「ごめんなさいね。せっかくの文化祭最終日だというのに呼び出したりしちゃって…」
「いえ!あたしはもう3年ですし!
あ、うちの学校は3年は受験に専念の為だとかで、文化祭の出展は不参加でして…」
「あら?そうなのね。キョーコちゃん達の学校ってもしかして進学校なのかしら?」
「あー、どうなんだろう?私はこの学校に進学する時は特にそういうの気にしてませんでしたけど…。あんまりそういう話も聞きませんし」
「うん、ジュリちゃんの言う通り、うちの学校はそんな進学校って訳でもないですよ。受験したい生徒の邪魔にならないようにって感じじゃないですかね?」
「アタシは…今日は演劇に出演するはず……だった」
「えぇ!?トモミさん!マジですか!?」
「そうだったの!?そ、それなら日をずらすとか何とか私も考えたのに…!」
あれ?トモミちゃんのクラスは確かに演劇をするって話だったけど…。トモミちゃんも出演するんだったかな?
私の名前は赤羽 杏奈。
声優さんになりたくて、自分の声やリズム感を鍛える為にDaedal Luvというバンドでボーカルをやっている。
…つもりだったけど、いつの間にかバンドをやるのが楽しくて、バンドをやる為に観に行ったファントムの皆さんの演奏にすごく憧れを抱いて…。
私は今、Daedal Luvというバンドで音楽をやっている日々を掛け替えなく思っている。
「お父…さんもお母さ…んも…。アタシの出演……楽しみに……アタシもだけど…。今年で文化祭…最後だ…から…」
「それとんでもない事じゃない!いいわ!今からすぐタクシーを呼んででも、トモミちゃんの出演時間に間に合わせてみせるわ!」
「いや……もう…アレだし……別に」
「ダメよ!貴女も今言っていたじゃない!最後の文化祭って!ちゃんと思い出は残しておかなきゃ!」
確かに。私のクラスは手作りぬいぐるみの展示だったし、私が居ても居なくても問題ないんだけど、トモミちゃんのクラスは演劇で、それも演者さん側なのなら、トモミちゃんが居ないと他のクラスメート達の思い出も…。
「トモミって文化祭の練習やってるような時間も、ライブ大会ん時もあたしらと居たよな?演劇ってどんな役やるんだ?」
「ん……木」
「「「……き?」」」
「そう。木……。演劇やってる間…。木のハリボテから…顔出して…ずっと立ってる。ずっと…」
「…あの、トモミさん。それってセリフとかは?」
「………?」
「いや、きょとんとされましても…」
「ジュリって……木が喋るとこ見たことある…の?もしかして…ジュリ、不思議ちゃん?」
「いや!見たことないですよ!不思議ちゃんでもありませんし!」
木…木の役!?
いや、何で!?喋ったりしないなら木の役なんて必要ないんじゃないかな!?
「クラスメートみんな……何かをやらなくちゃ…。アタシ、準備には…あんまり参加して……ないから。ちなみ…ライブ大会ない日は…出演した。アンナもジュリもキョーコさんも……観に…来て…くれなかった……けど。」
いや、木の役で出演するとか私は聞いてなかったし!
木の役とはいえトモミちゃんが出演するのなら……用事がなかったら観に行ったし!
「アンナが……他の用事があったら…観に行ったりしないとか…思ってる気が………する?」
トモミちゃんいつもこういう所は鋭いよね。
「でも木の役ならわざわざ出なくてもいいんじゃないか?」
「アタシも……そう…思うから…今日来た」
えぇ!?だったら今の話はいったい何だったの!?
も、もう…私も心配しちゃったじゃん。
あ、そうだ。
何で今こんな話をしていたのか説明しておかないとね。
私達Daedal Luvのメンバーは、合同文化祭のライブ大会に参加はしていたけど、軽音楽部という訳ではなく、自由参加の枠としてライブ大会に参加していた。
それというのも私達の学校には軽音楽部はないし、それでも私達でバンドをやりたいってきっかけとか、色々あったからなんだけど…。
まぁ、今はそれはいいかな。
それで私達Daedal Luvは細々とバンド活動をしていたんだけど、私達のメンバーは作曲とか作詞を出来るメンバーは居なかった。
私達はカッコいいフレーズを歌詞としても曲としても、紡ぐ事は出来たりもするんだけど、"1つの曲"として完成させる事は出来ないでいた。
だから私達のメインは有名バンドさんの曲とか、今流行りの曲とかのコピーバンドとして活動していた。
それでも私達は自分達の曲を持ってライブをやりたいといつも話していて、そんな時にここに居る沖野 志摩さんに出逢い、プロデューサーとして作詞作曲をしていただける事になった。
今日はそんな志摩さんが社長というポジションに立つ会社に行き、そこで詳細な契約の話を聞いて、正式に志摩さんの会社のバンドとして活動していく。そんな契約を交わす事になっていた。
私達Daedal Luvのメンバーみんな志摩さんの音楽や、音楽業界に対する考え方、私達に対する条件なんかもある程度は聞かせていただいていたから、みんな正式に志摩さんと契約するつもりで今日という日を迎えている。
まぁ、問題もあるっちゃあるんだけど…。
志摩さんの会社はあのクリムゾングループの系列会社。
私達Daedal Luvのメンバーが憧れて尊敬もしているファントムのバンドさん達とは敵対する会社である。
私は出来ればファントムのバンドの方達と敵対するような事にはなりたくなかったけど…。
志摩さんにプロデュースしてもらう為に、嫌なクリムゾングループの系列会社にでも、所属させていただこうと考えていた。
「あの…ここですか?」
「ええ。結構大きな建物でしょ?」
「あたしが思ってたより、全然すごいビルなんですけど…。あの、ここのビルのどこかの1室が、あたしらクリムゾンカンパニーの事務所って感じですか?」
「いえ、このビル全体がクリムゾンカンパニーの社ビルよ。まぁ、今は貴女達しか所属していない訳だし、広すぎるって感じもするのだけど」
志摩さんに案内されて辿り着いたビルは、えっと……1、2、3、4……7階建ての大きな建物だった。
私達しかいないって話だったし、もう少しこじんまりとした建物だと思ってたのに。
「さ、入ってちょうだい」
志摩さんに促されるまま、思っていた以上のビルの大きさに圧倒されつつ、私達はビル内へと足を運んだ。
ビル内はとても静かで私達の足音だけが響いていた。
・
・
・
そして社長室と書かれたドアを開けた時、ここまで案内をしてくれていた志摩さんが、私達を制止して立ち止まった。
「…誰?」
志摩さんが『誰?』と社長室の奥へと声を掛けた。
私は志摩さんとドアの少しの隙間から、社長室の奥を覗き見てみた。
社長室の奥にある大きなデスクと大きな椅子。
椅子の背もたれをこちらに向けるように、私達の居るドアの側と反対方向に向いて、確かに椅子に座る誰かが居た。
「クックック、なかなか現れねぇもんだから、今日はもう来ないのかと思っていたぜ」
そう言いながら椅子を回転させて、その誰かは私達の方へと向き直った。
……本当にどなたですか?
「二胴…何故あなたがここに…」
二胴?志摩さんのお知り合いの方かな?
クリムゾンカンパニーには私達しか居ないって話だから、クリムゾンカンパニー以外のクリムゾン関係者?なのかな?
「何故ここに?おかしな事を聞くんだな。ここは俺の会社、クリムゾンカンパニーだろうがよ」
「ここがあなたの会社ですって?クリムゾンカンパニーは私が海原さんから直々に…」
「おっと、そうだったな。テメェはまだ知らねぇんだったな。こいつを見ろ。その海原さんから直々の辞令だ」
そう言った二胴って人は少し分厚い封筒を取り出し、それを志摩さんの足元へと投げてきた。
なんか感じの悪い人だなぁ…。
「封は…解かれていないわね。
あなたもこの中身は読んでいないという事かしら?」
「わざわざ読む必要もねぇ。俺としてはこのクリムゾンカンパニーが、俺の元に戻ってくりゃいいだけだからな。テメェは用済みだ」
「どういう事?元々あなたが…私のプロデュース力を買って、私を手元に置いたんじゃない」
「そうだったな。だが、テメェはテメェで色々と小賢しく動いていたみたいだな。俺の兵隊達から聞いているぜ。対ファントム要員としても、ファントムを警戒する駒としても、色々と都合良く動いてくれそうだったから手元に置いたが…。イレギュラーを起こしそうな手駒は必要ないんでな」
「そう…そういう事ね…」
「おっと、そうだったぜ。一応聞いておいてやるか。
沖野の後ろに居る連中。このクリムゾンカンパニーに所属するつもりのバンドだよな?」
それって、きっとも何も私達のことだよね?
「どうする?沖野はここから消えてもらうがお前らは別だ。俺の手駒となってファントムの奴らを刺し違えてでも倒すってんなら、俺の側に置いてやるぜ?」
ファントムの皆さんを刺し違えてでも倒す!?
た、確かに志摩さんからもファントムのバンドさん達とデュエルする事になるとは聞いてたけど、刺し違えてでもとか、そんな感じの話じゃなかったし…。
「アタシは……イヤ。みんな…は?」
「わ、私も冗談じゃないって感じです!私達は志摩さんにプロデュースしてもらえるからって、ここに来たんですし!」
「あたしもパス。なんかこのおっさん感じ悪いし」
「私も嫌です!ファントムの皆さんとは…倒すとか倒されるとかじゃなくて、お互いを高め合う為に…。そういう理由でしかデュエルとかしたくありませんので!」
「お互いを高め合う…か。とんだ甘ちゃんだな。
よし、交渉決裂だ。テメェらも俺の邪魔になりそうではあるからな。ここで潰させてもらうぜ。
俺が一声掛けりゃ、テメェらごときを潰せる幾多のバンドマンが、すぐに集まってくるしな」
幾多のバンドマン…!?
それもきっとクリムゾン関係のバンドマンなんだろう。
そんなバンドマンがたくさん私達を潰す為に集まってくるなんて…。
正直私はゾッとした。
ううん、私だけじゃない。
トモミちゃんもジュリちゃんも、キョーコさんも動揺しているようだった。
「させないわよ。この子達はまだ未来のあるバンドマン。そんな子達をみすみすあんた達に潰させるような事はさせないわ」
そんな中、志摩さんだけは毅然としていたけど、私は不安が拭いきれないでいた。
「それに…本当にこの子達を潰すつもりなら、あなたかここで1人で居る事はないでしょう?
私の動向をあなたの兵隊から聞いているのら、私をこの場から無事に帰すのもおかしな話だしね。
海原さんに止められているんじゃないかしら?私達に手を出す事を」
「え?え?え?志摩さんそれって一体…」
「かい…ばら…。聞いた事…ある」
「ああ、海原って人はクリムゾンエンターテイメントのボスさんだよな。そんで思い出した。二胴…元クリムゾンエンターテイメントの元四天王だ」
「クリムゾンエンターテイメントの元四天王!?
わ、私も四天王ってのは聞いた事あります…。確か1人1人がとんでもないミュージシャンだったって…」
元四天王…。私は聞いても全然わかんない感じだけど、ジュリちゃんとキョーコさんが知ってるって事は、それなりには凄い人なんだ…?
「だから私達はここから堂々と帰らせてもらうわ。この海原さんからの辞令ってのも気になるしね」
「…多少は頭が回るようだな。まぁ、最初は俺もテメェのそういった部分も買ってたんだしな。
テメェの言う通り海原にはテメェらに手を出す事も禁じられている。テメェらはまだ"使い道"があるんだとよ」
使い道…?
「さ、みんな帰るわよ。ここは私達の居場所じゃなくなったみたいだし」
「最後に1つ聞かせろ。テメェ、俺に逆らうつもりだったってんなら、兄貴の事はもうどこに居るか把握してるって事だな?」
「ええ、そうね。元々兄の事に関しては、あなたに声をかけてもらうより以前に把握はしていたわ」
「なるほどな。つまりテメェは"他の何か"があって、俺の下に就いたって事か」
「…考えすぎよ。言ったでしょ?英治さんに恨みがあるって。あなたの下に就くのが、英治さんへの復讐には手っ取り早いと思ったからよ」
私達はそんなやり取りを見せられ、そのまま志摩さんに
連れられて建物の外へと出た。
…下の階に下りる為のエレベーターに乗る前、いきなりトモミちゃんが二胴って人の所にいって『あっかんべー』ってやったのには驚かされたけど…。
「ごめんなさいね…みんな。まさかこんな事になるなんて」
建物の外に出た後、志摩さんは私達に対して謝罪してくれた。でも、今回のその…クリムゾンカンパニーがさっきの二胴って人に取られた事って、志摩さんが悪い訳じゃないし。
志摩さんにとってもイレギュラーな事だったんだろうし。
「志摩さんが謝る事じゃないスよ。志摩さんも振り回されたっていうか…。志摩さんも驚いたんじゃないスか?」
「アタシも…気にしなくて…いい。
アタシ…あの人にあっかんべーして…きたし、きっと今頃…地団駄踏みながら…悔しがって……るはず」
「あはは、そ、それはどうだろう?トモミちゃんが走って二胴って人の所に戻って、あっかんべーした時は私もびっくりしたけど…」
「あの…志摩さん。私達って結局どうなるんでしょう?クリムゾンカンパニーってのは、正直私的にはどうでもいいんですけど、やっぱり志摩さんにプロデュースはして頂きたいって私は思っているんですが…」
「あ!それだよね!ジュリちゃんの言う通り!私も志摩さんに私達のプロデュースして頂きたいです!」
そうだよそうだよ。
私もジュリちゃんと同じように、クリムゾンとかはどうでも良くって…。いや、むしろファントムの皆さんと敵対しないで済む分、クリムゾンカンパニーじゃなくなったってのは嬉しいんだけど…。
「あたしもそれ思ってました。まだ1曲だけしかちゃんと演奏出来ないスけど、あたしドラム叩いててしっくりきたっていうか…だから、出来れば志摩さんには、あたしらのプロデューサーにはなって頂きたいんスけど…」
「お仕…事…じゃない……と、嫌?」
うぅ…やっぱり志摩さんとしては、仕事としてプロデュースしてくれるつもりだったんだろうし、私達が売れに売れてお金も稼げるようにならないと、志摩さんとしては、プロデューサーになっても意味ないもんね。
ただの学生バンドである私達のプロデュースをしたってお給料を貰える訳でも、生活していける訳でもないんだし…。
「みんな、ありがとう。みんなが私にプロデュースして貰いたいって思ってくれてる事を、改めて言って貰えてとても嬉しいわ」
やっぱりダメ…かな?
ううん、頑張ろう。今、志摩さんにダメって言われても、いつか志摩さんに胸を張って『私達の曲をプロデュースして下さい』ってお願い出来るように。
私はもっともっと歌を頑張っていこうと改めて誓った。
「でも大丈夫よ。安心して頂戴。
先日伝えさせてもらった給料面や待遇面は、多少の変更はあるかも知れないけど、あなた達のプロデュースは責任を持ってやらせてもらうわ。この海原さんからの辞令も、私達がクリムゾンカンパニーという社名ではなくなったというだけで、海原さん直属の下会社として事務所も支援も頂ける事にはなっているわ」
そう言って志摩さんは、先程二胴って人から受け取った封筒の中身の紙をヒラヒラとさせながら、私達に言ってくれた。
良かったぁ~。
もしかしたら志摩さんにプロデュースしてもらえないかもって心配してたけど、無事に…とは言いづらいかもだけど、私達は志摩さんにプロデュースしてもらえるんだね。
それにしても志摩さんはいつの間に、あの封筒を開けて中身を見たんだろう?
「マジスか!!良かったぁ!安心しました!」
「アタシ…も、嬉しい…」
「大丈夫よ。もちろん、仕事としてプロデュースするという事にはなっているけど、あなた達さえ良ければ仕事としてでなくてもプロデュースさせて貰いたいくらいよ。そうなると私も別の仕事をしなきゃいけなくなるから、順当に曲作りは出来ないでしょうけど、あなた達は私の曲に可能性を感じさせてくれるもの」
うわぁぁぁぁ。まさか志摩さんにそんな風に言って頂けるなんて…。
さっき改めて歌を頑張ろうって思ったけど、更に頑張ろうって思わされちゃったよ。
「それにしても…この海原さんからの辞令によると、この建物の外にあなた達の専属マネージャーとなる人が待っているはずなのだけど」
「「「マネージャー!?ですか!?」」」
「マネー……ジャー…?アタシ達に…?マネージャー?あれ?……マネージャーって…何だっけ?」
志摩さんからの言葉に私達…トモミちゃん以外はびっくりした。まさかデビューもしていないのに、マネージャーさんが就いてくれるなんて…。
私もそうだけど志摩さんもキョーコさんもジュリちゃんも、キョロキョロしながらのマネージャーさんとやらを探してしまっていた。
「あ、あの…その本当にあたしら何かにマネージャーさんとか就いてくれるんスか?」
「確かに…貴女達には失礼かも知れないけど、今、私や貴女達に就いて得する事なんてないものね…」
「で、ですよ…ね?私もマネージャーさんとか聞いて浮かれちゃいましたけど…」
「いえ!でもこの辞令のここ読んでみてよ!ほら…ここ。今日、私達を迎えに来てくれるって書いてあるでしょ!?」
志摩さんから見せられた辞令には、確かに私達がクリムゾンカンパニーから辞令を言い渡された日に、私達の事を海原さんとやらの直属の部下さんが、マネージャーとして迎えに来ると書かれている。
「でもこの辞令って…。あの、私達がいつ何処でクリムゾンカンパニーから、この辞令が渡されるのかって日付とか記載ないですよね…?これ今日の事なんでしょうか?」
「…だ!大丈夫よ!海原さんは狡猾で残忍で…その、人としてはどうかと思う人……だもの、あれ?この辞令信用しても大丈夫なのかしら?」
さっきの二胴って人よりヤバい人じゃないですかそれ。
「えっと…えっと…だ、大丈夫よ!多分!」
志摩さんが一生懸命取り繕ってくれてるけど、私達としては不安がいっぱいになってきちゃったよ。
でも…その海原って人からの辞令がどうでも、志摩さんにプロデュースして貰えるのなら…。
私がそんな事を思っていると、トモミちゃんが私の服の裾を引っ張りながら声を掛けてきた。
「ねぇ…アンナ。あそこ……あの建物の…陰から…出たり…引っ込んだりしながら…ピースしてきてる人……いるんだけど…不審者?……通報した方が……いい?」
「え?不審者?」
私がトモミちゃんに促されるまま、建物の陰を見ていると確かに、物陰から出たり引っ込んだりしながら、こっちに向かってピースしている人がいる。
…どう見ても不審者だよね。よし、通報しようか。
そう思ってスマホに手を掛けた時、うっかりその人と目が合ってしまった。
「うほぉぉぉぉ!やっっっと気付いて貰えたぁぁぁ!
沖野 志摩さんとそのプロデュースされるっていうDaedal Luvのメンバーの方っスよね!?チョリース!」
何なのこの軽い人。
「あの…あなたは?どなたかしら?」
「あっるぇ~?海原さんからの辞令届いてないっスか?オレがこれから皆さんのサポートをさせてもらう
かねこ…よしのぶ…さん?
「海原さんから…?あの、貴方が私達の…?」
「マネージャーさん…っスか?」
「マネージャー?ああ、そうそう!そういう事になってんスね!オレ皆さんのサポートするようにって、皆さんのお仕事の事とか連絡するよう言われてますんで!マネージャーっちゃマネージャーって感じスね!」
「……チャラい」
確かにトモミちゃんの言うようにチャラい感じする人だなぁ…。
「あの…初対面なのに失礼を承知で言わせてもらうわね。貴方…ちゃんとマネージメント出来るの?大丈夫?」
うわ、志摩さんが私が聞きづらいって思ってた事をズバリと言ってくれた!
マネージメントをしっかりして貰えるならこんなに嬉しい事はないけど、ちょっと思ってた人と印象が違うっていうか…。
「だいじょうびだいじょうび!大船に乗ったつもりでいて下さい!オレ、この仕事失敗したらクリムゾンエンターテイメントくびになっちゃいますし、死ぬ気で頑張りますんで!」
クリムゾンエンターテイメントをくびに!?
「あの…すみません。それ聞いちゃうと余計不安になってしまったをやですけど」
「心配しなさんなって!マジ大丈夫スから!
あ、これから皆さんに新事務所に招待するつもりなんスよ!ここの裏に車停めてますから、皆さん乗って下さい!」
金子さん…まだ名字呼びでいいよね?
金子さんは私達をちょっと大きめの車に乗せて、私達を新しい事務所へと連れて行ってくれた。
裏に停めてあった車は色んな所がへっこんだり傷付いたりしていて、ちょっと不安に思ってたんだけど、車を発進させる前に『よ~し、今回こそはどこにもぶつけないぞ!』とか言うものだから、不安から死の恐怖へとグレードアップされていた。
・
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何とか無事に車を降りた私達。
何故かさっきまではちゃんと付いていたサイドミラーの片一方がなくなっていたり、さっきまではなかったと思うもの凄い傷が車体についていたけど、私達は誰もケガをする事なく目的地へと辿り着いた。
「ここが皆さんの新しい事務所っス!」
「良かったわ…みんな無事で…」
「あたし何度かもう死ぬって思いました…」
「超楽しかった……もっかい…もっかい乗り…たい」
「私も何度ももうダメだと思ったよ…。ジュリちゃん、大丈夫?」
「す、すみません…あんまり大丈夫じゃ…ないです。少し吐きそうで…。それより、ここが私達の新しい事務所の建物…ですか?うぷっ…」
ジュリちゃんはさっきの移動が辛かったのか、完全に車酔いをしていた。しんどそうだ…。
そしてジュリちゃんの言った、私達の新事務所と紹介された建物。
さっきのクリムゾンカンパニーの建物とは違って、ちょっと古い感じの…いや、レトロな感じのする建物だった。
「5階建のビル…ね。まぁ、少し小汚ない感じのビルだけど、私達に5階建というのはまだ贅沢かも知れないわね」
「そうスね。あたしらに5階建の建物をいただけるのならまだありがたい方かもですね」
確かに…。少しレトロな感じの建物とはいえ、まだデビューもしていない私達に5階建のビルを事務所にあてがってもらえるならありがたいよね。
「いやー、オレもこのビル見た時ちょっとびっくりしたんスけど、皆さんから酷評もらわなくて安心したっスよ~。ここは色んな会社さんや事務所さんも入ってるんスけど空き部屋も多いスから、割りと大きな音出しても大丈夫そうですしね!あ、そんで皆さんの事務所はここの3階の3号室っス!」
「ほかの会社や…事務所も入っている…?」
「3階の…3号室?」
「あ、あはは、このビル全部が私達の事務所って訳じゃないんだ…?」
「超レトロ…超ぼろっちい……何か出そうでワクワク…するね、ジュリ」
「すみませんトモミさん。私今すごくリバースしちゃいそうで…その…同意できません、すみません…」
少し見た目がボロ…いや、こんなのでも私達Daedal Luvの新天地!ここから私達はスタートだ!
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と、思っていた時期も私にはありました。
「あの…ここ3号室があたしらの事務所スよね?なんでこんなに散らかってるんスか?」
「ここは実は海原さんが半年くらい前に買い取った会社の事務所なんスよ!この会社の人らの内何人かはクリムゾンエンターテイメントの事務員になったんスけど、経営陣は夜逃げしちゃってそのままで…。
オレもここまでとは思ってなかったんですけど、ここは自由に使っていいらしいんで、オレらで掃除して綺麗にしましょう!」
「ハァ…まぁ、事務所を用意してもらえただけありがたいと思うべきかしらね。しばらくは掃除で大変そうだけれど」
「ここ…私達だけで掃除して綺麗になるのかな?変な虫とか出たり…しないよね?」
「わぁ~…♪見て見てジュリ。ここの……壁のシミ。まるで…人みたい。ほら、ここが目で…ここが口で…ふふ、苦しそうに両手あげて悶えてる感じ…が、すこい」
「いやいやいや!やめて下さいよトモミさん!私も何か人みたいとか思っちゃいましたけど考えないようにしてたのに!てか、なんでトモミさんは嬉しそうなんですか!?」
それから私達は事務所内の掃除をして、ある程度は足の踏み場や、ちょっと座れそうなスペースをひらける事は出来たけど、まだまだ酷い散らかりようだった。
変な虫は今の所出てきてないけど、うぅ…やだなぁ、しばらくはここの掃除で忙しくなりそうだなぁ…。
…ジュリちゃんがちょっと人型に見える壁のシミを一生懸命に磨いていた。
シミはいっこうに消える事はなく…気のせいだとは思うけど、少し赤くなって、苦悶の表情だった顔が余計に苦しそうにしているように見えた。
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「フゥー…」
「建物内は禁煙なのに屋上には灰皿が設置されているのね」
「うぇ!?…ゲホッ…コホッコホッ、沖野さん!?
あの子らと帰ったんじゃないんスか!?」
「それは私の台詞よ。私達を車で駅まで送った後、またこの事務所に戻って何をしているのかしら?」
「あー…まぁ、あの子らには音楽頑張って欲しいじゃないスか。だから事務所の掃除はもうちょっとオレが頑張ろうかな?って思いまして。今はちょっと一服休憩っス」
「そう。とても素晴らしい心懸けね。今日初めて会ったあの子達にとても献身的じゃない」
「海原さんから…クリムゾンエンターテイメントから、派遣されたオレの事、何か疑ってます?」
「どちらかというと逆ね。海原さんが私を疑っているから、クリムゾンエンターテイメントであるあなたを私達に寄越した。私を監視するためにね」
「なるほど…。まぁオレも警戒されるだろうとは思ってましたけどね。でも安心して下さい。……って言っても安心出来ないスよね。ハハハ」
「そうね。まるっきり信用するには判断材料が足りないもの」
「本気スよ。あの子らには音楽を頑張って欲しい。オレ、それなりに音楽やれる自信あるスけどね。パッとしなくて、メジャーデビューも、クリムゾンエンターテイメントで売れる事も出来ませんでした」
「そう…」
「そんでバイトしながらクリムゾンエンターテイメントで細々と…まぁ、嫌な音楽もしてまして、その日暮らしの生活ばっかしてました。もう30歳手前なのに」
「まぁ…そういう人もいるわね」
「彼女が…こんなオレなんかに愛想尽かさず、ずっと一緒に居てくれた彼女がね。病気になっちゃったんスよ」
「……それは、何と言えばいいか」
「いや、別にいいスよ全然!特に命に関わるような病気とかじゃないんで!でも、手術やら入院やらで彼女も仕事を辞めなきゃいけなくなったし、金もいるしでして」
「…なるほどね。それで海原さんから」
「ええ。バンドを…音楽を辞めて真面目に就職しようって思って辞表出した時にたまたま海原さんに。
Daedal Luvのサポートをしっかりすれば、クリムゾンエンターテイメントの事務系正社員として、びっくり給料で雇っていただける事になってんスよ。今は契約社員スけどね」
「あの子達のサポートの仕事。それの成功か失敗かで、あなたも正社員になれるかクビになるかって訳ね。わかりやすい動機で安心したわ」
「へへへ。実はそういう事っス。だから、信用してくれても、してくれなくてもオレとしては大丈夫スよ。オレはオレの為にあの子達をしっかりサポートさせてもらいますんで」
「変な事を質問してごめんなさい。私も少しはスッキリしたし、これで帰らせてもらうわ」
「少し…ね。オレはもうちょい掃除してから帰ります。あの子らが早くライブとかやれるように、しっかりやっときたいんで」
「そう。ありがとう。でもあなたも程ほどにしておきない?明日もあるのだから」
「大丈夫スよ。オレは体力とノリだけで生きてますんで!」
「そう」
「あ、それと…」
「それと?」
「これもオイオイわかると思いますが、海原さんからDaedal Luvにやらせる仕事。クリムゾンらしいと言えばらしいって感じの仕事なんスけど」
「クリムゾンらしい…まぁ、あの子達も多少は覚悟をしてくれてるとは思うわ」
「そんな仕事をふる時もあると思います。だから、余計にあの子らには楽しんで音楽をやる時間を、1分でも1秒でも守ってやるたいと思ってます」
「…ちょっと意外だったわ。その辺は仕事として割り切れてると思ってたのだけど」
「割り切ってはいますよ。でも、割り切ってるからこそ、楽しい音楽も目一杯やって欲しいじゃないスか」
「そうね。私もそう思うし、そう願っているわ」
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「やっぱ沖野さんて海原さんの言ってた通りかなり鋭いスね。まるっきり嘘って訳じゃないんスけど、すみません。まだ沖野さんにもあの子らにも、知られる訳にはいかない事もありますから…。でもオレもしっかりあの子らを守ってみせますよ」