バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第6話 父親

「へぇ~、ここがあたし達の泊まる民宿か~」

 

あたしの名前は雨宮 志保。

南国DEギグという大きなギグイベントを観る為に、ライブハウス『ファントム』のみんなとこの地にやってきた。

 

「結構綺麗な民宿だね」

 

この人の名前は茅野 双葉さん。

あたしの学校の1つ上の先輩だ。

FABULOUS PERFUMEっていうバンドで男装しながらベースを弾いている。

 

「冬馬も…荷物ありがとうね」

 

「あたしの分の荷物もありがとね!」

 

「いや、別に…。シグレさんに頼まれてんしな。雨宮には茅野のサポート任せっきりだし荷物くらいは…」

 

この人はCanoro Feliceのドラムの松岡 冬馬。どうやらAiles Flammeの江口や秦野の中学の時の先輩らしい。

 

「お前ら邪魔だ。

とりあえず旅館入るぞ。もう少ししたら佐藤さんが来てくれるみたいだしな」

 

この人はevokeのギター折原 結弦。

ツンケンしてるけど話せばそんなに怖くない人だった。

 

「長旅疲れたよね。茅野先輩は足は大丈夫ですか?」

 

「うん、ありがとう内山くん。私は大丈夫だよ」

 

今、茅野先輩に声を掛けたのはAiles Flammeのベース、内山 拓実。

最近はよく話すあたしのクラスメートだ。

 

 

 

 

 

「へぇ~部屋も綺麗だし広いね」

 

「旅館って最初に聞いた時のイメージとは全然違うや。僕もう少し古い旅館イメージしてたよ」

 

「なかなかいい部屋だな…悪くねぇ。

よし、早速ギター弾くか」

 

そう言って折原はギターを弾きだした。

もうすぐトシキさんが迎えに来てくれるっていうのにギター弾くとか……。

 

「茅野、雨宮、荷物はここでいいか?」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

「サンキューね」

 

ヴヴヴヴ…ヴヴヴヴ…

 

「あ、あたしのスマホ。着信……?

あ、トシキさんだ」

 

あたしのスマホにトシキさんから着信が入った。

そろそろこの旅館に着いたのかな?

 

「もしもし、志保です。

………はい。みんな居ます。

………はい。はい。わかりました。すぐ行きます」

 

「志保ちゃん、トシキさんから?」

 

「うん、もう旅館の前に着いたって。

みんな準備して行こうか」

 

あたし達の旅館グループはトシキさんが引率してくれる事になっている。

茅野先輩が足を怪我しているからとトシキさんが車を出してくれる事になっていた。

 

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

 

「いえ、全然ですよ。私達もちょうど旅館に着いたところでしたし。

それより車を出してもらってありがとうございます」

 

「これくらい何でもないよ。準備良かったら出掛けようか」

 

「トシキさん、今日はどこに行くんすか?」

 

「ん?松岡くんは行きたい所ある?」

 

「あ、いえ、特にそういう訳じゃないんですけど…」

 

なるほどね。松岡は茅野先輩の足を心配してるんだね。

確かにあんまり歩き回るような所だと茅野先輩はしんどいかな?

 

「冬馬…気を使わせちゃってごめんね」

 

「ちがっ、そ、そんなんじゃねーよ!」

 

「まぁ、行きたい所のリクエストがあるなら車の中で聞くよ。さ、みんな乗って」

 

車は大きめの7人乗りようだった。

運転席にトシキさん、助手席に松岡、その後ろに折原と内山、後部座席にあたしと茅野先輩が座った。

 

「あ、あのトシキさん、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」

 

「ああ、一応ここに連れて行ってあげようって所はあるんだけどね。

みんなはどこか行きたい所ある?」

 

「私はどこでもいいかな」

 

「あたしもトシキさんに任せるよ」

 

「俺もどこでも構わないす」

 

「僕も特に行きたいって場所はありませんし…」

 

あはは、みんなどこでもって感じか。

そりゃそうだよね。

南国DEギグに行くって決まったのも昨日だし土地勘も全然無いしね。

 

「俺はどこでも構わないんだが…腹が減った」

 

「そうだね。じゃあお昼ご飯食べに行こうか。折原くんは何か食べたいのある?」

 

「俺は人間が食えるもんならなんでも」

 

「あはは、そっか。みんなは?」

 

お昼ご飯か~。

確かにあたしもお腹空いてきたしね。

何が食べたいかな?

 

「志保ちゃんは何か食べたいのある?」

 

「あたしも何でもって感じかなぁ。内山はスイーツがいいんじゃない?」

 

「スイーツもあればいいとは思うけどお昼ご飯って感じじゃないでしょ」

 

「腹減った…」

 

あたし達はがやがやと話すだけで何が食べたいとかそんなのは一向に決まる事はなかった…。

 

「あはは……なかなか決まりそうにないね。じゃあ、目的地の近くにおすすめのお店あるからそこでいいかな?」

 

「そうすね。後ろのメンバーは多分聞いてないと思いますけど……」

 

 

 

 

「すごく美味しかったね。びっくりしちゃった」

 

「うん、僕も大満足だよ」

 

あたし達はトシキさんのおすすめのお店でお昼ご飯を済ませた。

ファミレスみたいな感じのお店で、この島の名産品を使った料理を出してくれるお店だった。

 

「茅野先輩の食べてたパイナップルを器にしたカレーも美味しそうでしたね。盛夏に教えたら飛びつきそうだよ」

 

「盛夏さんってカレーが好きなの?」

 

「僕の食べたお蕎麦もすごく美味しかったよ。亮に教えたら喜びそうだよ」

 

「ははは、みんな喜んでくれて良かったよ」

 

しかもみんなの分を全部トシキさんが払ってくれたんだよね。本当にごちそうさまでした。

 

「トシキさん、目的地までは遠いんすか?」

 

「いや、すぐ近くだよ。もうそろそろ見えてくるんじゃないかな」

 

それから少しすると大きな会場が見えてきた。えっ…あそこって…。

 

「トシキさん、まさか目的地ってあそこっすか?南国DEギグの…会場?」

 

「うん、そうだよ」

 

「「「「「え!?」」」」」

 

 

 

 

あたし達は誰も居ない設営されたばかりの南国DEギグの会場のアリーナエリアに居た。

 

何でこんな所に?

って思ったけど、すごく迫力がある。

ぐるっと回りを見ると会場のすごさがよくわかる。

 

こんな大きな会場で、

この会場を埋め尽くすオーディエンスの前で、

こんな大きなステージで、

たった数人のバンドメンバーだけで、

ここの全てを盛り上げなきゃいけないんだ…。

 

すごい。本当にすごい。

明日たくさんのバンドマン達が、この会場のステージに立つんだ…。

 

「圧倒されるな……」

 

「ま、松岡さんもですか?

僕もです。こんな大きな会場で…。今の僕達がステージに立たせてもらえてもちゃんと演奏出来るかな?って思います」

 

「本当にすごいね…。ステージもこんなに広いんだもん。パフォーマンスもこのステージいっぱい使ってやらないと端っこのお客さんに見てもらえないもんね。

すごく動き回らなきゃ…」

 

「……たまんねぇな。このステージにいつか立つって思うと奮えてくるぜ」

 

「ふふ、みんなどうかな?

お客さんの居ない会場ってすごく広く感じるでしょ?」

 

「あ、で、でもここって入って良かったんですか…?明日が本番なのに…」

 

「うん。ここの会場の責任者とは昔からの友達でね。お願いしたらOKしてもらえたよ」

 

こんな大きな会場の責任者と友達なんだ?トシキさんすごいなぁ。

BREEZEの時の友達かな?

 

「もし良かったらステージに上がってみる?」

 

「え!?いいんですか!?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

あたし達は南国DEギグのステージの上に立った。

ステージの上からだと観客席が一望出来る。

 

この観客席にいっぱいのオーディエンスの前で…。

いつか…いつかDivalのみんなと演奏がしたい。きっとすごく最高な時間になるんだろうな…。

 

「す、すげぇな。こんなステージで…Canoro Feliceで演奏出来たら最高だろうな」

 

「僕も…さっきまではこんな大きな会場で上手く演奏出来るかな?って思ってたけど…。

いつかAiles Flammeとしてここに立って演奏したい。思いっきり演奏したいよ」

 

「最高だろうね。私達もオーディエンスも一緒に最高のライブ…」

 

茅野先輩はそう言ってステージの端から端まで歩きだした。

 

「茅野、足は…」

 

「もう!心配しすぎだよ冬馬。

これくらいなら全然大丈夫だよ」

 

そして端まで歩いた茅野先輩は

 

「本当にすごい。ここにいっぱいのお客さんが居て、ステージいっぱいで私達がパフォーマンスして…目を閉じてイメージしてたらさ。ライブしたくなってくる。今すぐにでも演奏したいくらいだよ」

 

「俺はいつか立つぜ。このステージにevokeとして…」

 

みんなこのステージに上がらせてもらって色々思う事があるんだ。

トシキさんに感謝しなくちゃ。

 

「良かったよ。みんなをここに連れて来て。

このステージを…会場を見て自信をなくしたりしなくて良かった。みんなやる気が俄然上がったって感じだね」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「でも懐かしいな。ステージの上から見る景色って…」

 

「そういやBREEZEは南国DEギグに出た事あるの?」

 

そういえばBREEZEも割とすごいバンドではあったんだよね?

メジャーではなかったみたいだけど、ファンの人もたくさん居たわけだし。

 

「ううん、俺達は参加してないよ。

参加したいって言っても出してもらえないよ。あはは」

 

え!?そうなの!?

BREEZEですら出せてもらえないくらいのギグイベントなんだ…。

何だか余計にやる気出てきた!

 

「でも志保ちゃんのお父さんとお母さんは出た事あるよ。バンドのサポートメンバーとしてだけどね」

 

「お父さんとお母さんが!?

サ、サポートメンバーってお母さんボーカルでしょ?」

 

「志保ちゃんのお母さんは昔はギターもやってたんだよ。香保さんは元々はギターボーカルだったんだよ」

 

「そ、そうだったんだ…」

 

知らなかった。

そうか。あたし自身もお父さんとお母さんのバンド時代を詳しく知ってるわけじゃない。

あたしがよく聞くようになったのは、流しで演奏するようになってからだもんね。

 

って、こないだの旅行の時に貴も教えてくれたら良かったのに…。

 

「BREEZEは大きなギグイベントとか出た事あるんですか?」

 

バ、バカ!内山!

それは聞いちゃいけない事だよ!

BREEZEはアーヴァル主催のドリーミン・ギグに…。

 

「俺達は大きなギグイベントには参加した事ないかな。いつもライブハウスで演奏してたよ」

 

「そうなんですか。BREEZEでも…」

 

「あはは、でもギグイベントってだけならここにいるみんなファントムギグには参加出来るでしょ?大きなギグイベントがゴールじゃないよ」

 

うん、そうだね。

大きなギグイベントに出たいって気持ちはあるけど、それもあたしが、あたし達が最高のバンドになる為の通過点。

 

「でも俺達BREEZEにも目標はあったよ」

 

「え?そうなんですか?もし良かったら何を目標にしてたのか教えてもらえませんか?」

 

あ、それあたしも気になる。

トシキさんも貴も英治さんも何を目標にしてたんだろう?

 

「うん、BREEZEにもって言ってもほとんどはーちゃんが掲げてた目標だけどね。

俺と英ちゃんはそんなはーちゃんについていくのが目標だったかな」

 

そうなんだ…。貴が…。

 

「貴くんの目標は?」

 

「よく言ってたのは目指せ武道館!

いつか武道館でライブをやりたいって」

 

そういえば奈緒も盛夏もまどかさんも言ってたっけ。

BREEZEの武道館って目標はBlaze Futureに引き継がれてるんだね…。

 

「それと日本中47都道府県でライブをする全国ツアーをする事。

後はアニメのタイアップになる事だったかな。あはは」

 

47都道府県で全国ツアー!?

すごいなぁ。メジャーバンドでもなかなか出来ないのに…。

貴らしいっちゃ貴らしいけど。

 

「あのトシキさんいいすか?

トシキさんと英治さんは貴さんについていくとして……もう一人BREEZEにはいましたよね?」

 

「うん、宮ちゃんだね。

BREEZEのベースの宮野 拓斗」

 

「その人はメジャーデビューとか目標にしてた感じっすか?」

 

「ううん、宮ちゃんの目標はね。

はーちゃんをメジャーデビューさせる事」

 

え?は?

 

「え?BREEZEをメジャーデビューじゃなくて貴さんを……っすか?」

 

「宮ちゃんははーちゃんの歌が大好きだったからね。自分がバンドをやるのは学生の間の思い出だって言ってたけど、はーちゃんがメジャーデビューするのをずっと夢見てたよ」

 

貴ってよく宮野さんの話が出る度に『誰だそれ?』とか言ってたから、実は仲良くないんだと思ってた…。

 

「はーちゃん自身はライブが出来ればそれでいいって言ってたし、メジャーデビューには興味なかったみたいだけどね。

だから、はーちゃんが喉を壊した時は……宮ちゃんはすごくショックだったと思う。

だから余計にはーちゃんも自分が喉を壊してしまった事を宮ちゃんに対して申し訳ないって気持ちでいっぱいだったみたいだよ。当時は」

 

そうだったんだ…。

貴も別に宮野さんを嫌ってるわけじゃないんだね。

BREEZEが解散してから宮野さんは行方をくらませたって言ってたけど…。

本当はそれから後に何かあったのかな?

 

「宮ちゃんか…どこで何してるんだろ?

最後に会ったのはもう10年?11年くらい前かな?」

 

やっぱりだ…。

BREEZEが解散してから会ってないなら15年って言ってるはず。

何が…あったんだろう…?

 

あたし達Divalのデビューライブ。

Blaze Futureと対バンをした夜。

あたしと香菜とまどかさんはファントムの近くで多分拓斗さんに会っている。

 

会っていると言ってもすれ違っただけだし、まどかさんも香菜も写真でしか見た事ないわけだし人違いかも知れないけど…。

 

確証がないからトシキさん達には言わない方がいいかな…。

 

「雨宮さん?どうしたの?」

 

「内山……ううん、何でもない。乙女の悩み事だよ」

 

『ははは、雨宮が乙女って笑わせてくれるな!』

 

「え!?な、何で渉の声が!?」

 

江口ぃぃ……明日覚えてなさいよ…!

 

「よし、そろそろ行こうか。この後はノープランだけどね」

 

トシキさんがそう言ってステージから降りて行った。

トシキさんに続いてみんながステージを降りる。あたしは茅野先輩の手を引いてステージを降りた。

いつか、いつかDivalでこのステージに帰ってくるよ。必ず。

 

「でもこの後はどうしようかな?

ドライブでもする?それとも今日は疲れてる?」

 

「俺は何でも…ドライブってなるとトシキさんがしんどくないすか?」

 

「ははは、それは大丈夫だよ」

 

「あ、トシキさん、それならBREEZEの事とか話聞かせてくれないすか?どうやって結成したのかとか。どんなライブをしてきたのかとか」

 

「あ、BREEZEの時の話?別に俺はいいけど…」

 

「ま、待ってよ松岡。そんな面白そうな話あたしらだけで聞くの勿体ないって。渚も理奈も香菜も聞きたいだろうし」

 

「そ、そうですよ。渉も亮もシフォンも絶対聞きたいと思います!」

 

「う~ん、それじゃ今度みんな揃ってる時に話そうか。はーちゃんと英ちゃんには内緒で…」

 

「え?何で2人には内緒なの?」

 

「恥ずかしがりそうでしょ…あの2人は」

 

そんな恥ずかしい話なの?

あたし達は駐車場に戻り、車に乗り込もうとした時だった。

 

「トシキ……志保……」

 

あたしとトシキさんの名前が呼ばれ、声のした方向に目を向けた。

 

そこには……。

 

「あ、雨宮さん……何でこんな所に…」

 

「お父さん!?」

 

そこにはあたしの父親。

クリムゾングループのアーティスト、雨宮 大志が居た。

 

「久しぶりだな。二人とも…」

 

何でお父さんがこんな所に…。

南国DEギグはクリムゾングループも介入出来ないビッグイベントなのに…。

それとも別件……?

 

「雨宮 大志だと……!?何でこんな所にいるのか知らねぇが。

雨宮、お前……雨宮 大志の娘だったんだな」

 

「折原……ごめん。内緒にしてたってわけじゃないんだけど…」

 

「…雨宮さん、どうしたんですか?こんな所で…」

 

「この時期にこの場所にいる。理由は1つだと思うが?」

 

やっぱり…狙いは南国DEギグなの…?

 

「志保がバンドをやっている事。

それにタカも関わっている事には驚かされたが……。トシキ、お前まで志保と関わっているとはな…。まさか英治もか?」

 

「はーちゃんも英ちゃんも俺も。

楽しく音楽をやるバンドマンの味方ですから…」

 

「お父さん!どういう事!?

南国DEギグは……クリムゾングループは…」

 

「お、おい。まじか。雨宮の親父さんってあの雨宮 大志だったのか?」

 

「松岡さん…。うん、雨宮さんのお父さんは…クリムゾングループのミュージシャン雨宮 大志だよ…」

 

「Ailes Flammeの内山 拓実、evokeの折原 結弦、Canoro Feliceの松岡 冬馬にFABULOUS PERFUMEのナギか…」

 

「え!?私の事もバレてる!?」

 

茅野先輩がFABULOUS PERFUMEって事まで…。

 

「ここでお前達を潰すのは簡単だが、今日はそんな話をしに来たんじゃない」

 

「じゃあどんな話をしに来たんですか?

今の俺でもみんなを逃がすくらいの時間は作ってみせますよ?」

 

トシキさん!?

 

「志保。お前はバンドを辞めろ。

今日はその事を忠告しに来た」

 

バンドを辞めろ…?

 

「冗談じゃない…あたしがそれでわかりましたって言う事聞くと思ってんの?」

 

「だったらこっち側に来い。Divalのメンバー全員で来ればいい。バンドをやるならクリムゾンに入れ」

 

「お父さん…。

お父さんがクリムゾングループに入って音楽をやりだした時、あたしに何って言ったか覚えてる?」

 

「……」

 

「楽しくないって……今の音楽が大嫌いだって。あたしにそう言ったんだよ?」

 

「それでもだ…」

 

「雨宮さん…志保ちゃんは今のDivalが楽しいんです。だから……」

 

トシキさん…。

 

「バンドも辞めない。クリムゾングループにも来ないのであれば……

Divalの雨宮 志保。お前を潰すだけだ」

 

!?

 

「ちょっ!雨宮さんのお父さんなんでしょ!酷すぎじゃないですか!?」

 

「そうですよ!志保ちゃんは楽しい音楽をやってるだけじゃないですか!」

 

「内山…茅野先輩…。いいよ。大丈夫。

いつかは倒さなきゃいけないって思ってたんだし。雨宮 大志!」

 

あたしはギターを構えてお父さんを睨み付けた。

 

「あんたはあたしが倒す!今日ここで!」

 

『ダメだ志保。その台詞は負け台詞だぞ?あかんやつや』

 

「え!?はーちゃんの声が!?」

 

「クッ、タカもここに来ているのか!?」

 

え?何で貴の声が聞こえたの?

しかも負け台詞って何よ…。

 

「雨宮…あ、どっちも雨宮か。娘の方の雨宮」

 

「折原?何?」

 

「お前は引っ込んでろ。いい機会だ、雨宮 大志とは俺がやる」

 

「は!?ちょっと待ってよ!お父さんを倒すのはあたしだって!」

 

「お前…雨宮 大志に勝てると思ってんのか?」

 

うっ……た、確かにお父さんの演奏はすごいけど、あたしだって必死に練習してたわけだし…。

 

でも…さすがに勝てるとは…今は思えない。

だからって逃げるなんて…。

 

「さぁ、雨宮 大志やろうぜ。俺と」

 

「evokeの折原 結弦か。わかっているのか?クリムゾンのミュージシャンにデュエルで負けるという事はどういう事か。

それとも本気で俺に勝てると思ってるのか?」

 

「十中八九勝てないだろうな。

だが、今の俺とあんたとどれだけの差があるか知るいい機会だ」

 

「今の俺と……か。次は無いかもしれないぞ?」

 

「ここであんたに負けて心が折れる程度ならそれまでだ。……負けてevokeじゃなくなったら奏達には悪いけどな」

 

「仲間に悪いと思ってても敢えて闘いを選ぶか。何故だ?」

 

「俺がナンバーワンのギタリストになる為。あんたもDESTIRAREのセイジも四響のラファエルも俺が倒す。奏達ならわかってくれるさ」

 

「いいだろう。デュエルをしてやる。だがこれは正式なデュエルではない。evokeを辞める必要はない。

……お前の心が折れなければな」

 

「あ?正式なデュエルじゃねぇだぁ?」

 

「特別サービスだ。

だがデュエルは本気で相手をしてやる。安心しろ」

 

「へっ、上等じゃねぇか。

雨宮娘。そういう訳だ、俺がやらせてもらうぜ。お前ら絶対手を出すなよ?」

 

お父さんと折原がデュエル…?

でも正式なデュエルじゃないなら折原が負けたとしてもevokeで居られる。

今のお父さんの実力を見るいい機会か…。

 

「行くぜ!雨宮 大志!聴け俺の音を!」

 

「魅せてやろう。死神といわれる俺の音を……」

 

 

お父さんと折原のギタリスト同士のデュエルが始まった。

そんなの…そんなのってないよ……。

 

「折原さんの音が…雨宮さんのお父さんの音に…」

 

「折原さんの音の刹那に雨宮の親父さんが音を被せて掻き消してるってのか!?」

 

「嘘でしょ…こんな事ってあるの?いくら何でもこんなの技術ってレベルの話じゃないよ…」

 

「これが…お父さんの今の実力…」

 

「(嘘だろ…!?こ、こんなに差があるはずがねぇ!俺もガキの頃からずっとギターをやってきたんだぞ…!?)」

 

「そろそろ諦めたらどうだ?」

 

「うるせぇ!まだまだだ!」

 

「折原くん……!」

 

「(まだ上にはDESTIRAREのセイジも…ラファエルもいるんだぞ…!?こんなに遠いわけがねぇ…!!)」

 

「これで終わりだ…」

 

 

デュエルは圧倒的な差でお父さんの勝ちだった。

折原は曲が終わった途端に膝から崩れ落ちてそのまま動かない。

 

「折原くん…」

 

トシキさんがそんな折原に駆け寄ったけど…名前を呼ぶ以上の言葉は掛けれなかった。

 

「あれだけの差を見せつけられて最後まで演奏出来るとはな。なかなかの根性だ。トシキもよく止めに入らなかったな」

 

「雨宮さん…!」

 

「とはいえ折原 結弦。やはり心が折れたか…」

 

折原の技術もすごかった。

それでもお父さんの足元にも及ばなかった。ここまで差があるなんて…。

 

「次はお前だ。志保」

 

ゾクッとした。

クリムゾングループに入ったお父さんの曲を初めて聴いた時。その時と同じような恐怖感。

 

……勝てるわけがない。

 

「さっきの威勢はどうした?」

 

でも、逃げるわけにはいかない…!

 

「いくよ…お父さん…」

 

あたしがギターを構えた時だった。

 

「僕も一緒に演奏するよ。雨宮さん」

 

「悪いすけど、雨宮は俺らファントムのバンドマンの仲間なんで…」

 

あたしの前に内山と松岡が立った。

 

「あ、あんた達…」

 

「茅野先輩の足はあんな状態だから演奏は出来ないけど僕達なら…」

 

「こんな事言うのもすんのも俺のガラじゃねぇんだけどな…」

 

二人ともさっきのお父さんの演奏を見てたのに…。

 

今は渚も理奈も香菜も居ないけど…。

 

ファントムの仲間が居てくれている。

一緒に戦ってくれる。

こんな事思うなんて…昔のあたしじゃ考えられないな…。

 

「Ailes Flammeの内山 拓実、Canoro Feliceの松岡 冬馬。構わん。3人でこい」

 

「内山…松岡……あたしの足引っ張るんじゃないよ?」

 

「だ、大丈夫!頑張って演奏するよ!」

 

「お前こそ親父さんにビビって演奏途中で止めるなよ?」

 

あたし達は楽器を構えてお父さんと対峙した。

 

「心を砕いてやる。俺の音で…」

 

「魅せてあげる!あたしの最高の音色!」

 

「奏でるよ!僕の甘い音色!」

 

「お、俺も何か言った方がいいのか…?」

 

 

そんな…あたし達はギター、ベース、ドラムが居るんだよ…!?

お父さんはギターだけなのに…。

 

内山と松岡を巻き込んでおいて…。

負けてなんかいられない…!

 

「これが俺の…クリムゾンの力だ…」

 

「(くそっ!くそっ!僕が…僕がもっとベースを上手く弾ければ…!)」

 

「(雨宮の親父さんの演奏…こっちのリズムを崩しにきてやがる…!どうすれば雨宮を引っ張ってやれる…?)」

 

 

 

「トシキさん…志保ちゃんのお父さんの演奏って…」

 

「うん、みんなのリズムを崩しにきてる…。いきなりのセッションで経験の浅いみんなだと分が悪いね…」

 

「経験の…浅い…」

 

「志保ちゃんはともかく折原くんも内山くんも松岡くんもデュエルはほぼ初心者…。内山くんと松岡くんはLIVE自体も経験が浅い…」

 

「で、でも冬馬はCanoro Feliceの前は…」

 

「うん、色んなバンドのサポートはしてたみたいだけど…。そこは双葉ちゃんの方がわかってるんじゃないかな?」

 

「経験の…差か…」

 

「何とかみんなを守りたいけど…どうすれば…」

 

「いるよ。トシキさん。経験の浅くないバンドマン…」

 

「双葉ちゃん?」

 

「あたしもベースで加勢する…」

 

「双葉ちゃん!?その足じゃ…」

 

「少しくらい大丈夫だよ」

 

 

 

くっ…どうしたらお父さんの音に呑まれないでやれる…!?

ダメだ。余計な事考えてる余裕なんかない…集中しないと…!

 

「内山くん、私についてきて。

私のサポートをお願い」

 

「か、茅野先輩!?」

 

え?茅野先輩…?

内山の横を見ると茅野先輩がベースを演奏していた。

 

すごい。茅野先輩の演奏ってちゃんと聴くのは初めてだけど理奈と匹敵…。

ううん、もしかしたら理奈より上手いんじゃ……。

 

「か、茅野!?お前…足は…」

 

「冬馬、大丈夫だよ。今は演奏に集中して」

 

「あ、ああ…」

 

「FABULOUS PERFUMEのナギか…」

 

茅野先輩が加勢してくれた事で乱されていたリズムも整ってきたけど…。

それでも…。

 

「まだ…経験の豊富なバンドマンは居たよね…」

 

トシキさん?何を言って…。

 

!?

 

トシキさんはあたしの隣に立っていた。

折原のギターを構えて…。

 

「志保ちゃん、俺がある程度のサポートはする。だから…歌うんだ」

 

歌う…?あたしが…?

 

「いきますよ。雨宮さん…」

 

「トシキ…お前…」

 

そしてトシキさんの演奏が始まった。

 

BREEZEを引退してからほとんどギターは触ってないって言ってたのに…。

確かに少し荒い部分もあるけど…。

すごく力強い演奏だ…。

これが…BREEZEのギター……。

 

「クッ…トシキ…!」

 

いける!お父さんを倒す…!

 

あたしは…久しぶりに歌った……。

 

 

「茅野…だ、大丈夫か?」

 

「うん、平気…。でも勝てなかったね…」

 

「ああ…でも…」

 

「僕達は負けなかった…」

 

「ハァ…ハァ…お父さん…!」

 

「志保……」

 

あたし達のデュエルは引き分けに終わった。

茅野先輩とトシキさんが加勢してくれなかったら……。

 

「雨宮さん…引いてください…」

 

「トシキ…いいだろう。久しぶりにお前の演奏を聴けた。それに免じてここは引いてやる」

 

「お父さん…!」

 

「Divalの雨宮 志保…お前は父親である俺が必ず倒す。それが嫌ならクリムゾンに来い。………待っている」

 

待っている……か…。

 

「クリムゾンの雨宮 大志!あんたは娘であるあたしが必ず倒す!」

 

「俺を倒すか…」

 

そしてお父さんはあたしに近付いてきた。

 

「大きくなったな。志保…。

胸は母さんには敵わないが…」

 

「は?喧嘩売ってんの?」

 

お父さんはどこからかもう1本のギターを取り出した。

 

「受け取れ。母さんのギターだ」

 

「お母さんの…?」

 

「お前のパフォーマンスを見ている限りでは力強さが足りん。技術に頼り過ぎだ。

俺の真似をしてレスポールタイプを使うより、若干だが軽くネックグリップの細いストラトキャスタータイプの方が向いているだろう。それにボーカルの水瀬 渚に合わせるなら高音域に強いストラトキャスタータイプの方がいい」

 

お父さん…何でそんな事を…。

 

「調整はしてある」

 

お父さんはそう言ってお母さんのギターを押し付けてきた。

あたし達Divalのイメージカラーでもある水色の…ギター……。

 

「お父さん…」

 

あたしはお母さんのギターを受け取った。

すごく綺麗に手入れがされてある。

お父さん…ずっとこのギターを大切にしてたんだね…。

 

「Ailes Flammeの内山 拓実」

 

「え?ぼ、僕?」

 

「お前はまだまだ技術がない」

 

「わ、わかってます…よ…」

 

「だからと言って自信を失くすな」

 

「…え?」

 

「技術がなくても今の精一杯を演奏しろ。オーディエンスが望むのはそれだ」

 

「今の精一杯…」

 

「俺も四響にはまだまだ技術では敵わん。上には上がいる。まだまだたくさんの上がな。だからといって自信を失くしたりしない。今やれる事を精一杯やるのがライブだ。

そして精一杯の演奏はオーディエンスにもまわりにも伝わる」

 

「は……はい!」

 

「Canoro Feliceの松岡 冬馬」

 

「な、なんすか?」

 

「ドラムはバンドにとって指揮者のようなものだ。お前のみんなを引っ張ろうとする姿勢、みんながついてこれていないと感じたら合わせにいく姿勢。見事なものだった」

 

「あ、ありがとう…ございます…」

 

「それなりに技術も高いがパフォーマンスが全然なっていないな。正確に叩く事を意識しすぎている」

 

「パ、パフォーマンス…?でも正確に叩く事は大事じゃないすか?」

 

「確かにそれも大事だが、正確に叩く事に意識しすぎて力強い音を出した方がいい場面でもこじんまりとして聴こえる」

 

「ダイナミクスコントロールもしっかりしてるつもりなんすけど…」

 

「もっと体を使って激しく叩く事を意識してみろ。もう1段階お前の演奏がバンドの雰囲気を良くするだろう」

 

「体を使って…激しく…か…」

 

「FABULOUS PERFUMEのナギ」

 

「は、はい!」

 

「お前の技術は高い。だが、まわりに合わせに行き過ぎだな」

 

「……」

 

「もっと自由にやりたいように演奏してみろ。お前の持ち味をドンドン前に出していくつもりでな」

 

「自由に……私の持ち味を…」

 

「evokeの折原 結弦に伝えておけ。

お前は技術が高いだけで走りすぎだ。

もっと対バンやデュエルの経験を積んで、まわりの演奏を見て俺に挑んで来いとな…。心が折れてなければだがな…」

 

お父さん…何でみんなに…アドバイスなんて…。

 

「トシキ」

 

「俺にもアドバイスですか?

雨宮さん…何を考えてるんです?」

 

「……海原(かいばら)が日本に戻って来るぞ。タカに伝えておけ」

 

海原?誰?

 

「か、海原が…!?」

 

足立(あだち)も15年経った今更また暗躍しているらしい。手塚(てづか)さんも動いているという噂も聞いた」

 

「足立はともかく…手塚さんは…。

ま、まさか雨宮さんの所属してる事務所って…」

 

「クリムゾンエンターテイメントだ」

 

「な!?何で!?寄りによって…!」

 

クリムゾンエンターテイメント。

クリムゾンミュージックのグループ会社の1つ。お父さんの所属してる事務所だ。

 

トシキさんは何でクリムゾンエンターテイメントの名前を聞いてそんなに驚いてるの?

クリムゾンエンターテイメントも確かに大きいけど、クリムゾングループには他にも大きい会社はあるのに…。

 

「そうだ。それより志保」

 

「な、何よ」

 

「先日俺は数日間家に帰ってたんだが、お前何日も帰って来なかったな?」

 

「急に父親面?今まで放っといたくせに?」

 

「今どこに住んでいるんだお前」

 

う~ん、ちょっと苛めてみるか。

どんな反応するかも気になるし。

 

「今あたしは彼氏の家に住んでんの」

 

「グハァァァァァ!!!!」

 

お父さん!?

 

お父さんは断末魔をあげながら吹っ飛んでいった。

 

「グ…グハッ…か、彼氏だと!?一緒に住んでいるだと!?」

 

「あ、いつかちゃんとお父さんに挨拶したいって言ってたよ」

 

「あ、挨拶だと…!?ゴ、ゴフゥ」

 

ものすごいダメージ受けてるなぁ。

なんか面白い…。

 

「ゆ、許さんぞ…忌々しいやつめ…!どこのどいつだ!?」

 

「お父さんも知ってるでしょ?貴だよ。葉川 貴」

 

「グハッ!」

 

そうしてお父さんは倒れた。

 

「あたしは倒した…お父さんを…雨宮 大志を…」

 

「いやいやいや、志保ちゃん!それはまずいよ!?貴くん捕まっちゃう…!」

 

「え?貴さんって雨宮と付き合ってんのか?」

 

「いや、茅野先輩も松岡さんも…これ雨宮さんの冗談だから…」

 

「志保ちゃん、さすがにはーちゃんと暮らしてるってのは無理があるよ…」

 

「な、なんだ…冗談か…。川の向こうで母さんが手招きしてるもんだから泳いで渡るところだった…」

 

あ、そんなにショックだったんだ?

へぇ~、何だかんだと娘として心配はしてくれてるんだ?

 

「ふぅ…ま、こんな形で倒したいわけじゃないしね…」

 

「志保…音楽で勝てないからと精神攻撃にもってくるとは…さすが母さんの娘だな…」

 

え?お母さんもこんな感じだったの?

 

「志保ちゃんは香保さんにほんと似てるよね…」

 

あたし…お母さんに似てるんだ…。

ちょっと嬉しいけど、ちょっと複雑かな?

あたしのお母さんのイメージって清楚で大人しい感じのイメージだったのに…。

 

「あたしは今はうちのボーカル渚と住んでるの。だから安心していいよ」

 

「水瀬 渚か…。良かった…タカにお義父さんと呼ばれるような事にならなくて…」

 

そう言って立ち上がったお父さんは、あたし達の方を見て『さらばだ』とかっこつけて帰っていった。

 

ずっとシリアスだったのに、まさかこんなオチになるなんてね…。

 

 

「さて、俺達も今度こそ本当に帰ろうか。疲れちゃったね」

 

「折原さん…大丈夫かな?」

 

「……」

 

「ずっとこんな感じだね…」

 

「取り合えず今はソッとしとくか」

 

そうだね。今はソッとしてた方がいいかな。

 

「あ、そだ。トシキさんのギター凄かったよね。さすがって感じ。

トシキさんももう一度バンドやってみたら?」

 

「あはは、さすがに無理だよ。今日もいっぱいいっぱいだったよ」

 

あたし達は他愛のない話をしながら民宿に戻った。

今日は本当に色々とあった1日だったなぁ。

 

あたしはトシキさんの運転する車の中でもずっとお母さんのギターを抱き抱えていた。


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