バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第34話 梓の過去

『お?Z2(ゼッツー)か?すげぇ、本物初めて見た…』

 

 

 

「そこに立っていたのはタカくんだった」

 

「え…?先輩が…?」

 

ふふ。なっちゃんもびっくりしてるね。

その時はタカくんが関東の人って知らなかったから不思議に思わなかったけど、タカくんを知ってる人にとってはそんな昔にタカくんが関西に居た事はびっくりだよね。

 

あたしの名前は木原 梓。

あたしは今、Divalのボーカリストであるなっちゃん。

水瀬 渚にあたしがバンドを始めたきっかけの話をしている。

 

あー!なんかあれ!

まるで母親が娘に旦那との馴れ初めを話すみたいで超恥ずかしいんですけど!

娘は一応あたしの遺伝子で造られた美来ちゃんは居るけど、旦那は居た試しなんかないけどねっ!

 

「何で先輩が…?」

 

あ、自分の世界に入ってる場合じゃないね。

なっちゃんに続きを話してあげなきゃ。

 

「うん、それはこれからの話でわかると思うけど…」

 

 

『な、何やねん。てか、あんた誰やねん』

 

『あ?いや、Z2とか見るの初めてだなぁ~って思ってただけですけどね』

 

あたしはその時、タカくんを見てこう思っていた。

 

な、何やのこの人…。

いきなりあたしに声掛けてきたと思ったらゼッツー?

てか、この人やばくない?

目は死んだ魚のような目をしてるし、背中も猫背で、髪も立てるの失敗したのかなんか寝癖みたいになってるし、何よりもう帰りたいとかもう寝たいとかのオーラを醸し出してるんやけど…。

 

『んで?エンジンかかんねーの?』

 

『え?…あ、うん』

 

『はぁ~ん、そっか。そりゃ災難だったな』

 

タカくんはそう言った後、両手にぶら下げていた荷物を『ちょっと持ってて』とあたしに押し付けて、バイクを押し始めた。

 

『ちょ、あんた何しとるん!?』

 

『あ?ここじゃ暗くてよくわからんしな。明るい所まで運んで行こうと思って』

 

明るい所まで運んで行く?

あたしはこの人は何を言っているんだろう?と思ったけど、このままエンジンがかからないと帰る事も出来ないし、とりあえずこの人に着いて行こうと思った。

変な事してきたらぶっ飛ばしてやればいいしと…。

 

そしてタカくんは少し歩いた先の公園に入って行き、外灯の下にバイクを止めて、そのまま座り込んでしまった。

 

『ちょっとあんたこんな所までバイク持って来て…もしかして直せる?』

 

『いや、ちょっと見てみないとわかんねぇけどな。ツレの家がバイク関係の修理工場もやってるからな。たまに手伝いとかさせられるし…』

 

タカくんはそう言ってバイクを弄り始めた。

しばらくあたしはそれを見てたんだけど…。

 

『ダメだ…。さすがに今持ってる道具だけじゃここは開けらんねぇか…』

 

『ここ?ここのネジ外せばいいの?』

 

『ん?ああ、ここ開けりゃ何とかなりそうなんだけどな。無理に開けようとすっと壊れち…』

 

『よいしょ』

 

-ガチャ

 

『開いたよ?』

 

『え?いや、待って。

これ工具も無しに人間の力で開くようなもんじゃないんだけど?え?お前もしかしてゴリラかなんかなの?』

 

『な!?何やて!?』

 

『怖いわぁ~。いや、マジで怖いわ。

ま、開いたから別にいいけど…』

 

それからタカくんは何かゴチャゴチャやってて…

 

『うし、これで大丈夫なはずだ。あー…ここ閉める事出来る?』

 

『ん、やってみる』

 

-ギュッ…ギチッ

 

『これでええかな?』

 

『今人間の握力でネジ回して出る音じゃなかったよね…ほんま怖いわぁ…』

 

『な!?あんたさっきから何やねん!』

 

『とりあえずエンジンかけてみ』

 

 

-キュル……ドルン…ドルンドルンドルン…

 

 

『かかった!』

 

『はぁ~…良かった。これで今夜も熟睡出来るな』

 

タカくんは立ち上がって…

 

『あ、荷物ここまで運んでくれてサンキューな』

 

それだけを言って帰って行こうとした。

あたし、あの時本当に困ってたし、何のお礼もしないままこのまま帰らせる訳にはいかないと思って、タカくんを呼び止めた。

 

『ちょ!ちょっと待って!』

 

『んあ?何?』

 

あたしは何かお礼出来る物は無いかと思ったけど、何も持たず飛び出してきたものだから、ポケットの中に入ってた500円玉しかなかった。

 

『ん…あの…ごめん…。500円しかないけど…これ工賃』

 

あたしはタカくんに500円玉を渡そうとした。

だけど…

 

『いや、いらないけど?』

 

『いらないって…ハッ!?まさかお金より身体で払えって事!?』

 

『いや、いらないし。俺、ヤンキー女好きじゃないんで。むしろ怖いし』

 

『は?あたしヤンキーちゃうしな』

 

『そうなの?金髪だしZ2なんか乗ってるしヤンキーなのかと…』

 

『何やねんそれ!金髪でゼッツー乗ってたらヤンキーか!?

じゃあ金髪の外人さんや、オールドバイク好きのバイカーの人らはヤンキーか!?』

 

『あ?いや、そういう訳じゃないけど、なんつーかお前からはヤンキーオーラが出てるっていうか…』

 

『はぁ!?ヤンキーオーラって何やねん!

それよりあんたが持ってるその荷物!中身お酒ばっかりやん!!あんたまだハタチになってないやろ!?なのに酒飲むつもりか!!』

 

タカくんがその時持ってた荷物は買い物帰りのビニール袋いっぱいに入ったお酒とお菓子だったの。

 

『あ?俺が飲むんじゃねーよ。

これは俺がじゃんけんで負けたからパシらされただけで、先輩らが飲むもんなの』

 

『ほんまかぁ?そんな事言って…』

 

『いや、本当に俺のじゃないから。何なの本当にここら辺の人ら。俺ってそんな信用ない?』

 

『ここら辺の人らって…。あんたの見た目ってあんまり…その…さ?』

 

『バイク直してやって何なのこの仕打ち』

 

『あ、あー!ごめん!ほんまごめん!』

 

あたしはその時すごく不思議だった。

お父さんの事もあったし、男の人なんて大嫌いだったのに、この人はすごく話しやすいし妙に落ち着くし、もっとこの人と一緒に居たい。話したいって思ってた。

 

『やっぱヤンキー女怖いわ。晴香の容赦ない暴力を思い出すし。

って、この酒ももう温くなってんじゃねぇか?氷川さんや香保さんに怒られちまう…。って訳で俺は帰る。お前も気をつけて帰れ』

 

『てかさ、さっきからヤンキー女ヤンキー女って…。

ヤンキー女怖いんやろ?そんであたしの事ヤンキー女やと思ってんねやろ?なら何で声掛けてきたん?』

 

『あ?あ、あ~…それな』

 

『どれ?』

 

『いや、まぁ何でもいいんじゃない?』

 

『よくないよ!気になるやん!

ハッ!?やっぱり…あたしが可愛いからあたしと○○○とか✕✕✕とかしたいと思って…』

 

『いや、ないよ?』

 

『即答…』

 

『あー、まぁあれだ。

お前がZ2のエンジンかかんねぇみたいで困ってそうなの見かけてな。

本当は2、3回見なかった事にして帰ろうとしたんだけど…』

 

『え?帰ろうとしたん?2、3回も?』

 

『このまま見なかった事にすんのも気持ち悪いし…それに…』

 

『それに?』

 

『なんかお前…今にも泣き出しそうな顔してた…から』

 

あたしが困ってたから?

あたしが泣き出しそうだったから?

たったそれだけの理由で怖いって思いながらも声を掛けてくれたの?

 

あたしはそう思った時、さっきバイクのエンジンがかからなくて困ってた時よりも、ずっと泣き出してしまいそうになっていた。

 

きっとこの人にとってはすごく勇気のいる行動だったんだろうな。と、それをあたしなんかの為にしてくれたんだな。と…。

 

『だ、だからだな。お前が俺に感謝する事なんかねぇしな。俺が自分で気持ち悪いからやっただけで、これは俺の為と言っても過言ではあるまい』

 

『いや、そんな事…ないよ。ありがと…』

 

『だ!だからお前の為じゃねーし!俺の為なだけだし?ってか、も、もう俺も帰るしお前も帰れって!気をつけて!安全運転で!!』

 

『ま、待って!!』

 

この人ともうお別れしないといけないって思うと何か胸が苦しくて…。

だからあたしはとっさに呼び止めてしまった。

 

『あ?』

 

『わ、わかった。あたしも帰る。

…帰るけどその前に、あんたさっきバイク修理してくれたから手がめちゃ汚れてるやん。これ使って』

 

あたしはタカくんにハンカチを差し出した。

だけどあの男は…

 

『いや、いらない。俺この辺のもんじゃないし、洗って返すのも面倒だし』

 

『で、でも手が汚れ…』

 

『んーあー、何かあったかな?』

 

タカくんはそう言ってポケットをごそごそして1枚の紙を取り出した。

 

『あ、これ使っちゃって大丈夫かな?いいか?いいよな。うん、いいだろ』

 

タカくんは取り出した紙で手を拭きながら

 

『はい。これで大丈夫。じゃあな、気をつけて帰れよ』

 

そう言ってから手を拭いた紙をゴミ箱に捨ててタカくんは帰って行った。

 

あたしはその日、タカくんの名前を聞く事も、あたしの名前を伝える事も出来なかった。

 

あたしは胸にモヤモヤしたものを残しながら、ふと思った。あ、あの人の捨てた紙って何なんだろう?と…。

 

『確か丸めたりせずこのゴミ箱に捨ててたよね…』

 

あたしは『え?あの人あたしがこの後、紙をゴミ箱から拾うと思ってたの?』って錯覚する程の綺麗な紙を見つけた。所々はバイクの油のせいで汚れてたけど…。

 

『この紙…だよね?ライブ…のチラシ…?』

 

それはあるライブのフライヤーだった。

少し前にタカくんの言っていた名前。

『氷川さん』、『香保さん』の名前がフライヤーに載っていた。

 

『この氷川って人と…Kahoって人…バンド?ライブ?

そしたらこのBREEZEってバンドのTAKAかTOSHIKIかTAKUTOかEIJIって人が…さっきの人なのかも…』

 

あたしはそのフライヤーの日付を確認すると、ライブの日程はこの日の翌日の土曜日の夜だった。

 

『関東から関西に殴り込み…?この辺のもんじゃないって言ってたけど関東の人やったんや…』

 

あたしはその時はもう既に家に帰ってお風呂も済ませて布団の中だった。

あの後どうやって帰ってきたのかも、夕飯に何を食べたのかも思い出せないくらい、あの人の事で頭がいっぱいになっていた。

 

 

『ライブ…バンド…音楽…かぁ…。あの人も…音楽やってんだね…。でもあたしは…』

 

 

 

あたしはそんな事を考えながらいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 

 

 

『いってきまーす!……って!?

梓!?今日は学校休みやのに家の前で何してんの!?』

 

『あ?澄香。やっと出てきた。おはよ~』

 

あたしは次の日、学校は休みだというのに澄香の家の前に居た。

あたし1人で考えても悩んでも、何かモヤモヤが消えなくて誰かに聞いて欲しいって思ったから…。

 

『やっと出てきたって…いつから待ってたん?

インターホンでも押してくれたら良かったのに。

…それより短めのスカートでバイクの上であぐらかくの止めな。何がとは言わないけど見えちゃうよ?』

 

『あ、それなら大丈夫。下に短パン穿いてるし。

それより澄香忙しい?よかったらファミレスでも行かへん?』

 

『ファミレス?』

 

何処かに出かけようとしてた澄香だけど、快くあたしの誘いに乗ってくれて、あたし達は近所のファミレスでお茶をする事にした。

 

『梓が休日にわざわざファミレスってどしたん?何か私に話あるとか?』

 

『………』

 

『え?ほんまにどしたん?』

 

『…澄香、なんか機嫌良い?』

 

『はい?何で私の話?』

 

あたしはその時超直感が働いた。

澄香は確かに(当時は)お洒落にも気を遣う女の子だったけど、この日はいつもより可愛らしい服を着て、薄い色のリップも塗っているようだった。

 

『澄香はいつも可愛い服着てるけど今日はいつもより気合い入ってるっていうか…リップも色付きやし?』

 

『は?い、いや、たまたまやで?今日はそんな気分やったってだけで…』

 

『…彼氏でも出来た?』

 

『は!?そ、そんなんちゃうし!か、彼氏とか…そんな…』

 

あたしはその時こう思った。

これは彼氏が出来たんだな。と…。

幼馴染みとしてこれは洗いざらい聞くしかないと…。

 

『へぇ~、とうとう澄香にも彼氏がぁ~(ニヤニヤ』

 

『ち、違うって言ってるやろ…!

私の事はええねん!梓悩んでるようやったし、私に話があるから家に来たんやろ?それで話って何なん?』

 

『えー?あたし澄香の彼氏さんの話聞きたーい。あたしの悩みの相談は澄香の話を聞いてからするわ』

 

『は!?何言ってんの!?だからそんなんちゃうって!その梓の悩みを先に解決しようや!ね?』

 

『あたし、昔から澄香の事を親友だと思ってるよ?だから相談しようって…澄香に聞いてもらおうって思ったの。なのに澄香は…話してくれないの?』

 

『う…』

 

『あたしの話は面白い話って訳じゃないからさ。先に澄香の話を…』

 

『あー!もう!

わかった!わかったから!話すよ話す!

…彼氏とかそんなんじゃなくて、何か面白い人だなって気になってるっていうか…もっかい会いたいなって思う人が出来たっていうか…』

 

『うん!それでそれで?』

 

『だ、だからほんま梓が期待してるような話ちゃうよ?

……夕べ私がバイトしてる時の話やねんけど』

 

澄香はこの時にはコンビニでバイトをしていた。

あたしはそのバイト中に何かあったんだろうなと、ワクワクテカテカしながら澄香の話を聞いていた。

 

『夕べ金曜だってのにうちのバイト先は暇でさ?

品出しとかも終わっちゃったし、暇だな~って思いながらレジに立ってると、1人のお客様が来たんだよ。

そのお客様はしばらく店内をウロウロしてからカゴにいっぱいの商品を入れてレジに来たんだけど…』

 

そう言って澄香の話は始まった。

 

 

 

『いらっしゃいませ』

 

『すみません、支払いはP○○○ayでお願いします』

 

『はい?ペ…?』

 

『あ、やば。この時代QRコード決済ないよな。うっかりだわ』

 

『きゅーあーる?』

 

『いえ、何でもありません。間違えました』

 

『は、はぁ…?』

 

澄香は変なお客様が来たなぁ。と思いながらもお客様の持ってきた商品をレジに通していっていたらしい。

 

『あ、お酒…?』

 

今はコンビニで年齢確認ボタンとかあるけど、当時はそんなのはなくて、見た目とかで20歳以上か確認しなくちゃいけなかったみたいで、澄香はそのお客様を見た時、眠そうな目をしたお客様だと思ったけど、成人はしてないだろうなと思ったらしい。

 

『あ、あのお客様。失礼ですがまだ成人されてませんよね?』

 

『え?ああ、まぁピチピチの高校生ですけど?』

 

『高校生…。す、すみません。当店では未成年の方にお酒を売る事は出来ませんので、こちらの商品はちょっと…』

 

『え?マジで?あ、でもそれ俺が飲むんじゃなくて先輩らに頼まれたっていうか…。あ、もちろんその先輩らは成人とっくにしてますよ?』

 

『はぁ…。でも申し訳ございません。当店ではちょっと…』

 

『あの…本当に先輩らに頼まれたもので…。早く買って帰らないとしばかれちゃうので…。俺Mじゃないからしばかれたくないので…』

 

『申し訳ございません。しばかれて下さい』

 

『え?いや、未成年には売れないってんならしゃーないとは思うけど、しばかれて下さいって何?嫌なんだけど?』

 

『申し訳ございません』

 

『はぁ…わかりました。お酒は諦めます…。くそ…どっかで酒買える所ないかな?

うわぁ…常日頃から若い頃に戻りたいって思ってたけどこれはこれで不便だわ…』

 

『あの…この大量のお菓子とジュースはどうなさいます?』

 

『あ、う~ん…。まぁお菓子とジュースだけお願いします』

 

『かしこまりました』

 

可哀想だなって思ったみたいだけど、ルールはルールだから澄香はそのお客様にお酒を売る事はなく、お菓子とジュースだけ売ったみたいなの。

 

そして会計も終わって、そのお客様が帰ろうとした時、1人の男の子が泣きながらお店に入ってきたんだって。

 

『…グスッ。ここにも…ママが居ない…

うわぁぁぁん、ママ~!どこ行ったの~?ママー!』

 

澄香はすぐにその男の子の所に行って声を掛けたらしいんだけど…。

 

『ぼく?どうしたのかな?迷子になっちゃったの?』

 

『うわぁぁぁんうわぁぁぁん!ママー!』

 

『あ~、えっと…どうしたらいいんだろう?

ぼく~?泣きやんでくれへんかな?ママとはぐれちゃったの?』

 

『うわぁぁぁんうわぁぁぁん!』

 

『あわわわわ…ど、どうしよう…今は私しかおらんし…』

 

その男の子は泣いていて話も聞く事が出来ない状態で、澄香もどうしたらいいか困ってたみたい。

そんな時にさっきのお客様が…。

 

『あの、すみません。これも買いたいんですけどレジお願い出来ませんか?』

 

『え?は?レジ?ちょ、ちょっと待って下さい。

ぼく?ちょっと待っててね。お姉ちゃんお仕事してくるね。またすぐに来るから』

 

『うわぁぁぁん!ママー!うわぁぁぁん!』

 

澄香はさっきのお客様に対して、今はこんな状況なのにレジに呼ぶなんてムカつくヤツ!って思ったみたいなんだけど、仕事は仕事だしお客様はお客様だから、怒りを堪えてレジの対応をしたらしいの。

 

『は?お面とアイス?』

 

『いくらですかね?』

 

『~~!!な、750円になります!』

 

『はい。ぴったり750円』

 

『くっ、あ、ありがとうございました~(怒』

 

レジの対応が終わり、澄香は急いで男の子の元へと向かった。

 

『ご、ごめんね?大丈夫?ママとはどこではぐれちゃったの?』

 

『うわぁぁぁん!うわぁぁぁん!』

 

『うぅ…泣き止んでくれない…どうしよう…』

 

一向に泣き止む事のない男の子。

澄香も困り果てて泣きそうになってたみたい。

だけどその時。

 

『おい。ボウズボウズ。こっち見てみこっち』

 

さっきのお客様が男の子に声を掛けたようで、澄香も何だろうと思ってお客様を見たんだって。そしたらね、何とそのお客様はさっき買ったお面を着けてたんだって。

 

『うぅ…グスッ』

 

『ちょっと…あんた何して…』

 

『ボウズ。このお面かっこいいだろ?』

 

『グスッ…うわぁぁぁん…』

 

お客様が話しかけた時、男の子は一瞬泣き止んだみたいだけど、また泣き出してしまった。

そしたらお客様は大きな声を出して…。

 

『ところがどっこい!』

 

その大きな声にビックリした男の子の澄香も、お客様の方を見てしまった。

そしたらお客様は着けてたお面を取った。

お面を取ったお客様は、めちゃくちゃ変顔をしていたらしいの。

 

『ぷっ…あはは、お兄ちゃん変なか…』

 

『あははははははははは!!』

 

『え?何で男の子じゃなくてお前が爆笑してんの?』

 

『お、お姉ちゃん?』

 

『あはははは!ヒィー、お腹痛い。あはははは』

 

澄香は大爆笑してしまった。

 

『……まぁいいや。

ボウズ、泣き止んだみたいだな』

 

『え?あ…うん…』

 

『あはははははは!おっかしい!変な顔ー!あはははははは!』

 

『あの…いつまで笑ってるんですかね?』

 

『いや、もうほんま…あはははは、お、男の子も泣き止んだんだし、あはは、もう、へ、変な顔止めてよ。あはははは』

 

『もうとっくに変顔止めとるわ!これ素の顔だしな!』

 

『あはははははは…!!』

 

 

 

 

『あんた…そのお面とアイス。その子の為に買ったげたん?』

 

『あ?ああ…まぁな。なかなか泣き止まないみたいだったし』

 

『グスッ…』

 

そのお客様はお面と変顔で男の子を泣き止ませて、アイスをあげて男の子を落ち着かせたみたい。

 

『あ~、ボウズ。話せるか?ママはどうしたんだ?』

 

『ママ…』

 

『もし迷子になっちゃったんならさ?この変なお兄ちゃんが交番に連れてってくれるから。ね?』

 

『え?俺が?』

 

『だ、だってしゃーないやろ…私まだバイト中やし…』

 

『ママは…』

 

『『ん?ママは?』』

 

『ぼくにお留守番してなさい。って言って…』

 

『『お留守番してなさい。って言って?』』

 

『知らない男の人と出て行ったの…』

 

『『(お、重っ!!)』』

 

『ぼく、お留守番してたんだけど、なかなかママ帰ってこないから、いつもママと行ってたお店に…でもママ…どこにも居なくて…うぅ…』

 

『お、思いの外重い話だな…』

 

『え、えっと…こ、こんな時どうしたら…?』

 

『マスクウェル!!』

 

『!?……ママ!』

 

『『ママ?…え?マスクウェル?』』

 

『ママー!』

 

『マスクウェル、心配したじゃない。お留守番してなさいって言ったのに…』

 

『『あ、あの…』』

 

『あ、も、申し訳ありません!私、この子の母親です!ご迷惑をお掛けしたみたいで…本当に申し訳ありません』

 

『あ、いえ…私は別に…(聞けない…知らない男の人と出て行ったんじゃないんですか?なんて…)』

 

『ボウズ、良かったな。ママが迎えに来てくれて(めっちゃ気になるだけど?知らない男の人と出て行ったんじゃないの?どうなってんの?ボウズの勘違い?)』

 

『マスクウェル』

 

『あ、パパ!』

 

『『(パパ!?)』』

 

『ママと家に帰ったらお留守番してないし、パパもママもビックリしたじゃないか』

 

『だって…ママ…知らない男の人と出て行ったし、いつまで経っても帰って来ないし…』

 

『『(知らない男の人と出て行った事言っちゃうの!?)』』

 

『ママが知らない男の人と…?』

 

『ああ、あの人は…』

 

男の子のご両親の話はこうだった。

 

元々男の子のお母さんは、お父さんと同じ会社で働いていて、育児休暇の一貫みたいな感じでテレワークみたいなお仕事をしていたみたいなの。

 

その日はお母さんの作成した資料が急に必要になったらしくて、会社の人が車で迎えに来てくれただけだったみたいでね。

澄香もすっごく安心したって言ってたよ。

 

『ああ、そうだったのか』

 

『本当に息子がご迷惑お掛けしました…』

 

『いえ、もう頭を上げて下さい』

 

『マスクウェル…。泣いてお兄ちゃん達を困らせたりしなかった?』

 

『え?あ…ぼく…』

 

『あ、えっと…』

 

『ま、泣きじゃくってたよな』

 

『ちょっと!あんた何言って…!』

 

『あ?本当の事だろ?』

 

『だ、だけどさ…!』

 

『マスクウェル!泣いてお兄ちゃん達を困らせてたの!?』

 

『あ…ぼく…』

 

『あ、泣いてたのは最初だけですよ。

俺…僕らと会った後はすぐに泣き止んで、ちゃんとママが居ないって話してくれたもんな』

 

そう言ってそのお客様は男の子の頭を撫でて

 

『俺が泣くなって言ったらすぐに泣き止んだもんな。強い子だ』

 

『(あんた…そんな事一言も…)』

 

『ま、こんな歳なんだし、ママが居なくて寂しくもなるだろ。それなのに1人でママを探しに出て…あ~、まぁそこは本来はちゃんとお留守番してなさいって褒めるべきではないのかもしんねぇけど…ちゃんと泣き止んだし偉かったよな。ボウズ』

 

『お兄ちゃん…うん…』

 

『(こいつ…口も態度も顔も悪いけど…。あ、顔は別にディスる必要なかったか)』

 

『お前何か失礼な事考えてない?』

 

『は?し、失礼な事って何やねん…(何なのこいつ…私の心を読んだの?怖いわぁ~…)』

 

『ママ!パパ!』

 

そしたら男の子は…

 

『ちゃんとお留守番してなくてごめんなさい!』

 

『『マスクウェル…』』

 

『お、ちゃんと謝って偉いな』

 

『うん!ぼく偉いもん』

 

『そうだな(ニコッ』

 

そう言ってお客様は男の子の頭をくしゃくしゃっと撫でて笑ったんだって。

そのお客様の笑顔は正直キモいなって思ったみたいなんだけど…

 

 

 

「あの…梓お姉ちゃん。ちょっといいかな?」

 

「その時澄香はそのお客様に対して…」

 

「あの!梓お姉ちゃん!」

 

「え?ど、どうしたの?」

 

あたしはなっちゃんに急に声を掛けられ、甘酸っぱい青春のヒストリー、アズサヒストリアを語るのを止めてしまった。

これからがいい所なのに…。

 

「いや、言いづらいんだけどね?」

 

「うん、どうしたの?」

 

「これ…梓お姉ちゃんのバンドやるきっかけのお話だよね?」

 

「もちろんそうだよ。ここからあたしは…」

 

「いや、長いよ?その澄香お姉ちゃんが会ったお客様もどうせ先輩でしょ?

梓お姉ちゃんはバイクの修理をしてもらって先輩を好きになって、澄香お姉ちゃんはその男の子との事で先輩を好きになった感じかな?」

 

どうせ先輩でしょ?だと!?

な、何故!?何故バレた!?

確かにあの日澄香が会ったのもタカくんだけど、なっちゃんは何でこんな話の途中にネタバレしてんの!?

ここから「え!?先輩の事だったの!?」って驚き展開になるはずだったのに!!

 

「梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんもチョロかったんだねぇ~…」

 

チョロかった!?

ち、ちが…

 

「違うし!!(バンッ」

 

「わっ、ビックリした…」

 

「違うよ、なっちゃん」

 

「え?先輩じゃないの?」

 

「あ…いや…タカくん…だったんだけど…」

 

「やっぱりそうなんじゃん」

 

「ち、違うから!あたしも澄香もこんな事くらいでタカくんの事好きになったりしないよ!」

 

「え?そうなの?他に先輩にいいところってあるっけ?」

 

くっ、なっちゃんめ…。

確かにタカくんは自己否定感強いし、自分の欲望に忠実だし、かなりビビりだし顔も体型もアレだけど…。

あれ?何であたしも澄香もタカくんの事好きなんだろ?

澄香、悪いことは言わない。あんな変な人をずっと想ってる必要ないよ?

だからあたしに譲って下さい。お願いします。

 

「梓お姉ちゃん?」

 

「い、いや、続き!続き話すね!」

 

自分の中で葛藤してる場合じゃないよ。

なっちゃんに続き話さなきゃ…。

てか、なっちゃんもタカくんの事好きなんじゃないの?違うの?

 

「まったく…梓お姉ちゃんも澄香お姉ちゃんも本当に物好きだよね。先輩なんか私に任せてくれたらいいのに」

 

なっちゃん?

 

 

 

『おにーちゃーん!おねーちゃーん!ばいばーい!』

 

『ああ、はいはい』

 

『…』

 

『あ?お前何見てんの?』

 

『いや別に。ちゃんと手を振ってあげんねやなぁって思って』

 

『あ?もう腕も疲れてるしね。早く帰りたいけどね。

でも、あのボウズいつまでもこっち振り向いて手を振ってくるしよ』

 

『クスクス…』

 

『あ?お前何笑ってんの?

これあれだぞ?あのボウズがずっと手を振ってきてるからなだけでだな。これは先に手を振るのを止めた方が負けといっても過言ではあるまい。つまり俺は先に手を振るのを止めるわけにはいかねぇんだよ』

 

『あんたさ?女の子にモテへんやろ?』

 

『ふぁ!?な、なんで!?

そ、そんな事ねーし!モテ…てる訳じゃないけど、モテてない事もなきにしもあらずだし!』

 

『そういう所なんだよねぇ』

 

『そういう所ってどんな所!?それ何処!?』

 

『あ、あの子まだ手を振ってくれてるよ?』

 

『え?あ、ああ、まったく…とーちゃんとかーちゃんと早よ帰ればいいのによ…まだ手を振ってやがる…』

 

『口も態度も悪いけど…子供の見る目は確かだよね』

 

『あ?何?何か言った?』

 

『ううん、別に。あ、そだ』

 

『ん?』

 

『そこの大通りを真っ直ぐ行って1つ目の信号を向かって右に曲がった所』

 

『あ?急にどうしたの?』

 

『そこにスーパーがあるからさ。そこならお酒売ってもらえると思うよ。私も父さんのお使いでよくそこでお酒買ってるし』

 

『何!?マジでか!?』

 

『うちのコンビニじゃ未成年に売られへんからさ』

 

『うっわー!助かる!マジでありがとう!(ニコッ』

 

『う?(ドキッ』

 

そう言ってそのお客様…。もうタカくんでいっか。

タカくんは澄香に笑顔でお礼を言って、澄香の教えたスーパーへと向かって行った。

 

『……ってな事が昨日あって』

 

『澄香…澄香ってチョロかったんだね?』

 

『は!?チョロ!?いやいやいや!別に惚れたとか好きになったとかちゃうし!』

 

『とうとう澄香にも春が~』

 

『だ…だから違うって言ってるやろ!

何か面白い人やなって思っただけやし、また会えたらなぁ~って思ってるだけで…』

 

『また会いたいんや?(ニヤニヤ』

 

『…!?

わ、私の話はこれで終わり!もうそんだけやし!

それより梓の話。何があったんよ』

 

『あ、あたしの話か』

 

『そうそう。てか、今日はその話しにうちに来たんやろ?』

 

『ああ、うん…そうなんだけど…』

 

『ちょっと前の…中学に成り立ての頃の梓は…何て言うかな。感情をあんまり表に出せてなかったやん?

それが最近になって昔みたいに笑うようになってきてさ。少し安心してたんやけど、今日の梓はあの頃みたいな。

何となくちょっと違っても見えるけど、何か悩んでるみたいに見えるよ』

 

『澄香…』

 

『何があったん?』

 

『あ、あのね…あたしも昨日の事なんだけど…』

 

あたしは澄香にタカくんと会った時の事を話した。

男の人なんて嫌いだって思ってたのに、あの人にはそんな嫌悪感もなくて、もう1度会いたい話したいと思った事。

そしてあの人はあたしが嫌悪感を持っている音楽をやっているのかも知れないという事も…。

 

『梓もチョロいやん』

 

『チョロ!?ち、違う!別に惚れたとか好きになったとかちゃうし!

あたしが自然体でいられるなって…もっとお話したいなって…』

 

『ふふふ』

 

『な、何がおかしいの!?』

 

『いや、梓も私も昨日そんな人に会ったんだなって思って。さすが幼馴染みと言ってもこんな事ってあるんやなぁって思ってさ』

 

『あ、あはは、確かにそうだね』

 

『これがその人が出るかも知れないってフライヤー?』

 

『ふらいやぁ?あ、チラシの事?

うん、多分…BREEZEってバンドかand moreってバンドやと思うんやけど…』

 

『…and moreではないと思うよ。あ、でも違うともあながち言えないか?うーん…』

 

『え?and moreってもしかして有名なバンド?』

 

『and moreはバンド名ちゃうから…』

 

『そうなの?』

 

今思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしいよね。

あたしはその時はand moreってバンド名やと思ってたし…。

 

『うーん、私このライブハウスの場所わかるよ』

 

『え?』

 

『今夜のライブか…。

チケット残ってるかどうかわからんけど…。行ってみる?』

 

『う!うん!行きたい!!』

 

あたしと澄香はその日…タカくんのライブを観に行く事にした。

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