GSガッツ   作:棚かぼちゃ

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祈り

「四方の王が見当たらないのです…」

 

 

 

それはあり得ぬことだった。

四方を守る者たち…それは様々な伝承において記されてきた存在だ。

人間がなんと呼ぼうとも、そこにあり続けている彼らの名は彼らのもの。

太陽が落ちれば夜が来るように

そしてやがては朝が来るように

古の彼方より当たり前にそこに在るはずの者たちだ。

 

それが見つからぬという。

 

太陽が西から昇り、空が落ちてきたかのような焦燥が、シールケの胸に渦巻いていた。

 

「あの結界が張れねえなら、朝まで亡霊共をぶった斬り続けるしかねえか…」

「…」

 

沈黙が空間を支配し重苦しい空気のなか、シロは無意識に利き手を握りしめた。

 

(後ろで見ているだけではダメだ。この身も、お二人の力に…)

 

シロはついに戦いの時が来たのだと力が入った。

ガッツとシールケ、二人の師から受けた教えを頭の中で反芻しながら、呼吸を整える。

 

体に流れる霊力に意識を向けて整え、研ぎ澄まし、加速させ、その流れを右腕へ。

彼女の右手が急激な霊力の圧縮により、強い輝きを帯びるとそこに拳大ほどの光球が生まれた。

(集中しろ)

通常、体外に放出された霊力は酷く不安定なものだ。

術者から離れた途端、それを扱う術を持たなければ少しの衝撃で崩壊し、エネルギーを振りまきながら霧散する。

 

しかし、シロの霊力には揺らぐ様子がない。

 

イメージするのは堅固な刃。

折れず曲がらず、敵を斬り大切なものを守る刀。

 

彼女の並外れた集中力が、霊力にひとつの形を与え、完璧に整った霊波刀が姿を顕にした。

(よしっ!)

何度も何度も練習を繰り返した動作は、淀みなく結果をもたらした。

彼女が側を見ると、大きい方の師の手も、ゆっくりとその背にある大剣へと手を伸ばしていた。

「仕方ねえ」

いよいよ経験したことのない規模の、本当の意味での戦いが始まる。

 

(いざ…!)

 

気合は十分。訓練は何度もしてきた。

あとは実践あるのみ。

シロの精神は今までに無いほどに高揚し、霊力が研ぎ澄まされていく。

 

そして

 

「どうする?今からでもトンズラ出来るぜ?」

「そりゃないでござるよっ先生!」

 

 

 

師のあんまりな発言にずっこけた。

思わず溢れた苦言に、ガッツは呆れと笑いの中間のような顔をした。

「シロ、いいか。俺たちは仕事を請けはしたが、なにもここで命を捨てる覚悟を決めなきゃいけない訳じゃねえ。前金貰ってるってんならその分は働くが今回は違う。

退治屋としての評判より、最優先すべきはてめえの命を懸けるに価するかどうかだ。当初の当てがはずれたんだ。引き際をわきまえるのも、いい剣士の条件だ。」

 

「うっ、それは…そうでござるが……」

 

確かに、今回の仕事の報酬は魅力的ではある。

完遂すれば三人すべての目的に近づくことは出来るが、それも命あっての物種。

評判は落ちるかもしれないが、少しでも分が悪いならば手を引くのが道理であった。

 

「シールケ、どうする?」

いまだ険しい表情のシールケもすぐに思考を今後について巡らせた

 

「…ガッツさんの言い分は理解出来ます。納得もします。ですが…やはりこれ程条件の良い依頼はそう無いと思います。」

シールケは先の動揺が抜けきらぬ様子ながらも、まっすぐにガッツの目を見る。

「もう一度、試してみます…姿は見えませんでしたが、確かに四方に大きな存在がいることは感じるのです。」

シールケが杖を握り締め、二人に視線を向けた。

 

「私の身体を、お願いします。」

 

無言で頷く二人に、小さく笑みを零すと彼女は目を閉じて再び集中し始める。

 

その直後、光が薄れた。

 

夕暮れ時、現世と幽世の境界が曖昧になってゆく時間。

ガラスの失われた空虚な窓から、僅かに差し込んでいた茜色の光が急速に弱まり、それに比例するように暗がりに潜んでいた者たちの気配が濃密になってゆく。

 

夜の帳が降りる

 

 

 

 

 

 

「……光だ」

 

 

 

 

ぽつりと、三人の誰のものでもない酷く聞き取りづらい声が響いた。

 

「お出でなすった。」

ガッツが大剣を引き抜く。

 

「生きている体だ…」「私はまだ死んでなんか……!」

 

怨嗟の声がそこかしこから聞こえ始め、各々が戦闘態勢に入る。

ガッツは剣を正眼に構え隙なく周囲を確認し、シロは霊波刀を瞬きの間に顕現させ腰を落とす。

 

「時間を稼ぐ。一匹もシールケに近寄らせるな」

「はい! 任せて欲しいでござる!」

シールケの言葉はない。

既に魔法を発動させるため全神経を集中させていた。

周囲を旋回していた亡霊たちがピタリと動きを止め、ほんの一瞬、無気味な静寂が訪れる。

 

「来るぞ!」

 

ガッツの声に応えるように、闘いが始まった。

 

「シッ」

殺到する亡霊へガッツがその大剣を横に振り抜く。

常人が刀剣やバットを亡霊に振り回したとて、実体を持たぬ悪霊たちには触れることは叶わない。

しかし、彼の鉄塊はそのような事は知らぬと言うように、当然に、数多の触れ得ぬはずの者たちを両断した。

 

「はあっ!」

シロが気合と共に右手を薙ぐと、霊波刀に切り裂かれた亡霊がうめき声をあげながら霧散する。

彼女の掌から伸びたその刀身は、彼女愛用の木刀ほどの長さで安定し、鋭利な輝きを放っている。

彼女が見事に霊波刀を体得したことの証であった。

 

「先生と拙者がいる限り、シールケ殿には指一本触れることは出来ぬでござるよ!」

シロは、シールケに接近した亡霊がロープの結界に阻まれ身動きが取れなくなっているのを視認すると跳躍して切り裂いた。

 4本の手足を使い、獣のような軽やかさで着地すると、遅れて顔にかかった長い髪をかきあげて霧散していく敵を見上げた。

 (思った通りに戦える…拙者の剣が誰かを守る力になっている……!)

 

ふと左手を握りしめると、過度の集中で遠くなっていた周りの音が戻ってきた。

背後で、重く大きなものが高速で振り抜かれる音がする。

その轟音が発せられる度に、数多の悲鳴が工場内に木霊する。

それが途切れることなく連続し、もはや阿鼻叫喚の様相であった。

悲鳴というものは生物に根源的な不安を想起させるものだ。

犬神族のシロの鋭い聴覚には、尚更つらいものであるはずだが、彼女にはガッツがこのような雑霊に遅れをとるビジョンなど、微塵も浮かばない。

 

そんな師が自分の背中を守ってくれていると思うと、ただただ、頼もしかった。

「俺に体を…命を!」

襲いかかる亡霊を油断なく切り捨てる。

ほんの一瞬、振り返った視界の先に大きな背中が見えた。

 

(先生が、背を安心して任せられるように…) 

シロが気を引き締めたその時、亡霊たちの雑多な声の中にひとつ、異質なものが響いた。

「あいつだ!あの杖を持ったガキ!魂が抜けても抜けの殻だ!」

「なっ!」

多くの雑霊がただ妄念を撒き散らす中で、明らかに意識のはっきりとした声。

見ると、一際大きな亡霊がまるで指揮官のように声をあげていた。

「上だ。上から一気に襲いかかれば剣じゃ対処しきれねえはずだ!何匹かはその二人の動きを止めてあとは数で押せぇ!」

 

その声に、今までばらばらに襲いかかってきていた霊達の動きが明らかに変わった。

 

(まずい!)

ひとつひとつの力はまったく問題にならないがいかんせん数が多すぎる。作戦とも呼べぬものだったが、業腹ではあるが最もとられたくない行動だった。

「させるかあッ!」

シロは左手に霊力を集中し、今度は形を与えることなくそのまま霊共の指揮官へ解き放った。

霊力による最も純粋な暴力、霊波砲だ。

 

「ぬうっ…雑霊共、おれを守れ!」

しかし、霊波砲は急速に集まり盾となった雑霊を吹き飛ばしはしたが、目標には届かない。

「ちぃッ!」

思わず舌打ちする間にも、シロは押し寄せる亡者たちを次々に切り払う。

気合は十分、意気軒高。まだ怪我一つ負っていない。

しかし、前に進む事が出来ない。

(このままではシールケ殿がッ!)

彼女の胸中に焦りが満ちていく。

 

 

「邪魔だぁ!!」

痺れを切らしたシロが再び霊波砲を放つと、雑霊の壁に通り道がうまれた。

敵の指揮官へ続く道。

放っておけば、数瞬のうちにまた埋まってしまうであろう僅かな隙間。

 

シロは、人間離れしたその脚力の全霊をもって

 

「バカ!前に出るな!」

 

駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬る

 

斬る

 

斬る

 

 

 

 

殺到する亡者をかき分ける。

 

ただ前へ

 

頭も体も火がついたように熱い。

それに比例するように、彼女の剣筋は鋭くなっていく。

 

(遅い)

 

世界がゆっくりと流れていく。

極度の集中状態にあるシロの視界では、飛び回る亡霊も、それに指示を出す親玉の動きも、スローモーションのように間延びしていた。

実体がない故の鬱陶しい素早さしか取り柄のない亡霊など、もはやなんの問題にもならない。

 

苦し紛れに突進してきた数体を斬り払うと、指揮官がすぐそこに見えた。

常人には10歩の距離も、彼女の脚は瞬きの間にその距離をゼロにする。

 

(獲った!)

 

「かかったな馬鹿犬女め!」

 

「なっ…!」

親玉の首に刃が届くその刹那、突如としてシロは身体が動かなくなった。

 

勝利を確信したシロの身体に、大量の亡霊が彼女の足元、床をすり抜けて巻き付き、その動きを抑え込んだのだ。

 

「ぶはははは! これぞ幽体の特権!! かべ抜けよ。真似できめぇ!」

 

「…がっ」

全身に取りつき、四肢はおろか首をも締め上げられ、シロが声にならぬ苦悶の声を上げる。

 

「よーし、そのまま絞め殺しちまえ!」

勝ち誇るその声を聴きながら必死に藻掻くもシロの自由はますます奪われていった。

 

「へへ、あっちの男もそろそろ…あっ全然ダメだ……」

 

シロは唯一自由になる眼を動かすと、ガッツが押し寄せる亡霊を、木の葉を吹き飛ばす嵐のように蹴散らしながら迫って来るのが見えた。

 

 

「ひっ…」

 

 

それは果たして誰の口から洩れた声だったのか、常識の埒外の大剣と、全身を覆う甲冑を身に付けた人間とは思えない、まさに暴風のような男が発する殺気に、自我の薄い亡霊たちさえもたじろいでいた。

「く、来るんじゃねえ!」

慌てた亡霊の指揮官が、シロを盾にするため自身へ引き寄せた

「へへ…これで手出し出来めえ!」

「チっ」

味方を盾にとられ、流石のガッツもその場に踏みとどまった。

 

(先生っ…!拙者がウカツにも飛び出しさえしなければっ……)

シロの胸中に後悔と己への怒りが去来する。

 

守るべきシールケの側を離れ、ガッツの静止を聞かなかったザマがこれだ

熱くなると自分を抑えられなくなる

(何度も先生に教授されていたというのに!)

 

「へっへっへっ、どうやら勝負あったみてえだな。どんだけ馬鹿見てえにでけえその剣を振り回しても、てめえはこの女とあっちのチビを同時に気にしながら俺たちを相手しなきゃならねえ!一晩かけてた~っぷり足掻くさまを見物でもさせてもらおうじゃねえか。うわーはっはっは!!」

 

耳元で叫ぶ悪霊の愉悦を隠さぬ下卑た声に、シロは歯噛みする。

あまりの口惜しさと情けなさに涙がこみ上げ、それを見た悪霊の指揮官がさらに口を嗜虐のゆがめた。

 

「泣きながら俺に許しを請えば、この犬女だけでも生かしてやってもいいぜえ?ひゃっはあー!」

そして親玉が目の前の巨漢を葬り去るため、雑霊たちに指示を出そうとした時

 

「シロ、初陣にしちゃ上出来だ」

「へっ?」

 

シールケを囲んでいた悪霊が消し飛び

 

「時間だ」

 

 

それは起きた

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これほど深く潜っても姿が見えないなんて…以前力を借りた水底の貴婦人がいた領域に近い)

 

シールケは僅かに感じる四方を司る者の気配を辿り、祈りを捧げるために対象と同じ位相へと至るため幽界を進んでいた。

いま彼女が漂っているのは、現世とは遠く離れた、幽界の中でも特に深いところであった。ヒトに忘れ去られ存在すらあやふやになった神々がほんの僅かにその残滓を漂わせているような深淵だ。

 

本来ここは四方の王ほどの強大存在がいるようなところではない。しかし、潜るほどに感じる力は強くなっていく。

「…見えた」

 

幽界においては、人間の体感時間はあてにはならない。

千年を過ごしたと感じても現世では数秒の時しか過ぎていなかったり、逆に数時間過ごしたつもりが100年の時を超えることもある。

それでも主観において随分と長い旅の果て、シールケはそこに辿り着いた。

 

「壁?」

いうなればその空間は、ガラスで作られた立方体であった。

四方を極めて透明度が高いながらも境界を隔てるように壁が存在し、そしてその向こうに、探し求めた存在が漂っていた。

 

(やはり私の知る王たちではない、しかし大きく雄大な力を感じる。出来るのかしら私に…)

全く未知の神々、しかも強大なその存在を同時に4柱も相手どらなければならない。

だが、やらねばならない。

大切な人たちの命運が、この手にかかっているのだから

シールケは杖をしっかりと握りしめると、四方の存在をしかと見据え、真摯な祈りを口にした。

 

 

 

「我、虚空より木、火、金、水の四人の王をここに呼ばん」

 

「「「「…」」」」

 

(…見たっ!)

 

言葉を紡いだ瞬間、4柱の意識が明確にこちらに向いたのが分かった。

本来、四方の王ほどの高次存在には自我と呼べるものは極めて薄く、祈りに応えてはくれるがここまではっきりとこちらを「視る」ことはない。やはり多神教における、強大でありながら意思を持つ神々に近い存在なのだ。

 

 

「この陣にて我らを保護し、暖め守り防御したる火を灯し次第」

 

「「「「……!」」」」

 

「くうっ…!」

もはや膝をつかないのが精いっぱいな程の圧迫感に、シールケの息が詰まる

意識の流れがシールケへと流れこんでいく。

仮に、魂を守る術を持たない人間の魂がここにあればプレッシャーに耐えられず圧し潰されてしまうほどの圧力であった。

その中でも、東に輝く1柱がより強くこちらを「視た」のを感じた。

圧が更に上がる。

しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

今この瞬間にも高まり続ける神気に打たれながら、シールケは言祝ぎを続けんがため、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?うそやん!?女の子!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はい?」 

シールケの思考が停止し

 

 

 

 

 

「ちょちょちょちょっと!! ゲンちゃん、シロちゃん、スーちゃん見て見てこれ!」

「…え!?ほんまや!! しかも魔族でも神族でもない人間やでこの子」

「ほう、こんな深い領域でよく自我を保っているようじゃの」

「ええ、これ程の術者を見るのは一体いつ振りでしょう」

 

 

 

 

 

 

プレッシャーが幽界の彼方へと霧散した

 

 

 

 

「いやーこんな若いのに感心なお嬢さんでっせほんま!ワテらに頼みがあって来たんやろ!?」

 

「…あ、あの」

「あー言わんでええ言わんでええ!あんなごっつ真摯な祈りを向けられてその願いを掬い取れへんかったらさすがに恥ずかしゅーて神名乗れへんわ!オーケーオーケー!!ばっちしお嬢ちゃんら守ったるさかい大船に乗った気でどーんと頼ってな!」

 

「あの、えっと」

 

 

「いいのですか?現世の人間、まして個人に我らが力を貸すなどデタントの流れに反しますよ?」

「スーちゃん、それ本気で言うとる?」

 

シールケにはにわかに理解できぬ神々の問答が続く

 

「まさか。白虎と玄武も、そして私もみな同じ気持ちです」

「ここで応えなきゃ神が廃る」

「ああ、わしもこんな良い気分は久しぶりじゃよ」

 

4柱の意志がひとつになり

 

「ちゅう訳で!嬢ちゃんケジメや!ワテらの名を呼んでぇな!!」

 

 

 

 

 

 

 

「あっはい…セイリュウ、ビャッコ、スザク、ゲンブ…さん? お力を貸して頂けますか?」

 

「「「「オッケー!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に関東甲信越地方における悪霊大量消失事件と記される事象の原因となった大魔法が発動した。

 

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