バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第6章 デュエルギグ

俺の名前は一瀬 春太。

 

アイドルを夢見てた俺が、Fairy Aprilに出会い、俺もFairy Aprilのボーカル鳳 葵陽のようになりたいと思い、今はCanoro Feliceというバンドでボーカルをやっている。

 

そして俺達は今日初めてのライブを…デュエルをやる。

 

俺達のドラム、松岡 冬馬。

彼が作ってくれた俺達の曲。今日はみんなの前で思いっきり歌うんだ。

 

『もし負けるような事があれば、春くんと松岡くんは去勢します』

 

……不安もいっぱいあるけど。

 

よし、行くか。

 

「おはようございます。一瀬様。お待ちしておりました」

 

玄関を開けたらそこには俺達のベーシスト秋月 姫咲の執事をやっているセバスさんがそこに居た。

 

「お、おはようございます、セバスさん。あの…どうしてここに…?」

 

「ハッ、お嬢様が今日のデュエルは負けるわけにはいかないので、皆様に万全の状態でお越しいただきますようにと、お迎えにあがった次第でございます」

 

ああ、そう言えば今日のデュエルで俺達が負けたら、冬馬がFABULOUS PERFUMEのベースの子。茅野 双葉と付き合うんだっけ?

 

双葉ちゃんって冬馬が好きだからそんな勝負吹っ掛けてきたんだよね?姫咲がいくら双葉ちゃんの男装してる時の姿、ナギの事が好きとは言っても、俺はどちらかと言うと双葉ちゃんを応援してあげたいんだけどな。

 

「ハッハッハ。それは違いますぞ一瀬様」

 

え?何が?

 

「あの?セバスさん?」

 

「一瀬様はお嬢様が『ナギ様をお慕いしているから、松岡様の恋人にはしたくない。』そう思っていると考えておられませんか?一瀬様のお顔を見ていると、何かそのような事を考えてらっしゃるのでは…と」

 

「え?あの、違うのですか?」

 

「お嬢様は頭の良いお方です。そしてとても思慮深い。それに頑固で我儘で強気で、つまらない事には目もくれない方でいて、かなりのSではございますが」

 

意外と言うな。セバスさん。

 

「ですが、観察眼も鋭く、人の気持ちに敏感に気付いてしまい、どうすればまわりが上手く動くか。みんなが気を悪くしないかなど、先を見て行動してしまいます。自分が悪者になっても。……悲しい方です。このような家に生まれたが故に、色々とございますから」

 

そっか。姫咲はお金持ちのご令嬢だもんな。子供の頃から社交の場に出る事もあったんだろう。そこで色々見たくないものも見てきたんだろうな。

 

「そして、お嬢様はナギ様が本気で松岡様をお慕いしている事に気付いておられますよ」

 

「え?そうなんですか?」

 

「お嬢様はこう考えておられます。松岡様は胸を触った責任を取ってナギ様の恋人になる。そのような条件では、松岡様はデュエルで負けても何か理由を作り、ナギ様と恋人になる事を拒むでしょう。恋人になる事を拒まれたナギ様は傷つき悲しむ。そう思ってらっしゃるのです」

 

「で、でも、もし冬馬が責任を取って恋人になる。って言ったら?」

 

「確かに。ですが、万一、そんな賭けでお付き合いされたとしても、お二人は幸せでしょうか?お嬢様は松岡様とナギ様との幸せを考えてらっしゃいますよ。

あ、お嬢様の楽しいおもちゃである松岡様を取られたくないと思っているところもあるやも知れませんな」

 

確かに姫咲は色々な事考えてるもんね。冬馬との十番勝負の時もそうだったっけ…。

 

「もし、ナギ様が松岡様を好きだから恋人になれ。と、いう条件でございましたら、何か手立てを考えたと思います。お嬢様は負けるという事が嫌いですからな。ハッハッハ」

 

「そうなんですね。姫咲がそんな事を…」

 

「いえ、言っておられませぬよ」

 

はい?

 

「お嬢様がそう考えているだろうと、じいやの勘でございます」

 

「ははは、なんだ…セバスさんの勘ですか」

 

「もう15年もお嬢様を見てきておりますので、わかるものですよ」

 

15年?姫咲が生まれた頃からの執事って訳じゃないのか…。

 

「お疲れ様でございました。さぁ、ファントムに着きましたぞ」

 

「え?あれ?このままみんなを迎えに行くんじゃないんですか?」

 

「お嬢様は既にファントムの中に。結衣様と松岡様は別の者が迎えに行っております」

 

そうなんだ。結衣と冬馬はまだ着いてないのかな?

 

「ありがとうございます。セバスさん。今日のライブも是非観て下さいね」

 

「ハッ、それでは」

 

そう言ってセバスさんは車に乗り込み、この場から去って行った。姫咲はどこにいるのかな?

 

ってか、ここの入口の前、女の子でいっぱいなんだけど…。FABULOUS PERFUMEのファンの人達かな?

 

どこに行ったらいいのかわからず、俺はライブハウスの周りをウロウロしていた。

 

しまったなぁ…。入口付近で結衣か冬馬を待ってた方が良かったかな?

 

そんな事を考えていると、喫煙所らしき所に女の子と男の人達がいるのが見えた。こんな所にいるって事はライブハウスの関係者かな?

 

「あの、すみません」

 

俺はその人達に声を掛けてみた。

 

「はい?」

 

「ん?」

 

「あー!いちのせはるた!!」

 

そこに居た男性2人が俺の方を振り返り、一緒に居た女の子にいきなり名前を呼ばれた。え?何で俺の名前を…?

 

「お?栞の知り合いか?」

 

「なかなかイケメン君だな?」

 

「こいつはボク達の敵!!Canoro Feliceのボーカルだよ!」

 

そう言ってその女の子は俺に指を指してきた。ボク達の敵?って事はFABULOUS PERFUMEの人かな?

 

「あの、えっと…。すみません、どちら様ですか?」

 

えっと…シグレ、チヒロ、イオリの誰かかな?ナギ……双葉ちゃんは男装してない時も会った事あるけど…。

 

「なっ…!このほんの1週間ちょっとでボクの顔を忘れるとか…!!」

 

「ご、ごめんね。ほら、男装してる時にしか会った事ないと思うしさ?」

 

何で俺、こんなに敵視されてんの?まぁ、敵っちゃ敵なんだけど…。

 

「ああ、そりゃわからないんじゃないか?」

 

「君がCanoro Feliceのボーカルくんか。俺はこのライブハウスのオーナーの英治だ。今後ともよろしくな」

 

そう言ってオーナーの英治さんは挨拶してくれた。

 

「Canoro Feliceのボーカルの一瀬 春太といいます。今日はよろしくお願い致します」

 

「ああ、よろしく。そしてこいつがBlaze Futureのタカ。今度のイベントの企画者だ」

 

今度の企画?あ、冬馬が言ってた11月のやつかな?

 

「よろしくな。んで、こいつはFABULOUS PERFUMEのドラムのイオリだ。仲良くしてやってくれ」

 

「たか兄は何をよろしく言ってるの!」

 

「いや、だってお前、今日のデュエルでCanoro Feliceが勝ったら、俺らのイベントに参加してくれんだろ?そりゃ、Canoro Feliceを応援するだろ…」

 

あれ?そう言えばそんな事になってるんだっけ?冬馬と双葉ちゃんが付き合うかどうかって事ばっかり考えてたな…。

 

15年前のドリーミン・ギグってよくは知らないけど、姫咲もセバスさんもすごく絶賛してたもんね。出来れば俺も参加したい。

 

「うぅ…。ボクもそのライブに出たかったのに…遊ちゃんと一緒のステージに立ちたかった…」

 

「あ?出てもいいぞ?参加バンドが増えるならまだ調整きくし。元々俺が企画した所でそんなにバンド集まらないと思ってたから4バンドってしただけだし。な?英治」

 

「ああ、俺もこのPhantom Gigはうちのこれからの経営が掛かってると思ってるし、大きく出来るなら万々歳だぞ?タカ達がいいならどんどん募集かけたいくらいだしな」

 

「え?そうなの?よし、みんなに相談しよ…」

 

え?そうなんだ?だったらこのデュエルで俺達が勝ったところで…。まぁ、せっかくのデュエルだから勝ちたいとは思うけど…。

 

「あ、それでこんな所にどうしたんだ?」

 

主催者さんが俺に聞いてくる。

 

「あ、俺、どこから入ればいいのかな?って、ちょっと迷いまして…」

 

「そっか。よし、じゃあ俺はこの子楽屋連れて行ってくるな。タカ、お前昨日のライブで筋肉痛だろ?」

 

「バカお前、楽屋に案内するくらい出来るっつーの。全身筋肉痛だけどな」

 

「ま、俺が行ってくるわ。そんでちょっと物販の様子も見てくる。じゃ、一瀬くん、行こうか」

 

「あ、はい。すみません」

 

そして俺はオーナーさんに連れられて、ライブハウスの中に入り、楽屋へと向かった。

 

 

 

 

「あ、あの…」

 

「ん?どうした?」

 

「さっきの方…、主催者のタカさんでしたっけ?昨日はライブだったんですか?」

 

「ああ、昨日はなかなか熱いライブだったぞ。今度のイベントに参加のBlaze FutureとDivalで対バンやったんだよ」

 

へー、やっぱりイベントを主催するだけあって、ライブとかもすごいんだろうなぁ。今度やる時は観させてもらおう。

 

「よし、ここがCanoro Feliceの楽屋だ。時間まで好きに使ってくれ。っと、ああ、今日は特別なデュエルだったな。後でタカが説明に来てくれると思うから、楽屋で待っててくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

特別なデュエル…?普通のデュエルとは違うのかな?

 

そして俺は楽屋の扉にノックした。姫咲が先に来てるみたいだし、着替えとかしてても大変だしね。

 

「はい?」

 

返事と共に楽屋の扉を開いてくれた。

 

「姫咲、おはよう」

 

「春くん、おはようございます」

 

俺は楽屋に入る。どうやらまだ姫咲しか来てないようだった。

 

「結衣も松岡くんもそろそろ来られると思いますわ」

 

あ、考えてる事がバレた?セバスさんの言う通りそういうの敏感になってるのかな?

 

「そっか。あのね?姫咲、ちょっと聞きたいんだけど?」

 

「何でしょう?」

 

「今日のデュエルさ。もし負けたら…」

 

「春くんも松岡くんも去勢します」

 

……それはやっぱり本気なんだろうか?

 

「いや、それは全力で許…」

 

「許否は認めません」

 

「いや、あの…」

 

「勝てば何も問題ありませんよ?」

 

う~ん、単刀直入に聞くか…。

 

「どうしてそこまで?冬馬と双葉ちゃんが付き合うのがそんなに嫌?」

 

「………」

 

「俺が思うにだけどさ。双葉ちゃんって」

 

「わかってますよ。そんな事くらい。双葉が松岡くんの事を…」

 

やっぱりわかってたんだ…。

 

「確かにデュエルで負けるのは嫌だし、本気でやるけどさ。あの2人を応援する事くらいは…って思うんだよね」

 

「ええ、私もそう思っています。デュエルが絡んでいなかったなら、私は全力で双葉の幸せの味方をしてますわ。ですが、あのような賭けではダメです。だから負けるわけには参りません。絶対に」

 

「冬馬が双葉ちゃんをフリそうだから?」

 

セバスさんに言われた事を聞いてみた。

 

「ええ、松岡くんの性格上、素直に告白されればすぐにお付き合いが始まると思いますが…」

 

う~ん…、冬馬が好きなのは姫咲だろうから、それもないとは思うんだけど…。

 

「胸を触った責任というのであれば、松岡くんは何かと理由を付けて双葉をフると思います。もしくは、負けたから付き合ってやる。と、酷い事を言って自分がフラれようとする。そのどちらか

ですわね」

 

ああ、俺もどっちかと言う冬馬は後者を選ぶと思うな。

 

「Canoro Feliceに入るかどうかの勝負の時もそうでしたものね。あのままこのバンドに入っていたら、今頃はみんなバラバラだったと思います」

 

そういやそうだったもんね。冬馬は…。でもまぁ、あの時は俺達のバンドに姫咲が居たから入りたいって気持ちもあったとは思うけど…。

 

「ですから必ず勝ちます。勝ちましょう」

 

姫咲もやっぱり色々考えてるんだな。

冬馬の自分への気持ちは気付いてなさそうだけど…。気付いてない振りかな?

 

コンコン

 

「あ、はい?」

 

楽屋の扉がノックされたので、俺が扉を開ける。

 

「松岡くん連れて来た」

 

扉の向こうにはタカさんと冬馬が居た。

 

「よう、春太」

 

「おはよ、冬馬」

 

「Canoro Felice全員揃ったかな。じゃあ、今日のライブの説明していいかな?」

 

タカさんが俺達にそう声を掛けてくれたけど……まだ結衣が来ていない。

 

「いえ、まだ結衣が…うちのギターの子がまだなんですよ」

 

「「え?」」

 

いや、何で冬馬まで驚いてるの?

 

「ちょ、ちょっと待て、春太。ここに到着したのは俺が最後のはずだぞ?」

 

「ああ、俺も松岡くんを連れて来てくれた執事さんにそう聞いたけど…?」

 

え?いや、ここには俺と姫咲しか…

 

「まさか迷子でしょうか?」

 

「え?いや、それはないんじゃないの?」

 

「「ありえる!」」

 

俺と冬馬がほぼ同時にそう言った。結衣だもんね…。

 

「え?まじで?」

 

 

 

 

 

俺達総出でライブハウスの周りを捜索して、冬馬が結衣を見つけて来てくれた。どうやら、FABULOUS PERFUMEのファンの人達と一緒に物販列に並んでたらしい…。

 

「いや~、みんななかなか動かないから変だな~とは、思ってたんだけどね?」

 

それが結衣の言い分らしい…。

 

「あの……そろそろライブの説明していいかな?」

 

タカさん…ご迷惑おかけして申し訳ないです…。

 

 

 

 

タカさんから俺達は今日のライブの段取りを聞いた。

 

まず、今日のライブはFABULOUS PERFUMEのワンマンライブらしい。

 

俺達、Canoro Feliceはライブのゲストとして途中で参加。そのタイミングはFABULOUS PERFUMEが一度はけた後のアンコール1曲目が終わってから。

そこでボーカルのシグレから俺達が紹介されて1曲披露する。

 

その後に俺達のうち誰かがMCでバンドメンバーを紹介して、デュエルが始まるらしい。デュエルの勝敗はどうあれ俺達はそこで退場。

 

そういう段取りらしい。

 

「まぁ、そんな感じだな。何かわからない事とかあるか?」

 

わからない事…か。

 

「あの…良いですか?」

 

「ん?何?」

 

姫咲が質問をした。

 

「その段取りですと、私達は最初はゲストという事で受け入れていただけるかもしれませんが…デュエルとなると一気に敵視されるのではありませんか?ましてや…」

 

「FABULOUS PERFUMEに勝ったらオーディエンスに恨まれて、負けたら笑い者になる。そんな感じの心配か?」

 

「まぁ…似たようなものです…」

 

「そこら辺はFABULOUS PERFUMEもうまくやってくれるだろうし心配すんな。あいつらももう2年くらいライブやってるし、事務所からのスカウトも来てるくらいだしな」

 

事務所からスカウト!?そんなにすごいの!?

 

「それに好きなバンドがデュエルで負けたからって、逆恨みするような奴を気にしてたらバンドなんかやってらんねぇぞ?」

 

「…わかりました」

 

「ん~。あれだ。まぁ、心配してるような事にはならねぇよ。デュエルで勝つ事だけを考えてたらいい」

 

「そ、それはもちろんです!」

 

「他には何かあるか?」

 

「はい!はい!はーい!」

 

「よし、質問もないみたいだし、ライブ開始の少し前までならリハもやらせてもらえるみたいだけど、ステージ見とくか?」

 

「え!?私無視!?」

 

結衣の質問とか的外れな感じするもんね…。

 

「たぁくん!私も!質問あるの!」

 

「え?たぁくん?誰それ?」

 

結衣…早速タカさんもあだ名呼びなんだね…。

 

「よし、聞いてやろう。答えるかは別として」

 

「むー!あのね?デュエルって何曲やるの?あと、勝敗はどうやって決まるの?私あんまりデュエルって詳しくなくて…」

 

ゆ、結衣にしてはすごく普通の質問だ。

 

「ユイユイちゃん。ほんとすまん!」

 

「え?何で謝るの?」

 

「いや、おやつは何円までですか?とか、バナナはおやつに入りますか?とか、そんな質問来ると思ってたからな」

 

「なっ!?」

 

「そうだな。まぁ、曲数はその時次第ってのもあるけど今日は1曲かな?

デュエルギグの勝敗ってのは、オーディエンスを盛り上げて、自分達もテンションを上げてな。どっちの曲が盛り上がったかを競うバトルだな。自分達だけが盛り上がっててもダメだ。オーディエンスが盛り上がらないからって自分達が盛り下がって、曲を最後までやれないのも負けだな。

ちなみに志保とか香菜がデュエルギグ野盗とやってたのはデュエルって言っても、エンカウンターデュエルに近い。エンカウンターデュエルの説明は省かせてもらうな」

 

そうか、デュエルって俺達が盛り上がらないのもダメなんだな。なら、俺達がやってた路上ライブは…。

 

「ん?志保とか香菜って誰?あと、文字数が多すぎてよくわからなかった」

 

「よし、もう質問はないようだな。俺は帰る。帰ってふて寝する」

 

すみません、タカさん…。

 

「あ、あの、すんません、いいすか?」

 

「あ?松岡くん?何?」

 

「やっぱりライブ前にステージ見ておきたいんですけどいいすか?」

 

「ああ、いいよ…。行くか……」

 

 

 

 

 

 

俺達はタカさんに連れられてステージ袖まで来た。

そこではFABULOUS PERFUMEの4人が休憩をしていた。

 

「おう、お疲れ様」

 

「あ、貴くんだ」

 

双葉ちゃんはタカさんを貴くんって呼んでるのか。タカさんはイオリとも仲良さげだったし、やっぱり付き合い長いのかな?

 

「たか兄!」

 

「葉川くん、こんにちは」

 

「葉川さん、こんにちはっす」

 

みんな衣装は着てるけど、ウィッグをつけてないし、メイクもしてないから、かっこいい女の子って感じだな。

 

「春太、冬馬、結衣、姫咲も!こんにちは」

 

双葉ちゃんが俺達に挨拶してくれた。双葉ちゃんにはあの日から今日まで色々と、ライブの事なんかを教えてもらったりで助けてもらってた。

 

「双葉、一瀬くんと松岡くんに挨拶するのは止めなさい。男はみんな狼よ。油断してると食べられるわ」

 

すごく綺麗な人だな…。ってか、俺達すごく嫌われてない?

 

「シグレ…。さっきお前俺に挨拶したよね?知ってたか?俺も男なんだけど?」

 

「狼の皮を被ったチキンならさほど危険はありませんので」

 

「たか兄はマイリーと遊ちゃんにしか興味ないでしょ?」

 

え?遊ちゃんってのは誰だか知らないけど、マイリーってキュアトロのマイリー?

 

「バッカ、女の子に興味津々だっつーの」

 

「え?葉川さん渾身のギャグすか?」

 

「貴くんがそれ言っても説得力ないよね」

 

「お前らが俺をどう見てるのかよくわかったわ。それより休憩してんならCanoro Feliceがリハなりステージ使っても大丈夫か?」

 

「あ、はい。いいっすよ。あたし達もそろそろメイクしようと思ってましたし」

 

「おう、助かる。じゃあ、ちょっと行こうか?」

 

「は、はい」

 

アイドルのオーディションでステージに上がった事は何度かあるけど、やっぱりステージって緊張するな。

 

「あ、私も手伝います。ちょっとした流れの説明も必要だと思いますし」

 

「ナギは本当にいい子だな。俺が10歳若かったら口説いて告白してフラれてるまであるな」

 

「私を?ナギを?どっちの時の私を?」

 

「何で俺がナギの時に口説くと思うの?」

 

 

 

 

 

俺達は双葉ちゃんから、細かい段取りを説明してもらって、立ち位置なんかの確認をしていた。

 

「春太も、捌けるタイミングはなんとなくわかったかな?」

 

「うん、ありがとう。双葉ちゃん」

 

「とうとうステージでやるんだね。私達…」

 

結衣がそんな事を呟いて、姫咲の手を握った。

 

「ええ…」

 

そして、姫咲が結衣の手を握り返す。

二人とも震えているのがわかった。

 

アイドル時代にはもっと大きなステージで歌ってただろうし、結衣はこういうのは馴れてると思ってたけど、やっぱり本番は怖いんだね。

 

「春太」

 

冬馬が俺に声を掛けてきた。

 

「お前が俺達のバンマスだ。あの2人がオーディエンスに飲まれないように、しっかり頼んだぞ。俺は…口下手だしな…」

 

冬馬?そうだね。俺がCanoro Feliceのバンマスだもんね。

 

「結衣、姫咲」

 

「ん?何?」

 

結衣が俺に聞き返してくる。姫咲は無言でこっちを向いてくれた。

 

「今日がCanoro Feliceのステージでやる初ライブだ。みんなで楽しもう。俺達でこのステージをキラキラに輝かせよう」

 

「うん」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

今はFABULOUS PERFUMEのライブ中。

俺達は楽屋でモニターを観ている。

 

路上ライブの時にFABULOUS PERFUMEの演奏は聴いたけど、今日の演奏はあの時とは全然比べ物にならない。今日はドラムもいるからとか、そんなレベルじゃない。

 

俺達はこんなすごいバンドとデュエルするのか…。

 

コンコン

 

俺達の楽屋の扉がノックされる。

 

「そろそろ出番だぞ?準備はいいか?」

 

タカさんが俺達を迎えに来てくれた。

 

「よし、みんな!行こうか!」

 

明るい感じでみんなに声を掛けてみたけど、やっぱりみんなFABULOUS PERFUMEのライブを観て、意気消沈している。

 

俺はバンマスとしてみんなにどう声を掛けたらいいんだろう…。

 

「あのな…」

 

そう思っているとタカさんが声を掛けてきた。

 

「お前ら音楽は好きか?」

 

「え?もちろん好きですよ」

 

きっとみんなも…。

 

「ユイユイちゃんは?」

 

「わ、私も音楽大好きだよ!」

 

「姫咲は?」

 

「もちろん。音楽が大好きです」

 

「松岡くんは?」

 

「俺も音楽、好きっす」

 

「ん、ならデュエルだとか勝ち負けだとか気にせんと、お前らはお前らの好きな音楽をオーディエンスに伝えてこい。お前ら自身が楽しんでやらないと、オーディエンスにその気持ちも伝わらねぇよ?」

 

楽しんでやらないと…か。そうだね。俺達は路上ライブの時はそれが出来ていなかった…。

 

「うん!そうだよ!タカさんの言う通り!俺達は俺達の音楽を楽しんでやろう!」

 

「うん、そ、そうだよ!そうだよね!私達が楽しんでやれば、きっと大丈夫だよね!」

 

結衣。うん、きっと大丈夫だよ。

 

「そうですわね。私とした事が大事な事を忘れてましたわ。デュエルの前に私達が楽しんで演奏しませんとね」

 

俺も忘れてたよ。音楽は楽しいから俺達はCanoro Feliceをやってるんだ。

 

「俺も色んなバンドのヘルプをやってきたけど、Canoro Feliceが好きだ。Canoro Feliceの音楽が好きだ。春太、ユイユイ、秋月、楽しいライブにしような」

 

うん、冬馬。俺達で楽しいライブにしよう。

 

「よし、みんな!行くよ!Canoro Felice!!」

 

「「おー!」」

 

「お、おー…」

 

冬馬…恥ずかしいの?

 

 

 

 

 

 

 

俺達はステージの裏で出番が来るのを待っている。今はアンコールの1曲目だから、この曲が終わったらシグレさんの紹介で俺達の登場だ。

 

「みんな!アンコールありがとう!!君達の前で歌えて、私は幸せだ!」

 

〈〈〈シグレさま~!〉〉〉

 

「こんな素敵な夜だ。私達ももっと盛り上げていきたい!みんな、もっともっと盛り上がっていけるかい?」

 

〈〈〈はーい!〉〉〉

 

「では、ここで、幸せの音色を届けに来てくれた私達の盟友を紹介したい!みんな!大きな拍手で迎えてくれたまえ!」

 

〈〈〈ワァァァァァ!!〉〉〉

 

会場に拍手と歓声が響き渡る。そしてタカさんに背中をトンと叩かれた。合図だ。よし、行こう。

 

俺、結衣、姫咲、冬馬の順にステージに上り、双葉ちゃんに教えてもらったように俺達は定位置に着いた。

 

「え?誰?」「ねぇ?あれBlue Tearのユイユイじゃない?」「え?シグレ様とユイユイって友達なの?」「あの男の子なかなかイケメンじゃない?」

 

会場がざわざわとしている。

 

「みなさん、こんばんは!」

 

〈〈〈こんばんはー!〉〉〉

 

「シグレさんに紹介された、俺達がCanoro Feliceです!」

 

「Canoro Felice?知ってる?」「知らなーい」「聞いた事ないよね」「うん、知らない」

 

うっ……俺…どうしたら…。結衣も姫咲も固くなってるのが見てわかる。なのに、俺も何も言えない…。

 

「喋らなくなったよ」「どうしたんだろ?」「緊張してるんじゃない?」「ふひっ、笑えちゃうね」

 

「みんな、Canoro Feliceは今日が初ライブなんだ」

 

双葉ちゃ…いや、今はナギって呼んだ方がいいかな?

 

「ただでさえ、初ライブで緊張しているというのに、ステージに立ったら客席にはこんなに可愛らしい君達がいるんだからね。みんなの魅力に圧倒されるのも無理はないさ。オレだってみんなの魅力を前に今もドキドキしているくらいだしね」

 

〈〈〈キャー!ナギ様ぁぁぁ!〉〉〉

 

「でもな、曲が始まったらこいつらはすげぇぜ?今度はお前らがドキドキする番かもな」

 

「まぁ、僕の美しさには敵わないけどね」

 

〈〈〈キャー!〉〉〉

 

チヒロさん…イオリ…

 

「私達が出来るのはここまでよ。後はしっかりやりなさい(ボソッ」

 

シグレさん…みんな、ありがとう。

 

「みんな、ごめんね!ナギさんの言う通り、みんなの魅力とFABULOUS PERFUMEの凄さに面食らっちゃってたよ」

 

今、このまま曲に入っても結衣も姫咲も多分ダメだ。

 

「俺、実はダンスが得意なんですよ。曲に入る前にちょっと自己紹介がてら、踊ってみていいですか?」

 

「へー、ダンスだって」「どんなのかな?」「見てみたいね」

 

シグレさん、みんなごめんなさい。こんな事勝手に…。

 

「そうだな。面白そうじゃないか。チヒロ、春太くんがやりやすいように1曲頼むよ」

 

シグレさん、ありがとうございます。

 

「春太!行くぜ?しっかりついて来いよ!」

 

「お願いします!」

 

チヒロさんのギターに合わせて、俺はダンスを始める。

 

〈〈〈おぉー!〉〉〉

 

よし、俺は動けてる!笑顔で、楽しんで。ううん、楽しいから自然と笑顔になるんだ。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…みんな、ありがとう!」

 

「みんなー!一瀬のダンス凄かったよな!拍手ー!!」

 

イオリ…ありがとう。

 

「かっこ良かったよね」「うんうん!凄かった!」「私ファンになっちゃいそう」

 

「じゃあ、そろそろ俺達の歌を聴いて下さい!結衣!大丈夫!?」

 

「え?あ、うん!大丈夫だよ!みんなー!私達の曲!楽しんでね!」

 

結衣は大丈夫そうかな?姫咲は…?

 

こくり

 

無言で俺に頷いてくれた。うん、冬馬は?

 

〈ドン、ドドドドドド……シャン〉

 

「俺はいつでもオッケーだ!」

 

「では、聴いて下さい!Canoro FeliceでFriend Ship!」

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

はぁ…はぁ…。最高だ。これがライブなんだ…。

 

「ありがとうございました!Canoro FeliceでFriend Shipでした!」

 

「素晴らしい演奏だったよ。Canoro Felice」

 

ここからシグレさんのMCで俺達は自己紹介。そしてその後にデュエルを…。

 

「では、ここでもう一曲、Canoro Feliceに演奏してもらおうと思う!さぁ!一瀬!次の曲を私達に聴かせてくれ!」

 

え?俺達の曲が終わったら自己紹介して、そのままデュエルじゃないの?

 

「みんなもまだCanoro Feliceの曲聴きたいよな!?」

 

チヒロさんまで…!?ダメだ。考えてる時間はない。次の曲に入らなきゃ…。

 

「よーし!まだまだいくよ!みんなついて来てね!」

 

でも、この曲をやってしまったら俺達にはデュエルでやる曲が…。

 

「聴いて下さい!『idol road(アイドル ロード)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

〈〈〈キャァァァァ!!!〉〉〉

 

 

「ね!今の曲すごく良くなかった!」「わかるわかる!なんか子供の頃見てた夢を思い出したっていうか」「明日からの仕事も頑張ろうって思えるよね」

 

 

「みんな!ありがとうございました!」

 

「みんな、ありがと~!」

 

「皆様、ありがとうございました!」

 

「あ、あの、あ、ありがとう…ございました…」

 

俺達一人一人がオーディエンスにお礼を言う。でも、俺達には次にやる曲は…。

 

「じゃあ、オレから改めてみんなを紹介させてもらう!まずはボーカルの春太!」

 

ナギが俺達の紹介を…?

 

「あ、ボーカルの春太です!今日はありがとうございました!」

 

「そしてオンギター結衣!」

 

「え、えへへ、ギターの結衣です!みんな本当にありがとう!」

 

「オンベース姫咲!」

 

「皆様、ありがとうございました!今日はすごく楽しんで演奏出来ました。皆様のおかげです!」

 

「オンドラムス!冬馬!」

 

〈ドン、ドドドドドド、ドン、ドン、シャン!〉

 

「あ、ありがとうございました…」

 

「みんな!もう一度Canoro Feliceに歓声と拍手を!」

 

〈〈〈ワァァァァァ!!!〉〉〉

 

「僕達も負けてられないね」

 

「ああ、よし、お前ら!今から俺達がもっと盛り上げてやるからなっ!」

 

〈〈〈キャァァァァァ!!!〉〉〉

 

「Canoro Felice。今日はゲスト出演してくれてありがとう。今夜は君達のおかげで熱い夜になりそうだよ」

 

え?え?え?

 

「みんな挨拶して早く行って(ボソッ」

 

ナギ…?

 

「あ、ありがとうございました!」

 

そう言って俺達はステージから下りた。

え?デュエルギグは…?

 

 

 

 

「おう、お疲れさん」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

俺達は訳がわからないまま、ステージ裏に戻って来た。

 

「えっと…?どういう事?今のがデュエルギグ?」

 

いや、違うと思うよ結衣。今日はただゲストバンドとして演奏しただけだ。

 

「みんなわけわかんねー。って顔をしてるな。俺もデュエルはしないって聞いたのは、FABULOUS PERFUMEのライブ直前だったしな」

 

デュエルはしない…?

 

「デュエルはしないってどういう事すか?」

 

「俺も詳しくはわからん。もうすぐアンコールも終わるだろうし、その時にでも聞いてみたらいいんじゃないか?」

 

そうだね…。直接FABULOUS PERFUMEのみんなに聞いてみよう。

 

「んで?どうだった?初めてCanoro Feliceでライブをやった感想は?」

 

「「「「最高(でしたわ)!!」」」」

 

 

 

 

 

 

その後、アンコールも終わりFABULOUS PERFUMEのメンバーも舞台裏に戻って来た。

 

「お疲れ様です」

 

俺はシグレさんに声を掛けた。

 

「ああ、お疲れ様。君達のライブも楽しかったよ。あの場でダンスに入った機転も私は凄いと思ったよ」

 

「あ、ありがとうございます。あのそれで…」

 

「デュエルの事ならナギに聞いてくれ。そう決めたのはナギだ」

 

ナギに…?

ナギの方を見ると結衣と姫咲と話しているようだった。後からの方がいいかな?

 

「ナギ、お喋りはそこまでだ。みんなのお見送りに行くぜ。Canoro Feliceも良かったら来いよ」

 

お見送り?

 

 

 

 

 

俺達はFABULOUS PERFUMEと一緒にロビーに出て、お客様達のお見送りをした。

 

FABULOUS PERFUMEだけじゃなく、俺達Canoro Feliceにも声を掛けてくれたり、握手なんかを求めてくれた。

路上ライブの時と違ったのは、ダンスの事や歌詞のフレーズの感想、今後のライブなんかの予定を聞かれたりした事だ。

 

俺はそれだけで幸せな気持ちになれた。

この幸せな気持ちを歌に乗せてみんなにまた届けたい。そう思った。

 

 

 

 

お見送りが終わった後、俺達は閉店したライブハウスのカフェスペースでFABULOUS PERFUMEを待っていた。

 

「ごめん、お待たせ」

 

着替えを終えたナギ…双葉ちゃんとイオリが俺達の元にやってきた。

 

「ごめんね。シグレとチヒロは明日早いから着替えてすぐ帰っちゃった。みんなによろしく伝えててって」

 

そうなんだ。最後にもう1度ちゃんとお礼を言いたかったけど、しょうがないか。

 

「一瀬 春太!お前達も今日は良かったぞ!誉めてやる!」

 

「あはは、イオリ、ありがとう」

 

「この格好の時にイオリって呼ばないで!ボクは小松 栞(こまつ しおり)。栞でいいよ!」

 

「うん!よろしくね!しおりん!」

 

結衣…早速あだ名なんだね…。

 

「茅野。今日は何でデュエルがなかったんだ?俺達とデュエルするはずじゃなかったのか?」

 

冬馬が双葉ちゃんに問いかけた。うん、俺も早く何でデュエルをしなかったのか聞きたい。

 

「あ、えっ…と」

 

「バカだな、松岡 冬馬は。ボク達とデュエルしてもCanoro Feliceが勝つわけないじゃん」

 

「そ、そんなのやってみないとわからないじゃん!」

 

結衣が反論する。やってみないとわからない…か…。

 

「ほんとに?やってみないとわからないの?」

 

「う…」

 

結衣も言い返せなくなった。そう。やってみなくてもわかる。今の俺達じゃどうやってもFABULOUS PERFUMEには勝てない。

 

「さっきも言ったけど、Canoro Feliceの今日のライブは良かったと思う。でも、ボク達にはまだ勝てるレベルじゃないよ。ましてや今日はボク達のワンマンだったわけだし」

 

悔しいけど、栞の言う通りだ。

 

「茅野もそう思ってたのか?」

 

「うん、さすがに只でさえ私達に有利な条件の中で、曲も2曲しかないCanoro Feliceは私達には勝てないと思う…。ごめん…」

 

「そうか。わかった」

 

それだけ言って席を立つ冬馬。

 

「冬馬…怒った?」

 

「……わかんねぇ。俺達がナメられてたのかって思ってる気持ちはある。でも、それ以上に茅野は俺達にずっと付いて色々教えてくれてて、俺達を一番近くに見てくれてて、俺達も今日、FABULOUS PERFUMEのライブを見て…俺達のレベルじゃどうやっても勝てない。それくらいバカでもわかるから…」

 

冬馬…。

 

「成長しましたわね。松岡くん」

 

「秋月?」

 

「ちょっと前の松岡くんでしたら、聞く耳を持たず、俺達をナメてんのかって怒ってたと思いますわ」

 

「……そういう気持ちもあるって言ったろ」

 

「でもさ?今回の賭けはどうなんの?デュエルはしなかったわけだし」

 

結衣…。もうそれはいいんじゃないかな?

 

「そだね。Canoro Feliceはデュエルするつもりでいたんだし、デュエルをしなかったのは、私達FABULOUS PERFUMEだから…。私達の不戦敗かな。あはは…」

 

「双葉…。いいの?」

 

栞が双葉ちゃんに心配そうな目を向ける。

 

「うん、ごめんね、栞。FABULOUS PERFUMEの負けって事になっちゃって」

 

「ボクは…ボク達は大丈夫だよ」

 

そんなのいいわけない。それでいいわけがないよ。

 

「あのさ、今日、ここに来た時にイベントの主催者のタカさんが言ってたんだけどね。イベントに参加してくれるバンドは多くてもいいんだって」

 

これで何がどうなるかとか、わからないけど…。

 

「俺も参加したいと思ってるしさ。良かったらFABULOUS PERFUMEも参加したらいいんじゃないかな?双葉ちゃん、考えてみてよ」

 

「そうなんだ…。じゃあ、私達も参加してみよっかな。ね?栞」

 

「うん、ボクも出たいよ。参加しよ」

 

「……そだね。春太、ありがとうね。今日はみんなお疲れ様。私、英治くんか貴くん探して参加申請してくるよ」

 

「双葉…。ひぐっ、うぐっ。ボクもいっじょに行く…」

 

泣きそうになる栞の手を引いて、双葉ちゃんはこの場を立ち去ろうとした。

 

こんな形で終わっちゃったら、もう双葉ちゃんから冬馬に何か伝えるなんて出来るわけない。あくまでもアレは『責任を取る』という賭けだったんだから……。決着を着ける事も出来ず、あやふやなまま終わるなんて、双葉ちゃんは俺達の事をあんなに考えてくれてたのに…。

 

「か、茅野!」

 

立ち去ろうとする双葉ちゃんを冬馬が呼び止めた。

 

「ん?何?冬馬」

 

「あの…その…あのな…」

 

「うん?」

 

「あの……色々…ありがとうな。今日はお疲れ様」

 

「うん、冬馬もね。お疲れ様」

 

そしてまた双葉ちゃんは踵を返した。

 

「チッ、情けない男ですわね…(ボソッ」

 

姫咲?

 

「双葉。待って下さいな」

 

姫咲が席を立ち、双葉ちゃんを呼び止めた。

 

「ん?姫咲?」

 

「デュエルは確かにやりませんでしたが、それで私達の不戦勝というのは、私達も納得がいきませんわ」

 

「うん!そうだよ!私も納得出来ない!だって…ライブのレベルじゃ、全然敵わないわけだし…」

 

姫咲、結衣…。

 

「私達はこれからも曲も作り、練習し、ライブも重ね、いつかデュエルでFABULOUS PERFUMEに挑戦出来るようにレベルを上げてみせますわ」

 

「その時こそ、私達とデュエルしよ!ね!ふーちゃん!しおりん!」

 

「う、うん…でも…」

 

「その時に賭けるのは、お互いのバンドのプライドですわ」

 

「姫咲…結衣…うん。私達も負けないよ」

 

「それはそうとしましても、私達もすぐにFABULOUS PERFUMEに勝てるとは思っていません。ですが、私達もPhantom Gigには参加したいので参加はします。まぁ、これは参加バンドはまだ多くても構わないという事ですので、今となってはどうでもいいですわね」

 

姫咲…どうでもいいって…。

 

「ですが、女性の胸を触った男の責任。恋人になるというのは、いささかやりすぎだと思いますが、男として別の形でちゃんと責任を取るべきですわ」

 

「なっ!ここに来てその事かよ!?」

 

「あら?私達が勝てる見込みのないデュエルで不戦勝を得て、それで責任逃れ出来たと、自分は許されたと思っているのですか?」

 

「姫咲、もういいよ。その事は。冬馬ももう気にしないで。ね?」

 

「ほれ見ろ秋月。もう、茅野もいいって言ってくれてんだ。今更、そんな話持ち出すんじゃねーよ」

 

と、冬馬。それはいくらなんでも…!

 

「この…!あなたという人は…!!」

 

「だから、茅野」

 

冬馬はそう言って双葉ちゃんの前に走って行った。

 

「その…責任ってのは俺は取らない。だから、その責任とかじゃなくて、お詫びってのと、今日まで色々教えてくれたりしたお礼って事で……その…」

 

「冬馬?」

 

「もうすぐ夏休みだしな!1日くらいお互いに暇な日も…あるだろうし、たまたま、これ…遊園地のチ、チケット2枚貰ったからさ。よかったら俺と一緒に…行か…行かない……でしょうか…?」

 

そう言って冬馬はバッグから財布を取り出しチケットを双葉ちゃんに渡した。

 

「そ、その…2枚しかないから…あれなんだけど…俺とじゃ嫌ならその…な?他の誰かと行ってもいいし…」

 

「この遊園地…。今年すごいプールが開設されたって所だ…。え…、私、水着…?」

 

「え!?いや、ちが、違う!普通に遊園地だけでもと思って…」

 

「ふふ、ふふふふふふ」

 

「あ、あの…お詫びとお礼だから…」

 

「うん、いいよ。一緒に行こ。楽しみにしてる」

 

「あ、ああ…」

 

冬馬…。良かった。双葉ちゃんも。

 

「あの男…まさかプールに誘うとは…。ポロリでも狙っているのでしょうか?」

 

「うんうん!いいねいいね!青春だね」

 

 

 

 

 

 

 

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「良かったですわね。ライブも、松岡くんと双葉の事も」

 

「本当だよね。私賭けの事言っちゃった時、どうしようかと思ったよ…反省しなきゃ…」

 

「まぁ、終わり良ければ全て良しですわ」

 

う~…。私ほんとそういうとこ反省しなくちゃなぁ…。空気…どうやって読めばいいんだろう?

 

私と姫咲は、春くんとまっちゃんを駅前まで見送り、セバスちゃんがファントムで待っていてくれてるので、今、ファントムに向かって歩いていた。

 

「あ、セバスちゃんだ!」

 

私はセバスちゃんを見つけ走った。

 

「あ、結衣。走ると危ないですわよ」

 

「大丈夫だよー!」

 

すると、物影から人影が出てきた……あ、ぶつかっちゃう…。

 

私はぶつかったと思った瞬間、体がふわっと浮いた。

 

「結衣様、大丈夫でございますか?」

 

「わ、セバスちゃんが助けてくれたの?ありがとうー!」

 

「すげぇな、じいさん。俺もぶつかったと思ったんだけどな」

 

「いえ、あなた様も大丈……!?」

 

「どうした?じいさん?」

 

「あ、あの。すみませんでした。大丈夫でしたか?」

 

「ああ、俺は大丈夫。じいさんが君を守ってくれたおかげだな」

 

その人は声色こそ優しいけど…、なんて言えばいいんだろう?

ただシンプルに怖い。私はそんな言葉しか…。

 

「じゃあ、俺は行くな。走ったりする時はまわりにも気をつけろよ」

 

そう言ってその人は去って行った。う~ん、今日は反省する事ばっかりだな。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「セバスちゃん?どしたの?大丈夫?」

 

「何で…?何で宮野 拓斗が…この町にいるの?」

 

セバスちゃん…?え…?あなた…誰?


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