バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第4章 幸せの音色

俺の名前は松岡 冬馬。

OSIRISのドラム小金井 進に憧れて、かっこいいバンドがやりたいと思ってドラムを続けていた。

 

だが、俺が満足するかっこいいバンドには出会えず、バンドに入ってはすぐに辞める。そんな生活を続けていた。

 

ある日、ちょっとした事情からかっこいいとは掛け離れた、どっちかと言うとかわいい系のバンドと演奏する事になった。

 

その時にやった演奏は今までの俺の価値観を見事にぶっ壊すような…そんな楽しい演奏だった。

 

アイドルを夢見ていたボーカル

一瀬 春太

 

元アイドルのギター

夏野 結衣

 

とにかく可愛く美しいベース

秋月 姫咲

 

俺はこのメンバーとバンドをやる。

そして俺は自分のかっこいいと思うドラマーになる。そう思っていた。

 

だが…それは失敗かもしれない…。

 

 

 

 

「一瀬!だからダンスに気を取られ過ぎだ!そこで声が落ちちまったらオーディエンスに歌詞が伝わらねぇだろ!」

 

「ご、ごめん、もう1回お願いするよ」

 

「バカ野郎!お前はダンスしながら歌ってんだ!体力の消費も半端ねぇだろ!水でも飲んで少し休憩してろ!」

 

「う、うん、ありがとう…」

 

チ、頑張り過ぎて身体壊したらどうすんだ!?

 

 

 

 

「ユイユイ!またそこで遅れてる!何度も同じとこで引っ掛かるんじゃねーよ!」

 

「う、うん。ごめんね。私頑張るよ…!」

 

「バカ野郎!同じとこずっと練習してても出来てねぇんじゃねぇか!曲を作ってんのは俺なんだから難しいならアレンジ加えるなり少し変えたりするからちゃんと言え!」

 

「あ、ありがとう。ここなんだけどさ?」

 

チ、指がマメだらけじゃねぇか。まだギター始めたばかりなんだから難しいなら無理せずちゃんと言えよ。

 

 

 

 

「秋月!少し走り過ぎだ!一瀬はダンスしながらだしユイユイはまだ素人だ!俺と秋月がリズムを上手く合わせてやる努力も必要だろうが!」

 

「す、すみません。セッションとかあまりした事なくて…いえ、これは言い訳ですわね。松岡くん!もう一度お願いします!」

 

「よし!次は上手く合わせてやれよ!出来るだけ俺も秋月が走り過ぎないようにリズムを取るから、一瀬やユイユイが合わせやすいように経験者の俺達がしっかり引っ張るぞ!」

 

「はい!松岡くん、ありがとうございます」

 

チ、何で俺はまだ苗字呼びなんだよ…!

 

 

 

 

はぁ…。これじゃあ、いつまで経ってもライブなんて出来ねぇ。

 

俺はやっぱりあいつらとバンドをやるべきじゃなかったのか。俺のかっこいい曲がやりたいって我儘があいつらの足を引っ張ってるんじゃないだろうか…。

 

ユイユイが曲を作って、歌詞を一瀬が作る。それを俺と秋月でアレンジして、あいつらがやりやすいように編曲する。そうする方がいいんじゃないか?

 

ダメだ。あいつらは俺に曲を作ってくれって言った。だから俺は俺がいいって思う曲を、難しくてもあいつらにやらせなきゃ…。

 

一瀬のダンスは光っている。あれは俺達のバンドには必要だろう。

だが、その分歌が響かなかったら意味がねぇ。キーボードを入れて…?いや、いっそコーラスを入れるか…?いや、ユイユイとツインボーカルにして、ギターもツインギターにする?どっちにしろメンバーが必要か…。くそっ!!

 

俺はあいつらとの演奏が好きだ。

だが、俺の音楽性はあいつらとは違う。

俺はやっぱり…。

 

「よぉ、松岡…やっと見つけたぜ」

 

「なんだてめぇら」

 

「こないだのライブで世話になった礼をしに来たんだよ」

 

こないだの…あの時の奴らか……。

 

「礼なんかいらねぇよ」

 

「まぁ、そう言うなよ。せっかくこうやって会えたんだしよ」

 

「これでも食らえよ!!」

 

そう言って奴らは俺に温泉まんじゅうを渡してきた。

 

「また、なんかあったらヘルプでいいからドラムやってくれよ」

 

「こないだはありがとうな」

 

そう言って奴らは帰っていった。

俺はやっぱりああいう奴らとバンドを組んだ方がいいんだろうか…。

このまんじゅうは練習の休憩の時にでもあいつらと食うか…。

 

ん?あれ?

まんじゅうをバッグにしまおうとした時だった。バッグの中にスマホが入っていない事に気付いた。

チ、スタジオに忘れてきたか…。

また戻るのもめんどくせぇけどしょうがないか…。

 

俺はスタジオにスマホを取りに戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

俺はスタジオに戻り、受付に落とし物が届いてないかと問い合わせたが、落とし物は届いてないとの事だった。俺達の使ってた部屋は今もどこかのバンドが練習中らしいが、事情を説明してなんとか通してもらえた。

普通なら通してもらえないんだけどな。

 

そして俺がその部屋を使っているバンドの名前を見て驚いた。

一瀬 春太…。俺達にはまだバンド名がない。だからルームの予約は代表者の名前になっている。

 

俺はソッと覗いてみた。

 

一瀬はダンスをしながら歌っている。

ユイユイと秋月はセッションしていた。

 

なんだよこいつら。

さっきまでもぶっ通しで何時間も練習してたじゃねぇか。それでなんでまだ動けるんだよ…。

 

「いてっ…!」

 

一瀬の足がもつれて倒れた。

 

「「春くん!?」」

 

「ハァ…ハァ…あはは、二人の練習の邪魔になっちゃったかな?ごめん。俺は大丈夫だよ。ハァ…ハァ…」

 

「そんな事言ってもすごい汗だくじゃん!!」

 

「少しは休憩なさった方がよろしいですわよ」

 

「大丈夫!これでも朝晩と走り込んでるからね!体力だけはついたよ?だから、もうちょっと大丈夫…!」

 

「ダ、ダメだよ!少し休憩しよ!私達も休憩にするし!」

 

「そうですわね。少し休憩にしましょう」

 

「でも……」

 

バカ野郎が…。

 

「でもじゃねーよ」

 

「「「松岡くん(まっちゃん)!?」」」

 

「あれ程無理すんなって言っただろーが。そもそも俺だけ帰らせて何やってんだよ」

 

「あはは、もうちょっと練習しないと…私達まだまだ下手っぴだし…」

 

「松岡くんにばかり負担かけるのもいけませんしね」

 

「はは、そういう事…でね。俺達も松岡くんに早く追い付かないとさ」

 

「しっかり休憩するのも大事な事だろーが。とりあえず今から休憩で。ほら、温泉まんじゅう」

 

「え?まっちゃん練習終わってから温泉行ってたの!?」

 

「んなわけねーだろ!貰ったんだよ」

 

「それではお茶にしましょうか。じいや!」

 

「ハッ、既に準備は整っております」

 

「さすがじいや。仕事が早いですわね」

 

「ハッ、勿体なきお言葉」

 

そしてじいさんは消えた。

え?今のじいさんどこから出てきてどこに消えたんだ!?

 

「ははは、セバスさんはいつも神出鬼没だね」

 

いつもなのか!?

いつも…?こいつらいつも俺が帰ってからも練習してやがったのか…。

 

「それより松岡くんはどうしたの?」

 

「ああ、どうもスマホを忘れちまったらしくてな。それよりお前らいつも練習終わった後も3人で練習してやがったのか?」

 

「うっ…」

 

「俺だけ除け者かよ」

 

「ち、違いますわ!」

 

「そうだよ!そんなわけないよ!!」

 

そして俺達は無言で温泉まんじゅうを食った。

 

 

 

 

「よし、食い終わったな。みんな帰るぞ」

 

「え?」

 

「あ~、せっかく休憩も挟んだんだしもうちょっと練習を…」

 

「だから休憩も練習のうちだ。今日は帰って休め。そのかわり大事な事を今から話す」

 

「え?あの…ほんとに除け者とかにしたつもりじゃないよ?松岡くんに早く追い付かないとって思ってただけで…」

 

「も、もしかして私達とやっていくの嫌になっちゃった…とか…?」

 

ほんとこいつらは…。

 

「そんなんじゃねーよ。今更抜けるつもりもねぇから安心しろ」

 

「よ、良かったぁ」

 

「うん、びっくりしたよ~」

 

「大事な事ってなんですの?」

 

「俺達にはバンド名がまだない」

 

「あ、そう言えばそうだよね」

 

「バンド名は俺達にも大事な名前だ。だから真剣に考えないとな」

 

「ええ、そうですわね」

 

「だから各自帰ってバンド名を明日の練習までに1つ以上考えてくる事。明日の練習はその事を話あってバンド名が決まってからだ」

 

「え、う、うん」

 

「バンド名考えて来なかったやつは明日のスタジオ代全額払うこと。だからって適当に考えたりするなよ」

 

「う、うん!わかったよ!」

 

「じゃあ今日は解散だ」

 

そして今日は解散した。

またこっそり練習に戻らないように、秋月が車に乗るとこを見送り、一瀬とユイユイも駅まで見送った。

 

俺も帰るか。

 

『かっこわるい事したり中途半端にするようならすぐ抜けるけどな』

 

俺はかっこわるい。

あいつらが俺に追い付こうと必死で頑張ってるのに

 

『俺だけ除け者かよ』

 

あんな事しか言えなかった。中途半端なのは俺だ。あいつらに甘えて俺の好きな曲を押し付けて…あいつらは俺に追い付こうとしてくれてたのに、俺はあいつらを伸ばす事だけ考えて、あいつらのペースに合わせる事をしなかった。

あいつらに無理な練習をさせてたのは、外でもない俺だ……。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺達はいつものスタジオに集まっていた。

 

「あ、まっちゃん、おはよう!」

 

ユイユイは時間に関係無くいつもおはようだな。

 

「松岡くん、こんにちは」

 

「松岡くん、さっき振りですわね」

 

秋月は車だから俺より到着が少し早い。

 

「よぉ、バンド名は考えてきたか?」

 

「うん、候補はいくつかね」

 

「私も考えてきたよ!」

 

「では、発表しましょうか」

 

「はいはーい!じゃあまず私からね!」

 

ユイユイが自分から手をあげた。よほど自信があるんだろう。

 

「私が考えたのはすっごく可愛いよ!『cato and dogs』って書いてキャットアンドドッグス!猫も犬も可愛いでしょ?ね?」

 

catの綴り間違えてるー!!!

なんて突っ込み所が満載なネーミングなんだ…。何でdogだけ複数形でdogsなんだ…。

 

「確かに可愛らしいバンド名ですわね」

 

正気が秋月!?

 

秋月の方を見ると思いっきり明後日の方向を見ていた。やっぱりおかしいと思ってるんだな。安心したぜ。

 

「え、えへへ、やっぱり?可愛いよね」

 

その後実際には数秒しか経っていないだろう。だか永遠とも思える沈黙が続いた。

 

「あれ?あれ?誰も発表しないの?私ので決まり?」

 

いや、それは勘弁してくれ。

 

ヤバいな。ここから切り出すのはかなり難易度が高い。あのユイユイのバンド名を越えるインパクトのあるバンド名。かつ、まともなバンド名じゃないととても言いづらい。

 

一瀬お前ならユイユイと仲がいいだろ!?さぁ!お前が発表するんだ!

 

「じゃ、じゃあ…」

 

さすがだ一瀬!さすが俺達のリーダーだ!さぁ!この空気をぶち壊してくれ!

 

「次は言い出しっぺの松岡くんのバンド名を聞いてみようか」

 

な、なんだとぉぉぉぉ!?

こいつ…!天然?

いや、違う。俺は見逃さなかった。

 

『次は言い出しっぺの松岡くんのバンド名を聞いてみようか』

 

ああ言った後、あいつは確実にニヤリと笑っていた…!か、確信犯だ…!!

 

よし、こうなったら…『俺のはトリだな。ラストに発表させてもらう。それより秋月はどんなの考えたんだ?』これだ。これでいこう。今ならいける。さっきの一瀬の台詞から0.2秒しか経っていない。すまん、秋月!許せ!

 

「俺のは…」

 

「そうですわね。言い出しっぺの松岡くんのを聞いてみたいですわ」

 

な、なにぃぃぃぃぃ!?

ば、バカな…俺の発言に被せるように仕掛けてきただと!?くそ、こうなったら…。

 

「結衣も松岡くんのバンド名どんなのか気になるんじゃない?」

 

「え?うん!気になる!!」

 

な…なんだ……と…!?

ここでユイユイも巻き込む事により俺の逃げ場をなくしただと…!?

 

くそ、こうなったら少しでもハードルを下げて……

 

「あー、俺の考えたやつは大した事ねーぞ?アイドルとか詳しくねぇから、そんなキラキラしたような名前は思い付かなかったからな。あくまでもロックなイメージで考えた」

 

よし、ナイス俺!これならインパクト的に欠けててもスルーで済むはず…!

 

「一瀬は春太で春。ユイユイは夏野で夏。秋月にも秋があるし俺は冬馬で冬が入ってる。それで俺達は4人だ。だから俺が考えたのは『FOUR SEASON』と書いてフォーシーズンだ」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

え?何で無言?

 

「う~~ん、インパクトにかけるかなぁ」

 

いや!ユイユイ!お前には言われたくねーよ!確かにキャットアンドドッグスみたい衝撃はないけどっ!

 

「普通過ぎるかな」

 

キャットアンドドッグスの後にバンド名発表させられた俺の身にもなれよっ!

 

「……ふぅ」

 

秋月!?何で!?そんなに俺のダメだったか!?

 

「こうなったら私の案か春くんの案で行くしかありませんわね」

 

俺の案無かった事になったぁぁぁ!!?

ユイユイの案を潰す為の捨て石にされただとぉぉぉぉ!!

確かにFOUR SEASONってのもどうかと思うぞ!?なんかありきたりだしな!?

でもキャットアンドドッグスよりは他に何か言うことあるだろ!?

 

「じゃあ次は俺がいこうか。俺が考えて来たのはこれ。『KIRAKIRA☆BOYS』って書いてキラキラスターボーイズ!」

 

ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!!

何!?ユイユイとそんな変わらないネーミングセンスだぞ!?

そもそもその☆の部分スターって呼ばせるのか!?いや、その前にユイユイと秋月はボーイズじゃねぇ!!

 

「うん!さすが春くんだね!私のキャットアンドドッグスに匹敵する可愛さだよ!!」

 

なんでそんな絶賛!?俺のFOUR SEASONよりそんな良かったのか!?確かにインパクトはあるけどなっ!

 

「…」

 

秋月!?言葉も失って真顔になってる…。

頼む秋月…お前だけが頼りだ…。

真顔のお前も可愛いぞ。

 

「では、私達のバンド名を発表しますね」

 

おい、秋月『私達の』って言ったぞ。もう自分のバンド名で決定って事か?

いや、確かにな。キャットアンドドッグスとかキラキラスターボーイズはどうかと思うぞ?でもFOUR SEASONの方は候補に入ってもいいと思うからな?

 

「私が考えて来たのはこれですわ。『YKH ~和と美を添えて~』と書いてユ・キ・ホ わとびをそえて。ですわ」

 

ユキホって言っちゃってるぅぅぅ!!

和と美を添えてって何だよ!料理かよ!くっそ!そんな秋月も可愛いな!!

 

「さすが姫咲だね。なかなかいいと思う」

 

いや、良くないだろ!

 

「確かに和と美を添えてる所とかいいと思うんだけどさ」

 

何でだよ!何でバンド名にそんなの入るんだよ!

 

「やっぱり俺はKIRAKIRA☆BOYSがいいと思うな」

 

一瀬!お前そんな自己主張強いやつだったか!?

 

「私としてはYKH ~和と美を添えて~がいいと思うのですが…」

 

秋月!?……は、うん。元から自己主張強かったな。

 

「う~ん…3択だね…」

 

どれとどれとどれで3択!?

昨日俺『今更抜けるつもりもねぇから安心しろ』とか言ったけどそんなバンド名になったら考えるからな!?

 

「悩みますわね。こう…いいのが3つも揃いますと、やはり自分のが1番と思ってしまうのが人の性ですし…」

 

秋月…お前の中でもFOUR SEASONよりキャットアンドドッグスとかキラキラスターボーイズの方がいいのか…。

 

「こうなれば第三者に聞いてみましょうか」

 

第三者…?俺、第三者扱いじゃないよな?

 

「じいや!」

 

「ハッ、ここに」

 

じいさんほんとどこに居たの!?

 

「じいや。申し訳ないのだけれど、私達のバンド名にピッタリと思うのはこの中のどれと思いますか?」

 

「セバスちゃんならセンスもありそうだし安心して任せられるね!」

 

「セバスさん、すみません。よろしくお願いします」

 

「そうでございますな。一瀬様のKIRAKIRA☆BOYSも、夏野様のcato and dogsも、お嬢様のYKH ~和と美を添えて~も大変素晴らしいバンド名で、私も決めかねる…といったところが本音ではございますが…」

 

そしてじいさんが俺の耳元にそっと呟いてきた。

 

「松岡様、心中お察し致します。ここはこのセバスにお任せ下さいませ」

 

じ、じいさん…!!

 

そしてじいさんはみんなに向けて続けてこう言った。

 

「ですが、私も皆様のバンドの練習を見守っている身でありまするが故、僭越ながら私もバンド名を考えて参った次第にございます」

 

「なるほど。では、じいやの考えて来たバンド名も聞かせていただけますか?」

 

「ハッ、お耳汚しを失礼致します。私が考えて参りましたバンド名は『Canoro Felice』と書いてカノーロ フェリーチェと読みます。私の祖国イタリアの言葉にございます」

 

「かのーろふぇりーちぇ?どういう意味?」

 

「このCanoro(カノーロ)とは歌うことという意味や音色という意味でございます。そしてFelice(フェリーチェ)とは幸せという意味にございます。皆様の歌で音色で幸せにしよう。幸せな歌や音色を届けようという意味で名付けさせて頂きました。また、皆様ご自身もこのバンドの歌で幸せになるという意味も含めております」

 

「すごい!すごいよ!セバスちゃん!カノーロ フェリーチェって読み方も可愛いし!」

 

「うん!確かに俺達にぴったりなバンド名だよね」

 

「さすがじいやですわね。私はまだまだじいやがいないとダメですわ」

 

「勿体なきお言葉!」

 

すげぇ、確かにネーミングも俺達にピッタリって思うけど、それ以上にこいつらを納得させれたのがすげぇ…。

 

「ね!私達のバンド名さ!Canoro Feliceにしようよ!私気に入ったよ!」

 

「うん!俺もいいと思う。セバスさん、その名前。俺達のバンド名に貰ってもいいかな?」

 

「ハッ、恐悦至極にございます!」

 

「じいや。私達はじいやに戴いたCanoro Feliceの名でバンドをやっていきますわ。だから、いつまでも私達の行き着く先を見守って下さいね」

 

「御意」

 

そうして俺達のバンド名はCanoro Feliceに決定した。良かった…。あの3つのどれかにならなくて…。それに俺もこのバンド名気に入ったしな。

 

「松岡様」

 

「ん?なんすか?」

 

「いかがでございましょう?あの3つよりは…とは思いますが。おっと、失言でしたな、失礼」

 

ふふ、あははは…やっぱりこのバンドってか、このバンドのメンバーの雰囲気楽しいな。

 

「ありがとうなじいさん。実際ヒヤヒヤしてたけど助かった。それ以上にCanoro Feliceってバンド名、俺も気に入った!」

 

「勿体なきお言葉!ですが、私の事はフレンドリーにセバスちゃんとお呼び下さいませ」

 

「あはは、おう、ありがとうな…セバ…セバス。俺はちゃん付けで人を呼ぶキャラじゃねーわ。悪いな」

 

「とんでもございませぬ」

 

そしてセバスは姿を消した。

ほんとどこ行ったんだ!!?

 

 

 

 

「よーし!バンド名も決まった事だし練習頑張ろう!!」

 

「うん!今日も頑張るよー!」

 

「ええ、今日も頑張っていきましょうね!」

 

あ、そうだ。まだ俺からこいつらに話があったんだった。

 

「練習の前にちょっと聞いてくれ」

 

「ん?何?」

 

「昨日までやってた曲な。あれはもうやらなくていい。あれはライブでもやらない」

 

「え?」

 

「な、何で!?」

 

「せっかく昨日までみんなで練習してましたのに」

 

「その事については謝る。この通りだ。すまん、その曲は忘れてくれ」

 

そう言って俺は頭を下げた。

 

「頭の下げ方が足りませんわ」

 

「「姫咲!?」」

 

まぁ、俺の我儘だしな…。

こいつらに謝りたいのは本気の気持ちだ。俺は膝をついて土下座をしようとした。

 

〈〈ギュッ〉〉

 

「き…姫咲…!?」

 

「うわうわうわわわわわ!」

 

土下座をしようとした俺を秋月が抱き抱えるように支えていた。

やばい、いい匂い。いい匂い。いい匂い…

 

「冗談ですわ。殿方がそんな簡単に土下座なんかしたらいけませんわよ。何か事情がおありなんでしょう?まずはそれを話して下さい」

 

そう言って秋月は俺から離れた。

 

「何があったのですか?」

 

「あ、ああ…。昨日までの曲は、あれは俺の曲だ。俺がやりたいだけのかっこいいって思って作った曲。お前らの事やCanoro Feliceの事を考えて作った曲じゃない。お前らは俺の技術に追いつこうと練習も無理して頑張ってくれてた」

 

「そ、そんな事気にしなくていいのに!」

 

「そうだよ!私がまだまだ下手っぴなのは事実なんだし!」

 

「春くん!結衣!松岡くん、ごめんなさい。続けて下さい。最後まで聞きますわ」

 

「ああ、俺は今まで色んなバンドを転々としてきて、どこのバンドも楽しくなくて。お前らと演奏して…初めて楽しいって思えるバンドと出会えた。それなのに俺は俺に追いつこうと頑張ってるお前らを伸ばす事ばかり考えて、俺がお前らのペースに合わせるって事をしてなかったんだ」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「今、俺がやりたいのはCanoro Feliceなんだ。だから、あの曲は忘れてほしい。俺達はCanoro Feliceなんだから」

 

「「「松岡くん(まっちゃん)…」」」

 

「それでな。昨日作ったんだ。俺達の曲を。今日からはこの曲をやっていってほしい。そしてこの曲を俺達のデビュー曲としてライブでやりたい」

 

そう言って俺は一瀬とユイユイと秋月にスコアを渡した。

 

「『Friend Ship』…?」

 

「わぁ、こないだとは全然違う曲調と歌詞だね」

 

「また安直なネーミングですこと」

 

ぐっ……

 

「ねぇ松岡くん、この歌詞の部分の赤いとこは何?」

 

「ああ、そこはユイユイが歌うパートだ」

 

「私!?」

 

「一瀬はダンスが持ち味だしな。だからどうしても歌えない間も出来ちまう。だからそこはユイユイがサポートとして歌ってくれ。多分これが俺達の完成型だ」

 

「う、うん…頑張るよ…!」

 

「松岡くん。よく頑張ってくれましたね」

 

そう言って秋月が俺の頭を撫でてくれた。Feliceはここにあったのか…!

 

「あ、あとな…」

 

「何ですか?」

 

「いつまで俺だけ苗字呼びなんだよ。俺も仲間なんだし……そろそろ名前で呼べよ…」

 

う、こういうの言うのってすげー恥ずかしいな。

 

「わかったよ。冬馬。改めてよろしくね」

 

「お…おう、は…春太…」

 

自分から言っておいてすげー恥ずかしい…。

 

「冬馬…冬馬だからとうちゃん?なんかお父さんみたい。う~ん、とうまちゃん!長いなぁ…」

 

呼び捨てでいいよユイユイ…。

 

「わかりましたわ」

 

そう言って秋月が俺の頭から手を離して、優しい微笑みを俺に向けてこう言った。

 

「それだけはお断りしますわ。ごめんなさい」

 

え?

 

「もう松岡くんは私の中では松岡くんってのがあだ名みたいな感じですので…」

 

え?

 

「え?いや…あのきさ…」

 

「学校で誰かに聞かれて勘違いされても迷惑ですので、絶対に私の事は下の名前で呼ばないで下さいね」

 

今日一番の秋月の笑顔を見た。可愛いな。

 

いやいやいや!何でだよ!同じCanoro Feliceの仲間だろ俺達…!!

 

そして俺は春太と下の名前で呼び合うようになり、ユイユイと秋月とは変わらずまっちゃんとユイユイ。松岡くんと秋月と呼び合う事で収まった。

 

それでも俺はやっとCanoro Feliceのドラムになれたんだと思う。

 

俺達の曲をライブで演奏する日も…きっと近い。


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