「ふぃ~…今日も疲れたぁ…。
あ、シホゥ。みんなはどんな感じ?」
「みんなすごいよ。まだ2週間しか経ってないのに。
あたしもうかうかしてたら…1対1ではやられなくても、4人で掛かって来られたら勝てないかも」
「へぇ、シホゥにそんな事言わせるなんて…。みんな頑張ってるんだね」
-ドゥゥゥ…ン
「わっ、今のは危な…」
「よくぞ避けました!次はこちらです!
「くっ…
-ズドォォォン
「いやはや…無詠唱からの土壁。お見事でございます」
「ハァ…ハァハァ…どうも。あたし割と必死なのに、そちらは息も上がってないみたいですけど」
「ハッハッハ。ワタシもまだまだ若い者に負ける訳にはいきませんしな」
あたしは大西 花音。
何故か異世界に召還されてしまい、色んな事情から魔王さん討伐派ではなく、魔王さんの味方になる事になり、今はこの世界での戦い方を、魔王軍の人から習っている。
前回、魔王軍の星占術師である魔族さっちゃんから、あたしはエレメントマスターという上級魔術師であると告げられた。
……さっちゃんって星占術師って割には、星も視てなかったし、あたしらを凝視してただけだった気がするけど。
そしてあたしは魔力の使い方や、魔法の使い方を覚える為に、魔王軍10結衆と呼ばれるハイウィザードのオジー=イサンというお爺さんから実戦形式で、魔法を教わっている。オジーさんの教え方が上手いのか、今では詠唱無しでそれなりの魔法が使えるようになっていた。
まぁ、あたしはエレメントマスターって職業で、全属性の魔法が使えるって事らしいけど、シホゥみたいに炎に特化した魔術師には単属性では敵わないらしい。
シホゥいわくは『器用貧乏って事じゃないの?』とか…。
魔法とは別にスキルってのが各個人にはあるらしくて、あたしのスキルは時空転移とからしいけど、魔王軍のみんな『?』との事だった。何かの役に立つのかな?
時空転移とか凄そうなスキルなのに、あたしはもちろん、魔王軍の誰も発動の仕方とか知らないから、試しようがないんだよね。
「はぁぁぁぁー!」
「ぬぉぉぉぉー!」
-ガキン、ガキンッ!
「とぉぁぁぁぁ!」
「どぉぁぁぁぁ!」
-ガキン、ガキンッ!
「はぁ!!」
「うぐっ!?」
-ガシャン……
「ハァ…ハァ…」
「ハァ…フゥ…さすがだなリョウ。もう単純な槍術じゃ、俺はもうお前には敵わないな。これで42勝56敗か」
「ハァ…ハァ、まだまだスよ。スーピアさんは魔槍騎士でしょう?魔法を使われてたらオレは勝ててませんよ。それに、こないだのは勝てたと思ってないスから、55勝43敗っスよ」
「リョウもその気になったら魔法を使えるはずなんだけどな」
あそこに居るのはAiles Flammeの秦野 亮くん。
秦野くんの職業はランサー。
スキルは『自分の持ち物に魔法を帯びさせる事が出来る』らしいんだけど、その肝心の魔法が使えなくて困っているようだ。槍での戦い方は10結衆であるスーピアさんを凌駕してるみたいだけど。
「フッ」
-ふわり
「何!?飛んだ!?」
「ハァッ!」
-ビシビシビシビシッ!
「痛っ!いだだだ!参った!降参降参!」
「フゥ…もはや貴方ではわたくしの敵ではありませんわね」
「お、俺だって10結衆の1人なのに…」
あたし達の中で一番強くなっているだろうAmaterasuの鶴木 涼風さん。
職業は
元々の素質が良いのか何なのか、涼風ちゃんは風をすぐに操る事が出来るようになった。
短時間なら風の力で空も飛べるようになり、剣での戦いも10結衆の1角を凌駕するようになっていた。
そろそろ10結衆の2人掛かりの、複数相手での特訓に切り替えようとか話も出てるくらいだった。
「ふふ…みんな頑張っているわね。あ~、お茶が美味しいわ」
「あ、アスカちゃん、お茶のおかわりいる?」
「ふふ…そうね、頂くわ」
この修練場の端っこに座ってお茶を飲んでいるのが、Lazy Windの観月 明日香ちゃん。
職業が町娘で、スキルが『ここから北の方角(方向はランダム)に行った所に○○(伝説)の○○(洞窟)があるらしいわと、冒険者にゲームならありがたいであろう助言しても疲れる事がない』というスキルらしい。
明らかに職業は脇役であり、戦闘には役に立たないとわかりきったスキルなので、この世界に来てからの2週間の間、さっちゃんやシホゥと一緒にお茶をしながら、あたし達の特訓を見学している。
明日香ちゃんは「何で!?何で私だけ…!」と文句を言っていたけど、あたしとしてはそんな明日香ちゃんが羨ましくてたまらなかった。
-ウゥゥゥゥ…カンカンカン
「「「「!?」」」」
あたし達の居る修練場にけたたましく鳴る警報音。
あたし達が居た元の世界では、嫌な印象のある音なんだけど…。
「やった!お昼ご飯の時間だっ!」
シフォン男爵が嬉しそうに手を上げて喜んでいる。
この世界ではこの嫌な感じのする警報音みたいなのが、お昼ご飯や晩御飯、就業時間終了の度に鳴り響く。
あ、就業時間っていうのは、魔王軍は基本的にサラリーらしく、固定給らしいので、こっちの世界で17時15分に戦闘も特訓も終了するのだ。
その時間以上に特訓や戦闘をするなら、残業申請が必要になるらしく、魔王さんのノー残業というポリシーの元、残業申請が通るのはめちゃくちゃ稀らしい。
ちなみに就業開始は9時半で、休憩(お昼ご飯)が12時半から13時半。15時に15分のおやつ休憩が入るので、実質就業時間は6時間半だ。めちゃくちゃホワイトだよね。
「痛てて…今日の特訓は厳しかったな」
「あ~…あたしもそう思うよ…。日に日に厳しくなってるっていうか…。あたしは身体的にダメージはないけど、気力っていうかなんというか…取り敢えず疲れた…」
「秦野先輩も魔法を使えれば、もう少し密度の高い特訓が出来るでしょうけど…わたくしの風を操ると魔法を使うというのは、全然違っているようで…助言も何も出来なくて申し訳ありませんわ」
「あたしも魔法の使い方って上手く教えれたらいいんだけど、何か感覚的に使っちゃってるから、教えるってなるとね…」
「ふふ、涼風は剣もしっかり使いこなしてるし、秦野もしっかり槍での戦いなら10結衆と渡り合ってるじゃない。それに花音さんも無詠唱で魔法を使えるとか凄いと思いますよ?私なんてお茶飲んで見学してるだけですし。あ、怠惰な生活ならみんなに勝ててるかも。アハッ」
明日香ちゃん完全に壊れちゃってるよ…。
「今日はお茶飲んでボーっとしてただけなのに、もうお昼ご飯とは!アハッ、体重計が怖くなるわね」
「そんな話より…」
「涼風!?な、何よそんな話って!」
「明日香先輩のネガティブ発言はもう聞き飽きましたわ。それより、この2週間、全然異世界人の噂も聞きませんし、今、皆さんはどちらで何をされているのか、また、何人の方がこちらの世界に召還されているのか。さっぱりわかりませんわね」
確かに。
色んな所に配備されている魔王軍。
それとは別の偵察隊ってのも居るみたいだけど、全く異世界人の噂とか動向とか、魔王軍にも掴めてないみたいだった。
…も、もう魔物か他の魔族にやられちゃってるとかないよね?と、不安にもなるものだ。
「オレ達は恵まれてますよね。3食ちゃんと出してもらえてますし、部屋も4人同室とはいえ快適ですし」
確かに…魔法の特訓はキツイって思うけど、ここの生活ってめちゃくちゃ快適だもんね。
正直、元の世界よりこっちの世界の方が…。
2週間も同じ部屋で過ごしてるもんだから、涼風ちゃんや明日香ちゃんとも、仲良くなった感じはあるし、みんな名字呼びから名前呼びになったりもしてるし。
秦野くんだけは女の子組の中で男の子1人だから、呼び方とかもそのままだけど…。
っていうか秦野くんの精神力凄すぎない?
2週間も同世代の女の子に囲まれながら、変な事とか一切しないし。男の子だから…その…まぁ、色々ありそうなのに。逆に大丈夫?って変な心配しちゃうくらいだ。
それからあたし達はいつもの魔王軍御用達の食堂で、昼食を取った。
この食堂でご飯を食べるのも、もう馴れたものだ。
1食分の1人前にしては正直量が足りないし、味付けはあたし達の世界より、ちょっと薄味って感じかな?って感じの食事だけど。
一応戦争中ではあるから物資が足りないというのもあるんだろうな。
「はぁ…今日も固いパンとスープだけか…」
「シーちゃんっていつも文句言ってるよね。こんなに美味しいのに。もぐもぐ」
「シホゥは割と大きな街の出身だもんね。ボクとかムツキルちゃんには、パンとスープだけでもご馳走だよ」
…あたしは基本的に現実世界では、ゲームに時間を浪費するばっかりで、食べる時間とお金が勿体ないとかで、あんまり食事には気を回さないタイプだ。
だけどさすがにこの量は3食出して貰えるとはいえ、少し足りないかな?とも思う。
シフォン男爵やムツキルさんの地元…、その地元は人間軍に滅ぼされて、もはや何もない状態になってるらしい。
いや、それで人間軍のせいって決めつけるのもアレなんだけどね。
元々魔族達だけで過ごしていた時も、食事は2日に1回摂れれば良い方だったみたいだし、なんか色々と大変だったみたいな話は聞いているし。
200年ちょい前くらいって言ってたかな。
魔族や魔族、人間がわだかまりもなく、平和に共存していた時代はそれなりに裕福だったって話らしい。
でも、そこはあたし的に気になってる所ではあるんだよね。
今の魔王さんが魔王として、魔族や魔物を率いるようになったのは200年前。
魔王さんは、そんな毎日の食べる物に困っている魔族達、人間達から迫害を受けている魔族達の為に、以前のように人間と魔族が共生出来る世界にしたくて、魔族の国を作った。
今は戦争になってるみたいだけど…。
その先代魔王っていうのが、昔にBREEZEとArtemisが先代の魔王を倒したっていう魔王の事らしい。
その魔王を倒して作った平和。でもそれは1000年前の事。
魔王が倒されてからはみんな共生して、人間も魔族が争う事のない平和な世界になっていた。
そんな平和な時代になったのが1000年前。
それなのに何で200年ちょい前に、また人間と魔族が争う事になったんだろう?800年くらいは平和だったんだよね?
シホゥ達の話だと、人間が魔族を奴隷にしたりとか、迫害したりとかの時代になったって言っていた。
でも、平和時代が壊れてそんな時代になるなら、それなりのきっかけみたいなのがあったんじゃないかな?
人間が魔族を迫害……ってんなら、BREEZEやArtemisが魔王を討伐した直後くらいから、そうなってた方が自然じゃないの?って思う。
シホゥやムツキルさん、シフォン男爵を含めて、この魔王城で出会う魔族達。
秦野くんや涼風ちゃんのおかげで、それなりに知り合いは増えたけど、魔族の誰も"そうなった"きっかけを知らないし、800年続いた平和な時代も、実際はどんな感じだったのか知らないらしい。
「大変です!シホゥ様!」
「は?何?今食事中なんだけど。休憩時間なんだし、仕事の話はしないよ?」
「それどころじゃありません!大変なんです!」
「ンー、大変そうなのはわかったけど、休憩中のお仕事はご法度だよ?魔王様に怒られちゃう」
「ですからムツキル様も!そんな場合じゃないんですよ!」
「貴方も大変そうよね?シホゥもムツキルもちょっとくらい話を聞いてあげたら?この人凄い必死みたいだし」
「そうですわね。お話を伺ってから対応をお決めになればよろしいんですわ。お話を伺うだけでしたら、手間でも何でもないでしょう」
「おお!ありがとうございます!異世界の方達」
「はぁ…しょうがないわね。話くらいなら聞いてあげるわ」
「ありがとうございます!
シホゥ様!大変なんです!」
この人、大変なんですって所からじゃないと話せないのかな?
「だから何?」
「この魔王城から離れているハジッコの砦なのですが…」
「ハジッコの砦?ああ、今は10結衆のココマ=モールが率いる防衛隊が管理している所ね?」
「はい!そのハジッコの砦に…人間軍の大軍が向かっているという情報が入りました。その数…約8000!」
-ガタッ!
「8000の大軍ですって!?」
シホゥが大声をあげて立ち上がる。
「人間の8000の大軍?すご。こわ。今までそんな大軍で人間が攻めてくるなんてなかったのに。せいぜい大軍って言っても200か300だったのに」
「ど、どうしようシホゥ。たしかココマくんの防衛隊って300人くらいじゃなかったっけ?」
8000の軍勢相手に300の防衛!?
そんなの絶対無理じゃん!いくら魔族が人間より強いといっても数に差がありすぎでしょ!?
「なんで今になってそんな大軍を…ハッ、異世界人の勇者…?」
あ、そうなのかな?
確かにあたし達のように異世界人が、そっちの部隊にいて、それで楽器とか使える勇者が居たとしたら…。
それを機に魔王軍に攻めてくる可能性もあるか。
「異世界人の勇者だって!?まさかオレ達の仲間が…」
「いえ!その大軍を率いているのは、かの歴戦の猛者、マスカーク将軍のようであるとの事です!
もしかしたら異世界の方も、そこにいらっしゃるかもしれませんが…」
「マスカーク将軍ですって!?」
-ブホッ!ゴホッゴホッ…
「ん?あれ?リョウもアスカもカノンもスズカもどうしたの?マスカークってあたし達の世界の人だし、みんな知らない人じゃないの?」
「あ、いや、な、なんでもないス」
「マスカーク将軍…それ本名ですの?」
「な、なんでもないわよっ…!」
「あ、あはは、知り合いじゃないよ。うん」
まぁ…名前が…っていうか。
ここの世界の人って変な名前の人多いね…。
「えっと…その…マスなんちゃらって人。そんなヤバい人なの?」
「アスカ。ちゃんと人の名前な覚えなきゃ。マスカークだよマスカーク」
「わ、わかってるわよ!そ、それでその人って」
「あたしも直接対峙した事はない。人間軍の主だった奴らは魔王様がボコボコにして、2度と魔族に歯向かわないように教育したはずなんだけど…」
「マスカーク将軍はボクも戦った事ないけど、先代の魔王軍1000の軍勢を1人で殲滅したとか、魔王軍に協力的な人間の街や村すら焼き払うとか怖い噂があって…」
「でも人間だしそんな寿命も長くないはずなんだけどね。先代魔王様の頃から生きてるとか、あり得ないとあたしは思ってんだけど~」
先代魔王軍って事はBREEZEやArtemisが戦った魔王さんの軍隊って事だよね?いや、あれからこっちの世界じゃ1000年経ってんでしょ?さすがに噂に尾ひれ付きすぎじゃない?
「ちょっと待ってくれよ。今のシホゥの話じゃ、そのマスカークって人も魔王様にボコボコにされたんだろ?だったらまた魔王様に頼めば…」
「リョウ。あんた甘過ぎ。魔王様といえど人間軍8000だよ?魔王様がマスカークを倒してくれても、人間軍は7999人も居るじゃない。あたしら三銃士や10結衆が集結しても、そんな大軍は相手に出来ないわよ。ただの数だけってんなら、何とかなるかもだけど、相手は戦闘のプロなんだし。それにマスカークと1対1なら、あたしらでも10結衆でも何とかならない事はないんだから」
そうだよね。魔王さんや三銃士が一騎当千の力を持ってるとしても、戦う相手はただの数じゃない。
戦略をもって挑んできたり、多少の犠牲を厭わない戦い方をしてくるかもしれない。
魔王さんがマスカーク将軍ってのを相手にしてる間に、シホゥ達三銃士や10結衆に戦いにそれなりの人数を当てられて、手隙の所を大勢で攻められたら…。
ああ、これまでの2週間がすごく平和だったんだなって実感する。これはゲームとかそんなのじゃなくて、魔王軍と人間達による戦争なんだよね。
「それに今、魔王様は変境地の魔族解放の為に、この魔王城から離れてるんだよ。今から伝令送っても…」
「魔王様ならこの城にスキルを使って戻って来れそうだけどね。伝令が魔王様の所に到着するまでの時間、魔王様がハジッコの砦に到着するまでの時間を考えると…早くても4日は掛かるかな…」
「それでしたらココマさん…でしたか?そのハジッコの砦を放棄して、撤退するように伝えればよろしいのでは?ハジッコの砦とやらは占領されるでしょうが、犠牲を出すよりはそちらの方が良いのでは?」
「それはダメ。ハジッコの砦を落とされたら、人間軍の拠点としては絶好の場になっちゃう。あそこからだと魔王城には直接は攻める事は出来ないけど、魔族や魔族側の人間達の生活する街や村を占領するのに格好の場になっちゃうもん」
「だから魔王様もあそこに砦を建てて、人間軍が攻めきれないように、防衛隊も300って数を配備したんだけど…」
ちょっと待って。
それって都合良すぎない?
魔王様がこの城に居ないタイミングで、そんな重要拠点に大軍を率いて攻めてくるなんてある?
そんな大軍を動かすなら、もっと前以て作戦も立案しなきゃいけないだろうし…。
あたしら異世界人がこの世界に来たから?
いやでも、その軍勢には異世界人っぽい人は見当たらないみたいだし。…うぅん、たまたまって事もあり得なくはないと思うけど、変に考え過ぎちゃうのは、あたしがゲーム脳だからかな?
「いいわ。魔王様には一応伝令を。あたしと…シフォン男爵、この城に居る10結衆とその部隊だけで、ハジッコの砦に向かおう。人数的には全然足りないけど、魔王様が来るまでの時間稼ぎと、1人でもやられないように出来る限りの防衛。悔しいけど今のあたしらじゃそれくらいしか…」
「えぇ!?ボ、ボクも行くの!?」
「ムツキルはこの城の防衛をお願い。万が一だけど、ハジッコの砦に向かう軍勢が、この魔王城に向かう勇者達の囮とかって可能性も捨てきれないし」
「あ、そっか。もし勇者が攻めてくるなら、ボクがここに残るよりムツキルちゃんが残る方がいいもんね」
「そゆこと」
…待ってシホゥ。それこそ相手の狙いじゃない?
あくまでもあたしの考えっていうか想像だけど、そのハジッコの砦を落としても、直接魔王城を狙える距離じゃないなら、魔王軍が総出で出張ったりしない限り、魔王軍がその砦を放棄して撤退しちゃえば、相手が大軍を率いても意味がなくなるんじゃないの?
魔王軍が総出で迎え打てば、相手もそれなりに被害が出るだろうし、魔王軍が撤退すれば労なく砦を占領出来るだろうけど、その後は魔王城の防衛が厚くなる。
これって大軍を率いる程のメリットが人間側にあるかな?…うぅん、考えろよあたし。
こんな場面はそれなりにゲームであった気がするし。
……あ、そもそも人間軍がその砦を落とす目的とするなら、このタイミングでどんな利がある?
周りの魔族の街や人間の街を占拠する拠点にするとしても、他の地域を攻めてる間は人間軍も人数を分散する事になるんだから、その間にまた砦を奪い返されるような事があれば、分散した人間軍は砦を奪い返しに来たあたしらと、その街に居る魔族派の人達から挟撃される事になる。
その時には魔王さんも帰って来てるだろうし。
そうなると大軍を率いた人間軍にはメリットがないでしょ。
それでも強気に大軍で攻めてくるなら、勇者が関係しているとしか思えない。
勇者がこの近くに居るなら、それこそ風の噂やらなんやらで、あたしらにも情報は入ってくるだろうし。偵察に行っていた人の話だと、大軍の中に異世界人は居ないようだって話だし。それってやっぱり…。
「シホゥさん。それでわたくし達はどうすればよろしいでしょうか?皆様に付いて行き、魔王軍として人間軍と戦いますか?それとも、この魔王城にて待機でしょうか?」
おっと、あたしが考え事してると涼風ちゃんが発言してくれた。ってか、涼風ちゃん的には魔王軍に加勢して、人間軍と戦うって選択肢があるの?
そりゃあたしも魔王軍の人らと、交流もあったりでみんな死んだりしてほしくないし、あたしも助けになるならって思いはするけど、もし魔王軍と一緒に人間軍と戦うなら…自分が死んじゃう覚悟もだけど、人を殺しちゃうかもって覚悟も必要なんだよ?
考えると嫌になってくる。
なんであたしらがこんな世界に…。
「いや、スズカ達、異世界人も魔王城に待機かな。相手に勇者か異世界人が居るってんなら、勇者達を止める為に付いてきて欲しいけど、相手に異世界人は居ないかもだし。ムツキルには防衛を任せてるから、あたしらか魔王様が戻るまでは、さっちゃんに従ってほしい。さっちゃん頼める?」
「私が異世界の人達を!?あ…うん…そっか。いや、はい。わかりました」
「さっちゃん、なに泣きそうな顔してんの。あたしらちゃんと帰ってくるから」
「約束してくれますか?」
「大丈夫。勝って帰ってくるよ」
……くぅ。
相手が相手だ。さっちゃんもシホゥ達が帰って来れないかもって思ってんだろうな。シホゥも覚悟はしているんだろう。
あたしも…あたしの考えを発言出来る勇気があれば、進言するに。今回のこの大軍の攻撃は…魔王不在の魔王軍を分散する為の…
「なるほど。わたくし達はこの魔王城に待機ですか。では、一旦は魔王軍は負けるでしょう。それが狙いのような気がしますし。ハジッコの砦は放棄し、魔王軍は撤退する事をお薦めしますわ」
「は?スズカ…あんた何言って…」
「私達も相手が異世界人なら進言はしないつもりだったけど、魔王軍には借りがあるしね。その砦は撤退して放棄した方がいいわ。その気になれば後から取り返せると思うし。上手くいかなかった時は…その後は…まぁ、状況によりけりって感じね」
「アスカまで何を…」
「落ち着けシホゥ。考えてもみろ。魔王不在の状況で相手が攻めてくる。どう考えてもお前ら三銃士や10結衆の戦力を分散させて、各個撃破…もしくは、この状況になったお前らが魔王抜きでどう動くのかって偵察が目的なんだと思うぜ?」
「え?は?リョウまで何?ど、どういう事よ!」
涼風ちゃんも明日香ちゃんも秦野くんも…。
そっか。みんな思う所は同じだったんだ?
考えてみたら、涼風ちゃんも昔はご両親がクリムゾンエンターテイメントと戦っていたってのもあるし、そのご両親がクリムゾンエンターテイメントに負けて、色々あて大変だったから考え方も…。
明日香ちゃんもクリムゾンエンターテイメントと、復讐の為に汚い戦いが長かったって話だし、秦野くんもご両親やタカさん達から色々聞かされて…。
凄いなみんな。
あたしなんか進言していいのかどうかとか、なんか減んな事ばっかり考えて保身に走ってたし。
……あはは、あたしカッコ悪。
何が年長者だよって感じだ。ゲーム脳だとか、生き死にの戦いの覚悟がないとか。
進言していいのか悪いのかじゃない。
あたしも魔王軍の誰にも傷ついてほしくない。まぁ、出来れば人間軍の人達も。
でもそれって無理だよね。これって戦争なんだから。
だから、あたしら異世界人がこの世界に来る事になったんだろうから。
「撤退してまずは相手の様子を見て……」
「そうね。その後にまた砦を取り返す。数は相手が多くても、魔王軍には魔力があるんだし……」
「だな。その時にシホゥやシフォン男爵、そしてオレ達も出れば、拠点と魔族の街の人らで……」
「な、なるほど。確かにそれは盲点だったわ。だったらあたし達が……」
うん。聞いててわかる。
涼風ちゃんも明日香ちゃんも、秦野くんも魔族の事とか、人間軍の事とか…。色々考えて進言している。
シホゥもムツキルもシフォン男爵も、みんなの言葉を聞いて考えて…。うわぁぁぁ。ホントあたしダサいわ。
「そうなると難しいな。…あ、そうだ。花音さんはなんか作戦的なの思い付きませんか?渉と拓実が南国DEギグの時は、花音さんに助けられたって…」
南国DEギグ?ああ、確かにあの時は、あたしのゲーム脳である知識を活かして…。
ん?待ってゲーム?そうか、もしかしたら相手の目的がハジッコの砦の占拠じゃなくて、魔王軍を分散させて勝つ事が目的なら…。
いや、でもハジッコの砦の占拠が目的ならどうなる?
うぅ…あたしは…。
・
・
・
「ねぇ、今さらだけど本当に良かったの?」
「あ~…うん、多分。まぁ、ダメだったとしてもあたしと涼風ちゃんが死ぬだけだし。魔王軍には痛手ないでしょ」
「あの…わたくしまだ死にたくないんですけど」
あたしは今ハジッコの砦に居る。
このハジッコの砦からは魔王軍は全員撤退してもらい、ここにはあたしと涼風ちゃんとシホゥだけが残っている。
「信じるわよ、あんたの事。失敗してこの砦を落とされて…。そのせいで魔族や人間の村が襲われるような事になったら許さないから…絶対に殺してやるから」
「あぁ…まぁ殺してやるとか言われても、これ失敗したらあたし死んでると思うし…。取り敢えずシホゥはあたしの言ったタイミングとか間違えないでね」
「…わかってる。カノン、お願いね」
そしてシホゥは砦から離れて行った。
あたしが考えに考えて出した結論。
それはこの大軍が陽動であることだ。
もし本当に人間軍が魔王軍を討伐する事が目的なんだとしたら、こんな魔王城から離れた場所を占拠する意味がない。こっちに大軍を配備したら人間達の主城は手薄になる。そこを魔王軍が人間の本拠地である場所を攻めたら、いくらここが重要拠点だったとしても、魔王軍のメリットしかない。
「8000の軍勢ですか。ここから見るとびっくりするくらいの大人数ですわね。こいつらを撤退させる事が本当に出来ますの?」
「いやまぁ…だから多分…なんだけど」
人間の軍勢がハジッコ砦を囲むように、半円陣を敷きながら向かってくる。ハハ…本当に…この作戦成功しなかったらあたしら死ぬ事になるんだろうな…。
そして、人間軍がある程度砦の近くに近付いてきた。
そろそろ大丈夫かな。
「涼風ちゃん、そろそろお願い出来るかな?」
「承知しましたわ」
-ビュオォォォォ……
涼風ちゃんの風魔法。
その魔法の力であたし達の居る砦から、人間軍に向かって風を吹かせてもらう。
次はあたしの番だ。
思いっきり息を吸い込んで、出せるだけの目一杯の声で。
「あたしは!あなた達のいうところの異世界から召還された勇者である!!」
と、思いっきり嘘をついた。
涼風ちゃんの吹かせている風に乗って、人間軍の所まできっとあたしの声は届いていると思う。
「あたしは無益な争いは好まない!だけど、この砦の周りには魔王軍も人間軍も関係ない、今を大切に生きている人達がいます!!あたしは…その人達の世界を守る為に戦っています!」
と、思いっきりまた嘘をついた。
今まで統率の取れていた人間軍の進軍が、止まった所もあれば止まらない所もある。せっかくの半円陣が形を保てない程度には、あたしの言葉が利いているとわかる。
「このままあなた方も進軍を止め、自国に戻るのであれば、この場は見逃します!ですが、それ以上進軍してくるというのであれば!あたしはあなた方を敵と認め、攻撃を開始します!」
この言葉で大半の人間軍の動きは止まった。
まぁ、それでも進行を止めない人達も居るみたいだけど。そうなるのはまだ想定内かな。
そしてあたしは適当に木で作ったギターを取り出して、それを高々と掲げる。
「これはかつての勇者が魔王との戦いで使用した楽器という物で、あたしはこの楽器でオンガークを奏でる事が出来る!!」
はい、あたしはまたまた嘘をつきました。
これはただの木で作ったギターの形をした物だし、弦を張ってすらいない。仮に本物のギターだったとしても、あたしギター弾けないしね。
さて、ここで全軍が進軍を止めて撤退してくれたら、一番楽なんだけど。
………やっぱり現実はそう上手くいかないか。
撤退しようとしている人達は居るみたいだけど、まだ進行してくる人達もいる。
その場に留まっている人達がほとんどみたいだけど。
しょうがない…。
やるしかないか。
「まだ進軍を止めないのであれば!」
あたしは遠くの人間軍にもわかるように、大きく動いてギターを弾く演技をした。上手くやってよね、シホゥ。
-ズドォォォォォォォォ……ン!!
あたしがギターを弾く演技をした直後、人間軍の近くで大爆発が起こる。
これは当然、おもちゃのギターやあたしの力ではなく、離れた所に待機をしてもらっているシホゥの魔法だ。
タイミングもバッチリだったし、あたしが頼んだ通りにシホゥの魔法は人間軍の誰にも怪我をしたりなんかしない場所で爆発を起こしてくれた。
もし、シホゥの魔法で誰かが傷付いたり死んだりしちゃったら、それこそ報復だとかで戦いの火種になっちゃうもんね。
シホゥの魔法の中で一番派手なヤツを使うようお願いしてたのが良かったのか、人間軍の士気を折るには十分だった。
だけど…。
----------------------------------------
「マスカーク将軍!先ほどの勇者様の攻撃に恐れを抱き、第2軍、第3軍、第5軍から第8軍までの6つの軍が撤退を開始しました!」
「なんだと…。情けない奴らめ。所詮勇者などカビの生えたおとぎ話。たった1人であの程度の爆発で恐れを抱くなどと…」
「我が第1軍の中でも撤退を希望する者も多く…。恐らく第4軍や第9軍、第10軍も混乱状態だと思われます!」
「ならばキサマは残っだ軍勢全てに伝えろ。勇者なぞ恐るるに足らず!全軍我に続けとな!
これより撤退をしようという者は、この戦いが終わり次第全て我が処刑する!」
「しょ…処刑…!?」
「臆病者は我が軍にいらん!あの忌々しい魔王にひと泡ふかせるチャンスなのだ。この作戦は必ず成功させる!わかったらすぐに全軍に通達!」
「か、かしこまりました!」
----------------------------------------
「と、いう事らしいですわ」
「あっちゃぁ~…さっきので戦意喪失してくれたらって思ったけど、マスカークって人には火に油だったか」
「この後はどうしますの?」
「どうしよっかな…」
涼風ちゃんが風の力を巧みに操り、マスカーク将軍って人の会話内容をあたしに伝えてくれた。
っていうか、そんな事が出来るって涼風ちゃんめちゃくちゃ凄くない?
あたしがそんな事が出来るかって聞いた訳でも、そういう事をやって欲しいと頼んだ訳でもないのに。
あたしの声が届くように風をあっち側に吹かせながら、あっちの会話も拾えるように風を操るなんて…。
もしかしたらあたしらの中じゃ、涼風ちゃんが一番魔力を使うのが上手いんじゃ…。
「特に次の手がないのでしたら、わたくし達も撤退しますか?」
「いや…あんまりその手は使いたくないかな。今、進軍を止めてる人達も、次の手がないと思って進軍を再開したらヤバいし…」
う~ん、本当にどうしよう?
あたしがギターを弾く演技をしたら、シホゥには魔法を思いっきりぶっ放なすようにお願いしてるけど、同じ事繰り返してもマスカーク将軍には効果なさそうだし。
ここからハッタリかましても撤退してくれそうもないしなぁ~。
そうこう悩んでる間にマスカーク将軍達は進軍してくる。ここで変に時間使い過ぎても、さっきまでのもハッタリってバレちゃいそうだしなぁ…。
「クッ…ここの城の城壁を風を削って、あいつらの所に破片でも何でもぶっ飛ばしてやりたいくらいですわね。あいつらの所というかマスカーク将軍にピンポイントで」
ははは…城壁を削ってって…。
涼風ちゃんって本当に風を操るのに長けてるよね。
こっちからあっちに風を吹かせながら、あっちからこっちに声を届かせたりとか…。
そんな繊細に風を操れるなら、確かにここから石でも何でもマスカーク将軍に飛ばすとかも出来るかも。
「……って、え!?涼風ちゃんってそんな繊細に風を操るの!?」
もしそんな事が出来るなら、次の1手で何とか出来そうなんだけど…。
「…?そんな繊細にとは?具体的にどのような事でしょうか?」
「あー…えっと、例えばあたしがここから石を投げたとして、その石をマスカーク将軍にぶつけるとか?も、もちろんマスカーク将軍が死なない程度の威力で!」
「ええ、石の質量にも寄ると思いますが…。あんまり軽いと操作も風の力では難しいとは思いますし、威力も出ませんとは思いますが…」
軽いと難しい?
「だ、だったら!それなりに大きい石なら大丈夫!?」
「ある程度大きければ問題ないと思いますわ」
「よし!だったら!」
「何か思い付きましたの?」
・
・
・
あたしが思い付いた作戦。
今の人間軍の動きを見ていたら、上手くいけばきっと人間軍は撤退してくれる。
これが失敗しちゃったら本当に打つ手がないんだけど…。
あたしは再びギター(張りぼてのおもちゃ)を弾く振りをして、人間軍に向かって声をあげた。
「あなた方には撤退する猶予を与えたのに!まだ進軍してくるようなら、今度は警告ではありません!」
そう言ってギターを弾くパフォーマンスを、人間軍からもシホゥからも見えるように、大袈裟にやってみせる。
-ドォォォォォォォン!
最初の威力程はないけど、またあたしのパフォーマンスに合わせてシホゥが魔法を撃ってくれた。
魔法の爆発で物凄い音が響き、そして、土や岩が爆音と共に舞い上がる。
「涼風ちゃん!いける!?」
「ええ、問題ありませんわ。あの一際でかい岩をマスカーク将軍にヒットさせてみせますわ。あの一番大きな岩でよろしいですかね」
あ、いや、あんまり大きな岩だとマスカーク将軍死んじゃわない?
そんな心配をしていたけど、涼風ちゃんは爆発で飛んだ岩のひとつを風の力を巧みに操って、マスカーク将軍に目掛けて飛ばした。
-ガンッ!!
え?今物凄い音しなかった?
「マ、マスカーク将軍!」「兜が割れて頭も割れたー!」「衛生兵こっちだー!」「血が!血が噴水みたいに…!」「いや、それより見ろ!人の首ってあんな風に曲がらないはずだっ!」「キャァァァ!夢に見そうっ!」
なんか大惨事になってません?
「ふぅ、なかなかいい仕事をしましたわ」
え?人の頭割っておいてそんないい顔出来るの?
「と、とにかく撤退だ!」「マスカーク将軍!傷は浅いですよ!」「いや、浅くないだろ!どう見ても!」「撤退!撤退!」「おのれ魔王軍めっ!」「いやでも相手は勇者って…」「わいわいがやがや」
「ほら花音さん!見て下さい!先ほどの攻撃で撤退されるようですわ!まるでゴミのようですわね!」
「……」
いや、何てコメントを期待してあたしに声を掛けたの?
この後大変な事になっちゃったりしない?
う~ん…まぁ、今は人間軍が撤退してくれたから、今回はこれで良かったと思うしかないのかな…。
あたしの作戦じゃ威嚇にしかならなかったかもだし。
その後
あたし達はシホゥと合流して魔王城に戻り、魔王さんとの話し合いでハジッコの砦は結局放棄する事になった。
とは言ってもハジッコの砦を放棄すると周りの村の人達に迷惑を掛ける事になるからと、各村にはハジッコの砦に配備していた魔王軍以上の警備兵を派遣するそうだ。
魔王さんがここ最近魔王城を離れていたのは、魔王軍や人間軍からもはぐれてしまった人達をまとめあげて、魔王軍に入ってもらう為らしかった。
そこで募った人達が各村の警備にあたってくれたから、魔王軍としては人員的にも問題になる事はなく、はぐれてしまった人達の新たな住居や仕事が見つかり、人間軍への牽制にもなった。
あたしと涼風ちゃんはその事で今回の戦に関する称賛をらった訳だけど。
ちょっと何かのタイミングが狂ってたら、こうも上手く纏まらなかったよね…。いや~、しんどいわ。
そして、魔王さんからその魔王城を離れていた時に聞いたという噂話を聞かせてもらった。
この魔王城からかなり離れた場所になるんだけど、その辺りで、大剣を振るう女の子のパーティーが最近猛威を奮っているらしい。
その近くの村では数日前に古の魔物を倒した猛者が。
はたまたそこから離れた人間達の大きな街には、最近うなぎ登りに活躍する冒険家がいるらしい。
魔王さんの予想では、あたし達がこの魔界に来た時期と、その人達が現れた時期が重なっているから、もしかしたらこの人達の誰かは異世界人ではないだろうか?との事だった。
あたしも当然そう思ったし、秦野くんも明日香ちゃんも涼風ちゃんも同じ意見だった。
あたし達はシフォン男爵をお供につける事を約束し(約束を取り付けたのは秦野くんで、魔王さんが何も言ってないのに『オレ達には見張りを付けておかないとっ!』と熱弁したからだけど)その異世界人が居るかも知れない場所へ行く事を許可された。
あたし達が向かったのは……