バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第24話 復讐の為に

「え?お兄さんが?」

 

「そうなんだよ。美緒ちゃんと麻衣ちゃんはそろそろ交代でしょ?タカさんと受け付け代わってあげてくれないかな?」

 

「ハァ…まったく睦月は…。

いいよ、私がお兄さんと代わってくる。もう少ししたら受け付けも交代要員来るだろうし。それまでライブの準備は麻衣に任せちゃう事になるけど」

 

「えー?私がタカさんと受け付け代わるよ?

準備って言っても大してやる事ないし、私が受け付けしとくから、美緒はタカさんとそのまま文化祭デートしてきなよ。チャンスじゃん」

 

「あ、そういえばそうかも。せっかくのチャンスなんだし活かさないと勿体ないよ美緒ちゃん」

 

「麻衣も恵美も何を言ってるの?チャンス?もしかしてお兄さんを屠るチャンスって事?」

 

「んもぅ~。わかってるくせにぃ~。…痛っ!え?何で美緒にひっぱたかれたの?」

 

私の名前は毎度お馴染みの佐倉 美緒。

まったく…麻衣も恵美も変な事ばかり言って…。

 

まぁ、それはいいとして。

どうもお兄さんは仕事を終わらせて、私達のクラスに初音達と遊びに来てくれたみたいですけど、どうやら他のクラスの演劇が観たかった睦月のせいで、今、無理矢理にうちのクラスの受け付け係をやらされているようです。

 

さすがに見た目だけは若いとはいえ、もういい歳をしたおじさまが女子校の文化祭で受け付けをしているなんて、下手をすれば事案だ。

道理で初音ちゃん達が来てから、お客様減ったと思ってたんですよね。

 

「とりあえず私がお兄さんと代わってくる」

 

私はそう言ってエプロンを外し、教室から出ようとした。

 

「あ、そだ。美緒、忘れ物だよ」

 

「え?忘れ物なんてある?受け付け代わるだけなのに」

 

「はい!さっき美緒が焼いたパウンドケーキ!

これお兄さんの為に焼いたんでしょ?店には出さないようにみんなに言ってたし、お兄さんの選びそうな抹茶味だし!…痛っ!え?何でまた美緒にひっぱたかれたの?」

 

私は無言で教室を出た。

別にお兄さんの為にって訳じゃないし。

ちょっと…空き時間に来てくれるかな?とかは思ってたけど…。

 

私が教室を出た時、そこには受け付け席に座るお兄さんと、綺麗なお姉さんが何か会話をしているようでした。

綺麗なお姉さんとは言っても、お姉ちゃんの方が可愛いと思うし、理奈さんの方が…。

おっと、理奈さんは女神だった。

人間と比べたらさすがに可哀想だよね。理奈さんに美しさで勝てる人類なんか存在しないし。

 

それよりお二人は何を話してるんでしょうか?

まさかお兄さんがナンパ?

 

「だからちょっとくらいいいじゃない。付き合いなさいよ」

 

「だからな…俺は今は受け付けさせられてんだよ。代わり来るまでここを離れられねぇの」

 

「私の事、気になってるんでしょう?」

 

「そりゃ…まぁな…」

 

お兄さんがあのお姉さんの事を気になっている?

一体どういう事でしょうか?お姉ちゃんという者がありながら…(ギリッ

 

「ほら、その子。教室から出てきたし、代わってもらったらいいんじゃない?

あら?確かあなた…Glitter Melodyのボーカルの子よね?」

 

あ、私見つかっちゃってましたか。

 

「『私見つかっちゃってましたか』じゃないよね?何で俺いきなり飛び蹴りくらわされたの?見つかっちゃってたっていうか自分から飛び込んで来てんじゃん」

 

「お兄さんが人のクラスの受け付けをしている事を良いことに、遊びに来てくれたお客様を無理矢理ナンパしてたら、下手したら文化祭が中止になっちゃうと思いまして」

 

「俺がそんなリスキーな事をする訳ないだろ…」

 

「確かに。お兄さんはチキンですしね。あんなに可愛いお姉ちゃんにも手を出してませんし」

 

「俺はまだ生きていたいからな。

ってそれよりちょうど良かったわ。睦月のせいで…」

 

「ああ。恵美から聞いてます。

うちの睦月が本当にすみません。それで私が受け付けを代わろうと思って来たんですけど」

 

「はぁ…助かった。じゃあ後はよろしくな。はい、これ」

 

そう言ってお兄さんは『受け付け係』と書かれた首から下げる看板を私に渡してきた。

 

「いえ。これはいらないです。

これ睦月が勝手に作ったやつですし。受け付け係はここに座ってメニュー取ればいいだけですので」

 

「え?それも睦月に無理矢理渡されたんだけど…」

 

ただのシンプルな看板に見えるのに、何故か睦月は会心の出来だって自画自賛してましたからね。

きっと自分以外にも使って欲しかったんだろうな。

 

「これで受け付けの問題は解決ね。

あんまり人に聞かれたくない話だし、ちょっと人気のない場所に移動しましょうか」

 

「……そうだな」

 

そう言ってお兄さんとお姉さんは何処かへと歩いて行ってしまった。

ハッ!?ヤバい!

これって私的には何も解決してないじゃないですか!

 

「もうー!美緒も何で私の事を2回もひっぱたいてきた訳!?何でそんな暴力的になっちゃったの!?

ちょっと奈緒さんと理奈さんと渚さんと梓さんと澄香さんに影響され過ぎじゃない!?みんなの暴力の的はタカさんオンリーだけどっ!」

 

あ、チャンスが来た。

 

「麻衣、ちょうど良かったよ。ここに座ってこれを首から下げてて」

 

「へ?何で受け付け席に?あれ?これって睦月が作った受け付け用の看板じゃない?」

 

「そんな訳で後はよろしく」

 

「そんな訳でって何!?

え?ちょっと!美緒ぉぉぉぉ!!」

 

私は麻衣に受け付け係を任せ、お兄さんとお姉さんを追いかける事にした。

 

本当にただのナンパとかなら、私が出る幕じゃないと思いますし、お姉ちゃんという者が居ながらもって思ってるけど…お姉ちゃんも恋じゃないとか訳のわからない事言ってるのも悪いと思いますけどね。

 

って…どうしよう。

お兄さんを見失ってしまった。

確か人気のない所とか言ってたよね?

校舎裏?それとも催し物をやっていない空き教室?

チッ、麻衣が後3分早く来てくれたら良かったのに。

 

「あれ?美緒ちゃん?」

 

「あ、花音さん。あれ?お一人ですか?お姉ちゃんは?」

 

私が何処に向かおうかと考えていると、Noble Fateのボーカリストである、お姉ちゃんの大学時代の親友、大西 花音さんに声を掛けられた。

 

「いや、奈緒もここで仕事だしさ…。

綾乃さんも真希さんも仕事だし、達也さんも渉くんたちの学校の先生な訳だから仕事だし…。

まぁ、ぼっちは馴れてるからいいけどね。ライブ大会は観ておきたいし…」

 

なるほど。

確かにNoble Fateの皆さんは仕事で、仲の良いお姉ちゃんや渚さんも仕事。まどかさんも今日は幼稚園の課外授業って事で、園児達とここの文化祭に来てるからお仕事ですもんね。

仲の良い理奈さんと香菜さんと盛夏さんは何故かお姉ちゃんや渚さんのお仕事の手伝いをされてますし。

 

「まぁ、学生時代は文化祭ってほとんど参加してなかったし。高校生の文化祭ってこんな感じなのか~って、ぼっちはぼっちなりに楽しんでるけどね」

 

あ、そういえば花音さんなら人気のない場所ってのも想像がつくかも。

渉と拓実から聞きましたけど、南国DEギグの時は、率先して避難経路にみんなを誘導してたとかも言ってましたし。そういった勘的なものに鋭いのかも。

 

「あ、あの!花音さん、私実はお兄さんを探してて…」

 

「お兄さん?あ、タカさんの事?」

 

私は事の経緯を花音さんに説明した。

 

「なるほどね。だったら…校舎裏かな?

メタな事言っちゃうと、この文化祭編で人通りが少ないって描写何度か出てるでしょ?」

 

あ、そういえば渉も雲雀さんも…。

 

「ありがとうございます!校舎裏に行ってみます!」

 

「え?ただのあたしの予想だよ?ちょっと!美緒ちゃん!?」

 

私は花音さんの静止を振り切って校舎裏へと急いだ。

何となくだけど嫌な予感的なものがして…。

 

「ハァ…ハァ…校舎裏…。お兄さんもお姉さんも居ない…か…ハァ…ハァ」

 

私は急いで校舎裏に辿り着いたけど、そこにはお兄さんもお姉さんも居なかった。

 

「ハァ…ハァ…ふぅ…み、美緒ちゃん早すぎ…。

若いって凄いね。いや、あたしが運動不足なのかな?ボーカルだし、アイドルもやらなきゃなのに…ハァ…ハァ…」

 

私が校舎裏に辿り着いて少ししてから、花音さんも私を追って校舎裏まで来てくれた。

 

「あ、花音さん、すみません。急いでいたもので…。

でもここにはお兄さんは…」

 

「ハァ…ハァ、ちが…ちがくて…。こっちの校舎じゃなくて」

 

こっちの校舎じゃない?

あ、もしかして旧校舎か部活棟の方かな?

 

「美緒ちゃんは焦り過ぎだよ?

そもそもタカさんもそのお姉さんも、多分普通に歩いてるでしょ?全力疾走したあたし達なら、普通に考えて追いつけるはずだし。美緒ちゃんとタカさん達が別れてからそんな時間も経ってないんだからさ」

 

あ、そ、そうか。そうですね。

急いで追いつかなきゃって考えてましたけど、考えてみたらお兄さん達も走って行った訳じゃないですし。

 

「それで多分…部活棟は部活の催し物もあるし、人通りが少ない所を選ぶなら旧校舎の方を選ぶと思うよ」

 

ああ、確かにそうですね。とてもとても恥ずかしい…。

私どんだけ焦ってんの…。

 

「まぁ、美緒ちゃんの気持ちもわからなくもないけどね。参考文献はラノベだけど。

…いやぁ、姉妹でってのも大変だよね。あたし誰を応援すべきか悩んじゃうわ」

 

誰を応援すべきかって…わ、私は関係ないですし!

応援なら親友であるお姉ちゃんの応援して下さいよ!

 

そして私は胸にもやった物を残したまま、花音さんと旧校舎の方へと向かった。

…勘違いを正したいけど、さすがにお姉ちゃんの親友はひっぱたく訳にはいかないですもんね。

 

 

 

 

「あ、お兄さん。お姉さんも一緒だ。

良かった、まだ話は始まってないみたいですね」

 

私達はお姉さんの後ろを5メートル程離れて歩くお兄さんを見つける事に成功した。

 

「あはは…何かタカさんらしいっていうか、チキンっぷりが凄いというか…。お姉さんに気を遣って後ろを歩いてるんだろうけど…」

 

「そうですね…。見ように寄っては、あのお姉さんをコッソリとストーキングしてる変質者ですもんね」

 

人通りが少ないってのもありますし、文化祭を楽しんでる人ばかりなので、お兄さんの奇行は誰も気にしてなさそうですけど、一歩間違えば通報されててもおかしくない状況です。

 

まぁ、そんなお兄さん達をコッソリとストーキングしてる私達も周りから見たら変質者でしょうけど。

 

そしてお兄さん達が校舎裏に入り、私達も会話が聞こえるようにとある程度まで近づいた。

なんだかこうやって盗み聞きするのも、南国DEギグの時を思い出しますね。

 

「ここら辺りならいいかしらね」

 

「あ?まぁ、別にいいんじゃない?てか、そんなに人に聞かれたら困るような話か?まぁ面白い話ではなさげだけどな」

 

「別にそういう訳でもないけどね」

 

そう言ってお兄さんを挟んで、私達の反対側に居るお姉さんがこちらの方に振り向いた。

わぁ、やっぱり改めて見ると綺麗な人ですね。

大人の女性って感じです。

 

「え?あの人…」

 

「ん?もしかして花音さんのお知り合いですか?」

 

「ああ…まぁ、うん。知り合いっていうか…。あたしのバイト先の元副店長」

 

「元?ですか?」

 

「うん、夏休み前くらいに急に辞めちゃって…」

 

夏休み前に?

何ででしょう?急に転職したのかな?

 

「…ん?あら?あの子さっきのGlitter Melodyのボーカルちゃんと…大西さん?」

 

「「え?」」

 

私達はお互いの話に気を取られていたのか、隠れているつもりがうっかり見つかってしまいました。

さっきはお兄さんに飛び蹴りをくらわせる為に、自ら突っ込んで行ったけど、今回は隠れておくつもりでしたのに。

 

「何で美緒ちゃんと花音がここに?

ってか、美緒ちゃんは受け付けどうしたの?大丈夫?」

 

お兄さん…気になる所はそこなんですか?

 

「そういや大西さんもファントムのバンドなのよね?」

 

「あ?そうだけど?あ、そういやお前って花音と知り合いなの?」

 

「ちょっとね。ほら、美緒ちゃん…だっけ?

大西さんも、そんな所で盗み聞きなんかしてないでこっちにいらっしゃいよ」

 

う…盗み聞きしに来た事がバレちゃってます。

そりゃそうですよね。こんな人気の少ない所に、クラスの催し物の為に受け付けを代わった人が居るなんて、不可思議ですし。

 

私と花音さんは観念して、お兄さん達の近くに行く事にしました。

 

「美緒ちゃんはまだしも花音まで何やってんの?」

 

「あはは、あたしはまぁ、成り行きで…」

 

むぅ…私はともかくってどういう意味ですかね?

 

「久しぶりね、大西さん」

 

「はぁ…どうも。まさかまたお会い出来るとは思ってませんでしたよ」

 

「つれないわね~。前はあんなに仲良かったじゃない」

 

「え?仲良かったでしたっけ?確かに仕事は教えていただきましたけど、あたしは基本仕事中以外はソシャゲしてましたし、あんまり話した記憶もないんですけど」

 

「そ…そういえば…そうだったわね…」

 

仕事中以外はソシャゲ…って。

そういや花音さんってソシャゲに課金したいが為に、バイトを頑張りすぎて、単位落として留年したんでしたっけ。

 

「なるほどな。元は花音のバイト先で働いてたけど、今は転職したって訳か?クリムゾンエンターテイメントによ」

 

「「クリムゾンエンターテイメント!?」」

 

花音さんが夏休み前に、花音さんの職場を退職したとは言ってましたけど、その転職先がよりにも寄ってクリムゾンエンターテイメントだなんて…。

 

「副店長!どういう事ですか!?クリムゾンエンターテイメントに入る為にうちを辞めたんですか!!

……とか、聞いた方がいいのかも知れませんけど、あたし、別に副店長と親しかった訳じゃないですし、どんな音楽が好きとかも正直知らないんで。びっくりはしましたけど、まぁ、そんな事もあるのかもなぁって感じですね。副店長って音楽好きだったんですか?」

 

ああ…まぁ、クリムゾンエンターテイメントも大きな事務所なだけにお給料がいいって聞きますもんね。

そんな大きな会社に転職のチャンスがあったら、転職しちゃう人が居ても確かに不思議ではないですよね。

 

「ああ、これね。そうね、タカさんにはちゃんと説明しておかないとね。その為にこんなの付けてたんだし」

 

そう言って副店長さんはスーツの襟に付けていた、襟章を外して、それを地面に落とした。

 

-ドンッ!

 

そして、襟章を地面に落としたかと思うと、その襟章を思いっきり力一杯に踏みつけていた。

 

「あー、清々した。いつまでもこんなの付けとくの嫌だったのよね」

 

そう言った後、その踏みつけた襟章を拾ってバッグにしまいながら、『あ、安心して頂戴。ポイ捨てはダメだものね。このゴミはちゃんと持ち帰って改めて捨てるから』と言っていた。

 

「あ?それどういった意味の行動?情緒が不安定なの?」

 

「貴方かトシキさん…今は拓斗さんも居るのよね。

まぁ、BREEZEの誰かと手っ取り早く話がしたくて、こんなの付けてただけだもの。…ちょっと前は確かに仕事上必要だったけど」

 

BREEZEの誰かとって?あれ?英治さんは?

 

「あ?どういう事?さっぱりわからないんだけど?

それって思い出したくなかったくらいクソダサなロゴだけど、二胴のアホのチームロゴだよな?」

 

「そうね。厳密に言うと私は最初からクリムゾンエンターテイメントではなかったのだけど、二胴の下に就いていた…って感じなのよ。つい先日までは」

 

「先日までは…だと?」

 

「ええ。改めて自己紹介させてもらうわ。

私は沖野 志麻(おきの しま)。クリムゾンエンターテイメントではなく、クリムゾンカンパニーの社長をやらせてもらっているわ。このクリムゾンカンパニーって社名も変えたいとは思っているんだけどね」

 

「なっ!?なんだとっ!?」

 

お兄さんが一際大きな声を出して驚いていた。

クリムゾンカンパニー…。

海原が言ってたっていう、お兄さん達に恨みを持っている音楽事務所。

まさかそんな音楽事務所の社長が、お兄さんや花音さんのお知り合いだったなんて…。

 

「バ…バカな…お前…」

 

「タカさん、落ち着いて」

 

お兄さん…よっぽどショックなのですね…。

 

「沖野 志麻って何だよ!?お前、『花咲 乱(はなさき みだれ)』って名前じゃなかったのかよ!?」

 

ん?名前…?

 

「え?副店長は確か沖野って名前ですよ?下の名前は覚えてないですけど」

 

「花咲 乱って…。それ私が若い頃のハンドルネームじゃない。今頃そんな名前で呼ばれても恥ずかしいんだけど…」

 

ハンドルネーム…?

ニックネームとかユーザー名みたいなものでしょうか?

 

「もう!そんな名前出して話を反らさないでよ!続けるわよ?」

 

「話を反らした訳じゃねぇよ!お前がクリムゾンカンパニーの社長って事より、そっちの方がびっくりだわ!」

 

え?クリムゾンカンパニーの社長って事よりそっちの方が問題ですか?

 

「あの、タカさんさぁ。そういうのもういいですから。クリムゾンカンパニーですよ?海原から恨みがどうこうとか…やっと正体が分かったんだし、そっちの方が問題じゃないです?」

 

「そうですよお兄さん。なんでクリムゾンカンパニーの社長をやってるのか…。それなのに何でわざわざ二胴って人の襟章を踏み潰したのか。そっちの方が気になりませんか?」

 

「えぇ~。それも確かに気になるけど、花咲 乱じゃなかった方が衝撃的だし…。あ、そっか。美緒ちゃんと花音はそっち系か」

 

「そっち系って何ですか?それどっち系?」

 

「花音さんも落ち着いて。お兄さんが変質者なのは…おっと失礼、変なのは今に始まった事じゃありませんし」

 

「え?今、美緒ちゃん俺の事、変質者って言った?」

 

「あの…そろそろ続きを話していいかしら?」

 

「あ、副店長。すみません、話の腰を折っちゃって」

 

「私達はしっかり聞いてますので、お兄さんの事は放っておいて続きを話して下さい」

 

「いや、俺も一応ちゃんと聞いてるからね?」

 

「まぁ、いいわ。

昔…もう15年以上前の事よ。クリムゾンカンパニーにはxenial Xというバンドがいたのよ。クリムゾンカンパニー所属だからもちろんメジャーデビューはしていなかったけど、海外遠征もして成功をおさめるような…すごいバンドだったわ」

 

じにあるえっくす?

私は聞いた事ありませんね。

ソッと花音さんの顔を見てみましたが、花音さんも私を見て首をフルフルと横に振っていました。

 

「まぁ…美緒ちゃんと大西さんは知らないわよね。有名でもない昔のバンドだし」

 

「いや、海外遠征で成功ってすごくないです?

有名でもない昔のバンドって、あたしも美緒ちゃんもBREEZEの事は知ってますし。BREEZEより世間的には知られてても…って思うんですけど」

 

「え?そこにBREEZE(おれたち)の事出す必要あった?」

 

「そうね」

 

「いや、花咲も…。あ~、花咲じゃないくて沖野だっけ?お前、俺達のファンだったよね?そこで『そうね』って何かちがくない?いや、確かに俺達有名でも何でもなかったけど…」

 

「それでその…じにあるえっくす?ですか?そのバンドが何か?」

 

「ええ、xenial X。あのバンドは海外で成功したのだけど、とある事情の為に、海外遠征は失敗した事にされたわ。当時の音楽雑誌には小さくだけど、海外遠征を失敗して解散。そう報道されたのよ」

 

とある事情の為に失敗した事にされて解散って…。

何て酷い話なんでしょう。そのバンドのメンバーはどんな気持ちだったんでしょうか…。

 

「その話なら最近知り合いからチラッと聞いたわ。

クリムゾンエンターテイメントに歯向かう俺達を潰す為に海外から呼び戻されたんだろ?」

 

「あら?知ってたの?」

 

「もしかしてタカさん達を潰す為に…その海外遠征を失敗した事にされたとかですか?」

 

「沖野さんはそれでお兄さん達を恨んでる…?」

 

「いえ、そんな事ではないわよ。そもそもxenial Xは…」

 

「クリムゾンエンターテイメントに…。

クリムゾンカンパニーに手柄を取られたくないって奴らに潰されたんだよな?」

 

え?クリムゾンカンパニーのバンドが、クリムゾンエンターテイメントに…?そんな…同じクリムゾングループの仲間みたいなもんでしょうに。

 

「そこまで知っていたなんて、正直驚いたわ。

誰に聞いたのかは知らないけどその通りよ。xenial Xはクリムゾンエンターテイメントに…二胴によって潰されたの」

 

「ほんとつまらねぇな。クリムゾンの奴らは…」

 

「二胴に潰されたxenial Xのメンバーは、それ以来行方不明になった。そしてxenial Xのボーカルは他でもない私の兄よ」

 

クリムゾンエンターテイメントの二胴に潰されたバンドのボーカルさんが…沖野さんのお兄さん!?

 

「そ、それって…あ、だからさっき、その二胴の襟章ってのを踏み潰したんですね。てか、それならそもそも何で副店長がクリムゾングループに?」

 

「二胴の奴は私がその事を知っているという事実。

それを知らなかったんでしょうね。行方のわからなくなった兄の居所を知っている。だから、クリムゾンエンターテイメントの駒になれと持ち掛けて来たのよ」

 

なるほど、沖野さんのお兄さんの居所を知る為に…。

肉親ですもんね。私もお姉ちゃんがそんな風に居なくなったりしたら…。でも、お姉ちゃんはお兄さんが傍に居るから大丈夫そうだ。あ、心配して損した気分になっちゃいました。

 

「んで?そのボーカルのお兄さんとは…会えたのかよ?」

 

「いいえ。二胴はあなた達ファントムを倒したあかつきには会わせてくれると言っているわ」

 

「お前、それって…」

 

「あ、あたしはその二胴って人の事は、話にチラッと聞いただけでよく知らないですけど…。あんま信じていいタイプの人じゃなさそうですよね?」

 

花音さんの言う通りだ。

そんなのいくらでも言えますもんね。

実際、沖野さん達クリムゾンカンパニーが、私達を倒した所でそんな約束守ってもらえるんでしょうか?

 

「ああ。心配しなくていいわよ。

二胴の事なんて最初から信じてないし、兄達が二胴にやられた事を知るくらい、私も兄やクリムゾンの事を調べたんだもの。その時に兄の所在も知ったし、クリムゾンに加担したのは、何故兄が私達の元に戻って来ないのか。それを知る為よ」

 

え?お兄さんの所在までもう掴んでたんですか?

 

「あと、クリムゾンカンパニーって捨て駒とはいえ、私は戦う為の音楽を手に入れるチャンスだったんだもの。クリムゾンエンターテイメントとあなた達ファントムを潰すチャンスだものね」

 

「俺達を潰す?」

 

あれ?やっぱり沖野さんはファントムの事も恨んでいる感じなのでしょうか?

ファントムの事っていうか、お兄さん達のBREEZEや翔子先生達のArtemisの事なんだろうとは思いますけど。

 

「副店長、正直、副店長がBREEZEの事とか恨んでるのは、昔に何かあったのかな?ってくらいしか、当時の当事者ではないあたしは何も言えないんですけど、今はあたしもファントムのバンドのメンバーなんです。

ですから、副店長がどういった事からファントムを潰すと言ってるのか知らないですけど、あたしは副店長相手でも戦いますよ。今のあたしの現状、たまにしんどいとは思いますけど結構楽しいんで」

 

おお!さすが花音さん!さすがお姉ちゃんの親友さん!

言う時はビシッと言ってくれますね。私も見習わなきゃ。

 

「え?花音は何を言ってるの?俺達がやってんの音楽だよ?何でそんな好戦的?怖いわぁ…」

 

「うるさいですね。15年前とかめちゃくちゃ好戦的だったタカさんには言われたくないんですけど」

 

「大西さん…!何て恐ろしい子なの!?

バイト中は1人でスマホ触ってるような大人しい子だったのに、こんな好戦的な子だったなんて…!正直恐怖を隠しきれないわ!」

 

「いや…別に好戦的な訳じゃないですし、ただ普通にバンドやりたいだけって言うか…。あたし達ファントムを潰すと宣言した副店長にも、そんな事言われたくないんですけど」

 

花音さんが好戦的なのかどうかは別として、三咲さんの話ではお兄さんは気に入らない相手なら、クリムゾンだろうとなかろうと潰してたって話ですし、沖野さんは復讐の為にって感じですし、確かにお二人には言われたくないですよね。

 

「確かに…大西さん達のファントムはもちろん、タカさんや拓斗さん…。まさか生きていたと聞いた時は驚いたけど、梓さん達にも迷惑を掛けると思うと心苦しいんだけどね。あなた達には恨みはないし」

 

「あたし達に恨みがないなら、あたし達の事は放っておいてほし…」

 

「そのxenial Xのボーカル。お前のお兄さんってのは今どこに居るんだ?所在は知ってても帰って来ないから、クリムゾンにって所が俺は気になるんだけどな」

 

「ああ。兄ね。

兄は今はJOKER×JOKERというバンドでボーカルをやっているわ。なのに何故私達家族の元に帰ってこないのか。それが気になっただけよ。そっちももう解決したのだけど」

 

「JOKER×JOKERだと!?」

 

「JOKER×JOKERって…志保のお父さんと同じバンド?」

 

「解決したって…。え?JOKER×JOKERは有名ですし、あたしも知ってますけど、志保のお父さん…雨宮 大志さん以外は謎のはずじゃ…」

 

確かに…そもそもJOKER×JOKERはメンバーが謎ってコンセプトのバンドですもんね。

クリムゾンに反抗したり、何か色々あってデュエルをした相手には、志保のお父さんは自分から名乗ってるらしくて、雨宮 大志さんの事だけはすごく有名ですけど。

 

「長年一緒に居た兄妹なのよ?声でわかるわよ。

そしてクリムゾンカンパニーになってから、大志さんに会って直接聞いたからね。確定よ。

大志さんも、『何の事だ?俺の知る所ではないし、何の事かわからないな』とか言ってたけど、遊園地のペアチケットを渡して、『志保ちゃんと行って来たら?休みは志保ちゃんと合わせられるようクリムゾンカンパニーの社長として、上司の小暮さんと交渉するわ』って言ったらベラベラ話してくれたわ」

 

え?雨宮 大志さんってそんな感じの人なの?

あれ?これもしかして志保が遊園地に遊びに行くお話があるフラグ?

 

「雨宮 大志さんってクールな陰を持つ人ってイメージだったんだけど…」

 

「あ?そうなの?大志さんならしょうがないなって感じだけど俺は」

 

「ま、そんな訳よ。

だからあなた達には悪いとは思っているから、先にタカさんかトシキさんか拓斗さんに、今の私の状況を話しておきたくて、今日はタカさんに声を掛けさせてもらったの」

 

んー、やっぱり違和感ありますね。

ちょっと聞いてみようかな?

 

「沖野さんの事情はわかりました。

でも私としてファントムは居心地良いですし、潰される訳にはいかないので…。

でも、それをお兄さんとトシキさんと拓斗さんに話しておきたかったって、英治さ…」

 

「今日は高校の文化祭だ。

こんな所に俺やトシキや拓斗が居るって、確信があって来た訳じゃないよな?まぁ、海原に聞いたって可能性もあるにはあるけど、お前、他の目的があってこの文化祭に来てたんじゃねぇのか?そして、たまたま俺達を見かけたから声を掛けた。……違うか?」

 

あ、確かに。

普通なら高校の文化祭に、社会人であるお兄さん達が居ると思って来たりしませんよね。

ってか、お兄さんはさっきは花音の話の途中、今は私の話の途中に割り込むように話してきましたけど、何か話をはぐらかそうとしてます?

 

「さすがタカさん、鋭いわね。

そうよ。私がいくら復讐の為とはいっても、そんな事で好きな音楽を使うという事はしたくないの。

だから、二胴から推薦されたバンドも全部断って、私がやりたい音楽を、やりたいと言ってくれるバンドとやっていきたいのよ。この文化祭はそんなバンドを見つけて、勧誘する為に観に来てたの」

 

「お前がやりたい音楽って…」

 

「ああ、言いたい事はわかるわよ。

私も音楽プロデューサー。作詞作曲は私がやるからね。その曲に合いそうなバンドに声を掛けるつもり。

クリムゾンのやり方は嫌いだからね。声を掛けても、そのバンドが私の曲じゃやりたくないと言ったらそれまでよ。音楽っていうのは自由なものだと思っているから」

 

「そっか…。何か色々聞かされたけど、その言葉を聞けたのは良かったと思うわ」

 

確かに…。

クリムゾングループみたいなやりたくもない音楽を、無理矢理やらされて、好きな音楽をやれないっていうのは悲しいですもんね。私も沖野さんのその言葉には少し安心しました。私達も潰すためっていうのは、少し引っ掛かってますけど。

 

「それで?副店長の眼鏡にかなうようなバンドは居たんですか?今日も来てらっしゃるって事は、今日の決勝大会に出るバンドですか?」

 

お、花音さんそれ聞いちゃいますか。

まぁ、私も気にはなりますけど。

私達Glitter Melodyはファントムのバンドですし、それも知ってらっしゃるみたいですから、私達って事はないでしょうが、もしAmaterasuやBreak Bellだったら…。

 

「ええ。予選の時から目を付けていたの。

今日の準決勝一回戦に参加する『Daedal Luv(ディーダル ラヴ)』。彼女達が私の狙っているバンドよ」

 

Daedal Luvですか。

確かに彼女達の演奏も凄いものでした。

周りを圧迫するようなサウンドに時折響くデスボイス。

ロックンロールを感じさせるような音楽でした。

 

でも、ただそれだけって印象も受けざるを得ませんでした。バンドの演奏もボーカルの歌声も凄い。

だけど、曲と歌詞が彼女達に付いていけていないような感覚。…実際、昨日の決勝大会ではカバー曲の方が対戦相手を圧倒している結果でした。

 

「でも十中八九、彼女達は対戦相手のBreak Bellに負けるでしょうね」

 

「あ?そんなのわかんねぇだろ」

 

「そうですよ。そのDaedal Luvってバンド。あたしは知らないですけど、決勝大会に出場も出来て、ここまで勝ち残ったバンドじゃないですか」

 

「わかるわよ。彼女達の音楽性、演奏力を考慮するなら、激しいロックより、ロックを織り混ぜたポップスの方が映えるわ。今は彼女達のオリジナル曲は彼女達の足を引っ張っている。

…私の曲なら彼女達を優勝させられる。そう思う程の実力は持っているのだけどね」

 

…確かに沖野さんの言っている事もわかります。

Daedal Luvのオリジナル曲は激しいロックですけど、選んで演奏しているカバー曲は、どちらかというとポップス寄りですからね。

彼女達にはそういう曲調やリズムの方が合っているだろうなって思います。

 

「みんなそんな険しい顔をしないでよ。

私もちゃんとわかってるわよ。彼女達が私の曲じゃなく、自分達の音楽やロックをやりたいっていうのなら、私はその彼女達の気持ちを尊重するつもり。

彼女達が望まない限り、私は彼女達をプロデュースするつもりはないわ。それは私が作った曲や歌詞にも失礼な話だもの」

 

 

-ピンポンパンポーン

『ただいまよりライブ大会の観覧席への誘導を開始します。観覧希望のお客様は……』

 

 

「あら?そろそろ時間切れね。

伝えたい事は伝えたし、私はそろそろ行くわ」

 

ライブ大会の観覧席への誘導が始まっちゃう時間になりましたか。

あ、やっば!わ、私も急いで控え室に向かわないと…!

 

「沖野」

 

お兄さん?

お兄さんがこの場から去ろうとしているお客様さんに声を掛けた。

 

「何かしら?」

 

「ま、頑張れ。

クリムゾンって会社ではあったとしても、お前の音楽への向き方も聞けたからな。俺達を潰すってのはいただけないが…応援はしてるわ」

 

「ありがとう。貴方なら…貴方達ならきっとそう言ってくれると思ってた。だから話しておきたかったのよ」

 

お兄さん達と沖野さん。

昔のバンドとそのバンドのファンだったという関係はわかりましたけど、私はまだまだわからない事だらけです。15年前のArtemisを中心にした皆さんの絆や思い合い。正直、羨ましいです。

 

と、思って沖野さんを見送りながら、ふと今までの違和感。もう1つわかんない事が鮮明に私の頭に浮かんで来ました。

 

「あ、あの!沖野さん!」

 

「美緒ちゃん?何かしら?」

 

もう結構離れてはいますけど、沖野さんは律儀に私達の方に振り向いて歩みを止めてくれた。

私もあんまり時間はありませんし、ストレートに聞かないと。

 

「えっと、先程のお話ですが、お兄さんやトシキさんや拓斗さんには話しておきたかったって、仰ってましたけど、英治さんは?何で含まれてないんですか?」

 

「おおう!美緒ちゃん!もうそろそろ美緒ちゃんも控え室に行かなきゃいけない時間だろ!ほら、俺もみんなに激励したいし、睦月には恨み言を言わなきゃいけないし…」

 

「タカさんさっきから、副店長がファントムに恨みを何故持っているのか聞こうとしたら、さりげなく会話そらしてないです?あたしも気になってたんですよ。

その英治さんの事もですけど、何でそこにファントムへの恨みってのが入ってくるのかな?って」

 

「いいか。花音!この世には知っておくべき真実もあるが、知らないなら知らないにこした事がない真実ってのもあってだな…」

 

「あ、タカさん、ホントそういうのいいんで。ちょっと煩いから黙っててくれます?」

 

…それはつまりお兄さんは沖野さんが、ファントムに恨みを抱くような心当たりがあるって事ですかね?

でも、沖野さんはお兄さんの事は悪く思ってなさそうですし、英治さんに何か関係があってお兄さんが英治さんを庇っている?って事でしょうか?

 

「そういえば大西さんにも美緒ちゃんにも言ってなかったわね。私は…」

 

「花咲!じゃない。…沖野!いいから!言わなくていいから!」

 

「私はBREEZEの音楽が好きだったってのはあるけど、英治さんの事が大好きだったのよ。ガチ恋勢ってくらい、あの人の事が好きだったわ」

 

「え?英治さんの事を?」

 

「確かに英治さんは顔だけならイケメン勢ですよね。私は色々と付き合いが多いせいか、アホのおじさん一派の1人としか思ってませんけど」

 

「美緒ちゃんの言うアホのおじさん一派って勢力何?もしかして俺もその一派に入っちゃってるの?」

 

「でも彼はバンドマンで、私はただのそのファンの1人。結ばれることは無いのだろうと理解はしていたけど、毎日悩んで苦しんでいたわ。でもやっぱり彼の事が好きで…彼には三咲さんが居るのもわかっていた。それなのに英治さんは」

 

そう言って1滴の涙を流す沖野さん。

英治さんの事が好きで…でも英治さんには三咲さんが居て…。毎日、悩んで苦しかったんでしょうね。

わかります……ん?わかっちゃいけないです!

違いますし!私は違いますし!

 

「それなのに英治さんは?英治さんが何かしたんですか?」

 

「あーあーあー。聞きたくない聞きたくない。俺には何も聞こえない」

 

そんな事を言いながら、指を両耳に入れたり抜いたりするお兄さん。わかります。それやってると聞こえ辛くなりますもんね。でも耳にはあまり良くないので、やらない方が良いですよ?

 

「私は…心を彼に奪われていたのに…心だけじゃなく、身も…身体もあの男に弄ばれたのよ!」

 

え?身も…弄ばれた?

……え?それって…。

ヒィィィィ!!!!え?マジですかガチですか!!?

た、確かに英治さんの女性に対するだらしなさは聞かされてましたけど、そ、そんな事をする人だったなんてっ!

 

「ああ…聞きたくなかった。

知らないでいればまだあいつと友達で居られたのに。

まさか俺達のファンを口説いてフラれてただけじゃなく、手をガチで出してやがったとは。とうとう俺はあいつを○さないといけなくなってしまったか」

 

お兄さんは何を物騒な事を…。って怖っ。

こんなお兄さん初めて見ました。

 

「ハァ…あんだけ英治を好きだって言ってたお前が、俺達に恨みを持っているとか言うし、頑なに英治の名前は出さなかったから、英治と何かあったのかとは思っていたが…。三咲、初音ちゃん。ごめんな、俺はあいつの大将として、責務を果たさなきゃ。奈緒、 まどか、盛夏、お前らとももっと音楽ややっていたかった…。トシキ、拓斗、悪いが後の事は頼むぜ」

 

ホントお兄さんなんの覚悟をしているんですか!?

目が笑ってないし真顔なだけに、ガチ気味に怖いんですけど!……あ、やっぱり真剣な顔をしているお兄さんはカッコいいな。お母さんやお姉ちゃん、渚さんや理奈さんのお気持ちもちょっぴりだけわかります。うん、ちょっぴりだけ。

 

「ちょっと…タカさんも落ち着いて…。

美緒ちゃんもタカさん止めてよ。…まぁ、マジで英治さんが副店長の身も弄んでたんなら、あたしも止めずに加勢するけどさ」

 

「花音。綾乃や達也、木南にもよろしく伝えててくれ」

 

「だぁぁぁ!だからちょっと落ち着きなって!

英治さんだよ!?英治さんがタカさんや三咲さん、トシキさんや拓斗さんもだし、Artemisやアルテミスの矢のみんなも居たんでしょ!?隠れて何か…やれなくはないけど、BREEZEのファンにってのは無理でしょ!絶対すぐバレるしっ!」

 

「ん?確かに…トシキや拓斗、俺が出し抜かれたとしても三咲の目を掻い潜るのは、……不可能に近いな。

天井のないガチャでコンプする方が容易ではあるだろう」

 

「そ、それにあたしは耳年増なもんで聞こえちゃったんですけどっ!副店長がうちの女子達と女子話してた時…そのまだ経験は…みたいな事言ってたじゃないですか!?」

 

「あら?あれ大西さんにも聞かれてたの?恥ずかしいわね。もちろんよ。私には英治さんが居るのよ?

英治さんともまだなのに、他の人とそんな事する訳ないじゃない」

 

「ん?英治とは…まだ?」

 

あれ?その…身体を弄ばれたっていうのは?

 

「ハァ…ハァ…やっとタカさんも落ち着いてくれた…。奈緒、まどかさん、盛夏。あたしはBlaze Futureを守ったよ…《涙」

 

「その…あんま聞きたくないんだけど、今は聞いとくべきだと思うから、聞きにくいけど聞くな」

 

どれだけ聞きたくないんでしょう?

 

「その…英治に弄ばれたって何されたの?」

 

「あれはBREEZEのライブが終わった後の事よ」

 

「え?また俺達のライブ後の事?俺達のライブって何か呪われてる?」

 

呪われてるって…。

でもそのおかげで盛夏さんも生まれてきてくれたんじゃないですか。って私も何言ってんでしょう?

 

「あの日…ライブが終わった後、いつものように貴方達の挨拶をロビーで待っている時だったわ」

 

 

 

 

「おお!花咲ちゃん!今日も俺達のライブ来てくれたんだな!」

 

「あ、英治さん///

はい!今日も皆さんかっこ良かったです!」

 

「ハハハ!ありがとうな!

花咲ちゃんみたいな可愛い女の子が応援してくれるから、俺達もいつもの練習より、すっげぇ演奏が出来るってもんだぜ!」

 

「そ、そんな…可愛いだなんて///」

 

「しかし今日のライブも熱かったよな!俺ももう汗だくだよ。あ、花咲ちゃん水持ってんじゃん。悪い、一口頂戴」

 

「え?あっ…」

 

-ゴクッ

 

 

 

 

 

「そうして…彼は私の飲み掛けの水を一口飲んだのよ。か、か、か…間接キッスってやつよ!そ、それなのに!英治さんは三咲さんと結婚して…子供まで…クゥ…」

 

「か…」

 

 

 

『あ~疲れた。お、まどか、ビール飲んでんのかよ。一口くれよ』

 

-グビッ

 

『あ!ちょっとタカ!あんた自分で頼みなさいよ!』

 

『かぁー!やっぱビールは最高だな!』

 

『あぁ!一口って言ったくせに、めちゃくちゃ飲んでんじゃん!』

 

『あ?いいだろ少しくらい。ってか、お前もいつも俺の飲み物取るじゃん。しかもめちゃくちゃ飲んで少ししか残さない時あんじゃん』

 

『そりゃそうでしょ。タカの飲み物はあたしの物。あたしの飲み物もあたしの物』

 

『何そのジャイアン理論。お前ジャイアンだっけ?』

 

 

 

 

「(まずい。これはまずいぞ。え?仲良しに一口貰うとかホントダメなやつ?え?俺まどかと結婚?)」

 

「間接キッス…ですか?」

 

 

 

 

『うん、やっぱりここのラーメン屋は塩が一番ですね。スープもいつのまにか飲み干してしまう。まさに魔性の食べ物です』

 

『いやいや、美緒ちゃんはわかってないな。確かのここの塩ラーメンもあっさりしてて、おやつには丁度いいが物足りなさも否めない。ここの最高のラーメンはやっぱ味噌ラーメンだぜ』

 

『む!お兄さんこそ全然わかってないですね。

確かに味噌ラーメンの甘味も胃袋に癒しを与えてくれますが、ここは塩ラーメンのあっさり感が最高なのです』

 

『まぁ何だかんだと俺が注文したのが醤油ラーメンで、美緒ちゃんが注文したのとんこつだから、お互いの主張も微妙だけどな』

 

『あ、お兄さん。その醤油ラーメンのスープちょっと飲ませて下さいよ』

 

『あ?別にいいけど。美緒ちゃんのとんこつも少し…あ、もうスープもないじゃん』

 

『ふぅ…醤油ラーメンも最高ですね』

 

 

 

 

しちゃってる。私とお兄さんもラーメンのスープで間接キッスしちゃってるよ。思い返してみたら割と頻繁に。

え?今さら恥ずかしくなってきたんですけど!?

私もお兄さんと結婚しなきゃいけないの!?

 

「いや…間接キッスくらい普通ですって…」

 

 

 

 

 

『ふぇぇ…疲れた』

 

『ふふ、花音ったらもうへこたれちゃってるね』

 

『だねぇ。でもまぁ、さっきのは良かったと思うよ。なかなか熱い練習だった。いやぁ、ライブやりたくなるね!』

 

『ははは。確かに今のは良かったですね。

花音さんもお疲れのようですし、少し休憩にしましょうか』

 

『そうだね。花音も少し休憩した方がいいでしょうし』

 

『はい。すみません。少し休ませてもらいたいです』

 

『じゃあ、15分くらい休憩にしよっか』

 

『…あれ?達也さん、どうしたんです?』

 

『あ、水がなくなってしまって…休憩なら何か買いに行こうかと』

 

『ああ。ここ割とコンビニから離れてますし、自販機も近くにないから、買いに行ってたら休憩にならなくないですか?』

 

『ははは、でもまぁしょうがないですよ。

ここのスタジオはドリンクって、ちょっと…て言うかかなり割高ですしね…』

 

『ここで買うのもコンビニまで買いに行くのも勿体ないですって。あたしの飲み掛けで申し訳ないですけど、お水どうぞ』

 

『いや!それはさすがに悪いですよ!』

 

『遠慮しなくていいですよ。あたし別に今、喉乾いてませんし。ほら、どうぞ』

 

『…すみません、せっかくですし、少しだけいただきますね』

 

 

 

 

「(とは言ってみたものの、え?今時普通だよね!?あたしがおかしいの!?ぼっち民長すぎてあたしおかしくなっちゃった!?あたし達也さんと間接キッスしちゃったよ!?え?あたし達也さんと結婚!?

ど、どうしよう…綾乃さんや真希さんにもそんな風に見られてたり、達也さんにも意識されてたら…殴りたい!あの日のあたしを殴りたい!!)」

 

「あの…再確認させてもらって悪いんだけど…。

お前、英治にされたのってそれだけ?特に変な事された訳じゃないんだな?」

 

「変な事された訳じゃないんだな?ですって!?

間接キッスよ!?十分変な事じゃない!とんでもない情事よ!?」

 

「「「(とんでもない情事!?)」」」

 

クッ…まさか、なんとなくでやっていた行為がこんなエロチックだったとは…やられました。

いや、待って下さい。

男女でって訳じゃありませんが、睦月や麻衣なんかも普通に人のドリンクに手を出して、勝手に飲んだりしています。やっぱり間接キッスくらいじゃ…。

 

と、思っていたのに、お兄さんと花音さんを見て考えを改めました。お二人共、顔を真っ赤にしていますし、おのれ間接キッスめ!何てエロチックな!

 

「(いやいや、待てよ、待て待て。間接キッスで情事とか今時ないだろ。そんな事言ってたら昔に梓や澄香とも…。いや、待てよ。え?どんだけ待たせんの?

そういや梓のドリンクをなりげに飲んだ時は拓斗の奴もチキンの癖にめちゃくちゃ怒ってたよな。…トシキのを飲んだ時は翔子も激怒してたし…え?やっぱり間接キッスってヤバい感じか!?)」

 

「(いや…ちょっとマジで?タカさんも美緒ちゃんも顔を真っ赤にしてるし、間接キッスってそんな破廉恥な事なの?うっわぁ~…どうしよ。Noble Fateの練習にめちゃくちゃ行きづらくなってきた…)」

 

「そんな破廉恥でエロチックな事を…。恋人が居る癖に私にしてきた英治さんを…私は許さない。それが貴方達ファントムを潰すと誓った理由よ」

 

そう言って沖野さんは口を押さえながら涙を流し、走って去って行った。え?そ、それほどまでの事だったのですか!?

と、取り敢えずこの場に残された私達はどうしたらいいんでしょう。あ、そうだ。

この場で『あはは、間接キッスくらいで沖野さんは大袈裟ですよね』これだ。これでいきましょう。

それにお兄さんと花音さんも乗っかってきてくれれば…。

 

「あはは、間接キッ…」

 

「英治の野郎も酷いことするよな」

 

「「(え!?)」」

 

「(あ、あれ?俺何か間違えちゃった?何か美緒ちゃんも言いかけてのを被せるように言っちゃったけど。やっぱり女の子からしたら、沖野が恨みを抱くくらいのヤバい事なのかもと思って発言してしまったが…)」

 

「ほ、ホントですよね…。英治さんも酷いですよね。あたしちょっと信じられないわ(タカさんですら酷いことって思ってんの!?よ、良かった。間接キッスくらい普通ですよね。とか言わなくて…)」

 

お、お兄さんも花音さんも酷いことだと思っているですって!?

あ、危なかったです。もうちょっとで『間接キッス程度で』とか言っちゃう所でした。

お兄さんからも花音さんからも、エロチックな破廉恥ボーカルのレッテルを貼られる所でしたね。

 

しかし、この気まずい雰囲気はどうしましょう…。

 

 

-ピンポンパンポーン

『これより一般入場を開始します。ライブ大会観覧のお客様は…』

 

 

ナイスです。案内のアナウンスの方!

 

「あ、い、一般入場始まっちまったな。お、俺達も行くか」

 

「そ、そうですね。じゃ、じゃあ美緒ちゃん頑張ってね。あたし応援してるからっ!」

 

「あ、あはは。ありがとう…ございます。あ、そ、そうだ。花音さんもご一緒しませんか?お姉ちゃん達も居るでしょうし、私もお兄さんも居ますから…あの…その…」

 

「そ!そうだな!うん!それがいい!

花音もファントムのバンドなんだし、多分問題ないと思うし!」

 

お兄さんも必死ですね。

確かにここで分かれようってのは、とても言いにくい雰囲気ですし。

 

「あ、うん、そうだね。良かったらあたしも控え室の方に行かせてもらおうかな」

 

「ええ、そうですよ。ほら、お兄さん、花音さん、行きましょう!」

 

「ああ、そろそろ向かうか」

 

「あはは…でもあたしは仕事って訳じゃないし、行っちゃってもホントに大丈夫かな?」

 

「大丈夫だって。何かあったら英治の奴に…」

 

「「英治さん?」」

 

「あ、いや…何でも…お、俺が何とかするから…」

 

お兄さんがそう言って、私達は重い空気を背負いながらライブ大会の控え室へと向かうのでした。

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