バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第9話 笑顔

「もう夜なのに外は暑いな…」

 

俺の名前は一瀬 春太。

ホテルの裏庭のような所で一人で考えている。

 

今日の昼間、俺達はクリムゾングループのバンドinterludeと会った。

 

interludeは、evokeの奏さんの事もBlaze Futureのまどかさんの事、Divalの事も知っていた。

栞ちゃんもイオリの格好をしていたらFABULOUS PERFUMEの事も知っていたのかもしれない。

 

俺達Canoro Feliceの事は知らなかったみたいだけど、渉くん達のAiles Flammeも名前は知っているようだった。

 

Blaze FutureもDivalも1度ライブをやっただけ…。Ailes Flammeはオープニングアクトをやっただけだ。

それなのにクリムゾングループに狙われている。

 

わかんない事だらけだけど、多分ファントムでライブをやっているからなんだろうな。

 

さっきの夕飯の時、渉くんもシフォンも奏さんもまどかさんも栞ちゃんも……東山さんですらクリムゾングループを倒すぞ!って意気込んでた…。

 

俺はこれからもずっと…出来る限りの時間をCanoro Feliceでバンド活動をファントムでやっていきたい。

そうなればクリムゾングループとの対立も避けられない。

 

俺は今日の渉くん達のデュエルを見て、俺はまだまだあんな風に歌えないけど、クリムゾンと戦う事になるなら戦おうと思った。俺達の好きな音楽でバンドをやる為に…。

 

でも、結衣や姫咲や冬馬を巻き込むわけにはいかない…。

きっとみんなも一緒に戦おうと言ってくれるだろうから…。

 

俺はCanoro Feliceのバンマスとしてどんな選択をするのが1番なんだろう。

 

Canoro Feliceとしてバンドを続けてファントムでライブをしてクリムゾングループと戦うか。

Canoro Feliceは続けてファントムから去るか。

Canoro Feliceを……解散するか…。

 

Canoro Feliceを続けてクリムゾングループと戦うっていうのは俺の我儘だ。

かと言って渉くん達やファントムのみんなを見捨ててファントムを去って別の所で活動を続けるなんて事もしたくない。

Canoro Feliceを解散は…絶対に嫌だ。

 

考えても考えても答えが出せずにまた考えるの繰り返し。

このあいだCanoro Feliceのバンマスは俺だってみんなに言われたばっかりなのに情けないな。

 

でも、だからこそ俺が決めなきゃ…。

 

 

 

頭ばっかり使って疲れてきたな…。

よし、少し踊って気分転換でもするか。

 

俺は鼻唄を口ずさみながら身体を動かした。

 

 

「ふぅ~…」

 

俺は一息ついた。

やっぱり歌って踊るのは楽しい。

でも、結衣のギター、姫咲のベース、冬馬のドラム。

Canoro Feliceの音楽にノッて踊ってる時の方がずっと楽しい。

 

「あれ?一瀬くん?」

 

「一瀬 春太!お前こんな所で何やってるんだ!?」

 

「まどかさん…栞ちゃんも…」

 

俺が一息ついているとまどかさんと栞ちゃんが浴衣姿で……散歩かな?

まどかさんの片手には缶ビールが握られていた。

 

「俺はちょっと考え事したくてね。散歩みたいなものかな」

 

「そうなんだ?豊永くんは?」

 

「奏さんは渉くんに負けるわけにはいかないって体力作りの為に走りに行きました」

 

「あはははは。熱い男だね~」

 

「まどかさんと栞ちゃんは散歩ですか?」

 

「いや、あたし達は~…」

 

「一瀬 春太!乙女の秘密を暴こうとするとはいい度胸だな!この変態!」

 

えぇ~…何でそうなるの……?

 

「栞が昼間の渉くん達のデュエルを見て、遊太に負けたくないって思ったらしくてね。

この辺ならドラムの練習してもいいってホテルのスタッフさんに聞いたから、ちょっと栞のドラムの練習をね」

 

「まどか姉は何をベラベラ喋ってるの!?」

 

そっか。シフォンのドラムも力強くて凄かったもんね。

シフォンの演奏が栞ちゃんに火を点けちゃったのか。

 

昼間の事があったのに…。

栞ちゃんは強いな。いつもは泣き虫なくせに。

 

「ぷっ…」

 

「なぁ!?一瀬 春太!お前今笑ったな!?」

 

「いや、ごめん。そんなつもりじゃなくてさ。ドラムの練習なのに乙女の秘密って…」

 

「むぅ~…」

 

栞ちゃんのドラムか…。

そういえば間近でちゃんと見た事って無かったなぁ。

この前ゲストで出してもらった時は俺達は控え室に居たし、路上ライブの時は栞ちゃんは演奏してなかったもんな。

 

「ねぇ、俺も見せてもらっていいかな?」

 

「いいわけないだろ!一瀬 春太!」

 

「うん、いいよ。一瀬くんも見ていきなよ」

 

「まどか姉は何を言ってるの!?」

 

えっ……と…。

 

「ほら、栞も一瀬くんにドラムの腕を見せつけるチャンスじゃん?」

 

「む!むむぅ…」

 

「ほら、練習始めて始めて」

 

「一瀬春太!特別だからな!心して聴けよ!」

 

「あ、あははは、わかったよ」

 

そして栞ちゃんがドラムの演奏を始めた。

 

小さい身体なのにしっかりと力強い演奏だ。技術も凄い。

これが栞ちゃんの…FABULOUS PERFUMEのドラムか…。

 

俺は栞ちゃんの演奏に圧倒されていた。

 

だけど…。

 

「う~ん…全然ダメだなぁ。気負い過ぎだよ…」

 

え?全然…ダメ…?

 

「昼間の遊太の演奏のせいなのか、クリムゾンに負けたくないって気持ちからなのか…」

 

こんなに凄い演奏なのに…?

 

「あ、あのまどかさん…」

 

「ん?何?」

 

「栞ちゃんの演奏…俺は凄いと思ってるんですけど、どこら辺がダメなんですか?」

 

「演奏の技術だけなら確かにすごいね。

さすがに場数踏んできただけの事はあるよね」

 

そしてまどかさんは『でもさ』って言って話を続けた。

 

「今の栞の演奏。全然楽しそうじゃないでしょ。技術うんぬんじゃなくて…なんて言えばいいかな?

そう!一瀬くんが今の栞の音に合わせてダンスするってイメージして聴いてみて!」

 

この栞ちゃんのドラムに合わせて踊る…?

よし、よく栞ちゃんの音を掴んで……と…。

 

俺は栞ちゃんの音を聴きながらどう踊るか、どうパフォーマンスをするかをイメージしてみた。

 

……

………

…………

……………ん?あれ?

 

確かに音に合わせて踊るだけなら出来る。

だけどなんていうんだろう?

楽しいって気持ちにならない…。

今の栞ちゃんの演奏は確かに凄いけど、踊りたい歌いたいって気持ちにならない…。

 

「はいはーい、栞~ストップスト~ップ」

 

「ん?何?まどか姉」

 

まどかさんが栞ちゃんの元まで演奏を止めに行った。

 

「栞の技術は大したもんだよ。うん、正直凄いと思う」

 

「でしょ?ボクだって伊達に2年もバンドやってないからね!」

 

「でも全然ダメだよ。いつもの栞の音の方があたしは好きだ」

 

「まどか姉?」

 

「あんた今楽しんでドラム叩いてた?」

 

「もちろんだよ!ドラム好きだし!」

 

「遊太に負けたくないとか。クリムゾンに負けたくないとか、そんな気持ちで叩いてない?」

 

「そ、そりゃそうだよ!ゆーちゃんももちろんクリムゾングループには絶対負けたくないし!

もちろんまどか姉や綾乃姉、香菜姉にも負けたくないよ!」

 

「もちろん負けたくないって気持ちも大事。でもね。そんな気持ちでドラムを叩いてたって、まわりのみんなには栞の楽しい気持ちは伝わらないよ」

 

「だからボクも楽しんで叩いてるって…!」

 

「だったら笑顔。笑顔で叩いてみな。

FABULOUS PERFUMEでライブをやってる時みたいにさ」

 

「わ、わかったよ…」

 

笑顔…笑顔か…。

そうだ。さっきの栞ちゃんはすごく真剣な顔つきでドラムを叩いてた。

もちろん真剣にやる事は大切だし、真剣にやらなくちゃいけない。

 

でも、ずっとそんな顔で演奏してても、まわりの人達には想いは伝わらないか…。

 

俺達もそうだ。

路上ライブをやってた時は笑顔で演奏出来てなかった。

でも、FABULOUS PERFUMEのゲストで演奏してた時は、楽しくて俺も結衣も姫咲も冬馬も自然と笑顔でやれていた。

 

あっ!

そういえばさっき夕飯前に俺と奏さんで渉くんと話してた時……

 

 

 

-------------------------

 

『江口、さっきのinterludeとのデュエル凄かったな。俺達のオープニングアクトをした時よりずっといい演奏だった』

 

『凄かったよ渉くん。俺も自然と身体が動きそうになったよ』

 

『ははは、奏さんも春さんもありがとうな!』

 

『ふっ、俺も負けていられないな。

江口、どんな練習方法を取り入れたんだ?あれから日にちも経っていないのにあんなにレベルが上がるとは…』

 

『練習?』

 

『俺もそれは気になるかな。

俺はボイトレのスクールに通ってるんだけどそれだけじゃ……って思ってて』

 

『俺は別に特別な練習なんかしてないですよ。Ailes Flammeのみんなとスタジオに入って歌ってるくらいですし』

 

『え?それだけ?』

 

『それだけって事はないだろう?

そんな事は俺はもちろん一瀬もしているだろうし、他のバンドだって…』

 

『う~ん、後はにーちゃんや英治にーちゃんに借りたライブDVD見まくったりとかかな?』

 

そして渉くんはこう続けた。

 

『ライブDVD見てるとさ。

かっこいいとかすげーって思うバンドばかりなんだよな。まぁ、当然なんでしょうけど』

 

まぁ、ライブDVDを出してるくらいなんだから、ほとんどのバンドがプロだろうしね。

 

『でも、俺が楽しそうって思うバンドの人達ってさ、みんな笑顔で楽しそうに演奏してたんだよ』

 

『笑顔で…楽しそうに?』

 

『ああ、思い返せばこないだのBlaze FutureとDivalの対バンでもさ。にーちゃんもねーちゃんも楽しそうに歌ってた。

だから俺も上手く歌おうとか考えるの止めて、楽しんで歌おうって意識するようにした。そしたら…』

 

そしたら…?

 

『世界が全然違って見えた。

失敗してもかっこよく出来なくても、俺は今が楽しい。もっと色んな事を思いっきりやりたいって思えたんですよ。

明日が楽しみになるっていうのかな?

明日ってのを信じられるっていうか』

 

明日を…信じる?

 

『今が最高に楽しくて。

まだ見たことのない明日、まだやった事のない明日、色んな明日が見えてくるっていうか…それも楽しみになって…』

 

『江口…お前の言ってた音楽の先の世界……か?』

 

『う~ん……そこはまだ難しいかも?

でも、それが俺の見たい世界なのかも知れないなって思います』

 

今が楽しいから…明日が楽しみに…。

 

なんか…そういうのっていいな。って思う。

 

-------------------------

 

 

そうだよ。

今が楽しいから笑顔になる。

明日が楽しみだから笑顔になる。

俺達演者は楽しんで演奏するから、みんなにもその楽しいって気持ちが伝わってみんなも笑顔になる。

 

はぁ~……。

やっぱり俺はまだまだダメだな。

最近は悩んだりしてばっかりで…。

 

「一瀬くん?」

 

「え?あ、はい。何ですか?」

 

「なんかさ。さっきあたしらが来た時、難しい顔をしてたから何か悩んでるのかな?って思ったけど…」

 

あ、俺そんな顔してたんだ…。

 

「今はスッキリした顔してるね。

栞の演奏を聴いて何か思う事あった?」

 

「あ、まぁ…。まどかさんの話を聞いて色々な事思い出しまして」

 

「あたしの話?」

 

「さっき栞ちゃんに笑顔でって言ってじゃないですか?

それって俺にも響いた言葉っていうか…」

 

「ふぅ~ん…。そっか。一瀬くんもクリムゾンとか色々あって悩んでたんだ?」

 

「……俺、クリムゾンには負けたくないって思ってました。

でも、Canoro Feliceのみんなをクリムゾンとの戦いに巻き込みたくないって気持ちもあって…。クリムゾンと戦わない道を選んだ方がCanoro Feliceにはいいのかな?って考えたり」

 

まどかさんは茶化したり口を挟んだりせず俺の話を真剣に聞いてくれていた。

 

「でも俺はCanoro Feliceとしてファントムでライブをやって行きたい。そう思ってます」

 

「いいんじゃないかな。それで」

 

「まどかさん」

 

「クリムゾンなんて関係ないよ。確かにデュエルを挑まれたり、楽しんでバンド活動をする邪魔はされるかもしれないけど……あたし達は誰が相手でも楽しんで音楽をやるだけ」

 

そうですよね。

楽しんでバンドをやる。

楽しいからバンドをやる。

それだけだったんだよね。

 

「それにさ?ファントムでバンドをしなくても、他のライブハウスでも一緒でしょ。クリムゾングループに入らない限りは目立てば狙われるだけだし」

 

「……そうですよね。あは、俺何を悩んでたんだろ。最近悩んでばっかりでバカみたいです」

 

「えいっ!」

 

「いへっ」

 

俺は鼻をまどかさんに掴まれた。

 

「全然バカみたいじゃないよ。

悩むって事はそれだけその事に対して真剣だって事でしょ。

悩むって事はバカな事じゃないよ」

 

まどかさん…。

 

そしてまどかさんは俺の鼻から手を離して…

 

「ほら、今の栞の演奏見て。

さっきとは違って笑顔で演奏してる。

見てて楽しそうって思うよね」

 

うん、確かにさっきより明るい感じっていうか…。聴いてる俺も楽しくなってくる。そんな演奏だ。

 

「誰よりも上手くなりたい。誰にも負けたくないって気持ちも大事だけどさ。

やっぱり人がついていくのって笑顔だからね」

 

今までもわかってた事なのに。

Fairy Aprilの葵陽も楽しそうに笑顔で歌ってた。

俺はそんな葵陽を見て、あんなにキラキラしたい。バンドをやりたいって思ったのに。

 

「ハァ…ハァ…まどか姉!一瀬春太!

どうだったよ!ボクの演奏は!」

 

「あははは。バッチリだったよ。

聴いてて楽しい気持ちになったよ」

 

「うん、俺も栞ちゃんの音に合わせて踊りたくなったよ」

 

「そーだろそーだろ!

やっぱりボクのドラムは最高だもんね!」

 

「栞ちゃん、良かったらもう1曲叩いてよ。俺も踊りたい」

 

「む!しょーがないな、一瀬春太は。

特別だからな!」

 

「うん、よろしく!」

 

そして栞ちゃんの演奏が始り、俺は栞ちゃんの音に合わせて踊りだした。

 

「やるな一瀬春太!これでもついてこれるか!?」

 

栞ちゃんの演奏が更に激しくなる。

俺のダンスも更に激しく…!

 

「うん!最高だよ栞ちゃん!」

 

最高だ。堪らないよ。

やっぱり音楽は…最高に楽しい!

 

 

「ハァ…ハァ…ン~~…!!

楽しかった!!」

 

「一瀬春太!なかなかやるな!ハァ…ハァ…ボクも…楽しかった!」

 

「二人共……最高だったよ、あたしも楽しかった!」

 

俺と栞ちゃんは1曲だけじゃ満足出来ず、そのまま2曲、3曲と演奏を続けた。

 

明日…結衣と姫咲と冬馬にクリムゾンの事、interludeとの事を話そう。

 

そして、俺はCanoro Feliceとしてファントムでバンド活動をやって行きたいって事と、一緒にクリムゾングループと戦ってほしいと伝えよう。

 

みんなの答えはわかってるけど…。

 

「うにゅ~……ドラム叩いて満足したからか眠くなってきた……。

ねぇまどか姉、今何時?」

 

「ん?あ、ちょっと待ってね」

 

まどかさんがスマホを取り出して画面を見た。

 

「うん…早く寝た方がいいかな。

英治からみんな宛に連絡きてたんだけどさ」

 

英治さんから?何だろう?

 

「明日…大事な話があるらしいよ。

会場に行く前にトシキの別荘にみんな集合だってさ」

 

「トシ兄の別荘?何時集合?」

 

「んと、9時集合…だって…」

 

9時?

南国DEギグの開場時間は13時からなのに…。何でそんな早くに…。

 

「えぇ!?お昼前まで寝てるつもりだったのに…」

 

「あたしが起こしたげるよ。

でも…大事な話って何だろ…」

 

英治さんからの大事な話…か…。

みんな集合ならCanoro Feliceのみんなもかな?

みんなと話すにはいい機会かも。

 

 

 

 

そして翌日。

俺達はトシキさんの別荘に集合した。

 

でもそこにはBlaze Futureの蓮見 盛夏さんは居なかった…。


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