バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第8章 遊園地デート

俺の名前は松岡 冬馬。

 

8月11日の夜。

俺は今、ファントムのオーナーである中原 英治さんとBlaze Futureのボーカルである葉川 貴さんと居酒屋そよ風に来ている。

 

「あの…。何でCanoro Felice編なのに俺はここにいるんですかね?しかも松岡くん高校生だろ?居酒屋で会いたいとか…飲ませないよ?」

 

「きゅ…急に呼び出したりしてすんません」

 

「いや、タカ。松岡くんが昼に店に来てな?Canoro Feliceのみんなには聞かれたくない事らしいから、俺が居酒屋ならみんなも来ないだろうと思ってチョイスしたんだよ」

 

「あ、そうなの?酒飲んで大人の階段登りたいとか言い出すのかと思ったわ。なるほどな。ここなら確かに未成年揃いのCanoro Feliceは居ないわな」

 

「ちょっと相談に乗ってもらいたい事がありまして…。葉川さんと英治さんくらいしか相談出来る人がいなくて…」

 

「まぁそういう事なら構わないぞ。その相談事ってのに上手くアドバイス出来るかどうかわからんけどな。バンドとかライブの事か?」

 

「タカも俺もそれなりには経験もあるしな。何でも聞いてくれ」

 

こんな事…。

葉川さんと英治さんに相談するのは…。

すごく申し訳ない気がするが俺にはこの2人しか頼れる人はいない。

 

「で?どした?遠慮しなくていいぞ?」

 

ゴクリ…

 

喉が渇く…。でも、2人共俺の相談に乗ってくれるって言ってくれてる…。

よし……。

 

「じ…実は…」

 

葉川さんも英治さんも俺の方を真剣に見てくれている。

 

「じ…実は!今度俺、女の子とデートする事になりまして!それで…その…どうしたら相手を楽しませられるかとか…。そういうアドバイスが欲しくて!………な、情けない話で本当にすみません!!」

 

俺は思い切って茅野とのデートの事を相談してみた。

茅野とはFABULOUS PERFUMEのベースの茅野 双葉。すごく優しくて素敵な女の子だ。

 

茅野のバンドFABULOUS PERFUMEは女の子が男の格好を。つまり男装をしているバンドだ。俺はそうとは知らず男装している時の茅野の……。

そのお詫びと、俺達Canoro Feliceの事を色々と見てくれてアドバイスをしてもらったお礼に茅野をデートに誘った。

 

お礼なんだから茅野には楽しい1日にしてもらいたい。だけど俺は女の子とデートなんて……。

 

……頭を下げていた俺はソッと頭を上げて葉川さんと英治さんを見てみた。

 

2人共微動だにせずに真顔で俺を見ている。

やっぱりこんな情けない事で呼び出した俺を軽蔑しているんだろうな…。

 

 

 

 

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--葉川 貴サイド--

 

ん?え?待って?

松岡くん何て言った?これは……夢?

 

いやいやいや、落ち着こう。

落ち着け俺。こんな時は素数を数えるんだってプッチ神父が言ってた…………ヤバい。素数って何?タカさん文系だから算数わかんない。

 

てかデート?女の子とデートって言った?

『それって何てギャルゲー?』

ダメだ。こんな事言ったら松岡くんに軽蔑される……。

 

英治頼む。お前はBREEZEの中で唯一の妻帯者だろ?早く…早く松岡くんにアドバイスするんだ。300円あげるから。

 

この間0.8秒

 

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--中原 英治サイド--

 

デート?

松岡くん今デートって言ったか?

デートって何それ?美味しいの?

 

いや、落ち着け俺!俺は妻も子もいるリア充だ!

いや、でも三咲と二人の時って俺の部屋か三咲の部屋かラブ……おっと自主規制。

そんな所にしか行ってなかったしな?

最近は夕飯の材料買いに行くとか初音の服買いに行く時に車で送り迎えする時くらいしか二人きりとかないし。

 

『ははは、そんなの<<自主規制>>に連れ込んで、酒じゃないけどタカが言ったみたいに大人の階段登っちゃえばいいんじゃないか』

ダメだ。こんな事言ったら松岡くんに軽蔑される……。

 

タカ頼む。お前はBREEZEのバンマスだったろ?早く…早く松岡くんにアドバイスするんだ。初音をお前の嫁にあげるから。

 

この間0.8秒

 

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「英治さん…葉川さん……すみません!いきなり呼び出してこんな事言って!!情けないですよね俺……」

 

俺はこんな情けない事を話してしまった事を詫びた。

 

「あ、いや!頭を上げてくれ!ちょっと意外な相談だったからびっくりしただけだ!」

 

「そうそう!タカの言う通りだぞ!」

 

 

 

 

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--葉川 貴サイド--

 

うわぁぁぁぁ!!違う!違うんだ松岡くん!むしろ俺の方が情けないまである!!

 

女の子とデート?何したらいいんだマジで!早く答えないと松岡くんが…あわわわわわ。

 

そもそも普通の女の子とデートなんかした事ねぇっつーの!

アニメショップ行くとかアニメコラボのカフェ行くとか飲みに行くとかカラオケくらいしか……!!

 

んん…?待てよ?普通の女の子?

ハッ!?そうか!その手があった!!

 

この間0.3秒

 

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--中原 英治サイド--

 

やめて!頭を下げないで!

むしろ俺の方が頭を下げて謝りたいくらいだからな!?

 

何か…何かないか!?

何をしたらいいんだ!?ダメだ!ナニしか思い付かない!このままだと松岡くんが…あわわわわわ。

 

そもそも普通のデートって何なんだ?どんなのだ?

ああ…!!すまん!三咲!ちゃんとデートしてやってれば良かったな!

 

ん?待てよ?普通のデート…。

そうか!普通のデートでいいんだ!

 

この間0.3秒

 

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「まぁ、松岡くん。取り合えず頭を上げてくれ。別に情けないとか思ってないぞ。俺は」

 

「そうだぞ松岡くん。そんな事で悩むって事はみんな経験したりしてるもんだ。な?タカ」

 

俺は頭を上げて英治さんと葉川さんを見る。

 

「「まずな…………ん?」」

 

英治さんと葉川さんの発言が被った?

何か助言をしてくれるんだろうか?

 

「悪いタカ。先に言っていいぞ?」

 

「あ?お前こそ先に言っていいぞ?」

 

「「……」」

 

ん?なんだこの沈黙の時間は。

 

 

 

 

 

「んん!話が進まないし俺から言わせてもらうな」

 

英治さんが話を切り出してくれた。

よし、せっかく話をしてくれるんだ。

しっかり聞こう。

 

「デートって一言で言っても色々あるからな。松岡くんとその子はどんな関係なんだ?」

 

「それな!俺もそれは聞きたいと思っていた」

 

「ほら、クラスメートとかバンド仲間ってのもあるが、松岡くんの恋人だとか松岡くんが片想いしてるとか、ただの友達だとかで色々変わってくるものだからな」

 

こ…恋び……!?

 

「ち!違います!恋人とかじゃなくてただの友達です!俺がちょっとその子を傷付けるような事しちゃったのでお詫びの気持ちもあるんですけど…」

 

 

 

 

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--中原 英治サイド--

 

友達…。友達か…。友達と二人って何するの?

女の子友達と二人きりとか…

……おっと、あの頃の事は黒歴史だ。

 

ダメだ。やはり打開策は思い付かない。

後は頼んだぞ。タカ!

 

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「なるほどな。友達か」

 

「はい。友達…です」

 

そうか。確かに関係も大事だな。

茅野が俺の彼女だとか、俺が茅野の事を好きだったり茅野が俺なんかの事を……。

ってので色々変わる事もあるよな。

 

さすが英治さん。大人の男だぜ。

 

「タカはさっき何を言いかけたんだ?」

 

「ああ、俺か。松岡くんとデートの相手が友達ってのはわかった。後はその友達の趣味とか好きなのとかわかればアドバイスしやすいんだけどな」

 

茅野の趣味か…。ライブ?バンド?男装?

まずいな…。俺……茅野の事ほとんど知らないな…。

 

「えっ…と。すみません。正直何が好きなのとかそういうの俺詳しく知らないんです…」

 

「そうなのか…。それは困ったな」

 

「あ、でも葉川さんなら俺よりその相手と長い付き合いだろうし何か知ってるかもです!」

 

「え?デートの相手って俺の知ってる人なの?」

 

「はい…実は……茅野です」

 

 

 

 

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--葉川 貴サイド--

 

茅野…?双葉か!?

松岡くんのデートの相手がまさか双葉だったとはな!!

ふはははははは!我勝利せり!

 

双葉とはもう5年くらいの付き合いになる!何度か二人でお出掛けもした事あるしあいつの喜びそうな所なら把握しているまである!

なんなら双葉にバンドやるように勧めたのは俺だからな!!

 

ふっ、教えてやるぜ!双葉の喜びそうな場所を!ヲタスポットをなっ!!

 

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「あ、そうなのか。確かに双葉とは付き合いも長いからな。それなら……」

 

「あ、そうだ。それで茅野とは取り合えずこの遊園地に行く約束をしてるんです」

 

そう言って俺は葉川さんと英治さんに、茅野と行く予定の遊園地のチケットを見せた。

 

 

 

 

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--葉川 貴サイド--

 

ゆ……遊園地だとぉぉぉぉぉ!?

バ……バカな…!?遊園地!?遊園地!?

遊園地なの!?遊園地デート!?

 

俺何回遊園地って言ってんの?

てか、行く場所は決まってんなら先に言ってくれよ!

 

そもそもCanoro Felice編なのに俺と英治の話長いんだよ!!

 

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「そうか遊園地に行くのか。行き場所が決まってるなら何も問題ないんじゃないか?」

 

「え?と、言いますと?」

 

「これは俺の経験談なんだが(ギャルゲーでの)……。こんな時期の遊園地は人も多いしアトラクションに乗るにしても並ぶ時間も長い。つまり時間は待ち時間で潰れる事になるだろう。だからその間双葉を退屈させないように会話を弾ませる努力はいるが、同じバンドマン同士。話題は色々あるだろ」

 

「な、なるほど…!!」

 

さすがだ…さすが葉川さんだぜ!

確かに茅野とならバンドの事やこないだのライブの事。色々と話す事もある。

 

「松岡くん、それにあれだぞ。双葉ちゃんの事あんまり知らないなら、その待ち時間にランチとかディナーとかどこ行こうか?って話しながら好きな食べ物とか色々聞くチャンスもある。話題は事足りるな!」

 

なるほどっ!さすが英治さん!

既婚者である事だけある!!

 

「(ふぅ…なんとかなったか)英治の言う通りだな。まぁ、話題は出来るだけ膨らむように、会話が途切れないようにだけ気を付けてればいい」

 

「(なんとか大人としての威厳は保てたか…)せっかくなんだから松岡くんもデートを楽しんでな」

 

「あ、ありがとうございます。それでこの遊園地に今年はプールも新設されたんですけど、プールにも行った方がいいと思いますか?」

 

「「(プ…プールだとぉぉぉぉぉ!?)」」

 

 

 

 

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--居酒屋そよ風 その隣の個室--

 

 

私の名前は茅野 双葉。

 

8月11日の夜。

私は今、同じバンドのドラマーである小松 栞に連れられて、私と同じヲタ仲間であり栞のドラム教室の先輩でもある柚木 まどかちゃんと、その友達の北条 綾乃ちゃんと何故か居酒屋そよ風に来ている。

 

「まどかちゃんも綾乃ちゃんもごめんね…」

 

「双葉ちゃん。私は大丈夫だよ」

 

「いや、私は飲めればいいし。それで?私らに話って何なの栞」

 

「今度ね!双葉がCanoro Feliceの松岡 冬馬と遊園地デートするんだよ!だからまどか姉と綾乃姉に何かアドバイスもらおうと思って!」

 

栞…。気持ちは嬉しいけどね?

そんな大声で言われても恥ずかしいし、デートのアドバイスって、ただ私と冬馬は一緒に遊園地行くだけだよ?

まぁ、そりゃ緊張はしてるけどさ…。

 

ほら、まどかちゃんも綾乃ちゃんも真顔になって微動だにしないし…。

 

 

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--柚木 まどかサイド--

 

ん?え?待って?

双葉と松岡 冬馬が遊園地デート?

松岡 冬馬って誰?

 

いやいやいや、ちょっと待って!

そもそも栞は何で私を呼んだの!?

あんた小さい頃から私と一緒だったよね!?いつから私がデートした事あると錯覚していた…!!?

 

しかも遊園地デート?キャッキャウフフなの?

『そんなの乙女ゲーでしかした事ないけど?』

ダメだ。こんな事言ったら双葉と栞どころか綾乃にすら『やっぱりな』みたいな目で見られそうだ……。

 

綾乃頼む。私には乙女ゲーの経験でしか語れない。早く…早く双葉にアドバイスするんだ。今度トシキの恥ずかしい写真あげるから。

 

この間0.8秒

 

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「ごめんね、栞ちゃん双葉ちゃん。私は男の人とデートした事ないからアドバイス出来ないよ。まどかはどう?」

 

「わ!?そうなんだ!?まぁ、綾乃姉だもんね。じゃあ、まどか姉アドバイスお願い!」

 

 

 

 

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--柚木 まどかサイド--

 

何ぃぃぃぃぃぃぃ!!?

ちょ…!綾乃!栞!!何でなの!?

くっ、ここで『私もデートした事ないから♪』なんて言えるはずがない。

何より今更言うのは恥ずかしい!

 

しまった…。こんな事になるならタカか英治に遊園地に連れて行ってもらっとくんだった…。

そもそも男の人と二人でお出掛けなんてタカと英治としかないし!

 

んん…?待てよ?タカにはよくヲタスポット巡りに連れて行ってもらってるし、ヲタスポットをアトラクションと置き換えて話をすれば…。

そうか!その手があったか!!

 

この間1.2秒

 

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「まぁ、アドバイスも何もさ。遊園地に行くってのは決定してんだし、後は男のプランを立てるつもりでリードさせてればいいんだよ。

アトラクションに乗りた~いとか、オバケ屋敷とかジェットコースターであざとく怖がるってのもアリかも知んないけどさ?等身大で遊園地を楽しめばいいのよ」

 

な、なるほど。

そうだよね。きっと冬馬も色々考えてくれてるんだろうしね。

無理に楽しんだり女の子らしく振る舞わずに、私らしくしてるだけでいいんだ。

冬馬との初めてのデートだもんね…。

 

さすがまどかちゃんだ。

栞達のお姉ちゃんであり大人の女って感じだ!

 

「ありがとう!まどかちゃん!そうだね。変に緊張したりせずに私らしく楽しむよ!」

 

「(な…なんとかいけたかな…?)そうそう。せっかくのデートなんだし楽しめばいいんだよ」

 

「うん。あ、そうだ。今度行く遊園地ね。プールが新設されたんだけど……水着…持っていくべきかな?」

 

「(み、水着だとぉぉぉぉぉ!?)」

 

 

 

 

 

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私の名前は秋月 姫咲。

Canoro Feliceでベースを担当している。

 

8月11日の夜。

私は今、居酒屋そよ風に来ている。

ここは完全個室の大部屋で、壁を挟んだ隣には個室が2つ並んでいる。

 

1つ目の個室には

松岡くんと貴さんと英治さんが、

もう1つの個室には

双葉と栞ちゃんとその友達2人がいる。

 

「じいや!首尾の方はどうですか!?」

 

「ハッ!報告によりますと松岡様、茅野様共にプールに行くか悩んでいるようにございます」

 

くっ…やはり松岡くんめ。

双葉の水着姿を舐め回すように見るに違いありませんわ…!

 

「あのさ姫咲…ちょっといいかな?」

 

「私が松岡くんの毒牙からどのようにして双葉を守るか。

いえ、双葉を悲しませる事なく松岡くんをどう抹殺するかを考えていると春くんが話し掛けてきた」

 

「いや!怖いよ!抹殺って何!?」

 

「あら、私とした事が…。モノローグで語っていたつもりでしたが口に出てしまってたようですわね」

 

「あのさ…。俺達は居酒屋で何も飲まず食わずに何をしているの?」

 

「何も飲まず食わず?そんな事ありませんわ。ほら、結衣を見て下さい。あんなに美味しそうにご飯を頬張ってますわ」

 

「いや、確かに結衣はご飯いっぱい食べてるし、セバスさんの私設部隊の人も何人かはお酒も飲んでるしご飯も食べているね。めっちゃ静かだけど」

 

「ここは居酒屋ですのよ。こんな大部屋に通してもらっておいて何も注文しないのは失礼ですわ。ですので、結衣とじいやの私設部隊のB班の方にはお食事を楽しんで頂いてます」

 

「うん、それは見たらわかるよ。俺が聞きたいのは俺と姫咲、セバスさんと私設部隊のA班の人達は何をしているのかな?って」

 

「愚問ですわね。松岡くんが貴さんと英治さんを私達に聞かれたくない話がしたいと言って呼び出しましたわ。つまり、双葉とのデートの計画を立てるつもりだと推理出来ますわ。そしてそれはビンゴでした」

 

「うん、ごめんね。俺が悪かった。率直に聞くね。

冬馬が双葉ちゃんとのデートの為にタカさんと英治さんを呼び出したのはわかってるよ。そしてその隣の個室には偶然にも双葉ちゃん達が居たのは驚きだったけどさ。で、それで俺達は何で冬馬達の話を盗み聞きしてるの?って事が聞きたいんだよ」

 

「なるほど。春くんが何を言いたいのかわかりました。

では、私も率直に言いましょう。あの二人のデートを尾行する為ですわ」

 

「ありがとう姫咲。よくわかったよ。俺はもう帰っても大丈夫かな?」

 

「帰る…?何故ですの?」

 

「お腹も空いたしさ。俺は別に冬馬達のデートを尾行するつもりはないし…」

 

「な、何ですって!?」

 

ざわざわ…

 

春くんの発言により先ほどまで静かに食事を楽しんでいたじいやの私設部隊の人達もざわざわしだした。

いいえ、私設部隊の人達だけではありませんわ。結衣も次はどれに手をつけようか迷い箸をしながらあたふたしていますわ。

結衣、迷い箸はいけませんよ。めっ!です。

 

「な…なんでみんなざわざわしだしてるの?俺何か変な事言った?」

 

「お嬢様。もしや一瀬様は尾行などせず直接堂々とデートに割って入るつもりでは?」

 

「な、なるほど。さすが春くんですわね。なかなかの鬼畜っぷり。恐ろしい男ですわ」

 

さすがに私でもそんな事出来ませんわ。

私は春くんの恐ろしさに戦慄すら覚えた。

 

「いやいやいや、姫咲もセバスさんも何を言ってるの?冬馬と双葉ちゃんとのデートは尾行もしないし邪魔するような事もしない。姫咲もこないだ双葉ちゃんの恋を応援するって言ってたじゃないか。そっとしとこうよ」

 

「……!?」

 

ざわ…ざわ…

 

「え?なんでみんなまたざわついてるの?」

 

「春くん…もし…もし松岡くんが…」

 

 

 

『茅野、今日は楽しかったな』

 

『うん、今日はありがとうね。冬馬』

 

『その…水着姿も可愛かったぞ』

 

『うぇ!?…は、恥ずかしいな。でも…ありがとう』

 

『今日は疲れただろ?そうだ、ここで休憩していかないか?』

 

『え?休憩?………ここってその…ダ…ダメだよ冬馬!私達まだ高校生だよ!早いよ!』

 

『もう俺我慢出来ねぇんだよ。オラ!来いよ!』

 

『いや、ダメ!ダメェェェェェ!』

 

 

 

「…なんて事になったらどうするおつもりなのですか!?」

 

「うん。姫咲。言ってて恥ずかしくないかな?それに冬馬にはそんな度胸は絶対ないよ。確信してる」

 

「ですが万が一ということも…!」

 

「ないよ。絶対ない。なんなら賭けてもいい」

 

ふぅ…。やはりこのままでは埒があきませんわね。

 

「わかりました。私の負けです。尾行をする理由を話しますわ」

 

「理由…?」

 

「松岡くんは態度はでかいですが、チキンでありヘタレです。そして女心もわかっていないし、カッコつけてるくせにいつもどこか抜けているし、滑稽なくらいに残念な男ですわ」

 

「うん、姫咲が冬馬をそう見てるって知ると冬馬は泣きそうだから黙っていようね」

 

「それに双葉の気持ちにも微塵も気付いていなさそうですし、初めてのデートですからそこまでの進展もないとは思いますので」

 

「それで尾行して俺達でデートのサポートしたりしようって事?」

 

さすが春くん。話が早くて助かりますわ。

 

「お嬢様。日時と待ち合わせ場所が決定したようでございます。時は8月14日の朝9時。待ち合わせ場所は遊園地の正門前ということに決まったそうでございます」

 

「ふぅ…じいや。それは決めたのは松岡くんですわね?」

 

「ハッ!松岡様が先ほど茅野様に電話で伝えておりました」

 

「春くん。こういう事ですわ」

 

「こういう事?」

 

「せっかくのデートで家もそんなに離れていないのに、わざわざ現地集合にするというダメっぷり。さらには隣同士の個室に居るのにお互いに気付かないダメっぷりですわ」

 

「ああ…まぁ…そうなのかなぁ?確かに電話もしてて何で気付かないのか不思議だけどね」

 

「と、言うわけですので8月14日は尾行しますわ。結衣はバイトがありますので残念ですが、春くんには拒否権はありませんので」

 

「いや、待って。8月14日って俺もバイトあるんだけど」

 

「ご安心下さいませ一瀬様。バイトのシフト変更は既に受理されております」

 

「え!?何でそんな勝手に!?それより冬馬達のデートが8月14日に決まったのってついさっきですよね!?」

 

「春くん、当日はよろしくお願いしますわね」

 

 

 

 

 

8月14日8時20分。

 

私と春くんは変装し遊園地の正門前が視認出来る場所に居る。

 

そして正門前には20分程前から既に双葉が立っていた。

 

「松岡くんめ…遅すぎですわ。この暑い中双葉を20分も待たせるとは…」

 

「いや、待ち合わせ時間9時だよね?なのに8時に来たのは双葉ちゃんの方だし……。そして俺達は何で6時集合だったの?眠いんだけど?」

 

「春くんは何を言ってますの。待ち合わせ時間とか関係ありませんわ。男たるもの女性の来る5分前には到着しておくものですわ」

 

「うん、すごく理不尽だよね。それ。1時間も早く来るなんて予想出来ないし」

 

「それにしても今日の双葉の服装。かなり気合いが入ってますわ。可愛すぎて堪りませんわね(ジュルリ」

 

「ほら、ハンカチ。取り合えず涎は拭いた方がいいよ」

 

私達が不安を抱えたまま双葉を見守っていると、やっと松岡くんがやって来た。

現在の時刻8時40分。双葉を40分も待たせるとは…!!

 

「冬馬。ちゃんと20分前に来て俺は偉いと思ってるからね…」

 

 

 

「か、茅野!?もう来てたのか?悪い。待たせたか?」

 

「ううん、私も今来たとこだよ」

 

「そっか。なら良かった。じゃあ、行こうか」

 

「うん!」

 

 

 

「減点ですわ…」

 

「減点!?」

 

「双葉を見てください。あんなに汗をかいているのに今来たところなわけありません。それに服装を褒めないとか男の風上にもおけませんわ」

 

「ああ…なるほどね。でも冬馬にそれは無理じゃないかな?それより何で俺達はあの二人の会話が聞こえてるの?」

 

「ほら!春くん!急ぎませんと!見失ってしまいますわよ!」

 

私達は一抹の不安を消せないまま松岡くん達を追った。

 

 

 

 

「くっ…やはりプールですか」

 

私と春くんは水着に着替え、松岡くんと双葉を探していた。これだけ人が多いと探し出すのも一苦労ですわね。

 

「すごい人だね。それより俺と姫咲は何で冬馬と双葉ちゃんを探してるの?更衣室から尾行してたら良かったんじゃない?」

 

「くっ、早く…早く双葉の水着姿が見たいですわ…」

 

「本音が出てるよ姫咲」

 

私達が松岡くんと双葉を探していると、じいやからあの二人は流れるプールで遊んでいるという情報が流れてきた。

 

「春くん、あの二人は流れるプールですわ。早く行きましょう」

 

「はいはい…」

 

 

 

 

「普通に楽しそうに遊んでるね」

 

「確かに…これなら一安心ですわね」

 

松岡くんと双葉はせっかくの水着回だというのに、ただ流れるプールに身を任せて談笑しているだけ。

せっかくのプールですのよ!?

何かありませんの!?

 

「ほら、特に何もないでしょ。二人は放っておいても大丈夫だよ」

 

双葉が楽しそうにしているので問題はありませんが…。

 

それからしばらく二人を監視していましたが、ウォータースライダーに乗ったり波のプールで遊んだりと、何もハプニングもないまま時間が過ぎていった。

 

「そろそろお昼も過ぎたしあの二人はどうするんだろ?」

 

「そうですわね。プールも遊び尽くしたでしょうしそろそろお昼ご飯にするのが賢明ですわね」

 

 

 

 

「茅野。そろそろいい時間だし疲れたろ?プールはあがって昼メシでも食いに行くか」

 

「うん、そうだね。お腹も空いてきたしね」

 

 

 

そして二人はプールからあがり、更衣室へと向かって行った。

私達も見失わないように早く着替えませんと…。

 

 

更衣室から出た所で春くんと合流し、松岡くんと双葉の尾行を続けた。

 

 

 

「茅野は何か食べたいのあるか?」

 

「私好き嫌いないし何でも大丈夫だよ。冬馬が食べたいのでいいよ」

 

「そっか。なら今日ちょうどこの遊園地のイベントで蕎麦の会ってのがやってるらしくてな。珍しい蕎麦が食えるらしいんだよ。そこでもいいか?」

 

「へぇ~、面白そう!行ってみよ!」

 

 

 

 

蕎麦!?

いえ、蕎麦もいいですわよ?

美味しいですし私も大好きです。

 

ですが初デートで!

遊園地で!

何で蕎麦ですの!?

そもそも蕎麦の会って何ですの!?

何で遊園地でそんな会が!?

 

私がそんな事を考えていると二人はその蕎麦の会とやらがやっている建物に入って行った。

 

 

 

 

「俺はざる蕎麦にしようかな」

 

「私も同じので」

 

私と春くんは松岡くんと双葉の会話が聞き取れる場所に何とか座れた。

 

「俺はざる蕎麦のかやくご飯セットで。姫咲はどうする?」

 

「私は天ざるをお願いしますわ」

 

「私めはざる蕎麦の特盛と旬の天ぷら盛り合わせをお願い致します」

 

「セバスさん!?」

 

「じいや。何故持ち場を離れてこんな所に居るのですか?」

 

「ハッ。蕎麦が食べとうございましたので」

 

「なるほど。それであればしょうがありませんわね」

 

「え?それでいいの?しょうがないの?」

 

 

 

 

 

「あれ?松岡?…と、茅野先輩?」

 

松岡くん達に蕎麦を持って来た男性が、松岡くんと双葉の名前を呼んだ。

知り合いなのでしょうか?

 

 

 

 

 

「あ、秦野くんだ~。こんにちは」

 

「え?双葉も秦野の知り合いなのか?」

 

 

 

秦野?やはり松岡くんとも双葉とも知り合いのようですわね。

 

「彼の名前は秦野 亮様。11月のファントムギグに参加するAiles Flammeのギタリストにございます。そして松岡様の中学時代の後輩であり、現在は茅野様の学校の後輩でございます」

 

なるほど。さすがじいや。情報が早くて助かりますわ。

 

 

 

 

「秦野くんは私の……学校の部活の後輩の同級生なんだよ」

 

「茅野って何か部活に入ってたのか?」

 

「一応…軽音楽部。ほぼ幽霊部員だけどね」

 

「お前…軽音楽部って…」

 

「冬馬!私がFABULOUS PERFUMEってのは内緒なの!FABULOUS PERFUMEの正体を知ってるのはCanoro Feliceと貴くんと英治くん。そして英治くんのドラムの弟子だった5人だけなんだから!(ボソッ」

 

「あ、ああ。そうなのか…わかった(ボソッ」

 

「松岡と茅野先輩は何をボソボソ話してんだ?別に高校生の男女がデートしてたくらいで言いふらすつもりはないから安心してくれ」

 

 

 

 

 

なるほど。FABULOUS PERFUMEは人気の高いバンド。

男装ユニットである事は有名ですが正体は公表されておりませんものね。

 

「そっか。FABULOUS PERFUMEの正体は秘密なんだね。だから栞ちゃんもイオリと呼ばないでって言ってたのか。

………それより二人の近くにいる秦野くんには聞こえないような内緒話なのに何で俺達には聞こえてるの?」

 

 

 

 

「そ、それよりさ。冬馬と秦野くんも知り合いなんだね」

 

「ああ、秦野は中学ん時の後輩で…」

 

「オレが入学してから松岡が卒業するまではよくデュエルするライバルみたいなもんだったんスよ」

 

「え?デュエル?」

 

「えっと、オレが中学に入学したての頃に上級生からギター持って来て生意気だって呼び出されて…」

 

「それで多勢に無勢だったから俺が秦野の助っ人に入ろうとしたら…」

 

「あっという間にオレがデュエルで上級生に勝ったんスよ。そしたら松岡が『お前やるじゃん』とか言って来てデュエル挑んで来て…」

 

「それからよくデュエルし合う仲になった感じかな」

 

「そうなんだ~。秦野くんギター上手いもんね」

 

「秦野。お前まだギターやってんのか?」

 

「ああ、まぁな」

 

「ギターやってるも何も。秦野くんは今度のファントムギグに参加するAiles Flammeのギターだよ」

 

「は!?マジか!?お前もファントムギグ出るのか!?」

 

「お前も?」

 

「秦野くん、冬馬はCanoro Feliceのドラムなんだよ」

 

「松岡が…バンドを?」

 

「まぁな。でもちょうどいい機会だ。ファントムギグで中学時代に着けれなかった決着を着けてやるよ」

 

「そうか。あの松岡がなぁ……。まぁいいや。オレは戻るな。ゆっくり食ってけよ」

 

 

 

そう言って秦野くんとやらは厨房に戻って行った。

あのまま双葉を放置で中学時代の思い出話が始まったらどうしようかと思いましたわ。

 

それから少ししてから私達のお蕎麦も秦野くんが運んで来た。

 

どうやら秦野くんとじいやは知り合いで、じいやのよく行く和食のお店を秦野くんの両親が営んでるらしい。

 

先日じいやを尾行していた時に入っていた和食屋が秦野くんの実家でしょうか?

 

私達が食べ終わるのと同時くらいに松岡くんと双葉も席を立った。

少しくらいゆっくり会話すればよろしいですのに…。

 

ここまで来て見失うわけにはいきません。私達もすぐに追わなければ。

 

「じいや。何をしていますの?行きますわよ」

 

「まだ蕎麦湯が来ておりませぬ」

 

「何を言っているのです。さぁ行きますわよ」

 

「まだ!蕎麦湯が!来ておりませぬ!」

 

くっ…。こうなったじいやはテコでも動きませんわね。

ここまで頑なに動かないじいやはあの時以来ですわ。

そう……あの時とは……。

 

「何をやってるの姫咲。俺達だけでも追うよ」

 

そ、そうですわね。回想シーンに入っている場合じゃありませんわ。

 

 

 

 

私達は建物から出て再び尾行を開始した。すると…。

 

 

 

 

「おーい!茅野先輩!松岡!これお前らの忘れ物じゃないか?」

 

秦野くんが建物から出て来て、ピンク色の可愛らしいハンカチを掲げながら松岡くん達を呼び止めた。

さすが双葉。可愛らしいハンカチを持ってますわ。センスが素晴らしいです。

 

 

「あ、あれ俺のハンカチだ。悪い茅野、ここでちょっと待っててくれ。取ってくる」

 

「うん」

 

 

松岡くんめぇ……(ギリッ

 

 

「なんだよ、これ松岡のハンカチかよ」

 

「いいだろ別に。俺のセンスにケチつけんな」

 

 

松岡くんが秦野くんの元に行きハンカチを受け取ったその時でした。

 

 

 

「そこのお嬢さん!危なーい!逃げるんだっ!!」

 

「え?」

 

 

 

そんな声がしたので双葉の方に目をやると、暴れ馬が双葉に目掛けて走って来ていた。

なんで遊園地に暴れ馬が!?

そんな事よりこのままでは…!!

 

 

「「か、茅野(先輩)!!」」

 

 

<<<ガシャーン>>>

 

 

松岡くんと秦野くんが双葉に飛び付き、なんとか暴れ馬に轢かれる事態は回避する事が出来ました。しかし……

 

 

 

 

--遊園地の医務室--

 

「悪い…茅野…。俺がハンカチを忘れたばっかりに…」

 

「いや、オレが呼び止めずにハンカチをお前らの所に持って行っていれば…」

 

「ううん、助かったのは2人のおかげだよ。本当にありがとう」

 

双葉の右手と右足には包帯が巻かれていた。

骨折まではしていないのは幸いでしたが、しばらくはベースを弾くのは難しいでしょう……。

 

「しかし何だってこんな所に暴れ馬が…」

 

「ああ、さっき医者に聞いたんだが今日は夕方から流しのバンドマンが演奏をやる予定だったらしくてな。そのバンドマンは馬車で日本中を渡り歩いてるそうだが、そこの馬がアトラクションの音にビビって暴れ出したらしい」

 

松岡くんの誰にとでもない問い掛けに秦野くんが答えた。

何て事ですの…。

それで遊園地に馬が居たわけですのね。

 

「そのバンドマン達も怪我をして今日の演奏は中止になるそうだ」

 

「そうなんだ…。それはバンドの人達も演奏を楽しみにしてた人達も残念だよね。…………ね?冬馬はドラムだし秦野くんはギターだしさ。出来ないかな?演奏」

 

「なっ!?お前何を言ってるんだよ。そんなの出来るわけないだろ!?」

 

「だってさ。演奏を楽しみにしてたお客さんも居ると思うんだよ。そのバンドの曲は出来ないけど、演奏は中止にしたくないじゃん…」

 

「わかった」

 

「秦野!?」

 

「オレがステージの主催者に掛け合ってみる。だけどギターとドラムだけじゃな。茅野先輩もそんな手だし…」

 

「大丈夫。ベースもボーカルも居るから」

 

「「え?」」

 

「そんな訳だからさ。春太も姫咲も協力してくれないかな?」

 

双葉!?

まさか私達に気付いてましたの…?

 

「俺達が居るのバレてたんだ…」

 

「そのようですわね…」

 

私達は双葉達の元に出た。

 

「秋月!?春太まで!?」

 

やはり松岡くんには気付かれてませんでしたか。

 

「ごめんね、冬馬、双葉ちゃん」

 

「ううん、話聞こえてたよね?出来ないかな?演奏」

 

「双葉…。大丈夫ですわ。必ず成功させてみせますわ」

 

「ありがとう姫咲」

 

「ずっと尾行していたのに…助ける事が出来なくてごめんなさい…」

 

「お前ら…ずっと尾行してたのか?」

 

「あはは、ごめんね冬馬」

 

「チッ、まぁ春太は秋月に無理矢理連れて来られたんだろうしな。責めたりしねぇよ」

 

「あんた達はCanoro Feliceのボーカルとベースなのか?それならオレのギターで何とかなるかも知れないけど曲はどうすんだ?」

 

「秦野くんならデモを少し聴いてスコアがあれば大体はすぐ弾けるでしょ?完璧には無理だろうけど…。だからCanoro Feliceの曲とFairy Aprilのコピーなら大丈夫じゃないかな?」

 

 

 

 

 

そうして私達は急遽遊園地のステージで演奏をする事になった。

 

じいやがデモとスコアを秦野くんに渡し、結衣の歌のパートは双葉が歌う事になった。

私達5人での最初で最後の演奏。

双葉のお客様への想いの為にも、必ず成功させてみせますわ。

 

 

 

 

 

私達は無事にステージを終え、

5人で駅に向かって歩いていた。

 

「茅野…大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫……とは言えないけどね。平気だよ」

 

「双葉…」

 

「姫咲も心配しないで。それより今日のみんなでの演奏。楽しかったね」

 

結衣のギターではないCanoro Feliceの演奏。確かに成功もしたし楽しかった。

秦野くんのギターのテクニックも、双葉の歌声も凄かった。

 

ですが、やはり私達の曲には結衣のギターが必要だ。そう思う演奏でしたわ。

何かが違う。私達の演奏には結衣の明るさが優しい音色が必要なのですわね。

 

「ねぇ、秦野くん」

 

私が今日の演奏を思い返していると、双葉が秦野くんに向いて立ち止まった。

 

「Ailes Flammeってさ。曲はいくつくらいあるの?」

 

「え?曲っスか?今のとこは1曲です。今日の演奏で歌詞が浮かんできたので…もう1曲くらいはやれさそうっスけど」

 

「なら2曲かな?Canoro Feliceは?新曲出来た?」

 

次に双葉は私達を見て聞いてきた。

 

「まだ練習段階だけど3曲目は出来たよ」

 

春くんが双葉に答えた。

双葉?急にどうしましたの?

 

「そっか…。Ailes FlammeとCanoro Feliceの曲を足しても5曲か…」

 

双葉は何か考え込むようなポーズを取ってみせてから再び秦野くんを見た。

 

「秦野くん、FABULOUS PERFUMEってバンド知ってる?」

 

双葉!?

 

「FABULOUS PERFUME?もちろん知ってますよ。メジャーデビューはしてないけどかっこいいバンドですよね。男装バンドって話題性だけじゃなくて音楽もかなりかっこいいバンドです」

 

「へへへ、ありがとう」

 

「ありがとう?」

 

「うん……。私がね、FABULOUS PERFUMEのベースなんだ。私が男装したのがFABULOUS PERFUMEのナギなんだよ」

 

双葉!?

どうしましたの!?内緒だったんじゃありませんの!?

 

「え!?は!?FABULOUS PERFUMEのベースが茅野先輩!?」

 

「内緒にしててくれると嬉しいんだけどね」

 

「マ…マジなんスか…?松岡も知ってたのか?」

 

秦野くんが私達を見る。

私達は否定も肯定もせず、ただ黙っていた。

 

「そうなのか…。まぁ、内緒ってんなら言うつもりはありませんが、何でそれを俺に?」

 

「今度ね。8月24日にFABULOUS PERFUMEのライブがあるんだけどさ。私の手こんなんなっちゃったから…。出来る限りはやりたいけど…」

 

双葉…。

 

「私達のファンには私がしっかり謝るからさ。Ailes FlammeとCanoro Feliceにゲストとして出て欲しいの。私達のライブに」

 

「茅野…お前それって…」

 

「双葉ちゃん…」

 

「お願い…。ライブを中止にはしたくない」

 

双葉…。

さっきもそうでしたが…。

楽しみにしてくれているお客様。

その方達を大事にしたいんですのね。

 

「オレ達Ailes Flammeは2曲。そしてCanoro Feliceが3曲。茅野先輩の手がその感じじゃ2、3曲が限界だよな…」

 

「私は5曲はやる。絶対に5曲はやってみせる……。FABULOUS PERFUMEのライブなんだからそれくらいは…」

 

双葉…。あんまり無理をするのは…。

 

「茅野先輩はevokeってバンド知ってますか?」

 

「うん、もちろん。最近人気の高いバンドだよね」

 

「オレ、evokeの人と連絡取れるんで3曲くらいやってもらえないか頼んでみます。evokeなら知名度もありますし人気も高いですからファンにも楽しんで貰えるんじゃないですかね?」

 

「ほんと?秦野くんお願い出来る?」

 

「ちょっと待ってて下さい。今から連絡してみます」

 

「茅野……いいのか?」

 

「うん…。チケットももう完売しちゃってるしさ。ライブを楽しみに待ってくれてるみんながいる。だから絶対に中止にはしたくない。演出は貴くんと英治くんに相談してみる」

 

「双葉ちゃん、俺達是非出させてもらうよ。FABULOUS PERFUMEのファンをガッカリさせないライブにしてみせる」

 

「春太、ありがとう」

 

「結衣にも早速連絡しておきますわ。ですから安心して下さい。必ず素晴らしいライブにしてみせます」

 

「姫咲、期待してるからね」

 

「春太、秋月。今日から早速練習するぞ。ユイユイが自分のパートの練習をしやすいように俺達で先に仕上げるつもりでな」

 

「冬馬…」

 

「茅野先輩!evokeの皆さんもOKとの事です。FABULOUS PERFUMEのゲストとか最高だって喜んでました。FABULOUS PERFUMEのファンを引っ張るつもりでライブしてくれるそうです」

 

「良かった…。秦野くんもありがとう」

 

「もちろんオレ達Ailes Flammeも気合い入れてやりますんで!」

 

 

 

 

 

そうして私達の2回目のライブが決まった。

Ailes FlammeとCanoro FeliceとFABULOUS PERFUMEとevokeでのライブが。

 

双葉の気持ちに応える為にも、

FABULOUS PERFUMEのファンの皆さんの為にも私達は完璧にやりきってみせる。

 

そう意気込んでいたのに、

まさかライブ前にあんな事が起こるとはこの時誰も思ってもいませんでした。

 

私達はクリムゾングループのミュージシャンと邂逅する事になる。


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