「ふぅ~、さっぱりしたぁ~。お待たせ理奈!」
「おかえり渚」
私は氷川 理奈。
Divalというバンドでベースを担当している。
南国DEギグというギグイベントを見る為に南の島に来ていた。
……この南の島ってどこにあるのかしら?
今はホテルの一室で私達のバンドのボーカル水瀬 渚とゆっくりしていた。
私が先にお風呂に入らせてもらい、続いて渚がお風呂に入り、今渚がお風呂から出てきた所だ。
「悪いわね。私が先にお風呂入らせてもらって」
「ううん、全然いいよ!それより呑もう!」
「そうね」
私達のグループには未成年者もいるので、夕食の時はお酒を飲まず、部屋でゆっくり飲もうという事になっていた。
「そういや理奈と2人で飲むのって初めてだね」
「そうね。いつもは志保や香菜、奈緒も一緒な事が多いものね」
私達は缶ビールをあけて乾杯をした。
「あれ?そのお漬け物って昼にお土産屋で買ったやつだよね?あけていいの?」
「何を言っているの渚。これは今夜のおつまみ用に買ったのよ。
お土産用は既に自宅に宅配してもらったわ」
「あ、そうなんだ…」
・
・
・
私達は他愛のない話をしながら時間を過ごしていた。
でも…。
「それにしてもお酒もおつまみも2人で食べるには買いすぎたんじゃないかしら?」
「そうだね…さすがに2人じゃこの量は多かったかな?」
「そういえばカゴに食べ物いっぱい入れてたわよね?夕食の後だというのに」
「な、何を言ってるの理奈ったら!そんな理奈こそ戦乙女を3本も持って来てるのに缶ビールをカゴにいっぱい入れてたじゃん!先輩好きだもんね!ビール!」
「な、何でここで貴さんが出てくるのかしら…?」
そういえば渚の選んでた食べ物って貴さんの好物ばかりよね…。
やっぱりそういうことかしら?
「ほ、ほら!まだまだ夜は長いんだし!
じゃんじゃん食べてじゃんじゃん呑もう!」
「2人で?」
「も、もちろん!他に誰がいるの!?」
わかりやすいわね、渚は…。
まぁ、それは私もかしら。
「渚。不毛な争いは止めましょう。考えてる事はきっと一緒だわ」
今のうちに素直に言っておかないとこのままこの量を2人で片付ける事になりそうだしね。
「か、考えてる事は一緒って…」
「あら?違うのかしら?」
「わ、私は別に先輩の部屋に行こうとか思ってないよ!」
「そうなの?じゃあ2人で飲みま…」
「ごめんなさい。先輩の部屋に突撃しようと考えてました」
は、早いわね。
この子はまったく……。
「じゃあお酒とおつまみをまとめて貴さんの部屋に行きましょうか」
私達は大量のお酒と食べ物を持って貴さんの部屋に向かった。
「で、でも理奈も先輩の部屋に行こうと思ってたんだね」
「え?……ええ、聞きたい事があるから。渚は?ただ貴さんと飲みたいだけかしら?」
「私も…先輩に聞きたい事あるんだ…」
「そう……。なっちゃんを覚えてないのか?とかかしら?」
渚が貴さんに聞きたい事…。
多分それも私と同じなのかもしれないわね…。
「ち、違うよ!ちょっとそれも気になるけど…」
クスッ。なんだか今日の渚は素直ね。
でも…きっと私と同じ…未来ちゃんの…。
そんな事を話しながら渚と貴さんの部屋に向かっていた私達は…
「816号室……ここね」
貴さんの部屋の前まで来た。
私達が急に部屋に来たら嫌な顔をするかしら?
それとも私達の事だから部屋に来るとか予想してたかしら?
そんな事を思いながら、私は静かにノックした。
「反応ないね…」
「何をしているのかしら?まさかもう寝た?」
「え?でもまだ21時過ぎだよ?
………まさか!?部屋にひとりだからって有料チャンネルを観てるんじゃ!?」
「ありえるわね。もう1度ノックするわ」
私はもう1度ノックした。
だけど部屋から反応はなかった。
もしかしていないのかしら?
それとも本当に寝ている?
「う~ん、部屋からは何の物音も聞こえないね」
ノックをしてみても反応がないので、渚が貴さんに電話をしようとした時だった。
「あ?お前ら人の部屋の前で何してんの?なんか用か?」
私達が来た方向。
どこかに出掛けていたのか、貴さんはそこに立っていた。
「貴さんこそどこに行ってたのかしら?」
「私達は先輩と飲もうかな~ってお誘いに来ました」
「俺はちょっとな…知り合いに会いにな。
それより今から飲むのか?
お前らにも話あったしちょうどいいか…」
「せ、先輩やけに素直ですね…。『あ?断る。俺は寝たいんだよ』とか言うと思ったんですけど…」
「渚ん中じゃ俺ってそんなイメージなのな」
貴さんはそう言って部屋の鍵を開けて、私達を部屋に入れてくれた。
「ああ、俺の部屋シングルだからな。狭いからお前らベッド使っていいぞ」
「ま、まさか浴衣姿の私達を見てムラムラして…そ、そのままベッドに押し倒してくるつもりですか!?」
「いい度胸ね。返り討ちにしてあげるわ」
「お前ら何言ってんの?」
私と渚はベッドに腰を掛け、貴さんはイスに座って飲み会が始まった。
「それで?私達に話って何かしら?」
「ああ、明日なんだけどな。
朝の9時にトシキの別荘にみんな集合って事になった。なんか話があるんだと」
「トシキさんの別荘って…」
「だからみんなホテル前に8時集合な。姫咲んとこの執事さんがバスで送ってくれるから」
「8時集合……私起きれるかな…?」
「大丈夫よ。私が起こしてあげるわ」
それにしても元々はお昼に現地集合だったはずなのに…。
何かあったのかしら?
「お前ら以外にはさっき外出たついでに伝えてきた。お前らの部屋に行ったら誰もいなかったからどうしたのかと思ったわ」
「あ、もうみんなには伝えてきたんですね」
「まぁな。俺の話ってのはそんだけだ」
会話が止まってしまったわ…。
どうしようかしら?
「そういや先輩はさっきどこに行ってたんですか?知り合いって?」
渚、ナイスよ。
「あ?ああ、昔まだBREEZEやってた時にお世話になってた人にな……ちょっとした用事だ」
「どんな人ですか?男の人ですか?女の人ですか?」
貴さんが会いに行くって事は女性って事は考えにくいけど…万が一って事もあるわね…。
「ちょっとした用事って何かしら?相手は男性かしら?それとも女性?」
「何なの?何でぐいぐいくるの?
俺が女の子と会ってたら何?ヤキモチ?」
「これはセクハラで訴えられますかね?」
「冗談は顔だけにしてくれるかしら?」
「何なのお前ら…」
べ、別に女性と会ってたからって私には関係ないわけだし…。
いきなり変な事を言わないでもらいたいものだわ。
「で?女の子と会ってたんですか?」
「昔お世話になった人って言っただろ。じいさんだじいさん」
「まぁ、そんなところだと思ったわ」
「先輩だもんね~」
「ほんと何なのお前ら…」
やっぱりね。
まぁ、貴さんが女性と会うなんてありえるわけがないわ。
………。
考えてみたら今現在進行形で女性と会ってるわね。
美緒ちゃんともよくラーメンを食べに行ってるみたいだし…。
「それで?そのお世話になった方っていうのはバンドをやってた方なのかしら?」
「あ?いや、楽器職人のじいさんだ。名前くらい聞いた事あるんじゃねーか?
モンブラン栗田って人なんだけどな」
「モンブラン栗田ですって!?」
「え?誰それ?理奈も知ってるの?」
モンブラン栗田…。
父から聞いた事があるわ。
伝説の楽器職人…。彼の手掛ける楽器は演者の気持ちや想いを奏でる事が出来るらしい。
正直どういう事だかさっぱりわからないのだけど。
「モンブラン栗田…伝説の楽器職人よ。
楽器のリペアやカスタマイズも手掛ける人らしいわ。そして誰も彼の本名を知らない…。
ただの父の冗談だと思っていたのだけど…実在したのね」
「ああ、滅多に人前に出ないしな。実は俺も本名は知らん」
「え?モンブラン栗田って名前じゃないんだ?」
「ええ、何でもケーキはモンブランしか食べず、カフェに入ってもモンブランがメニューに無かったら何も注文せずに帰る……そういった事からついた通り名らしいわ」
「え?それ楽器関係ないじゃん?
通り名ってそんなものなの?あれ?」
「そんな伝説の職人と知り合いだなんて…さすがBREEZEといったところかしらね」
「つっても元々はトシキの知り合いなんだけどな。まぁ、トシキもモンブラン栗田の本名は知らんらしいが」
「てかさ。さっきから先輩も理奈も本名は知らんってさ?モンブランが好きだからモンブランでしょ?栗田ってのが名前じゃないの?」
「私のベースも是非見てもらいたいものだわ」
「あ?なら今度一応頼んでみてやろうか?見てくれるかわからんけど」
「もしよかったらお願いするわ」
「ねぇ?さっきの私の発言は無視なの?」
私も今のベースを使い始めてから、もうかなりの年月よね。
もちろん自分で手入れはかかさないけれどそろそろ限界だもの…。
モンブラン栗田…彼にリペアしてもらえるといいのだけれど…。
「あ、そだ。それで先輩はその楽器職人さんに会って何してたんですか?
もしかしてまたギター弾くんですか?
Fコードで引っ掛かるのに?」
「ちげーよ。俺が楽器なんか出来るわけねぇだろ。俺だよ?」
「奈緒に聞いたんですけどBlaze Futureってみんなソロ曲やるんですよね?
だから先輩もギターなり楽器をやるのかな?って思ったんですけど」
そういえば言っていたわね。
喉の事もあるから……なのかもしれないけど、奈緒や盛夏やまどかさんが歌うなら貴さんはその間何をするつもりなのかしら?
「ああ、あいつらちゃんと歌詞作ってんのかな?色々やりてぇライブ演出あるんだけどな」
「色々やりたいライブ演出…?
貴さんはみんながソロ曲をやっている時は何をするつもりなの?」
「DJ」
「え?先輩が…?」
「聞かなかった事にするわ…」
「え?何で?」
・
・
・
「いやー!楽しいね!やっぱり飲み会の時間はライブの次に幸せだよ~」
「そうね。まだ22時過ぎだものね。夜はこれからだわ」
「は!?22時過ぎ?もう22時過ぎてんの?」
「え?もう10時10分ですよ?なんか観たいアニメでもありました?」
「え?あ…いや、そういうわけじゃねぇけど…そか…」
どうしたのかしら?急にそわそわし始めたわね。
「この変態は何をそんなにそわそわしているのかしら?何かあるの?」
「い、いや別に…」
「先輩怪しいなぁ~」
「何がだよ…」
「存在そのものが怪しいわ」
「存在って……」
でも本当にどうしたのかしら?
「あの…先輩…」
「あ?どした?」
「さっきから…その…何で理奈の足を見てるんです?…通報しますよ?」
「ブホッ…!バ、バカお前何言ってんの!?」
「え!?キャッ!」
私はあわてて足を隠した。
「先輩の変態!!た、確かに理奈の足は綺麗だし浴衣の裾から出てるのが色っぽいけど、そんなにマジマジ見るなんて!」
「ちげーよ!見てねぇよ!」
で、でも…。
「そ、そんなに見たいのなら見たいって言ってくれれば……その…(ゴニョゴニョ」
「理奈も何を言ってるの?
先輩もダメですよ?女の子ってそういう視線に敏感なんですよ?」
「だからちげーって言ってんだろ!」
「先輩はこんな色っぽい理奈の足を見たくないと言うんですか!?それでも男ですか!?」
「いやいや、見たいか見たくないかならそりゃ見たいに決まっ………。いや、そうじゃなくてだな!」
「うっわ~…先輩、ごめんなさい。ドン引きです」
「見たいか見たくないなら見たいだなんて…その…えっと……どうしたらいいかしら?」
え、えっと…ど、どうしようかしら?
「だから違うって!お前らほんと飲み過ぎなの!?酔ってるの!?明日大丈夫!?」
「奈緒と盛夏とまどかさんにLINEしよ~っと」
「ちょ!待って!ほんと待って!!お願いします!
お前らの…その浴衣がちょっと…はだけてるから目のやり場に困ってだな…。
それで下を向いてただけだから…その…足を見てたわけじゃないんで…」
あ、そういう事だったのね。
びっくりしたじゃない…。
……って!え!?浴衣がはだけて!?
「わ!?わわわ!?せ、先輩の変態!!」
「だから俺が悪いんじゃないって……」
私と渚は焦りながら浴衣を整えた。
それなのに貴さんはまだそわそわしている様子だ。
…………よく見ると貴さんは時計とスマホを見ながらそわそわしている。
やっぱり時間が気になるのかしら?
「あの…やっぱり時間が気になるのかしら?」
「ああ……まぁ、あれだ。
いつもこの時間には奈緒から電話くるんだけど今日はないから…」
「「いつも?」」
「え?何?どったの?」
いつも?それはいつも22時頃になると奈緒と電話をしているって事かしら?
一体何の話をしているの?
何なの?この二人は付き合ってるの?
え?それはないわよね。
うん、ないない。ないわ。
「せんぱぁい。それって毎日毎晩奈緒と電話してるって事ですよね~?アハッ。
もしかして実は付き合ってるとかですカ?毎晩毎晩おやすみとか言い合ってるんですか?うわぁ、ラブラブですネ~」
「アホか…そんな訳ねぇだろ。仮に俺が奈緒に惚れて告ったとしても秒でフラれる自信あるわ」
奈緒に告白したら秒でフラれる……ね…。
………それはないと思うのだけれど。
「いつもってもこの夏になってからだ。
そんでさっきも話に出てた各々が曲を作るって話な。それのアドバイスとかのフレーズの感想聞かせてくれって話だ」
あ、なるほどね。そういう事だったのね。
「なぁんだ。それだけですか。つまんないなぁ。奈緒と先輩が付き合ったりしたらからかってやろうと思ってたのに~」
「他に何があんだよ」
急に笑顔になったわね渚…。
でも大事な事を忘れてるわよ。
奈緒には美緒ちゃんという作詩作曲している妹さんがいるのよ?
わざわざ貴さんに聞かなくても身近にアドバイスをくれる人は居るわ。
……ま、今は黙っていようかしらね。
それよりも…
「ただそれだけならそんなにそわそわする必要はないわよね?他に何かあるのかしら?」
「うっ……」
やっぱり何かあるのね。
「先輩。もう全部白状しちゃいましょうよ」
「そうよ。はぐらかされても気になってしまうわ」
「しゃーねーな……面白い話じゃねぇぞ?」
・
・
・
そして貴さんは話をしてくれた。
本来なら明日の朝に英治さんから私達に話すつもりだったらしい。
貴さんはギターのカスタムの為にモンブラン栗田の所までトシキさんに車で送迎してもらったようで、その時に英治さんも一緒に着いてきたようだ。
そこで貴さんは英治さんから反クリムゾングループ『SCARLET』の事と、元クリムゾングループの幹部である手塚さんの事、東山さん達の北のグループがクリムゾンのミュージシャン『interlude』に襲われた事を聞き、トシキさんからはクリムゾンのミュージシャン雨宮 大志。
志保のお父さんと出会った事を聞いたらしい。
志保も、西と北のグループのみんなも大丈夫なようなので安心はしたけれど…。
今すぐ出来る事なら志保と話がしたいわね…。
「んで、俺らは大丈夫だったが、もしかしたら南のグループもクリムゾンの奴らに会ってたりしてたら……って思っただけだ。
晴香はまだトシキの別荘に戻ってなかったからな…」
「わ、私!志保と奈緒に電話します!」
「…やめとけ」
そうね。貴さんの言う通りだわ。
今は……この件は話すべきじゃない。
「な、何でですか!心配じゃないんですか!?
ね?理奈も気になるよね?」
それはもちろんよ。
気になるかならないかなら気になるわ。
でもね渚…。
「私も貴さんと同意見よ。
気にはなるけれど…何を話すの?
志保にどう声をかけるつもり?
奈緒達にもどう声をかけるの?誰にも会わず、何もなかったのかも知れないのよ?」
「ど…どうって……」
渚の気持ちもわかるけれど…。
私達が本来は知るはずのない話を持ち出すのは…。
「でも…心配だよ…。志保と…奈緒の声を聞きたい…」
声を聞きたい…か…。
そうね。今の声を聞けばどんな気持ちでいるのか…。
そう、声よ。声を聞くだけでいいのなら…。
「そうね……渚。
それなら私は今お風呂に入っているから暇って事にして今何してる?とか他愛のない会話をしてみたらいいんじゃないかしら?声を聞いたら安心なのでしょ?」
「う、うん。やっぱり気になるし、私電話してくる!
先輩、理奈と二人っきりになったからって襲ったりしちゃダメですよ?」
「まだ死にたくないからな。安心して電話して来い」
「じゃ!行ってくるね!」
渚はそう言って部屋を出た。
さてと…。
「やっと二人っきりになれたわね」
「何なのそれ?Divalで流行ってんの?」
Divalで…?
なるほど。先日の旅行の時に志保もこんな事を言ったのね。
「んで?渚を部屋から追い出して何か聞きたい事あんのか?」
「追い出してって…人聞きが悪いわね。別にそんな風に考えてなかったわよ?
でも時間も限られてるでしょうし単刀直入に聞くわ。
あなたとセバスさんの関係。未来ちゃんの御守りを見てからのあなたの態度。それとSCARLETの事をどうするつもりなの?
私の聞きたい事はこの3つよ。返答に寄っては聞きたい事も増えるかも知れないけど」
「はぁ~……めんどくせぇ……」
そう言って貴さんはタバコに火をつけた。
「俺とあの執事さんの関係は、昔のバンドやってた時の仲間だ。あいつはすげぇベーシストだった。以上だ」
「そうなのね。では、セバスさんのバンド名を知りたいわ。BREEZEの仲間だったのなら私も会った事あるかも知れないわよね?」
「理奈も会った事はある。バンド名は……直接あいつに聞け。何で秋月グループの…姫咲の執事をしてんのか知らねぇけど…。何かあるんだろ。だから俺が色々話すわけにもな。それは俺が入り込むような事じゃねぇよ」
この男は……こういう事は律儀なのよね。
「わかったわ…」
「助かる。んで、未来の御守りだったか?」
「ええ、あなた未来ちゃんの御守りを見て……何かあったの?」
「たまたま昔に同じような御守りを持ってる仲間が居たからな。未来がそっくりな御守りを持ってたから驚いただけだ。特に深い意味はねぇよ」
昔の仲間……。
誰の事か聞いた所ではぐらかされるんでしょうね。
「……納得いったか?」
「納得いったと思う?」
「いや…」
「言いたくないのなら別にいいわ」
「………それでSCARLETの事だったな」
「ええ、何か悩んでる気がして」
「そうだな。……実を言うと迷ってる。
クリムゾンに狙われてる以上は後ろ楯はあった方がいいとは思う。
だけどそれで俺達が楽しいって思える音楽がやれねぇなら意味ねぇからな」
「そうね。それは私も同意見よ」
「でも……何とかなるんじゃねぇの?とは思ってる」
何とかなる?
「どういう事かしら?」
「今は…15年前とは違う。SCARLETはArtemisの矢じゃねぇし。
今はAiles FlammeもCanoro FeliceもDivalもいる。それに俺はBREEZEじゃねぇ。
Blaze Futureだしな」
「そう。それを聞いて安心したわ」
「あ?」
「昔の事を…Artemisの矢の事を引き摺ってるならどうしようかと思っていたから…」
あなたが昔の事と今を重ねて、私達の事まで背負ってほしくないもの…。
「全く引き摺ってない訳じゃねぇけどな。Artemisの矢の事も『あった事』なんだから消えるわけじゃねぇし。
けどそんな昔の事考えてたって前に進めねぇからな。あの時の事は俺の背景の話であって、俺達の背景じゃねぇし」
「そうね」
「まぁ…明日もうちょい英治から詳しく話を聞いて奈緒と盛夏とまどかと話し合ってだな。俺も嫌だけど手塚にも会ってみねぇとな。気になる事もあるしな」
気になる事…?
私達もしっかり話し合って決めなきゃいけないわね。
「聞きたい事ってそれだけか?別に渚の前でも聞ける話だったじゃねぇか」
「別に渚を追い出したわけじゃないと言ったじゃない。でもそうね。特にArtemisの…梓さんの話が出たわけでもないし、渚がここに居ても良かったかもね」
「あ?何で梓がここで出てくんだよ」
「あなたの事だからなっちゃんの前では梓さんの話はしにくいかな?って思っただけよ」
「……………知ってたのかよ」
そう言って貴さんは項垂れた。
「やっぱり渚がなっちゃんだって気付いてたのね。
そりゃそうよね。奈緒や私の事も覚えてたくらいだものね。このロリコンは」
「そりゃ……渚の親父さんとは何度か会ってるしな。水瀬って名字だしなっちゃんが渚って名前なのも、関東で就職したってのも聞いてたしな…」
まぁ、気付かない方がおかしいわよね。
「つまり…なっちゃんとの約束も覚えてるって事かしらね」
「にゃ、にゃにが?」
この反応…あの約束もしっかり覚えてるのね。
だったら今のうちに聞いといてあげようかしらね。
「それでその約そ…」
「たっだいまー!」
渚!?
早い!早いわ!今からあの約束の事を話そうと思っていた所なのに!
「おう、志保と奈緒とは電話出来たか?」
「志保は元気そうでしたよ」
「そっか。そりゃ良かったな。んで?奈緒は?」
「あー、なんか昼間に拓斗さんと会ってデュエルしたらしくて、負けてしまって盛夏が落ち込んでるそうですよ?」
「そっか。そりゃ良かっ……は!?今なんつった!?」
「だからぁ。昼間に拓斗さんに会って…」
「拓斗…に会っただと…?んでデュエルで負けた…?」
奈緒達は拓斗さんに会ったというの…?
何でデュエルなんかを…。
そして盛夏…大丈夫なのかしら?
「ってわけで先輩。今夜は寝かせませんよ?」
「は?お前何言って…」
「奈緒と香菜に頼まれましたから。
先輩が拓斗さんを探しに出ないように見張ってろって。盛夏は心配ですけど…」
でも奈緒と香菜も居るのにデュエルで盛夏を負かすなんて…。
さすがBREEZEのベースと言ったところね…。
「……しかし盛夏がデュエルで負けるとはな」
「そうね。盛夏のベースの技術も凄いものね。あの子の才にはいつも驚かされてるもの」
「ああ…盛夏はその時々に合わせた音を出せる。何でもそつなくこなせるって言うか…まさに天から授かった才能って感じだよな」
「確かに盛夏のベースって凄いですよね」
「そんな盛夏を負かすとはな…。
拓斗…か…。一体何者なんだ…?」
「はい?」
全く…この男は…。
「何を言ってるのよ。拓斗さん。あなたのBREEZE時代のベース担当でしょ。
もうそのネタはいいわ」
「うぅむ…。冗談抜きで話すと拓斗が盛夏に勝てるとは思えねぇんだけどな…」
「え?そうなんですか?」
そ、そうなの?
「拓斗も腐っても元俺の仲間だしな。贔屓目に見ても確かにベースの技術は高い。技術的には拓斗のがまだ上かも知れんが盛夏は特別だ…」
「そうね。先日のBlaze Futureとの対バンの時。盛夏とベースバトルをした時に思い知ったわ」
「え?盛夏のベースってそんな凄い感じ?」
「そうだな。例えばライブ前に盛夏のレベルが1で、相手のレベルが5だとしたら、一緒に演奏する事で盛夏はぐんぐんレベルアップするって感じだ。
ボクシングにミックスアップって言葉があるんだが、互いにどんどん相手に合わせて成長するっていうか」
「そうね。私にも盛夏とのバトルはいい刺激になったわ。
私自身も盛夏に引っ張られて自分が成長している実感があったもの」
「なるほど。つまり盛夏は演奏する度にどんどんハザードレベルが上がってるんだね」
「ああ、まぁそんな感じだ」
「でもだったら元々拓斗さんのレベルが高かったとか?」
「いや、それでも盛夏と拓斗だとな。それにこっちにゃ奈緒も香菜も亮もゆいゆいも居たわけだろ?
ベース一人に負けるとはな…」
「あー、なんか盛夏と奈緒と香菜で拓斗さんのバンドとデュエルしたらしいです」
「は!?拓斗がバンド!?」
拓斗さんもバンドをやっているというの?それなら貴さんや英治さんも噂話とかで耳にしそうなものだけれど…。
「なんか拓斗さんのバンド『も』拓斗さん以外女の子らしいですよ」
「なんだと!?
ってか何で『も』を強調するの?」
Blaze Futureも貴さん以外女の子だものね…。
「それで…?その…拓斗のバンドの女の子は可愛いのか?」
「さあ?そこまでは聞いてないです」
そこは気になる所なの?
「しかし拓斗がバンドをなぁ…。
しかも女の子ばかりと……。
チッ、あの野郎いっぺんシメてやろうか…」
あなたのバンドもそんな感じなのよ?
「それにしても何故拓斗さんは盛夏達とデュエルを…」
「私も詳しい経緯は知らないけどね。
明日また詳しく聞いてみようよ」
「そうね」
「とうとう俺のデンプシーロールを試す時がきたか…」
貴さんは何を言っているのかしら?
・
・
・
翌日
私達はセバスさんのバスでトシキさんの別荘に来た。
「それでは。私めはこれで失礼致します」
「じいや、ご苦労様でした」
「いや、待て執事さん」
バスで送ってくれた後、帰ろうとするセバスさんを貴さんが引き止めた。
「タカ様?何でございますかな?」
「お前も英治の話を聞いてけ。
きっとお前も聞いておいた方がいい」
「私は…
………わかりました」
私達はセバスさんも一緒にトシキさんの別荘に入った。
だけど…奈緒も香菜も晴香さんも居るのに…
そこには盛夏の姿は無かった。