バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第4章 覚醒

大きな斧を持った二足歩行をする牛男。

その牛男がこの場から去るのを、茂みの中に隠れながら伺っていた。

 

「グルルルル…」

 

-のっしのっしのっし…

 

「どうやら行ってくれたみたいですね」

 

「あんなモンスターが居るって事は、ここは本当に東山先生達が言うように魔界って所なんですか…?」

 

「私もにわかには信じられませんが、先ほどの巨大なスライムのようなモンスターに、二足歩行のミノタウロスでしょうか?以前、澄香さんに聞かせていただいた魔界で間違いないと思いますわ」

 

「あたしも英治に子供の頃に少し聞いただけだけど、多分そうじゃないかな?って思う。あたしと綾乃を驚かす為の冗談だと思ってたのに…」

 

あたしの名前は柚木 まどか。

あたし達はこれからファントムでハロウィンライブをするはずだったのに、大きな地震が起きて、目が覚めたらあたしとNoble Fateの東山 達也さん、Canoro Feliceの秋月 姫咲ちゃん、Glitter Melodyの藤川 麻衣ちゃんの4人しか居なくて、見たこともないような草原で倒れていた。

 

そこで目を覚ましたあたし達は、少しの間パニックになってたんだけど、そこに巨大なスライムが現れて、あたし達に襲い掛かってくるものだから、森の中へと逃げてきた。

 

そこで東山さんが昔に拓斗さんに聞いた事のある話、姫咲ちゃんが澄香さんから聞いた事のある話、あたしが英治に聞いた事のある話を、各々が思い出して"ここは魔界"なんだろうという事で話は落ち着いた。

 

それでこれからどうしようかって時に、さっきの牛男、ミノタウロスでいっか。

ミノタウロスが現れて…。

 

「うぅ…皆さんの話じゃ神崎先生も来てたはずなのに、私は聞いた事ありませんでしたよ。聞かされてもらってたら対策とかも出来たでしょうに」

 

「しょうがないですよ。拓斗さんも笑いながら夢の話だって言ってましたし。それに…」

 

「澄香さんからは、まだじいやの頃にBREEZEのメンバーや、Artemisのメンバーの名前を伏せて聞かされたお話でしたが、嬉々として英雄譚のように聞かされてましたわ。ですが…」

 

「あたしも英治からは、あたし達を驚かす為の作り話みたいな感じで話されてたし。今のあたし達は…」

 

「そうですね。聞いていた話と違って、僕らは楽器を出せません。対策しようにも何も出来ませんよ」

 

そう。英治に聞いた話だと、この世界の魔物や魔族は人を襲う恐ろしい存在だけど、楽器を持って演奏をすると魔物は陽気になって人を襲わなくなり、魔族も音楽に感動して戦意を失うって話だった。

 

それなのにこの世界に来たあたし達は、誰も楽器を出せないでいる。

 

「最終的に魔王には音楽が効かなかったので、とある2人の暴君が物理的にしばき倒したらしいですが…」

 

「へぇ、そうなんですね。拓斗さんからはその暴君の2人ってのは聞かされた事ないですね」

 

「そういえば、あたしも魔王を倒してって所は、どうやって倒したのか英治に聞いてないかも」

 

確かに英治も魔王は物凄く嫌なヤツで、演奏が全然効かなかったって言ってたよね。

でも、どうやって倒したのかは聞いてないね。

何とかやっつけたって言ってただけで。

 

「でも本当にまずい事になりましたわね。森の中に逃げてしまったというのもありますが、楽器を出せないとなると、またモンスターとエンカウントしてもどうにもなりませんし」

 

「取り敢えず森を抜けてみます?」

 

「いや、でもさっきみたいな隠れる所もないような所で魔物に襲われたら、それこそどうしようもなくない?」

 

「確かに隠れる場所が多い分、森の中の方が安全ではあると思いますが…」

 

「この世界では食べられる野草もわかりませんし、水もないとなると…」

 

「うぅ…改めてそう言われるとお腹が空いてきました…」

 

あたしもさっき思いっきり走ったし、喉が渇いちゃったな。お腹の空き具合は、控え室にあったお菓子をちょこちょこ詰まんでたし大丈夫だけど、ライブ1発目で出演直前だった麻衣ちゃんは、何も食べてなかっただろうし、お腹が空いちゃってるかもね。

 

「そうですね。取り敢えず水だけは、何とかしないといけませんし、魔物に出会わないように移動しながら、水場を探しましょうか」

 

「飲んでも大丈夫そうな水の流れる川でもあれば良いのですが…」

 

「うぅお腹空いた…」

 

取り敢えずあたし達は、達也さんの案で水場を探す事にした。綺麗な川でも見つかって、そこに食べれそうな魚でもいてくれたら助かるんだけど…。

 

-ガサッ

 

「ん?」

 

「まどかさん?どうしましたか?」

 

さっきそこの茂みが動いたような…。

魔物だったらあたし達に襲い掛かって来てるだろうし。

 

「ううん、何でもない。気のせいかも」

 

本当に気のせいだったらいいけど…。

 

 

 

 

 

 

「も、もう疲れたぁ!歩きたくな~い!」

 

藤川さんがとうとう歩き疲れて、半べそかいて座り込んでしまった。

気持ちもわからなくもない。あれからどれくらい歩いただろう?あたしも大人の意地がなければ、座り込んでしまいたいくらいだ。

 

「そう…ですね。少しここで休憩しましょうか」

 

「そうですわね。あれからずっと歩きっぱなしですし」

 

姫咲ちゃんはあんまり疲れてるようには見えないけど、東山さんは結構疲れてるはずだ。

このメンツの中で男一人だからか、率先して遠くまで走って見に行ってくれたり、魔物や魔族が居ないかとか、周りを常に警戒してくれている。

 

道中でキノコとか木の実が生っているのを見掛けたけど、食べられるかどうかもわからないし、水場も発見出来ずにいた。

 

「うぅ…私こんな訳のわからない所で死んじゃうのかな?こんな事ならカロリーとか気にせず、ケーキバイキングとか行きまくっておけば良かった」

 

「大丈夫だよ。元の世界に戻れたらケーキでもお寿司でも焼肉でも…好きなの食べに行けばいいじゃん」

 

何か気の利いた事言えたらいいんだけど、あたし自身も不安がいっぱいだし、こんな事くらいしか言えないな…。

 

「よし、僕はもうちょっと先まで見てくるんで、藤川さんも柚木さんも秋月さんも、ここでまだ少し休んでてください」

 

「東山先生ももう少し休まれた方がいいですわよ」

 

「そ、そうですよ。私も結構…っていうかかなり弱音吐いちゃってますけど、東山先生さっきから動きっぱなしですし。もうちょっと休んだ方が…」

 

そうだよね。

このままがむしゃらに探しても、水場なんか見つからないかも知れないんだし…。

 

「いや、このままだと逆に落ち着いてゆっくり休めないっていうか。ははは…。もうちょっと見てきますよ」

 

この中じゃ一番年上だし男だからって無理してるんだろうな。きっとタカやトシキや拓斗さんや英治を昔から見て来たから…。

拓斗さんは正直わかんないけど、タカ達ならきっと達也さんみたいに率先して、あたしらを守ろうとするもんね。ブツクサ文句言いながらだろうけど。

 

-ゴト…ゴロゴロ

 

何かが飛んできて落ちたような物音。

あたし達4人はその音に気付き、転がってきたのが何なのか確認した。

 

「こ、これは!」

 

「リンゴ…?いえ、桃?でしょうか?随分と不思議な感じの形と色ですわね」

 

そこにはちょうどリンゴくらいの大きさをしていて、明るめのピンク色、形は丸いというか楕円というか、そんなフルーツみたいな物体が1つ転がっていた。

 

「これは…食べれるんでしょうか?見た感じはフルーツって印象ですけど」

 

確かに食べちゃうには少し勇気がいるかな。

あたし達は周りの木々を確認してみたけど、それっぽい実の生っている木なんか見あたらないし。

あたし達はそのフルーツっぽい物を見ながら固まっていた。

 

「も、もう無理です…。私食べちゃいます!」

 

そう言って誰も触ろうとしなかったフルーツみたいな物体を藤川さんは拾って、生唾をゴクリと飲み込んでからかぶりついた。

 

「「「藤川さん!?」」」

 

「うっ…」

 

あたし達が止める間もなく食べてしまった藤川さん。

もしこのフルーツみたいなヤツに毒とかあったら…。

 

「美味し~い!!みずみずしいし甘いし、柔らかくて食べやすいし!めちゃくちゃ美味しいですよこれ!」

 

そう言って藤川さんは私達に差し出してくれた。

差し出してくれた気持ちは嬉しいし、そんなに美味しいならって思うけど、この大きさのフルーツを4人で分けるとなると…。

 

-ゴト…ゴト、ゴト、ゴロゴロゴロ…

 

あたしがそんな風に思っていると、藤川さんがさっき食べたフルーツみたいなやつが、1個また1個とあたし達の方へ転がってきた。

 

「こ、こんなにいっぱい!」

 

あたし達の元に転がってきたフルーツは、さっき藤川さんが食べた分を含めて8個もある。

あたし達で分ければ1人2個も食べられる。

 

喉の渇きと空腹には勝つ事が出来ず、東山さんも姫咲ちゃんもあたしも、拾って食べずにはいられなかった。

 

 

 

 

「どこのどなたがこのフルーツを私達に投げて下さったのか…わかりませんけど助かりましたわね」

 

「ええ、ありがたいです。でも、それだけじゃありません」

 

こんな見たこともないフルーツが、複数個もあたし達の所に転がってくるなんて、誰が考えてもおかしい。

 

そう思った東山さんは、フルーツが飛んできた方に急いで行ったけど、そこには誰もおらず、『水』という文字と矢印だけが、地面に書かれていたそうだ。

 

もしこれが魔族の罠だったとしても、わざわざあたし達にフルーツなんか食べさせなくていいはずだし、今のあたし達にはほんの些細な希望でもありがたいものだからと、あたし達はフルーツを食べた後、その矢印の方向に向かって歩く事にした。

 

 

 

 

「あ、また矢印ありましたよ!次はこっちみたいです!」

 

あたし達は矢印に導かれるまま歩いていた。

でも、誰がこんな事を…。あたし達の前に現れてくれてもいいだろうに。

 

それから少し歩いていると…。

 

「水…水の流れる音が聞こえますわ」

 

「って事は川ですね!川があるって事ですね!」

 

姫咲ちゃんの言葉に喜んだ藤川さんが、我先にと走って行ってしまった。

 

「藤川さん!単独で動くと危ないですわよ!」

 

その藤川さんを追うように姫咲ちゃんまで走って行ってしまった。

魔物やら魔族やらが出るかも知れないってのに、あの2人は本当に…!

 

「ひゃっはー!水だぁぁぁぁ!!」

 

東山さんまで!?

こ、これであたしだけ走らないとか逆に…。

 

「み!水だぁぁぁぁぁ!!!」

 

あたしもそんな達也さんを叫びながら追った。

 

 

 

「水ですよ水ぅぅ!」

 

藤川さんが嬉しそうに川の水をパシャパシャしている。

姫咲ちゃんは水際に座り込んで、川に顔を突っ込んでいる。酸素大丈夫?

東山さんも川の水で顔を洗っていた。

 

うぅ、あたしも川の水で顔を洗ってさっぱりしたいけど、化粧落ちちゃうだろうしなぁ…。

いや、もう汗とかで顔面ぼろぼろだろうし、構わないとは思うけど…。

 

-ガサッ

 

「!?」

 

またあたしの後ろの茂みで物音が…。

今から見に行っても逃げられてるだろうし、確認しに行くだけ無駄かな?

 

「何やってるんですかまどかさん!水ですよ水!」

 

今はまだいいか。

これだけあたし達を助けてくれるなら、しばらくしたら姿を表してくれるかも知れないし。

あたしも川に向かって、少し川の水を口に含んでみた。

うん!冷たくて美味しい!飲めそうな水で良かった。

 

 

 

 

 

「この川にも魚がいてくれて助かりましたね」

 

辺りはすっかりと日も暮れていた。

 

あたし達が目を離した隙に誰かが置いたのか、木の枝で串刺しにされた川魚。

その川魚ならきっと食べられるんだろうと思い、東山さんと姫咲ちゃんが川魚を捕ってくれていた。

その間にあたしと藤川さんとで、森の中から枯れ木や葉っぱを集め、何とか火をおこして、川魚を焼きながら火を囲んでいる。

 

「そろそろ焼けましたかね?食べて大丈夫ですかね?アチッ」

 

「川魚はたくさん取れたんですから、慌てなくても大丈夫ですわよ」

 

うん。塩があったらなぁと思うけど、この川魚も臭みもなくて食べやすい。うーん、たんぱく質が身に沁みる!

 

「それにしても何で私達がこんな世界に…」

 

「そうですね。僕が拓斗さんから聞いた話ですと、以前拓斗さん達が魔界に来た時も、ハロウィンライブの時だったらしいですが…」

 

「あたしは英治から時期までは聞かせてもらってなかったですね。他のみんなもこっちの世界に来てるのかな?」

 

「確かに私達には共通点らしきものは思いつきませんし、私達だけではないと思って行動した方がいいかもしれませんわね」

 

確かにあたし達だけってのは不自然過ぎる。

ハロウィンライブのあの控え室で、近くに居た者同士って事もないと思うけど…。あ、でも停電とか地震の揺れでみんなパニックになってたし、もしかしたらこの4人が近くに居たのかも知れないのか。

 

「あと僕らを陰ながら助けてくれた方の事も気になりますね」

 

「そうですよね!あのままだったら私達、今頃空腹と喉の渇きで大変だったと思いますもん!」

 

「ファントムの仲間…ってのは考えられませんよね、それならあたし達の前に姿を見せない理由がありませんし」

 

「そうですわね。私達を助けて下さった方。確かに謎だらけですわね。ですが……そこに居るあなたならお答えいただけますか!?」

 

そう言った姫咲ちゃんは食べ終わった魚から串を抜き、その串を茂みに向かってシャッと投げた。

まさかあんな串を漫画やアニメで見た投擲を見る事か出来るなんて!姫咲ちゃんのかっこ良さに惚れ惚れした。

 

-グサッ

 

「え…グサッ?」

 

「あの…もしかして秋月先輩が投げた串。恩人の方に刺さっちゃったりしてません?」

 

「い、威嚇のつもりでしたの!まさか刺さるとは思ってなくて…」

 

「大丈夫でしょうか?ちょっと僕見てきますね」

 

東山さん勇気あるな。

もしかしたら魔物か魔族かもしれないのに。

 

「見に行っちゃって大丈夫ですかね?もしかしたら血塗れになってる可能性もあるのに」

 

「藤川さん!?怖い事言わないでくれませんか!?あ、あんな串で…その…」

 

姫咲ちゃんもテンパっちゃってるね。

確かにあの一撃でって事はないとは思うけど、あれ?そういえばさっきまで失念してたけど、わりとひらけてる川辺に長時間居るのに、魔物にも魔族にも襲われる事なくゆっくり休めてたよね?

 

何でだろう?火を焚いていたから?

火に怯えて近付けないとかだろうか?

 

-ガサガサガサッ

 

あたしが考え事をしていると、さっき姫咲ちゃんが串を投げた所の茂みがガサガサと動き、そこから人影が出てきた。

 

「あの大丈夫でしたか?」

 

「良かった…生きてましたわ」

 

東山さんが心配そうに人影に近付き、姫咲ちゃんが相手が生きていた事に安堵したけど…。

 

「グァァァァァァー!!」

 

その茂みから出てきたのはゾンビだった。

そしてそのゾンビの額には串が刺さっていた。

 

「ま、まさかさっきの秋月さんの串で!?」

 

「やっぱり…秋月先輩が殺っちゃったんだ…。それで化けて出てきたんだ…」

 

「いや!ないでしょう!さっき私が殺っちゃったとしても、ゾンビとして出来上がるのが早すぎじゃないですの!ちゃんと見てくださいな!あのゾンビ結構腐敗が進んでますわよ!」

 

確かに服装もボロボロだし、昨日今日ゾンビになったって訳じゃなさそうだけど…。

 

って!そんな悠長に構えてる場合じゃないよ!

 

「東山さん!ヤバいです!そいつから離れて!」

 

「っと、そうですね。相手の心配してる場合じゃないですね」

 

東山さんはゾンビに近付くのを止めて、後ろ(あたし達の方)へと下がり、ゾンビからの距離を取った。

 

「ぐぅぅぅ…」

 

幸いゾンビは早く動く事が出来ないようで、あたし達に近付いては来ているけど、逃げるには余裕の間合いだった。

 

「僕は無理そうなんですが、誰か楽器を出せそうですか?」

 

「すみません、あたしも無理っぽいです」

 

「私もベースを出せませんわ」

 

「うー!キーボード出ろキーボード出ろー!」

 

やっぱりここに居る4人は誰も楽器を出せそうになかった。

 

「ぐぅぅぅ…ぁぁぁ」

 

さっきまでノロノロとあたし達に近付いて来ていたゾンビが、急に踞って…

 

 

-バッ!

 

 

「「「「飛んだ!?」」」」

 

ゾンビはあたし達との距離を一気に縮め、ゾンビから見てあたしと藤川さんは左側に、東山さんと姫咲ちゃんは右側へと避けて、分断されてしまった。

 

獲物(あたし達)が左右に別れたものだから、ゾンビはどっちを襲うか少し考えるかもしれない。

そしたらその間にあたし達も動いて合流すれば…。

 

「ぐがぁぁぁ」

 

って思ってたのに、迷わずにあたし達の方へと向いた。何で!?

 

「ゾンビって迷わず私達の方を見ませんでした!?って言うかさっきから私の事見てません!?もしかしてアレですか!?スタイリッシュなまどかさんや秋月先輩より、体脂肪の多そうな私を美味しそうって見てるとか!?」

 

いや、そんな事はないとは思うんだけど…。

藤川さんもスタイルいい方だし。

でも確かにあのゾンビは藤川さんを見ている気がする。

 

「今、藤川さんって私の胸には脂肪がないって嫌味を言いませんでしたか?」

 

「いや、藤川さんにそんなつもりないと思いますけど、何となく僕がコメントしづらい事を聞いてくるのは、止めてくれませんか?」

 

「グゥゥ…」

 

そしてまたゾンビが屈んで力を溜めているようだ。

多分あたしと藤川さんの方に飛びかかってくるだろう。空中じゃ動く事も出来ないだろうし、真っ直ぐ飛びかかってくるなら、ゾンビが飛んでから逃げたのでも大丈夫なはずだ。

 

「藤川さん、ゾンビはこっちに飛んで来るだろうけど…」

 

「わ、わかってます。空中じゃ軌道も変えれないでしょうし、飛んで来る方向がわかってから逃げます!」

 

良かった。藤川さんもわかってるみたいだ。

だったらあのゾンビがいきなり飛んで来たからって、何も怖い事はない。

 

-バッ!

 

飛んだ!

ゾンビは高く跳躍し、予想通りあたしと藤川さんに向かって飛んできた。

 

あたしと藤川さんはゾンビが着地する場所を予測して避けたんだけど、あたしはゾンビから見て右に、藤川さんは左に避けてしまったせいで、また分断されてしまった。

 

でもまぁあのゾンビは素早く動く事は出来ないし、気をつけて逃げ回れば、みんな合流も出来るだろう。

ただ、楽器を出せないから逃げ回る事しか出来ないんだけど。

 

あたしがそんな事を考えていると、ゾンビは跳躍中に中空を蹴り、藤川さんの逃げた方向へと軌道を変えた。

跳躍を蹴って軌道を変えるって何よ!月歩なの!?

 

「藤川さん!」

 

「まずいですわ!」

 

「わわわわわわ、こ、こっち来た!キーボード、キーボード出さなきゃ…!」

 

藤川さんはゾンビの急な軌道修正で、テンパっちゃったのかもしれないけど、まずい事に逃げる事を諦め、キーボードを何とか取り出そうと必死になっていた。

 

ダメだ。あたしの位置からも東山さん達の居る位置からも、藤川さんの位置は遠すぎる…。

 

「わわわ、来ないで来ないで来ないで来ないで!!私まだ死にたくないっ!まだ万バズも取れてないし、食べたいスイーツだっていっぱいあるんだからぁぁぁぁ!」

 

-ピカッ!

 

藤川さんが泣き叫びながら両手をゾンビに向けた時、藤川さんの両手が白く発光して、ゾンビはその光から逃げるように、空中でバック回転しながら、藤川さんとの距離を取った。あのゾンビあんなアクロバティックな動き出来たの?

 

「え?何…これ?キーボードは出せなかったけど…」

 

「藤川さん…無事で良かった」

 

「それより先程の閃光。あの藤川さんの持つ杖から発光したのでしょうか?」

 

藤川さんの両手には、ファンタジー物のアニメとかに出てきそうな、先端の方に綺麗な宝石が装飾されている鉄の杖みたいな物を握られていた。

 

「グァァァ…」

 

「も、もしかしてコレなら…え、えいっ!」

 

藤川さんがその杖を振るうと、杖の先端から白い光弾がゾンビに向かって飛び出した。

 

「す、すごい!すごいですよ藤川さん!」

 

「まさか…藤川さんが魔法を?」

 

何で藤川さんが杖を取り出せて、魔法みたいなモノが出せるのか不思議だけど、これならゾンビを倒せるかもしれない!

 

-サッ

 

藤川さんが放った光弾はそれなりに速いスピードがあったけど、残念ながらあのゾンビには避けらてしまった。

 

「よ、避けた?だ、だったら!」

 

藤川さんは次は単発ではなく、杖を鋭く早く振り回し、連続で光弾を放った。

 

-サッ、サッ、サッ、ササッ…

 

「な、何で全部避けられちゃうの~…」

 

藤川さんの放った光弾は連続して放たれたけど、全てすんでの所で避けられ、ゾンビには1発も当たらなかった。

このゾンビってそんなに早く動けたの?さっきまでノロノロ動いていたのな何だったの?

 

「あのゾンビも凄いとは思うのですけど、藤川さんも凄いですわね」

 

「ええ、拓斗さんから聞いた話では、この世界の魔物や魔族は魔力の通った武器か魔法でしか倒せない。そして、僕達異世界人には魔力なんてないはずなのに」

 

あたしも1人で居るよりは、東山さん達と固まってた方がいいと思い、ゾンビが藤川さんの攻撃を避ける事に集中している今の内に、東山さん達の居る場所までやって来た。

 

「タカ達が昔来た時は魔力が使えなかったけど、今のあたし達は何かがきっかけで魔力が使えるようになる。だから、あたし達は楽器を出せないんじゃないですか?」

 

あたしはふと思った事を東山さんと姫咲ちゃんに話した。だってそもそも戦えないなら、こんな世界に召還される事なんてないと思うし。

 

「確かに柚木さんの言う通りかもしれませんね。それにしてもきっかけ…か」

 

「生命の危機とか?藤川さんもゾンビに襲われて、殺られてしまうところでしたし」

 

「生命の危機…。何かそんな気もするけど、さすがにそんなきっかけはパスしたいかな」

 

あくまでも可能性の話だし、自ら死地に飛び来んで、魔力が発現しなかったらヤバいしね。

 

「もう!こうなったら!」

 

「グルッ?」

 

「えい!」

 

藤川さんはゾンビの足元に光弾を放ち、ゾンビはそれを避けるように中空へと飛び上がった。

あのゾンビ溜め無しでも飛べるんじゃん!何だったの今までのは!

 

「上に避けると思ったよ!えい!」

 

そして飛び上がったゾンビに向かって杖を振るう藤川さん。だけどゾンビもそれを予測していたんだろうね。

中空を蹴り横移動する。

 

「ふっふ~ん♪引っ掛かった!」

 

藤川さんが振るった杖からは光弾は放たれておらず、振るった杖を返すように、再び杖を振るい、ゾンビが避けた先へと光弾を飛ばしていた。

 

そっか。まともにやってても避けられるから、フェイントを入れて攻撃したんだね。

ゾンビが飛び避けた位置に迫る藤川さんの光弾。

アレはさすがに避ける事は出来ないだろう。

 

「グ…グォォォォォォォォ!!」

 

避けられないと思ったのか、敗けを認めたのか、ゾンビが断末魔をあげた。

そして光弾は…

 

-スゥ

 

ゾンビをすり抜けていった。

え?すり抜けた?

 

-スタッ

 

着地したゾンビは不思議そうに自分の身体を確認している。

 

「あ、あれ?確かに当たったと思ったんだけど…」

 

藤川さんも不思議そうにしている。

 

「確かに当たったと思ったんですが…」

 

「いえ、当たるには当たっていましたわ。ですが、あの光弾はゾンビの身体をすり抜けて通過していきましたのよ」

 

「やっぱり…あたしの見間違いじゃなかったんだ」

 

どういう事だろう?

何がどうなってるのかさっぱりだけど、今攻撃手段があるのは藤川さんだけだし、その藤川さんの攻撃が効かないなんて事になったら…。

 

「き、きっとギリギリで当たらなかったんだよね!だったら攻撃を続けるまでだよ!えええーい!」

 

連続で光弾を放つ藤川さん。

自分の身体を気にしていたゾンビは虚をつかれたのか、避ける事をせずに両手で自分の身体を守るようにガードした。

 

-スゥ、スゥ、スゥ…

 

藤川さんの放った光弾はまたゾンビの身体をすり抜けていった。

 

「そ、そんな。も、もしかしてこの攻撃って効かないの!?」

 

「グルルルルゥ…(ニタァ」

 

「ひぃ!?」

 

攻撃がすり抜けていくのを確信したゾンビは、再びノロノロと動きながら藤川さんへと迫っていくのだった。

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