「今度、お芝居をするんだけど練習を手伝ってくれないか」
読みかけの雑誌を取りにリビングに入ったら、お父さんが台本を持ちながらこんなことを言ってきた。
あやしい。
あやしすぎる。
別にお父さんは役者じゃないし、今は夏だから忘年会があるわけでもないし。
セクハラが目的なんじゃないの?
どうせえっちなお話を自分で作って台本にして私に言わせたいだけなんじゃないのかな。
眉をひそめながらお父さんを睨む。
「おいおい、ボランティアのお芝居なんだぞ、そんな目で見るなよ」
むう。
まさか、そんな崇高な志のお芝居だったとは。
お父さんを信じてあげられなかったことが恥ずかしい。
大体セクハラのためだけに、わざわざ台本を印刷するのはやりすぎだよね。
「お芝居手伝うよ」
バツが悪いこともあり、ちょっと照れくさいけどお芝居の手伝いをすることにした。
お父さんから渡された台本を開く。
タイトルは「お父さん大好き」だった。
むむむ。
これは普通に恥ずかしいな……。
「それじゃ最初のページから、娘役で頼む」
そりゃやっぱり娘役だよね。
台本をめくって、最初のセリフを読み上げる。
「お父さんなんて、大っ嫌い!」
意外にも最初のセリフはこれだった。
やっぱりセクハラじゃなさそう。
「俺が、本当の父親じゃないからか」
肩を落として、伏し目がちに呟くように、しかしはっきりとした発音でセリフを言うお父さん。
迫真の演技だった。
それにしても本当のお父さんじゃないパターンだったとは。
このお話どうなるのか、すごく気になる。
「そうやってすぐ血の繋がりのせいにする。そういうところが嫌いなの」
そう言って私は腕を組んで、唇を尖らせた。
台本にはセリフ以外に、表情や動きも書かれていた。
「すまない、俺は駄目な父親だな」
お父さんが普段絶対言わないようなことを言っている。
ちょっと楽しくなってきた。
「そうよ、お父さんなんてハゲだし、臭いし、すぐおならするし、ダメダメなんだから」
うわー、すごいセリフだなあ。
うちのお父さんはハゲてないし、臭くないし、おならしないし、全然駄目じゃない。
むしろお父さんの匂いは嗅ぐと落ち着くから好き。
この娘は結構可哀想なのかも。
お父さんは私の肩を掴んで、真剣な目で言った。
「俺はお前が好きだ。愛している」
思わず顔が赤くなる。
お芝居のセリフだとわかっていても、お父さんが私のことを愛しているなんてわかっていても。
それでも、とてつもなく恥ずかしかった。
こ、この台本、西方にも渡して一緒に練習できないかな……。
恥ずかしがって言えないか。
でもそれはそれで良し。
からかわれているときの西方を想像すると、思わず顔がほころんでしまう。
「おい、次のセリフ」
お父さんから小声で注意されてしまった。
妄想でにやにやしてるところを父親に見られちゃったよ……。
恥ずかしさを払拭するため、さらに芝居に力を入れることにした。
「私だって、本当はお父さんが好き! 大好き!」
まぁ、お父さんのことは好きだし。
ちょっとオーバーに言うだけのこと。
次も私のセリフみたい。
「でも、お父さんとは意味が違うの。父親としてじゃないの」
うつむいて、身体を抱きしめるように、と台本に書かれていた。
一応、従うけど、どう意味が違うんだろう。
私はお父さんはお父さんとして好きだけど。
お父さんはまだ私の肩を掴んでいたけど、突然私をがばっと抱きしめた。
台本が読めなくなる。
「俺もお前のことを、一人の女性として愛している」
えええええ!?
確かに、血は繋がってないって言っていたけど。
そういう話になっちゃうの!?
「お前を幸せにする」
ぎゅっと抱きしめられた。
う~ん、複雑な気持ち。
普通に娘として幸せにして欲しい。
ちょっと首をずらして、台本を見る。
この娘はなんて言うんだろ。
「駄目だよ、だって私たち親子じゃない」
そうだよね。
よかった。
このお話はまともなストーリーだった。
「そんなの関係ないよ」
お父さんが耳元で囁く。
ひえええ、関係あるよ~。
私の次のセリフは……。
「嬉しい……」
そう言って、うっとりとした表情を浮かべ、唇を前に突き出し……できないよっ!?
なんなのこの台本!?
このお芝居でなんのボランティアするの?
「俺もだ……」
お父さんは構わず、キスをしようとしていた。
ひゃあああああ!
2年ぶりくらい?
なんて言ってる場合じゃない。
お芝居でちゅーなんて絶対だめ!
私はお父さんを思いっきり、突き飛ばした。
はぁはぁはぁ。
肩を上下させて息を整える。
あぶなかったー。
お、お父さんめ~。
どう考えてもおかしいじゃない。
こんなのセクハラだよ!
「これ、どんなボランティアのお芝居なの?」
そう質問すると、お父さんは真面目な顔で言った。
「パパみたいな人が集まるコミュニティサイトその名も最近娘が構ってくれない友の会の、オフ会で披露するお芝居だ」
「それのどこがボランティアなのよ!」
意味わかんない。
大体、私はお父さんのことを構ってないなんてこと絶対ないし。
むしろ、その、凄く仲良しだと思うんだけど。
さっきのお芝居みたいに、私は唇を尖らせた。
「娘が可愛すぎる悩みを抱えてる父親の気持ちはわからないだろうな」
お父さんはそんなことを言って、フッと物憂げな顔をした。
――全く、バカなんだから。
「つきあってらんない」
そう言って、リビングを出たけど、不機嫌そうな芝居は失敗に終わった。
可愛すぎるなんて言われて、完全に嬉しそうな声を出してしまった。
私はお芝居が下手だな。
西方をからかうときは上手にできるのにな。