そして諸事情から、今回より六道 凛の名前を六道 瑠璃に変更させていただきます_(..)_
「あの…、す、すみません。粗茶しかありませんで…」
「何!?この俺様を呼び出しておいて粗茶だと!?
チッ、俺も舐められたもんだぜ!」
「す、すみません…」
「グビッ。
…このコクと味は。フフン、なるほどな、さすがに俺様が来るという事で最高級の茶を用意したか。こいつは…そう、京都、宇治の一番の茶葉だな。香りと味…どこを取っても高級感を感じられるぜ」
「え?あ、あの…すみません、これ全国チェーンのティーパックので何処産かはわからなくて、その…スーパーで安売りしてたので…」
「……そんな事は百も承知だぜ!それより俺様をここに呼び出したヒデは、俺様を待たせながら何をやってんだって話だよ!」
うええぇ~?何ですかこの怖そうな人。
私の名前は七瀬 八重。
高校の軽音楽部でバンドをやっていましだが、その時に元Blue Tearの事務所の社長だった羽山 秀さん。
その人のお目にかなって、羽山さんのやる音楽事務所のバンドボーカルとしてスカウトされました。
私としては高校3年間の間ずっと一緒にバンドを組んでいた友達と一緒にやりたかったんですけど、私の友達はバンドはあくまでも趣味であって、仕事にするつもりはなかったみたいでした。
私も元々は趣味として軽音楽部に入ったんですけどね。
歌う事を仕事にしたいと思うようになった私と違っていたから、みんなはスカウトを拒否して大学への進学を選び、私だけが羽山さんの事務所おかかえのバンドマンになりました。
新しいバンドメンバーとの音楽は、今までとは全然違っていました。
好きな音楽や音楽で向かいたい方向性。
ですが各々の想いは違っていても、メンバー同士仲も良いし、各々同士気を遣いすぎる事もなく、それなりに楽しくやっています。
…と、言っても初顔合わせから1週間も経ってないんですけどね。
でも仲が良いだけじゃ、楽しいだけじゃ、音楽活動として上手くいく訳じゃなく、みんな各々のパートは上達していると認め合ってもいるけど、セッションするとズレを感じたり、なんというか…これじゃない感というか、違和感みたいなものを感じてはいました。
きっと羽山さんもそれを感じていたんだと思います。
昨日の合同文化祭のライブ大会決勝の日。
私達は決勝を見に行く事を禁じられ、
何故か私は前のバンドメンバーとショッピング。
ダンサーボーカルの瑠璃さんは日帰り帰省。
ギタリストの慶くんはギター禁止で強制休み。
ベーシストの淳くんは1日中筋トレ。
ドラマーの信五くんは普通に学校の補習。
私達は音楽に触れる事を禁じられていた。
そんなライブ大会決勝の翌日の今日。
慶くんと淳くんと信五くんは、瑠璃さんの帰りを待ちながら事務所内のスタジオで自主練。
私は何故か羽山さんと一緒に…今日来社されるお客様とお話をするように言われました。
何で!?何で私がこんな怖そうな人とお話を!?
「あれ?七瀬?ここで何してんだ?」
「え!?あ、羽山さん!?い、今まで何処行ってらしたんですか!?私1人で、どのタイミングであの怖い人の前に行けばいいのか、めちゃ不安だったんですけど!」
「…七瀬って普段はタカに似て卑屈だよな。まぁ、歌い出すとタカってよりは、俺に似てる感じだけどさ」
「え?タカって…いつも聞かされてるタカさんですか?確か今はBlaze Futureってバンドやってらっしゃるんでしたっけ?」
「あれ?俺、七瀬にタカの事話した事あったっけ?」
「え?自覚ないんですか?タカさんとの変な武勇伝とか、拓斗…さんでしたっけ?あの人より俺の方がタカを愛してるしとか、変な気持ち悪い話ばかりいつもされてますけど?」
「……それより手塚も待ってるみたいだし、俺達も行こうか。これ以上待たせると余計にうるさいだろうしな。え?俺無意識にタカの話してんの?それも気持ち悪いとか思われてんの?(ボソッ」
何かボソッと言って羽山さんは来賓室のドアを開け『待たせたな、手塚。おっと、今は手塚さんって呼んだ方がいいか。手塚さん、お待たせして申し訳ございません。代表の羽山です』『てめぇは昔からわざわざ面倒くせぇんだよ!俺を客だと思ってんなら最初から敬語使えよ!』とか、早速言い合いを始めちゃいました。
うわぁ~、帰りたいです…。後の事は瑠璃さんにお任せしてお家に帰りたい…。その後、変な事を決められてても、私は歌うの頑張りますし、文句も絶対言いませんので…。
「ハハハ、手塚さんはいつも愉快ですね。ウザいくらいに。
あ、そんでうちのバンドのメンバーを紹介したいんですけど…。おい、七瀬、入って来いよ」
「てめぇらは本当に一言多いな!今のウザいくらいにってくだりいったか!?
…ふぅ、まぁ七瀬だっけか?早く帰りたいなら入って来た方がいいぞ。俺も早く帰りたいしな」
え?あの怖そうな人に早く帰りたいってバレてますか?
もうめちゃくちゃ帰りたいです~…。
とはいえ、私が顔を出さないと帰れないんだろうなぁ。
「あの…すみません。失礼致します」
おっと、ここでちゃんと自己紹介しないと、失礼なヤツだとかどうかとか説教が始まって、またこの胃が痛くなるような時間が増えちゃいますよね。
「えっと、私、羽山さんの事務所でお世話になっておりますCrest Tearでボーカル担当をしております七瀬 八重と申します。宜しくお願い致します」
こ、こんな感じの自己紹介で大丈夫ですかね?
「ああ、知っている。…そんな畏まる必要はねぇ。
俺が怒ってんのは、お前んとこの社長がどっかのバカ共と一緒で面倒なだけだからだ。お前の歌声もいいらしいな。俺は直接見てねぇが話には聞いてんよ」
どこかぶっきらぼうにも感じる声色だけど、私にかけてくれた言葉は裏表もないような感じでした。
優しさというよりは、安心するように、言葉を選んでくれてるのでしょうか?
さっきまで怖そうな人だと思っていたけど、そんなイメージとは違った言葉を掛けていただきました。
「ほら、七瀬もここに座れよ」
羽山さんが自分の座っている椅子の横の椅子を指差し、私をそこに座るように促しました。
「し、失礼します…」
羽山さんに言われるがまま、私は羽山さんの隣まで移動し、手塚さんと呼ばれる日とに頭をさげて、羽山さんの隣に座った。…これからどうなるのでしょう?もう私いらなくないですか?
「そんで?わざわざ俺様をここに呼び出した用件はなんだ?次第に寄っては即帰らせてもらう。変なちびっ子のせいで仕事も溜まってるしよ」
そう言いながら胸ポケットからタバコを取り出す手塚さん。ですが何か思い出したように、私の顔を一瞬見た後、タバコには火を着けず、指に挟んだままテーブルにトントンとしているだけでした。
このテーブルには来客用の灰皿もありますし、ここは禁煙って訳ではないですし、私も家ではお父さんもタバコを吸っているから、私は別に気にしないのですが…。
もしかしたら未成年である私が居るから気を遣ってくれたのでしょうか?
「そうだな。俺も事務所立ち上げたばかりで、時間がある訳じゃないし…率直に話をさせてもらおうか。
お前に頼みたい事はいくつかあるんだけど…」
「何で急にお前呼ばわり?」
えええええ!?羽山さん、お前呼びはいくら何でもあり得なくないですか!?
手塚さんって、この事務所に投資して下さっているSCARLETの大幹部でお客様なんですよね!?
「まず1つ目なんだけど…」
「いや!無視かよ!一応、今はお前の事務所へ出資してる会社の幹部で客な訳だし、昔も一応はお前らの事務所の上司的立場だっただろ俺!」
「七瀬の歌、瑠璃のダンス、慶のギター、三宅のベース、四ノ宮のドラム。各々がみんなトップクラスになれる技術と才能はあると思っている。だけど、そんな5人が集まって1つのバンドをやっていると…いや、どこのバンドにもある話だとは思うが、バンドをやっていると必ず出る不調和音。
今、七瀬達はそんな不調和音のせいで、まとまりや音に調和がなくて困ってんだ」
え!?それって私が感じてた違和感…。
そっか。やっぱり私だけじゃくて羽山さんも感じてたんですね…。
だったら…きっとみんなも…。
「ほう。それで?
いいか、ヒデ。俺様はお前の悩み相談室の人でも何でもねぇ。ただのSCARLETの一部署の幹部でしかねぇ訳だ。お前のバンドが不調だろうが何だろうが俺様には関係ねぇんだよ。それは事務所の責任者でもあるお前やスタッフ。そしてCrest Tearで乗り越える問題だ。俺様に頼まれても何もするつもりもねぇし、何かしてやるつもりもねぇ」
…確かに。
この違和感って私達自身で解決すべき問題だと思います。
この違和感の正体ってのは、これまで仲良く色んな事を話し合ったり、先日の撮影の時に聞いた話でなんとなくわかっているつもりです。
そもそも私は、音楽で食べれるようになりたい。音楽を一生の仕事にしたいと思っていますかま、その音楽は部活で一緒にやってきたみんなとやりたかった事ってのを痛感してて、だから、今のメンバーと不協和音が生まれているんだと思います。
ここからはあくまでも話を聞いているだけの、私の勝手な想像でもあるのですが。
瑠璃さんは表舞台に立たず、裏から私達を支えたいと思っているようでした。それはつまり、バンドを自らがやるつもりはなかったという事。
サブボーカルとはいえ、表舞台にまた立つ事になった今の状況は、瑠璃さんにとって望むところではなかったんだろうと思います。
次に慶くん。
彼は同じギタリストであるAiles Flammeのギタリストに勝ちたいというだけ。
ううん、それもそのAiles Flammeの人が、ギターをやっていると聞いたから、その人の好きな事で勝ちたいと思ってギターをやっているという感じです。
今では、ギターやっているのが楽しいとは言っていましたが、将来の夢としては日本一のうどん職人になりたいとも言っていました。
そして淳くん。
淳くんは昔から自分をカッコいいと思っていて、ある日ベースを持った自分を鏡で見て『ベース持ってる俺のカッコよさは神をも超えた』と思い、自分のカッコよさを世にお裾分けする為に。という理由でベースをやっているだけとの事でした。
羽山さん達が困っているのは、本当にベースを弾いている時だけは、周りの目を惹く程にカッコいい事らしく、淳くんはバンドをやりたいと言うより、ベースをカッコよく弾きたいってだけなんですよね。
最後に信五くん。
信五くんは音楽が好きという気持ちはあるみたいですけど、自分でやりたいからやっている訳ではないようで…。
音楽はあくまでも行方知れずになった、お父さんを探し出す為の手段の1つ。
Crest Tearに入れば露出も増えて、お父さんも探しやすくなるだろうから。そんな理由で音楽をやっているとの事でした。
ですから私達メンバーにとっては、お互いがお互いに大事な仲間だとは想い合っているとは思いますけど、どうしてもこのメンバーじゃなきゃだとか、Crest Tearじゃなきゃダメだとか、そんな風には想い合えていないんだと思っています。
「ああ。俺はそれは百も承知だ。
それにそんな事を頼むなら、BREEZEかArtemisの誰かに頼んだ方が解決もしそうだろ?でも、それじゃ仲良しバンドが楽しんでバンドやるってだけで、何も変わらないと思っている。あいつらみんな甘いから…俺も人の事は言えないけどな。ハハハ」
羽山さん?
いつものようにヘラヘラ笑って話してはいるけど、何かこんな羽山さんを見るの初めてかもです。
口元や表情は笑っていても、目だけはしっかりと何かを見据えながら言葉を発しているような。
そんな雰囲気を私は羽山さんの隣で感じていました。
「だから俺はお前を呼んだんだ。元クリムゾンエンターテイメント四天王の手塚をな。
本当は俺が教えてやりたいんだけど、俺は今回は社長って立場を表出していくからな。色々と忙しくなりそうだし」
「あん?何が言いてぇ?」
「お前はクリムゾンエンターテイメントの時、クリムゾンに敗れたバンドマン。デュエルギグ野盗に堕ちなかったヤツ。クリムゾンに敗れてももう1度音楽をやりたいと思っていたヤツ。そんな奴らを集めて部隊を作ってたろ?基本的にお前の部下はそういった奴らだけで編成してたよな」
「あん?まぁ、そうだな。だが、それはあの
「アハハハハ。お前は今でもクソだけどなw」
「wじゃねぇよwじゃ!話は終わりだ!俺様は帰らせてもうぜ!」
「だからそんなクソにしか頼めない。
クリムゾンエンターテイメントに入ったお前の部下だった奴らにも、そんな寄せ集めじゃやりたくないって連中や、潰されたバンドを復活させたいと思っていたヤツもいたろ?でも、結局、あの時はお前の力でもそれは出来なかったし、そんな奴らをそんな奴らだけで、すごいミュージシャンに育ててきただろ?」
寄せ集めじゃやりたくない。
潰されたバンドを復活させたい。
か…。確かにマネージャーから聞く昔の話は、衝撃的でしたし、クリムゾンエンターテイメントに限らず、クリムゾングループに潰されたりしたバンドの人達は、みんな苦しかったんだろうなと思います。
…それなのに私は別々の道を歩いたメンバーと一緒が良かったとか思うなんて。私を送り出してくれたみんなの応援も無下にしちゃってるのかもですね。
とても贅沢な悩みなのかもしれません。
「今のCrest Tearはそんな感じなんだよ。
みんな音楽を好きな気持ちや、今のバンドを楽しんでやりたいった気持ちはあるんだろうけど、見ている先がちがい過ぎる。そんなこいつらを、お前の昔の部下みたいに本当の気持ちで想い合い助け合える。そんなバンドに鍛えてやってほしい。やり方はお前に任せるからさ。それがこいつらが音楽なんてもう辞めたいってトラウマになるような特訓でもな」
音楽を辞めたくなる程のトラウマになるような特訓って何ですか!?めちゃくちゃ嫌なんですけど!?
「確かにあん時に鍛えてやってた奴らも半分くらいは、2度と音楽なんて関わらないので許して下さいとか言いながら逃げやがったしな」
半分の人が逃げたの!?
「アハハ、何言ってんだよ。ちゃんと調べはついてる。お前の特訓が厳し過ぎて逃げたメンバーは、7割以上いたって話じゃないかw」
「半分でもすごいのに7割って!」
「あん?」
「あ、七瀬。聞こえちゃってたか」
聞こえちゃってたかじゃないですよ!
てか、めちゃくちゃ隣で普通に会話してるじゃないですか!嫌でも聞こえちゃうでしょ!
「あ、あの…私としては…というか、みんなもこう思ってるんじゃないかな?って思うんですけど…。Crest Tearをやってて、まだ始めたばかりだから、違和感とか不協和音とか感じていますけど、今はまだ始めたてだから、楽しんでやるのが大事なんじゃないかな~…って」
「ってな具合なんだよ。今のCrest Tearはこんな状態だ。今、クリムゾンミュージックとアヴァロンが戦いを繰り広げていて、この先どう転ぶかわからない環境で…こいつらに夢を見せたいなら、事務所としては放っておけないだろ?」
クリムゾンミュージックとアヴァロン…?
クリムゾンミュージックは聞いた事ありますけど、アヴァロンっていうのは一体…。
とか思っていると、マネージャーでもある事務員の九条さんが『バンドやろうぜ!』の事が色々書かれたサイトなどを見せてくれながら、小声で説明してくれました。
サ終したのが嘘のように素晴らしいコンテンツですね。
というのはよくわかりました。
「確かに俺様はスーパーミュージシャンであり、スーパープロデューサーでもあった。
だが、不慮の事故で左手がまともに動かなくなっちまってからは、プロデューサー業ばっかだからな。そんな俺様に目をつけたお前の着眼点は褒めてやる。しかし、それで俺様に何のメリットがある?そもそも俺様としては、お前の事をまるっきり信用している訳じゃねぇ」
「信用?」
「お前は昔も自分の母親が遺した事務所を守りたいだけだったろ?その為だけにクリムゾンエンターテイメントに協力していた。だが、自分の父親や兄も平気で裏切ったし、親友とか言ってやがったタカや…澄香でさえも裏切っただろう?」
あ…そう言えばこの事務所って、羽山さんの立ち上げた事務所って訳じゃなく、お母様の遺した事務所の立て直しみたいに言ってましたっけ?
九条さんから聞いた話では、お母様の事務所を守る為に、お父様やお兄さんを追い詰めるしかなくて…それでも結局、仲の良かったBREEZEの方々や、ずっと一途に想っているArtemisの澄香さんの事も、裏切るっていうか、敵対する事を選ぶしかなかったとかも…。
「裏切った…か。あはは、まぁ、あの時は俺もそういう道を選ぶしかなかったしな。てか、お前もクリムゾンエンターテイメントを裏切って、タカ達に裏から協力を…」
-トン
羽山さんが全てを言い切る前に、テーブルにトントンと打ち付けていたタバコを、胸ポケットにしまい、羽山さんの顔をジッと見ながら言いました。
「率直に聞くぜ。お前は…ファントムの奴らの味方か?それとも敵か?タカだとか英治。BREEZEは関係ねぇ。今のファントムの奴らをどういう立場で見てる?」
ファントムのバンドの味方か敵か。
「敵か味方か…か。
そうだな。俺は…俺の事務所はファントムの味方ではないと思ってる。でも敵って訳でもないさ」
「味方ではない…だと?」
「ああ。そりゃそうだろ?俺は俺の事務所のミュージシャン達を一番にしてやりたい。そういう意味では味方ではないだろ?でも、だからって敵でもない。あいつらとも上手くお互いに高め合えたらと思ってるしな」
「なるほどな。味方になる訳でもねぇが敵になる訳でもねぇって訳か。
…それは甘いんじゃねぇのか?今は音楽業界はクリムゾングループの天下だ。個々人の事務所で太刀打ちできるはずもねぇ。昔から今もずっとな」
確かに私もこの事務所に入るまでは、何となくでしか知りませんでしたけど、今の音楽業界のほとんどはクリムゾンミュージックの派閥グループの音楽ばかりです。
たまにクリムゾンと関係のない事務所やミュージシャンがピックアップされる事もありますが、それもメジャーとしては長くもたない。
瑠璃さんの友達のメグミさんは、そんなクリムゾングループに負けない歌唱力と存在感で、いつもランキング上位にはいるみたいですけど。
「そう…だな。俺のそんな甘さがBlue Tearをダメにしたんだと思ってる。けどな、そんな甘さでもBREEZEやArtemisは、あの時の俺達にもクリムゾンにも負けなかったんだよ」
その後、羽山さんは小声でボソッと『勝った訳でもないけどな』と、寂しそうに呟いていました。
きっと15年前には、今の私が想像も出来ないような事がいっぱいあったんでしょうね…。
「だから今回は先手を打てる内に打っておきたいんだよ。頼むよ手塚。こいつらを見てやってくれ」
「…味方でもねぇテメェらに何かを施してやる義理はねぇな。話はそれだけなら俺様は帰るぜ」
「味方になるつもりはないが、俺達はファントムの防波堤になるつもりだ。クリムゾンエンターテイメントは叩いておくにこした事ないし、こういう先手の打ち方はタカが好きじゃないだろ」
「何だと?お前…いや、そこの七瀬に聞いた方が早いか。羽山が言っている事、お前はわかっているのか?いや、わかった上でそれを承知しているのか?」
そっか。
羽山さんはそれで"私だけ"を手塚さんに会わせたんですね。
クリムゾンエンターテイメントと戦う。
これは私達Crest Tearのみんなが納得している事。
淳くんは微妙な感じなんですけど…。
まずは瑠璃さん。
瑠璃さんはBlue Tearをクリムゾンエンターテイメントのせいで解散させられました。
そんな中、まだ音楽を頑張っている夏野さんや御堂さんを守る事に繋がるのならと、プロデューサーではなく、再びステージに立つ決意をしました。
慶くんは好敵手とも呼べるAiles Flammeの秦野くん。
そんな彼の所属するファントムはクリムゾンエンターテイメントに敵視されています。
秦野くんが自分以外の誰かに負けるのは許せない。
そういった理由からクリムゾンエンターテイメントとの戦いも承諾しました。
信五くんはお父さんの事。
レガリアの後継者ではなくても、今レガリアを持ち、音楽業界を色々と回っているかも知れない。
もしかしたらクリムゾンエンターテイメントとの戦いの内に、お父さんの手掛かりが見つかるかもという想いから、クリムゾンエンターテイメントと戦う事を決めました。
淳くんは…まぁ、音楽をやる上でクリムゾングループが、自分より目立つのは許せないとかそんな理由でしたが…。
そして私です。
私は特にクリムゾンエンターテイメントの事をどうこうとは思っていませんし、正直、音楽を好きにやっていきたい。音楽でご飯を食べれるように職業に出来たらいいな程度にしか思っていませんでした。
「私は…正直クリムゾンと戦うとか、ファントムの防波堤になるとか、全然ピンときてませんでしたし、みんながクリムゾンと戦うのなら、私もCrest Tearをやっていきたいし、賛同しようかな?とか…そんな安易な気持ちでした」
私は手塚さんに正直に自分が思っていた事を話しました。多分手塚さんは私が今を取り繕う為に、口から出任せを言っても、それを嘘だとすぐに見抜かれちゃう気もしましたし。
「だから、手塚さんに今、クリムゾングループと戦う覚悟を聞かれましても、『あります』とは答えられません。でも…まだまだ私は前のバンドメンバーに未練もありますし、これからやっていけるのかってなると不安もありますけど」
あれ?何ででしょうか?
こういうの言ったら手塚さんの私への印象って悪くなりそうだなってわかっているのに、スラスラと想っている言葉を口にしちゃっています。
「私はCrest Tearをやっていきたいです。
それでクリムゾングループと戦う事になるのでしたら、私は今の居場所を守る為に戦います」
あっ…。私の今の居場所。
自分で言って自分でハッとしちゃいました。
そっか。私、自分で思ってる以上にCrest Tearの事が気に入ってるんだ。
今の音楽業界なら何処に行っても、きっとクリムゾングループとはぶつかる事になるでしょう。
そこから逃げて音楽をやったとしても、きっといつかは…。
でもそれ以上に、私の歌を聞いて私をスカウトしてくれた羽山さんや瑠璃さん。
いつも私に気を使って話しかけてくれる慶くん。
自分が目立ちたいかもだけど、私にメイクやパフォーマンスをアドバイスしてくれる淳くん。
少ない話題でも一生懸命探して話しかけてくれて、私と仲良くしようとしてくれる信五くん。
男の子の多いバンドだからと、いつも気にかけてくれるマネージャーの九条さん。
まだ出会ってから数日しか経ってないのに、みんながみんな私を受け入れてくれています。
私はそんな場所が心地好くて…好きなんです。
改めて今日気付かされました。
「今のCrest Tearで頑張っていきたいです。どんな障害があっても、きっと私達ならって思います」
「……ホント逸材を見つけたもんだぜ。
え?それって褒めらてるんでしょうか…?
85点…。
「良いだろう。ヒデ、テメェの口車に乗ってやる。
俺様のレッスンは毎週火曜日の3時間だけだ。バンドメンバー全員を火曜日の18時に、この事務所に集めておけ。18時から21時まで限定で鍛えてやる。
火曜日が祝日の場合は俺様は忙しいから、翌日の水曜日だな。そしてしっかり金も取るからな。ワンレッスンに付き1万で勘弁してやる。出血大サービスだ」
そう言った手塚さんは、持っていたカバンからノートを取り出し、無造作に1ページを破って何かを書き始めました。
「ほれ、ざっと俺様が纏めた契約書だ。テメェんとこの事務員に清書させて、SCARLETまで持ってこい。そこで正式にサインして契約成立させてやるよ」
「お、おい、手塚。これって…」
「話は以上だ。俺様も忙しい身だからな。これで帰らせてもらうぜ」
それだけを言って手塚さんは本当に帰ってしまいました。
これってどういう事になったんでしょう?
私達は手塚さんに訓練していただけるって事でしょうか?
「はぁ~…やられたな」
手塚さんの書いた契約書を見ながらそう言って項垂れる羽山さん。
「あの…やられたとは?」
私は項垂れている羽山さんに声を掛けました。
「ああ。えっと…手塚には全部バレていたって事さ」
「バレてた?えっと…どういう事ですか?」
「あいつが火曜日にって曜日を指定した時におかしいと思ったんだけど、この契約書読んでみな」
羽山さんから手塚さんの書いた契約書を受け取り、内容を読んでみた。
そこには私達にレッスンをする事、お金が絡む契約だから無下にはしない事…そして、SCARLETととして、私達のチューナー探しを手伝うという事まで書かれていました。
私達のチューナー探しまで?
「えっと…羽山さん、これって」
「気付いたか?手塚にはまだ言っていない頼みたかった事、チューナー探しも含めて色々なサポート面の協力する旨が書かれている」
た、確かに。
他にもネット番組で私達はレギュラーじゃなくても、ゲストとして出演させていただける事とか、ライブ会場の手配とかの事も…。
「そして、俺達がSCARLET…ファントムに関して協力を仰ぎたい事も書かれてるだろ?」
私達に協力を仰ぎたい事?
これの事でしょうか?
観月 明日香さんのご両親の捜索とか、レガリアを見つけ次第、SCARLETに連絡するか預かる事?とか?
レガリアって何でしょう?
観月 明日香さんってLazy Windの明日香さんの事でしょうね。でも、明日香さんの事もレガリアってやつの事も、さっきの話では話題に出てこなかったのに…。
「つまり手塚は俺が
そう言った羽山さんは私から契約書を取り、九条さんに渡して『なる早で清書を頼むよ』と言っていました。
そっか。
手塚さんって人は、羽山さんに呼ばれた時点で、頼まれる事、頼みたい事、そういった事を先見して頭の中だけで纏めてたんですね。…いやいや、正直怖すぎるでしょ。
「七瀬。ごめんな。手塚をもう少し甘いヤツだと思ってたわ。あいつのレッスンってヤバいかも知れないけど、みんなで頑張ってくれな」
それだけを言って羽山さんは何処かへ行ってしまいました。
あ!そうだよ!
手塚さんのレッスンって音楽がトラウマになるくらいにヤバいとかって…。
私もこの後、スタジオに入ってみんなと練習するつもりでしたが…。
この事はみんなに話しづらいです…。ああ、お家に帰りたい……。