バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第11話 苦悩

僕の名前は内山 拓実。

Ailes Flammeというバンドでベースを担当している。

 

BLASTというバンドのライブを見て、僕達もあんなライブをやりたい。

楽しんでバンド活動をやりたい。

 

そう思っていたけど、

 

今日僕達はクリムゾングループのひとつであるクリムゾンエンターテイメントのミュージシャン。

雨宮 大志と出会い、そして……レベルの違いを見せつけられた。

 

雨宮 大志とデュエルギグをした僕達は負ける事はなかったけれど、勝つ事も出来なかった。

 

雨宮 大志は去り際に僕達にアドバイスとも取れるような事を言ってくれたけど、僕達がバンドを続ける以上はあんなミュージシャンと戦い続ける事になるんだ…。

 

「茅野達遅いな…」

 

「そ、そうですね。女子のお風呂って長いですよね。あはは」

 

今僕に話し掛けてきたのはCanoro Feliceのドラム、松岡さんだ。

 

僕達は今旅館の部屋でゆっくりしている。

ここの旅館には露天風呂がついていたので夕飯前にみんなでお風呂に入ろうという事になった。

 

僕達男組はお風呂からあがったけど、女子組の雨宮さんと茅野先輩はまだお風呂から帰ってきていなかった。

 

「折原さんは…雨宮の親父さんに負けてからずっとその調子だな…」

 

「うん、お風呂の時は動いてましたけど部屋に戻ったらずっとこうですね…」

 

evokeのギターの折原さん。

雨宮 大志と一対一でデュエルギグをして完敗した…。

それからずっと俯いたまま何も喋らず、お風呂の時はしっかり頭も体も洗っていたけど、今は部屋の壁にもたれたまま俯いている。

 

「やっぱり雨宮さんのお父さんに負けちゃった事がショックだったんですかね?」

 

「いや、勝てるとは折原さん自身も思ってなかったみたいだしな。

圧倒的な差だった事がショックだったんじゃねぇか?」

 

圧倒的な差…か…。

 

「俺も…雨宮 大志の名前は知ってたし、すげぇミュージシャンだってのは知ってるけどな。

けど…まさかこんなに差があるとは思ってもいなかった」

 

「僕もです…。むしろ…雨宮さんや松岡さんの足を引っ張ってた気がします」

 

「あ?そんな事ねぇだろ」

 

「え?」

 

「お前ベース始めてまだ数ヵ月だろ?

その割には正確に弾けていたと思うぞ。

雨宮の親父さんも言ってたろ。技術なんか上と比べたらキリがねぇんだしな」

 

「ありがとう…ございます…。

でも僕はそれじゃダメなんです」

 

「あ?」

 

僕はそれじゃダメだ。

もっと…もっと技術を磨かないと…。

 

僕も亮にクリムゾングループと戦うって言ったんだから…。

 

 

 

「男共待たせたー!」

 

「遅くなってごめんね」

 

 

 

僕と松岡さんが話をしていると雨宮さんと茅野先輩がお風呂から帰ってきた。

 

「ごめんね、お腹空いたよね?」

 

茅野先輩が謝ってくれたけど別にそんな気にしてないのになぁ。

 

「じゃあ俺はフロントに電話して夕飯持ってきてもらうな」

 

ここの旅館は好きな時間に夕飯を部屋まで持ってきてくれる。

温めたりしないといけないから少し時間はかかるらしいけど、ゆっくり観光したい人にはありがたいよね。

 

「ん~?内山、折原はずっとこんな感じなんだ?」

 

「うん、もうずっとこんな感じだよ。

デュエルであんな差を見せつけられたら…ショックだよね」

 

「お父さんに負けたバンドマンは心が折れる…。バンドをそのまま辞めちゃうか、バンドマン達に恨みを持ってデュエルギグ野盗になるか…」

 

僕達も下手をしたらこうなってたかも知れないのか…。

 

「情けな。あれだけ『負けたくらいで心が折れるような弱小バンドなんか知らねぇ』とか言ってたくせに…」

 

「志保ちゃん…でも…確かにそうだよね。

折原くんは自分から志保ちゃんのお父さんに挑んだんだもん」

 

うわぁ…雨宮さんも茅野先輩も辛辣だなぁ…。

 

「折原がデュエルギグ野盗に堕ちるようならあたしがこの場で倒す。それもお父さんの娘であるあたしのやるべき事だと思うし」

 

雨宮さん…。

 

「お前ら……さっきから聞いてりゃ好き勝手ほざきやがって…」

 

折原さん!?

 

「お、起きたか折原」

 

「誰の心が折れてるだぁ?」

 

「ん?お父さんに負けてへこんでるんじゃなかったの?」

 

「んなわけねーだろ。テメェはバカか」

 

「バカですってぇ~…!!?」

 

「志保ちゃん落ち着いて」

 

折原さん…落ち込んでたんじゃないのかな?

 

「大体な。今のレベルで雨宮 大志に勝てるなんざ1ミリも思ってねぇよ」

 

「あたしは勝てるかもって思ってたけどね!

勝てなかったのは朝ごはん食べてなかったからだし!」

 

雨宮さん…それは無理があるよ。

僕らあの前にお昼ご飯食べたじゃん…。

 

「私も勝つつもりだったよ。

勝てなかったのは足の怪我のせいだし」

 

茅野先輩…まぁ、確かにそうかも知れないけど…。でもさ…。

 

「テメェらは揃いも揃ってレベルの違いもわからねぇバカなのか…」

 

「む!さっきまで俯いてた折原くんには言われたくないよ!」

 

「俺は落ち込んで俯いてたんじゃねぇ…嬉しかったんだ」

 

「嬉しかった?どういう事すか?」

 

松岡さんがフロントの電話を終えて折原さんに聞いた。

 

「あ、冬馬。電話ありがとうね」

 

「ああ、夕飯はすぐ用意して持って来てくれるってよ」

 

「それより…お父さんに負けて嬉しかったって何よ。あんたまさかM?」

 

「ちげぇよ。

確かに圧倒的な差を見せつけられて俺のレベルはまだまだだって思い知らされたけどな。

つまり俺の演奏はもっと技術を上げれる。

雨宮 大志のレベルに追い付く頃には俺はもっとすげぇギタリストになってる。

そう思うとな…嬉しさと楽しみで体が疼いてきやがった。それを抑えようとしてただけだ」

 

すごい…折原さんは…負けた事よりいつか雨宮さんのお父さんに追い付く自分を見てたんだ…。

 

「なるほどね。確かにお父さんに勝つ頃にはもっとすごいギタリストになってるはずだもんね」

 

「すごい努力と練習が必要だと思うけど、そうだね。私達も志保ちゃんのお父さんくらい……ううん、もっとすごいミュージシャンになれる可能性あるんだもんね」

 

「そうだな。俺も自分に足りない所もよくわかったしな。雨宮の親父さんに言われた事を意識して演奏してみるか」

 

「私も。もっと自分の味を出せるような演奏を意識してみる」

 

「それに…雨宮 大志は俺達evokeの事もお前らの事も知っているようだったしな。

これからはクリムゾンの奴らとデュエルする事もあるだろうな」

 

「そうでしょうね。雨宮の親父さんに勝つ為のレベルアップの相手にはちょうどいいかもすね」

 

みんな…すごいな…。

雨宮さんのお父さんにあれだけの差を見せられて。

そしてクリムゾングループにも狙われる事になるのに…。

クリムゾングループに負けるって事は…もうそのバンドで音楽をやれなくなるのに…。

 

Ailes Flammeでクリムゾンのバンドとデュエルしてもし負けちゃったら…。

渉も亮もシフォンも……僕も…。

 

 

嫌だ。

 

 

Ailes Flammeでずっと音楽をやっていきたい…。

 

 

心が折れたのは…弱いのは……

 

 

 

僕の方だ…

 

 

 

「お待たせしました~」

 

ハッ

 

「お、メシがきたみたいだな」

 

僕がAiles Flammeの事を考えていると旅館の人が夕飯を運んで来てくれた。

 

「ほら、内山も折原もご飯運ぶの手伝って」

 

僕は雨宮さんに言われるままご飯を運び、僕らの夕飯が始まった。

 

みんな和気あいあいと談笑しながら、すごく豪華な夕飯を喜んでいた。

 

 

だけど僕は上の空で…。

せっかくの夕飯の味も…わからなかった。

 

 

 

 

夕飯を食べ終わった僕達は、それぞれが好きに時間を過ごしていた。

 

折原さんはスマホを触ってゴロゴロしていて、松岡さんはヘッドホンを着けながらノートパソコンを開き譜面を見ている。作曲してるのかな?

雨宮さんと茅野先輩はファッション雑誌を見ながらあれが欲しいこれが欲しいと言い合っている。

 

僕は…。

 

「あれ?内山どしたの?どっか行くの?」

 

「あ、うん。せっかくだから夜風に当たって散歩でもして来ようかな?って」

 

「あ?ガキが夜に出歩くんじゃねぇよ」

 

「あはは、少しその辺りをまわるだけですし、旅館の明りで明るいから大丈夫ですよ」

 

そして僕は『行ってきます』とだけ伝えて部屋を出た。

 

部屋に居る間は明るく振る舞っていたけど、やっぱり怖いよ…。

クリムゾングループと戦う事になるのが怖いんじゃない。

誰が相手でも一生懸命楽しく演奏するつもりだ。

 

 

 

だけど…下手くそな僕のせいで負けて、渉達がバンドをやれなくなったら…。

みんなの夢を…僕のせいで…。

 

 

 

旅館の中庭に来た僕は、ちょうどベンチがあったのでそこに座ってベースを取り出した。

 

「みんなでAiles Flammeを続けたい。

みんなで誓ったんだもん。クリムゾングループとも戦いたい。

でも…負けてしまったら…」

 

僕はベースを取り出し弾いてみた。

 

今はベースの演奏も大好きだ。

絶対に辞めたくない。

負けたくない…。

 

「そうだよ。負けないくらいいっぱい練習して上手くなれば…」

 

いつ上手く弾けるようになる?

 

クリムゾングループはそれまで待ってくれる?

 

そんな訳ないじゃないか…。

 

「僕は…どうしたら…」

 

「下手くそなベースの演奏が聴こえるから何かと思えば…子供か…」

 

え?誰?

 

そこには男の人…20代後半くらいかな?

そんな人が立っていた。

 

っていうか下手くそな演奏とか失礼じゃない?そんなのわかりきってるのにさ。

 

「あ?もう弾かないのか?」

 

そう言ってその男の人は僕の隣に座った。

 

え?何?怖いんだけど…。

 

「……」

 

うわ!?めっちゃ見られてる!?

どうしよう!?

そろそろ戻りますって言って部屋に帰ろうかな…。

うん、そうしよう。

 

「あ、あの…」

 

「早く弾いてみせてくれよ。さっきの曲でいいから」

 

戻りますって言いづらくなったぁぁぁ!

 

うぅ…しょうがない…。

1曲だけ弾いて終わったら帰ろう。

うん、そうしよう。

 

「じゃ…じゃあ1曲だけ…」

 

僕はそう言って演奏を始めた。

うぅ…めっちゃ見てくるよこの人。

本当に何なの…?

 

 

「ふぅ…」

 

僕の演奏が終わると、その人は笑顔でこう言ってきた。

 

「さっきは下手くそって言って悪かったな。コードも正確に押さえられてるしな。いい演奏だった。

……ただ音に迷いがあるな。

下手くそに感じたのはそのせいかもな」

 

音に…迷い…?

この人は何を言ってるんだろう?

 

「俺もベースをやってんだけど、キミくらいの歳の時はまだ触ってすらいなかったし上手い方だと思うよ。もっと自信を持って弾けばいいさ」

 

この人もベースをやってるんだ…。

そして雨宮さんのお父さんと同じ事を言ってる…。自信なんか…持てないよ…。

 

「俺がベースを弾き始めたのは高校1年の頃だからなぁ…」

 

え?待って。ちょっと待って。

 

「あ、あの…すみません…。

僕…高校2年なんですけど…」

 

「へ?」

 

その人はキョトンとした顔で僕を見た後、大きな声で笑いだした。

 

うぅ…笑いすぎだし…。

 

「わ、悪い悪い。てっきり中学生かと思ってたぜ。あはははははは」

 

ま、まだ笑ってるし…。

確かに背もそんなに大きくないけどさ…。

 

「あ~…久しぶりに爆笑したわ。

……あ、わ、悪い。その…変な意味じゃくて自分の勘違いにな」

 

「いいですよ…別に…」

 

「しかし高校2年かぁ~。

で、キミはバンドやってんのか?」

 

「ええ…まぁ一応…」

 

「そっか」

 

普通に話し掛けてくるなぁ。この人。

部屋に戻りますって言いづらい…。

 

でも、最初の印象じゃ怖い人って感じだったけど、笑った顔とか優しそうだし悪い人じゃなさそうだな…。

 

「バンド始めてどんくらい経つんだ?」

 

どんどん質問してくるなぁ…。

でも一人で考えてても悶々とするだけだし…。

少しくらいお話しててもいいかな…。

 

「え……っと、バンドを組んだのは5月くらいです。学校の仲のいい友達がバンドをやり始めまして…それで僕もベースをやり始めてたっていうか…」

 

「は!?ちょっと待て…。キミベースをやり始めて3ヶ月くらいなのか?」

 

「え?ええ…まぁ…」

 

「まじかよ……驚いたな…」

 

え?どうしたんだろう?

何か変だったかな…?

 

「俺、さっきキミに迷いがあるって言っただろ?」

 

「え?ええ…」

 

「旅の恥はかき捨てってな。

俺もベースをやってる仲間だ。何か悩んだりしてんなら聞いてやるぜ?」

 

……え?

 

うぅ~ん…どうしようかなぁ。

旅の恥はかき捨て…か。

少しなら聞いてもらってもいいかな…。

面白い話じゃないけど…。

 

 

 

そして僕はその男の人に話した。

もちろん雨宮さんの名前とかは出さなかったけど。

 

僕達のバンドの事。

バンドが好きな事。

みんなでずっとバンドをやりたい事。

クリムゾンと戦う事になる事。

クリムゾンに負けたら…って悩んでいる事を。

 

 

「ふぅ~ん…またクリムゾン…か」

 

やっぱりベースをやってるだけあってクリムゾンの名前くらいは知ってるよね。

でも『また』ってこの人は言った。

 

『また』って事はこの人なのか周りの人なのか。

クリムゾンに関わりがあるんだろう。

 

「俺がキミくらいの頃…高2の時はそれなりにライブもしてたけどクリムゾンなんて影も形もなかったからな。

毎日が…楽しかったよ」

 

僕はその人の話を黙って聞いていた。

何か…聞かなきゃいけない気がして…。

 

「それでもな。失敗も多かったぜ?

客にはライブの途中で帰られた事もあったし、うちのドラムが客の女の子ナンパして大変な事になったり。

もちろん俺も演奏失敗して恥ずかしい想いをした事も泣きそうになった事もある」

 

ドラムの人がお客さんをナンパって……。

 

「俺らが大学になった時かな…クリムゾングループと戦う事になったのは…」

 

「クリムゾングループと戦ってた!?」

 

「……まぁあの頃は少しだけな」

 

この人は…昔にクリムゾングループと戦ってた時があったんだ…。

 

「…クリムゾングループと戦い始めた時はな。俺も毎日が怖かった。

俺は…当時は大学卒業したら真面目に就職して働いて、バンドをやってた事は学生時代の思い出ってつもりでいたんだ」

 

そうなんだ…。

学生時代の思い出とかでバンドをやる人も多いもんね。

 

「でも俺にはバンドに掛けた夢があった」

 

夢…?

バンドは学生時代の思い出ってつもりでやってたんじゃ?

 

その人は照れたように笑いながら僕に言ってきた。

 

「あはは、俺さ…俺のバンドのボーカルに心の底から惚れ込んじまってな。

かっこよくて優しくて…そして誰よりも厳しさを持ってる人だった」

 

え?優しくて厳しい?

優しいの?厳しいの?

 

「俺はどうしてもその人の歌を心を色んな人に見てほしくて…聴いてほしくて…。

何日も頼み込んでバンドに入れてもらったんだ。

俺をバンドのベースにして貰えた日は嬉しくてよ。妹とパーティーしちまったくらいだ」

 

その人はその頃の事を思い出すように笑いながら僕に話してくれた。

 

ボーカルの人に惚れ込んでバンドって…。

なんか亮を思わせる人だな。

 

「お…っと、話脱線しちまったな。

俺はそのボーカルをな。メジャーデビューさせたかったんだ。

ソロでもバンドでもいい。あいつをデビューさせて世界にあいつの歌を届けたかった。それが俺の夢だったんだ」

 

そんなにこの人には大切な人だったんだ…。でも…その人は今は…?

 

 

 

………僕はそこまで考えてひとつの仮定に辿り着いた。

 

 

 

この人が大切に想っていたボーカルさんは…

 

 

きっと…

 

 

クリムゾンに……

 

 

「話を戻すとな。クリムゾンに負けたらあいつはデビューどころか音楽すらやれなくなる。俺もずっとその事は…怖かったよ」

 

やっぱり…。

 

僕も同じだ。

渉や亮やシフォンが音楽をやれなくなったら…。

僕が…Ailes Flammeでいられなくなったら…。

 

「俺が失敗してクリムゾンに負けたら…。失敗しなくてもクリムゾンに負けたら…。

そんな事を毎日考えてた」

 

僕と一緒だ…。

 

「でもな…。そんな時にボーカルがよ。言ってくれたんだ。今思うとバカみたいな話なんだけどな」

 

 

------------------------------

 

 

『んー!今日のライブも楽しかったね。ギターソロにはまだ馴れないけど…』

 

『ああ!客の反応も良かったしな。

お前は歌詞間違えまくってたけどな』

 

『あ?うるせーよ。あれはあれだ。

今日のライブの限定バージョンだ。ライブだからこその演出だな』

 

その日もいつものようにライブをやって、みんな想い想いを語っていた。

 

でも俺はライブが楽しかったって感想より、今日はクリムゾンに挑まれなかった。って安心感しかなかった。

 

『ねぇ。俺お腹空いちゃったしさ。今日もファミレスで反省会する?』

 

『そうだな。今日の対バン相手のバンドに挨拶したら、来週のライブの予定だけスタッフの人に確認してファミレス行くか』

 

『あー、来週もライブやるもんね。

来週はデュエルするんだっけ?』

 

『あ、そういやそだったな。

相手はガールズバンドだっけか?

お前が勝手に決めてきたやつな』

 

『そう言うなよ。何度もデュエル申し込まれてた相手だしガールズバンドだぜ?

もしかしたら可愛い女の子がいるかも知れないじゃないか』

 

『女の子相手にデュエルかぁ…俺上手くギター弾けるかな?』

 

『まぁ、相手が誰だろうといつも通りやりゃいいんじゃねーの?

しかし、可愛い女の子がいたら…か。

どうしよう。俺もうこの若さで結婚かな?』

 

『お前は幸せそうでいいな』

 

『お前には彼女いるじゃねーか』

 

俺のバンドのメンバーは翌週に行われるガールズバンドとのデュエルについて話していたが、俺はその話には入る気になれないでいた。

 

『悪い…今日は疲れたみたいだ。

俺は先に帰らせてもらうわ』

 

『え?うん、大丈夫?気を付けてね』

 

『おう、またな。また来週の詳細はメールするわ』

 

『……悪いな』

 

俺はそう言って先に帰らせてもらい、家にも帰らず彷徨い歩いていた。

 

 

『よう』

 

ゴンッ!

 

俺が考え事をしながら歩いていると、何者かに頭を殴られた。

 

『イッテェなこら!誰だ!?』

 

『俺だ』

 

そこには俺のバンドのボーカルが立っていた。

 

『お、お前…反省会行ったんじゃねぇのかよ』

 

『あ?俺には反省なんかする事ねーからな。それよりお前こそ帰ったんじゃねぇのかよ』

 

『……ちょっと歩いてただけだ』

 

『大体お前最近元気ねぇじゃねーか。

ほんまどしたん?もしかして痔でも切れたか?』

 

『ちげぇよ』

 

『じゃあイボの方か?』

 

『そもそも痔で悩んでんじゃねぇ』

 

『って事は他の事では悩んでんのか』

 

『うっ…』

 

俺はその時に思った。

こいつは元気のねぇ俺を見かねて、話しに来てくれたんだろうなと…。

 

『お、お前には関係ねぇよ』

 

『そうか。俺には関係ないか。

でもそんな事はどうでもいい。何か悩んでんなら話せよ』

 

『だからお前には…』

 

『俺の性格知ってるよな?』

 

『チ、わかった。話す。話すよ』

 

『おう』

 

 

そして俺はボーカルに話した。

クリムゾンにビビっちまってる事。

もし負けてバンドを解散する事になるのが怖い事。

自分がミスをしたりしてデュエルで負けたら…俺のせいでこいつが歌えなくなったら…。と不安に思っている事を。

 

『長いわ』

 

『あ?だから話したくなかったんだよ』

 

『つーか、つまんねぇ事でウジウジしやがって。そんな気持ちで音楽やってても楽しくねぇだろ?知ってる?音楽って音を楽しむって書くんだぞ?』

 

『んな事はわかってるっつーの。

てか、俺にとっては大事な事なんだよ。つまんねぇ事じゃねぇ』

 

『つまんねぇよ。そんな悲しくなるような話は…』

 

そしてボーカルは俺の方を見て言った。

 

『そもそもな?クリムゾンに負けてバンド解散になったら再結成しちゃえばいいじゃん。

再結成しちゃいけないって決まりあんのか?そんな法律でもあんの?』

 

『は、はぁ!?』

 

『負けて解散してもまたバンドやりてぇって思ったら再結成したらいいんちゃう?バンド名の前にネオとか付けたりバンド名の後ろにツヴァイとか付けたりして』

 

こいつは何を言ってんだろう?って思った。

バカだとは思っていたが、ここまでバカとは思っていなかった。

 

でも…クリムゾンに負けてバンドを解散する事になっても、こいつはそう言ってまたバンドをやるんだろうな。って思った。

 

『お前な…そんな事がまかり通るわけねぇだろ…』

 

『え?そうなの?何で?」

 

何でって……。

そういや何でだ?

 

『ほ、ほらあるバンドは楽器を壊されたりよ…』

 

『あー、あーそれはムカつくわなぁ。

でもまたバイトとか頑張って楽器買えばいいんじゃね?』

 

『楽器買えばって…。

ほら、それにどっかのバンドの奴は腕を折られたとかよ…』

 

『それは暴力沙汰だな。僕すぐ警察行く。

それに腕が折れただけならまた治るだろ。治ったらまたバンドやりゃいいやん』

 

『治ったらって…』

 

『バンドを…音楽をやりてぇって気持ちがありゃいくらでもやれるだろ…。それが俺達だろ。何度でもやり直しゃいいさ』

 

 

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「そう言って笑ったあいつの顔を俺は今も忘れてねぇよ」

 

クリムゾンに負けてバンドを解散しても…音楽をやりたい気持ちがあれば何度でもやり直せばいい…か…。

 

「ふ、ふふふ…ボーカルさん面白い人ですね。なんか…渉に…僕のバンドのボーカルに似てる気がします」

 

「ははははは、そっか。キミのバンドもそんな奴がいるなら大変だな」

 

きっと渉もそう言うと思う。

そして…僕も楽しんで音楽がやりたい。

その気持ちは…きっとなくならない。

 

「俺はあいつのその言葉で吹っ切れたっていうか…。クリムゾンに負けても俺達なら何とでも出来るって思うようになった」

 

そうだ。そうだよ。

 

evokeのライブで前座をやらせてもらった時…僕達はコピー曲で失敗した。

だけど渉が思いっきり僕達の曲を歌って成功したじゃないか。

 

こないだのバイトの時もそうだ。

僕達の演奏は最高に良かったって、バイト先のオーナーもお客さんも喜んでくれた。

 

そして今日はクリムゾンのミュージシャンである雨宮さんのお父さんに負けはしなかった。

 

あはは。僕は何を悩んでたんだろう。

どの時も…僕はベースを演奏してた。

 

「キミも迷いはなくなったみたいだな」

 

「え?は、はい!」

 

「ははは、良かった」

 

そう言ってその人は僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「よし、俺はそろそろ部屋に戻るわ」

 

その人はベンチ立ち上り、旅館の方に歩いて行こうとした。

 

あ、待って…!ちゃんとお礼を言わないと…!

 

「あ、あのありがとうございました!

さっきのお話、僕も絶対忘れません!」

 

「おう、頑張れよ」

 

聞いても大丈夫かな…?

 

「あの…さっきの話のボーカルさんって…」

 

「あ?あいつか。

あいつは今もバカみてぇに歌ってるよ。

元気にな。あ、クリムゾンにやられたと思ってたか?」

 

「え?ええ…まぁ…」

 

そうなんだ。まだ元気に歌ってるんだ。

なんか安心したな。

 

「でも俺はもうあいつを歌わせるわけにはいかねぇ(ボソッ」

 

え?今何て言ったんだろう?

小声過ぎて聞こえなかったよ。

 

「じゃあな少年!」

 

そう言ってその人は今度こそ歩いて旅館に戻って行った。

だから僕はその人に聞こえるように大きな声で…

 

「あの…僕、内山 拓実っていいます!」

 

その人は立ち止まって僕の方を向いて

 

「拓実か…。俺と名前が似てるな。

俺は拓斗。宮野 拓斗だ。じゃあな」

 

 

え…?

 

 

拓斗……?宮野……拓斗……って。

 

 

英治さんやトシキさん…貴さんと同じBREEZEの……?

 

 

……って事はさっきの話のボーカルさんって貴さん!?

 

 

呼び止めようと思ったけど…。

僕はそれ以上拓斗さんに声をかける事は出来ず…旅館に戻る拓斗さんの背中をずっと見ていた…。

 

 

「ただいま」

 

「内山くん!もう!遅いから心配したじゃない」

 

僕は旅館の部屋に戻ってきた。

 

「俺と折原さんで探しに行こうかとも思ったんだけどな。入れ違いになってもって思ったしな」

 

「あはは、うん、心配かけてごめんね。

夜風が気持ち良くてさ」

 

僕はみんなに拓斗さんの事を言えないでいた。

言うにしたって何を言えばいいかわからないし…。

 

「内山?あんた元気ない?」

 

「そんな事ないよ。遠出しちゃったから疲れちゃったのかな?」

 

「あ、そういや内山が出てる間に俺に英治さんから連絡があってな」

 

英治さんの名前を聞いてドキッとした。

英治さん達には…拓斗さんがここに居る事を伝えた方がいいんだろうか?

 

「明日は急遽9時にトシキさんの別荘に集合って事になった。何か話があるんだと」

 

話…?何だろう?

何かあったのかな?

 

「ここはトシキさんの別荘に近いからな。トシキさんが迎えに来てくれるって言ってたけど俺達は散歩がてら歩いて向かう事にしたんだ。15分もあれば着くみたいだしな」

 

「そうなんだ?了解だよ」

 

「あたし達もせっかくだからこの辺散策してみたいしね」

 

「そういう訳だ。今朝は早かったしな。

明日寝坊するわけにもいかねーからそろそろ寝るぞガキ共」

 

そう言って折原さんは布団の中に入っていった。

僕も休んだ方がいいかな。

 

トシキさんに迎えに来てもらうんじゃなくて僕達は歩いて向かうなら調度いいや。

 

英治さんの話を聞いてから…

拓斗さんの事を話すか決めたらいいかな。

 

僕も布団に入り…眼を閉じた。

 

 

 

 

翌朝。

僕達西のグループがトシキさんの別荘に着いた時には既に他のグループのみんなは到着していた。

 

だけど貴さんとトシキさんの姿は無く、みんなざわざわしていた。

 

どうしたんだろう?

 

「なんかみんなざわついてるね」

 

「どうしたんだろ?貴もトシキさんも…盛夏もいない?奈緒はいるのに?」

 

本当にどうしたんだろう?

 

僕は渉を見つけたので声をかけてみた。

 

「渉!おはよう!みんなざわついてるけどどうしたの?何かあったの?」

 

「おお、拓実か。おはよう。

何かな盛夏ねーちゃんが居なくなったとかでな」

 

盛夏さんが?

 

「夜には戻ります。心配しないで下さい。って書き置きがあったらしいんだけどさ…。それでにーちゃんとトシキにーちゃん達が探しに行ってんだよ」

 

「そ、そうなんだ。心配だよね」

 

「お、みんな揃ったみたいだな。

盛夏の事も心配だとは思うがみんな集まってくれ。大事な話があるんだ」

 

英治さんがみんなに声を掛けて、僕達はテーブルに着いた。

 

「でも…本当に盛夏さんどうしたんだろ?」

 

渉にソッと声を掛けた。

 

「ん?ああ、何でもな。

昨日、盛夏ねーちゃんと奈緒ねーちゃんと香菜ねーちゃんで、BREEZEの拓斗って人とデュエルしたらしくてな」

 

え?

 

拓斗さんと…盛夏さん達がデュエル…?

 

「それで負けちまったらしくてな。

盛夏ねーちゃんの…ベースがな…」

 

盛夏さんのベースが…?

何で?拓斗さんってあんなに気さくで優しい感じの人だったのに…。

 

昨日の夜に会った拓斗さんはそんなひどい感じの人じゃなかった。

だけど盛夏さんは…。

 

僕は…拓斗さんの事を話せないまま英治さんの話を聞いた。


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