私の名前は小暮 沙織。
FABULOUS PERFUMEというバンドでシグレという仮の姿で男装しながらボーカルをしている。
今日は私のバンドのベーシストのナギである茅野 双葉とドラムのイオリである小松 栞に呼び出され、仕事の終わった今、待ち合わせ場所であるカフェで2人の来訪を待っていた。
ふっ、仕事終わりにアールグレイで唇を湿らせながら読書する。
私がライブの次に好きな時間だわ。
「あ、あれ?沙織もう来てたんだ?
ごめん、待たせちゃった?」
「沙織ー!待たせてごめんね!」
せっかくの読書の時間もほんの数分で終わりを告げる。
まだ待ち合わせの時間には30分以上もあるのだけど…。
「いえ、私も今来た所よ。少し早目に来て読書の続きでもしようと思って」
「あ、そうなんだ?逆に読書の邪魔しちゃったかな?」
「いえ、そんな事ないわ。構わないわよ」
「ボク沙織の横ー!
あ、すみませ~ん。注文お願いしますー!」
そう言って栞は私の隣の席に座り店員さんを呼んだ。
この子は本当に可愛いわね。
「双葉、足の調子はどうかしら?」
「うん。まだ痛みはあるけどね。大丈夫」
今週の金曜日に私達はライブを予定している。双葉の足の怪我の事で、Canoro FeliceとAiles Flammeとevokeがゲストとして参加してくれる事になっている。
Canoro Feliceが3曲、Ailes Flammeが3曲、evokeが3曲、そして私達FABULOUS PERFUMEが5曲。
合計14曲のライブの予定だ。
出演の順番や細かい演出は各バンマスで集まって話したとは聞いている。
もう金曜日のライブの事は当日で問題ないはず……。
「双葉、それで今日は何の話かしら?
金曜日のライブの事じゃなさそうね」
「うん、ライブの事はこないだ連絡した通りだよ。えっ……と、弘美が来たら話すよ」
「なら今話しても問題ないんじゃないかしら?」
「問題大有りだろ。あたしは今仕事中だ……」
ちょうど弘美が私達のテーブルにオーダー取りに来てくれたので今話してもいいと思ったんだけど…。
おっと紹介が遅れてしまったわね。
FABULOUS PERFUMEのギタリスト、チヒロである明智 弘美。
私達は今彼女が働いているメイド喫茶にいる。弘美の仕事が終わり次第、弘美も私達のテーブルについて話をする事になっていた。
「メイドさんメイドさん。ボク、ミルクティーお願いします」
「はいはい、わかったよ。あたしの仕事ももう少しで終わるからちょっと待ってて」
「メイドさん……まだ仕事中だよね?
ボク……お客さんだよ…?」
「うっ……。大変申し訳ございませんでしたお嬢様。ミルクティーでございますね。すぐにお持ちしますね♪」
弘美は逃げるように厨房へと戻って行った。
「わ、私まだ注文してないのに……」
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「ハァ……お待たせ…。いつもいつも言ってるけどさ。
あたしの職場で待ち合わせするのいい加減止めない?」
いつもは弘美の仕事も終わった後、私達はそのまま弘美の働いているメイド喫茶でミーティングをしている。
しかし今日は…。
「弘美も終わったみたいだし場所変えようか。お腹空いてるようなら居酒屋に行こうとは思うけどどうしよっか?」
「居酒屋!?ふ、双葉が不良になった…」
「あ、大丈夫だよ。ボク達はアルコールは飲まないし、居酒屋って言っても晴香さんの所だから」
晴香さん…?
先日のファントムで南国DEギグの話をした時に居た女の人かしら?
それより場所を変えようなんて今まで無かったわよね…。人に聞かれたくない話…?
「双葉と栞はお腹空いてるのかしら?」
「ううん、ボクは大丈夫」
「私もまだ大丈夫だよ」
「弘美も大丈夫よね?それならそこのカラオケに行きましょう。そこなら誰かに話を聞かれる心配もないでしょう?」
「うん、そうだね。そうしよっか」
「人に聞かれたくない話?何なのそれ?」
「さぁ?私にもわからないけれど、双葉と栞には何か考えがあるんでしょう」
私達は会計を済ませて、店を出てすぐのカラオケ店へと向かった。
今日は月曜日だけどまだ学生は夏休み真っ最中。部屋が空いてるといいのだけれど…。
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運良く部屋も空いていて、そこで私と弘美は双葉と栞から話を聞いた。
南国DEギグでの爆発事件。
15年前のArtemisとアルテミスの矢の事。
クリムゾンエンターテイメントの事。
反クリムゾングループSCARLETの事。
そして今後のファントムの事。
正直理解がなかなか追いつかなかった。
ステージが爆発?
遺伝子から作られた生命体?
アルティメットスコア?
私達がやっているのは音楽よ?バンドよ?
双葉も栞も何を言っているの?
……………でもそれは現実なのよね。
双葉と栞の顔を見ていたらわかるわ。
それにクリムゾングループによる自由な音楽への断罪。頻繁に行われるデュエルギグ。クリムゾンに潰されたバンド。デュエルギグ野盗…。
私が見てきた事もあるのだものね。
「双葉も…栞も大変だったんだね…。
あたしも一緒について行ってれば…」
「弘美。あなたが一緒に居たからといって何かが変わったとも思えない。だからそんな事考える必要はないわ。それよりもよ…」
私は双葉と栞を見つめて言葉を続けた。
「双葉と栞はそれを私達に話してどうしたいの?どうして欲しいの?」
私は双葉と栞の性格をよく知っている。
それはきっと弘美も同じ。
だからこそ弘美もさっき『一緒について行ってれば』と言ったのでしょうね。
「私は…」
そこで言葉を詰まらせる双葉。
やっぱり…そういう事なのね。
「双葉…」
「大丈夫だよ栞。ちゃんと私から言うよ」
双葉と栞が考えている事は……。
「ううん。まずはボクから話させて。
沙織、弘美。いきなりこんな話を聞いてもらってごめん。
ボクはおっちゃんの…中原 英治さんの弟子だし、まどか姉や綾乃姉、香菜姉やゆうちゃんの事もあるし、ファントムのバンドマンとしてバンドをやっていきたいって思ってる。クリムゾングループと戦おうって思ってる」
私達FABULOUS PERFUMEの解散…。
「沙織、弘美。
私もね。正直に言うと怖いよ。クリムゾンは怖い。
でも私達には戦う力がある。
それなのに戦わないで逃げた方が…冬馬達ファントムのみんながクリムゾンにやられちゃったり、これから楽しいライブを出来なくなっちゃうって事の方が…ずっと怖いんだよ…だから…」
「「沙織、弘美。お願い。私(ボク)達と一緒に戦って欲しい」」
え?解散じゃない…?
私達と一緒に戦って欲しいって…。
「双葉…栞…マジか?マジで言ってんのか?」
弘美も驚いたようね。
今までの双葉と栞なら、私達に迷惑をかけたくないとかそんな理由でFABULOUS PERFUMEを解散しようと言うと思っていたのに……。
「うん。私はマジだよ。
シグレのボーカル、チヒロのギター、イオリのドラム、そしてオレのベースでFABULOUS PERFUMEを続けていきたい。
オレ達ならクリムゾンにも負けない」
「僕もだ。僕もFABULOUS PERFUMEでならどんな相手も怖くない。僕達ならどんな相手でもどんな大変な事でも乗り越えていけると思っている」
双葉…栞…。
いえ、今はナギとイオリかしら?
だったら…。
「当然だな。私も正直恐ろしい気持ちもあるが、私はFABULOUS PERFUMEが好きだ。そして私達のファンの事も大好きだ。クリムゾンから逃げたりしたくない。それならいっそ戦って散った方が美しいだろう。まぁ、クリムゾンに私達を散らせるようなバンドが居ればの話だがね」
「うぅ~……双葉!栞!よく言った!
俺は嬉しいぜ…!俺も戦うぜクリムゾンとな」
「ありがとう。シグレ、チヒロ」
そしてその後私達は笑い合った。
私も弘美も仕事用……男装ではないメイクと服装。双葉と栞も女の子らしい格好をしている。
こんなスタイルでFABULOUS PERFUMEをやっても締まらないよね。
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「ごめんなさい、双葉。
私はあなたはFABULOUS PERFUMEを解散しようと言い出すと思ってたわ」
「ううん、そんなの全然いいよ。私も少しは解散の事も考えたし」
「あたしも双葉も栞も解散を考えてるかと思ってたよ」
「ボクはinterludeと江口 渉とゆうちゃんのデュエル見ちゃった時…怖いって事よりゆうちゃんに負けたくないって気持ちの方が強くて……。
まどか姉に負けたくないって気持ちだけじゃダメって、笑顔で叩けって言われて……。
FABULOUS PERFUMEでの演奏を思い出しながら叩いてたら笑顔になれてた。だからボクはFABULOUS PERFUMEじゃないとダメって思ったんだよ」
「私も雨宮 大志さんとデュエルをして、全然歯が立たなかったけど…。
FABULOUS PERFUMEでなら私はもっと演奏が上手くなれる。FABULOUS PERFUMEでならもっと楽しい音楽をやれる。って思った」
双葉も栞もいつの間にか成長してるのね。南国DEギグでの事は大変だったと思うけど、行って良かったんだと私は思うわ。
「あ、でもさ。メジャーデビューの事はどうする?あたしも沙織も仕事の事があるから今まではどこの事務所のスカウトも断ってたけどさ」
メジャーデビュー……。
確かにファントムとはいえ私達は音楽事務所に所属するバンドという事になる。
私の仕事もそうだけど、弘美には今の仕事に夢がある。
今の系列会社の店舗の店長になり、自分の店を持つという夢が……。
「それなんだけど、沙織も弘美もお仕事あるし私も栞もまだ高校生だしね。メジャーデビューはせずにインディーズでやらせてもらおうかな?って思ってるんだよ」
「ボクもそれがいいと思う。
ゆうちゃん達がメジャーデビューしちゃっても、ボクはメジャーとかアマチュアとか関係ないよ。ボクはFABULOUS PERFUMEで演奏をライブをしていきたいだけだから」
FABULOUS PERFUMEで演奏したいだけ…か。私も同じ気持ちだわ。
「そっか。あたしも自分の夢の事もあるけどさ。FABULOUS PERFUMEでライブをやっていきたい気持ちは本物だから」
「それよりも当面の問題はクリムゾンね」
「うん。私達はまだまだクリムゾンのミュージシャンには敵わないと思う」
クリムゾングループ…。
私達がファントムに所属すれば、これからはクリムゾンのミュージシャンともデュエルをする事になるでしょうね。
私達FABULOUS PERFUMEにスカウトに来た事務所にはクリムゾングループの事務所もあった。
断ってはいたけど、私達がどこの事務所にも所属していなかったから、今までは見逃してもらえてたんだろう。
私達がファントムに所属する事になれば、クリムゾングループの敵となる。
それなりに名前の売れている私達は余計に狙われるようになるかも知れない。
「チューナーの存在が必要ね」
クリムゾングループと本格的にデュエルをするとなると十中八九エンカウンターデュエルになる。
そうなると私達にもチューナーが必要になるわね。
「ボク達は男装バンドだもんね。
男装が好きなチューナーが居てくれたらいいんだけど……」
そう。私達のバンドは男装バンドだ。
そして私達みんなその事に誇りを持っている。
ファンの方達の事もそうだ。
私達のステージにFABULOUS PERFUMEとして男装していないチューナーが居ても『私達らしい美しさ』に欠ける。
そうなるとオーディエンスの気持ちも下り、デュエルで勝つのが難しくなるだろう。
「チューナーは誰にでも出来るものじゃないもんね。雨宮 大志さんとデュエルした時もチューナーが居ればリズムを乱される事はなかったと思う」
音色を視覚化し、正しいリズムを刻む事の出来る存在のチューナー。
SCARLETはそのチューナー探しにも協力してくれると言っているみたいだけれど、私達には……。
「ここであたし達が頭を悩ませててもどうにもならないんじゃないか?
土曜日にSCARLETの本社に行くならその時にその話もしてみればいいさ」
「うん…そうだね。
………って土曜日は弘美はお仕事は大丈夫なの?」
「ん?ああ、土曜日はライブの次の日だろ?さすがにしんどいと思って公休にしてたんだよ」
「そっか。じゃあ土曜日は4人で行けるね。沙織も大丈夫かな?」
「ええ。私も大丈夫よ」
私達の話はそこで終わり、カラオケ店から出て解散した。
私達にも問題は山積みだけど、きっと私達なら大丈夫。私はそう思っている。
「沙織」
私は声の掛けられた方に目を向けた。
「やっぱり沙織だ。どう?あの事考えてくれた?」
「あの事?私はクリムゾンの事務所に所属する気はない。そう伝えたはずよ姉さん」
そこにはクリムゾングループの事務所で働く私の姉が居た。
まだ双葉達にも言えないでいる事。
「ん~。やっぱりダメかぁ。
まぁ別にいいんだけどね。お仕事も頑張ってるんでしょ?」
姉は私がFABULOUS PERFUMEのシグレである事を知らない。
昔から歌の上手かった私をクリムゾングループのミュージシャンにしようと執拗にスカウトしてきている。
今はまだFABULOUS PERFUMEのシグレである事も、ファントムに所属する事も知られる訳にはいかないわね。
「まぁね。毎日が充実しているわ」
「そっかそっか。お姉ちゃんそれ聞いて安心したよ」
姉さんは特に嫌いという訳ではないが少し苦手だ。昔から何でも見透かされているような気がして…。
「話がないなら私は行くわよ」
「久しぶりに会ったんだからさ。そこらでお茶でもしながら話さない?」
「……私には話はないわ。話があるならここで話して頂戴」
それに姉さんは変な所鋭かったりする。
あんまり今は関わりたくないわね。
「そっかぁ。残念。
じゃあ私も行くわ。お父さんとお母さんも寂しがってたよ。たまには家に帰っておいでよ」
「姉さんも父さんも母さんも。
事ある毎に私にクリムゾンに所属しろって言ってくるじゃない。それも嫌だったから家を出たってのもあるのだから」
姉さんがクリムゾングループの会社で働くようになり、父さんも母さんも姉さんの働くクリムゾングループに私を所属させようとしてくるようになった。
クリムゾングループは大きな会社だし、親としてはそんな会社に雇われる方が安心するのだろう。
だけどクリムゾングループの音楽には自由がない。私もクリムゾンの音楽は好きじゃない。FABULOUS PERFUMEのシグレになってから、その気持ちもどんどん大きくなってきている。
建前上は私は普通の会社に就職したわけだしこれからは自立して頑張っていく。
そう言って家を出て一人暮らしを始めたが、実の所は家族にFABULOUS PERFUMEの事を知られたくないからだ。
「そっかぁ。まぁ沙織も沙織で考える事ややりたい事もあるんだろうしね」
「ええ。それじゃ行くわね」
私はそのまま姉さんと別れ、帰宅しようと歩き始めた。
「あ、そだ。沙織」
まだ何かあるのかしら?
「何?明日も仕事なのだし早く帰りたいのだけど」
「私ね。他のクリムゾングループの会社に引き抜きされたの。クリムゾンエンターテイメント。名前くらいは聞いた事あるでしょ?」
え?クリムゾエンターテイメント…?
「そこの創始者である社長がね。
今度日本に帰ってくるんだって。それでこれからどんどん活動も増やしていくみたいでさ。優秀なお姉ちゃんは引き抜きされたのだ!出世も出世の大出世だよ」
創始者が日本に帰ってくる…?
双葉達の言ってた海原って人の事ね。
「それはおめでとう。良かったわね出世出来て。これからも頑張ってね」
もう少し姉さんから話を聞き出してもいいかも知れない。
そう思ったけれど、さっきから帰ろうとしている私がこれ以上姉さんの話に付き合うのは変に思われるわね。
「うん。ありがとう。お姉ちゃん頑張るよ。
沙織も頑張ってね。金曜日のライブ」
!?
今、今姉さんは何って言った?
金曜日のライブ……?
「じゃあね~」
姉さんはそう言ってその場から去っていった。
そういえば双葉は雨宮さんに正体がバレていたと言っていた。
私も姉さんにバレている……?
私は一抹の不安を抱えたままその場を後にした。