「お~!ここじゃここじゃ!」
「ここがトシキさんの別荘?」
「うむ。ここに来るのも久しぶりじゃわい。…………ん?何じゃあの隅っこに固まっとる肉の塊みたいなやつは?」
「さぁ?3つあるみたいだね。燻製でも作ってるのかな?」
「まぁええわい。とりあえず別荘に入らせてもらうかの」
・
・
・
私の名前は水瀬 渚。
先輩に梓お姉ちゃんが生きている事を聞いて、少し頭が混乱している。
お父さんは知ってるのかな?
先輩達に詳しく聞きたいけど……。
みんな何処に行っちゃったんだろう?
「渚」
「あ、理奈…」
「まだ混乱しているようね。わからなくもないけど…」
「うん…なんか色んな事考えちゃって…これからの事もあるのにさ…」
そうだ。これからの事。
SCARLETやファントム、クリムゾンとの事も考えなきゃいけないのに…。
「そうね。でも……梓さんは生きている。
これは紛れもない現実よ。素直に喜びましょう」
うん……今はアメリカに住んでるみたいだけど、梓お姉ちゃんは生きている。
これは現実なんだ…。素直に喜んでいいんだよね?
私と理奈が話をしていると、トシキさんと三咲さんと澄香お姉ちゃんがリビングに戻ってきた。
先輩と英治さんと拓斗さんの姿はなかった。何処に行っちゃったんだろう?
「みんな、晴香ちゃんからさっき聞いたよ。宮ちゃんから梓ちゃんとクリムゾンの事も聞いたんだってね」
〈〈〈ざわざわ〉〉〉
「色々な事が起こったり、色々な事を聞かされたりして考えたい事もあるだろうし、混乱していると思うけど、もう少ししたら飛行機の時間になるから、帰る準備をしようか」
あ、そうだ…。飛行機の時間…。
私達は今日この南の島から関東に帰るんだ…。
え?待って…明日から仕事!?
「あのトシキさん…ちょっといいですか?」
「ん?奈緒ちゃん?どうしたの?」
「あの……貴はどうしたのかな?って思いまして…」
「はーちゃん?…………きっと大丈夫だよ?」
「あの…その間も気になるんですが…疑問系なんですね…」
「うん。知らない方がいいと思うから…」
え?本当に先輩どうなっちゃったの?
明日からお仕事なのに先輩いないとかヤバすぎるよ!?
「トシキー!タカー!英治ー!おるかの?」
大きな声をあげて知らないおじいさんとお姉さんがリビングに入ってきた。
え?誰?
「あれ?おじいちゃんにあんこちゃんも?どうしました?あ、はーちゃん達のギターが直ったんですか?」
「あの…トシキさん。私の名前はきょうこですので。あんこではありませんので…」
「おおー!トシキ!そうじゃそうじゃ。
タカと英治はおらんのか?」
先輩のギター?
あ、そういえば先輩のギターをカスタムしてもらってるとか言ってたっけ?
もしかしてこの人がモンブラン栗田さん?
「あ~。モンブラン栗田さんだ~。
杏子さんもちゃおちゃお~」
「おー!お嬢ちゃんもおったか!ちょうど良かったわい」
やっぱりこの人がモンブラン栗田さんなんだ…。でも何で盛夏ともお知り合いなんだろう?
「あれ?こないだのおじいさん?あの人がモンブラン栗田だったんだ?」
「え?香菜も知ってる人なの?モンブラン栗田って誰?」
「志保はモンブラン栗田って名前聞いた事ないんだ?
あの人は凄い楽器職人なんだよ。んで、こないだあたしと奈緒と盛夏で食べ歩きしてた時にちょっとね」
食べ歩きしてた時に?
何があったんだろう?
気になるなぁ~。
「彼がモンブラン栗田なのね…。
私のベースをリペアしてもらいたいものだわ。でもさすがにそんなお願いは出来ないわね…」
あ~、そういえば先輩と話してた時にそんな事言ってたっけ。
「お嬢ちゃん。昨日のベースなんじゃが……」
モンブラン栗田さんはベースケースから藍色のベースを取り出して盛夏に渡した。
「およ?何か……違う?ペグとかピックガードとか…あれ?あれあれ?」
「お。気づいたかの?藍色のボディに青色のピックガードじゃからわかりにくいがの」
「あ、これあたしの……」
「うむ。お嬢ちゃんのベースの使えそうなパーツを組み込んでカスタムしたんじゃよ」
「だから…あたしのベースを?」
「うむ。どうじゃ?『狭霧』の声は聞こえるかの?」
「ん…」
盛夏はベースを抱き締めて目を閉じた。
「……うん。聞こえる。昨日とは全然違う。一緒に遊ぼって言ってくれてる……そんな感じ~」
「そうかそうか!良かったわい。ワッハッハッハ」
「さすが盛夏様。ベースの声を聴けますとは…」
「ん?おお、澄香か。久しぶりじゃの」
「はい。ご無沙汰しております」
へぇー。モンブラン栗田さんって澄香お姉ちゃんとも知り合いなんだ。
「『虚空』の調子はどうじゃ?」
「はい。『虚空』は実は彼女に…」
そう言って澄香お姉ちゃんは姫咲ちゃんを紹介していた。
「へぇー。澄香さんのベースって姫咲に託したんだ」
「香菜?澄香さんのベースって?
香菜は何か知ってるの?」
「ああ、うん。晴香さんに聞いたんだけどね。モンブラン栗田には最高傑作と言われるirisシリーズって7本のベースがあって……」
香菜はirisシリーズの話をしてくれた。
澄香お姉ちゃんのベースってそんなにすごいベースだったんだ…。
まぁ、澄香お姉ちゃんが演奏してる所なんて見たことないんだけど。
「その内の1本が姫咲さんに託されて、1本が盛夏に託されたというわけね」
「そしてその内の2本がクリムゾンの手に…」
盛夏のベースは拓斗さんとのデュエルで壊したって聞いた時はびっくりしたけど…。
盛夏は嬉しそうにあのベースを抱き締めてる。良かったね盛夏。
「おお!そうだそうだ!そうだった~。
ねぇねぇモンブラン栗田さん」
「ん?お嬢ちゃん?なんじゃ?」
「ほらあそこ~」
盛夏はそう言って私達の方に指をさした。
「あそこに元charm symphonyのRinaがいるよ~」
「なんじゃってぇぇぇぇぇぇ!!?」
え?理奈?
「わ、私!?」
そしてモンブラン栗田さんは物凄いスピードで私達の方へとやって来た。
『ま、まさかこんな所でRinaちゃんに逢えるなんて…!実はわしはずっとファンでして!ずっとファンでして!……ってあれ?なんかおかしいのう?』
「ちょ…ちょっと!?大丈夫かしら?いきなり倒れたわよ!?」
モンブラン栗田さんは理奈の前に来るといきなり倒れた。まるで魂が抜けたかのように。だ、大丈夫かな…?
「ちょっ…こ、このおじいさん息してないよ!?心臓も…!」
え!?嘘!?
『な、なんじゃってぇぇぇ!?
ま、まさかRinaちゃんを目の前にして天に召された!?そんなバカな…!』
「大変だわ!救急車!救急車呼びましょう!」
「え!?あ、うん、そうだね!」
『なにぃぃぃ!?わしの体め!Rinaちゃんに触ってもらえとるじゃと!!?
なんて忌ま忌ましい体じゃ!羨ましい!羨ましすぎるぞっ!
ハッ!?そうじゃ!体に戻ればわしもRinaちゃんに!』
「ハッ!?」
「あ!目を開けたわ!」
あ、良かったぁ。びっくりした~。
「良かったぁ。一時はどうなる事かと思ったよ~」
「危なかったわい。まさかあんな体験をする事になるとはのぅ」
「あ、あははは。うちのじじいが迷惑かけちゃってごめんね…」
「いえ、本当にもう大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ。実はわしはずっとcharm symphonyのRinaちゃんのファンでしてな。
まさかこんな所で逢えるとは思ってなかったから、うっかり脱魂しちゃったわい」
だっこん?あ、魂が抜けちゃうって事?
「おじいさん、わかります!」
あ、美緒ちゃん。
「ぬ?お嬢ちゃんもRinaちゃんのファンなのかの?」
「はい。もうファンというのも恐れ多いくらいです。理奈さんの可愛さ、美しさ、かっこよさ……いえ、そんなありきたりの言葉では言い表せません」
「うむ。確かに。言葉に出来ない尊さがある。Rinaちゃんは世界の……いや、全宇宙の宝と言っても過言ではあるまい」
「わかります。私は私のお姉ちゃんがこの世で一番可愛い存在と思ってましたが、理奈さんを初めて見た時……私は井の中の蛙だったという事を思い知りました」
「わしもそうじゃ。婆さんがこの世で一番美しいと思っておったが息子が生れ、孫が生れ……こんなに可愛い子はいないだろうと思い直したもんじゃ。……じゃがRinaちゃんを見た時、わしの世界なんてなんと小さいものかと思い知ったもんじゃ」
美緒ちゃんとモンブラン栗田さんの理奈談義は数分間続いた。
もう理奈なんてさっきから恥ずかしがってお顔真赤にしてうつむいちゃってるもんね。
そして美緒ちゃんとモンブラン栗田さんは熱い握手を交わしていた。
「あ、そうじゃRinaちゃん」
「は、はい?なんですか?」
「タカに聞いたんじゃが、わしにベースのリペアをしてもらいたいと言ってたというのは本当かね?」
あ、先輩って本当にモンブラン栗田さんに理奈のベースのリペアを頼んでくれたのかな?
「え?ええ…まぁ…。伝説の楽器職人といわれるモンブラン栗田さんのお話は昔から伺った事がありますし…。ベーシストに限らず楽器を演奏する者でしたらみんなモンブラン栗田さんに見て頂きたいと思うと思います」
『おお!本当にわしなんかにRinaちゃんのベースを……ん?あ、また脱魂しとる!?』
モンブラン栗田さんはまた倒れた。
理奈にリペアしてもらいたいって言われて嬉しかったのかな?
また少しした後、蘇生したモンブラン栗田さんは理奈にこう言った。
「Rinaちゃん。リペアをわしにお願いしてくれるなら、是非ともわしにリペアをさせてもらいたいくらいじゃが……ちょっとわしのベースを見てもらえんかね?」
「モンブラン栗田さんのベースを?」
そしてモンブラン栗田さんは理奈の前にいくつかのベースケースを並べた。
「Rinaちゃんのライブ映像を何度も何度も見せてもらっておってな。
Rinaちゃんの弾き方やパフォーマンスを研究させてもらったんじゃ」
「私の弾き方やパフォーマンスを……ですか?」
「わかります。私も理奈さんの弾き方やパフォーマンスを研究して参考にさせてもらいましたから」
「お嬢ちゃんもかね?Rinaちゃんの弾き方の、美しさの中に力強くも華麗なパフォーマンス。何度見ても惚れ惚れするわい」
「激しく同意します。理奈さんのクールでありながらも激しくパワフルなサウンド。オーディエンスを魅了する優雅なパフォーマンス……私如きどれだけ参考にさせてもらっても真似の出来ない美しさ……本当に堪りません」
その後、また美緒ちゃんとモンブラン栗田さんの理奈談義は数分間続いた。
理奈なんて恥ずかしさで爆発しそうなくらいお顔真赤になっちゃってるしね。
そして美緒ちゃんとモンブラン栗田さんはまるで一仕事終えたようないい顔をしていた。
「あ、それでの?ここに数本のベースを用意させてもらったんじゃが。このベース達はRinaちゃんの弾き方に合うように調整しておるんじゃ。この中で気になるベースはあるかの?」
気になるベースかぁ…。
って……全部同じベースケースに入ってるじゃん。これじゃ気になるとかそんなのわからないんじゃないのかな?
「えっと……これ全部ベースケースに入ってるけど開けちゃっていいの?
これじゃ理奈もカラーも何もわからないんじゃない?」
うん。志保の言う通りだよね。
「開けた方がいいかの?」
え?そりゃそうじゃないの?
「いえ、このままで……いいわ…」
理奈?
「モンブラン栗田さん。このベース。
見せていただいてもいいかしら?」
「もちろんじゃとも!是非見てやってほしいわい」
そして理奈は1本のベースケースから紫色のベースを取り出した。
「凄い……。何故かわからないのだけれど凄さを感じるわ。
モンブラン栗田さんがベースを並べてる時、このベースだけすごく気になったの」
「うぅ……やはり私如きまだまだというわけですね…。とても残念です。
私はこのベースがすごく気になったんですが……理奈さんと同じベースを選べませんでした……」
「ぬ?お嬢ちゃんはそのベースが気になったのかの?何故じゃ?」
「え?何て言えばいいでしょう…。
このベースが歌っているような気がしまして…」
ベースが歌ってる?どういう事だろう?
私には全然わからないんだけど…。
「美緒ちゃんはそのベースが歌ってる気がしたんだ?
へぇーどんな感じなんだろ?
理奈ちは?理奈ちは何でそのベースを選んだの?あたしには正直どれも同じベースケースにしか見えないんだけど…」
「香菜もそうなんだね。私も全然わかんないや。志保は?何か気になるベースある?」
「全然。違いがあたしにもさっぱりわかんないよ」
「私がこのベースを選んだ理由は美緒ちゃんとは少し違うわね。
変と思われるかも知れないのだけれど……このベースが私を呼んでいるような感じがしたのよ」
ベースが?理奈を呼んでいる?
「何でかわからないのだけど…このベースを触ってる今は一緒に奏でようって言われてる気がするわ。今すごくベースを弾きたい」
「え?それってまさか理奈も楽器の声が聴こえるって事?」
「いえ、そんな事ないと思うわ。こんな事初めてだもの」
「そのベースはわしのirisシリーズの1つ『雲竜』。今日持ってきたベースはRinaちゃんに合うようにと調整はしておったが、まさかirisシリーズを選んでもらえるとはの」
理奈がirisシリーズのベースを?
irisシリーズのベースが理奈を呼んだ?
「そうじゃ。お嬢ちゃんもそのベースが歌ってる気がするとか言うておうたのう?」
「え?は、はい。ただそんな気がしただけですけど…」
「そのベース見てみんか?」
「いいのですか?」
「もちろんじゃ。そのベースが本当に歌ってるか聴いてみておくれ」
そして美緒ちゃんはベースケースから真っ赤なベースを取り出した。
「……」
「どうじゃ?そのベースは歌っておるかの?」
「いえ……歌うのを止めちゃいました。
そのかわり一緒に歌おうって言ってる気がします。今すごくこのベースを弾きながら歌いたいです」
「そのベースの名は『花嵐』。そのベースもわしの最高傑作の1本じゃ」
美緒ちゃんも?
え?楽器の声ってそんなに聴こえるものなの?
「これは正直驚きましたな…」
「あ、澄香お姉ちゃん」
「irisシリーズのベースは擬似的に才能のある者に声を届けるチカラがあるんだけど、盛夏様もりっちゃんも美緒様もそんなハッキリと声を聴けるなんて…」
やっぱり…理奈も盛夏も美緒ちゃんも凄いんだ…。
「澄香さんが姫咲に託したベースも、そのirisシリーズなんですよね?澄香さんはベースの声を聴いた事はあるんですか?」
「志保様……。いえ、私にはirisシリーズの声は聴こえた事はございませんでした。
それというのも戦う為にベースを弾いていたからやも知れません」
戦う為に…?クリムゾンとの戦いの為か…。
「Rinaちゃん、お嬢ちゃん。
これも何かの縁と思ってそのベースを貰ってはくれんか?無論無料じゃ」
「え?」
「そ、そんな!おじいさんそれはさすがに申し訳ないですよ!」
「わしのirisシリーズのベースは全部で7本。その内の『雨月』と『雷獣』はクリムゾンに奪われ、その2本のベースをクリムゾンから取り戻す為に、わしは『虚空』と『晴夜』をクリムゾンと戦う武器として澄香と拓斗に託してしもうた…」
澄香お姉ちゃんと拓斗さんには、クリムゾンからベースを取り戻す為に託したんだ…。
「拓斗のバカは楽器の声を聴くチカラは無かったが、澄香は楽器の声を聴くチカラを持っておった。なのにわしが戦う為の武器としてベースを託したばかりに澄香のチカラを……」
澄香お姉ちゃんも楽器の声を聴くチカラが…?
「モンブラン栗田様……。
そんな事はございません。私は『虚空』で楽しんで演奏をしてきました。
『虚空』の声が聴けなかったのは私の力不足にございます」
「澄香……。その喋り方何とかならんかの?」
・
・
・
「うぅぅぅむ……。俺様がトシキの別荘までわざわざ来てやったというのに、タカと英治と拓斗は何でこんな所で寝てやがんだ?
てか、何で拓斗がこいつらと一緒に居るんだ?」
「これは寝ているのか?むしろ生きているのかどうか怪しいものだがな…」
「それよりどうだ?タカと会ってみた感想は?何かねぇのか?」
「街中で何度か見掛けた事はあるしな。
それにこんな形で会ったと言えるのか?特に何も思う事はないよ」
「チッ、つまんねぇ奴だな?何でそんな冷めてんだ?お前あれか?街中でう〇こ踏んでもそんな冷めてんの?」
「手塚。そんな事はどうでもいい。さっさと用件を済ませて帰ろう。私は寝たいんだ」
「あのな…いつも言ってるが俺はお前の上司だぞ?何で呼び捨て?せめて手塚さんだろ?」
「それはパワハラというやつか?
いいだろう。ボスに報告させてもらう」
「お前ほんと可愛くない奴だな…」
「別に可愛いと思ってくれなくて構わんさ」
「チッ……おい、タカ、英治、ついでに拓斗!聞こえてるか?」
「返事がない。ただの屍のようだ」
「あ~…まぁいいや。次の土曜にな。
SCARLETとファントムの事でうちのボスから直々にお前らに話があるらしい。
だからお前らBREEZEのメンツと何人かで……あ~、何なら全員でもいい。
この名刺の場所に来い。いいな?」
「伝える事は伝えたな。手塚、帰るぞ」
「いや、何でお前そんな偉そうなの?マジでほんと何なの?」
「………じゃあね。----------。」
「ん?お前今何て言った?おい」
「うるさいな。今度はセクハラかね?
いいだろう。ボスに報告させてもらう」
・
・
・
「ダメですダメです!
こんなすごいベース頂く事なんて出来ません!」
「そうね。美緒ちゃんの言う通り。さすがにこんな凄い物を頂くのは…」
「わしの残った3本のベースはわしが見込んだベーシストに使ってもらいたいんじゃよ。楽しい音楽を奏でるという本来の目的の為に」
さっきからモンブラン栗田さんと理奈と美緒ちゃんで『ベースを貰ってくれ~』とか、『こんな凄いもの頂くわけには~』とか、そんなやり取りが繰り広げられている。平和だなぁ。
「頼む!Rinaちゃん!お嬢ちゃん!
わしのベースで楽しい音楽を演奏してやってくれ!」
「……わかりました。
モンブラン栗田さんのご厚意ありがたく頂戴します」
「理奈さん!?」
「このご恩はこれからの私の演奏でお返しします。私はこのベースで最高の音楽を演奏します。そしてこのベースの演者として恥ずかしくないような最高のベーシストになってみせます」
「ありがとうの。楽しみにしておるよ」
理奈…。
うん。私も理奈のベースの音に恥ずかしくないような最高のボーカルになってみせるよ。
「美緒」
「あ、お姉ちゃん!助けてお姉ちゃん!わ、私どうしたら……」
「せっかく言ってくれてるんだから、ありがたく貰っておけば?」
「お姉ちゃん…!?」
「そうじゃそうじゃ!そこのお嬢ちゃんの言う通りじゃ!貰っちゃえばいいんじゃ!」
「でも私は…まだ高校生だよ?こんな凄い高価なベース…」
「歳とか関係ないよ美緒」
「お姉ちゃん…」
「確かに高価な物をってね。申し訳ない気持ちになると思うけど、モンブラン栗田さんのせっかくのご厚意なんだから。あんなに言ってくれてるんだよ?美緒に使って欲しいって」
「でも…」
「それにね。そのベースの声は美緒に聴こえたんだよ。理奈にはそのベースの声は聴こえなかった。美緒も理奈の持ってるベースの声は聴こえなかったと思うんだけど…」
奈緒…。すごいなぁ。しっかりお姉ちゃんしてるなぁ~。
おっと、私にも妹と弟が居たんだった。
「理奈の言う通り、美緒もこれからの演奏で恩返ししたらいいんじゃないかな?」
「お姉ちゃん…」
そして美緒ちゃんはモンブラン栗田さんの方を向いて頭を下げた。
「おじいさん、ありがとうございます。
おじいさんのご厚意に甘えさせて頂きます。そして私もこれからの演奏で必ず恩返しさせて頂きます。私にこのベースを託して良かったって思って頂ける演奏を……」
「ホッホッホ。お嬢ちゃんの演奏も楽しみにしておるよ」
「私…私なんかがおこがましいかも知れませんが…!
このベースで…楽しい音楽で、理奈さんよりも盛夏さんよりも凄いベーシストになってみせます」
「期待しとるよ。お嬢ちゃん」
お~!美緒ちゃんも言うね~!
これからがすごく楽しみになってきたよ!!
「美緒ちゃん」
「ハッ!?はわわわわわ……理奈さん…」
「私も美緒ちゃんに負けないわよ。もちろん盛夏にもね」
「ふっふっふ~。理奈も美緒ちゃんもこの盛夏ちゃんに挑んでくるとは~。
あたしも絶対に負けないよ~」
「わ、私も理奈さんにも盛夏さんにも負けないように頑張ります!」
ふふふ、いいなぁこの3人。
すごく仲のいいライバルみたいで…。
「これでわしの肩の荷も降りたわい。
『花嵐』も『狭霧』も『雲竜』も……良いベーシストと出会ってくれたもんじゃ。
そして『虚空』も澄香の認めたベーシストに……。ホッホッホ、これからの音楽の世界が楽しみじゃわい。長生きせんといかんのぅ」
「じじい……。あたしもまだじじいに教えてもらいたい事もあるんだから。長生きしてよね」
「お、そうじゃ!タカと英治はどこにおるんじゃ?あいつらにもギターを渡さんといかんのじゃが…」
本当に先輩も英治さんもどこに行っちゃったんだろう?
・
・
・
「生きてた…。俺、何とか生きてた…。
また三咲と初音に会えるんだ…ぐすん」
「いや、マジで今回はダメかと思ったわ。拓斗、お前妹の教育どうなってんの?あいつ俺が痔だって知ってるくせに容赦なく俺のケツ蹴ってきたんだけど?」
「あいつの辞書には慈悲とか容赦とかの言葉は存在しねぇ。小2くらいん時にビリビリに破いて捨てたそうだ」
「それより俺らどんくらいの時間気を失ってたんだ?そろそろ飛行機の時間じゃねぇか?あ、そういや拓斗は何時に帰るんだよ」
「俺らは夕方の便だな。お前らは?」
「俺は飛行機の時間より俺の尻の方が心配なんだけど?
あ、やべぇ。俺のケツ2つに割れちゃってんだけど?これマジでヤバくねぇか?」
「え?タカまじでか?お前大丈夫かよ?
あ!やべぇ。俺も晴香に蹴られてケツ真っ二つになってるわ」
「お前らの頭が大丈夫か?ケツは元々2つに割れてるもんだ」
「まじでか。安心したぜ」
「おい、タカ、英治、兄貴。まだこんな所で寝てたの?」
「ヒィ!?晴香…」
「タカ、拓斗すまん。俺は逃げる!」
「ざけんな英治!俺が先に…」
「それよりタカと英治に客だよ。
モンブラン栗田っておじいさんが来てるんだけど」
・
・
・
「じいさん、悪いな待たせた」
「おお!タカ!」
あ、先輩と英治さんと拓斗さんが戻ってきた。良かったぁ。明日からの仕事ひとりだったらどうしようかと思ったよ。
「ほれ。タカのギターと英治のギターじゃ。てか、この英治のギターって元々タカが使ってたやつじゃないのか?」
「ああ、じいさんありがとうな」
先輩と英治さんはモンブラン栗田さんからギターを受け取って、英治さんは初音ちゃんの前に行った。
「おい、初音。このギター本当にいいのか?」
「うん。ギターは好きだけどね。私はチューナーになるから。
それにそのギターを使うのは私より相応しい人がいるし」
そして初音ちゃんは英治さんからギターを受け取りこっちに歩いてきた。
「奈緒さん」
「ん?初音ちゃん?どうしたの?」
「これ。タカがBREEZEの時に使ってたギター」
「え?まじですか?すんごいお宝じゃないですか!あのBREEZEのTAKAさんが使ってたギター…」
奈緒?そのBREEZEのTAKAさんって先輩だよ?すぐそこに居るよ?
「これからは奈緒さんがこのギターを使って」
「え…?初音ちゃん…?」
先輩のギターを奈緒に?
「ダメ…ダメだよ初音ちゃん。
それ初音ちゃんがすっごく大事にしてたギターじゃないですか。
貴が初音ちゃんにあげたギターなんだから初音ちゃんが大事にしてあげて」
「ううん。私はこのギターをタカから預かってただけ。そう思ってる。
タカがバンドをまたやり始めたんだし、本当はタカに返すべきなんだと思った」
「英治…お前、初音ちゃんが奈緒にあのギター渡すつもりって知っててじいさんにカスタムを頼んだのか?」
「まぁな。奈緒ちゃんも最新型のギターあるし、あんな古いギター使わないだろうって言ったんだけどな。どこで聞いたのかモンブラン栗田の名前を知ってやがってな。………あんなに我儘言った初音は初めてだったからな」
「そうか…」
「でもタカはギター上手くないから。
だから…だから私は奈緒さんにこのギターを使って欲しい。Blaze Futureの奈緒さんに!奈緒さんにならきっとBREEZEのTAKAもギターを託すと思うから」
「初音ちゃん…」
奈緒は初音ちゃんを抱き締めた。
「な、奈緒さん…痛い…」
「ありがとうございます…。
このギター…大切に使います…」
「うん。ありがとう奈緒さん」
そして奈緒は初音ちゃんからギターを受け取り、先輩の前へと歩いて行った。
「初音ちゃんから大事なギターを託されちゃいました」
「おう」
「私はこれから……このギターで演奏していきます。大切にしますね」
「ああ……その…よろしく…お願いします」
「はい」
おおー!なんかいい話だね!感動しちゃうね!
「俺もさっさと終わらせるか…」
そう言って先輩はギターケースからギターを取り出した。
「お~。あのランダムスターはモンブラン栗田さんの所にあったやつだ~。
そっかぁ~。あれは貴ちゃんのギターだったのか~」
「タカ…そのランダムスターって…」
ん?盛夏も澄香お姉ちゃんも知ってるギターなの?
先輩はそのランダムスターを持って私の前に歩いてきた。
え?何で私?
「渚。お前は対バンの時もバテてたし、こないだの夏祭ん時もバテてたらしいな?」
「え?何で先輩が夏祭の事を知ってるんですか?」
「まぁ、そんな事はどうでもいい」
いや、良くないよ?何で知ってるの?
「だからちょっと考えてみたんだけどな…。ピョンピョン飛びはねながら歌うのもDivalならではかも知れんしいいとは思うんだが……その……。
渚もギターやってみねぇ?ギターボーカルとか…」
「いや、私ギターとかやった事ありませんし」
「このランダムスターは梓のギターだ。
梓も……なっちゃんが持ってた方が嬉しいだろうと思うしな…」
え?梓お姉ちゃんのギター…?
てか、なっちゃんって…。
「うん。私もこのギターはなっちゃんが持ってた方がいいと思う。
これを機になっちゃんもギターをやってみたらいいんじゃないかな?」
澄香お姉ちゃん…。
「あたしも。前にも言ったけど渚がギターやるのアリだと思うよ。リードギターはあたしでさ。渚もギターやろうよ」
「そうね。渚もギターをやるなら曲の幅も広がるしいいと思うわ。またライブ中にバテても大変だしね」
「あたしも渚のギターいいと思うよ。
まぁ練習は大変だろうけどさ」
志保、理奈、香菜……。
「先輩…梓お姉ちゃんのギターありがとうございます。でも先輩もギター出来ないくせに私にギターボーカルやれとかよく言えますよね~」
「え?全然言えますけど何か?」
・
・
・
「では皆様、空港に向かいましょうか。
時間もありませんのでこちらのバスに乗って下さいませ」
私達はこれから空港に向かう。
澄香お姉ちゃんが秋月グループの大型バスを出してくれた。
「モンブラン栗田さ~ん。ベースありがとうございました~」
「ホッホッホ。わしこそ北国モンブランありがとうの」
「モンブラン栗田さん。またライブが決まりましたら連絡させて頂きます」
「楽しみにしておるよ。Divalの理奈ちゃん」
「私もまた必ず連絡します!おじいさん本当にありがとうございました」
「お嬢ちゃんの曲も楽しみにしとるからの」
みんなモンブラン栗田さんにお礼を言ってバスに乗り込んでいった。
「あ、おい、拓実。ちょっと待て」
「拓斗さん?どうしました?」
「俺らは夕方の便だから一緒に行かねぇからな。これをお前にくれてやろうと思ってな」
そう言って拓斗さんが拓実くんに渡したのは黄色のベースだった。
「た、拓斗さんこれって…」
「ああ、じいさんの irisシリーズの『晴夜』だ」
「こ、こんな凄いベース僕には…」
「あ~、時間ねぇのにこの問答が無駄だろ。受け取れ」
「で、でも拓斗さん…!」
「こいつの名前は晴れた夜って書いて『晴夜』だ。俺はこのベースにいつも真っ暗な夜ばかりで、晴れた風景を見せてやれなかった。
お前がこのベースに明るく晴れた夜を見せてやってくれ。楽しいお前らの音楽でな」
「拓斗さん…」
「ほら、バス出ちまうぞ。時間ねぇんだろ」
「拓斗さん…!ありがとうございます!
僕まだまだ下手くそですけど、必ずこのベースに合ったベーシストになってみせます!」
「ああ。俺もこれからはお前らの仲間だからな。見届けさせてもらう」
「はい!」
そして私がバスに乗り込んだ後、拓実くんも拓斗さんから託されたベースを持ってバスに乗り込んできた。
今、バスの外では先輩と英治さんと拓斗さん、モンブラン栗田さんで何か話していた。
「拓斗、良かったのかの?」
「ああ、拓実なら間違いねぇよ。
きっといい使い手になってくれる」
「じいさん、色々世話になったな。助かった」
「タカ…楽しみにしておるよ。BREEZEでもアルテミスの矢でもないお前の音楽を」
-ブロロロロ……
「ああ…期待は裏切らねぇよ。多分な」
-ブォ~ン………
「11月に俺らみんなでフェスやる予定だからな。またチケット送るわ。
てか、さっきからブロロロとかこの音何なの?」
「………バスが発車した音だな」
「………そうか。俺達まだ乗ってないのにな」
「「………」」
「「………何で発車してんの!?デジャビュ!?」」
「ホッホッホ。タカも英治も走ってバスに追い付くわけないじゃろうに……。
拓斗…今度はちゃんとあいつらについててやるんじゃぞ?」
「あ?」
「タカの無茶をお前が止めて、お前の暴走をトシキが押さえて、トシキが尻込みしてたら英治がケツを叩いて、英治がバカをやらかしたらタカが治める。
お前達は4人おってちょうど良かったんじゃ。お前がおらなんだら、誰がタカの無茶を止めるんじゃ」
「あ?じいさんもうろくしたか?
さっき何見てたんだ?タカのまわりには奈緒達がいる。あいつは大丈夫だろ」
「お前こそバカかの?
あの子らに何かあってみろ。タカはなりふり構わず無茶をしよるぞ」
「…………ああ、頭に入れとく」
「拓斗。私達もそろそろ…」
「ああ、そうだな。じいさん、またな」
そうして私達の短いようで長かった旅行が終わった。
でもこの旅行での出来事は、まだほんの序章。
私達のこれからの物語の始まりでしかないんだ……。
「梓…さっきの国際電話はタカからか?」
「ううん。日奈子からだった」
「何の用件だったんだ?」
「海原が……お父さんが日本に戻ってくるんだって…」
「海原が……?今更?」
「久しぶりにタカくん達にも会いたいし……なっちゃんやりっちゃんにも。
あたしも帰るよ。日本に」