依田芳乃がシンデレラになった話。   作:姪谷凌作

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中編

 

 

 

 

「もう、むりくぼ、なんですけど‥‥‥」

「わたくしも、限界なのでしてー・・・・・」

 

最後のメニューをこなし、同時に床に倒れこむ二人。

レッスン最終日。今までの総仕上げということで、今日は朝から通しであったので、体力はとうの昔に残っていない。

 

「ほらクールダウンに歩けー。歩かないと失神するぞー」

「ひぃ‥‥」

「アイドルがこのようなものであるとは、知らなかったのでしてー・・・」

 

自分は操り人形だ、と言い聞かせながら、重い体に鞭打つ。芳乃もふらふらと体だけを動かしていて、一目でばてているのがわかる。

 

「はーい、今日はこれで終了だ! よく頑張ったな!各自昨日の通りしっかりとストレッチをして、体調を崩さないようにすること!」

 

二人は息も絶え絶えに礼をし、今度こそと床に転がる。冷ややかな床が火照った肌から熱を奪い、代わりに快感を与える。

 

「普段は着物を着ていますからー、体力はあると自負しておりましたがー‥‥‥これほどとはー‥‥」

 

教わった通りに二人でストレッチをしながら、体の熱を少しづつ追い出す。

 

「乃々殿は、過去にもこのれっすんをー?」

「はい・・・・・アイドルになってすぐに、いてて‥‥まぁ、一日だけですけど…‥‥その時は30分と持たなかったので、今回のもりくぼは上出来かもしれません‥‥明日はダメかもしれませんけど‥‥」

「成長を感じられるのは良きことでしてー。わたくしも筋肉痛が心配ですー」

「帰りに何か、自分へのご褒美、買おうかな‥‥?」

「それは名案でしてー。良ければ一緒に行きませぬかー? 良き甘味処を知っていますゆえー」

 

乃々はあの手のおしゃれな空間に居るのに耐えられなくなってしまうので、甘いものを食べに行ったりはほとんどしない。今回もコンビニでお菓子でも買って帰ろうかな、くらいのつもりで言ったつもりなのだが、芳乃が思ったより乗り気なので言い出せなくなる。

 

「ふふー、少し久しぶりなので、たのしみですー」

「そこ・・・よく、行ってたんですか?」

「最近は忙しさゆえ、あまり行けておりませんでしたがー。前まではよくー」

 

二人はストレッチを終え、洋服に着替える。女子寮はここからほど近くにあるので、芳乃は大抵着物を着ているのだが、町に出るとなると目立っては困るので洋服を着てしっかり変装している。ちなみに乃々は変装しなくても大抵大丈夫なのだが、人目が気になるので常に目立たないように心掛けている。

 

「それでは、参りましょー」

 

普段より少し高めのトーンで芳乃がそう言う。洋服だからか、それとも楽しみだからか、少し歩くのも速い。

 

 

 

 

 

 

 

芳乃に煎餅好きのイメージを持っていた乃々は、勝手に和菓子の店を想像していたのだが、案内されたのは意外にも洋菓子の店だった。

夕時なので、乃々たちのほかにも中高生がちらほら居る。大人気とはいかないまでも、繁盛している店のようだ。

 

「それでは、これをー」

 

芳乃が注文したのはパフェだった。乃々もそれに倣う。

 

「芳乃さんがおすすめするので‥‥てっきり和菓子かと思ったんですけど…」

「志保殿に教えてもらってから、洋菓子も気に入ったのでしてー。島に居た頃は洋菓子など食べることは無かったゆえ、好みは和菓子に偏っておりますがー」

 

しばらく待つと、栗が満載された抹茶パフェが二つ出される。

乃々は注文が無事に済んだことにひとまず安堵した。やっと店内を見渡す余裕が出てくる。世間では休日だからか想像以上におしゃれな人が多くて、余計に緊張は高まってしまったが。

 

「食べないのですかー?」

 

芳乃に声を掛けられ、乃々は我に返る。見ると芳乃のパフェはすでに三割ほどなくなっていた。乃々も慌てて自分のパフェに取りかかる。

 

「結構‥‥おいしいです・・・・・あっ、そうだ。この前のポエム、完成したんですけど‥‥‥」

「ほほー。拝見してもよろしいのでしてー?」

「うぅ、御守りのお礼なんですけど‥‥」

「それでは、遠慮なく拝見いたしますー。どれどれー」

「は、恥ずかしすぎて机の下に隠れたくなってきたんですけど‥‥」

 

あまりの恥ずかしさに堪らず目をそらすと、乃々は客の中に異質な集団が混じっていることに気が付いた。

しっかりとスーツを着込んだ四人の男。年齢層はバラバラで、どうやら注文で手間取っているらしい。

そして、時々視線を感じる。もしかすると、記者か何かかもしれない。

 

「とても良き出来なのでしてー。見せていただき、感謝いたしますー」

「あ、あの…ちょっと・・・・・」

 

男たちが向こうを向いているタイミングで軽く指さす。芳乃は振り向こうとしたところで向き直り、「なるほどー」と微笑んだ。

 

「これは、乃々殿に用があるようでしてー」

「えぇぇっ!? も、もりくぼですか?」

 

芳乃が目的だと思い込んでいた乃々は面食らった。心拍数が急に上がって、芳乃が振り向ききらずに気を読んだことなど気にならない。

 

「面倒を起こさぬ内に退出するといたしましょー。会計はわたくしが持ちますので、乃々殿はそのまま帰ってくださいませー」

「で、でも、芳乃さんが‥‥」

「お気になさらずにー。あの者どもはわたくしには気づいていないようでしてー。無事駅までたどり着いたら、一度連絡してくださいませー。それでは、またー」

 

さっと伝票を取って立ち上がり、会計へと向かう芳乃。乃々は迷ったが、芳乃が気を利かせてくれたのを無碍にするわけにもいかないと思い、店を出た。そのまま、駅までひたすら走る。

地獄レッスンの後の全力ダッシュで足がつりそうになったが、何とか体はもってくれた。肩で息をしながら、携帯電話を取り出―――

 

無い。乃々は青ざめた。乃々は今、ポエム帳を含む手荷物を全く、持っていないのだ。

 

記憶を辿らずともわかる。動揺のあまり先ほどの店に置いてきてしまった。

 

そして、先に席を立ったのは芳乃。荷物に気付いて回収しておいてくれているとは思わない方が良いだろう。

すると、必然的に取りに戻らなければいけないわけだが‥‥

 

「み、道を変えれば大丈夫かな‥‥?」

 

帽子を目深に被り、回れ右をする。自分を追っかけているのなら、駅まで最短ルートで来るだろうという推測を信じて、速足で戻る。陽は落ちかけていた。

 

「思ったより、普通に、たどり着いちゃいそうなんですけど‥‥」

 

そもそも乃々の心配は杞憂であることが多いのだが、人に注目されることに限っては悪い予感は的中し続けるので、どうせ途中で鉢合わせて…などと考えていたのである。

目の前の角を曲がれば、もう店の前だ。ガラス張りになっているので、そこからのぞき込んで例の集団が居ないことを確認すればいいだろう。

そう思いながら角を曲がり――慌てて引っ込んだ。

 

その例の集団が、店の前に居たのだ。

 

それも、何やら芳乃と話している。心拍数が急上昇し、大変だという意識で思考が空回りする。プロデューサーに連絡しようとして、そもそもそのための携帯を取りに戻っていたのだということを思い出す。

結局、乃々がとったのは、そのままじっと耳を澄まして、隠れていることだった。

一番臆病で、一番何もしない選択。乃々はそれに嫌気がさしながらも、自分が行っても余計に厄介になるだろうと自分を安心させて、何もしなかった。

会話の断片だけが、聞こえてくる。

 

「依代様、務めを放棄しては‥‥…が‥‥てしまいます」

 

「先にばば様を……して、島の‥‥‥‥に…を‥‥‥‥てくださいませ」

 

「しかしそれは・・・・・の禁忌を破ることになります」

 

「‥‥‥‥‥‥‥はもう嫌なのでして」

 

「‥‥‥‥っても、既にばば様は‥‥‥‥ております」

 

普段の間延びした口調とは違う厳しい芳乃の口調に、ただ事ではないということを感じ取る。

乃々はもう逃げ出してしまいたかったが、手足は震えて言うことを聞かない。

 

そして急に、怒号が聞こえてくる。

 

「依代様!しっかりしてください!」

 

「あまり触れるな!」

 

恐る恐る覗くと、地面に手をついて屈む芳乃と、慌てふためく男たち。

人通りはまばらになってきたものの、やはり注目を集めてしまっているようだ。

まずい、そう解っていても、何一つ具体的な行動は出てこない。

 

そしてついに、男の中の一人と、目が合ってしまう。頭を引っ込めても、もう遅い。

 

「誰だ。出てこい」

 

低い声にそう促されても、頭では理解しているのだが恐怖で体が動かない。頭が真っ白になって、涙も出ない。

 

「も、もりくぼは‥‥違って…‥‥」

 

ついに男が目の前にやってきて、上から見下ろされる。助けを呼ぶという選択肢も、もう頭から消え去っていた。

 

「依代様、知人でしょうか」

 

芳乃が促されて、こっちを向く。ゆらりと立ち上がり、普段とは違う沼の底のような濁った目をこちらに向ける。

 

そして―――パッ、と表情を切り替えた。

 

「乃々殿ー、先に帰ってくださいと、申したではありませぬかー」

 

普段の乃々に対する時と全く同じように、芳乃は優しく諭す。同じはずなのに、乃々は全身の毛が粟立つような感触を覚えた。

脳が理解を止め、余計にうまく言葉が紡げなくなり、恐怖だけが感情を塗りつぶす。

 

「斯様なことを此処で話すわけにはいきませぬから、今日は諦めてくださいませー」

 

芳乃は男たちにそう言って、乃々の手を引き歩き出す。乃々は自分が荷物を取りに戻ったことなんてとっくに忘れて、引かれるがままについて行くのだった。

 

 

 

 

「お見苦しいところを、お見せしたのでしてー」

 

芳乃は、手を引いて歩きながら、困り顔でそう言う。駅の方に向かっていた。

 

「その‥‥‥もりくぼは‥‥に、荷物を取りに来ただけで……特に何も聞いてなくて…」

「聞いていないと言っている時点で聞いていたと白状しているようなものですよー。そもそもわたくしに隠し事は無意味なのでしてー」

「そうでした‥‥う、嘘ついちゃって、ごめんなさい‥‥‥忘れますから‥‥」

 

そう言った後で忘れようがないことに気付く。普段と違う芳乃の姿は、乃々の中のイメージを歪めるには十分すぎた。

 

「わたくしこそー、乃々殿に嘘を申し上げておりましたゆえー。申し訳ありませぬー」

 

手を放して、深々と頭を下げる。乃々はその様子に、それ以上首を突っ込むことに対する拒絶を、微かながら感じ取った。

だから乃々は、これ以上近寄ることを止める。踏み込んでも、良かったことなんて一度もないから。

 

「じゃ…あの、もりくぼは、帰ります・・・・・。暗くなっちゃうし‥‥」

「ええー。それではー」

 

芳乃は手を振り、そっけなく踵を返して寮の方に戻ってしまう。これも平常時の芳乃とは違う。

違い、がちくちくと胸を刺してくるのだ。

乃々が目を瞑り耳を塞いでも、芳乃に対する違和感や不信感がわだかまりとして残り続ける。冷静でない乃々にもわかるほど、今の芳乃は異常だった。必死に平静を装っているということが分かってしまう。

 

けれども、乃々はそれを指摘できない。芳乃がそれを忌避しているからだ。

「あれは誰なんですか?」そう何度も喉まで出かかっている。異様なまでに他人の感情に鋭敏な芳乃も、気付いてはいるだろう。

それでもそこに触れないのは、紛れもなく一刻も早くその話題から離れたいからである。

 

暗にそれに気づいてしまったからこそ、乃々は最後まで何も言えないまま、忘れよう、忘れようと思いながらまた先ほどのカフェに戻るのだった。

 

結局それは、家に帰って死んだように眠っても、忘れられることではなかったが。

 

 

 

 

 

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