あたしの名前は大西 花音。
バンド自体は………組んでるって言えるのかな?
ボーカルのあたし、ギターの木南 真希さん、ベースの東山 達也さん、ドラムの北条 綾乃さん。
バンドメンバーは揃ったけど、あたし達にはまだバンド名が無い。もちろん曲も無い。
11月にはライブハウス『ファントム』主催のフェスイベントもあるというのに…。
いや、それよりもだ。
あたし達が先日まで行っていた南の島。
そこで開催された南国DEギグ。
南国DEギグにはクリムゾンは介入出来ないと言われていたのに、今回に限ってクリムゾンの乱入があり、爆発事件にまで至った。
マスコミなんかには規制が入って、南国DEギグは今年も大盛況だと報道されていた。
…………あの会場には何万人もの人が居たのにどうやって規制をかけたんだろう?
いや、考えるのは止めとこう。
まぁ、そんな事があったわけで、これからの事もバンドメンバーでゆっくり話し合おうと綾乃さんにあたし達は招集をかけられていた。
あたしはファントムの扉を開けて中に入った。
「いらっしゃっせー!
……って花音さんか。今日はどうしたの?お父さんは飲みに出掛けちゃったんだけど」
あたしがファントムに入ると、オーナーである英治さんの娘。初音ちゃんが出迎えてくれた。
英治さんって初音ちゃんに任せて飲みに行っちゃったの?
「今日はうちらのバンドでミーティングしようって事で綾乃さんに呼ばれてさ」
「あ、そうなんだ?
じゃああんまり聞かれたくない事もあるよね?綾乃お姉ちゃん達が来たら控え室を開けようか?」
ああ……初音ちゃんって本当にしっかりしてるなぁ…。まだ[ピー]歳とは思えないよ。
………あれ?何で初音ちゃんの歳の所に自主規制音が入ったの?
初音ちゃんはまだ[ピー]歳!
あれ?初音ちゃんはまだ3歳!
あ、適当な数字を言ったら自主規制音が入らない。
初音ちゃんは4歳、初音ちゃんは5歳、初音ちゃんは[ピー]歳、初音ちゃんは[ピー]歳………なるほど。適当な数字でもある程度増やしていくと自主規制音が鳴るのか。何でこんな事が?
「花音さん?」
「あ、いや、ごめん初音ちゃん。
じゃあ綾乃さん達が来たらそうしてもらおうかな。
それと初音ちゃんっていくつだっけ?」
「うん。じゃあ綾乃お姉ちゃん達が来るまでは好きな席に座ってて。
そして私は[ピー]歳だよ」
なるほど。初音ちゃんが自主的に言っても自主規制音が鳴るのか。あたしだけじゃないって安心したけど何でだろ?
あたしは不思議に思いながらも空いている席に座った。ちょっと早く来すぎたかな?スマホでゲームでもしとこ。
イヤホンは片方だけにしてたら呼ばれてもきっと気付くよね。
「えっ……とここ…かな?あ、大西さ~ん」
あたしの名前が呼ばれたものだからゲームを一時中断して(止めないのかよ)入口の方に目を向けてみた。
スーツ姿のお姉さんがめちゃ手を振っている。うぅ~む……知らない人だ。
大西って特に珍しい苗字じゃないし、あたしじゃない大西さんかな?
さ、ゲームの続きしよ。
「え!?無視!?」
あ~…このゲームもそろそろクリアしちゃうな…。何か面白いゲーム…。奈緒に聞こうかな?
でも奈緒の事だから……
『え?面白いゲーム?花音は何を言ってるの?去年ゲームのやりすぎで単位落としたよね?おかげで一緒に卒業出来なかったよね?また大学4年生やりたいの?
バンドもやるのにゲームもして卒業出来るの?』
とか言われそうだもんなぁ~。
そもそもあたしが留年したのはゲームのやりすぎじゃなくて、課金したいからバイトを頑張り過ぎただけだし。
うん、ゲームのせいですね。
「あの~……大西さん…?」
奈緒って普段は優しいのに、そういう所は厳しいからな~。お母さんが奈緒じゃなくて良かった…。
「あ、あの…」
あ、やっぱり美緒ちゃんが居るからかな?結構歳の離れた妹だもんね。
お姉ちゃんとしてしっかりしなきゃってのもあったのかもなぁ。
奈緒って会話の時も敬語が多いもんね。間違ってる敬語が多いけど…。
「大西 花音さん!」
え?あたし?
あたしは声のかけられた方に目を向ける。
「………あ、も、もしかして木南さんですか?」
「そうだよ~…。さっき目が合ったのにすぐ目を反らされるしショックだったよ…」
「す、すみません…。眼鏡もかけてらっしゃるし、髪も綺麗に束ねてらっしゃるので一瞬誰だかわかりませんでした」
いやいや、雰囲気変わりすぎでしょ。
南国DEギグの時と全然違うし…。
「まぁ、仕事の時はこんな感じかな。
コンタクトも毎日ってなると高いじゃん?」
あ~、そっか。木南さんも社会人だもんね。あたしも就職したらスーツか…。
あはは、堅苦しいな……。
いや、その前に就職活動か…。
「あれ?そういえばタカさんや渚と同じ職場なんですよね?タカさんに平日に会った時は私服でしたけど?」
「ああ、葉川と水瀬さんは隔離部署だし、お客様と会う機会が無いからね。営業部とか私達経理部とかはスーツなんだよ」
え?タカさんも渚も隔離部署なの?
タカさんって会社でもぼっちなの?
あ、渚がいるからぼっちって訳でもないか…。
「あ、そういや葉川と水瀬さんは来てないんだね。二人で急いで帰ってったからここに来てるのかな?って思ったんだけど…」
「木南さん、こんばんは。
タカと渚さんなら一度ここに来たけど飲み会に行っちゃったよ」
「あ、初音ちゃんこんばんは。あ、今日はお手伝いしてるの?」
「ああ、私はお手伝いっていうか……。
実質ここのオーナーは私だから…。だからお父さんも平気で飲み会行っちゃうし。
お母さんも今日は手伝ってくれてるけどね」
あ、まぁ確かにそうかな…。
英治さんや三咲さんよりは初音ちゃんが厨房にいる方が多いもんね…。
「まぁ、私が来る時って大体おっちゃんは居ないよね。三咲さんか初音ちゃんばっかりで」
え!?綾乃さん!?
「び、びっくりした…。北条さんいつの間に来たの…?」
「ついさっきだよ。花音も木南さんもこんばんは」
「こ、こんばんは…。あたしもびっくりしましたよ。綾乃さんっていつもいきなり現れますよね…」
「え?私そんなに存在感無い?」
いや、存在感があるとか無いとかじゃなくて…。いつもいつの間にか居ると言うかいきなり会話に入って来ると言いますか…。
「後は達也さんだけか。綾乃お姉ちゃん控え室Aわかるよね?花音さんと木南さんをそこに案内してあげてくれる?
オーダーが決まったら内線くれたらそっちに持って行くし、達也さんが来たらそっち行ってもらうし」
「控え室?わかるけど何で?」
「バンドの事話すならあの事も話すでしょ?それならあんまり人が居ない方がいいかな?って。はい控え室の鍵」
初音ちゃんはそう言って綾乃さんに鍵を渡した。本当にしっかりしてる子だな…。
初音ちゃんは[ピー]歳!!
あ、自主規制音は元気に社畜中か。
そしてあたし達は綾乃さんに案内されて控え室に向かった。
「へぇー、ファントムの控え室って綺麗にしてんだね」
「あ、そっか。木南さんは他のライブハウスでライブしてたんですもんね。
他のライブハウスって汚ないんですか?」
「いや、綺麗な所の方が多いっちゃ多いけど、私達がライブしてた所によっては汚な~~い所もあったよ」
そうなんだ…。ファントムは綺麗にされてて良かった…。
「花音と木南さんはオーダーどうする?
そんなに長居するつもりはないけどご飯もここで食べちゃう?」
「あ、長居しないならあたしは家で食べようかな」
「それなら私も家で食べようかな?
じゃあアイスコーヒーだけお願い」
「木南さんはアイスコーヒーね。私はアイスミルクティーにしようかな。花音は?」
「じゃああたしもアイスコーヒーお願いします」
あたし達のオーダーが決まり、綾乃さんが内線で注文してくれた。
・
・
・
-トントン
綾乃さんが注文をしてくれてから少しして、控え室のドアがノックされた。
初音ちゃんか三咲さんがドリンク持って来てくれたのかな?
「はい」
あたしがドアを開けると目の前には達也さんが居た。
「こんばんは、花音さん。皆さん待たせてしまいましたか?」
あたしはふと腕時計に目をやる。
うん、待ち合わせ時間5分前。
「いえ、まだ待ち合わせ時間には余裕ありますし大丈夫ですよ」
「そうですか。それなら良かったです。
あ、初音ちゃんに頼まれて皆さんのドリンクも持って来ました」
「え?あ、ありがとうございます」
あたしは達也さんを控え室へと招き入れ、達也さんと木南さんと綾乃さんが挨拶を交わした後、綾乃さんから話は切り出された。
そしてそれは意外な話だった。
「私達はまだバンド名も無いし、曲も無い。これからクリムゾンエンターテイメントの海原も日本に帰ってくる。南国DEギグの時のような爆発事件にもこれからも巻き込まれるかも知れない…」
「ちょっ…北条さん…?」
「バンドをやめとくなら今の内だと思う。みんなどう?」
「北条さん…」
「バンドをやめとく…か。確かに今の内じゃないとファントムやSCARLETにも迷惑が掛かりますもんね…」
バンドをやめとく…か。
綾乃さんらしくない……どうしたんだろう?
綾乃さんは確かに前に出るタイプじゃない。まどかさんが前線に出て、綾乃さんは後方から爆弾をぶっ放すタイプだ。
もしクリムゾンが邪魔してくるなら元から断とうとしそうだし、タカさんや英治さんやまどかさんにバンドを辞めろと言われても嫌がりそうなんだけどなぁ。
それにクリムゾンが怖いならこないだホテルの中庭でその話をしてもよさそうなのに。
綾乃さんがそんな事言うもんだから、あたしもだけど達也さんも木南さんもびっくりしちゃってるじゃん……。
ん……?達也さんと木南さん?
あ、あ~……そういう事かな?
「わ、私は確かに15年前の事とか詳しくは知らないし、北条さんは葉川や中原さん、トシキさんに色々聞いたり、南国DEギグの事でクリムゾンが怖くなってもしょうがないかも知れないけど……私はそれでもまたバンドがやれるんだって…音楽がやれるんだって嬉しかった……それなのにさ…」
「え?木南さん?」
「綾乃さん。僕も綾乃さんにバンドを誘って頂いて嬉しかったです。15年前はタカさんや拓斗さんの事を見てましたから、クリムゾンが怖いって事は少しはわかっているつもりですけど、それでもバンドやりたいって…クリムゾンとも今度は戦いたいって思っていました」
「え?そう?なら良かったです」
あ~……やっぱり綾乃さんはそういう意味で言ったんだね。話が噛み合ってない…。
綾乃さんも話し方が下手くそですよ…。
「葉川にも言ってなかったけどさ。
こういう事言うのは大西さんには失礼かもしれないけど…」
え?あたし?別に何言われても割と平気ですよ?ぼっち時代にハートは鍛えられてますので。
「私は実は……BREEZEのトシキさんに憧れてギター始めたんだ。すごく力強い演奏ですごくかっこいいって思った。弾き方も真似したりしてさ…」
へぇー、そうだったんだ…。
え?それで何であたしに失礼なの?
「私はトシキさんに憧れて、東山さんは宮野さんにベースを教わって、北条さんは中原さんにドラムを教わってさ…。何かみんなBREEZEのメンバーに憧れてたんだってのも嬉しかったんだ。あはは、だから葉川に憧れてた訳じゃない大西さんには失礼かな?って思ったんだけどね」
あ、そういう事ですか。
うん、別にあたしはタカさんに憧れてたとか無いしね。奈緒に散々BREEZEの曲は聴かされてたけど…。
それにあたしはあのハーレム陣に加わる気力はないわ~。命がいくつあっても足りなそうだし……。
「え?私別におっちゃんに憧れてないよ?ドラムは教わってたけど」
綾乃さん……。
「そうだったんですね。木南さんはトシキさんに憧れて……。僕も拓斗さんのベースに憧れてましたから…」
あ、これは達也さんなりのフォローかな?いい人だなぁ。
「……綾乃さん。すみません。僕も木南さんと同じ気持ちです。バンドをやりたい。ですから……綾乃さんがもしクリムゾンが怖いなら僕は何も言えませんが、僕と木南さんはバンドをやります。やっていきます」
「と、東山さん…」
「え?え?」
あちゃ~……。綾乃さんもわかってないよねぇ。これはあたしから説明するしかないかぁ……。
こう……目立つ感じで自分から話し掛けるってぼっち民にはちょっと難しいんですよ~……。
「あ、あの!綾乃さん、達也さん、木南さん!」
「ん?大西さん?」
「花音さん?どうしました?」
「花音?」
あ~…注目されちゃったよ…。
でもしょうがないか…。
「えっとですね。皆さんのお話が噛み合ってないようですので、あたしから説明させてもらいますね。もし間違ってるようでしたら遠慮なく口を挟んで下さい」
あたしも口下手だしなぁ。
口下手って程、人と会話してきてないけど…。
「まず綾乃さんの話したかった事。要約しますと、『クリムゾン怖いですし、達也さんと木南さんはバンドをやめたいですか?』って聞きたかっただけだと思います。
ですが、綾乃さんの話し方に少し問題があって……」
「え?私に何か問題が!?」
「達也さんと木南さんは『クリムゾンは怖いからバンドをやめときませんか?』って受け取ったんだと思います。あたしも最初はそう思っちゃいましたし」
「え?ち、違うの…?」
「僕も綾乃さんの話はバンドをやめようって話かと…」
やっぱりね~…。そうですよね~…。
綾乃さんは達也さんと木南さんの身を案じてバンドをどうしたいかの確認しときたかっただけなんだろうなぁ。
「え……っと、私が話したかったのは概ね花音からの説明で合ってるんだけど…。何か勘違いさせたみたいでごめんなさい」
「い、いえ!私こそ勘違いしちゃって…」
「ぼ、僕の方こそすみませんでした」
ハァ…何とか話は収まったかな。
「それじゃ。達也さんと木南さんはバンドをやっていきたい。綾乃さんもバンドをやっていきたい。そして、お互いにバンドをやっていきたいという意思疏通は出来た。って事でオッケーですかね?
……あ、そうだ。あたしもクリムゾンと戦う事になってもファントムでバンドをやっていきたいです」
・
・
・
その後あたし達は土曜日のSCARLETへの訪問は4人で行く事に決め、作曲は前のバンドの時に木南……真希さんがやっていたので、今後もやってくれるという事になった。
そして今あたしが木南さんの事を真希さんと呼んだように、みんな下の名前で呼び合おうという事にもなった。
まぁ、真希さんだけ苗字ってのも変だしね。
そしてあたしがバンド名を決めようと提案をした。
「あ、そだ。せっかくこうやって集まったんですからバンド名もそろそろ決めませんか?」
「あ、そうだね。花音は何か案ある?」
「バンド名って難しいよね。私は文才とか全然無いからなぁ。作詞も私はしてなかったし」
「僕達らしいバンド名がいいですけど難しいですね」
「あ~…だったら
なんかこの出会いを大切にしたいなぁとかも思いますし、誇りを持ってみたいな?」
「「「………」」」
え?ダメですか…?
「凄いね花音。そんな言葉がパッと浮かぶなんて…」
「私もびっくりした。でもNoble Fateか。私はいいと思うよ。南国DEギグの時にお土産屋で会ったのも運命な感じするし」
「僕もNoble Fateいいと思います。でも、そういう言葉がすぐに思いつくって本とかよく読まれたりとか?」
「え?ええ……まぁ…」
本を読むって言ってもラノベばっかりですけどね。ゲームもよくやるから言葉だけは強くなったっていうか…。
ぼっち時代に培ったスキルです…。
「そっか。なら私達の歌詞はさ。花音がやってみない?ボーカルだしその方が気持ち込めて歌いやすいでしょ」
え?
「私もそれいいと思う。そうしようよ花音」
は?
「花音さん、歌詞の件お願い出来ますか?」
ま、マジで?
「「「花音(さん)」」」
「は、はい…頑張ります……」
何でこうなった!?
あたし達のバンド名はNoble Fateと決まり、バンドの歌詞はあたしが書く事になった。
ハァ…頑張りますかね…