バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第43話 文化祭も終わって

「あん?テメェ、そりゃどういう事だ?もっかい言ってみろ?いや、やっぱ言わなくていい。表に出ろ、戦争だ」

 

「何度でも言ってやるよ。SCARLETとしてAmaterasuとBreak Bellの正式加入は認められねぇ」

 

「やっぱ言わなくていいって言ってんだろ?」

 

俺の名前は中原 英治。

昨日、結月ちゃんと天音ちゃんのお宅にお伺いさせて頂き、ご両親から…と言っても、結月ちゃんに関しては母親の真奈美からだが、ファントムに所属する事を承諾してもらい、SCARLETにAmaterasuとBreak Bellのメンバーの履歴書を持ってきた訳だが、手塚さんからSCARLETに所属するという事を断られてしまったのだ。

 

そうなるとファントムとしては所属させてやる事は出来ても、正式にお給料というものがみんなには支払われなくなる。…俺も貰った記憶はないのだが、三咲や初音、志保や理奈、双葉ちゃんや栞は貰ったと言っていたから、きっと俺が気付いていないだけで、給料は支払われているんだろうと思う。今度、銀行に行ったら残高照会してみようと思う。

 

しかしだ。

AmaterasuとBreak Bellのメンバーをファントムに所属させてやると言った手前もあるし、わざわざ真奈美たちに承諾を貰いにいった俺達のメンツの問題もある。

ただ、手塚さんにダメだと言われただけで、簡単に引き下がる俺達ではないのだ。

主に手塚さんに突っかかってるのはタカだけど。

 

「だいたいお前の承諾なんか最初からいらねぇしな。こっちゃ日奈子から承諾もらってんだわ。取り敢えずお前は家に帰れ。そのまま土に帰って2度と帰ってくるな」

 

「めんどくせぇなお前は。俺様は一応SCARLETの幹部なんだよ。そもそもBlaze Futureのボーカルが、俺様に楯突いてんじゃねぇ。SCARLETの社員でもないお前は、ただのファントムのメンバーってだけだ。一応俺様達に雇われてる身だろうが」

 

「ああ?お前も幹部っても日奈子に雇われてる身だろうがよ。その日奈子が…」

 

こうなったらタカも手塚さんも引かないからな。

 

ってか、手塚さんがこんな引かないのも珍しいんだけどな。タカを敵に回しても面倒な事が増えるだけで、何も得にならねぇのに。むしろグチグチ言われるからしんどいだけなのに。

 

「確かにうちの社長様は日奈子だがな。

あいつは何も考えず、ただ面白くなればいいって感じでノリで生きてるだけのアホなんだよ。それくらいわかっているだろう?」

 

「うぐっ…そ、それを言われると…確かにその通りだが…」

 

え?タカそれだけで折れちゃうの?

まぁ、日奈子だもんな。しょうがないか。

 

「ハァ…まぁかっこもつかねぇし言いたくはなかったんだがな。お前も英治も…納得いかねぇだろうし、ハッキリ言ってやる。今のファントムの9バンドでも金銭面的にはカツカツだ。これからライブもやっていく。イベントもやっていくとなると、お前らへの給料、場所代、スタッフへの給料、広告費…その他もろもろ必要になってくる」

 

「お、お金のこと言われちゃいますと…その…」

 

確かにな…。今のファントムの認知度で、儲けるってなるとそれなりの出費も必要になる。

一応、ファントムのメンバーには歩合制って感じだが、ちゃんと給料が支払われているもんな。

 

そうか、完全に失念してたな。

そうなると、AmaterasuとBreak Bellのメンバーもライブやイベントで給料が発生することになったら、その分の人件費も増えるって事だもんな。

 

「ま、他の奴らには言うなよ。こっちゃライブやイベントがない日でも、お前らの為に日々頑張ってる事務員さん達もいるんだからな」

 

「うぐぐぐ…。おい、どうするよ英治。お前のSCARLETからの給料をあの子らにまわすとしてもよ…」

 

「何で俺の給料なんだよ!

ってか、まぁ金の事っつわれたらしょうがねぇだろ。でもあの子らも何とかしてやりてぇよな」

 

「チッ、お前らが先走って勝手に約束なんかしてくるからだろうが。自業自得だ。

って言っても俺も鬼じゃねぇ。代替案なら用意してある」

 

「お?マジでか。てか、そんな代替案があるなら先に言えよ。さすが悪知恵だけは天下一品の元クリムゾンエンターテイメントのクソ四天王様だな」

 

「まったく、タカの言う通りですよ。でも手塚さんって昔からこそこそと策を練っては嫌がらせみたいなサポートしてくれてましたもんね。信用してます」

 

「お前らホント、人の悪口だけはスラスラ出るよな。

まぁいい。AmaterasuにしろBreak Bellにしろ逸材揃いなのは認めてる。うちに所属出来ないからって他の事務所に行かれても勿体ないしな。それに本城 天音はタカの後継者でもあるしよ…」

 

そう言って手塚さんは俺とタカに、数枚の紙をまとめたファイルのような物を渡してきた。

 

「何だこれ?」

 

タカも俺もそのファイルに目を通す。

ファントム研修生?ホントになんだこれ?

Ailes FlammeとCanoro Felice、Divalに…FABULOUS

PERFUMEとgamut?Glitter Melodyの事か?

 

何々?えっと…。

未成年者の居るバンドは、特別研修生としてSCARLETの所属という形ではなく、ファントムのお手伝いさんとして、サポート役を実施させる。…なんだこりゃ?

 

給料は発生しないが歩合制だけ報酬として用意し、ライブの手伝いやSCARLETの企画によるイベントの手伝いをした場合のみ、その仕事相応の給料を支払うものとする。ただし、SCARLETやファントムからの強制権はなく、参加したいメンバーのみの参加可能という形を取る。…いや、今のみんなはファントムのバンドであり、SCARLETに雇われてる形になってるだろ?何なんだこの資料は。

 

「ある程度読んだか?」

 

「ああ、まぁな。内容的に今のファントムと関係ないような資料だし、何のこっちゃって感じだけどよ」

 

「俺もタカと同意見ですね。確かにこの資料に書かれてるバンド。Ailes FlammeとこのgamutはGlitter Melodyと思って話しますけど、この2バンドは高校生だけで構成されてるバンドですし、Canoro Feliceは姫咲ちゃんと松岡くん、Divalは志保ちゃん」

 

「ああ、それにFABULOUS PERFUMEは双葉と栞が未成年だよな。でも、それならLazy Windも明日香が未成年だろ?」

 

「ああ。それは実は南国DEギグより前にお前ら用に作ってた資料でな。当時はまだ佐倉 美緒達もGlitter Melodyと名乗ってなかったし、拓斗達も戻ってくる前だったからな」

 

なるほどな。

あの南国DEギグより前に作ってた資料って事は…。

手塚さん達、SCARLETとしては俺達がファントムとして、SCARLETに協力する事は読んでた訳か。

gamutの事は翔子づてから日奈子に話がいってたのかも知れねぇな。

 

「その資料を用意してる時もSCARLET(うち)では色々あってな。FABULOUS PERFUMEは他にも色んな事務所から誘いがあるのに研修生とするのはどうかとか、FABULOUS PERFUMEを正式に雇い入れるとしたら、他のバンドはダメってのも酷だよな。とか…色々な」

 

そうか、南国DEギグの時も色々あったし、裏では俺達が知らないだけで、SCARLETとしてあれやこれやと話し合いが行われてたんだな。

そしてみんな雇い入れる事にしたから、その資金稼ぎの為に企画バンドとしてでも、早目に動き始めたって訳か。もう何年も前の話なのに筋は通ってんな。

あ、何年も前の話じゃなかった。つい2ヶ月くらい前の話だったわ。

 

「その時に考えていた研修生って枠で、AmaterasuとBreak Bellに所属してもらう。都合のいい事にみんなまだ未成年の高校生だしな。SCARLETのイベントに参加となると見合った報酬は出す。だが、ファントムでのライブとなると、SCARLETからのサポートはねぇ。そしてサービスとして、研修生である以上、グッズの展開や番組のゲスト出演、チューナー探しは責任を持ってSCARLETがやらせてもらう。この条件でどうだ?」

 

確かにそれならファントムに所属といってもサポートがある程度あるなら、願ったり叶ったりだし、あの子達も好きな時に好きなイベントだけ参加できる状態なら悪い事でもねぇか…。

 

「ただSCARLETのイベントとしてはライブ出演はねぇ。だからバンド活動としてのサポートはないと思え」

 

くぉぉぉぉぉ、意外とありじゃね?って思ったけど、ライブのサポートないならあんまり旨味はないのか?

どうしたらいいんだろうな?

うぅ…タカ、お前は俺達の大将だろう。何かいい案を出してくれ。

 

「手塚」

 

おお!タカ!さすが俺達の大将!夜の太陽!!

さぁ、手塚さんにビシッとお前の案を聞かせてやるんだ!

 

「SCARLETの懸念は給料って面だけで、他の事は問題ねぇんだな?」

 

「…ああ。お前が何を思って、そう確認取ってんのかわからねぇが、懸念しているのはそれだけだ。だから、AmaterasuとBreak Bellが売れて金になる。そう判断が出来れば研修生を終えてすぐにでも本雇用には移してやる。それは約束してやる。その方がうちにもメリットがでかいしな」

 

「なら、SCARLETからの報酬がいらないってんなら、あの子らがSCARLET企画としての、俺らバンドや企画バンドの前座に出たりとかしても、問題はねぇか?」

 

「そうだな。うちからの報酬がいらねぇなら、好きにすりゃいい。…って感じだが、毎回毎回オッケーって訳じゃねぇぞ?お前もわかっているとは思うが、ライブにはコンセプトとか演出もあるからよ。そこは企画者との話し合い次第にはなるだろうな」

 

「ああ、別にそこはそん時次第とは思うけどな。基本的にそれが許される場合もありってんなら、この待遇でオッケーだ。俺と英治から話は通しとくわ」

 

「まぁ、あの子らじゃなくてお前が売れて儲けさせてくれてもいいんだけどな。そこはSCARLETとしてファントムに回せる予算次第で、俺からもあの子らの本雇用を通させてもらう」

 

ん?俺からも?そうか、手塚さんが反対してるって訳じゃなくて、本当にSCARLETとして予算が足りないからって感じなのか。金に汚い手塚さんが反対ってだけだと思ってたぜ。

 

「よし、英治。帰るぞ。あの子らにもこの事を話さないとな」

 

「お、おお。でも言いにくいよな、何か…」

 

「タカ、英治」

 

「あ?」

 

「何すか?」

 

「すまねぇな」

 

「お前が謝るとか明日は雨か?俺、明日まで休みだから、晴れてほしいんだけど。あ、でもずっと家に引きこもるつもりだから雨でも問題ねぇか」

 

「あの手塚さんが俺らに謝ったんだぞ?台風がくんじゃね?」

 

「うっせーんだよお前らは!早く帰れ!俺様も超多忙なんだからよ!」

 

 

 

 

 

 

「チッ、あいつらは本当に一言多いな…クソ共が」

 

「手塚ちゃん」

 

「あん?日奈子?お前は社長のくせにここで何やってんだ?仕事しろ仕事」

 

「あたしは優秀だからね。もうほとんど今日の仕事は終わってるよ」

 

「ほとんどって事はまだ仕事残ってるって事じゃねぇか」

 

「手塚ちゃんさぁ。確かにSCARLETとして予算が足りないというのはその通りだと思うし、あたしのポケットマネーで…ってなっても、あの人数はちょっと厳しいと思う」

 

「あん?お前さっきの聞いてたのかよ」

 

「ねぇ、手塚ちゃんは何が心配なの?」

 

「は?会話になってねぇな。意味がわからねぇ」

 

「…あたしもまだ掴めてない情報。もしかしてあまねるちゃんの本当のお父さんが誰だかわかったからなの?」

 

「ギクッ!」

 

「ほら!ギクッって言ったし!」

 

「関係ねぇ関係ねぇ!…確かに本城 天音の本当の父親が誰なのかは把握している。まぁ、SCARLETとして掴んだ情報じゃねぇから報告するつもりもねぇけどな」

 

「本当に知ってたんだ…誰なの?てか、そんな事であまねるちゃん達を…」

 

「俺はクリムゾンエンターテイメントの手塚じゃねぇ。SCARLETの手塚なんだよ。その俺様が報告の必要はねぇと判断した事柄だ。その事が原因であいつらを所属させねぇなんて判断はしねぇよ。それにその事が原因ってんなら研修生にするなんて案も出さねぇよ」

 

「手塚ちゃんがSCARLETの手塚っていうのは怪しさ満載だけど…確かにそれなら研修生ってのはおかしいかな…?クリムゾンエンターテイメントに知られる点では、本採用とか研修生とか関係ないだろうし…」

 

「まぁそういうこった。俺様も自分の仕事が立て込んでんしな。お前もさっさと自分の仕事片付けて、次の儲け話でも考えてろ。そうすりゃAmaterasuとBreak Bellも文句無しで本採用できるだろ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。あまねるちゃんのお父さんってもしかして……行っちゃったか。むむむぅ…こうなったら手塚ちゃんは話してくれないよね。しょうがない。有希ちゃんとカフェでも行ってこようかな」

 

「…日奈子のヤツも相変わらず鋭いな。タカの野郎がすんなり引き下がったのも気持ち悪りぃが…。本城 天音の親父の事は…お前らが気にする事じねぇ。本城 天音自身もな」

 

 

 

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私の名前は本城 天音。

SCARLETの社内でそんな話し合いが行われていた事なんか全く知らず、結月ちゃんと一緒にとある駅前で佐倉先輩を待っていた。

 

「まさかこんなに早く美緒先輩からラーメンのお誘いをしてもらえるなんてね。今日はお弁当も少なめにしてもらったし、お腹ぺこぺこだよ」

 

「私もだよ。お母さんにお弁当少なめに作ってもらって、しっかりお腹空かせてきたよ」

 

今日は学校もあったし、普通に授業もあったから、お昼休みもあったんだけど、昨日の夜に美緒先輩からラーメンのお誘いの連絡があって…。

お母さんに帰りにラーメン食べに行くから、お弁当は少なめにお願いしたんだけど、さすがにこの時間になるとお腹空いちゃったよ。

 

「おや?約束の時間より早目に来たつもりだったんだけど…結月も天音も待たせちゃいましたか?」

 

「あ、全然です。あたしらも今来たところですよ」

 

私が時計を確認すると、約束の時間の12分前。

良かった。結月ちゃんと15分前には到着するようにしようねって話してて。

 

「そっか。なら良かった。じゃあ約束の時間には少し早いけど、ラーメンを食べに行きましょうか。…そういや、AmaterasuとBreak Bellの他のメンバーは来なかったんだね」

 

「あ、えっと、スズちゃんは今日はバイトがあるみたいで、蘭ちゃんと真凛ちゃんはファントムのカフェに行ってみたいとかでして…そして輝美ちゃんは」

 

「輝美はうちの琴子と一緒に香菜さんと綾乃さんにドラムをみてもらうとかで…うちもあゆみと夏希はせっかくだからファントムにご飯に行きたいって言って」

 

「なるほど。結月と天音以外はラーメンより他を選んだ…と。涼風はともかく他のメンバーはやっぱりお姉ちゃんの敵にはならなさそうだね」

 

え?何か美緒先輩メモを取ってる?何だろう?

そしてスズちゃんはともかくってどういう意味なんだろう?

 

「さっ、ここで立ち話しててもお腹が空くだけですし、ラーメン屋に向かいますか」

 

「「は、はい。よろしくお願いします」」

 

私と結月ちゃんは美緒先輩のうしろをゆっくり歩いて着いていくのだった。

 

 

 

 

「あ、そういえば今日連れて行っていただけるお店ってタカさんのお好きなラーメン屋さんなんですか?」

 

3人でテクテク歩いてるだけの時間が耐えられたなかったのかな?結月ちゃんが美緒先輩に声を掛けた。

そうだよね。駅前で待ち合わせしてから歩き始めて10分くらい経ってるし、このまま無言で歩いてるのは気を遣うよね。……結月ちゃんが一緒で良かった。

 

「とてもいい質問ですね。実は今日行くお店はお兄さんの好きなラーメン屋第4位くらいの所です。私の好きなお店でもありますが、これから行くお店はどちらかというとこってり系で、お兄さんの好きな魚介系ではなく、私が好む豚骨系なのですが、うんたらかんたら…」

 

いきなり饒舌になる美緒先輩。

言ってる事の全部を把握出来た訳じゃないけど、これから行くお店は豚骨系でこってりラーメンのあるお店なのかな?って感じで思っておこう。

魚介系とか豚骨系…鶏ガラとかその中でも派閥が分かれていて…とか色々説明して下さったけど、正直よくわかんなかった。

結月ちゃんも『あ、失敗した』って顔してるし。

 

 

 

 

「それですね。ラーメンというのは何故…」

 

「あ、み、美緒先輩。お、お話中すみません、このラーメン屋じゃない…ですかね?」

 

「おや?ああ、ここですここ。待ち合わせ場所の関係で、ちょっと歩くし時間かかるかな?って思ってたけど、意外と早く着きましたね」

 

いえ…あれから15分くらい歩きましたし、私と結月ちゃんにしたらとても長いお時間でした。

 

「ありがと、天音。助かったよ…」

 

「あ、あはは…」

 

「2人ともどうしました?ラーメンが待ってます。さ、入りましょうか」

 

 

「「は…はい…」」

 

 

 

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-少し前の時間

 

「はぁ…文化祭も終わったというのに、今日は通常授業。日々の疲れを癒したいと思ってますのに、これからまたバイト…。今日はせっかく天音がお食事に誘ってくれましたというのに、なんと世知辛い世の中なのでしょうか」

 

わたくしの名前は鶴木 涼風。

…ま、わたくしの紹介とかどうでも良いですわね。

それより手早く着替えてバイトに向かわなければ。

 

わたくしは学校から帰宅し、ゆっくり休む間もないまま制服から私服へと着替えるのでした。

わたくしの着替えシーン?そんなものはありませんわよ。仮にあったとしたら有料ですわ。

 

何となくいつもの日常のはずなのに違和感を感じたのですが、バイトに遅れるわけにはいきません。

わたくしは私服に着替え終え、いざ出掛けようと外出用のバッグを手に持ったのでした。

……あら?バッグのファスナーが開いている?

 

わたくしがバッグの中身を確認しましたが、特に何かが失くなっているという事はありませんでした。

まぁ、ハンカチとティッシュ、そしてリップくらいしか入れていませんでしたが。

 

わたくしがバッグのファスナーを閉め忘れたのかもしれませんわね。うっかりもたまにはあるでしょう。

わたくしは安堵してバイトへ向かうのでした。

 

「それでは。今日はラストまでですので、帰りは遅くなると思いますわ」

 

-シーン…

 

わたくしの出掛ける挨拶にお父様もお母様も応える事はなく、わたくしは寂しく出掛けるのでした。

 

……じゃないですわよ!

え!?先ほどから感じていた違和感!今、はっきりとそれがわかりましたわ!わたくし疲れ過ぎじゃありません!?

 

何でお父様もお母様も家に居ないんですの!?

あんまり言いたくありませんが、事業が失敗してから莫大な借金を返しつつ、少ない貯金で何とかやりくりしながら、わたくしがバイトを頑張っているのに、ニート生活を過ごしているはずのお父様とお母様が何故揃って留守にしていますの!?

 

たまにハローなワークに職探しにお二人共行ったりもしていますが、基本的に交代でしか家を開けるなんてありませんのに!

 

わたくしはそこまで考えてハッとしました。

 

わたくしの今の家に、唯一ある机の引き出しを急いで開ける。そこには何もないただの空の引き出し。

そして、学校用のバッグからシャーペンの芯を1本取り出し、その引き出しの板の端っこにある小さな穴に、そのシャーペンの芯を挿れました。

 

芯が折れないように少し力を加えながら、奥の方まで芯を入れる。すると…

 

-ガコン

 

引き出しの板が一部浮き上がり、その板を外す。

この引き出しはわたくしがギミックを施し、二重底になっているのです。

 

「あった…良かった…」

 

そこにはお父様とお母様に内緒で、わたくしの銀行の通帳と印鑑が隠してあります。

お父様もお母様もいらっしゃらないので、もしや…と、思ってしまいましたが、さすがにここはバレてはいませんわね。

 

安堵したわたくしは通帳を開き、数十万円貯まった貯金を見て、精神を落ち着けようとしました。

 

「……58」

 

こほん。

えっと、安堵したわたくしは通帳を開き、数十万円貯まった貯金を見て、精神を落ち着けようとしました。

 

「…なんで58円しかありませんの?」

 

もう1度だけ通帳を閉じ、深呼吸してから、再度通帳を開きました。

 

「何度見ても残高58円…」

 

わたくしは何かの間違いだと思い、通帳をパラパラと捲っていくと、1枚の紙切れが落ちてきました。

その紙切れを拾い、何の紙切れかと確認すると、そこには信じられないメモが記載されていました。

 

 

『ありがとう涼風!今日こそお父さん勝ってくるからな! by愛しのダディー』

 

『新装開店のお店を見つけたの今夜はきっと焼肉よ by愛しのマミー』

 

 

「あ、あのくそ親父共がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

わたくしはそのメモ書きを怒りのままビリビリに破り、床へと叩きつけてしまいました。

叩きつけたと申しましても、ビリビリに破った紙切れですのでヒラヒラと落ちるだけでしたが。

 

「ハァ…本当にあのお二人は…。また隠し場所を探さなくてはなりませんね…」

 

こんな事はたまにあるので、今日に始まった事ではありません。お父様達の事業が失敗した時、借金取りやお父様達の目から逃れ、抜き出す事に成功したほんのちょっぴりの財産がある。

そしてそれはお父様とお母様の毒牙にかからないよう、信頼している人物に預けてある。

 

お父様とお母様の散財っぷりを知って心配してくださったその方からの助言の元ですけどね。

 

しかしアレはいざという時の財産ですので、あんまり手を付けたくはない貯金です。

そろそろお米のストックもなくなるというのに…。またあの貯金に頼らないといけないのでしょうね。

 

わたくしは一気に疲れてしまいましたが、バイトに遅れる訳にはいかないので、重い腰を起こし、家を出るのでした。

 

「チ、そろそろ社員にしてくれてもいいだろうに。いつまで俺はバイトなんだ?」

 

「いや、そろそろ社員にって…。兄貴、うちで働き出してから、こっちの時間軸じゃまだ2ヵ月くらいなんだけど?」

 

…は?

 

わたくしが今住んでいるアパートの部屋を出て、階段で2階から1階に下りようとした時、下の方に何故か元BREEZEの拓斗さんとお綺麗な女性。そして、Lazy Windの架純さんと聡美さんが目に入りました。

な、何であの方達がこんな汚いアパートの前に居ますの?

 

「ケホ、晴香さん。今日もごちそうさまでした」

 

「今日のスイーツもめちゃ美味しかったです。そよ風のメニューに入れたら、絶対売れると思いますよ」

 

「架純ちゃんも聡美ちゃんもいつもありがとうねー。いやぁ、新メニューの試作にいつも付き合ってくれて感謝してるよ。明日香ちゃんは今日は残念だったけど」

 

「ケホ、明日香も文化祭は終わったみたいですけど、次は修学旅行もあるから、今日は忙しいみたいでして。ケホ、コホ」

 

そよ風の新メニューの試作?

拓斗さんの事を兄貴と呼んでらっしゃいましたし、あの方が噂の妹さんでしょうか?

 

「修学旅行か。俺には大した思い出はねぇが、明日香には思い出をしっかり作ってもらいてぇな」

 

「大した思い出はないって…。拓斗くんは修学旅行って何処に行ったん?」

 

「ああ、俺はスキーだったな。冬によ」

 

「スキー?ケホ、拓斗さんがスキーとか似合わないね」

 

「似合わないってなんだ?架純、お前は俺をどう見てるんだ?」

 

「いや、兄貴の学校は修学旅行って出雲大社だったでしょ?スキーはタカとトシキの学校の修学旅行で、兄貴が勝手に着いていっただけじゃん」

 

「懐かしいな。いい思い出だぜ」

 

「ケホ、いい思い出って…さっきは大した思い出ないって言ってたのに…。それよりタカさんはスキーかぁ。かっこ良かったんだろうなぁ。スキーウェアのタカさん」

 

「架純ちゃんって時々変な事言うよね」

 

って、わたくしも早くバイトに行きたいんですのに、この方達は何でこのアパートの前で談笑してますの?

 

「そういや話変わるけど、拓斗くんは引っ越しせぇへんの?晴香さんの所でちゃんと働いとるし、もう少しええ所に住めるんちゃう?」

 

引っ越し?

あ、そういえば夏休み頃に1階に引っ越しされてきた方がいらっしゃいましたわね。

まさかその方が拓斗さん?あゆみに教えたら毎日でもうちに来られそうですわね…。

 

「ん?ああ、明日香にもちゃんと青春をやれって言った手前な。色々金が掛かる事もあるからよ。余裕は多少出来てるが、何かあった時の為にな。あいつの両親から預かってる金は手を付けたくねぇしな」

 

ああ、拓斗さんって見た目ちょっと怖い方と思っていましたが、めちゃくちゃ良い人ですわね。

お父様とお母様に拓斗さんの爪の垢でも煎じて飲んでいただきたいくらいですわ。

 

「ケホ、拓斗さんってそういう所だけはかっこいいよね。タカさんには及ばないけど」

 

「架純も拓斗くんとタカさんを比べるんは止めたり。うちとしてはどっちもどっちやし、目くそ鼻くそやけど、拓斗くんは、梓さんの事でアレなんやし」

 

「あはは。兄貴って梓の事好きなのみんなにバレてんじゃん。架純ちゃんも梓もタカの何処がいいのかわかんないし、頭が悪いのかな?ってよく思うけど、明日香ちゃんの事に関してだけは、あたしも我が兄ながらかっこいいとは思ってやってるよ」

 

「だったら早く社員に昇格させて給料上げてくんねぇか?」

 

「ケホ、あれ?私ってさりげなく聡美と晴香さんにディスられてる?」

 

 

 

 

「ハァ…これからバイトだというのに疲れてしまいましたわ。店長、ごきげんよう」

 

「おお、涼風ちゃんおはよう。今日もよろしくね」

 

あの後も拓斗さん達はアパート前で談笑を続け、やっと解散されたかと思えば、普通に歩いてはバイトに間に合わない時間になっていました。

…久しぶりに全速力で走りましたわ。

 

わたくしのバイト先はみんなには内緒にしていますが、学区からかなり離れた場所にあるラーメン屋です。

 

ここは時給も良く、賄いもあり、学区から離れているので知り合いも来ない。

こんないいバイト先はないと思っていたのですが、夏頃からタカさんや佐倉先輩がよくご一緒に来られるのを見かけるようになりました。普段は結んでいる長い髪もお帽子の中に入れ、年のための変装用として伊達眼鏡をかけ、それでも不安なので、タカさんと佐倉先輩の前ではしゃくれるように顎を突き出しながら接客しているのですが、どうも佐倉先輩にはバレちゃっているかも知れないと、最近不安になっています。

 

「まぁ気を取り直して、今日はラストまでですから賄いも出ますし、集中してバイトを頑張りましょう!」

 

と、わたくしが気合いを入れ直した時でした。

 

「さ、どうぞ遠慮せず入ってください」

 

「す、すみません…お邪魔します」

 

「いや、ここラーメン屋で美緒先輩の家じゃないですよね。天音もそんなかしこまりながら入らなくても…」

 

-スパーン!

 

「「「?」」」

 

あっぶな!ですわ!

何で!?何で佐倉先輩と天音と結月がこのラーメン屋(わたくしのバイト先)に!?

 

わたくしは天音達に見つからないように、勢いよくカウンターを飛び越え厨房の中に入り、しゃがみながら様子を伺うのでした。

 

「び、びっくりした…涼風ちゃんどうし…」

 

「しっ!店長、今日はわたくしの事は涼風と呼ばないでください」

 

「涼風と呼ぶなって…なら、鶴木さん?」

 

「鶴木もまずいですわね。そうですわね…今日のわたくしはウインド。さしずめ、火消しの風ウインドと呼んでいただきましょうか」

 

「涼風ちゃんは何を言っているの?」

 

ふぅ、これで何とか名前の問題はクリアですわね。

さて、あの3人はいったい…。

 

「あれ?今何か飛んで行って、すごい音したみたいだったけど…」

 

「結月はおかしな事を言いますね。私の家じゃないって、ここはラーメン屋だよ?むしろホームと言っても過言ではないでしょう」

 

「いや、本当に何言ってんですか?それより店員さんは厨房のあの人しかいらっしゃらないのかな?あたし達適当に座っていいのかな?」

 

「問題ないですよ。ほら、遠慮せずそこのテーブル席に座りましょう。他のお客さんもいないですし」

 

佐倉先輩はそう言って天音と結月をテーブル席に促して、横並びで座らし、佐倉先輩はその対面の席に座りました。って、何で佐倉先輩は天音と結月を隣同士で座らせてますの!結月の隣には佐倉先輩が座るべきでしょうに!そして天音の隣にはわたくしが…。

いや、いけませんわ。そんな事になってしまっては、わたくしがラーメン屋(こんなところ)に居る事がバレてしまいます!

ええい…何と忌々しい…。

 

「あの…涼風ちゃん…じゃなくて火消しのウインドさん。お客様いらっしゃったのでお水とか出してほしいんだけど…美緒ちゃんはお得意様だし」

 

クッ、本当に忌々しい。

佐倉先輩もタカさんもよくこの店に来られてるから、店長に顔も名前も覚えられています。

確かに水を持って行かないのは、店員としてあるまじき失態。ですが、いくらしゃくれるとはいえ、こんな伊達眼鏡だけでは、結月はともかく天音の愛の力で速攻わたくしだとバレてしまいますわ。

何か…何か変装に使えそうな物は…ハッ!これはっ!

 

 

 

 

「へぇ~。チャーハンとか天津飯も美味しそう」

 

「餃子もなかなか美味しそうじゃない?あたしはどれにしようかな?」

 

「は?天音も結月も何言ってんの?ラーメン食べに来て、チャハーンとかてんすぃんハァンとか、チャオズとか…」

 

「いえ、その…チャハーンじゃなくて、チャーハンだし、そのてんすぃんハァンって…」

 

「あたしもチャオズって読まずにちゃんとギョウザって読みましたけど…」

 

メニューを見ながらあれだこれだと言う天音達に、わたくしはやむを得ずお水を持っていくのでした。

 

「お待たせしましたですわ。ご注文はお決まりになられましたでしょうか?」

 

「あ、ありがとうございます。メニューはまだっていうか………え?な、何で店員さんがガンダムWのゼクスみたいなマスク着けてるの?」

 

「いや、それより何でこれでもかってくらい無理矢理しゃくれてんの?口元ぷるぷるしてるし…」

 

「天音と結月の前だから変装してるんじゃないですか?」

 

「「え?変装?何で?」」

 

クッ…佐倉先輩…。やはりわたくしだと気付いて…。

 

「それより注文なんですけど、すず…」

 

「わたくしの名前は火消しの風ウインドですわ。それ以上でもそれ以下でもありませんわ!」

 

わたくしは佐倉先輩がわたくしの名前を出す前に、書き消すように先に名乗りました。

 

「火消しの風ウインド…って、ゼクスみたいなマスク着けてるのに…エンドレスワルツなんだ?」

 

「天音ってガンダムとか観るんだっけ?」

 

「いや、アニメとかはあんまり観ないんだけど…たまたま…」

 

「天音が何を言っているのかわかんないんだけど…。まぁ、注文も待っていただいてますし、サッサと注文しちゃいましょう」

 

「あ、そうですね。ごめんなさい」

 

「お腹も空いてるしね。じゃああたしは…」

 

「やれやれ、じゃあ火消しのウインドさんって呼びましょうか…。あ、やっぱりめんどくさいから店員さんで。店員さん、私達の注文はいつものヤツ3つで」

 

いつものヤツですって!?

いや、佐倉先輩はそれでいいでしょうけど、結月はともかく天音は絶対無理ですわよ!?

 

「え?いつものヤツって?」

 

「美緒先輩、それって何なんです?」

 

「ああ、説明が必要ですか」

 

そりゃ天音と結月には必要でしょう!

天音と結月にとってはいつもじゃないですし!はじめましてですし!

 

「しょうがないですね。説明しましょう。

私の言うこのお店での『いつものヤツ』というのは、濃厚豚骨背脂大ラーメン大盛り、ニンニク激増しのもやしとネギ、おろしニンニクとニンニクチップをトッピング、さらに背脂を増し増ししたラーメンだよ」

 

「大ラーメンの大盛りに…ニンニク激増し…それなのにおろしニンニクとニンニクチップをトッピングしちゃうんだ…」

 

「濃厚豚骨背脂ラーメンなのに、さらに背脂を増し増しにしてるの…?」

 

そりゃ天音も結月も驚きでしょうね。

わたくしも初めて注文を聞いた時はびっくりしましたもの。でも、驚くのはこのラーメンが運ばれてからも続くのですわよ。

 

卓上に置かれているニンニクパウダーを振りかけて、さらに食べ放題のニラニンニクも山盛り乗せるのですから。

 

「さすがに…私は大ラーメンの大盛りってのは…」

 

「うん…あたしも食べれる自身ないかな…」

 

「何と!?」

 

いや、佐倉先輩は何を驚いてらっしゃいますの?

 

「何と情けない事でしょう…。天音も結月も…ここには何をしに来たんだっけ?」

 

「え?何をしにって…ラーメンを食べに…」

 

「あ、あたしもラーメンを食べに来たんだと…」

 

そりゃラーメン屋に来てるんですものね。

まぁ他にもメニューはありますが、ラーメン食べに来た以外なにものでもありませんわよね。

 

「ふぅ…2人共何を言ってるんだか…。違うでしょ?」

 

「「「え?違うんですか?(の?)」」」

 

おっと、あまりにもびっくり発言だったものですから、わたくしまで違うのか聞いてしまいましたわ。

 

「ただラーメン食べたいってだけだったら、無難に結月の学校か私達の学校から近い所を選びますよ。このラーメン屋に来た理由は2つ。その内の1つはお兄さんの好きなラーメンを食べたかったからでしょ?」

 

「「!?」」

 

「それなのに…ああ、それなのにお兄さんの注文するラーメンと違うラーメンを食べると言うのですか?

なるほど、天音と結月のお兄さんへの想いもその程度なんだね。お姉ちゃんの敵にはならなそうで安心したよ」

 

「「!?」」

 

佐倉先輩は何を言っていますの?

そもそも佐倉先輩の言うお兄さんって、タカさんの事ですわよね?タカさんも確かにこのニンニク増し増しのラーメンが好きだ!とか、食べたい!とか仰っていますが、基本的にはニンニク抜きを注文されてますわよね?ニンニク臭くして帰ったらご両親に怒られるとか、いい歳した大人が。

 

「お兄さんもニンニクはたまに抜きにしていますが、基本的にはここのラーメンはニンニク増しが最高だと。愛していると言っています」

 

……確かに言ってらしたわね。

 

「そのお兄さんの愛したラーメンを食べないとは…フッ、笑止」

 

笑止って笑いながら言う言葉でしたっけ?

 

「確かに…そうだよ。私は何を甘えていたんだろう…」

 

天音?

 

「あたしも…何がタカさんに憧れてるだよ…って感じだね。ありがとうございます、美緒先輩。あたしが間違ってました」

 

結月も何を言っていますの?何か間違ってましたか?

 

「店員さん!私も美緒先輩のいつものヤツってラーメンでお願いします!」

 

「あたしも!それをお願いします!」

 

「フッ、やはり私の目に狂いはありませんでしたね。天音も結月もお兄さんへの想いは強いという事だね。お姉ちゃんにもうかうかしてると、お兄さんがNTRされちゃうよって注意しとかなきゃ」

 

このお三方は揃いも揃って何を仰ってますの?

と、思いましたけど、天音も結月も基本はアホの子でしたわね。うっかりしてましたわ。

まぁ、佐倉先輩もクールぶってる割に、アホの子の一派だったと、今のうちにわかったのは良かったと思いましょうか。

 

それよりも…。

 

「あ~…。お客様、こちらのお客様の仰る『いつものヤツ』っていうのは、本当に悪魔のようなとんでもないラーメンですので…そちらの方はともかく、貴女様は止めておいた方が良いと思うのですけど…」

 

「え?な、何でですか!?私がチンチクリンだからですか!?」

 

「何であたしはともかくなんだろう?」

 

「…」

 

いえ、確かにチンチクリンだから、あの量は食べきれないだろうなとは思っているのですが…。

それより佐倉先輩…めちゃくちゃしかめっ面しながら、わたくしの事ジッと見てくるの止めてもらえませんか?

 

「天音、その店員さんは天音がチンチクリンだから、食べきれないとか思って言ってるんじゃないと思いますよ」

 

「え?そ、そうなの…かな?だったら何で…」

 

「天音のお兄さんへの想いなんかその程度。だから、天音には食べきるなんて無理ですよ。って言いたいんだと思うよ」

 

なっ!?何で天音を煽るような事を!?

 

「そ、そんな事ないもん!ぜ、絶対食べきれるし!店員さん!絶対に美緒先輩のいつものヤツでお願いします!」

 

クッ…こうなってしまった天音には何を言っても無駄ですわね…。佐倉先輩め…余計な事を…。

 

「という訳で店員さん。いつものヤツを3人前お願いします」

 

「いえ、で、ですがアレはさすがに…」

 

「おや?ダメですか?

あ、でしたら、名前を呼びながら注文すればいいですかね?火消しのキーボードでしたっけ?」

 

「「キーボード?」」

 

…!?間違いありませんわ。

佐倉先輩はわたくしに気付いている。

クゥゥゥ…あんなおぞましい物を天音に食べさせる訳には…。

 

「もう一度言いましょうか?いつものヤツを…」

 

「しょ!承知しましたわ!

濃厚豚骨背脂大ラーメン大盛り、ニンニク激増しのもやしとネギ、おろしニンニクとニンニクチップをトッピング、さらに背脂を増し増し3人前ですわね!

…店長!佐倉先輩のいつものヤツ3人前ですわ!」

 

わたくしは負けを認め、佐倉先輩の仰るいつものヤツ3人前を店長にオーダーするのでした。

 

「…ありゃ?自爆かな?」

 

「ね、ねぇ…結月ちゃん、さっき店員さん…佐倉先輩って…」

 

「あたしもびっくりしたんだけど…。美緒先輩の事だよね?それにさっきのオーダーの時の声…涼風に似てなかった?」

 

「やっぱり結月ちゃんもそう思ったんだ…?今の声…すずちゃんっぽいよね?」

 

わたくしが厨房に戻った後、まさかそんな話がテーブルで繰り広げられているとは、知るよしもありませんでした。

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