バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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Ailes Flamme編
第1章 バンドやろうぜ!


あれ……?なんだこれ……?

 

体が……動かない?

 

誰だ?あそこにいるのは…

 

あれは……あいつは…。

 

 

--男が振りかぶりボールを投げてくる。

 

 

真っ直ぐのボール。

軌道もわかる。これなら……打てる!

 

打てる……?

 

そうか、俺は野球をやってるのか。

 

バットを思いっきり握る。

タイミングを測る……。

 

………今だ!

 

 

--バットが思いっきり空を切る。

 

 

え?タイミングはバッチリだったはずなのに…。なんで…?

 

 

--男がまた振りかぶる。

 

 

ちょっ…!待っ…!!

 

 

--今度はバットを振る事も出来ずに、ボールがキャッチャーミットに吸い込まれる。

 

 

--またピッチャーが振りかぶる。

 

 

待ってって!待ってくれって!

 

 

--ピッチャーの手からボールが放たれる。

 

 

 

 

 

「待てって言ってんだろ!!!!」

 

「江口?何がだ?わからないとこでもあったか?」

 

「え?」

 

まわりを見渡す。

ここは……教室…?

 

「俺の授業で居眠りとはいい度胸だな。放課後に職員室まで来い」

 

「先生知ってるか?最近教師による体罰とかそういうのが問題にだな…」

 

「ほほ~う。そうなのか?よし、その辺も放課後にゆっくり話しような?必ず来いよ?」

 

「うぇぇ……まじかよ……」

 

クラス中に笑いが起こる。

くっそ、いらねぇ恥かいちまった…。

 

俺の名前は江口 渉(えぐち わたる)

普通の高校生をしている。

……うん、ちょっと普通とは違うかも知れないけど…。

 

そして授業終了のチャイムが鳴り響く。

 

「今日はここまでだな。今日やったとこはテストに出るからしっかり復習しとけよ?江口はまた後で職員室でな」

 

教師が教室から出ていく。

くっそ~…、早く帰ってゴロゴロしたいってのに…。授業の復習よりお前に復讐してやろうか?

なんてな。俺の身から出た錆だもんな…。

 

「渉!」

 

後ろから声をかけられて

振り返ると同級生の内山 拓実(うちやま たくみ)が居た。

 

「さっきの授業では散々だったね」

 

「本当にな…。起こしてくれたら良かったのに」

 

「いや、席離れすぎてるしさ」

 

「そうだな。授業中に寝る俺が悪いしな。ちゃっちゃと怒られてちゃっちゃと帰れるようにするわ」

 

「ははは。渉が解放されるまで亮と待ってるよ」

 

「あ?なんか悪いな?先に帰っててもいいぞ?」

 

俺と拓実と隣のクラスの亮は、いつも3人で遊んでる仲だ。昼休みはもちろん放課後もよく一緒に遊んでいる。

 

「え?でも渉、場所知らないでしょ?一緒に行った方がいいと思うよ?」

 

ん?なんだ?職員室くらい知ってるぞ?

出来れば知ってたくなかったけど。

 

「時間には余裕あるし大丈夫だよ。それにしてもライブなんて初めてだし楽しみだよね♪」

 

あ、ライブ……。そういや今日か。

亮に誘われたライブ行く日って……。

 

「渉も早く解放されたら、ライブまで時間あるようだったら駅前のカラオケ行こうよ!今日から新作のスイーツが販売開始なんだよ!」

 

「拓実」

 

「ん?何?」

 

「悪い!本気でライブの事忘れてた!!」

 

さっき見た夢のせいかすっかり忘れてた…。さすがにまずったな。そんな日に居眠りして呼び出しくらうとは…。

 

「えぇ!?昼休みにも亮と3人で話してたのに!!?」

 

「俺も楽しみにしてたんだけどな。歌は好きだしさ。しっかり先生に謝って早く帰れるようにするから、亮と先にカラオケ行っててくれよ。新作スイーツもゆっくり食べたいだろ?」

 

「まぁそうだけどさ……」

 

「な?カラオケ代は俺が奢るから!」

 

「え!?いいよそんなの!悪いし」

 

「いや、悪いのは居眠りした俺だからな。頼むよ」

 

「うん、わかった。

じゃあ亮と先にカラオケ行ってるね。

でも奢るのは無しね!」

 

「いや、それじゃ詫びになんないだろ」

 

「僕も渉の居眠りを知ってて起こさなかったから」

 

「だから居眠りしてたのは俺が…」

 

「いいから!ね!」

 

「わかったよ」

 

「うん、あ、チャイムだ。

じゃあまた後でね」

 

「おう!」

 

 

……

………

…………

 

 

久しぶりに見たな。

野球やってる夢なんて…。

 

たかが練習試合だったけど、俺はあるピッチャーの投げる球にかする事すら出来なかった。

 

全打席三振。

 

こんな事は初めてだったし、悪夢を見てるみたいだった。

 

試合が終わった後、その時のピッチャーが東雲 大和(しののめ やまと)って名前だと知った。

それからの俺は今度こそあいつの球を打てるようにって、がむしゃらに野球を頑張った。

 

高校球児の夢は甲子園。

誰が決めたそんなこと。

 

俺にとっては東雲大和からホームランを打つ。

公式試合じゃぶつかれなくても、野球を続けてたらまた対戦する機会もある。

 

俺の夢は東雲大和に野球で勝つこと。

それが夢になった。

 

それからしばらくして

また東雲大和の学校と試合をする事になった。

今度こそ勝つ!!そう意気込んでた。

 

けど、ピッチャーマウンドに立ってたのは別のピッチャーで……。

東雲大和は……観客席で応援していた。

うるさいくらいの…バカでかい声で……。

 

試合から数日後、東雲 大和と同じ学校に行ってるやつと話す機会があったので、何で東雲 大和がマウンドに立たずに応援をしていたのか聞いてみた。

 

『野球部の東雲?あいつ事故にあったみたいで野球出来なくなったんだってさ……あんなに頑張ってたのにな……』

 

目の前が真っ暗になった。

 

事故……?

 

野球が出来ない……?

 

あいつの球を打つ事は…

もう出来ない……。

 

「渉」

 

「んあ?」

 

「授業終わったよ?もしかして……寝てた?」

 

「寝てねぇよ。ちょっと考え事はしてたけどな」

 

授業が終わって時間がそんなに飛んだんだろうか?

そう俺に声をかけてきた拓実の横には、いつの間にか隣のクラスの秦野 亮(はたの りょう)が居た。

 

「居眠りして職員室呼ばれるとか…。なんか青春してんな。お前」

 

そう声を掛けて来た亮は、俺と幼稚園の頃からの幼馴染。まぁ、腐れ縁ってやつだな。

 

「こんな青春なんていらねぇよ。どうせ青春すんなら、可愛い彼女作ってパリピウェイウェイしてん方がマシだわ」

 

「マシって…」

 

「マシってかそれって普通の男子高校生の最高の青春じゃねぇの?」

 

「俺らが普通の男子高校生か?」

 

「………先、カラオケ行っとくわ」

 

「新作スイーツ楽しみだね♪」

 

亮と拓実が教室から出ていく。

そうか、亮、拓実。お前らも普通の男子高校生ではないって自覚はあったんだな。安心したぜ。

 

「さて、俺はしっかりお説教受けてきますかね……」

 

 

……

………

…………

 

 

東雲大和が野球を辞めたと聞いて、俺も野球部を辞めた。

 

東雲大和の球を打つって夢が失くなったから。

 

俺は最低だ。

 

身勝手な理由で一緒に野球をやってた仲間を裏切った。

 

俺は最低だ。

 

俺は野球をやれるのに。

東雲大和は野球をしたくても出来なくなったから辞めるしかなかったのに。

 

もう何もやる気が起きない……

そんな自分が大嫌いだ……。

 

 

 

 

 

「お、お疲れ。思ったより早かったな」

 

カラオケ店に着いて、案内された部屋に行くと亮はスマホを弄っていて、拓実は嬉しそうにスイーツを頬張っていた。

 

「お疲れ様。この新作スイーツ最高だよ!ふわふわしてて見た目もオシャレで!渉も食べる?」

 

「くっっっそむかつく……」

 

「何言われたんだ?」

 

「お前は野球部を辞めてから毎日無気力だー。夢はあるのかー。ってよ」

 

「「うん、何も間違えてないね。無気力人間」」

 

亮と拓実が声を合わせて言ってくる。

 

「うるせーよ、自分でもわかってる事をわざわざ言われたからむかついてんの」

 

「な?だから野球も辞めたんだしオレとバンドやろうぜ!」

 

バンド。

亮は両親が昔にバンドをやっていた影響からか、ずっとギターをやっている。

幼稚園の頃に音楽コンクールみたいなのに強制的に参加させられて、俺は歌の部門で見事に金賞を取った。それ以来ずっと亮にバンドをやろうと言われてきた。

 

そういや俺と亮が幼稚園の頃に、亮のご両親のライブとか行ってた記憶がうっすらとあるんだけど記憶違いかな?

 

「それとも僕と一緒にパティシエ目指す?日本一のカフェとか一緒に経営する?」

 

一瞬、プロポーズされたのかと思ったぜ。悪いな。拓実はいい奴とは思うんだが俺は女の子の方が好きなんだ。

 

冗談はいいとして……。拓実はパティシエになって、地元の人達が気軽に通えるようなカフェをやるのが夢だ。

俺とは違って夢をしっかり持っている。

 

「どっちも却下。俺無器用だから楽器出来ねぇし。パティシエとかもっと無理だわ」

 

「渉は楽器やらなくていいんだ。お前は歌だ!オレの信じる最高のボーカリストだ!お前ならディズィもこえられる!」

 

ディズィ。DESTIRARE(デスティラール)のボーカル。

四響と呼ばれる最高のバンドマンの1人。

誰もが認める最高のボーカリストだ。

 

「歌うのはガキの頃から好きだけどな。でもプロと比べたら全然お遊戯レベル」

 

「そう言ってられるのも今日のライ…」

 

「じゃあ僕とカフェやろうよ!

渉は掃除とかウェイターとかやってくれたらいいよ!」

 

「大学卒業して就職先なかったら頼むわ。拓実がちゃんとカフェ経営出来てたらな」

 

「うん!任せて!!」

 

「渉……お前大学に行けるの?」

 

「とりあえず今は歌う!まだ時間大丈夫だよな?」

 

「ああ、まだもう少し大丈夫だ」

 

「よーし、いくぜ!まずは~っと………」

 

こいつらは俺がバカ言っても

バカな事やっても変わらず居てくれる。

こいつらが居てくれるから……

俺は今を楽しく過ごせてる。

真っ直ぐに俺と付き合ってくれるから……。

 

 

♪♪

♪♪♪

 

 

「やっぱり渉の歌すごいね!」

 

「だよな。やっぱオレは渉とバンドやりてぇ。渉としかやりたくねぇよ」

 

 

……

………

…………

 

 

 

「亮はそのエデンってライブハウス行った事あるのか?」

 

「ああ、前に1度だけな。BLAST(ブレイスト)ってバンド見てびっくりしたよ」

 

「そんな凄いバンドなのか?楽しみだな」

 

「あ?お前BLASTのライブ行くってのに調べたりしなかったの?」

 

「前情報なしでいきなり行った方が楽しめるかな?ってな」

 

「はぁ……。まぁ、それならその方が良かったのかもな。度肝抜かれろ」

 

「そんなすごいバンドなのか?」

 

「すごいっちゃすごいけどな。まぁ、楽しみにしてろ」

 

そうなのか。それは余計楽しみになってくるな。

 

「ねぇ、エデンってあそこじゃない?」

 

 

……

………

…………

 

 

「すげぇな……。あの受付のマスター……。ハゲてたぞ……」

 

「いや、そりゃハゲたりもするでしょ」

 

「あんな……あんなハゲてるマスター……。見たことねぇ……」

 

「失礼だよ。渉。

ハゲたくてハゲたわけじゃないだろうし」

 

「いや、あのハゲ方には悪意が……、そう、何かそんなものを感じた…」

 

「本当に!?

渉がそう言うならそうかも知れないね……。ゴクリ」

 

「ゴクリじゃねぇよ。

バカな事言ってないで静かにしてろ。

そろそろ出てくるぞ。BLAST」

 

♪~

 

\\ワァーーー//

 

「お、すげぇ歓声!」

 

「「「てっぺー!!」」」

 

「「「つばさく~ん!!」」」

 

「「「そうすけー!!」」」

 

「出てくるぞ。渉」

 

「あ?何??聞こえねぇよ」

 

亮が何か言ってきたけど

歓声で何を言ったのか聞こえなかった。

 

『吠えるぜ!BLAST』

 

「「「やまとー!!」」」

 

「え?」

 

やま……と…?

 

 

♪♪

♪♪♪

♪♪♪♪

 

 

「すごかったね。最高だったよ!」

 

「亮……。知ってたのか?」

 

「何を?お前が野球を辞めた理由か?

BLASTのボーカルが東雲大和って事をか?」

 

「………」

 

「僕も野球を辞めた理由は知ってたよ。

あれだけ野球を頑張ってたのに急に辞めちゃうんだもん」

 

「オレと拓実で野球部のやつに聞きに行ったからな」

 

こいつらは……

本当に……

 

「隠してたってわけじゃないけどな。

なんかそんな理由で辞めたってのカッコ悪くてな」

 

「いいんじゃないか?

あれだけ打ち込んでた野球を辞めちまうくらいの事だったんだろ。お前には」

 

「うん。渉の夢だったんだもんね。

野球部のみんなも納得してたよ」

 

「あ?そんな簡単に納得出来るもんなの?」

 

「それくらい渉が東雲大和を倒すって頑張ってたからじゃないかな?」

 

「そっか……」

 

俺が俺で居られるのは…。ここに居れるのは……やっぱりこいつらのおかげだ。

 

俺が野球を辞めた理由……

何も言わなかったから余計に心配してくれてたんだな…。

 

「どうだった?BLASTの東雲大和は」

 

「くっっっそかっこ良かった。

野球やってた時より輝いて見えた」

 

 

『俺たちは天下一を取るバンドだ』

 

『今日も最高だったな』

 

 

「最高にかっこ良かった。

BLASTの東雲大和は。震えたよ」

 

東雲 大和だけじゃない。

ギターの宗介も、

ベースの翼も、

ドラムの徹平も、

一人一人が輝いていた。

みんなかっこ良かった。

 

「なぁ、渉……」

 

俺は……勝手だ…。

こんなに俺を想ってくれる仲間がいる。

それなのに……今は…。

 

「亮。いつもありがとうな。拓実も。いつもありがとう」

 

「渉……」

 

「俺はバンドってよくわかってない。

天下一のバンド?メジャーデビュー?

武道館でライブ?ディズィをこえる?

正直今の俺にはピンとこない」

 

だから俺も……。

 

「そっか……」

 

本当の俺の気持ちを……

 

「でも……歌で東雲大和と戦いたい。

バンドを組んでBLASTと戦いたい」

 

「渉…」

 

俺の想いを……亮と拓実に…。

かっこいいとか、かっこわるいじゃなくて、俺の素直な想いを…。

 

「真剣にバンドをやりたいって気持ちの亮には失礼な目標なのかもしれないけど……」

 

「いや、そんなこ……」

 

「俺は亮にとって最高のボーカリストなんだよな?」

 

「ああ、オレのギターにはお前の歌声じゃなきゃダメなんだ!」

 

俺も多分、歌うなら亮のギターじゃないとダメだと思う。ガキの頃からずっと聴いてきた亮のギターじゃないと…。

 

「くっっっそ身勝手な動機だけどな。

亮……」

 

ちゃんと伝えたい。亮と拓実に…。

今の俺の想いを……。やりたい事を。

 

「バンドやろうぜ!」


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