夕飯を食べ終わってくつろいでいると、会社から帰ってきたスーツ姿のお父さんが話しかけてきた。
しかしいまいち意味がわかりかねて、わたしは聞き返す。
「お馬さんごっこ?」
「そうだ」
どうやら聞き間違いではなかったみたい。
お父さんが「遊ぼう」なんて言ってくるから。
またセクハラなんじゃないかと思ったら。
なんだもう、いつまでも子ども扱いして。
「もうわたし、中学生だよ? お馬さんごっこなんてしないよ」
小さな子どもがするやつじゃない。
誰かと勘違いしてるんじゃないの?
「勘違いしてるのはどちらかな?」
「んー?」
なんだろう。
思ってるお馬さんじゃないとか。
まさか。今流行りの?
「ひょっとして……わたしが馬に……というかウマ娘になるとか?」
わたしの声は出て来ないけど。FGOで聞けるタイプなんだけど。
ついにうまぴょいするときが……?
「そんなわけないだろ」
「ふ~ん」
別に残念とか思ってないし。
2周年に期待とかしてないし。
「父さんが馬になるんだが、競走馬になるんだよ」
「はあ」
お馬さんと競走馬ってなにが違うんだろう。
競走馬……サラブレッド……。
「あ! わかった! 種付けだ! お父さんが種牡馬で、わたしが繁殖牝馬なんだ」
なるほど、なるほど。
そういうセクハラね。
お父さんめ~。
そんなのダメに決まってるでしょ!
「いや……すごいな……。その発想はなかった」
「えっ? ええ!?」
目を丸くして、感心したように見つめられる。
「へえ~。種付け。お馬さんごっこで、種付けか~。ふう~ん、なるほどねえ~」
「ううっ」
自分の顔が真っ赤になってるのがわかる。
頬が熱いよ~。
「お父さん、馬並みになれるかなー」
馬並みってなんだろう……。
わかんないけど、聞かないほうがよさそうなのはわかる。
顎に手をやり「天才か」などと言いながら、舐め回すように見てくる。
もうやめて。
う~っ、恥ずかしい……!
やられたら、やり返す。お父さんには無理だから、西片に!
明日はぜったい西片をからかおう。そうしよう。
それにしても、このままじゃ恥ずかしすぎる。
はやく話を変えたい。
「じゃ、じゃあ。なんなの、競走馬のお馬さんごっこって」
「これを使うんだよ」
テレレレッテレー。
そんな効果音が出そうな感じで出てきたのは……なにこれ。
「それは……?」
さっぱりわからない。
「競走馬に使うものだよ」
「む」
さっさと答えを言えばいいのに。
ヒントみたいな言い方を。
競走馬に使うもの?
競馬のことなんて全然知らないけど、こんなの使ってたっけ?
「ほら、持ってごらん」
「うん……」
握るところがある。
ふーむ?
握ってみると、なんかしっくりくる。
これは、振るもの?
まだクエスチョンマークを頭に出したままだけど、お父さんがお尻をこちらに突き出してきた。
どういうことだろう。
「ヒヒーン」
そう言いながら、お尻をフリフリ。
なんか……ちょっとイラッとするな……。
ひょっとして……?
「えい」
思いっきり振ってみると、パシーンという音をさせてお父さんのお尻にヒット。
「ヒヒーン!」
鳴いた。
なるほど、競走馬ってそういうことか。これはムチ!
お馬さんとの違いは、お尻にムチを入れるってことなのね。
確かに、小さな子どもはムチを使うことができない。
こんなふうに。
「ひ、ヒヒーン!」
パッシーンとお尻にムチ。
お父さんが鳴く。
なんか、ぞくぞくしてきた。
なんだろう、なんとも言えないこの気持ち。
ちょっと西片をからかっているときにも似た……快感。
「ヒヒーン、ヒヒーン!」
お父さんの顔も似ている。からかわれているときの西片に。
悔しさ、恥ずかしさ、そして嬉しさ。
この絶妙な気持ちの入り混じった表情。
た、たまらない!
「いつまで立ってるの?」
つい、口から出た。
だって、これじゃただ突っ立ってる男のお尻を叩いてるだけだもん。
お馬さんごっこでしょう?
「ぶひん」
スリッパを脱いで、ダイニングに四つん這いになるお父さん。
躊躇なく、背中に乗る。
左手でネクタイを掴んで、ぐいぐいと引っ張りながら、右手でムチをしならせる。
「ヒヒーン、ヒヒーン」
「ふーん。自分の娘にムチでお尻を叩かれてるのに、嬉しそうに鳴いてるね」
「ヒヒーン、ヒヒヒーン」
「痛いのに、気持ちいいんだ?」
「ぶひん」
「へんたい、だね?」
「ヒヒヒーン!」
ぞくぞくぞくぞく。
気持ちいい。
これが、お馬さんごっこかあ。
なんか楽しくなってきた。
バンバンムチを振っていこう!
「このヘンタイ馬!」
「ヒヒーン!」
「もっと鳴け!」
「ぶひっ」
「豚!」
「ぶひーん!」
「馬じゃなくて豚じゃない!」
「ぶひひひーん!」
「この豚め!」
「豚です、わたくしめは豚です!」
「人間様の言葉を使うな、豚が!」
「女王様、もっと、もっと叩いてください!」
「黙れ、豚がしゃべるな!」
「ぶひひひーん! もっと、もっと叩いてえーっ!」
女王様ってなに?
娘のことをお姫様扱いするのはまだわかるけど。
それにしても、今回は思ったより楽しいな。
セクハラかと思ったのに、違うし。
わたしは服を脱いでいるわけでもないし、体を触られているわけでもないし。
お父さんに跨って、ムチを振って、罵声を浴びせているだけだもん。
「あっ、お母さん」
「えっ!?」
「……何をヤッているんですか?」
「ち、違うんだよ。お馬さんごっこしてただけだから! な?」
「うーん? でも、途中から女王様と豚だったけど」
「あっ! なんでそれ言っちゃうの!?」
うーん?
女王様と豚だとなにか問題なのかな?
「そのムチも馬に使うものじゃないですよね?」
確かに。こんな先がいっぱいに分かれているムチ、見たことない。
「ちが、ちがうんだよ」
「お父さん。大丈夫ですよ」
「えっ? いいの?」
「ええ。もう嫌というほどムチで叩いてあげます。わたしがね」
「えっ、えっ、ぎゃ、ぎゃああああー!」
お父さんは連行されていきました。ムチで太ももを叩かれながら。
でも、きっと楽しいよね。
わたしも叩いてて楽しかったし、お父さんも叩かれて楽しそうだったし。
夫婦でやってもきっと、楽しいよ。
……ということは、西片とやっても楽しいのかな。
でも、西片に乗ってムチで叩くなんてことしたら、からかい上手って感じじゃないよ。
イジらないで高木さんになっちゃうよ。
……それもいいかも?