「う~……ん、よく寝ましたわ」
私は秋月 姫咲。
Canoro Feliceというバンドでベースを担当しております。
「さて…と」
私は着替えを済ませ、朝食へ向かう為に部屋の扉を開ける。
「おはようございます。お嬢様」
部屋の前には、私専属の執事であるセバスが立っていた。
「じいや、おはようございます」
じいやは私が子供の頃からずっと一緒に居てくれている。私の家で住み込みで働いてくれている。
だけど、私はじいやの事をほとんど知らない。家族の事なんかを以前に聞いたことはあるがはぐらかされてしまった。
私がCure2Tronのライブでユキホ様に憧れ、ベースをやりたいと言った時、ベースを教えてくれたのはじいやだった。
『ねぇ、姫咲。セバスちゃんってさ?男の人だよね?……おじいちゃんだよね?』
『結衣?どうしましたの?』
『女の子だったりとか………う、ううん、何でもない。あはは。ごめん、忘れて!』
私達の初ライブ。
FABULOUS PERFUMEのライブにゲスト参加させて頂いた日の夜。
結衣はそんな事を言っていた。
「お父様、お母様、おはようございます」
「おはよう、姫咲。バンドの活動は楽しいかね?」
「はい、お父様。バンドも順調で毎日が楽しいです」
「姫咲、おはようございます。夕べはよく眠れましたか?」
「はい、お母様。ゆっくり熟睡出来ましたわ」
お父様とお母様と挨拶を交わし、朝食を済ませた私は先日より計画していた作戦を実行する。
「お父様、お母様。突然の話で申し訳ないのですけど、本日は私のバンドメンバーの結衣の家でお泊まり会をする事になりました」
「そうかそうか。では、手土産を用意させるのでしばらく待っていなさい」
「あなた…。姫咲がお友達の家にお泊まりだなんて…成長したのですね」
「2人共大袈裟ですわよ。手土産も大丈夫です。私が買いに行きますので。そういうわけなのでじいや」
「ハッ、なんでございましょうか?」
「本日はじいやも私設部隊も必要ありません。今日はみんな久しぶりに休暇を楽しんで下さい」
「いえ…ですが……」
「大人数で結衣の家に押し掛けても迷惑というものですわ」
「確かに……。承知しました」
「あ、結衣の家への手土産の購入だけ付き合って下さい。私はそういうのを選ぶのは少し苦手ですので…」
「かしこまりました」
そして私とじいやでお土産を買いに行き、その店の前で別れる事になった。
「それではじいや。ありがとうございました。私は結衣の家に向かいますわ」
「ハッ!くれぐれもお気をつけて下さいませ」
「大丈夫です。それでは」
じいやはそのまま私が見えなくなるまで私を見送っている。
ここからが私の…。私達の作戦の始りですわ。
『は?セバスの後をつける?』
『ええ、じいやの私生活を知りたいのです』
『姫咲は私の家に泊まるって事にしてね。セバスちゃんと姫咲が別れた所から春くんとまっちゃんに尾行してほしいの。後で私達も合流するし』
『俺はセバスさんを尾行出来るとか到底思えないんだけど…』
『春太の言う通りだぞ。絶対バレるに決まってる。それに私生活を暴くとか、セバスに失礼だろ』
『お願いします。バレたらバレたでも構いません』
『結衣はともかく姫咲が言うんだから、何か事情はあるんだろうけど…』
『春くん?何で私はともかくなの?』
『じいやは女の子かもしれません』
『『は?』』
そう言って春くんと松岡くんにじいやを尾行してもらう事にした。
私も早く2人に合流しなくては…。
私は結衣と合流し、春くんと松岡くんに連絡した。
「春くんですか?尾行の方はどうですか?」
『うん、姫咲とセバスさんが別れてから俺と冬馬で尾行はしてるよ。でも、このまま姫咲の家に帰っちゃったら俺達にはどうしようもないよ?』
そうなる可能性も私は想定している。
だから昨日のうちに前以てメイド長に私とじいやの部屋の掃除をお願いした。
じいやもそれを聞いているので、今じいやが家に帰っても居場所はない。
ですが、それでも帰宅する可能性はある。その場合でもプランBに移行するだけですわ。
「その点は大丈夫だと思いますわ。もしそうなってしまったら、また別の手を使います。じいやに気付かれないように気を付けて尾行して下さい」
『了解、わかったよ。あ、ちょっと冬馬が電話を代わってくれって…』
私はすぐに電話を切った。
あ、私とした事がミスを…。
春くんと松岡くんがどこにいるのか聞くのを忘れてましたわ。
しょうがありませんわね。もう一度電話してみますか。
『あ、もしもし?秋月か?松岡だけど、さっき……』
私は電話を切った。
「結衣、すみませんが春くんに電話して今いる所を聞いてみてくれませんか?」
「え?うん、いいよ。ちょっと待ってね」
春くん達の居場所を聞くのは結衣に任せて、私は色々な手を考えませんと…。
春くんと松岡くんの尾行がバレた時の次の手とか。
だから別に松岡くんと電話したくないわけではありませんわ。
「姫咲!春くんとまっちゃんの居る場所わかったよ!セバスちゃんは映画館に入ったみたい!なんかまっちゃん半泣きしてて聞き取りづらかったけど!」
「では、春くん達の所に向かいましょうか」
私達は春くん達の居る場所。
じいやが入ったという映画館へと向かった。
「お待たせしましたわ」
「おう、秋月。さっきの電話の事なんだけど…」
「それよりじいやはどの映画を観てるかわかりますか?」
「え?ああ、この任侠映画だ」
じいやが今この映画を観ているという事はまだ出てくるまで1時間はある。
今のうちに今日の目的を3人に伝えておいた方がいいですわね。
「では、春くん、結衣、松岡くん。今日の目的を伝えますわ。今日の目的はじいやの素性を暴く事ではありません。もし、私の家以外にも自分の家があるようならそこには近付きませんわ。ご家族がいるようならいつか挨拶はしたいとは思いますが…」
「まぁ、尾行してるだけでも大概だけどな」
「松岡くん。黙りなさい」
「ねぇねぇ姫咲。そしたら今日の目的は何なの?」
「今日の目的はじいやが男性か女性か見極める事ですわ」
「どう見ても男だろ。ユイユイも秋月も何でそう思ったんだ?」
「う~ん、こないだセバスちゃんに助けてもらった時にね。いつもの声じゃなくて女の子っぽい声になったんだよ」
「私は結衣にじいやは女の子か?と聞かれ、最初は何も思わなかったのですが、思い出してみると、じいやはいつも一緒に居るのにお風呂はもちろんの事、プールや海でもずっと執事服でしたの。それに外出時はお手洗いに入った所も見たことありませんわ」
「プールや海でもか…。確かにそれなら結衣にそんな事言われたら気になるよね」
「ですから、じいやを尾行して男性用か女性用のお手洗いに入ったらそこで終了。それでなくても買い物とかするなら趣向等からある程度は推測も出来るでしょう」
「でもさ、セバスさんっていつも神出鬼没だしさ?俺達の尾行もバレるかも知れない。そうしたらそこで終わりだね」
「その場合は私達はCanoro Feliceなのですから、4人で居ても不思議はありませんし、言い訳も多少は出来ますわ。まぁ、見つかる場所にもよりますが…。逃げられない場合は松岡くんに犠牲になってもらいます」
「は!?俺!?」
「松岡くん。私が頼りにしているのは貴方だけですわ」
そして私は松岡くんの手を握った。
「任せろ秋月。その時は俺がなんとかする」
ちょろいですわね。
その後、私達は色々と作戦を練って時間を過ごした。
「あ!セバスちゃん出てきたよ!」
「よし、見つからないように距離をあけて、見失わないように気を付けて行こう!」
「春くんもやる気になってくれて良かったですわ」
それから私達はじいやの尾行を開始した。
「あ、セバスちゃんあのお店に入るみたいだよ!」
「和食の定食屋ですわね。確かにそろそろ昼時。私達も何か食べませんと…」
「よし、俺がコンビニで何か買ってきてやる。リクエストあるか?」
「あ、まっちゃん、私も行く」
そう言って結衣と松岡くんはコンビニにお昼ご飯を買いに行ってくれた。
私と春くんで店からじいやが出てこないかを監視する。
「けど、普通の和食の定食屋みたいな所じゃ男性か女性かわからないよね」
「ええ、それもそうですが、店内でお手洗いに行かれると厄介ですわね」
「でも、さすがに俺達まで店内に入るとセバスさんの事だからすぐに俺達に気付いちゃうだろうしね」
確かにこれ以上じいやに近付くのは危険だ。じいやの索敵範囲は広い…。
「ただいま!」
「あ、結衣早かったね」
結衣と松岡くんがコンビニから戻ってきた。コンビニ袋に入っていたのは、人数分のあんぱんと牛乳…。
「尾行って言ったらこれだよね!!」
「俺はもう少し別のやつも買った方がいいんじゃないか?って言ったんだけどな…」
まぁ、何もないよりは…ありがたいですわね。
私達は手早く昼食を済ませ、引き続き監視を続けた。食べ終わったゴミは松岡くんがコンビニのゴミ箱に捨てに行ってくれましたわ。
「あ!出てきたよ!!」
私達は引き続き尾行を続けた。
次にじいやが向かった先は商店街。
色んなお店の店員さんがじいやに挨拶をしている。
「セバスちゃん、今日はいい魚が入ってるよ。どう?」「セバスちゃん、先日はどうも。またうちに寄って行って下さいよ」「セバスちゃん」「セバスちゃん」
正直驚きましたわ。こんなに商店街の方々に慕われているなんて…。
今日はこれだけでも新しいじいやを知る事が出来ましたわね。
そして、じいやが向かった先は花屋さんでした。
「今度は花屋か…これも男性か女性かを断定するには判断材料としては足りないね」
「そうだな…」
春くんと松岡くんがそんな会話をしている間に買い物を済ませたじいやは更に商店街の先へと歩いて行った。
この商店街を抜けたら駅がある。
まさか電車…?
まずいですわね。電車での移動ですと尾行の難易度が上がる。
人の少ない行き先の電車や、降りる駅があまり人が降りないのであれば見つかるリスクが上がりますわ。どうするべきか…。
「姫咲、どうしたの?早く行かないと…!」
「わかりました。4手に別れます」
「「「え?」」」
私が提示した案はこうです。
じいやの乗る車両の前後に1人ずつ配置し
その前後に更に1人ずつ配置する。
連絡は常にグループラインで。
じいやが降りる駅に着いたら各々見つからないように降りる。
なんともずさんな案ですわ。
じいやの前の車両に松岡くん。
じいやの後ろの車両に春くん。
松岡くんの前の車両に私が松岡くんを監視。
春くんの後ろの車両に結衣が春くんを監視。
この場合、万が一誰かが見つかれば、見つかった人がじいやの気を引いて、じいやの降りる駅まで会話を続ける。
松岡くんが見つかった場合、じいやが松岡くんの車両に移ったら春くんと結衣が車両を詰める。
松岡くんがじいやの車両に移ったら私が車両を詰める。そうすれば残りの3人は監視しながらグループラインで連絡が取れる。
もし、じいやが最前の車両や最後尾の車両に乗れば、じいやから春くん、松岡くん、私、結衣という順番で車両に乗る。
そうする事によって見つかるリスクを減らす。いきなりですとこんな案しか浮かびませんわね…。
「わかった。みんなで見つかるよりはその方がいいな。見つかった奴はセバスの降りる次の駅で降りて後からまた合流すればいいだろ」
「う?う~ん……、よくわかんない」
結衣が少し心配ですわね…。
そんな心配とは余所に、じいやはほぼ真ん中くらいの車両に乗り込んだ。
じいやが真ん中くらいの車両に乗ったという事は、駅の降り口が真ん中に近い駅で降りる可能性が高い。
という事はじいやの降りそうな駅もある程度は予想出来る。
私は路線図を確認し、グループラインでみんなに伝えた。
それから少ししてじいやは電車を降りた。ここはあまり人の多い駅ではないので、バラバラで降りて春くんだけじいやを尾行する。
その春くんを私と結衣と松岡くんで尾行する。
ある程度人の多い所まで出たらみんなでまた合流する事にした。
「春太のやつ大丈夫か?」
「松岡くんよりは大丈夫でしょう」
「いや、あいつ意外と抜けてるところあるからな」
「結衣程ではありませんわ」
「私!?」
私達がそんな話をしながら離れた所から春くんを尾行しているとLINEが入った。
『この先って霊園なんだけど…どうする?』
霊園?もしかしたらご家族の…?
どうしましょうか……。
「さっき買ったお花ってお供えするやつかな?」
「多分な。どうする?秋月。このままセバスを尾行するか?」
ご霊前でこそこそするのは気が引けますわね…。
『わかった。俺に任せて』
春くんからそう連絡が来た後、春くんは少しスピードを早めてじいやとの距離を縮めた。
「え!?春くん、急にどうしたの!?」
「あいつまさか直接セバスの所に行くつもりか!?」
春くんが曲がり角を曲がったところで、見失わないよう私達も走った。
角からじいやと春くんの曲がった方をこっそり覗くと…
「あれ!?春くんは!?」
「あの先に居るのはセバスだろ!?春太は何処に行ったんだ!?」
私達が覗いた視界の先には、じいやしか居なかった。視認出来る範囲は探してみたが春くんは何処にも居ない。
まさか…。
「じいやに見つかって……消された…?」
「「いやいやいやいや、ないだろ(でしょ)」」
「それもそうですわね。こんな一瞬のうちに消すなんてじいやならしませんわ。まず、仲間が居るのか目的は何なのか。それを吐かせてからにするはずですものね」
「「え?」」
「と、いう事は春くんは何らかの作戦の為に一時戦線を離脱したと考えるのが自然ですわね」
しかし、だからと言って楽観は出来ない。もしかしたらじいやの私設部隊に捕まった可能性もゼロではない。
そこは結衣と松岡くんには言わない方がいいですわね。
「それよりどうするの?このままセバスちゃんを尾行する?」
「春くんが作戦の為に今どこかに行っているのなら、何らかのアクションがあるかもしれませんわ。とりあえず私達だけで尾行を続けましょう」
そうして私達はそのままじいやの尾行を続けた。
じいやはやはり霊園に入り、ある墓前に立っている。
「あそこがセバスちゃんのご家族の方のお墓かな?」
「他のお墓と離れた所にポツンとあるんだな」
私達もこれ以上近付くわけにはいかず、遠目からじいやを見ているだけだった。
その時……
「あ、春くんから電話だよ」
春くんから電話がかかってきて、私はその電話に出た。
「もしもし?春くん、今はどちらにいらっしゃいますの?」
『……』
「春くん…?」
『……』
電話口からは春くんの声がしない。
私が不思議に思った時だった。
「お、おい、あれ春太じゃないか?」
松岡くんがそう言ってじいやの居る方向に指を指した。
私がその方向に目をやると春くんはじいやに近付き歩いている。
私はハッと思い、電話の音量を最大に上げスピーカーにした。
「姫咲?どうしたの?」
「結衣、静かに」
私は耳を澄ませ、電話の音声に集中した。
『あれ?セバスさん?こんな所でどうしたんですか?』
春くんがわざとらしくじいやに話掛けた。
『一瀬様…?まさか直接とは…いえ、こんな所でやる事はひとつでございましょう』
春くんとじいやの会話が聞こえる。
なるほど。春くんはこの機会を狙ってましたのね。
『お墓参りですか?俺も今日はお墓参りに来てたんですよ』
『ふふふ、なるほど。私も今日は休暇を頂きましたので、久しぶりにお墓参りをと思いましてな』
「春くん…すごいね」
「よくこんな手思いついたよな…」
「結衣、静かに。松岡くん、黙りなさい」
春くんはスマホを手に持ってない。
つまりポケットか何かに入れて電話しているのでしょう。
少し聞きづらいですが、何とか聞こえますわ。
『こちらの方、セバスさんのご家族の方ですか?木原…梓さん?』
『いえ、こちらの方は私の…そう、戦友ともうしましょうか。気高く強い、美しい女性でした』
『戦友…ですか?』
『はい。実は遺骨はこちらではなく、実家の関西に埋葬されているのですが、この辺に住む戦友達もお墓参りに来やすいようにと、皆で融資で建てたお墓でございます』
『そうなんですね…』
『そう、あれは本当に不幸な事故でございました。友達との待ち合わせの場所に向かってる途中に、道路に飛び出した子供を守ろうと突飛ばして…もう15年も前の事にございます』
『セバスさん…』
15年前…?じいやが私の執事になった時期と同じくらい…?
『救急車が到着する頃には意識はもうありませなんだが、待ち合わせに来ないこの子を探してた友達は、救急車より事故現場に先に到着する事が出来ましてな。意識を失う前に大好きだった男性に抱かれて、助けた子供の無事も知り、本当に幸せそうな笑顔で亡くなったそうでございます』
『セバスさん、すみません。何か思い出させてしまったようで…』
『とんでもございません。先程も申しましたように。あの子は…梓は幸せそうな笑顔でございましたから』
じいや…。本当にごめんなさい…。
「こんな話だからユイユイは泣いてると思ったんだが…どうした?」
松岡くん、黙りなさい。
でも、そう言えば結衣が静かですわね。
「う~…ん、木原 梓さん。この名前どっかで聞いた事あるんだよね~…って思って」
「別にそんな珍しい名前でもないし、同姓同名とかじゃないか?15年前に亡くなった人だし」
「そうかもね…。でも何か引っ掛かるというか…」
結衣の勘というか、こういった感覚は無視出来ませんわ。
『そうだ。一瀬様。せっかくですので拝んでいってもらえませんかな?』
『はい。是非』
そう言って春くんはそのお墓に手を合わせた。私も今度失礼のないようにお参りさせていただこう。
『私が今日お墓参りに来たのも、Canoro Felice、Ailes Flamme、Blaze Future、Dival、FABULOUS PERFUMEの事を報告に来たようなものでしてな』
『俺達の事?』
『はい、梓はさほど有名ではないのですが、
「あーーーーー!!!!」
『ん?何事ですかな?』
「ユイユイ!でかい声出すな!見つかるだろ!!」
『あはは、何でしょうね?鳥かなんかじゃないですか?』
『ですかな?』
あ…危なかったですわ…。
「結衣、どうしましたの?急に大声を出して…」
「思い出したんだよ!木原 梓さん!Artemisのボーカルさん!」
「結衣の知っているバンドですの?」
「ううん、直接は知らないけど、私達Blue Tearの所属してた事務所の社長の友達だよ。社長はArtemisの意志を継いで事務所を設立したんだってよく言ってた」
結衣の所属していた事務所…?
クリムゾングループに潰された事務所?
結衣の事務所はクリムゾングループに反抗していた。
Artemisの意志を継いだというのはクリムゾングループとの事でしょうか?
Artemisの木原 梓さんと戦友のじいや?
じいやが戦っていたのはクリムゾン?
……考え過ぎかも知れませんわね。
「Artemisは凄いガールズバンドだって言ってたよ。ギターボーカルの梓さん、ギターの翔子さん、ベースの澄香さん、ドラムの日奈子さん。
バンドメンバーの表記はみんなローマ字だったから、梓さん以外は苗字は知らないんだけどね」
「そのバンドはクリムゾングループと戦ってましたの?」
「ううん、そこまでは知らないけど、うちの社長も『アルテミスの矢』って仲良しのバンドグループがあって、そこに入ってたバンドマンだったんだって」
ただの仲良しグループだっただけ?
そのグループ『アルテミスの矢』にじいやも昔入っていた…?
だから、じいやはベースが出来る…?
憶測ばかりで何もわからないですわね…。
こうなったら…。私は電話を切り、少し時間を置いてから、春くんに電話を掛けた。ポケットに入れているならマナーモードでもバイブでわかるはずですわ。
お願い、春くん気付いて下さい。
『もしもし?姫咲?どうしたの?』
春くん…!さすがですわ!
あたかも偶然に私から電話がかかってきたように振る舞ってくれてますわ。
「もしもし、春くん。私がお願いしたい事を一方的に話しますので、適当に相槌を打って下さい」
『うん、今俺はお墓参りに来てて…』
上手いですわね。
「では、そのままじいやに、そのArtemisの事を詳しく聞いてもらえませんか?もし、アルテミスの矢という言葉が出てきたらじいやはその仲間だったのか、クリムゾングループと戦っていたのかとか聞いてもらいたいんですの」
『う~ん、わかったよ。出来るだけ行けるようにはしてみる。また連絡するね』
そして春くんは電話を切らず、そのままポケットにスマホをしまった。
『あはは、姫咲からの電話でした』
『なるほど。それでお嬢様は何と?』
『今日は結衣とお泊まり会らしいんですけど、バンドの練習もしないか?ってお誘いでした』
春くんは上手く誤魔化してくれているようですわ。
「春太のやつすげぇな。俺ならあたふたしそうだ」
「私も…」
春くんも色々な事務所のオーディションとかでアドリブとかお芝居が上手になったのでしょうね。
『では一瀬様。私達もそろそろ行きますか』
『そうですね。帰りましょう。あ、そうだ。その間にさっきのArtemisの話聞かせてくれませんか?』
『よいですぞ。Artemisのメンバーは皆可愛い女の子ばかりでしたな。恥ずかしながら今思い出しただけでも心がときめいてしまいます』
『あはは、そうなんですね』
それからメンバーの名前や関西以外ではたまにしかライブをやっていなかった事、CDは一般的には出しておらず、仲の良かった友達くらいしか音源は持っていないだろうとの事でした。
じいやがバンドをやっていたのか、クリムゾンと戦っていたのか、アルテミスの矢の事など、聞き出したい事はうまくはぐらかされている感じでした。
『セバスさん、さっきArtemisの梓さんは戦友って言ってましたけど、セバスさんは何と戦ってたんですか?』
『どういう意味ですかな?』
『いえ、戦友って言葉が気になっただけですよ。ほら、15年前といえばクリムゾンミュージックのグループの事とかで色々あった頃ですし、Artemisもバンドだったならセバスさんが戦ってたのはクリムゾングループなのかな?って』
あまりにも核心をつかないものだからか、春くんからクリムゾンの話を切り出した。それどころか…
『Artemisって名前で思い出したんですけど、アルテミスの矢ってのもこないだ聞いたものですから』
アルテミスの矢の事まで…。
『アルテミスの矢…。まさかそれを知っておりますとは。このセバス。感服致しました』
春くんにここまで言われればじいやもはぐらかす事は出来ない。そうすれば余計に春くんに変に思われますものね。
じいやが咄嗟に『アルテミスの矢なんて知らない』そう言わなかった事で、もう逃げ道はありませんわ。
『アルテミスの矢というのは…一瀬様も予想しておりますように、クリムゾングループに反抗していた団体でございます。ですが、私が梓を戦友と言ったのは、また別の話でございますよ』
別の話?じいやもクリムゾンと戦っていたわけではない…?
『別の話っていうのは?』
『はっはっは。それはこのセバスも過去に色々とございますからな。内緒でございます』
くっ…、こう堂々と内緒と言われてしまえばこれ以上は聞けませんわね…。
『納得のいかない顔をされておりますな。では、少しだけ』
『え?は、はい』
『私はアルテミスの矢ではございません。そして、アルテミスの矢の事を知りたいのであれば、ファントムの英治様、Blaze Futureのタカ様に聞けば色々と教えてもらえるやも知れません』
『え?貴さんと英治さん?』
『あの2人は、BREEZEはアルテミスの矢でございましたからな』
貴さんと英治さんが…?アルテミスの矢?
「葉川さんと英治さんが…?クリムゾンと戦っていた…?」
「え?たぁくんって何歳?」
そして、そのまま私達は電車に乗り、地元まで戻って来た所でじいやと春くんは別れた。
そして……
「あ!見て!姫咲!!」
春くんを見送ったじいやはお手洗いに入って行った。男性用のお手洗いに…。
私達のじいやの尾行は、そこで終わりを告げた。
その夜、私達は4人でファミレスに来ていた。ファントムで夕飯を取り、そのついでに英治さんにアルテミスの矢の事を聞いても良かったのですが、私達はそんな気分ではありませんでした。
「セバスちゃん…男の人だったね…」
「やっぱり…って感じだよな」
結衣と松岡くんはそう思っているようでしたが、私と春くんは違っていた。
「……本当に男の人かな」
「春くん…?どうしました?男性用のお手洗いに入ったのですから、決定的ではありませんか?」
私も白々しいと思う。
私自身もじいやが男性だと断定していないのだから。
「姫咲らしくないよね。いつもの姫咲ならセバスさんがトイレに行った時に、冬馬にトイレに行かせて確認させてたと思う」
「あ?そう言えばそうだな。俺も今春太に言われて気付いたけど…」
「え?え?何?何?」
確かにその通り。
男性用のお手洗いに入っただけなら、すぐに引き返す事も出来る。
「恐らく…私達の尾行は最初から気付かれていたと思います」
「は?いくらなんでもそれは…」
「冬馬、俺も姫咲と同じ意見だよ。バレてたんだと思う。だから、あそこまで話してくれたんだろうし、俺もそれならって思って色々聞けたんだ」
「ど、どういう事だよ…。俺達に気付いていたから話してくれた…?」
「相変わらず鈍いですわね」
そして私は私の思った事を話した。
「私が疑わしく思った点をあげていきますわね。
まず、最初に春くんがじいやに直接話し掛けた時、じいやは『まさか直接』と言ってましたわ。それは恐らく尾行してるだけだと思っていたのに、春くんが直接接触して来た事を驚いた。と、受け取れますわ」
「うん、俺もそう思った」
「そして色々と話をしてくれましたが、じいやの過去の核心に迫る部分には一切触れていない事。そして、貴さんや英治さんに聞くというヒントをわざわざ与えてくれた事。最後にあのタイミングでお手洗いに行った事ですわね」
「姫咲…すごいねぇ。尾行してた時も思ってたけど本当にすごい!私じゃ全然ダメだったよ」
「それもですわ」
「え?」
「こういう尾行術もじいやに教わったわけですからね。もちろん裏をかこうと色々模索もしましたが…。恐らくそれも含めてじいやには気取られてたのですわ」
「そうか…。やっぱりセバスはすごいな」
私達はその話はそこで終わらせ、春くんと松岡くんは自宅に帰り、私は結衣と初めてのお泊まり会を楽しんだ。
「え?結衣は夏にリゾートバイトに行きますの?」
「えへへ、そうなんだよー。いつまでも昔の貯金だけじゃね。お父さんとお母さんにも迷惑かけれないし」
「偉いですわね。私も誘って下されば良かったのに」
「うん。次に何かバイトやる時は姫咲にも話すよ」
そんな話をして夜は更けていった。
翌日、昼前に私は自宅に戻った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「じいや、ただいまです」
「初めてのお泊まり会はいかがでしたかな?」
「とても楽しい夜になりました。まるで修学旅行に行っている気分になりましたわ」
「はっはっは。楽しかったのでございましたら何よりでございましたな」
「じいや」
「何でございましょう?」
「私はまだまだですわね」
「……そうでございますな」
「私はCanoro Feliceが楽しいです。いつか、すごいステージで…。いえ、いつか世界で一番のバンドになってみせますわ」
「ハッ、このじいや。その日までお嬢様のお側にてお見守りさせていただきます!」
「ですから…。いつか私達もクリムゾングループと戦う事になると思います」
「……お嬢様」
「じいやが私達を認めてくれた時…。その日には…」
「お嬢様!私は別にお嬢様達を認めていないという訳では…!!」
「その時はきっと、じいや……あなたから話して下さい。貴さんや英治さんからではなく、あなたから」
「お嬢様…承知…しました。その時が来ましたら、私も…お嬢様にお話しさせて頂きます」
「はい!」
じいやが男性でも女性でも私には関係ありませんね。大好きな私の執事ですから。
「ああ、お嬢様!そうでございました!」
「なんですか?」
「昨日、あの後でございますが」
「あの後?」
「あ、ああ、あの後とは、お嬢様と結衣様の家へのお土産を買った後にございます!」
「その後、どうかしましたか?」
ちょっと意地悪が過ぎましたわね。
「少し…昔の事を思い出す事がございましてな」
そう言ってじいやが私に包みを渡して来た。
「これは?」
「僭越ながら…私からCanoro Feliceへのプレゼントにございます」
私は受け取った包みを開けてみる。
「これは…?」
その中にはイヤリングが4つ入っていた。
「昔、Artemisというガールズバンドがいましてな。彼女らが自分達のトレードマークとして、ピアスをお揃いで付けておりまして…」
じいや…。
「Canoro Feliceにも何かお揃いの何かがあれば…と思い、お嬢様と松岡様はまだ高校生ですからな。校則でピアスはまずいと思ってイヤリングにしてしまいました」
「じいや…」
「はっはっは。年寄りのお節介にございます。一瀬様と松岡様は男性でございますしな。気に入らなければ捨てて頂いても……」
私は泣きそうになった。
じいやに涙は見せたくなかったので、包みを胸に抱き締めてじいやの胸に顔を押し当てた。
「……絶対に捨てるなんてしません。あ…あでぃが……」
な、泣いちゃダメ。
「ありがとう…ございます。絶対に大切にします。私達の……Canoro Feliceの事を…いっぱい……いっぱい考えてくれて…ありがと……」
「お嬢様…」
「春くんと松岡くんが…もし付けないと言ったら…去勢して女の子にします。じいや、よろしくお願いしますわね」
「はっはっは。はっは…は、ははは……」
じいや?
「お嬢様…」
じいやは私をギュッと抱き締めてくれた。
「歳を取ると…涙脆くなって…いけませぬな。お嬢様…大好きでございますよ。じいやはお嬢様の執事になれて、Canoro Feliceの皆様と一緒に居られて、本当に幸せでございます」
そして私と松岡くんの学生組は夏休みに入り、松岡くんと双葉の遊園地デートの日が決まった。惜しむらくはその日は結衣がリゾートバイトに行っている日と重なってしまった事ですわね。
まさか、Canoro Felice編が2話連続で尾行のお話になるとは…。