-チュンチュン
「ん……朝…か?」
俺の名前は宮野 拓斗。
窓から入る日差しを顔面にモロに受けて俺は目を覚ました。
俺は布団から起き上がり部屋を見渡す。
この部屋にはあまり家具はない。殺風景な部屋だ…。
ここに引っ越して来たのは南国DEギグの開催された南の島から帰ってきた2日後、8月21日の火曜日だ。
今日は8月22日。
俺もこれからはファントムのバンドマンとしてクリムゾンと戦う。
明日香の親の家。今まで俺達…俺と明日香と聡美はそこに住んでいた。
だがそこからだとファントムやSCARLETへは遠すぎるから、引越しをしようと決めた。
今にもナニカが出そうな雰囲気のボロアパートだが、ファントムやSCARLETへの交通の便もよく、架純の住んでいるマンションからも徒歩圏内、しかも家賃がびっくり安いという事もありここに住む事に決めた。
明日香と聡美はこれからは架純のマンションで3人で一緒に住む事にした。
架純はさすが元アイドルというだけあって、それなりに広いマンションに住んでいたからな。
明日香も架純も聡美も、クリムゾンへの恨みは忘れる事は出来ないようだが、ファントムに所属して楽しい音楽をやっていきたいと言っている。
俺はもっと早くあいつらが楽しい音楽をやりたいと思うように導いてやるべきだった。これもタカのおかげだな…。
だが………問題は俺か…。
-ドンドンドン
突然部屋に激しいノック音が鳴り響く。
「拓斗ー!拓斗ー!起きてるー?」
明日香か…。ここのアパートはボロいんだからそんなに激しく叩くと壊れちまうぞ…。
俺は手早く着替え部屋のドアを開けた。
「うるせーよ。そんな叩いたら壊れちまうだろうが…。インターホン押せよ」
「インターホン壊れてるよ?」
「うん。押したけ…ど、鳴らなかったよ」
ドアの前には明日香と架純と聡美が立っていた。
まさかインターホンが壊れていたとはな。そういやここトイレの電気も切れてたな…。今度修理するか…。
「まぁいいや。何か用があって来たんだろ?入れよ」
俺は明日香達を部屋へと招き入れた。
「でもほんまボロいアパートやなぁ。
拓斗くんももう少し綺麗な所にしたら良かったのに…」
「あ?あんま金ねぇからな…」
「今は拓斗も無職だしね」
うっ…確かにその日暮らしを続けてきてたからな…。
多少は貯金もあるが贅沢は出来ねぇ…。
「うるせー。それより今日は何の用だよ。俺は昼から出掛けんだ。あんま時間取れねぇぞ?」
「昼からお出掛け?私聞いてないんだけど?」
「あ?言ってねぇからな」
「なんで?」
「あ?なんでって……いちいち言わなきゃなんねーのかよ」
「クリムゾンの所に行くの?」
あ?ああ……そうか。
こいつ俺が一人でクリムゾンのミュージシャンとデュエルしに行くと思ってんのか…。
「ちげぇよ。クリムゾンは関係ねぇ」
「じゃあ拓斗さんは何しに?まさかタカさんに会いに?」
タカに……か。確かにタカやトシキ、英治ともゆっくり話したいって気持ちはあるが……連絡先知らねぇんだよな…。
『おい、タカ。俺もこれからはファントムのミュージシャンの仲間だ。れ、連絡先の交換をしないか…?』
『あ?仲間?誰が?お前俺のバンドメンバーと妹分を泣かせといて何言ってんの?盛夏に許してもらってからそんな事言ってこい』
タカに連絡先交換を提案してこんな事言われたらへこむしな…。
てか、盛夏はまだ俺の事怒ってんのかな?
ってなると英治か…?
『おい、英治。俺もこれからはファントムのミュージシャンの仲間だ。れ、連絡先の交換をしないか…?』
『お、それもそうだな。よし、俺はお前らと連絡取る時は架純ちゃんに連絡するわ。って訳で架純ちゃんどこだ?』
英治だとこうなる気がする…。
そしたらトシキか…。
『おい、トシキ。俺もこれからはファントムのミュージシャンの仲間だ。れ、連絡先の交換をしないか…?』
『え?俺は別にファントムと関係ないけど…?宮ちゃんもはーちゃんとか英ちゃんと連絡先の交換した方がいいよ?』
いや、普通にこうなるだろ。トシキはバンドやってる訳じゃねぇしな。
あ、ヤバいどうしよう?何か泣きそうになってきた。
「拓斗さん…?」
「あ?ああ、別にタカに会いに行くわけでもねぇよ」
「本当…に?抜けがけしない?」
え?抜けがけって何?
お前まだ俺がタカの事好きだとか思ってんのか?
「ほんなら拓斗くんはどこにお出掛けするん?」
「何処でもいいだろそんなもん」
「「よくない!」」
「やってさ。うちは別に拓斗くんが何処行ってもええけどな。興味ないし」
え?聡美って俺に興味ないの?
何処に行ってもいいって言ってくれるのはありがたいけど、それはそれで悲しいからな?
「しゃあねぇな……。
俺達はこっちに拠点を置いた。今までの明日香の家からじゃ遠すぎるからな。だが、明日香はまだ高校生だ。それでこっちの高校に転校手続きをな」
明日香は一応まだ高校生だ。
明日香の両親が残してくれていた金もあったし、明日香は高校くらいは出してやりたいと思い通わせていた。
だが、こっちに来たら前の学校まで通学するのは大変だろうからな。こっちの高校へ転校させようと思っていた。
「え?私別に学校なんか行かなくてもいいけど?前の学校だってあんまり出席してなかったし」
え?あんまり出席してなかったの?何で?
チッ、俺の育て方が甘かったか…。
「テメェ…あんまり出席してなかったってどういう事だ?あ?返答次第じゃ許さねぇぞ?」
「名義上の私の保護者が無職だったから恥ずかしかったし、小学生の頃に参観日とかで目付きと態度の悪い拓斗が来るもんだから、父親がチンピラか何かと思われて友達も出来なかったし」
お、俺のせいかよ……。
「まぁ確かに拓斗くんは小学生からしたら怖いやろなぁ。見た目が。
うちもたまに拓斗くん怖い思うし」
聡美、お前俺の事怖いと思ってんの?
「拓斗さん…は、見た目がアレだしファッションセンスもアレだからね…。
でも本当は不器用な優しさを持ってるただのBでLなだけなのにね。…女子受けはよさそうだけど」
待て架純。BでLって何だ…?いや、やっぱり答えなくていい。嫌な予感がする。それと見た目がアレって何だ?いや、やっぱりこれも答えなくていい。
「そんな訳で拓斗。私の転校手続きなんかいらないから」
「高校くらい出てやがれ。大学は…まぁ好きにすりゃいいけどな」
「あ~…。確かに拓斗くんの言う通りかもな。架純も大学はちゃんと行っとるんやし明日香も高校は行ってた方がええよ?
うちも拓斗くんも一応大卒やしな」
「確かに…拓斗より学力が劣ると思われるのは屈辱でしかないけど…」
何で屈辱なの?
「それに夕べ私達で話したじゃない。これからファントムでお世話になるわけだし、バイトくらいはみんなでやろうって。架純もそろそろBlue Tearの時の貯金も無くなるでしょ?」
「私は可愛くて歌も上手かったし、センターで売れっ子だったからまだ余裕あるけど…」
架純のやつ…自分で可愛いって言いやがった…。
「取り合えず私は高校には行かない。バイトする。
いつまでもお父さんとお母さんの残してくれてた貯金だけじゃ心許ないし、私の学校の心配より自分の将来の心配でもしてて」
はぁ~…しょうがねぇな。こいつは。
「明日香。お前を転校させる高校は達也が教師をやってる学校だ。それに晴香もお前をちゃんと学校くらいは行かせろって言ってやがったしな。一応高校には行かせてるとは言ったが…」
「晴香さんと達也さんが…?
クッ…ファントムの方がそう言うなら行かざるを得ないか……困った…」
何で俺が言ったらダメなの?
てか、達也は一応ファントムのバンドマンだが晴香はファントム関係ないからな?
「それに……俺も一応働く。だからテメェも高校行け」
「拓斗が…働く…?え?自宅警備員は働くって言わないよ?」
「自宅警備員じゃねーよ。高校の転校手続きの後は仕事の面接だ」
「拓斗が……?そんな…今日はこんなにいい天気なのに…昼から雨!?」
「拓斗くんが面接に…?その目付きで…?」
「拓斗さん…面接ってね。合格しないと働けないんだよ…?」
何なのこいつら。
俺の事何だと思ってるの?今までも日雇いの仕事はしてきてましたけど?
「テメェらが俺をどう見てるかよくわかった。おい、明日香」
「何?洗濯物を取り込みに帰りたいんだけど」
「お前の転校手続きはやってくる。だから俺が今日の面接に合格して働けるようになったらテメェは学校にちゃんと行け」
「………それは拓斗の面接が不合格だったら私は学校に行かなくていいと受け取ってもいいという事ね?」
「………いいだろう。ただし俺が面接に合格したらこれからの高校生活は皆勤しろよ?いいな?」
「勝算の高い勝負は面白くないけど……いいわ。その勝負受けてあげる」
「明日香~。せっかくなんやし高校は行ってた方がええって~」
「拓斗さんも……ちゃんと明日香を説得した方がいいよ…?」
こいつら…俺が面接に合格しないと思ってやがんのか…。
・
・
・
俺は明日香の転校手続きを終え、今は面接を受けている。
そういえばあいつら何の用で俺の部屋に来たんだ?高校の事と俺の仕事の話しかしなかったしな。
「お話はわかりました。それでは本日の面接の結果ですが…」
あ?もう面接の結果出るのか?
フッ、丁度いい。早速今夜あいつらに面接が合格した事をドヤ顔で言ってやるぜ。
「不合格です。さようなら」
「ファッ!?」
ちょっと待て…不合格!?何で!?
「な、何で俺が不合格なんだよ!」
「いや、何でって一応あたしは兄貴の上司になるんだよ?ここの経営者はあたしだし。会社でいったら社長よ?
いくら身内でも面接でタメ語ってどうなの?この15年の間に一般常識が欠落したの?」
そう、俺が面接に来たのは居酒屋そよ風。晴香の経営する居酒屋だ。
しかしバカな…。お前があの南国DEギグの翌日に……。
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「そういえば兄貴って今は何してんの?ニート?」
「あ?たまに日雇いのバイトしたりして…」
「はぁ!?一応明日香ちゃんの保護者なんでしょ!?」
「あ?ああ、まぁな。あいつを育てる事には問題はねぇ。あいつの両親の残していった貯金があるしな」
「ま、まさかテメェ明日香ちゃんのご両親のお金を…!!」
「ちょっ、勘違いすんな。俺自身はあいつの両親の金には手ぇ出してねぇよ。あいつの学費とかにしか使ってねぇ。食費とか光熱費、スマホ代とかその他諸々は俺がバイトした金で支払ってる」
「そっか。びっくりした…とうとう兄貴をこの手で……って思っちゃった」
この手で何なの…?こいつ怖いわぁ…。
「でもそれじゃちゃんとした物食べれてないんじゃない?」
「あ、俺はな?でも明日香にはちゃんと食わせてるぜ?」
「そっか。じゃあ兄貴うちの店で働かない?うちも色々考えてる事もあるし人手欲しいんだよね。賄いも出してあげるしさ。時給はまぁ他のバイトの子の事もあるしうちの規定通りしか出せないけど…」
晴香の店で働く……か。
確かにこれからはファントムでって考えてるし、日雇いを転々とするより安定して働ける所の方がいいか。
「身内の所ならLazy Windでライブとか何かあった時も休みとかも取りやすいでしょ?それにあたしも……もう兄貴がどっか行っちゃうの嫌だしさ」
晴香…。俺ももうお前の側からは離れねぇよ。たった二人の兄妹だもんな。
「そうだな。じゃあお前の店でやっかいになるか」
「兄貴…。うん。あ、一応面接はするからね。履歴書書いて水曜の15時に面接に来てよ。都合悪いならまた別の日で考えてもいいし。そよ風の場所わかるよね?」
「ああ、水曜で問題ねぇよ。そよ風の場所もわかるしな。15時に行かせてもらうわ」
「うん!待ってるね!」
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こ、こんなやり取りだったから気軽に考えてたんだけど……。
「そもそもあたしも面接中は敬語だったよね?何でそれでタメ語で面接受けてんの?アホなの?」
「あ、いや…確かに…そうだったな…」
そういやこいつずっと敬語だったな。
「それに何で1日3時間で週に2日なの?
何かあるわけ?うち人手欲しいって言ったよね?」
「あ、あんまり働いてこなかったから…その感覚がな…?」
「は?」
うおっ!?何なのこいつのこの目!!
まるで汚物を見るような目で俺を見てくる…。
「す、すみません…」
「はぁ~……。このバカ兄貴は…。
とにかくこんだけしか働けないならうちでは雇えないよ。人を雇用するのにもお金ってかかんだしさ。それに社会保険の事とかもあるっしょ?うちは福利厚生もあんだし、それくらいは働きなよ」
「あ、ああ、そ、そうだな…」
「兄貴を雇ってさ。うちも夜だけじゃなくてランチタイム営業とかしたいって思ってたんだよね。それにうちには正社員の子らも居るから兄貴もいずれは……。
正社員はファントムの事もあるから無理だろうけど契約社員とか特別雇用社員とかにしたいと思ってたしさ」
さ、さすが晴香だ…。ちゃんと経営者やってんだな…。そして俺の事もちゃんと考えてくれてたのか…。
「晴香…」
「あ?何?」
「大変申し訳ございませんでした。
身内の所という事で正直甘えがありました。お忙しい所誠に申し訳ありませんが、再度面接を受けさせて頂けませんでしょうか?お願いします」
俺は席を立ち、頭を下げて晴香にもう一度面接を受けさせてほしいと懇願した。
「へぇ……正直驚いた。
兄貴の事だからもういいとか言って帰ると思ってたけど…。いいよ。じゃあもう一度だけ面接してあげる」
「はい。よろしくお願いします」
俺は頭を上げてイスに座り、姿勢を正して面接に挑んだ。
明日香の学校の事もあるが、俺の事をしっかり考えてくれていた晴香の思いにもちゃんと報いないとな。
「それでは……面接を再度始めさせて頂きたいと思います。ではまず………」
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「では最後に質問等はございますか?」
「はい。特にはありません。ありがとうございました」
「では、これで面接は終了します」
俺は面接を終え、晴香の次の言葉を待った。
「うん。今のはちゃんと敬語だったし良かったと思う。さっきの面接での言葉に嘘偽りはない?やれる?」
「ああ、男に二言はねぇ」
「本当に週5でやんの?昼も夜もとかなるとしんどくない?」
「お前も正社員の人もそんくらいやってんだろ?問題ねぇよ」
「いや、うちらは交代制にするつもりだしさ」
「面接ん時にライブや練習がある時は休みなり何なり融通はきかせてくれるって言ってたろ?」
「いやそりゃ言ったけどさ……」
それにお前が俺の事を心配してくれてた事も、考えてくれてた事も嬉しかったからな。
………とは、面と向かって言えねぇな。
「だったら俺には問題ねぇよ。よろしく頼む」
「うん……わかった。あたしの方こそよろしくお願いします。あ、そうだ。今日早速なんだけど、お得意様が団体で予約入れててさ。そのお客様はヘマしても許してくれそうだから、そのお客様で研修しちゃう?」
あ?いきなり今日からか?
だがお得意様で割と許してくれそうなら、そういうお客で研修させてもらった方がいいか…。
「そうだな。早目に仕事も覚えた方がいいだろうし、晴香……店長がよけりゃ今日から早速…」
「うん。わかった。じゃあそれまで基本的な事はあたしが教えるね。まずは更衣室からだけど…」
「あ、その前に明日香に電話していいか?仕事が決まった事と今日からっての伝えておきたいしな」
「うん、わかった」
そして俺は明日香に電話して今日から仕事という事を伝えた。
めちゃくちゃ驚いていたが『おめでとう』と祝いの言葉をもらった。
高校にもちゃんと皆勤すると約束もさせたし、バンドも仕事も頑張っていくか。
クリムゾンとの戦いもな…。
・
・
・
「兄貴、そろそろお得意様が来るから入口で待機してて。そして教えたように席に案内してあげて」
「あ、ああ。わかりました」
「相原さん。そんなわけでお得意様が来たら兄貴に任せて他のお客様が来たらお願いね」
「了解で~す。それより店長のお兄さんめちゃイケメンっすね。ご結婚とかされてるんですか?」
「そう?イケメンかな…?兄貴はまだ独り身だよ彼女もいないし」
「へぇ、そうなんですね~」
いや、お前ら聞こえてるからな?
恥ずかしいからやめてくんね?
-ガラッ
「こんばんは~」
「こんばんはで~す」
「ほら、いい加減観念してキビキビ歩きなさい」
ん?客か?
それにしても聞いた事あるような声だな…。
「あ、拓斗さん。お得意様がいらっしゃいましたよ。マニュアル通りお願いします」
「あ、ああ。わかっ……わかりました」
そして俺はお客様の元に行き、晴香に教わった通りに挨拶をした。
「い、いらっしゃいませ。な、何名様でしょ……う…か?」
「あ、予約してた水瀬です。今日もよろしくお願……え?拓斗さん?」
な、何で渚が…?奈緒も理奈も居やがる。
晴香の言ってたお得意様ってこいつらの事か…。
「あれ?拓斗さん?どうしてこんな所に?」
「あ?拓斗?」
「おお、拓斗か!もしかしてお前ここで働く事にしたのか?」
タカと英治まで居るのかよ…。
「う~!宮野 拓斗…!!(ギリッ」
「せっちゃん、気持ちはわかるよ」
盛夏と澄香まで居やがる…。
それより盛夏はまだ俺の事怒ってんの?
そして澄香はやっぱり俺の事嫌いなのか?
そこには、渚、理奈、志保、香菜、タカ、奈緒、盛夏、澄香、英治、渉、シフォン、美緒の12人が居た。
何で未成年が4人もいるんだ?ここ居酒屋だぞ?
クッ、しかし今は俺は居酒屋そよ風の店員だ。
マニュアル通りに接客すりゃ問題はないはず…。
それに幸いこいつらとは顔見知りだ。多少は失敗しても多目に見てもらえるだろ…。
……見てもらえるかなぁ。こいつらめちゃ文句言って来そうだなぁ…。
何で晴香は俺の仕事1発目にこいつらをチョイスしたの?
まだ『いらっしゃいませ』って言っただけなのに、もう不安で爆発しそうなんだけど?
そうして俺の仕事1日目が始まった。