バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第7章 Artemis

「う~……暑い~…」

 

「香菜、暑い暑いって言ってた方が余計に暑くなるわよ…」

 

「だってぇ~……」

 

あたしの名前は雪村 香菜。

Divalというバンドでドラムを担当している現役女子大生だ。

 

大学の講義が終わり、同じ大学の友達でもあり同じバンドの仲間、ベーシストの氷川 理奈と一緒に、バンド仲間のボーカリスト水瀬 渚の家に向かっている。

 

渚の家とは言っても、渚は仕事中で今はバンド仲間のギタリスト雨宮 志保しかその家には居ないんだけど…。

あ、渚と志保は今一緒に住んでるんだぁ。仲のよろしい事ですね!

 

「そうだわ。香菜。そんなに暑いならコンビニに寄ってみんなのアイスでも買って行きましょうか。いつもお邪魔させてもらってるわけだしね」

 

「おっ!理奈ち、その案ナイス!行こう行こう!」

 

そしてあたし達はコンビニに寄ってアイスを買い、渚の家へと急いだ。

 

 

 

「いらっしゃい」

 

あたしと理奈ちが渚の家に着くと志保が迎えてくれた。

 

「志保、こんにちは。お邪魔するわね」

 

「今日も暑いよね~。志保!アイス買ってきたよ!」

 

「お!アイスいいね。ありがとう!」

 

玄関先であたし達は軽く挨拶を交わし、いつものようにリビングに向かう

 

……はずだった。

 

「ねぇ、いつも気になっているのだけれど……この部屋には何があるのかしら?」

 

理奈ちがそう言って、志保の動きが止まった。

その部屋はあたしも入った事はない。

部屋の入り口には『渚ちゃんルーム☆関係者以外立ち入り禁止』とプレートがかかっている。

 

「あたしも……その部屋には入れてもらった事ないんだ」

 

志保はそう答えた。

 

「そうなの?渚がこの部屋に出入りするのはよく見かけるのだけど、私も入った事がないから…」

 

実はあたしも気になっている。

この部屋には何があるのか……。

先日のBlaze Futureとの飲み会の時、渚はまどか姉と『同志よ』と言って抱き合っていた。

あたしが思うに渚はそっちの人だ。それは間違いない。

 

だけど、この家にはそんな形跡は全くないと言える。そう…この部屋を除いては…。

 

「……入ってみましょうか?」

 

「「え?」」

 

理奈ちのそんな提案にあたしと志保は驚いた。そりゃ……あたしも気になるけど……。

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

「ハッ!?」

 

「あ?どした?」

 

「何か…何か良くない事が起こる気がする…。この胸のざわめきは……」

 

「え?中二病が悪化でもした?お大事にな」

 

「これは仕事なんかしている場合じゃない……早く…早く家に帰らなくては…」

 

「いや、俺も早く家に帰りたいけどね?何で仕事資料をさりげに俺のデスクに近づけて来てるの?」

 

「先輩。私は早く帰りたいです」

 

「うん、だから『私は』っておかしいよ?俺も早く帰りたいからね?」

 

「私より先輩の方が仕事が早いです(キリッ」

 

「うん、キリッじゃないよね?まだ定時きてないし。定時までなら余裕で終わるやん?」

 

「それはそうなんですけど…。何か悪い事が起きそうな気がします」

 

「うん、どうでもいいわ。仕事やれ」

 

「わかりましたぁ。冗談ですよ。自分の仕事は自分でやります。早く仕事も覚えたいですし」

 

「はいはい、よろしくな」

 

「……先輩、そんな事言いながら私の仕事の資料半分くらい持っていってくれましたね?何ですか?ビールくらいなら奢りましょうか?」

 

「……もう少し仕事手伝おうか?」

 

「何でこれで先輩に彼女出来ないんですかね~?」

 

「顔じゃね?」

 

「なるほど。納得です」

 

「お前、残業させようか?」

 

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今のは何だったんだろう?

 

「ちょっ…理奈!いくら何でも勝手に入るのはまずいって…!」

 

「それもそうね。諦めましょうか」

 

「「え?」」

 

理奈ちはそのままリビングへと歩いて行った。

 

ちょっと待ってよ理奈ち!!

あたしもうあの部屋に何があるのか気になりすぎて、この後お話どころじゃないよ!?

 

理奈ちはそのまま行ってしまったので、あたしと志保もしぶしぶとリビングへと向かった。

 

「志保と香菜にも意見を聞きたいのだけど、新曲を作ってきたわ。でも、この曲にはもっといいフレーズがあるはずなのよ。それで……」

 

理奈ちがあたしと志保にスコアを渡してくれて、音楽プレイヤーでデモを流してくれた。うん、この曲あたしも好きな感じだ。

 

でもごめんね、理奈ち。

正直あたしは曲もフレーズも今は頭に入ってきません。あの部屋の事が気になりすぎてヤバいです。

 

志保の方に目をやるとあの渚ちゃんルームをチラチラ見ていた。

志保もずっと気になってたんだろうね。

本当は理奈ちに、『いいじゃない別に。入ってみましょう』とか言って欲しかったんだよね?

 

う~…あの部屋には何があるんだろう?

気になる…。あたしから言っちゃおうかな?『やっぱり入ってみない?』って…。

 

「志保も香菜も……聞いているのかしら?」

 

え、やば…。理奈ちの話聞いてなかった…!

 

「え?あ、うん。ごめん…」

 

理奈ちの言葉に志保が謝った。

そして理奈ちは音楽プレイヤーを止めてスコアを置いた。

 

「ふぅ…半分は私のせいみたいなものだしね」

 

そう言って立ち上り、渚ちゃんルームの前へと歩いて行った。

 

「何をしているの?入りたいのでしょ?」

 

あたしと志保は顔を見合わせて笑顔で渚ちゃんルームへと走って向かった。

 

「私も気になるのは気になるし。渚に怒られたら3人で謝りましょう」

 

「めちゃくちゃ怒られたり…しないよね…?」

 

「許して貰えなかったら、何でも好きな願い事を1つ叶える事にするわ。貴さんが」

 

「貴が…。うん、そうだね。そうしよう」

 

「タカ兄がって……。理奈ちにそんな権限あるの?」

 

「あるわ」

 

え?あるの?

 

 

-------------------------------------------------------

 

「ハッ!?」

 

「はい?どうしました?」

 

「何か…何か嫌な予感がする。俺の超直感が早く帰れと轟き叫んでいる…。このプレッシャーはなんだ!?」

 

「あ、いつもの発作ですか?お大事にして下さいね?」

 

「これは仕事なんかしている場合じゃない……何故か…水瀬を早く家に帰らせなくてはならないような気がする…」

 

「え?私ですか?もう帰ってもいいですか?ありがとうございます!!」

 

「水瀬。ここは俺に任せて早く行くんだ!」

 

「まぁ、早く帰りたいですけどね?まだ少し仕事残ってますし、定時には少し早いです」

 

「早退って事にすればいい(キリッ」

 

「うん、キリッじゃないですよね?早退にされたら私のお給料に響きます」

 

「それはそうなんだけどな…。何か悪い事が起きそうな気がするんだわ。マジで」

 

「うん、どうでもいいです。仕事やっちゃいましょ」

 

「くっ、なんか悪い予感がするって時の予感は当たってしまうからなぁ。そうだ。あれだ。お前キングクリムゾンで時間飛ばしてくれ」

 

「はいはい、我以外の全ての時間は消し飛ぶ~~」

 

「……水瀬、1分も時間飛んでないじゃん。もっと気合い入れろよ?ビールくらいなら奢るから」

 

「そりゃ先輩に彼女出来ない訳ですよね~」

 

「そうか。顔じゃなかったのか……」

 

「すみません。前言撤回します」

 

「お前、やっぱり残業させようか?」

 

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え?また?今のは何なの?

 

「志保、この渚の部屋についてる鍵なのだけれど、四桁の番号で開けるタイプだわ」

 

「え?番号?ん~、なんだろ?渚の誕生日とか?」

 

「渚の誕生日は1月28日だったわよね?それでは開かなかったわ」

 

「じゃあ、あたしの誕生日……とか?」

 

「そうね…0、4、1、6と………ダメね」

 

理奈ちはその後あたしの誕生日である3月9日、理奈ちの誕生日である2月10日でも試してみたけどダメだった。

 

それよりあたし達の誕生日って1月、2月、3月、4月って並んでるんだね!

 

「開かないわね…」

 

「諦めるしかないかなぁ…」

 

「ねぇ、タカ兄の誕生日とかは?」

 

「「……………」」

 

え?志保も理奈ちもどうしたの?

 

「わ、私達の誕生日を差し置いて貴さんの誕生日にしたりするかしら?」

 

「そ、そうだよね。うん、あたしもこの部屋に入りたかったけど、諦めるしかないかな。あはははは」

 

「試してみるだけ試してみたら?」

 

「………わかったわ。確か12月4日よね」

 

さすが元BREEZEのファンですね!

しっかり誕生日を知ってらっしゃる!!

 

「……開かないわ」

 

「ま、まぁ、貴の誕生日になんかするわけないよね」

 

「そ、そうよね」

 

う~ん、これで手詰まりか…。

でも開かなかったのに、何で理奈ちも志保もホッとした顔をしてるんだろ?

 

「う~ん、鍵を破壊するしかないか…」

 

いやいや、志保。それじゃ勝手に部屋に入った痕跡が残っちゃうよ?

 

「私にキラークイーンがあれば鍵を爆破するのに…」

 

いやいや、理奈ち。こないだの飲み会でジョジョはわからないって言ってなかったっけ?

 

でもさすがに八方塞がりか。

こりゃもう諦めるしかないかな…。

 

「渚に縁のある数字……3、7、7、3」

 

理奈ちがそう言って鍵のダイヤルを回す。3773?何でだろ?

 

<<ガチャ>>

 

「開いたわ」

 

「え?ほんとに!?」

 

「理奈ち、何で3773って思ったの?」

 

「まさか本当に開くとは思ってなかったわ。み(3)な(7)せで37で、な(7)ぎさ(3)で73って適当に回しただけなのだけど……」

 

あー、でも渚が考えそうなパターンだね。

 

「それよりさっ!せっかく開いたんだし早く入ろうよ!!渚が帰ってくる前に!」

 

「志保、あなたさっき勝手に入るのはまずいって言ってたわよね?」

 

まぁ、大体どんなのが部屋にあるのかは想像出来るけどね。まどか姉や盛夏にもやたらおすすめされた時期あるし。

 

そして理奈が渚ちゃんルームの部屋を開けた。

 

その部屋にはリビングより大きなテレビがあり、サラウンドシステムのスピーカー、更には大量の漫画本とフィギュアやガンプラの飾られた棚、壁に貼られたたくさんのポスター。このくらいならまどか姉や盛夏の部屋で見慣れている。

 

「う~ん、まどかさんの部屋と同じような感じだね」

 

「まぁ、普段の渚の会話からしたら想像通りってところかしらね?」

 

でもあたしには気になってしょうがないものがある。なんで2人共気にならないんだろう?

部屋の所々に置いてある┌(┌^o^)┐って形をしたぬいぐるみ…。あれは何なの?

 

「あ、この漫画こないだ渚が読んでたやつだ。読ませてもらおうと思ってたけどどこにあるのかわからなかったんだよね。この部屋になおしてたんだ…」

 

「あら?このデスクにある写真立て」

 

「理奈ち?どしたの?」

 

「渚の子供の頃の写真かしらね。クス、可愛いわね」

 

「え?見せて見せて!」

 

その写真立てには子供の頃の渚と、すごく可愛いお姉さんが写っていた。

 

「この渚の隣のお姉さんもすごく可愛いよね」

 

「あれ?この渚の横に居る人…」

 

「香菜も知ってる人かしら?」

 

「いや、こないだまどか姉の部屋で見たタカ兄の恥ずかしい写真集に写ってたような?」

 

「香菜、その恥ずかしい写真集というのはどういう物なのかしら?まどかさんに連絡すれば見せてもらえるのかしら?」

 

理奈ち…。

 

「そうだっけ?あたしはお父さん達と写ってた写真ばっかり見てたからなぁ…」

 

「それは志保も見たという事かしら?私はどうすればそれを見せてもらえるのかしら?」

 

理奈ち…そんなに見たいの?

またまどか姉に頼んどいてあげるよ…。

 

その後も私達は渚ちゃんルームを探索した。思ってたよりは普通……。いや、普通ではないのだろうけど普通?

そんな部屋にあたし達は少し拍子抜けだった。

 

「クローゼットの中は~っと」

 

そう言って志保が何の躊躇もなくクローゼットを開けた。

 

「あら?それ進撃の巨人の調査兵団の服じゃないかしら?」

 

「あ、これラブライブの制服じゃない?ピンクのカーディガンがあるって事はにこにー?」

 

「これはとあるシリーズの常盤台中学の制服ね」

 

「あ、あんスタの制服まである!男装もするんだ」

 

「そうみたいね。これ、TRIGGERのステージ衣装まであるわ。天くんね」

 

「見て!理奈!こんなのもあるよ!」

 

うん、何て言うか…。

渚が実はレイヤーさんだったとかでも全然驚かないんだけど、あたしは志保と理奈ちが衣装見ただけで何かわかるくらいには詳しいって方にびっくりしてるよ?

 

「他に何か面白そうなのないかなぁ?」

 

あたしはそんな事を言いながらとうとう見つけてしまった。薄い本のみっちり詰まった本棚を。

 

「……ちょっと見てみようかな?」

 

あたしがそんな事を呟いた時だった。

 

「そうね。私実はその手の本読んだ事ないのよ。気になるわ」

 

理奈ち!?

そして理奈ちは1冊の本を無作為に選び表紙を見た。

 

「………絵は綺麗ね。プロの方が描いたみたい。タイトルは…志保の前では読めないわね」

 

寄りによってR18の本を選んじゃいましたか!?

 

「ふぅん…ほんとすごく上手いわね」

 

理奈ちがペラペラとページを読み進めていく。まぁ…理奈ちももう大人だしね。大丈夫か。

 

そう思った矢先だった。

理奈ちの動きが止まった。いや、動かなくなった?完全に固まっている。

 

あたしは理奈ちの開いたまま動かなくなったページをそっと覗いてみた。

 

……………おっふ。

 

あたしはまどか姉と盛夏のおかげである程度の耐性はあるけど、初心者の理奈ちには刺激が強かったか…。

 

そしてあたしは固まって動かなくなった理奈ちを背負い、志保に声を掛けてリビングに戻った。

 

志保も部屋に入った痕跡を残さないように片付け、部屋の鍵をちゃんとかけてリビングに戻ってきた。

 

 

 

 

「ねぇ?理奈は大丈夫?そろそろ渚帰ってきちゃうよ?」

 

あたしは理奈ちをソファーに寝かせていた。

 

「う~ん…もう完全に意識飛んじゃってるからねぇ。いつ元に戻るか…。あ、それより志保。晩御飯の用意は?大丈夫なの?」

 

「今日もそよ風に食べに行こう!」

 

志保は完全に居酒屋にはまっちゃったね…。あそこは安いし美味しいからいいんだけどね…。

 

「理奈ちが起きたら理奈ちも行けるか聞いてみよっか」

 

早く目を覚ましてくれたらいいけどね…。

 

「た……ただいまぁ……」

 

そんな話を志保としていると渚が帰ってきた。ん?なんか元気ない?

 

「おかえり、渚!今日はあたし晩御飯の準備してないからさ。そよ風に行こうと思うんだけどどうかな?」

 

「いいね…今日は呑む…呑み倒す…」

 

項垂れながらリビングに向かって来る渚。だけど…

 

「んん?」

 

渚ちゃんルームの前で止まった。

そして部屋をジーっと見てる。

え?何で!?

 

「んー?」

 

「ね!ね!渚!今日元気ないじゃん?どうしたの?タカ兄と何かあった!?」

 

渚の興味が渚ちゃんルームから逸れるようにあたしから話を切り出してみた。

 

「え?あ、うん。先輩とは何もないけど…」

 

そう言って渚がリビングに来てくれた。

良かった。渚ちゃんルームから興味を無くしてくれた。

 

「実はねぇ……あれ?何で理奈は寝てるの?」

 

「あはは、疲れてるんじゃないかな?ほら!作曲とか大変だと思うし!」

 

「あー、そっか。じゃあ、そよ風に行くのは理奈が起きてからかな?」

 

「あ、今起こすよ。起こす」

 

「え?疲れてるなら別に…」

 

そしてあたしは理奈ちを揺さぶった。

 

「理奈ちー、理奈ちー、朝だよー、もう起きなきゃだよー」

 

あたしが理奈ちを起こそうとしていると、

 

「ちょっと。香菜。何かわざとらしすぎ。普通通りでいなって(ボソッ」

 

志保があたしの耳もとで話し掛けてきた。

 

「いや、だってあれ無理だって。あたし達は完璧に痕跡を消したはずなのに、渚帰ってきて早々に渚ちゃんルームガン見してたじゃん!(ボソッ」

 

「そりゃ、あたしもあれにはびっくりしたけど(ボソッ」

 

あたしはソーッと渚の方を見てみた。

 

ひぃぃぃぃぃぃ!!!

無言!無言で渚ちゃんルームをジッと見てる!!

何で!?何か気になる事でもあるの!?

 

「志保、渚の方を見てみな。めちゃ見てる。また渚ちゃんルームをめちゃくちゃガン見してる…(ボソッ」

 

「え?嘘…?……………ホントだ。早く理奈を起こそう(ボソッ」

 

あたしと志保で理奈ちをめちゃくちゃ揺さぶった。起きて!お願いだから早く起きてぇぇぇ!!

 

「ダメよ!そんなモノそんなトコロには!!!」

 

理奈ちが謎の叫びと共に目を覚ました。

 

「あ、理奈起きたんだ?おはよ~」

 

良かった。渚の興味が渚ちゃんルームから理奈ちに移ってくれた…。

 

「あら?私…寝てたのかしら?渚、おかえりなさい」

 

「うん、理奈ただいまぁ」

 

「理奈ちも起きた事だしさ!そよ風に行こうよ!渚も元気ないみたいだしあたしも呑むぞ~!」

 

「あら?そよ風に行くの?」

 

「うん!あたし今日、晩御飯の準備してないからさ!そよ風に行こう!」

 

「そうね。今日は呑みましょうか」

 

 

 

 

 

 

そして、あたし達はそよ風に向かって歩いている。

あたしと理奈ちが並んで歩き、少し前を渚と志保で歩いている。

 

「香菜」

 

「ん?理奈ち何?」

 

「さっき…出掛ける前なのだけれど…」

 

「うん。渚、めちゃ渚ちゃんルームを見てたね」

 

「やっぱり……。気のせいじゃなかったのね」

 

あたしは渚が帰宅してからの行動を理奈ちに話した。

 

「え?鍵もちゃんとかけたのよね?」

 

「うん。もちろん。プレートもちゃんと真っ直ぐになってるか確認したし、ドアノブと鍵の指紋も拭き取ったよ」

 

「指紋では気付かれないと思うのだけれど…野生の勘かしら?」

 

 

 

 

「「「「かんぱ~~い」」」」

 

今日は金曜日だというのにお店が空いてて良かった。

あたし達は半個室のテーブル席に通されて、ミーティングとは名ばかりの飲み会を始めた。

 

「あ~…仕事終わりのビールが身体に染み渡るわい」

 

「渚、親父くさいわよ。く~…この為に生きてると言っても過言ではないわね」

 

「いや、理奈ちも大概だよ?まぁ、こんな暑い日のビールは最高だけどね」

 

「みんないいなぁ。あたしも20歳になったら呑むぞ~」

 

あたし達の飲み会は楽しくスタートをきったのだけど、さて、本題に入りますか。

 

「んでさ?渚元気なかったじゃん?何があったの?」

 

「んとね。うちの会社の夏休みなんだけどね。8月11日から19日までなの…」

 

え?それだけ?

 

「いや、社会人でそれだけ夏休みあるって結構どころかかなりいい方だと思うよ?」

 

「そうね。うちの父は確か2、3日しか休みなかったわよ?」

 

「違うの!休みが長すぎるの!」

 

ん?休みが長すぎるの?

学生の頃はもっと休み長かったのに~とかじゃなくて?

 

「私も新入社員だしさ?仕事も早く覚えたいってのもあるし、私の部署ってWEB系だからさ?休み多くてもあんまり良くないしお客様に迷惑とかかかるし…。なのに先輩ったら自分だけ休日出勤とかするし、私には人件費がどうこうとか、たまの長期休暇なんだからゆっくりしろとか、実家に帰ったらいいじゃんとか……」

 

う~ん、それってタカ兄の渚への優しさじゃないの?そのまま渚の愚痴がずっと続いていた。

 

それに対して志保が失言してしまった。あたしもそう思ったけど敢えて言わなかったのに…。

 

「ふぅん…な~んだ。ただ長期休暇になると毎日貴に会えなくなるのが嫌なだけか」

 

空気が変わった気がした。

 

「ナニ?志保?私のお話聞いてタ?先輩とか会えなくても全然いいし。アハ、私はただ早くお仕事を覚えたいだけダヨ?」

 

「痛い!渚!また!爪が!爪があたしの腕に…!!」

 

志保…。しょうがないあたしが助けてあげるか…。

 

「でも仕事かぁ。あたしらも大学3年だし就活もそろそろしなきゃねぇ」

 

「あら?香菜は就活するのかしら?」

 

「まぁ、Divalやりながら今のバイト続けるのもいいかな?って思ってるけどさ。理奈ちは就活しないの?」

 

「私に就活なんて必要ないわ」

 

「あ、大学卒業したらタカ兄のとこに永久就職します的な?」

 

ふっ、志保…優しいお姉さんに感謝するのよ。

あたしはこう言って渚の気をあたしに引こうとした。

 

……だけどそれは失敗に終わった。

 

「何を言っているのかしら香菜は。貴さんの所に永久就職?身の毛がよだつわね」

 

あたしは今、理奈ちにアイアンクローをされている。さすがベーシストの握力だ。めっさ痛い。あたしの顔が潰れてしまう…!

 

「ネェ、志保。私は本当に仕事覚えたいだけだヨ。先輩とか関係ナイの」

 

「はい、すみません。ごめんなさい、もうしません」

 

「香菜?二度とそんなおぞましい事を言わないでちょうだい。私と貴さんが結婚とか……ありえないわ」

 

「うぐ…ぐ…あぁ…」

 

「ありえないわ」

 

あ、大事な事だから2回言ったの?

お願い理奈ち、もう言わないからそろそろ離して?

……てか、何なのこの空間。

 

「お待たせしました~」

 

いいタイミングで店員さんが入って来てくれてあたし達は解放された…。

大丈夫かな?あたしの顔潰れてないかな?

 

「あ、それでね。うちのお父さんもせっかくの夏休みなんだから帰って来いとか言っててさ~」

 

ああ、何事もなかったように会話が進んでる…。

 

「それでどうせなら地元の夏祭りに合わせて帰ろうかな?って。うちの実家の2階にはお客用の部屋もあるしさ?良かったらみんなも来ない?」

 

「うん…グスッ…それもいいね…グスッ」

 

志保……泣くほど痛かったのね…

 

「その夏祭りというのはいつ頃なのかしら?」

 

「14日に前夜祭があって15日に本祭だよ。本祭では音楽大会もあるし、Divalで参加も面白そうじゃない?」

 

「そうね。私は構わないわよ」

 

「あ、それって帰りは16日になるよね?あたし16日の午前中は無理なんだ…。お母さんのお墓参りしなきゃだし…ごめん…」

 

「あちゃ~、13日から15日まであたしもリゾートバイト入れちゃったんだよね…」

 

「志保と香菜は無理かぁ。お父さんには13日に行って16日に帰るって言っちゃったしなぁ…。理奈だけでも来てくれる?」

 

「渚のご両親が良ければ私は大丈夫よ」

 

渚の実家かぁ。行ってみたかったけどしゃーないかぁ…。

 

「うぅ…あたしも渚の実家に行ってみたかった…秋に修学旅行で関西には行けるけど…」

 

志保は秋に修学旅行があるのか~。

懐かしいなぁ。修学旅行…。

 

「理奈だけでも来てくれるなら良かった…。私の実家って山だしさぁ…。本当は今年こそ海に行きたかったのに…」

 

「海?あの、それは…有明の海って事かしら?」

 

「え?何で?何で有明?」

 

「ち、違うわよね。うん、忘れてちょうだい」

 

「それにねー、夏祭りやってるのに、花火大会は別の日なんだよねー。浴衣着て花火大会とか行きたかったなぁ」

 

「浴衣着て花火?え?それって何かのキャラ?」

 

「え?キャラ?志保何を言ってるの?」

 

「あ、あはは、ごめんごめん。何か勘違い!忘れて!」

 

「ん~?」

 

理奈ちも志保も何を言ってるの!?

渚がすごく不審がってるじゃない!

 

「有明…キャラ…?部屋に帰った時の違和感…。…………見ぃ~たぁ~なぁ~?」

 

ひぃぃぃぃぃぃぃぃ…!!!

 

「関係者以外立ち入り禁止と書いているのに…それなのに…」

 

「うん、興味あったから!ごめんね!」

 

志保!?あんた何言ってるの!?

 

「まぁ、想像よりは全然まともだったわ。もっとすごいの想像してたのに。まぁ、あの本はすごかったけど…」

 

理奈ち!?理奈ちまで!?

 

「そっかぁ。まぁドン引きされなくて良かったかな。あ、ビールおかわり頼も」

 

「私ももう1杯ビールにしようかしら?暑いしね」

 

え?え?え?どうなってんの?

あれって実はあたしへのドッキリ?

 

「香菜どうしたの?香菜もおかわり?」

 

「え?あ、うん。じゃあ、あたしもビール……」

 

「はぁい」

 

え?あれ?渚?怒ってないの…?

やっぱりドッキリ?

 

「香菜。渚が怒ってないのが不思議って顔をしているわね」

 

「う、うん、まぁ…」

 

「勝手に私の部屋に入った事?」

 

「渚さっきは怒り出しそうな雰囲気だったじゃん…?」

 

「嘘!?あの部屋に入ったの!?マジで!?……って気持ちはあるけど怒る程じゃないよ?」

 

そ、そうなの?

 

「そうね。最初は怒ったのかとも思ったけど、目のハイライトがちゃんと仕事してたし」

 

「あたしも腕掴まれたりしなかったからね。あ、怒ってはないんだ。ってすぐわかったよ」

 

「ん~、理奈も以外とヲタネタわかるしさ?特撮とかアニメとか。志保も割と漫画読んだりしてるの見てるし、香菜もまどかさんと付き合い長いし、盛夏とも仲良しだからある程度は耐性もあるでしょ?」

 

「え、うん、まぁ…」

 

「それに関係者以外は立ち入り禁止だけど、Divalは私の関係者だもん。入れてって言われたら全然入れてあげてたよ?」

 

なんだぁ…心配して損しちゃった気分だよ~。ほんと良かったぁ…。

 

「あ、そだ渚!あの漫画読ませてよ!こないだ渚が読んでたやつ!」

 

「え?全然いいよ?YOU勝手に部屋に入って読んじゃいなよ」

 

「あはは、ならあたしも気になったんだけど、部屋のいたる所にあった┌(┌^o^)┐って形のぬいぐるみって何なの?」

 

「あ?あれ?あれは純粋なる乙女のぬいぐるみだよ」

 

純粋なる乙女?え?欲望に…?

 

「そういえば渚の小さい頃の写真を見たわ。一緒に写ってたのはお姉さんかしら?」

 

理奈がそう言った後、渚は動きを止めて志保を見た。

 

「そっか。あの写真も見たんだ。志保も?」

 

「え?うん。可愛いお姉さんだったよね」

 

志保と何か関係があるの?

 

「あの人あたしの知り合い?香菜が貴の恥ずかしい写真集に写ってた気がするって言ってたけど…」

 

「え?何先輩の恥ずかしい写真集って?諭吉出したら買える?」

 

な…渚?

 

「なんでもまどかさんが持ってるアルバムらしいわ」

 

「え?それってまどかさんに頼んだら見せてもらえる?兄弟の盃を交わした仲だしチャンスはあるか…!」

 

「渚?何か話はぐらかそうとしてる?」

 

「ん……。別に志保の知り合いとかじゃないよ」

 

「じゃあ誰なの?」

 

渚は少し目を閉じて考え、ビールを一口飲んだ。

 

「あの人はね。私の実家の近所のお姉さん。Artemisのボーカルさんだよ」

 

「え?」

 

Artemis?アルテミスの矢の中心だったバンドの?

 

「すごく仲良くしてくれてたお姉さんなんだけどね。そして私のヲタ師匠だよ」

 

渚あの頃からそっちの人だったの?

 

「Artemisってバンドでボーカルをやってるってのは聞いてたけど、ライブに行ったりバンドの曲を聴かせてもらったりはしてなかったんだけどね」

 

「あんまり気にしなくていいよ渚。お父さんがアルテミスの矢だったとか、あたしには本当にどうでもいい事だから。今はね。あはは」

 

「そっか。変に気を使ってごめんね。あんまりアルテミスの矢の話とかしない方が今はいいかな?って思って。

あの人の名前はね。木原 梓さん。15年前に事故で亡くなったんだけどね」

 

…!あのお姉さん。亡くなってたんだ…。

 

「ハロハロ~」

 

「「「「え?」」」」

 

Artemisの話をしていると、この居酒屋そよ風のオーナーである晴香さんがあたし達の半個室に入ってきた。

 

「なんか休憩に行こうと思ってたらさ、Artemisとかアルテミスの矢とか懐かしい話聞こえてね。…………来ちゃった。いやん」

 

「「「晴香さん、こんばんは」」」

 

「え?晴香さんもアルテミスの矢を知ってるの?」

 

「そりゃね。アルテミスの矢を作ったの私の兄貴だし」

 

あ、そっか。中心バンドはArtemisだけど、英治先生もそんな事言ってたっけ?

 

「じゃあ、晴香さんはお姉ちゃん…梓さんに会った事あるんですか?」

 

「え?渚って梓の妹?」

 

「あ、いえ、近所のお姉さんで小さい頃からお世話になってたんですよ」

 

「あー、そうなんだ?なんとなく雰囲気が似てると思ってたけどだからかな?

でも、会った事あるってんなら理奈も梓には会った事あるよ?」

 

「え?私も?」

 

「うん、氷川さんもアルテミスの矢だったし。バンドは解散してたからサポート面でって感じだったけどね」

 

「そうなの…うちの父もアルテミスの矢だったのね…」

 

「あたしのお父さんとお母さんは!?」

 

「お姉ちゃんってバンドやってる時はどんな感じだったんですか?」

 

「父はサポートって…どんな事をしていたのかしら?」

 

志保と渚と理奈が晴香さんに詰め寄る。

 

「だー!!わかったから!教えてあげるから!……とりあえずタバコ吸っていい?」

 

晴香さんはあたし達の個室にイスを運んで来て、店員さんにビールを注文しタバコに火をつけた。

え?休憩中にビール飲むの?

 

「そうだね。まずはArtemisってバンドは知ってると思うけど、関西を拠点に活動してたバンドでね。デュエル負けなしってバンドだったけど、初めてこっち来た時のデュエルの相手がBREEZEでさ。Artemisは初めてデュエルで負けたんだよ」

 

「え!?先輩達がお姉ちゃん達に勝ったんですか!?」

 

「さすがBREEZEと言ったところね」

 

「英治先生達ってそんなすごかったの?」

 

「いや、演奏技術的にはArtemisの方が上だったんだけど…」

 

「それなら何でArtemisは負けたの?まぁ、その日のコンディションとかもあるだろうけど…」

 

「ん~……まぁ、いっか。渚も別にタカの彼女ってわけじゃないみたいだしね」

 

飲み会の時にタカ兄の彼女かと聞かれた渚はうっかり『はい』と答えてしまったけど、後日、渚と理奈ちと奈緒の3人で飲みに来た時に誤解を解いたそうだ。

 

「ん~、先輩が関係あるの?先輩が何かしたとかは考えにくいんだけどなぁ」

 

「貴さんはチキンだものね」

 

「んとね、梓がタカに惚れてね。デュエルどころじゃなかった!あはは」

 

「え?は?」

 

「ごめんなさい。晴香さん。私はかなり酔ってるようだわ。幻聴が聞こえるの」

 

え?あんな可愛いお姉さんがタカ兄に惚れてたの?

渚といい理奈ちといい奈緒といい…。

タカ兄どうなってんの?あ、昔はまどか姉もか…。

 

「それでその梓さんって人と貴は付き合ってたりしたの?」

 

志保!ぶち込んだね!あたしもそれは気になるけどね!

 

「んにゃ。タカはあんなだし。兄貴が梓に惚れてたってのもあったし、付き合うって事は無かったよ?」

 

あ、そうなんだ?

って!拓斗さんが梓さん好きで、梓さんはタカ兄が好き!?めちゃくちゃ修羅場じゃないのそれ!?

 

「それで話を戻すけど、それから梓はタカに会うために、ArtemisとしてはBREEZEにデュエルで勝つ為によくこっちに来るようになったんだよ」

 

「お姉ちゃんが…先輩を好き…だった…だと…」

 

「確かにBREEZEの時の貴さんはかっこよかったけど……いや、今もたまにはかっこいいけど……。いえ、これは幻聴よ…。しっかりしなさい。私」

 

渚も理奈ちももう完全に別の世界いっちゃったね…。

 

「Artemisって有名ではないけど、すごいバンドではあったからさ?クリムゾンミュージックは大丈夫だったんだけど、結局クリムゾンのグループ会社の奴らに目を付けられてね。まぁ、それはBREEZEも志保のお母さん達もだったんだけど…」

 

やっぱり英治先生達も志保のご両親も凄かったんだね…。

 

「んで、クリムゾングループの傘下に入るか、クリムゾングループによって潰されるか。そんな状況になってさ。

Artemisはメジャーデビューを狙ってたから、Artemisの夢を守る為にって兄貴達がクリムゾンのやり方に反抗して、みんなで楽しくライブをやろう!って結成したのがアルテミスの矢だよ」

 

「お姉ちゃんですら先輩と付き合えないとか先輩のハードル高すぎじゃない?そりゃ彼女出来ないはずだよね。いや、でも私も頑張ればお姉ちゃんよりは……(ボソッ」

 

「あの頃には私と会ってたわけだし、私は貴さんにすごく可愛がってもらってたわよね?でも、あんな可愛い人に好いてもらってたのに付き合ってない…。そして今はあんなに可愛い奈緒や、可愛い分類に入るであろう渚と私。それなのに今は誰ともそんな臭いを感じさせない……。あの頃の私の事を思うとやっぱり…ロリコンなのかしら…(ボソッ」

 

渚!理奈ち!

ボソボソ一人言言ってるつもりだろうけど丸聞こえだからね!

 

「貴がロリコンならあたしもワンチャンあるか…?(ボソッ」

 

え?志保もなの?

てか、みんなせっかく晴香さんがアルテミスの矢の事話してくれてるんだし聞こう?

 

「Artemisとアルテミスの矢は完全に別物って感じでさ。各々に色々想いもあったんだろうね。あるバンドはクリムゾングループを潰す為に積極的にクリムゾングループのバンドにデュエルを申し込んでデュエルに勝つ。クリムゾングループのバンドがデュエルに負けるって事は……ほぼ解散を意味してるからね」

 

「今…お父さんがクリムゾングループとして音楽を楽しんでやろうとしてるバンドを潰してるようなものか…」

 

「BREEZEはそのやり方には反対しててね。アルテミスの矢とは言っても色んな派閥があったみたい」

 

そっか。あたしも英治先生にアルテミスの矢の事を聞かされた事はあるけど、詳しく話してくれなかったのはそんな事があったからかな?

 

「兄貴もタカもトシキも英治も。クリムゾンに反抗するって団体を作ったせいで、クリムゾンに目を付けられて潰されたバンドに負い目を感じてたしね。クリムゾンに積極的に挑めばクリムゾンから恨みをかっちゃうわけだし。まぁ、でも

Artemisをクリムゾングループの目から離すって事には成功してたんだけどね。あはは」

 

「貴やお父さんがクリムゾンと戦ってたっては具体的に何をしてたの?秦野のご両親とか理奈のお父さんも…」

 

「秦野…?誰だろ?BREEZEや大志さん達は楽しいライブを色んな所でやりまくる!そこに挑んできたクリムゾングループのバンドには負けない!ってやってただけだよ。そんなライブをやりまくる事でクリムゾンの目をArtemisから離せたからね」

 

「そうなんだ…。うん、あたしもそんな戦い方の方が好きだな」

 

「理奈のお父さんはね。仕事のコネとかも活かしてクリムゾングループの傘下に入らないように、楽しんで音楽をやれるようにって、色んな事務所とかイベント会社やライブハウスやバンドに掛け合ったりしてたんだよ」

 

「そう…。あの男…なかなかやるじゃない……」

 

15年前…そんな事が、そんな戦いがあったんだね。

 

「でも、今…またクリムゾングループが暗躍してる。クリムゾンミュージックも日本にまた来るかもしれない…」

 

渚…。そうだね。そんな戦いでも勝てなかったクリムゾングループとの戦い……。

また始まるのかも知れないんだよね。

 

「あの時は、15年前はさ。タカが喉に腫瘍が出来て歌えなくなって。梓が事故にあってArtemisは解散する事になって、ドリーミンギグの後にアーヴァルがあんな事になって。たまたま不幸が重なっただけだよ」

 

そして沈黙が訪れて晴香さんの休憩時間が終わった。

晴香さんが仕事に戻ろうとした時……

 

「なぁに暗くなってんの?」

 

そう言ってあたし達の頭をガシガシと一人ずつ撫でてこう言った。

 

「今はタカもまた歌い始めた。英治も新しい戦い方を見つけたみたいだし。それに、DivalもBlaze FutureもAiles FlammeもCanoro Feliceも他にもたくさんの新世代のバンドがいる。あんた達はArtemisでもアルテミスの矢でもない。ニュージェネレーションなんだよ」

 

 

 

 

あたし達は会計を済ませ帰路についていた。

 

特に何も話さなかった帰り道。

あたしと理奈ち、渚と志保との分かれ道で渚が言った。

 

「私達はDival。お姉ちゃんのArtemisでも、志保のお父さんを倒す為のバンドでも、アルテミスの矢でもないし、クリムゾングループを潰す為のバンドでもない」

 

「そうだね。あたしのお父さんを倒す事はあたし達の目標じゃない。ただの通過点」

 

「私達は最高のバンドになるのだものね。私達は私達だわ」

 

「あたし達が最高のバンドになる頃にはクリムゾンも勝手に潰れてるだろしね」

 

「「「「私(あたし)達はDivalだ!!」」」」

 

そう言ってあたし達は笑った。

志保の提案でDivalのトレードマークのようなアイテムをみんなで身に付けようという事になった。

衣装はあるけどそんなお揃いってのはなかったからね。

 

それを話し合う為に結局みんなで渚の家にお泊まりになった。

色んな案もあったけど、あたし達Divalのアイテムはブレスレットになった。

あたし達のイメージカラーである水色の石の付いた。裏面にみんなの名前を掘ったブレスレット。

 

あたし達の、Divalの証だ。

 

 

 

渚と理奈は帰宅後も戦乙女を呑んで夜中ずっとカオスだった。

 

そしてもうすぐ夏休み!

あたしはバイトのシフト増やしちゃったし、13日からはリゾートバイトだ!

バンド活動もお金掛かるしね。

 

渚は結局理奈ちと奈緒とまどか姉と関西の実家に帰るらしい。なんでまどか姉?

 

志保は……どうするんだろう?

 

みんなの夏が楽しい夏になるといいな。

 

 

 

 

 

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「渚達には言えないよね…。タカもBREEZEじゃない。もうアルテミスの矢はない…。だから兄貴…兄貴も、昔の優しかった兄貴に戻ってよ。帰って来てよ…」

 

 

 

 

 

 

「梓は…クリムゾンの奴らに殺された訳じゃ……だってあれは事故だったんだから…」

 


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