バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第12話 宮野拓斗

「みんな落ち着いた?」

 

「……」

 

「あ、あははは。

今日はこの晴香お姉さんの奢りだよ。さ、みんなじゃんじゃん食べてじゃんじゃん呑もう!

あ、未成年組はお酒はダメだからね?」

 

あたしの名前は雪村 香菜。

あたし達南のグループのみんなは、晴香さんに連れられて居酒屋に来ていた。

ゆっくり話すなら個室の方がいいだろうって事で…。

 

今は晴香さんと秦野くんと藤川さんが適当に注文した料理と、あたし達の前にはビールが並んでいる。

でも…今は飲む気分じゃないかな…。

 

そう言えばいつも元気な結衣も大人しくしてる…。何かあったのかな?

 

「ゆ、結衣さん、これ美味いっすよ。どうすっか?」

 

「うん…美味しいね。ありがとう秦野っち」

 

「な、奈緒さん。これ美味しいですよ。ちょっと食べてみません?」

 

「あ、うん…麻衣ちゃんありがとう…」

 

 

 

それから誰もしばらく話さなかった。

 

どれくらい時間が経ったんだろう?

 

しびれをきらしたのか晴香さんがあたし達に聞いてきた。

 

「兄貴に…会ったんだよね?

デュエルで負けたって…どうしてそんな事になったの…?」

 

盛夏はずっと俯いたままで、奈緒も今にもまた泣き出しそうだ。あたしも…口を開いたら泣いてしまいそうで…何も言えなかった。

 

「晴香さんのお兄さんは…香菜ぽん達に会いに行ったんだよね?架純がそう言ってたから…」

 

さっきまで大人しかった結衣が口を開いた。架純って誰だろ?拓斗さんの仲間…?

 

「香菜ぽん…あのね…」

 

そう言って結衣は話をしてくれた。

 

結衣の昔のアイドルグループBlue Tearの友達と会って、その時にした話の事を。

 

「そして架純が私達に会いに来たのは、晴香さんのお兄さんが奈緒ちん達に会いに行く為の時間稼ぎだったんだって言ってて…」

 

「兄貴は奈緒と盛夏に最初からデュエルを挑む気だったのかも知れない。だから、邪魔されないようにユイユイの友達を使ってあたし達を足止めしたのかも…」

 

盛夏はずっと俯いたままだ。

でも奈緒は少し落ち着いたのか、ビールで少し口を潤してから言った。

 

「晴香さん達を足止めしようとしてたのは…そうかも知れません。

でも…私達にデュエルを挑んでくるつもりだったのかは…わかりません」

 

「え?でもデュエルを…」

 

「もちろん最初からデュエルをするつもりだったのかも知れません。

でも…デュエルを挑んだのは私達ですから…」

 

「え?どういう事…?」

 

「それは…拓斗さんは…わた…し達を…」

 

奈緒はまた泣きそうになり言葉を詰まらせた。

言いにくいよね…奈緒も盛夏も…。

 

「えいっ!」

 

あたしは大きな声を出してみんなの注目を集め、目の前のビールを一気に飲み干した。

 

いい子は一気飲みなんかしちゃダメだよ?

 

「奈緒…あたしから話すよ。

言いにくいでしょ。奈緒は特に」

 

「…!………………ごめん」

 

そしてあたしは晴香さんの方を見て

 

「少し長くなりますけど…最初から話しますね」

 

 

 

 

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あたし達は晴香さん達と分かれた後、

盛夏がチェックしてたお店をまわる為に商店街の方へ向かった。

 

そこにはたくさんの露店も出てて、食べ物だけじゃなくて色んな面白いお店もあった。

 

「おお~。奈緒~香菜~、南国パフェだって~。あれ食べた~い」

 

「さっきの南国クレープも美味しかったもんね。うん、食べよ食べよ♪」

 

「で、でもこのネーミングセンス何とかなりませんかね?南国って付ければいいってわけじゃ…」

 

あたし達は食べ歩きを楽しんでいた。

 

少し歩き過ぎたあたし達は、南国ソフトクリームを食べながらカフェのテラスでゆっくりしていた。

 

「およ?」

 

そう言って盛夏はカフェの側に出てた露店の方へとフラフラと歩いて行った。

 

「ん?どうしたの盛夏。あんまりはしゃぎ過ぎちゃダメだよ?転んで怪我でもされて貴にHなお仕置きされても困りますし」

 

「こ…これは…!」

 

「盛夏?どしたん?」

 

「あたしはこれを食べなければいけない!」

 

その露店で売っていたのは北国モンブランケーキだった。

何で南国なのに北国ってネーミングついてんの?

その違和感が盛夏の興味を惹いていたんだ。

 

「むっふっふ~。残り4つだったから全部買っちゃった~。奈緒と香菜も食べる?」

 

「え?いいの?ありがとう」

 

「盛夏が食べ物を奢ってくれるって珍しいね。明日は雨かなぁ~?」

 

「ふっふっふ、盛夏ちゃんは優しいのだ。ま、あたしが2個食べるんだけどね」

 

あたし達がそんな話をしていると…

 

「なんじゃって~!?完売じゃと~!?」

 

変なおじいさんが露店の前で膝をつきながら叫んでいた。

 

「バ…バカな…。何故…何故なんじゃ!?

ワシがこの北国モンブランをどれだけ楽しみにしていたか…!

半年前にここで露店が出ると聞いて毎日毎日通い詰め……やっとその露店を見つける事が出来たのに…!!

完売!?何で完売!?マジありえないんだけど!?チョベリバって感じー!」

 

このおじいさんに関わっちゃいけない。

あたしの直感はそう働いていた。

 

だけど盛夏はそのおじいさんに近づいて行き…

 

「おじーさんおじーさん。そんなにここの北国モンブランを食べたかったの?」

 

「む?なんじゃお嬢ちゃんは?

ま、まさかワシの心の叫びが聞こえたのか?

ハッ!ま、まさか…お嬢ちゃんテレパスか!?」

 

あたしはこれはまずい。本格的にまずいと思った。

 

「あ、あわわわわ…貴にHなお仕置きされる…」

 

奈緒もそう思ったようだった。

 

「うぅん。普通に声出してましたよ?」

 

「まじでか」

 

「そんな事より~。北国モンブランそんなに食べたかったの?」

 

「まぁのぅ。この北国モンブランは南国のここではなかなか食べれないものじゃし。冥土の土産に食べてみたかったのぅ…」

 

そして盛夏は北国モンブランを取り出しておじいさんに差し出した。

 

「冥土の土産ってのは縁起悪いから~。

あたし2個あるから1個あげる~」

 

「い…いいのか?遠慮なんかせんぞ?貰っちゃうぞ?」

 

「どうぞどうぞ~」

 

おじいさんは盛夏から北国モンブランを

受け取り、そのままかぶりついた。

 

「ウマ!ウマママ!ウマー!」

 

「良かった~。あたしも食べよ~っと。

うん、美味しい~」

 

「北国モンブラン…ひと口食べただけで口の中に広がるこの…」

 

あ、ここはちょっと長いから省くね。

 

北国モンブランを食べ終わったおじいさんは光悦の表情でその場に佇んでいた。

 

あたしと奈緒は今がチャンスだと思い、盛夏の腕を掴んで引っ張った。

 

「ほら行くよ盛夏。まだまだ色んなの食べたいでしょ?」

 

「うん、食べたい~」

 

「じゃあ行こうか。盛夏は次は何を食べたい?次は私が奢ってあげるよ」

 

「おお~、奈緒に奢ってもらえるのか~。何にしよっかな?」

 

あたし達はその場から急いで離れようとした。

 

「待たれよお嬢ちゃん達!」

 

だけどおじいさんにあたし達は呼び止められた。

 

おじいさんはあたし達に…盛夏に近づいて来て盛夏の顔を両手で掴んだ。

 

「ふむ」

 

え?まさかこのまま盛夏にチューでもするつもり?

あたしがそう思った次の瞬間。

 

「お嬢ちゃん…やっぱり良い眼をしておるな」

 

「ふぉうぇ~?」

 

そしておじいさんは盛夏の顔から手を離して、次は盛夏の手を握った。

 

「おお?おじーさんどうしたの?」

 

「………お嬢ちゃん。ベースをやっとるのかね?」

 

「「え?」」

 

あたしと奈緒は驚いた。

このおじいさん、すぐに盛夏がベースをやってるってわかるとか何者なんだろう?って。

 

「困った事があったらここに来なさい。

北国モンブランの恩にワシの精一杯で報いよう」

 

おじいさんは盛夏に何か名刺のような物を渡してその場から去っていった。

 

あたしと奈緒が困惑していると盛夏は

 

「あ!あたし次は何かしょっぱい物が食べたいかも~」

 

さっき貰った名刺のような物をそのままポケットに突っ込んで何事も無かったかのように、あたし達の食べ歩きは再開された。

 

 

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「あ、あの香菜さん…?」

 

「ん?秦野くん何?」

 

「あ、えっと…今の話…拓斗さんは関係あるんすか?」

 

「え?いや?ないよ。拓斗さんと会うのはもうちょっと後かな…」

 

「あの…香菜さん…」

 

「麻衣ちゃん?どうしたの?」

 

「あ、いや…えっと…」

 

秦野くんも藤川さんもどうしたんだろう?

 

「せいちゃん…優しいねぇ…優しいねぇ…」

 

結衣は感動して泣いているようだ。

 

「あのさ香菜」

 

「晴香さん?どうしました?」

 

「あ、えっとね。悪いけどさ。

話してくれるのは兄貴と会った所からでいいかな?って思って…」

 

え?そう?

 

「そこからで大丈夫ですか?」

 

「いや、大丈夫って言うか聞きたいのはそこからかなって…」

 

「わかりました。それじゃ拓斗さんと会った所から…」

 

 

 

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あたし達は食べ歩きもそれなりに楽しんでお腹いっぱいに………。

あたしと奈緒はお腹いっぱいになっていた。

 

「あははは、今日はめちゃ食べたよね~。お腹いっぱいだよ」

 

「ホントだよね。体重計が怖いな~」

 

「え~?あたしはまだ食べ足りない~。もうちょっと満喫したいよ~」

 

「もう少ししたら晴香さん達と合流して晩御飯じゃん。少しはお腹休めないと」

 

「そうだよ盛夏。私お土産とかも見たいんだよね」

 

「おお!夜食用?」

 

「違うよ!もう…ホントに盛夏………は……?」

 

「ん?奈緒?」

 

あたし達の進んでた方向。

そこは道路になっててさ。

ガードレールに腰を掛けてる人が居たんだ。

さっきあたし達が晴香さん達と待ち合わせしてた所だよ。

 

「な、何で拓斗さんがこんな所に…居るの…?」

 

その人がBREEZEの宮野 拓斗さんだって最初に気付いたのは奈緒だった。

 

「よう。佐倉 奈緒ちゃん、蓮見 盛夏ちゃん。こんにちは。

そっちに居るのは雪村 香菜ちゃんかな」

 

「拓斗さん…ですよね…」

 

「お、さすが俺らのファンだったってだけあるね。奈緒ちゃん」

 

拓斗さんは奈緒の事だけじゃなく、盛夏の事もあたしの事も知っていた。

 

「ほえ~。あの人がBREEZEの拓斗さんなんだ~?何でこんな所に?南国DEギグ?」

 

「キミ達を見掛けたのはたまたまだったんだけどさ。ちょうどいいから話をしようと思ってね」

 

「話…ですか…?」

 

大好きなBREEZEのベーシストに会えたのに、奈緒は怯えていた。

それ程に拓斗さんは笑顔だけど冷たい声をしていた。

 

「ああ。実はね。

Blaze Future解散してくれないか?」

 

「「「え!?」」」

 

「ははは。やっぱりそんな反応になるよな」

 

Blaze Futureを解散…?

何で急にそんな事を…?

 

「な、何でですか?いくら拓斗さんのお願いでもそれだけは…」

 

「Blaze FutureもDivalもクリムゾングループにもう目を付けられている」

 

クリムゾングループに!?

あ、あたし達Divalも…?

 

「ほえ~。あたし達もうそんな有名なんだ~?まだライブも1回しただけなのに~。さすがあたしだ~」

 

「な、何で私達がクリムゾングループに目を付けられているんですか?」

 

「英治のやってるファントムな。あそこは前々から目を付けられていたんだ。

そこでブレイクしているFABULOUS PERFUME。最近上り調子のevoke。

そして元BREEZEのTAKAがバンドを再開した。

それだけじゃない。Divalにはあの雨宮 大志の娘、元charm symphonyの理奈、デュエルギグ野盗狩りをしていた英治の弟子のドラマーがいる」

 

志保や理奈ちだけじゃなくてあたしまで!?

 

「クリムゾングループにとってファントムはまだ脅威ではないけど邪魔なんだよ」

 

確かにパーフェクトスコア以外の音楽を認めようとしないクリムゾングループにはファントムは邪魔なんだろうけど…。

 

「お話はわかりました。

ですけどそれで何でBlaze Futureを解散って話になるんですか?

ごめんなさい。そのお話はお断りさせて頂きます」

 

「あたしもお断りしま~す。

Blaze Future楽しいですし解散したくありませんし~」

 

「よし、ならこうしよう。

タカや英治から俺の事聞いてるだろ?

俺はずっと音信不通で行方知れずになったって」

 

「え、ええ。まぁ…。それで何でこんな所に居るのか不思議ですけど…」

 

「俺はBREEZEが解散してからもずっとクリムゾンと戦ってたんだ。

もちろんこうして俺がここに居るって事は今まで負け無しだぜ?すげぇだろ?」

 

「クリムゾンと戦ってた…?ずっと…?

それって貴や英治さんは…晴香さんは知ってるんですか!?」

 

「多分な…」

 

多分…?

いや、きっとタカ兄も英治先生もトシ兄も晴香さんも知っているんだ。

だから拓斗さんは連絡を絶ってたんだろう。

 

「それってもしかして…Artemisの梓さんの敵討ちとかそんなのですか…?」

 

奈緒の口から梓さんの名前が出てびっくりした。

まぁ奈緒も梓さんを知っていても不思議じゃないんだけど敵討ちってどういう事…?

 

「梓の敵討ち…か。何でそう思う?」

 

「……梓さんはクリムゾンに殺された。

そういった噂が流れた時期があると聞いた事がありまして。

それで拓斗さんはその噂を信じて…って思ったんですけど…」

 

「クリムゾンに恨みはある。そして俺には探しモノがある。だからクリムゾンと戦っている。梓の事故は関係ないよ」

 

「そう…ですか。それなら…」

 

「しかし…梓が殺された……か。

タカや英治から梓の事を聞かされていないんだな…」

 

タカ兄や英治先生から梓さんの事を…?

確かに2人から梓さんの事を聞いた事はないかな。あんまり話す機会がないからしょうがないのかも知れないけど…。

 

「話を戻すけどな。奈緒ちゃんと盛夏ちゃんとまどかちゃんかな?キミ達はBlaze Futureを続けたらいい。

タカを脱退させて新しいボーカルを加入させて楽しいバンドをやればいい」

 

「なっ!?」

 

「嫌で~す。あたしは貴ちゃんとしかバンドをやる気はありませ~ん」

 

「タカ兄を脱退って…何で?拓斗さんはタカ兄に恨みでもあるんですか!?」

 

「タカはもう歌わせるわけにはいかねぇんだ。だからそうしろ。

その代わりと言っちゃなんだが、これからキミ達の音楽をクリムゾンが邪魔しようとしてきたら俺が守ってやる。クリムゾンは俺達が蹴散らしてやるからよ」

 

「わ、私達…クリムゾンから逃げながらバンドをやるつもりはありませんので…。

それに私も貴以外のボーカルとバンドをやるつもりはありません」

 

「そ、そうだよ。Blaze Futureのまわりにはあたし達Divalだけじゃない。ファントムには他にもすごいバンドがいる。みんなで戦えば…」

 

「すごいバンド…?

こないだのBlaze FutureとDivalの対バンは俺も観させてもらった」

 

!?

拓斗さん…あの対バンの日ファントムに観に来てたの?

 

「楽しいライブだったと思うよ。下ネタのないタカのMCも斬新で良かったとは思う」

 

「え?下ネタ…?」

 

「貴ちゃん、昔のMCは下ネタばっかりだったのかぁ~」

 

「え?嘘…。ちょっと待って下さい?わ、私のかっこいいライブだったってBREEZEのイメージが…」

 

「でもそれだけだ。

タカの声も昔とは全然違う。あの透き通ったような声は…無くなっていた。

そしてタカの隣に似つかわしくない下手くそな演奏…」

 

「へ、下手くそって…そりゃ私はまだまだ下手くそですけど…盛夏もまどか先輩も…」

 

「カッチーン!下手くそってなんだー!

おじさんはアレですか?ようはあたし達に貴ちゃんを取られてヤキモチですか~?」

 

おじさん!?

盛夏…ホントに怒ってるのね。

 

「それもあるな…。もうタカの隣には俺以外のベースは認めねぇ。特にお前はな」

 

「むむむむむ!残念でした~。

もう貴ちゃんの隣には美少女ベーシスト盛夏ちゃんが居ますので~。

あたし達は解散もしませんし貴ちゃんを脱退もさせません。

お話は終わりですか~?それではお引き取りを~」

 

「あ?」

 

「せ、盛夏…?」

 

おおう、盛夏ホントに怒ってんだね~。

まさか盛夏がこんな事言うなんて…。

 

「タカのあの声で…お前らの下手な演奏でクリムゾンと戦っていけると本当に思ってるのか?」

 

た、拓斗さんももしかして怒ってらっしゃる?

さっきまで口調は優しかったのに、『キミ達』から『お前ら』に変わっちゃったし…。

 

「思ってま~す。貴ちゃんの隣には一生あたしがついてますので安心して帰って下さい。あたし達相思相愛のボーカルとベースですので」

 

「え?盛夏?相思相愛ってボーカルとベースとしてって事だよね?そうだよね?」

 

「バカもここまで来ると金メダル級だな。相思相愛のボーカルとベースとはまさに俺とタカの事だ」

 

「な、何をー!」

 

え?あ、え?相思相愛ってボーカルとベースとしてだよね?うん、まどか姉や渚が喜ぶようなお話じゃないよね?

ほら盛夏も喜んでないし。

 

あ、そうだよ。晴香さん言ってたじゃん。拓斗さんは梓さんの事が好きだったって。あ~、焦ったぁ~。

 

「しょうがねぇな。そろそろ時間も無さそうだし…これ以上話す必要もねぇ。

最初の予定通り…Blaze Futureは俺達で潰す」

 

なっ!?Blaze Futureを潰す!?

 

「覚悟しとくんだな。タカも居る時…Blaze Futureが揃った時に俺達がお前らを潰す」

 

「何でそこまで貴が歌うのが嫌なんですか!?」

 

そして拓斗さんは何も言わずそのまま帰ろうとしたんだけど…。

 

「Blaze Futureを潰すつもりならあたしも容赦しないですよ~?

って言うか~。今ここであたしとデュエルして行ったらどうですか~?」

 

「あ?」

 

盛夏は拓斗さんを呼び止めてデュエルギグを申し込んだんだ…。

 

「あたしが勝ったら貴ちゃんの前ではBlaze Futureを潰すとか歌うのを辞めろって言わないで下さいね?」

 

「じゃあ俺が勝ったらどうする?お前のベースをこの場で破壊してもいいか?」

 

「オッケーです」

 

「や、止めなよ盛夏。これは貴にも相談した方がいいよ?」

 

「そうだよ盛夏。もし負けたら…。今でもずっとクリムゾンと戦ってるくらいなんだから相当なレベルだよ?」

 

「大丈夫大丈夫~。盛夏ちゃんは天才だから~」

 

「お前…本当にわかってデュエルを挑んできてるんだろうな?」

 

「なんですか~?怖いですか~?

あたしに負けちゃったら貴ちゃんの隣はあたしの方が相応しいってなりますもんね~?」

 

拓斗さんを挑発するようにデュエルを申し込む盛夏。すごく怒ってるんだなって思った。

あたしはそれでも盛夏を無理にでも止めるべきだった。

 

「上等じゃねぇか。その挑発に乗ってやるよ」

 

そう言った拓斗さんはまるで吸い込まれるような闇の色と言えばいいのかな?真っ黒のベースを構えた。

 

盛夏と拓斗さんのデュエルギグが今始まろうとしていた。

 

だけどその時…。

 

「拓斗。いつまで待たせるの?」

 

「まだBlaze Futureの子と話しとるん?」

 

2人の女の子が拓斗さんの隣に来た。

志保くらいの歳の女の子と関西弁の可愛らしい女の子だ。

 

「ああ、悪いな。こいつらが素直に言う事を聞いてくれなくてな」

 

「拓斗くんの言う事は聞いておいた方がええよ?怒ると怖いで~?」

 

「そう?拓斗は優しいと思うけど?」

 

拓斗さんの仲間かな?

もしかして今の拓斗さんのバンドメンバー?

 

「盛夏。ほら拓斗さんの仲間も来たみたいだしあたし達ももう行こう?」

 

「そうだよ。早く晴香さん達に合流しよ?」

 

「ダメ。ダメだよ。

あたしは拓斗さんと貴ちゃんを会わせるわけにはいかない」

 

「な、何でよ。タカ兄がちゃんと拓斗さんと話した方が…」

 

「貴ちゃんは歌うのが大好きだもん。

昔の友達から…歌うなって言われるのは辛いと思うから…だから貴ちゃんの前ではそんな事言わせるわけにはいかないよ」

 

盛夏…。そこまで考えてたんだ…。

 

「盛夏…貴の為に…」

 

「ねぇあんた達」

 

志保くらいの歳の女の子があたし達に声を掛けてきた。

 

「拓斗と今からデュエルするんだって?」

 

「そうで~す」

 

「なるほどね。私は拓斗のバンドのキーボード。観月 明日香(みづき あすか)っていうの。あんた達も3人、私達も3人、3対3でデュエルしましょう」

 

3対3でデュエル!?

……でももしかしたらあたしや奈緒が居た方が盛夏は…。

 

盛夏のベース技術はすごい。

あたし達とBlaze Futureの対バンの時、理奈ちとベース対決をした時の盛夏の音はすごかった。

盛夏は誰かとセッションするとぐんぐん音が良くなる。それなら勝機は…。

 

「明日香!テメェ何を勝手言ってやがる!これは俺と盛夏の…!」

 

「ん、拓斗くんは黙っとき。

明日香には明日香の考えがあるんやろ」

 

「どう?私達とデュエル。

あなた達が勝てば拓斗には葉川 貴に何も言わせない。約束する」

 

あたしは盛夏の方を見た。

 

「奈緒…香菜…。巻き込んでごめん」

 

「盛夏…。謝らないで……」

 

奈緒はギターを取り出した。

奈緒もきっと盛夏と同じ気持ちではあるんだ。

 

あたしもドラムを出して演奏の体勢に入った。

 

「そう…。ならデュエルしようか」

 

明日香って子がキーボードを取り出し、関西弁の女の子がドラムを出して…。

拓斗さんはベースをベースケースに入れた。

 

「拓斗?何をしているの?

今からデュエルだよ?ベースを…」

 

「わかってる」

 

拓斗さんはデュエルの為に用意していたベースをしまい、どこからかもう1本のベースを取り出した。

 

「……本気で潰しにいくぞ」

 

そう言った拓斗さんの手には、さっきまで持っていた闇のような黒いベースじゃなく、鮮やかな明るい黄色のベースを取り出し構えた。

 

 

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「黄色のベース!?」

 

晴香さんの大きな声にびっくりしてあたしは話すのを止めた。

 

「晴香さん、黄色のベースに何かあるんすか?」

 

「黄色のベースは…兄貴がクリムゾンと戦う時にだけ使ってたベースなんだ」

 

「クリムゾンと戦う時だけ?何でそんな…」

 

秦野くんも驚いたんだろう。

今までの話を静かに聞いていた晴香さんが黄色のベースってだけで声を荒げたんだから…。

 

「モンブラン栗田…。みんなこの名前知ってる?」

 

モンブラン栗田…?

そう言えば昔に英治先生に聞いた事がある。

すごい楽器職人で楽器のカスタムからリペアまでしてくれるとか?

彼の右に出る職人は居ないとかなんとか…。

 

「ん~?モンブラン栗田?可愛い名前だね!」

 

結衣は元の調子を取り戻したかな?

 

「聞いた事ありますよ。

モンブラン栗田…誰も彼の本名は知らない伝説の楽器職人。彼の手掛ける楽器は演者の想いを音にして奏でてくれるとか…」

 

「あ、私も軽音部の先生から聞いた事あります!元々はベース職人でモンブラン栗田さんのベースは100万円以上するとか!」

 

100万!?

そんなすごい楽器職人なの!?

って、その楽器職人がどうしたの?

 

「うん。秦野くんと藤川さんの言う通り。モンブラン栗田はすごい楽器職人なんだ。

そしてあの人には最高傑作ともいえる7本のベースがある。

それぞれ虹の色を与えられたiris(イリス)ベース」

 

虹の色を与えられた?

まさか拓斗さんの黄色のベースって…。

 

「赤色の『花嵐(はなあらし)』、橙色の『虚空(こくう)』、黄色の『晴夜(せいや)』、緑色の『雷獣(らいじゅう)』、青色の『雨月(うげつ)』、藍色の『狭霧(さぎり)』、紫色の『雲竜(うんりゅう)』の7本。

その内の2本はクリムゾンに奪われたらしいんだけど、黄色の『晴夜』は兄貴に。橙色の『虚空』はArtemisの澄香に託されたんだ」

 

 

拓斗さんの持っていた黄色のベースってそんなすごいベースなの?

 

「名前はリボーンのボンゴレリングから取って付けたらしいんだけどね」

 

いや、晴香さん…その情報はいらないですよ…。

 

「拓斗さんがそんなすごいベースを…?

香菜さん!それでどうなったんすか!?話の続きは!?」

 

「あ、うん。それであたし達はデュエルで負けちゃったんだけど…」

 

「いや、そうじゃなくて…あの…」

 

 

 

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「これが俺達とお前らの差だ。

お前らのレベルでクリムゾンと戦う?笑わせるな」

 

あたし達は拓斗さん達に負けた。

それなりに戦える自信はあったのに、まるで歯が立たなかった。

 

「何でお前らが負けたかわかるか?」

 

あたしにはわからなかった。

技術的にはそんな差があったようには感じなかったし、何より盛夏はデュエルをしながらどんどん上手くなっているようにさえ感じてた。

 

「お前らには覚悟も想いも足りねぇんだよ」

 

覚悟…?想い…?

 

「特に奈緒と香菜。お前らはこのデュエルを避けられるなら避けたいと思いながらデュエルをしていただろ?」

 

!?

確かに…あたしはこのデュエルはしたくなかった。でもそれって普通じゃないの?

こんな潰しあいのデュエルなんて…。

 

「俺は絶対にタカを歌わせたくない。って想いがある。重みが違うんだよ」

 

違う…。あたしは…あたしと奈緒は確かにこんなデュエルは避けたいと思ってたかも知れない。でもタカ兄を辞めさせたくないって気持ちは…!

 

「さあ…盛夏。ベースを破壊させてもらおうか…」

 

…やらせない。あたしの想いや覚悟が足りなくてこのデュエルに負けたんだとしたら盛夏のベースは…。だったらあたしのドラムを!

 

「やらせません」

 

奈緒…?

 

「私は確かに…拓斗さんとデュエルをしたくないと思っていたかも知れません。

いえ、それ以前に貴に相談すれば何とかしてくれる。そう思っていたかも知れません」

 

「ほう…」

 

「だから…盛夏のベースじゃなくて私のギターを破壊します。負けたのは盛夏じゃないから」

 

「………そうか。

……お前のギターも盛夏のベースも破壊しなくていい。お前のその目。本気の目だからな。次にBlaze Futureとしてのお前らとデュエルするまでの貸しにしててやる」

 

「拓斗さん…?」

 

「良かったなぁ。ほなうちらは帰るわな。拓斗くん、明日香帰ろか」

 

「良かったね拓斗が優しくて」

 

そう言って3人が帰ろうとした時だった。

盛夏は…

 

「フン!」

 

バキッ!

 

自分のベースを地面に叩き付けて破壊した。

 

「せ、盛夏…?」

 

「あんた…何やって…」

 

「お前…自分のベースを…。な、何やってんだ!?破壊しなくていいって言っただろ!」

 

「あたしは…」

 

盛夏は自分で壊したベースの破片をひとつひとつ拾い上げてベースケースにしまいながら

 

「あたしは…自分のベースを破壊すると約束した」

 

「だからその約束は次のデュエルまで…!」

 

「破壊してもまた買い直せばいい。

破壊してもまた修理したらいい。

そう…思ってた…あたしにも覚悟は足りなかった」

 

「お前…」

 

「ごめんね…あたしの勝手で壊しちゃって。

そしてありがとうね。今まであたしと音楽をやってくれて」

 

盛夏…。

盛夏は全ての破片をベースケースに入れて、ベースケースを抱き締めて謝っていた。

 

「バカ野郎が……!」

 

そして拓斗さんは行くぞと言ってその場から去ろうとした。

でも明日香って子があたし達に近付いて来て言った。

 

「あんた本当にバカね。

楽器に思い入れがあるなら…破壊しなけりゃ良かったのに」

 

「……」

 

「そのバカさ加減に免じて教えてあげるわ」

 

あたし達はデュエルで負けちゃった事より、明日香って子が言った事が何よりもショックだったんだ。

 

「拓斗が葉川 貴に歌わせたくない理由。

それはね…」

 

「おい…明日香!」

 

「葉川 貴の喉はまだ治っていないから。

いいえ、むしろ悪くなってる。あの人はまた手術が必要になってるの」

 

「え?貴の…喉が…?」

 

「貴ちゃんが…?手術…?」

 

「明日香!そいつらに言う必要は…!」

 

「私のバンドにも喉を痛めている子がいてね。私が付き添いで病院に行った時、そこに葉川 貴がいた。

写真でしか見た事ないけどあれは間違いなく葉川 貴だった」

 

「明日香!」

 

「拓斗…この子はベースを破壊した。だからその覚悟に報いて教えてあげなきゃ。

覚悟だけじゃない。想いも拓斗には負けてたんだって」

 

「嘘…ですよね?貴の喉が治ってないなんて…」

 

「嘘じゃないわ。

受付の看護士さんにこう言っていたわよ。

『手術の日程をのばして下さい。11月に大事なイベントがあるのでその後の日程で手術の相談をさせて下さい』ってね」

 

タカ兄が…?

手術しなきゃいけない?

それを11月のファントムギグの為に先送りにしてるの…?

 

「看護士さんには怒られてたみたいだけどね。拓斗は葉川 貴にバンドを辞めさせて早く手術をさせたいの。それが拓斗がBlaze Futureを解散させたい理由」

 

「明日香…。余計な事をべらべらこいつらに話しやがって…」

 

「ね?拓斗は優しいでしょ?

あんた達にはそんな事を知らずにいさせてあげたかったんだって。

それで拓斗は悪者になっても葉川 貴に歌を辞めさせようとしていたの」

 

「貴…私が…バンドやろうなんて…言った…か…ら…」

 

「貴ちゃんが……」

 

あたしも目の前が真っ暗になった気がした。

タカ兄の病がどんなのかは知らないけど…。喉の事はちゃんと完治したって言ってたのに…。

 

ファントムギグの為に先送りになんかしたら…今度こそ…もしかしたら…。

 

「それを踏まえて……どうするのか考えなさい」

 

 

 

 

-------------------------------------

 

 

「タカが…手術…?」

 

コクン

 

奈緒が何も言わず頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。貴さんの喉はちゃんと完治したって聞いてますよ!?」

 

「うん、そのはずだよ。タカが手術した時はあたしも英治もトシキもお見舞いに行ってるし、手術は大成功したって聞いてる。何かの間違いじゃないの?」

 

あたしもタカ兄が手術をしたのは知ってるし、まどか姉や遊太達とお見舞いにも行ってる。

遊太と栞はずっと泣いてたけど…。

 

「もしかしたら…また歌い始めたせいで再発したのかもしれません。私が…バンドをやろうって言ったせいで…」

 

「わかった。その事はあたしからさりげなくタカに聞いとく。だから奈緒と盛夏もあんまり気にしちゃダメだよ」

 

~♪~♪

 

ん?どこからともなくBREEZEのFutureが流れてきた。

 

「あ、電話だ。英治から…?」

 

どうやら晴香さんに英治先生から電話が掛かってきたようだ。

晴香さん着メロをFutureにしてるんだね。

 

「英治ならタカの事知ってるかも…」

 

晴香さんは電話をスピーカーにしてみんなに聞かせてくれた。

 

「もしもし?英治?」

 

『もしもし晴香。お前どこに居るんだよ。もうすぐ9時半だぞ?』

 

「うん、みんなで晩御飯食べてんだ」

 

『お?じゃあ今みんな一緒に居るのか?

じゃあ明日なんだけどな、急で悪いんだが9時にトシキの別荘に集合する事になったって伝えてくれないか?』

 

「あ、うん、わかった。伝えておくよ。

それより聞きたい事があるんだけどさ」

 

『あ?聞きたい事?』

 

「タカが手術するって話、英治は知ってる?」

 

『………誰に聞いた?』

 

「やっぱり…ホントなんだ…」

 

タカ兄は本当に手術しなくちゃいけないんだね…。何でタカ兄がそんな事に…。

 

『まぁ、そんな心配する事はねぇだろ。気にすんな』

 

「気にすんなって…そんな事出来るわけないじゃん…また歌えなくなったら…」

 

『は?歌えなく?何言ってんだお前』

 

「奈緒と盛夏もすごく気にしてる。奈緒は私がタカにバンドをやろうって言ったせいでって…すごく落ち込んでる」

 

『はぁ!?奈緒ちゃんと盛夏ちゃんも知ってんのか!?』

 

「うん…ちょっとそんな話を聞いてさ…」

 

晴香さんは拓斗さんの事を話さなかった。今は拓斗さんの事は言わない方がいいって思ったのかな。

 

『はぁ……まじかよ。

んー、まぁあれだ。タカが歌えなくなるって何でそう思ったのか知らねぇけど大丈夫だよ。奈緒ちゃん達にもそう言っとけ』

 

「英治!」

 

『な、何だよ…いきなりでけぇ声出すなよ』

 

「教えてよ…タカは…何でまた手術を…」

 

『奈緒ちゃん達も居るんだろ?言えるわけねぇだろ。タカにしばかれる』

 

「貴は…やっぱり私達には知られたくないんですね…うっ…うぅ…」

 

奈緒は泣き出してしまった。

自分の大好きな人が、自分がバンドをやろうって言ったせいで…。

きっとすごく辛いよね…。

 

「英治…奈緒達の気持ちもわかってあげてよ。タカの喉の事…みんな心配なんだよ」

 

『あ!そうか!そういう事かよ!

タカが歌えなくなるとか何言ってんだ?って思ってたけど、お前タカの手術って喉の事と思ってんのか』

 

え?今…何って?

もしかしてタカ兄の手術って喉じゃないの?

 

「ちょっと待って?タカって喉にまた何かあったんじゃないの?だから手術するんじゃないの?」

 

『いや違うぞ。タカが手術するのは喉じゃねぇ』

 

「貴が手術するのは…喉じゃ…ない?

ならどこの手術を…?」

 

奈緒は安心したのか泣き止んだけど、それでも心配そうな顔は隠しきれていなかった。

 

「英治、教えて。タカは何の手術するの?」

 

『だから気にすんなって。奈緒ちゃんと盛夏ちゃんにも歌えなくなるような事はないから安心するように言っとけ』

 

「あたし明日の朝三咲さんに英治に襲われたって泣きついてもいいんだよ?」

 

『よし、教えてやるからそれはやめような』

 

「うん、わかった。約束する」

 

『でも絶対に奈緒ちゃん達には言うなよ?適当にごまかしとけよ?もちろんタカにも言うなよ?

どうしよう…俺が喋ったってバレたらしばかれる…。あ、ちびりそうになってきた』

 

「それも約束する。あたしは絶対に何も言わない」

 

スピーカーで電話してるもんね。

晴香さんがわざわざ言わなくても英治先生から直接聞けるもんね。

 

『わかった…。タカの病名はな…』

 

みんな息を飲んで英治先生の言葉に集中した。

 

『痔だ』

 

「「「「「「「は?」」」」」」」

 

「ご、ごめん英治。よく聞こえなかった」

 

『だから痔だよ、痔。

でっけぇのが出来たらしくてな。もう手術しねぇと治らねぇんだと』

 

痔…?痔なの!?

だって明日香って子は喉って…!

 

「英治…嘘だったらひどいよ?」

 

「嘘なわけねぇだろ。これが嘘だったらタカにしばかれるだけじゃすまねぇだろ。

ちょっと前に初音が奈緒ちゃんにタカは痔ですって言った事あるんだけどな。

まさかそれが本当になるとはな。大爆笑だよな」

 

「で、でも明日香って子は喉を痛めてるバンドメンバーの付き添いの時って言ってたよね?」

 

「うん、そう言ってたよね…」

 

あたしと奈緒で話していると晴香さんが英治先生に聞いてくれた。

 

「でもさ?喉の病院で見たみたいな話もあるんだけど…?」

 

『喉の病院?あ、あれじゃねーか?

タカが喉の手術した病院あんだろ?あそこ総合病院じゃん?だからそのタカを見たって人は勘違いしてんじゃねーか?』

 

そう言えばタカ兄が手術した病院は大きい総合病院だったし、咽喉科だけじゃなくて外科も内科も…皮膚科や肛門科とかもやってた気がする…。

 

「え、英治さん!本当ですか!?本当に貴は痔なんですか!?それだけですか!?」

 

奈緒が堪らず電話に向かって話し掛けた。

 

『え?奈緒ちゃん!?何で!?』

 

「あ、これスピーカーで電話してんの。あたしは約束通り何も言ってないよ」

 

『は、晴香てめぇ…!や、ヤバ…ヤバイ…しばかれる…タカにしばかれる…』

 

「ありがとね英治」

 

そう言って晴香さんは電話を切った。

 

「よかったぁ…ただの痔だってさ…。英治があんだけ怯えてるって事は本当なんだよ」

 

「わ、私達…痔の事でこんなに…」

 

「でも奈緒さん。痔も大変ですよ?うちもお母さんが痔になりましたけど、手術後もしばらく痛がってましたもん」

 

まぁ確かに痔も手術するくらいになったら大変だって聞くけど…。

 

「で、でも拓斗さんって貴さんが喉の病気と思ってBlaze Futureを潰そうとしてるんすよね?」

 

「あの…早とちりのバカ兄貴め…」

 

「晴香さん」

 

さっきまで静かに俯いていた盛夏が立ち上がった。

何か久しぶりに盛夏の声を聞いた気がする…。

 

「ごちそうさまでした。あたしは申し訳ないですけど先にホテルに戻ります~」

 

「え?」

 

あたしが盛夏の前のテーブルを見ると、いつの間にか大量にあったご飯が全て食べられていた。

いつの間に食べたんだろう?

 

「そんなわけで~。あたしは行きますね~」

 

盛夏はそのまま個室を出ていった。

 

「ま、待ってよ盛夏。私も一緒に帰るよ。

晴香さんごちそうさまでした。何か今の盛夏を一人にしたくないので私も行きますね」

 

「あ、うん。わかった。明日は9時にトシキの別荘に集合だから遅れないようにね」

 

「了解です!」

 

そして奈緒も盛夏を追うように個室から出ていった。

 

あたし達はタカ兄の病気は痔だったという事で安心した。

でもこれから…あたし達はクリムゾンに…奈緒達は拓斗さん達からも狙われるんだね…。

 

 

翌朝。

ホテルでゆっくりと寝ていたあたしは、部屋のドアがノックされる音で目を覚ました。

 

「こんな朝早くから何…?

ふぁぁ…眠い…」

 

「あれ?奈緒さん?」

 

ん?奈緒?

あたしより早く起きていた同室に泊まっていた麻衣ちゃんがドアを開けてくれたようだ。

 

「麻衣ちゃん、盛夏来てない!?」

 

「え?盛夏さんですか?来てないですよ」

 

盛夏…?

あたしは寝間着のまま部屋の入り口へ向かった。

 

「盛夏がどうかしたの?」

 

「起きたら…盛夏がいなくなってて…それで…」

 

盛夏がいなくなった?

 

「ちょっ…奈緒、落ち着いて」

 

「こんな書き置きがあって…」

 

『夜までには戻ります。心配しないで下さい』

 

奈緒の見せてくれた盛夏の書き置きにはそんな言葉が書かれていた。

 

「奈緒、夕べホテルの部屋に帰ってからの盛夏はどうだった?」

 

「うん…夕べは…普通に色んな話をして…そろそろ寝ようって事になってベッドに入ったんだけど…」

 

 

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『奈緒~。貴ちゃんの喉。

大丈夫で良かったよね~』

 

『うん…そだね。でも痔かぁ。

手術はしなきゃって事だから心配は心配だけどね』

 

『これで今夜も安心して熟睡出来ますなぁ~』

 

『う、うん』

 

『………やっぱり拓斗さんの事許せないよ』

 

『え?』

 

『あたしは…拓斗さんが貴ちゃんが歌うのを辞めさせようとしてた事は、どんな理由があっても絶対に許せないんだ~』

 

『盛夏?』

 

『あたしもね。奈緒やまどかさんや…貴ちゃんからベースを辞めろって言われたら、すっごくすっごく悲しいと思うから』

 

『……言わないよ。絶対』

 

『あたしも言わないよ~』

 

『うん…』

 

『だからあたしは…拓斗さんを倒さなきゃ…』

 

『盛夏?何を言って…』

 

『おやすみ奈緒。また明日ね~』

 

『盛夏…!』

 

『………』

 

『………………おやすみ盛夏』

 

 

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「そうなんだ…盛夏はまだ拓斗さんの事を…」

 

「も、もしかして盛夏さんは拓斗さんを探しに…」

 

「でも盛夏にはベースは…」

 

そうだ。盛夏は自分のベースを破壊した。

拓斗さんを見つけ出せてもデュエルは出来ない。

 

もう…どこに行っちゃったのよ盛夏は…。

 

「奈緒さん香菜さん、取り合えず私達はトシキさんの別荘に向かいませんか?そこで貴さん達に相談するとか…」

 

「うん、そだね。麻衣ちゃんの言う通り。あたしらがここで考えててもどうしようもないよ」

 

「うん…そうだね…」

 

あたし達は秦野くんと結衣とも合流してトシ兄の別荘に向かった。

 

そこでタカ兄と英治先生に盛夏の事を話して、タカ兄とトシ兄、晴香さんと三咲さんと東山さんの5人で盛夏を探しに行った。

 

奈緒やまどか姉も探しに行くと言い張っていたけど、英治先生の話をしっかり聞いておくようにと説得され、しぶしぶ残る事になった。

 

英治先生の話を聞いたあたし達は、これからの事をしっかり考えて答えを出すように言われた。

 

きっと拓斗さんとデュエルした事は…これからのあたし達の物語の序章に過ぎないんだ…。


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