バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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第32話 姉と妹と

「そういや、さっきのお話で思い出したけど~。ファントムの出演料っていくらなの?」

 

「あ、私も知らないや。前は先輩が全部出してくれたからなぁ」

 

「え?そうなのか?うちはこれくらいだぞ?こないだの対バンってタカが全部出したのか?」

 

 

「そういやさっき貴も言ってましたけど、渉くんと美緒ってお互い名前を呼び捨てで呼び合ってるよね?昔からの知り合いとか?」

 

「いや、こないだ初めて会ったばかりだぞ?」

 

「何かこないだ気安く呼び捨てにしてきたから、私も渉を呼び捨てにしてるだけだよ?」

 

 

「タカ…酔った振りして、私に触って来たらグーパンだからね?」

 

「あ?触るわけねぇだろ。シフォンを触らない保証はないけどな」

 

「たか兄?ボクを触ってきたら、まどか姉と綾乃姉に報告して、渚さんと理奈さんに泣きつくからね?」

 

 

「あっ!理奈!それあたしが狙ってた玉子焼き!」

 

「あら?ごめんなさい。あ、香菜、それ私の狙ってたソーセージよ」

 

「いや、食べたかったらもっかい注文したらいいじゃ~ん」

 

私の名前は佐倉 奈緒。

 

さっきの貴とのやり取りから、私は何となく貴と話辛くなっています。

どう考えても私が悪いわけですし、美緒との仲を取り持つなら、私から美緒の事をアピールしたりした方がいいんでしょうけど…。

 

「ほぇ~…ライブの出演料ってそんなに高いんだぁ?困ったなぁ…」

 

「え?もしかして盛夏って金欠?」

 

「いや、でも前はタカが出してくれたんだろ?こないだは儲かったわけだし、またタカに出してもらったらいいんじゃねぇか?」

 

「いや~、貴ちゃんは手術もあるし~。あんまり負担かけたくないし、こういう事はしっかりきっちりしたいし~?」

 

「ん?盛夏ねーちゃん確かカフェでバイトしてなかったか?」

 

「それが聞くも涙語るも涙。壮大な物語の末、カフェが閉店する事になっちゃって~」

 

ああ、そう言えば盛夏のバイト先って潰れちゃったんでしたっけ?

 

「なるほど。盛夏さんも新しいバイト先を探している訳ですか」

 

「そうなんだよ~。賄いがあって割とシフトが緩めの時給がいい所~とか思ってたらなかなか決まらなくて~」

 

「盛夏も?『も』って事は、もしかして美緒もバイト探してるの?」

 

「うん。私達もスタジオ代とか出演料とかね。稼がないといけないし」

 

「そうなのか。俺は夏休み明けたらファミレスでバイトする事になってんだよ」

 

「ああ、そういえば渉くんそんな事言ってたっけ?ボク達Ailes Flammeでバイトしてないの渉くんだけだったし」

 

「え!?まじでか?シフォンもバイトやってたのか!?てか、亮は自分ちの定食屋だしバイトってより手伝いじゃねぇか?」

 

へぇー、みんな偉いなぁ。私、学生の時ってバイトしてなかったなぁ。

お父さんがめちゃお小遣いくれてましたし……。ひ、引きこもりでしたしね…。

 

「貴ちゃんや英治ちゃん達はどんなバイトしてたの?参考までに~」

 

「俺は自分ちの工場の手伝いと、色んな飲食店のバイトを転々としてたな…。タカは屋台やったりしてたよな?」

 

「ああ、祭の時とかたまにな。基本はレンタルCD店だ。新曲とかレンタルし放題だったしな」

 

貴ってお祭りの時に屋台とかやってたんですね。どんな感じだったんだろう?見てみたかったなぁ。

って!何でまた貴の事を考えてるんですか私は!

 

「それで?トシキさんと拓斗さんはどんなバイトされてたんですか?」

 

「トシキは農園でバイトしてて、拓斗は日雇いの仕事ばっかりだったな」

 

「澄香お姉ちゃん達Artemisもバイトしてたの?」

 

「ん?梓は何もしてなかったね。私はコンビニで、翔子は楽器屋、日奈子は神社で巫女さんやってたよ」

 

巫女さん!?貴とか巫女さんとか好きそうですよね。ってまた貴の事を!?

 

「香菜姉は高校生の頃から同じファーストフード店だよね?志保はカラオケ屋だし。理奈さんは何をしてるの?」

 

「うん、そだよ。あたしももうバイトして6年かぁ~」

 

「理奈ってバイトしてるの?」

 

「志保、失礼ね。私は父の仕事の手伝いをしているわよ。父は音楽雑誌の編集者だから色々とね」

 

理奈のお父さんって音楽雑誌の編集やってるんだ?どんな雑誌だろ?

 

「なるほど。皆さん色んなお仕事されてるんですね。睦月は本屋だし、麻衣はクレープ屋。恵美は花屋でバイトしてますし…私は何がいいかな?」

 

「ラーメン好きだしラーメン屋とかどうだ?」

 

「お兄さん…それはダメです。うっかり食べてしまいそうで……」

 

「あ、なるほどな。それはいただけないな」

 

美緒のラーメン好きも異常ですからね…。

 

「あ、そだ。英治、お前確かファントムでバイト雇おうとか言ってなかったか?SCARLETと一緒んなったら、初音ちゃんも忙しくなるだろうからって」

 

え?忙しくなるのは英治さんじゃなくて、初音ちゃんなんですか?

 

「ん?ああ、でもカフェタイムん時くらいだぜ?そんなガッツリは稼げねぇぞ?SCARLETとの話し合い次第じゃ、ライブん時も受付とかPAとかドリンク出しもやってもらってもいいけどな。それにカフェタイムって俺の気分で定休日変わるだろ?」

 

「でも定休日ってお前が休みたかったりの日ってだけで、初音ちゃんだけをファントムで働かせられないからだろ?盛夏なら学生とはいえ成人してんし、お前が休みたい日も任せられるんじゃね?」

 

「そっか。お前頭いいな。って訳だが、盛夏ちゃんどうだ?よかったら美緒ちゃんも」

 

「ほえ~?」

 

「え?わ、私もですか?」

 

え?盛夏だけじゃなくて美緒も?

 

「カフェタイムって言っても、忙しいのは土日とか、平日は夕方くらいからだけだしな。ライブの日はカフェは休みだしあんま稼げないかも知れないが、SCARLETとの土曜の話次第じゃ希望があればライブの日の受付とかドリンク出しも出来るしな。PAも教えてやるし」

 

「ん~。どうしよっかな~?」

 

「ど、どうしましょうか…。確かに知り合いの所で初音ちゃんや盛夏さんが一緒ならやりやすいでしょうけど……」

 

「時給はそんなに出してやれねぇんだけどな。でも賄い付きでうちの出演料10%OFFって特典も付けるしどうかな?ついでに仕事終わった後は自宅前まで俺の車で送ってやるよ」

 

「賄い……!!やる!!」

 

「10%OFF……!!やります!!」

 

え?二人共時給とか聞いてないのにいいの?私としても仕事の後は英治さんに送ってもらえるなら安心ですけどね。

 

「良かったぜ。タカありがとうな!これで俺も楽出来そうだし、カフェのオープン日も増やせそうだから助かるわ」

 

あ、初音ちゃんじゃなくて英治さんが楽出来そうなんですね。

 

「いや、盛夏が頑張ってくれるおかげで、Blaze Futureの出演料が割引になるなら俺も助かるしな。ありがとうな盛夏。頑張ってくれ」

 

「しょうがないなぁ~。甲斐性のない貴ちゃんの為に、盛夏ちゃんが頑張ってあげるか~」

 

「まぁ時給とか条件や待遇とかは、土曜のSCARLETとの話が終わった後に、また初音に用意してもらうわ」

 

あ、英治さんじゃなくて、初音ちゃんが用意するんですね。

 

「英治ちゃん、初音ちゃんによろしく~」

 

「はい。英治さん、初音ちゃんによろしくお願いしますとお伝え下さいね」

 

良かったね美緒。いいアルバイトが見つかったみたいで。

姉として……貴にお礼くらい言った方がいいよね…。

 

「あ、あの……貴」

 

「あ?どした?」

 

「その…美緒のバイトの事ありがとうございました。帰りは英治さんに送ってもらえるようですし、姉として安心ですし…」

 

「いや、別に。英治がこないだその事悩んでたからな。言ってみただけだ。決めたのは英治と美緒ちゃんだろ」

 

でも貴がその事を思い出して言ってくれたから、決まった事なんですよ。

だからありがとうなんです。

 

「奈緒もちゃんと貴さんにお礼を言ったようね」

 

「うん…でもやっぱぎこちないっていうかさ…」

 

「理奈も香菜もそう思ってたんだ?あたしもさっき席替えの前あたりから、奈緒が変って思ってたんだよね…」

 

「志保もそう思っていたのね…。どうしたものかしら?」

 

私はいつまで…貴にこんな態度をしちゃうんだろ…。何だか苦しいな…。

 

「あ、それより奈緒。悪いんだけどな…」

 

「え?ああ、はい。お醤油ですね。どうぞ」

 

「ん、サンキュ」

 

「あ。貴…すみません…」

 

「ん?ほれ塩」

 

「ありがとうございます」

 

本当に……どうしたものですかね…。

 

「「「「………」」」」

 

ん?あれ?みんなどうしたんでしょう?

みんな私の方を見て固まって…。

 

……ああ、やっぱり私の態度ってみんなから見てもおかしいんですね…。

 

英治さんはタバコを持ったままポカーンとした顔で私を見ていますし、盛夏はビールを飲もうとジョッキを口をつけたまま私を見ている。

美緒は目をキラキラさせて、すごく嬉しそうですね。やっぱり私と貴の関係が変だからかな…。

渚は目のハイライトが職務放棄しているし、渉くんなんかシェーのポーズをして固まっている。

 

貴は…あ、何事もなかったようにビール飲んでご飯食べてますね。

シフォンちゃんは何故かウィッグが空中に浮いて止まっちゃってるし、理奈も前髪が隠れちゃって…。

澄香さんなんか何故かセバスさんになってますし、香菜だけ何か苦しみながら痛がって悲鳴をあげているけど、志保も唐揚げを食べようと口を開けたまま固まっちゃってるよ…。

 

「いだだだだだだだだだ!!!マジで!これマジで腕の骨砕ける…!!理奈ちマジで!だ、誰か何か……場のこの空気を壊して!!いだだだだだ……!!!」

 

香菜だけはジタバタ動いているけど……。ずっと大好きな場所だったのに……。すごく居づらいな……。

 

「ネェ…奈緒ってサ?先輩が醤油を取ってほしいって何でわかったノ?」

 

え?醤油?あ、さっきのかな?

 

「ああ、貴の雰囲気で何となく?」

 

「ヘェー……雰囲気で?」

 

「貴さん……ちょっと聞きたいのだけれど…」

 

「ん?あ?どした?」

 

「さっき奈緒が塩を取ってほしいって何でわかったのかしラ?」

 

「は?塩取ってほしかったんじゃねぇの?」

 

「あ、私ですか?お塩を取って欲しかったので合ってますよ?」

 

「ほら、塩で合ってんじゃん。それより香菜は大丈夫か?声にもならない声っていうのかな?何か悶えてね?

それより俺の隣の席はいつの間にじいさんになったの?新手のスタンド攻撃?」

 

「私の聞きたい事は、そういう事じゃないのだけれど……」

 

渚も理奈もどうしたんだろう?

でも、渚や理奈より香菜の方がヤバそうだなぁ…。

 

「あ、ビールがなくなっちまった」

 

「ああ、さっき貴の分のビールも注文しましたので、そろそろ持って来てもらえると思いますよ」

 

「まじでか?ついでに…」

 

「ああ、大丈夫です。私の分もちゃんと注文してます」

 

「そっか。なら良かった」

 

「「ヘェー」」

 

「すげぇな!にーちゃんと奈緒ねーちゃん!!まるで長年連れ添った夫婦みてぇだ!!」

 

へ?何が?

 

「え?渉何言ってんの?アホになったか?」

 

「お姉ちゃん……まさかお兄さんとそこまでの仲になっているとは!今日はこの飲み会に来て良かったよ(ボソッ」

 

え?美緒は何を言ってるの?

 

「お兄さんが取ってほしい物を何も言われないのに醤油とわかりお兄さんに渡すお姉ちゃん。はたまた、お姉ちゃんが取ってほしい物を何も言われないのに塩とわかりお姉ちゃんに渡すお兄さん…!もう夫婦と言っても過言ではないね!(ボソッ」

 

ふ、夫婦って…!!

 

「み、美緒は何を言ってるの!」

 

「お姉ちゃん静かに!みんなの顔を見たらわかるでしょ?大きい声で話すとお兄さんに気付かれてしまいますよ(ボソッ」

 

だって…美緒は…何で私と貴をそんな風に笑顔で言えるの…!

 

「美緒…私は美緒のお姉ちゃんだよ?無理しなくていいの!」

 

「は?無理?私が?………あ、もしかしてお姉ちゃんがバンド始めた頃の話してる?」

 

「いや、私がバンド始めた頃って?」

 

「そりゃ最初は私の大好きなお姉ちゃんがどこの馬の骨とも知れない男と…とか思ったし、BREEZEのTAKAの事は葬り去らなければならないと心に誓ってたけど…(ボソッ」

 

葬り去ろうとしてるって本気だったの!?

 

「でもラーメン屋で助けてもらって、それからお兄さんと知り合って仲良くしてもらって……。お兄さんの事を義理の兄と認めようと思ったんだ(ボソッ」

 

「義理の兄とか認めなくていいし!美緒は本当に何を言ってるの!お姉ちゃんそんな事全然ないから!(ボソッ」

 

「でも……お兄さんと一緒に居て、私は気付いちゃったんだ…」

 

美緒。そっか…。貴の事が好きだっていう自分の気持ちに気付いたんだね。

 

「もしかしたら理奈さんもお兄さんに好意を持っているのかも知れないと…(ギリッ」

 

え?自分の気持ちに気付いたんじゃないの?

 

「もし理奈さんがお兄さんと……と、思うと私は……クッ…!だから、お姉ちゃんとお兄さんを何とか結婚させて、理奈さんをお兄さんの毒牙から守らなきゃ…!!(ボソッ」

 

へ?は?美緒?

 

「……お兄さん如きに理奈さんは渡せない!お兄さんとお姉ちゃんが上手くいったら理奈さんも悲しむかも知れないけど、そこはその時私が理奈さんを慰めれば…と、思ってるし」

 

「あの…美緒は何を言っているの?お姉ちゃん正直混乱中なんだけど?」

 

それに理奈は貴には渡せないけど、私なら貴に渡せるって事?

 

「ほら、お姉ちゃん見て下さい。理奈さんの隣の香菜さんを…」

 

え?香菜?

何か相変わらず苦しんでるね。大丈夫かな?

 

「あれはきっとお兄さんとお姉ちゃんにヤキモチ妬いた理奈さんの八つ当りをくらって苦しんでるに違いないんだよ。ほら、理奈さんの右手を見て!」

 

あ、本当だ。理奈がガッチリ香菜の手首を握って……いや、握り潰そうとしてる。

え?どうしよう?美緒と話さなきゃって思うけど、香菜も助けてあげなきゃって思うし…。

 

「だからお姉ちゃん。私の為にも、理奈さんを悪い夢から覚ましてあげる為にも…私はお姉ちゃんを応援してるよ!」

 

ちょ、ちょっと待って。美緒って貴の事が好きなんじゃ…。

そうだよ。さっき貴の膝の上の権利を手に入れた時喜んでたじゃん!

 

「み、美緒?でもね、美緒は本当にそれでいいの?てか、私は貴の事好きとかないんだよ?」

 

「お姉ちゃん…あんな夫婦みたいな雰囲気を出して、この場を凍りつかせておいてよくそんな事言えるね?それより私はいいの?ってどういう事?」

 

「だ、だって…美緒って2回目の席決めで、貴の膝の上の権利を引いた時、嬉しそうにガッツポーズしてたじゃん?」

 

「……!?まさか……お姉ちゃんに気付かれていたとは…迂闊でした…」

 

美緒…やっぱり貴の事が…、

 

「お姉ちゃん……絶対に誰にも言わないでよ?」

 

言うわけないよ美緒。お姉ちゃんは貴との事を応援…

 

「私がお兄さんの膝の上の権利を手に入れた時の理奈さんの、私を心配するような困った顔をして私を見てくれたあの眼差し……正直堪りません(ジュルリ」

 

す……る………え?理奈?

 

「しかし!一番の見所はそこじゃない!!私を心配そうに見てくれる前に一瞬だけ見せてくれた、あの残念そうな……餌をお預けされた時の子犬のような可愛らしい表情!いつものクールでかっこいいイメージからは想像出来ないあの可愛らしさは……今も私の瞼の裏に焼き付いて離れる事はありません。ああ……思い出しただけでも…(ダラダラ」

 

美緒!?物凄い涎だよ!?女の子がそんなのはダメだよ!?

 

「あの……美緒?取り合えず私のハンカチ使って?」

 

「あ、ありがとうお姉ちゃん」

 

「それで……美緒は貴の膝の上の権利を手に入れた時の理奈の反応を見て喜んでたの?」

 

「うん、そうだけど?あ、漢字が微妙に違うね。喜んでたっていうか悦んでたレベル」

 

そ、そんな…美緒は貴の事を好きだから喜んでたんじゃなくて、理奈の反応を見て喜んでたって事?

じゃあ美緒が貴の事を好きっていうのは……私の勘違い?

 

「美緒、あのね…」

 

「ん?何?どうしたのお姉ちゃん?」

 

あっ……。

 

そっか。やっぱりそうなんだ…。

美緒の今の顔を見たらわかるよ。

私は美緒のお姉ちゃんだから…。

 

だから私が…美緒にお姉ちゃんとしてやらなきゃいけない事は…。

 

「私と貴が夫婦みたいとかまじあり得ないんだけど?でもまぁ?憧れの人とそんな風に言われるのは、ちょっと嬉しいかな?」

 

「お姉ちゃん」

 

私がやらなきゃいけないのは、いつも通りの私でいる事。

美緒の気持ちに気付いていない振りをする事…そして…。

 

-ベキッ

 

ん?ベキ?何の音…?

 

「ギャアアアアアアアアア!!!!」

 

「え?ちょっ…香菜!?どうしたのかしら!?」

 

「どした香菜!?」

 

あ、もしかして香菜の腕……。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

「良かった…あたしの左手動く…良かった…本当に良かった…」

 

「あ、あの…本当にごめんなさい香菜。まさか香菜の手首を握っていたとは思わなくて…」

 

「大丈夫だよ理奈。よくある事だから」

 

「大丈夫って何なの志保?被害受けたのあたしなんだけど?」

 

香菜さんが悲痛の叫びをあげた後、私達の飲み会はまるで何事もなかったかのように再会された。

 

私の名前は佐倉 美緒。

今日はファントムのメンバー……と、言ってもBlaze FutureとDivalの人がほとんどだけど…、そんなメンバーと晴香さんの経営する居酒屋そよ風にご飯に来ている。

 

「およ~?あたしの右手もプラプラしてる~?もしかしてさっき渚に握られてたからかな?」

 

「え!?私、盛夏の手を握ってたの!?」

 

「良かった……俺の席ここで…」

 

せ、盛夏さんの右手大丈夫かな?

プラプラしてるって……。それより一切悲鳴とか聞こえなかったんだけど…。

 

「貴…あの……今日は本当にすみませんでした。私…」

 

「あ?何の事?何で謝ってんの?それより澄香はいつの間にじいさんになったの?」

 

「いやはや。私も驚きでございます」

 

お姉ちゃんずっと様子がおかしかったみたいだけど、もう大丈夫かな?

 

「いやー、それにしてもそよ風のご飯ってめちゃ美味かったな!シフォン、またみんなで来ようぜ!」

 

「ボクもまた来たいけどね。たか兄とかおっちゃんが居ないとボク達だけじゃね~」

 

確かにそよ風のご飯ってどれもこれも美味しかった。また、お兄さんかお姉ちゃんに連れて来てもらいたいかな。

お父さんとお母さんの記念日とか特に。

 

「よし、そろそろ帰るか。もういい時間だしな」

 

「そだね~。貴ちゃん2次会はどこに行くの~?」

 

「お?2次会も行くのか?何処がいいかな?」

 

え?これからまだ食べるの?

さすがにもうこれ以上は……

 

「ああ、ならラーメンでも行くか?てか、盛夏は右手大丈夫なの?」

 

「お兄さん。私もお供します」

 

ご飯会の後にデザートにラーメンまで食べに行けるとは…!さすがお兄さん一生着いていきます。

 

……一生着いていく。

一生か…。

 

「お、にーちゃん、俺もラーメン着いて行っていいか?」

 

「ボクもボクも~!」

 

「み、みんなあれだけ食べてまだラーメン食べれるの?若さって凄いね…」

 

「まぁな」

 

「いや、タカの事じゃないよ?」

 

 

 

 

私達はそよ風の会計を済ませて外に出た。

 

盛夏さんの分は渚さんと理奈さんで奢りの予定だったみたいだけど、右手を握り潰したお詫びという事で、渚さんが出した。

 

理奈さんは渉の分と、左手を握り潰したお詫びという事で香菜さんの分の2人分も出し、私の分はお姉ちゃんが保護者という事で出してくれた。

 

志保とシフォンさんの分は、『はぁ、今日は学生組の分は社会人組が出してやっか』と言ってお兄さんが出していた。

 

そして澄香さんが『初めて一緒に飲めた記念』という事で、渚さんと理奈さんとお姉ちゃんの分を出していた。

 

結局、そよ風での飲み会は澄香さんとお兄さんに出して貰った形になった。

そして2次会のラーメン屋は英治さんがみんなの分を出してくれるらしい。

 

今日はどこのラーメン屋に連れて行ってもらえるんだろう?新規開拓もアリかな?

 

「じゃあ、ラーメン屋に行くのは誰だ?全員で行くか?」

 

「私もご一緒します。ラーメンが私を呼んでいますので。もちろん大盛りです」

 

「あたしは行く~!ラーメンと~チャーハンと~餃子と~」

 

「俺も!チャーシュー麺!!」

 

「ボクも行くよ!ボクはラーメンと麻婆豆腐食べたい!」

 

「私も行こうかな。ラーメンは入らないかもしれないけど、ビールと餃子で」

 

「んじゃ俺はみんなのリクエストが通りそうなラーメン屋を検索すっか。記憶の中で」

 

「ごめんなさい。せっかく英治さんが出して下さるんだし、私も行きたかったのだけど……」

 

え!?理奈さんは来られないんですか!?

 

「先輩。申し訳ないんですけど、そういう訳なんで美緒ちゃんを家まで送って行ってあげてくれませんか?」

 

え?お兄さんが私を家まで?お姉ちゃんは?

 

「は?お前らまた渚の家でお泊まり会なの?飲み会の後いつもだな?明日も仕事だよ?」

 

お姉ちゃんお泊まり会行くの!?まさか理奈さんと…!?私もそのお泊まり会に混ざりたい!!クッ、しかしラーメンが……。

 

「あ、貴。今日はあたしも実家に帰るからあたしの事も送ってよ」

 

「め、めんどくさ……」

 

あれ?志保は確か渚さんと住んでるんだよね?理奈さんとお姉ちゃんがお泊まりするのに志保は今日は実家に帰るのか。

 

「あたしもラーメンに行こうかな。あっさりしたの食べたいし。左手も無事だったしね」

 

「お姉ちゃん、本当に渚さんの家にお泊まりするの?私が帰り道にお兄さんに襲われたらどうするの?」

 

「大丈夫だよ美緒。貴にはそんな欲望はあっても度胸はないから。それよりお姉ちゃんが無事に生きて帰って来れるように祈ってて」

 

え?生きて帰って…?お姉ちゃん何言ってるの?

 

「じゃあ、奈緒行きましょうか。澄香さん今日はごちそうさまでした」

 

「楽しみだね!あ、帰りにコンビニに寄っておつまみとビール買って行こうよ。長い夜になりそうだし。澄香お姉ちゃん今日はごちそうさまでした。先輩も梓お姉ちゃんとお話させてくれてありがとうございました!」

 

「澄香さん……今日は本当にごちそうさまでした。貴も…本当にごめんなさいでした。美緒の事…よろしくお願いしますね。

………貴…もし、もし私が生きて帰ってきたら………。いえ、何でもありません。必ず生還してみせます」

 

「何なのこれ?奈緒の小芝居なの?」

 

「さぁ?なっちゃんもりっちゃんも奈緒も飲み過ぎないようにね。またね」

 

お姉ちゃんは両サイドから理奈さんと渚さんに肩と腕をガッチリ掴まれて、歩いて行った。いいなぁ。私もいつか理奈さんとお泊まり会したいなぁ…。

 

「あ!忘れてました!!」

 

ん?お姉ちゃん?

お姉ちゃんは渚さんと理奈さんに何か『逃げないから!』とか何か言いながらお願いしているようだった。どうしたんだろ?

 

「美緒!ちょっとこっちこっち!」

 

私?どうしたんだろ?

お姉ちゃんは私を呼びながら近付いて来るので、私もお姉ちゃんの元へと近付いた。

 

「どうしたのお姉ちゃん。ラーメンが私を呼んでるんだけど?」

 

「私も頑張るから…。美緒も頑張るんだよ?」

 

「は?何が?どうしたのお姉ちゃん」

 

「お姉ちゃんと約束。ね、美緒」

 

「は?はぁ……?」

 

そう言ってお姉ちゃんは、無理矢理私の小指にお姉ちゃんの小指を絡めて来た。

 

「ねぇ?何を頑張るの?ライブ?」

 

「うん。私は美緒に負けないように、美緒は私に負けないように。もちろんDivalにも」

 

「はぁ…?何で急に?」

 

「頑張ろうね。美緒」

 

まぁ、私もお姉ちゃんはもちろん理奈さんにも盛夏さんにも……ううん。誰にも負けるつもりはないから…

 

「うん。約束する」

 

「うん、指切った。おやすみ美緒」

 

お姉ちゃんはそう言って渚さんと理奈さんの所へと走って行った。

 

「おやすみ……お姉ちゃん」

 

本当に急にどうしちゃったんだろう?

 

 

 

 

「あそこのお店のラーメン美味しかったね!」

 

「うん、あそこは私のオススメのラーメン屋ベスト20には入るレベルだしね」

 

「ベスト20?それってすごいの?」

 

「まぁ、あそこはラーメンと餃子が美味いからな。割りとあっさり系だしこってり派の美緒ちゃんには微妙なラインなんだろ」

 

「何を言っているんですかお兄さん。あのお店のラーメンも私は好きですよ?ベスト20にランクインするのはすごい事なのです」

 

私達はラーメンを食べ終わって解散し、お兄さんと志保と一緒に私の家へと向かっていた。

 

「そういえば志保の実家ってこの近くなの?」

 

「いや、全然?」

 

え?近くないの?あ、お兄さんに送ってもらう為か…。

 

「志保の実家って微妙に離れてるからな。俺、帰れるの何時になるんだろ…」

 

「え?なら貴うちに泊まる?あたしはいいよ?」

 

「まじそうしちゃおうかな?って思うレベルだな。明日も仕事だし」

 

え!?それはまずいんじゃない?

その…色々と…。

 

「何ならその辺のホテルに泊まっちゃおうか?あたしん家まで行くのもしんどいっしょ?」

 

ホテ……ホテル!?

 

「え?そうする?襲って来たらすぐ110番するけど?」

 

「その場合どっちがヤバいかな?」

 

「明らかに俺が捕まるな。冤罪なのに」

 

ちょ、ちょっと待って…!お兄さんと志保って実はそんな関係なの!?

お、お姉ちゃんに電話しなきゃ…!!

 

「あ、美緒。ただの冗談だから本気にしないでいいからね。だからお願いします。奈緒に連絡するのは止めて下さい」

 

な、なんだ…冗談か。びっくりしたじゃん。

 

「あ、家に着きました。ここまで本当にありがとうございました」

 

「ここが奈緒と美緒ちゃんの家なのか。本当に駅から近いな」

 

「あれ?知らなかったのですか?でも、これでお姉ちゃんをストーキングしやすくなりましたね。おめでとうございます」

 

「何がめでたいの?」

 

お姉ちゃん…私をお願いしますって、お兄さん私達の家知らなかったんじゃん…。

 

「では、私も家に入りますね。お兄さんも志保も気を付けて……。

………そ、その、一応確認なのですが、本当にお兄さんは志保の家に泊まるの?ですか?」

 

「「いやないよ」」

 

本当かな……怪しいな…。

 

「大丈夫だよ美緒。あたしもまだ死にたくないし。さっきのは本当に冗談だから」

 

「志保の親父さんとは知り合いだしな。志保の家に泊めてもらって親父さんが帰ってきたら俺、しばかれるだけじゃ済まねぇだろ」

 

「え?うちに泊まったらお父さんにしばかれるだけじゃ済まないような事するの?」

 

む~……でもいつまでも引き止めても悪いか…。

 

「では、お兄さんも志保もおやすみなさい。今日はありがとうございました」

 

「おう。おやすみ。俺も………楽しかったわ。ありがとうな」

 

「じゃね美緒。またね、おやすみ」

 

私は2人に挨拶し、家へと入った。

どうしよう…。私も志保の家まで行けば良かったかな…。でも、そうするとお兄さんがまた家に来なきゃいけなくなるし大変かな。

 

「あら?美緒おかえりなさい。奈緒は?」

 

「お姉ちゃんはお泊まりしてくるって」

 

「な、なんですって!?まさかTAKAさんと!?ちゃ、ちゃんと避妊はするかしら…」

 

「いや、お母さん何を言ってるの?お姉ちゃんは渚さんと理奈さんとお泊まり会だから。お兄さんとじゃないから」

 

「なんだそうなの?つまらないわね」

 

お母さん……。

 

「それよりお父……おじさんは?」

 

「何でわざわざ言い直したの?お父さんはお風呂よ」

 

「え?まじですかガチですか?どうしよう…お父さんの後のお風呂とか超嫌なんだけど」

 

「じゃあお母さんが先に入って、またお風呂入れ直してあげるから」

 

「あ、うん。それでよろしく」

 

 

 

 

「ふぅ……サッパリした」

 

私がしばらく部屋でゆっくりしていると、お母さんがお風呂の準備をしてくれてさっきお風呂を済ませて来た。

 

私の入浴シーン?そんなのないよ?

 

私はベッドに横になって考える。

アルバイトの事でも、ライブの事でも、新曲の事でもない。

私が考えているのはお姉ちゃんの事…。

 

参ったなぁ……。お姉ちゃんは私がお兄さんの事を好きだと思ってたんだろう。

そして、私の事を応援しようとしてたんだよね。

だから、お姉ちゃんはお兄さんにあんな態度で…。お兄さんから離れようとしたのかな?

 

でもヤバかったな…。お兄さんの膝の上を引き当てた時…喜んでたのをお姉ちゃんに見られてたなんて…。

何とか誤魔化せてたらいいんだけど…。

 

私はベッドに横になったままベースケースに目をやった。

 

「あ、そうか。今日はベースを持ち歩いてないから…」

 

私はお出掛け用のバッグの中から、ピンク色のマスコットを取り出して、ベースケースに付けた。

 

「うん。これでよし」

 

南の島でお兄さんに取って貰ったマスコット。いつもはベースケースに付けているけど、ベースを持ち歩かない日はバッグに付けている。

今日はファントムに行くつもりだったから、バッグの中に入れてたんだけど…。

 

お姉ちゃんはいつもお兄さんの事を好きじゃないと言う。恋じゃない憧れなんだと。

 

お兄さんと会うまでは本当にそうなのかな?とも思ってた。

幼稚園児や小学生が学校の先生や、近所のお兄さんやお姉さん。テレビの中のアイドルや芸能人を好きになるような感じ?

 

でも、お兄さんとお姉ちゃんを見てたらわかる。お姉ちゃんはお兄さんが好きなんだと。まぁ、渚さんと理奈さんもわかりやすいくらいわかりやすいけど…。

 

お兄さんの話をしている時、お兄さんとお話をしている時……いつもすごく笑顔だもん。お姉ちゃん。

大学に入る前のお姉ちゃんからは考えられないくらいだよ…。

 

だからわかるんだよ?お姉ちゃん。

だから私は……。

 

お兄さんがお姉ちゃんを選んでくれて、お兄さんとお姉ちゃんが結婚してくれたら、私はお兄さんの義妹としてずっと一緒に居る事が出来る。それこそ一生。

 

ま、まぁ離婚とかしなければだけど…。

 

 

だから、私はそれでいいんだよ……お姉ちゃん。


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