机を変えているはずなのに、透視したかのようにピタリと的中させるのは、乃々にとってやはり慣れるものではない。

乃々が本気で気配を消していれば、プロデューサーだって発見は困難を極めるのだ。

 

「プロデューサー殿が探しておりましたよー。行って差し上げませー」

「ううっ…あの、すみません……忙しいと思うんですけど…あ、いぃ、今更ですけど、総選挙、お、おめでとうございます……」

 

芳乃が第七回シンデレラガールに選ばれてから一か月弱。乃々は芳乃が忙しそうにしているのを見て、ずっと話しかけられずに居たのだ。

忙しいところに話しかけては邪魔だろうという理由もあったが、単に周りに常に誰かが居る中割り込んで話しかける勇気がなかったというのが実情だ。

プロデューサーを通してしか何も言えないまま一か月が経ってしまったという事実に胸が痛む。それでも、芳乃は乃々に暖かな笑みを向けてくれるのだ。今回もそうだった。

 

「いえー。皆の笑顔を作ることが、依田の役目なのでしてー」

「も、もりくぼには……想像もつかない話なんですけど……」

「いえー。乃々殿も立派に役目をこなしていますよー。やれることを精いっぱいする、それこそが大事なのでしてー」

「うぅ……はい…」

 

自分がシンデレラガールに選ばれるなんて、想像するだけで失神してしまいそうだ。そう思いながら乃々は机の下から這い出る。乃々を見下ろしていた視線は、立ち上がるとほぼ同じくらいになる。

 

「それでは、参りましょー」

 

乃々と芳乃は、並んでプロデューサーの元へ向かう。

 

二人のプロデューサーは、とても不思議な人だ。

乃々を担当する時も、わざわざ「君がいい」と言い、芳乃に至っては東京からは遠く離れた鹿児島でスカウトしたらしい。

他のプロデューサーは普通10人前後のアイドルを担当しているようだが、彼はこれ以上担当を増やす気は無いらしいのも不思議な点だ。理由は本人以外知らない。

 

乃々がアイドルデビューした日のことをぼんやりと思い出しながら歩いていると、すぐにプロデューサーの部屋にたどり着く。

噂ではバンジージャンプさせられたり心霊体験させられたりしているアイドルもいるそうなので、そういう仕事が来ませんようにと祈りながらドアを開けた。

 

「ただいま参りましたー」

「おっ、ありがとう。じゃあ早速ミーティングを始めようか」

 

用意していたらしいお茶と菓子を机に置き、椅子を出す。ビニール袋が置きっぱなしになっていたので、多分さっき買い物に行ってきたのだろう、と乃々は思った。芳乃はさっそく煎餅の袋を開け、皿に出している。

 

「今回のお仕事なんだけど、今まではずっと個別でお仕事してもらってたから、二人で歌を歌って貰おうかと思ってるんだけど、どうだい?」

「歌、ですかー。乃々殿が良ければー」

「歌……二人……そ、ソロパートとかも…?」

「そうなるかな。まだ話が上がったばかりで先のことになるんだけど、ユニットを組んで貰うだろうし、二人でイベントとかも出来ると思うよ」

 

これまで、ソロ曲だけはと断ってきたが、まさかデュオの仕事が出るとは思わなかった乃々は面食らった。ちらりと芳乃の方を見たが、いつもの堂々とした態で乃々の意見を求めている。よく考えれば芳乃はデビューは乃々より遅いのに自分のソロ曲を持っているし、今更人前で歌うことに抵抗などないのかもしれない。

それに今、彼女はシンデレラガールとなり、売れに売れている。この流れを止めてしまうのは彼女にも迷惑なのかもしれない。

けど、それは、ついでに自分も注目されてしまうわけで………

 

「うぅ、もりくぼは、もりくぼは‥‥‥‥」

 

乃々はアイドルなんてはなから断っておけばよかった、と幾度目かもわからない後悔をする。最初に半ば強引に仕事を紹介してきた叔父さんに対する呪詛も、仕事の度に呟いてきた。一番の悩みの種はやはり断り切れない自分なのだが。

 

「ソロは嫌だってのは知ってるし、無理ならまだ今回の仕事は取り下げることも出来ると思うが」

「乃々殿は、わたくしと歌うのが、いやなのでしてー?」

 

飴と鞭のコンビネーション攻撃を仕掛けるプロデューサーと芳乃。乃々が仕事を断れない理由の一つでもある。

 

「一応、ソロが嫌なら出来るだけ減らすように注文するよ?」

「イベントも、わたくしの方が年上故に手助けできましょー」

「そ、それなら‥‥‥二人で歌うのも、今回で最後になるなら‥‥‥」

 

乃々がそう呟くと、プロデューサーと芳乃は視線を交わし微笑む。これも二人の作戦であることはよく分かっていたが、そもそも多忙な二人にそこまで手を煩わせてしまっているという自覚が常に付きまとってしまう。

 

自分はやはりアイドル、ひいては他人と関わることにとことん向いていないらしい。自分は面倒な奴だ。そういう意識が頭を占めていき、占めていき‥‥‥‥その結果、よくわからなくなってしまう。

乃々本人も「無理」としか言い表せない不定の感情が、他人にもあるのかどうかはわからないが、あっても自分ほどではないと思う。

そしてまた、やはり自分は他人と関わることに向いていないのだ、という思考にループする。

 

「もりくぼは、今日はもう帰りたいんですけど……」

「乃々殿、説明がまだ残っているのでしてー。話をしっかり聞いて考えを練ることが、乃々殿の気の巡りを良くするでしょー。それはきっと、乃々殿の成功を導くことに繋がってー」

「これが終わったら帰っていいから、な? 頼む!」

「ぅ……あ‥じゃあ、机の下でなら、いいですけど‥」

 

乃々が机の下に潜り込む。このやり取りも、お決まりのように繰り返している。

 

そうして、プロデューサーが机に話しかける、奇妙な会議が発生するのである。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

帰り道。夕焼けの中を芳乃と乃々は歩く。一人は堂々と、もう一人はとぼとぼと。対照的である。

 

新曲の企画はまだ提案程度の段階のためあまり詳しい話は出なかったが、それでも乃々を怯えさせるには十分だった。

 

「やっぱり、断っておけばよかったと、思います…今更それも無理なんですけど‥‥‥」

「まーまー、そう言わずにー。きっと乃々殿は無事、役目を果たせますよー」

 

芳乃がそう言って微笑む。それは夕焼けのように暖かく、優しいものだった。

自分の染めた髪なんかより、風に当てられて靡く彼女のそれの方がよっぽど映えると乃々は思った。

 

「乃々殿にはこれをー」

 

そういって芳乃が風呂敷包みから何かを取り出し、乃々の手に触れる。

驚く間もなく暖かい芳乃の手が離れ、乃々のてのひらにひんやりとした小気味よい感触が残る。見てみると、小さな石ころだった。

 

「これは‥‥‥?」

「先日わたくしが河原で拾った小石でしてー。とても良い気を引き寄せるもので、是非御守りにしてくださいませー」

 

芳乃は、肌身離さず大事にしてくださいませー、と言ってまた歩き始める。

綺麗な楕円形ですべすべのそれは、握っていると確かに不思議な気分になる。

 

「この気持ち…ポエムになるかも…。家に帰ったら…めもめもめも」

「ぽえむ、でしてー?」

「ポエムは…詩・・・みたいな‥‥‥童話みたいって言われますけど・・・・・」

「ほほー。歌を詠まれるのですかー。言ノ葉を紡ぐことは、よきことでしてー」

「お礼に‥‥‥今度、見せる‥‥かもしれません」

「それではわたくしは、よき出来となりますよう、祈りましょー」

 

芳乃はそういって、手を合わせて祈る仕草をする。

 

「う‥‥ハードル上がっちゃったんですけど…」

「ふふー。気負わずとも、ありのままを見せてくださいませー。ほら、そろそろ到着いたしますよー」

 

芳乃の女子寮が見えてきていた。乃々はここを通り過ぎたところにある駅から自宅まで帰るので、ここで別れることになるのだ。

 

「それでは、またー」

「さよなら、ですけど‥‥‥」

 

乃々は石ころとポエム帳を持ったまま、駅まで歩く。

普段は気になる他人の視線も、ひんやりとした感覚に緩和された気がした。

 

 

 

 

 

 

 

それから、しばらくして。

 

「ほほー‥‥‥」

 

ヘッドホンを外した芳乃が、感嘆の息を零す。乃々も同感のようだ。

先日ついに届いた楽曲は、二人にぴったりの曲だった。どうやらプロデューサーも色々と注文を出したりしていたらしく、「な、いいだろう?」と楽しげだ。

 

「とても、良き歌ですねー。創り手の心が、目に浮かぶようでしてー」

「もりくぼも‥‥この歌なら、歌ってみたい‥‥かも‥‥」

 

そうかそうか、と満足げなプロデューサー。封筒から何やら紙を取り出し、二人に手渡す。

 

「今回の曲、是非とも大大、大ヒットを飛ばしたい。ということで、各個人のスキルアップを目指して、特別レッスンをしてもらうことにする」

 

書類に目を通すと、そこにはインストラクター、青木麗、の名が。乃々は青ざめた。

乃々は過去に一度だけ、彼女のレッスンを受けたことがある。彼女のレッスンは、地獄と評する以外の表現が思い浮かばないほど、激しく、そして厳しいものだった。

 

「むーりぃー・・・・」

「修練を積み、すきるあっぷしていきましょー。乃々殿、始める前から弱気ではいけませぬよー」

 

床に乃々崩れ落ちた乃々を、何も知らない芳乃がそう元気づける。

芳乃は乃々に泣きそうな、そして憐れむような表情を向けられて、「はてー?」と、少し困惑するのだった。

 

もちろん、この後二人ともすぐにへばったことは言うまでもない。

 

 

 

 

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