バンやろ外伝 -another gig-   作:高瀬あきと

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すみません。諸事情によりミクの名前を今回から未来→美来に訂正します…。過去のお話でも修正しました。 読み方はそのままミクですのでよろしくお願いします。





第40話 そして日常へ

長かった夏休みも終わり、今日から二学期が始まる。

南国DEギグへ行く為にファントムに集まったあの日。

あれからまだ2週間も経っていないというのに、まるで半年以上も前な気がする…。

 

俺の名前は江口 渉。

南国DEギグの開催された南の島では巨大タコに殺されかけた…。その事もあったからだろう。

俺はまだ夏休みの宿題が終わっていなかった。

本当にどうしようか…?

 

「二学期も始まったとこだけどな。今日からこの学校に転校してきた生徒を紹介する。喜べ男子共、可愛い女の子だぞ。さ、入って来て自己紹介を」

 

担任の先生がそう言って、1人の少女が教室に入って来た。

 

「……観月 明日香。今日からこのクラスに厄介になる。だけどあんまりよろしくする気はないから」

 

〈〈ザワザワ〉〉

 

明日香のヤツうちのクラスになったのか。

 

「キャー!やったー!明日香ちゃーん!同じクラスだよー!」

 

「明日香。今日からはクラスメートとしてもよろしくね」

 

そう言ってさっちと雨宮が立ち上がった。

さっちはともかく雨宮があんな事をするなんて珍しいな。

 

「げ…紗智も志保も同じクラスなの…?」

 

「なんだ観月。河野と雨宮の知り合いか?

だったら席は………あいつらの横は空いてないから…。

おい、江口。お前の隣の席にしようか。観月、あの窓際でカッコつけて黄昏た振りしてるヤツの隣の席に行ってくれ」

 

あ?俺の隣の席?てか黄昏た振りなんかしてねぇからな?

 

「渉も同じクラスなの…?めんどくさ…」

 

 

 

 

今日は始業式という事で授業は無いが、10月には文化祭と体育祭もあり、11月には修学旅行もある。その為、今日は11月にある修学旅行の班決めをする事になっていた。班は男子4人、女子4人の8人で班を作る事になっている。

だから班を決めて早く帰りたいんだけど、やはり転校生は珍しいのか、班決めよりもみんな明日香に群がっていた。

 

 

「観月さんってどこから転校して来たの?」「何か部活やってたとかある?」「彼氏とかいるの?」「今日のパンツ何色?」「好きな食べ物とかある?」

 

 

「明日香って質問責めにあってるねぇ~」

 

「まぁ転校生なんて珍しいしな」

 

「何でパンツの色とか聞かれてるんだろ…?」

 

「観月さんも大変だよね…」

 

俺は雨宮とさっちと拓実と一緒に居る。

雨宮も今週の土曜日はGlitter Melodyとのライブもあるだろうし、早く帰って練習したいだろうな。

 

「それより修学旅行の班はどうする?俺と拓実は決定としても、雨宮とさっちも一緒の班になるか?」

 

「江口と同じ班とか正直問題起こりそうで嫌だけど、他に話せる人とかいないしね」

 

「でも男子2人と女子2人でしょ?後はどうしよっか?

僕もあんまり他のクラスメートとは話さないしね。大体のクラスメートはグループも出来上がっちゃってるし」

 

「そこは大丈夫だよ。後は女子1人。出来れば明日香ちゃんと一緒になりたいけどね~」

 

後は女子1人?さっちの友達の男子2人と女子1人を紹介してくれんのか?同じクラスなのに紹介って何か変な気もするけど。

 

「ちょ、ちょっとごめん……」

 

俺達がそんな事を話していると、明日香が質問責めしているクラスメートの群れの中からこっちへやって来た。

 

「明日香?どした?」

 

「あのね…。私めちゃ困ってたじゃん?パンツの色とか聞かれるし…。助けに来てよね」

 

「あはは、ごめん。やっぱ観月さんも困ってたんだ?」

 

「そりゃね。それより修学旅行って何?班決め?あんまりよくわかってないんだけど」

 

 

俺達は修学旅行の事。11月に京都と大阪に3泊4日する事と、男女4人ずつの班を作って行動しなきゃいけない事を簡単に説明した。

 

 

「なるほどね。修学旅行も行かないと皆勤にならないか…。ねぇ、どうせ紗智と志保は同じ班でしょ?私もその班に入れてよ」

 

「明日香ちゃぁぁぁぁん!!」

 

「ちょ、紗智…!」

 

さっちは明日香に抱きついた。なるほど百合か。

 

「江口?あんまそんな事ばっかり考えてると、本当に彼女出来ないよ?」

 

安定に俺の心は読まれてるな。うん。

 

「と、とにかく、女子も4人で班を作らないといけないなら、志保と紗智ともう1人女子がいるよね?志保か紗智の友達?どの子?」

 

「あ、うん。もうちょっとしたら来ると思う」

 

来ると思う?どういう事だ?

 

「おう。渉、拓実」

 

「え?あれ?明日香ちゃん…?渉くん達と…同じクラス…なの?」

 

亮と井上が俺達のクラスへとやって来たようだ。

何の用だろ?もう亮達のクラスは修学旅行の班決め終わったのかな?

 

「あ、秦野くん井上くんいらっしゃい」

 

「何であんたらがうちのクラスに?」

 

「ん?ああ、オレと井上は渉達と同じ班になろうと思ってな。こっちに来たんだよ」

 

「は?この学校ってクラスが違っても、修学旅行で同じ班になれるの?」

 

「いや、そんな事ないよ?亮、それってどういう事?」

 

「あ?お前らのクラスのラオウとトキがうちのクラスに来て、ケンシロウと同じ班になりたいからって、オレと拓実がこっちのクラスと交代する事になったんだよ」

 

え?それ何理論?そんな事がまかり通るの?

 

「なるほどね……それでボクのクラスにもボクと交代しようって女子が来たんだね…。せっかく班決めしてたのにさ…」

 

「栞ちゃん?」

 

「え?栞もうちのクラスの子と交代?どうなってんの?」

 

何がどうなってんだ?うちのクラスから男子2人が亮と井上と交代して、小松もうちのクラスの女子と交代?

 

「ふっふっふー!実は私がそうしておいた!」

 

さっちが!?

 

「ちょっと…河野さん?どういうつもり?ボクせっかくクラスの友達と班作ってたんだけど?」

 

「小松さんも井上くんと一緒に修学旅行まわりたくない?(ボソッ」

 

「は?な、何言ってるの?何でゆーちゃんなんかと…」

 

「小松さんも漫画とかアニメ好きだよね?青春ラブコメモノとかって修学旅行で色々あるでしょ?いいの?他の女の子が井上くんとそうなっても?心配じゃない?(ボソッ」

 

「~~!?ゆ、ゆーちゃんとそんな事になったらその女の子がかわいそうだから、しょうがなく同じ班になってやる!」

 

なんだ?小松とさっちは何を話してんだ?

 

「って訳で、私達の班は秦野くんと井上くんと江口くんと内山くん。そして、志保ちゃんと明日香ちゃんと小松さんと私♪8人揃ったね!やったー!」

 

いやいやいや、いくらなんでもこれは無理だろ?

そんな事許されたら収拾つかなくなるんじゃねーか?

 

「ちょっとさっち。これってどういう事よ?あたしとしてはファントムのメンバーでってのは気楽でいいけどさ」

 

「そ、そうだよ。いくらなんでも先生が許してくれないんじゃない?」

 

「それは大丈夫。僕が許可しておいた」

 

「「「「東山先生!?」」」」

 

「今年の修学旅行は実験的に別のクラス同士でも班を組める事にしようという事になってね。条件としてはクラス同士で同じ人数の交代メンバーがいる事。秦野も井上も小松もこのクラスからの交代メンバーがいるから問題はないんだよ」

 

「そういう事だよ。だから私は秦野くん達のクラスメートと交代したいだろう男子2人と、小松さんのクラスメートと交代したいだろう女子を調べて話を持ち掛けたんだよ」

 

そうだったのか。いつの間にそんな事になってたんだ?

昨日まで夏休みだったはずなのにな…。

 

「まぁ何にせよ無事に班が決まって良かったじゃん。

あたしこないだ渚の実家行けなかったし、関西とか初めてだし楽しみだよ」

 

「お、雨宮は関西行った事ねぇのか?USJとか道頓堀とか楽しいとこいっぱいあるぞ」

 

「意外だな。渉って関西に行った事あんのか。オレも行った事ねぇのに」

 

「いや、ないけどな。テレビでよく観る」

 

「あ、渉くんも関西行った事ないんだ…」

 

「まぁまだ11月だから先だしな。それまでにお前らみんなライブもあるだろ?そっちもしっかり頑張れよ」

 

「東山先生こそGlitter Melodyのオープニングアクト頑張ってよね。あたしらDivalも出演すんだしさ」

 

あ、そうだよな。東山先生もNoble Fateのメンバーなんだし、次の土曜はライブなのか。

 

「ははは、僕も初ライブだし緊張はしてるけどな。盛り上げてみせるさ」

 

「オレらも観に行かせてもらいますんで」

 

「てか、東山先生ってボクらのクラスの担任じゃん?江口 渉達のクラスに何か用があって来たの?」

 

「ん、ああ、そうだった。お前らの中で今日ファントムに行くヤツいるかな?」

 

ファントム?俺は別に行く予定はないけど何だろ?

 

「あ、なら私が行こうか?次の私達のライブの為にやりたい事あるんだけど、やっていいかどうかを、英治さんと初音ちゃんに聞いておきたい事あるし」

 

次の明日香のライブ?俺達も出してもらうLazy Windのライブの事かな?

 

「おい、観月。それってオレ達との対バンライブの事か?それだったらオレ達も聞いておきてぇんだけど」

 

「それってもしかして拓斗さんの考えた企画とか?」

 

「え?いや、拓斗は関係ないけど…聡美と架純と私とで考えただけで…」

 

「そ、それなら僕らも行ってもいい…かな?僕らも何か力になれるかもだし…」

 

「よし!じゃあAiles Flammeのみんなで明日香ちゃんと一緒にファントムに行こう!私もAiles Flammeのチューナーだからね。私ももちろんついて行くよ」

 

「は?何で?」

 

「じゃあ、あたしも行こうかな。渚も仕事だし家に帰っても1人になっちゃうし」

 

「じゃ、じゃあボクも行く!修学旅行の班のみんな行くのにボクだけ行かないのって何か嫌だし!」

 

「ははは、お前ら仲良いな。じゃあ悪いんだけど、英治さんか初音ちゃんにコレを渡しててくれないか?」

 

そう言って東山先生は包みを明日香に渡していた。

 

「これは?」

 

「ああ、Noble Fateのデモ曲だ。先に英治さんに聴いてもらってNoble FateからGlitter Melodyに繋ぐ間の演出を決めてもらおうと思ってね」

 

ああ、なるほどな。そういや俺達がevokeのオープニングアクトをさせてもらう時も、井上がデモテープ持って行ってくれたっけ。

 

「わかった。渡しておきますから安心して下さい」

 

「ごめんな。僕達は今日もスタジオ練習入れてるから、行けそうになくてな」

 

そう言って東山先生は教室から出ていった。

 

「今からファントムか…どうしよっか?みんな着替えてから行く…?」

 

「そうだね。どうしよっか?あたしは別に制服のままでもいいけど」

 

「……井上。1つ確認したいんだが、着替えに帰った場合はシフォンでファントムに来るのか?」

 

「亮くん?う~ん…やっぱシフォンの方が話しやすいし…」

 

「よし、帰ってから着替えてファントムに集まろう。昼飯もファントムで食おうぜ。な?そうしよう」

 

「秦野 亮……お前…」

 

「ねぇ志保ちゃん。秦野くんってやっぱりなの?」

 

「ごめんね、さっち。今まで言えなくて……」

 

 

そして学校も終わり、俺達は帰宅して着替えてからファントムに集合しようという事になった。

ただ昼飯は食って終わってから、昼過ぎから集合って事になった。

まぁ、着替える為だけに帰るのってめんどくせぇもんな。

 

 

「わ、私は達也さんに頼まれたコレを渡して、英治さんに少し話をしたら帰りたかったのに……」

 

 

 

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あたしの名前は雨宮 志保。

学校から帰宅したあたしは今から着替えて、ファントムに向かおうとしていた。

 

「あたしは別に制服のままでも良かったんだけどな」

 

そう思ってテーブルに目をやった時だった。

 

「え?」

 

テーブルの上に見覚えのある巾着が置いてある。

あれってまさか……。

 

「あ!やっぱあたしの作った弁当じゃん!

夏休みの間は弁当無しだったからね。渚も忘れて行っちゃったんだ…」

 

どうしようかな?渚もいい社会人だしお金はあるだろうからお昼には困らないだろうけど…。

 

渚もお金は持ってる?

あたしはいつからそう錯覚していた?

 

夏と言えば渚の大好きな夏の祭典もある。そして、最近渚は『渚ちゃんルーム』に入り浸る時間が長かった…。つまり色々買いすぎて金欠の可能性がある。

 

とは、思ったけど渚の職場には貴もいるし大丈夫か。

 

 

『先輩…志保のお弁当忘れて来ちゃいました…』

 

『は?そうなの?ならラーメンでも食いに行くか?』

 

『でも…夏は色々あって…お金もありませんでして…』

 

『はぁ…しゃあねぇな。金は貸してやるよ…』

 

『先輩…ありがとうございます。身体で払えばいいですか?』

 

『そうだな。身体で返してもらうか。もちろん前借りでな!』

 

『あぁ、先輩……!!』

 

 

いや、ないね。まずないわ。

 

でもどうしようかな?今から着替えずになら、あたしの分のお弁当を作って渚の職場まで行ってあげても、お昼休みには十分間に合うかな?制服のまま行くのかぁ…。

 

 

『あ、貴。渚いる?お弁当忘れて行ったみたいだから、持って来たんだけど?』

 

『ああ、あいつなら居るぞ。そうか弁当忘れて来てたのか。お昼抜きだぁ~!とか嘆いてたから何事かと思ってたわ』

 

『はい。これ渚のお弁当。ちゃんと渚に渡してね』

 

『……渚に渡さないとダメか?俺が食べちゃいたいんだけど』

 

『え…?貴…あたしの弁当…食べたいの?』

 

『ああ。俺が食べたい。そして志保、制服姿のお前も可愛いな。お前もこのまま食べちゃいたいくらいだ』

 

『え?そんな…貴…ダメだよ…』

 

『デザートにと思ったが…やっぱりお前は前菜にいただいちゃうぜ!』

 

『あぁ、ダメ…貴……!!』

 

 

いやいやいや、ないよないない。

あたし何考えてんの?アホなの?

 

「………しょうがない。渚にお弁当を届けてあげるか」

 

あたしはやむを得ず渚にお弁当を届けてあげる事にした。貴とあたしの分も作って行こうかな。

 

 

 

 

あたしは今、渚の職場に向かっている。

電車に乗るとすぐらしいけど、電車賃も勿体ないしね。歩いても20分くらいらしいし、歩いて向かっていた。

 

「ん?あれ?あそこに居るのって奈緒と沙織さん?」

 

渚の会社に向かう途中のお洒落なパン屋さん。

そこはすごい行列が出来ていた。

その行列の中にあたしは奈緒と沙織さんを見つけたのだ。

 

「奈緒、沙織さん、こんにちは」

 

「え?あ、志保?」

 

「志保ちゃんもここに?こんにちは」

 

「いえ、あたしはちょっとこの近くに用事がありまして。そしたら奈緒と沙織さんを見掛けましたから」

 

あたしは奈緒と沙織さんに挨拶をと思い、声を掛けた。

 

「お二人が一緒って珍しいですね」

 

「私は今日は少しお昼休みに出遅れてしまってね。いつもこのパン屋にお昼を買いに来ていたのだが…。まさかこんなに並んでいるとは…」

 

あ、あたし達の前だからかな?喋り方がシグレさんだね。

 

「私はここのパン屋が美味しいって聞いたからね。ちょっと遠出して買いに来たんだ~。そしたらこんなに並んでてね。たまたま沙織さんに会ったんだよ」

 

へぇー、たまたま一緒になったんだ?

ここのパン屋ってそんなに美味しいのかな?

 

「志保こそこの辺に用事って?あ、貴と渚に用事かな?」

 

「奈緒も貴達の職場知ってるの?」

 

「ああ、うん。何度か仕事終わりの渚と待ち合わせしてたしね」

 

「葉川くんと渚さんの職場もこの近くなの?知らなかったなぁ…」

 

って事は沙織さんの職場もこの辺なんだ?

確かにこの辺はオフィス街って感じだもんね。

 

「あの~…すんません。ちょっといいですか?」

 

あたし達が話をしていると奈緒の後ろに並んでいた女性が話し掛けてきた。

ヤバッ、もしかしてあたし知り合いがいるからって横入りしようとしてる人と思われちゃったかな?

 

「やっぱり志保さん?」

 

「え?」

 

あたしの名前を知ってる?

あたしは声を掛けてきた女性の顔を見てすぐに誰だか思い出せた。

 

「小夜さん?」

 

「え?この方は志保のお知り合い?」

 

あたしに声を掛けてきたのは、夏に貴に連れていってもらった旅行先で会った女性だった。こんな近くの人だったんだ…。

 

「はい。志保さんには以前お世話になりまして。あの時は助かりました」

 

「いえ、無事に荷物を取り返せて良かったです」

 

「志保さんもこの辺りの方だったんですね。何か運命的なの感じちゃいますね」

 

「あはは、本当に。美来さんもお元気ですか?」

 

「元気過ぎるくらいに…今日はあの子は遠出してラーメンを食べに行っちゃって。『あ、まずい。今日はラーメン食べないと昼から頑張れない。むしろ死ぬかも知れない。これはラーメン食べに行くしかない。何人たりともあたしを止める事は出来ない』とか言って…」

 

何か貴とか美緒みたいだなぁ…。

 

「何か貴とか美緒みたいな人ですね…」

 

奈緒もそう思ったんだ?

 

「志保さんもここのパンを買いに?」

 

あ、そうだった。忘れてた。

 

「あ、私はパンを買いにじゃなくて、近場に用事がありまして。時間も無いのでそろそろあたしは行きますね」

 

「そうなんですね。私の職場ここの近くだからお昼時はよくこの辺にいますし、良かったらまた今度お礼させて下さいね」

 

「いえ、お礼なんてお気になされずに…!

奈緒、沙織さん、それじゃあたしも行きますね」

 

「ああ、またね。志保ちゃん」

 

「うん、またね。あ、そうだ。今日は帰りにファントム行こうかなって思ってるんだけど」

 

「あ、そなの?あたしも用事が終わったら、ファントムに行くしさ。また夜に会おうよ」

 

「オッケー。仕事終わったらすぐ向かうよ」

 

そうしてあたしは、奈緒と沙織さんと小夜さんと別れた。

それにしても小夜さんって久しぶりだったなぁ。

声を掛けてくれなかったら気付けなかったよ…。

 

 

 

 

渚の会社に着いたあたしは、入り口に置いてある電話で『ご用の方はこちら』と書かれている内線番号に掛けてみた。

 

『はい。株式会社……』

 

うわぁ。すごい綺麗な声の人だなぁ。

ちょっと緊張しちゃうよ…。

 

「えっと、すみません。あたし、ウェブ事業部の水瀬の家族の者で志保と申します。水瀬 渚はいらっしゃいますか?」

 

家族の者って言った方がいいよね。

門前払いされても困るし。

 

『え?志保ちゃん?水瀬さんに用事?ちょっと待ってて』

 

この声…もしかして真希さん?

 

-ガチャ

 

「志保ちゃん、ヤッホー」

 

少ししてからドアが開けられ、そこから綺麗な女性が出てきた。え?誰?本当に真希さん?

 

「あ、あの…真希さん…ですか?」

 

「あはは、やっぱりこの格好じゃパッと見、私ってわかんないか。花音もわかんなかったみたいだし…」

 

髪も束ねてるし、眼鏡も掛けてるし、いつもの感じと全然違うもんね。メイクもいつもと少し違うかな?

内線に出てくれた時の声も全然違ってたもんね。

何か…大人だ…!

 

「あ、それで志保ちゃんは今日はどうしたの?

とりあえずついて来て。葉川と水瀬さんは隔離部署だからフロアが違うんだよ」

 

え?フロアが違うの?渚も貴も隔離部署って言ってたけど、本当にそんな隔離されてるんだ……。

 

あたしと真希さんは階段で1つ上のフロアに上がり、ある部屋の前まで来た。

 

「ここだよ」

 

そして真希さんがドアをノックしようとした時だった。

 

 

『先輩…コレ…ちょっと大きすぎじゃないですか?』

 

『は?んな事ねぇよ』

 

『こんなの…入らないですよ…』

 

『いいから早く上に乗れよ』

 

『ちょっと…怖いです…』

 

『俺が上になるよりいいだろ?』

 

 

「「え!?」」

 

え?何?貴も渚も中で何やってんの?

 

 

『ん…や、やっぱり…入らないで…す』

 

『あ?無理そうか?』

 

『も、もうちょっと頑張ってみます…先輩?もうちょっとだけ我慢してくれますか?』

 

『あ~、はいはい』

 

『コレ…やっぱり大きすぎですって…あ、でも入りそう…』

 

『いけそうか?やっぱり俺がやるか?』

 

『だ…大丈…夫……ん…もうちょっと…。あ、入りました!』

 

 

「ちょっ…!葉川も水瀬さんも何やってるの!?」

 

「こ、これまずくないですか?ど、どうします?」

 

「さ、さすがにこれは見過ごせないでしょ…いくら2人きりだからって仕事中になんて…!」

 

で、でも今入ったりしたら…そ、その…え?どうしよう…?

 

「行くよ!志保ちゃん!」

 

え?マジで?

 

真希さんは思いっきりドアを開けた。

 

「は、葉川!水瀬さん!あんたらナニやって……え?」

 

あたし達がドアを開けて中を覗いた時に広がっていた光景は、貴が床に四つん這いになり、その上に渚が乗って、蛍光灯の交換をしているところだった。なんじゃそりゃ……。

 

「あ?木南に志保?どした?」

 

「何で志保がここに居るの?」

 

「あ、あの…葉川と水瀬さんに…用事だって…」

 

「え?う、うん…。渚、お弁当忘れてたから…」

 

「あ、もうそんな時間か?おい、そろそろ降りてくんね?重いんで」

 

「なぁ!?お、女の子に向かって重いとか失礼じゃないですかね!?」

 

な、何の茶番だったんだろうこれは…。

 

 

 

 

「あ、そっか。今日から志保も学校だから、お弁当作ってくれてたんだ?ありがとうね。届けてくれて」

 

「い、いや、別に……」

 

「葉川も紛らわしいんだよ…脚立とかあるでしょ」

 

「あ?脚立ならこないだ社長が、自宅に持って帰ったっきり持って来てもらってねぇんだけど?てか、紛らわしいって何が?」

 

どうやら部屋の蛍光灯が切れたらしく、交換しようと脚立を探したが見当たらなかったらしい。

最初は椅子に乗って貴が交換しようとしていたらしいが、椅子がくるくる回るので安定感が悪く交換出来なかったようだ。

そこで貴が四つん這いになって、渚が交換する事になったらしい。

 

「はぁ…わかった。とりあえず私は仕事に戻るよ。社長にもちゃんと脚立を持って来るように伝えとくわ」

 

「おう、よろしく」

 

「あ、渚達のお昼休みって何時からなの?」

 

「私達は仕事が一段落した時に、好きな時間に1時間休憩って感じだよ」

 

「まぁせっかく志保も来てくれたんだし、俺らも昼休みにすっか。志保の分の弁当もあんならここで食ってもいいぞ?俺はラーメンでも食いに行くし」

 

「あ、あたしの分もあるけど、貴の分も作って来たんだよ。ついでだったし」

 

「え?マジで?」

 

「ヘェー?ついで?」

 

あたしは貴と渚にお弁当を渡して、椅子とお茶を出してもらい、貴と渚の職場で3人でお弁当を食べるという貴重な経験をした。

 

 

 

「あ、そういやここに来る途中に、奈緒と沙織さんに会ったよ。もぐもぐ」

 

「奈緒の職場ってちょっと離れてるんだけどなぁ?沙織さんの職場って近いのかな?もぐもぐ」

 

「美味しい。もぐもぐ」

 

「何か美味しいパン屋さんがあるみたい。もぐもぐ」

 

「パン屋?どこだろ?先輩知ってます?もぐもぐ」

 

「俺を誰だと思ってんだ?俺はラーメン屋しか知らん。もぐもぐ」

 

ラーメン屋しか知らんって…。ラーメン?あ、そうだ。

 

「その時にさ。小夜さんに会ったよ。小夜さんもこの辺の人だったんだね」

 

「小夜と…?会った?」

 

あれ?どうしたんだろ?

 

「小夜?小夜って誰ですか?もぐもぐ」

 

「ああ、美来の友達だ…」

 

「美来お姉ちゃんのお友達!?

え!?って事は美来お姉ちゃんもこの辺の人なの!?」

 

美来お姉ちゃん?え?渚も美来さんの事を知ってるの?

 

「渚も美来さんの事知ってるの?」

 

「え?うん!美来お姉ちゃんとは南国DEギグの時にね。たまたま出会ったんだよ」

 

「そうなんだ?小夜さんもこの辺の職場って言ってたし、美来さんもこの辺じゃないかな?今日はラーメン食べに何処か行ったらしいけど」

 

「美来お姉ちゃん…。もしかしたらまた…会えるかな…」

 

「美来と小夜は同じ職場仲間って言ってたしな。まさか同じ地元民だったとはな…。

職場がこの辺って事は、やっぱクリムゾンは関係ねぇのか(ボソッ」

 

え?貴?今クリムゾンって言った?気のせいかな?

 

 

あたし達は弁当を食べ終わり、そろそろあたしもファントムに向かわないといけない時間になっていた。

 

「じゃああたしは行くね。渚も貴もお仕事頑張ってね」

 

「「頑張りたくないでござる」」

 

「いや、何でよ……。あ、あたし今からファントム行くしさ。奈緒も仕事終わったら来るみたいだし、渚も貴も仕事終わったら来なよ」

 

「え?やだよ、めんどくせぇ」

 

「わかったよ、志保。ほら、先輩も行きましょうよ~」

 

「もう!じゃあ渚、後でね。貴を引っ張って来てね」

 

「いや、何でだよ。じゃあな。弁当美味かったわ。ごちそうさま」

 

「お弁当届けてくれてありがとうね、志保。また後でね~」

 

あたしは渚と貴と別れ、ファントムへ向かった。

 

 

 

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私の名前は河野 紗智。

まさかバンドマンでもない私のモノローグがあるだなんて…!!

 

「ただいま~」

 

「ん?紗智か。おかえり」

 

私が帰宅すると兄である河野 鳴海が出迎えてくれた。

玄関には靴が4つある。って事は奏さん達evokeで集まっているのかな?

 

私は靴を脱ぎリビングへと向かった。

 

「やぁ紗智ちゃん。おかえり」

 

「そうか。今日は始業式だから帰りが早えぇのか」

 

「グーグー」

 

あ、響さんは寝ちゃってるんだ?

 

「ただいまです。今日はミーティングですか?」

 

「ああ、俺達にはライブ予定が無いからな。どこかの日にちでライブをやれないものかと思ってな」

 

「せっかくファントムでデビューした訳だしな。単独ライブをやろうと思ってよ」

 

そっか。そういえばevokeとFABULOUS PERFUMEはライブ予定無いんだっけ?

Canoro Feliceも次のライブは、ハロウィンまでないみたいだけど…。

 

「紗智。そろそろ昼だしな。俺らは出前でも頼もうと思ってたんだが、お前も出前にするか?」

 

出前かぁ。ちょっとファントムに行く前にブラブラしたいし、私は外で食べて来ようかな。

 

「ううん、着替えたらファントムに行こうと思ってるし、今日は外で食べて来るよ」

 

「ファントムだと?Ailes Flammeとミーティングか?」

 

「そんな感じかな。ほら、もうすぐLazy Windと対バンだし、明日香ちゃんも来るしね」

 

「チューナーは普通のライブにゃ必要ねぇだろ。何処にも行くな。俺と一緒に居ろ」

 

全く…面倒くさいお兄ちゃんだなぁ…。

 

「ほら、Ailes Flammeのみんなにも明日香ちゃんにも、かっこいいお兄ちゃんを自慢したいじゃん?」

 

「何だと!?クッ…それならやむを得んか…」

 

まぁお兄ちゃんの話なんて一切しないと思うけど。

 

「何であいつはあれで許せるんだ?バカなのか?」

 

「きっと鳴海にも色々あるんだろう…」

 

「じゃあ私は着替えてくるね」

 

そう言って私は自室に行こうとした。

 

「………お兄ちゃん?何でついてくるの?」

 

「無論お前の着替えを手伝ってやる為だ」

 

-ドカッ

 

「紗智ちゃん、心配しなくていい。鳴海は俺達が見張っておく」

 

「こいつマジか?年々エスカレートしていってねぇか?」

 

奏さんと結弦さんがお兄ちゃんを殴って、リビングまで引き摺って行ってくれた。三咲さんに格闘術少し教わっておこうかな?

 

私は自室で手早く着替えを済ませ、机の上に置いてある写真立てに目を向けた。

この写真が捨てられてないって事は、お兄ちゃんも私の部屋には入ったりしてないって事だよね。

 

 

『ねぇ志保ちゃん。秦野くんってやっぱりなの?』

 

『ごめんね、さっち。今まで言えなくて……』

 

 

志保ちゃん…謝らなくていいよ。

私も志保ちゃんに言えてない事あるもん…。

 

秦野くんの事はすごくかっこいいと思う。女子のみんなの憧れの的なのも頷ける見た目だ。私もちょっと緊張しちゃうくらいだ。

友達だけじゃなくて、みんなに対してさりげなく優しいところもあるし、勉強やスポーツも出来るし、ちょっと変な所があるけど話しててもすごく楽しい。

 

でもね…好きな人は違うんだよ。

子供の頃からずっと…志保ちゃんに会うよりも、秦野くんに会うよりも前から、ずっと好きだった人…。

 

 

 

-ぐぅ~

 

 

 

そう、ぐぅ~くん。……ぐぅ~くんって誰!!?

 

あ、私のお腹の音か…。

そういえば朝御飯も今日は食べてないんだっけ。

 

私は身支度をして、部屋を出てそのまま玄関から

 

「行ってきま~~す」

 

そう言って外に出た。

 

 

 

 

「ファントムに行く前にお昼ご飯食べないとね~」

 

私はファントムに向かいがてら、商店街をブラブラしていた。

 

「あ、そだ。今日は新刊の発売日だっけ?」

 

商店街を歩いていると、いつも行き付けの本屋が目に入った。あそこの本屋はCanoro Feliceの春太さんとGlitter Melodyの永田さんが、バイトをしている本屋だ。

 

帰りは何時になるかわからないし、先に買っておこうかな?私は本屋に入って、ラノベのコーナーに行こうとした。あ、ラノベって言っちゃったよ…。

 

「あれ?内山くんと夏野さん?」

 

「ん?あ、さっちだ!ヤッホー」

 

「河野さん。河野さんも本を見に?」

 

「うん、ちょっと…ね」

 

私が雑誌コーナーを通り過ぎようとした時、そこには内山くんと夏野さんが居た。

ちょっとこのままラノベコーナーに行くのは、恥ずかしいかな…。

 

「あれ?紗智ちゃん?」

 

「あ、春太さんこんにちは」

 

春太さんも今日はシフトの日か。

う~ん、さすがにこれだけの知り合いに会った訳だし、今日は新刊買うの諦めようかな?

ファッション誌を適当に物色して、ご飯食べに行こうかな。

 

「春くんの休憩時間はまだかなぁ?」

 

「うん、もうちょっとかな。ごめんね、お待たせしちゃって」

 

休憩時間…?ハッ!そうだ!

今からお昼ご飯行ってくるとみんなと別れ、春太さんが休憩に出た頃を見計らって、本屋にまた戻って来て新刊を買っちゃえばいいじゃん。

さすが私だ。瞬時にこんな作戦を思い付くとはっ!

 

「あ、そうだ!私そろそろお昼ご飯に行こ…」

 

「河野さんもお昼まだなんだ?一瀬さんが休憩になったら結衣さんと3人で、ご飯行こうって事になってるんだけど、一緒にどうかな?」

 

な、何だってぇぇぇぇぇぇ!!?

ま、まさか内山くんもお昼まだだったとは…!

さすがに春太さんも夏野さんも行くのに、断るのはすごく気が悪い感じしちゃうしなぁ。

しょうがない。新刊は諦めようかな?

 

「じゃ、じゃあせっかくだし、ご一緒させてもらお…」

 

「あれ?内山くんと夏野さんと紗智さん?」

 

「すごい偶然だね。花音とも会うとは思ってなかったのに、まさかみんな居るなんて」

 

私が内山くん達にお昼を一緒させてもらおうと返事をしようとした時に本屋に入って来た人達。

Noble Fateの綾乃さんと花音さんだった。

 

「あやのんもかのかのもヤッホー!」

 

「綾乃さん、花音さんこんにちは」

 

「綾乃さんと大西さんも本屋に?」

 

「うん、あたしは今からスタジオで自主練なんだけど、その前に新刊を買っとこうと思って」

 

「私は仕事でね。事務用品を注文してたから、それを受け取りに来たんだよ。そしたらそこでたまたま花音と会って…」

 

新刊?まさか…花音さんも!?

 

「ああ、事務用品ですね。届いてますよ。今から持って来るので少し待っててもらえますか?花音さんの新刊も持って来ますね」

 

「あ、一瀬くんありがとう。でも、新刊2冊にしてもらえるかな?私も買うし」

 

「え?綾乃さんも買うんですか?あれってBL要素もあるし、綾乃さんが読むような本じゃないと思うんですけど…」

 

「ああ、まどかに頼まれててね。今日は仕事終わったらファントムに行くみたいだから」

 

「あ、まどかさんですか。それなら納得です」

 

まどかさんに頼まれて…?

あ、もしかしてこれってチャンスじゃないかな?

 

「あ、綾乃さん。ご注文の品ってこれですよね?

花音さんとまどかさんに頼まれたって新刊はこれでいいかな?」

 

「あ、これですこれです」

 

「一瀬くん、ありがとう」

 

今だっ!!

 

「あー、あれー?その本ってお兄ちゃんに頼まれてた本だー。ついでに私も買って行ってあげようかなー?(棒」

 

「え!?鳴海さんってこんな本読むんですか!?」

 

「へ、へぇ~…じゃあ待ってて。もう1冊持って来るよ…」

 

うぅ…ごめんね、お兄ちゃん…。

今日と明日くらいは優しくしてあげるから許してね…。

 

 

 

 

花音さんはラノベを買ってスタジオへ行き、綾乃さんは春太さんから注文していた品を受け取って、内山くんにラノベを預けて、仕事に戻って行った。

内山くんが『僕達、今日はファントムに集まりますから、良かったらまどかさんに渡しておきましょうか?』と、声を掛けたからだ。

 

私もお兄ちゃんを犠牲にしたけど、無事にラノベも買えた訳だし良かったという事にしておこう。うん。

 

春太さんもそろそろ休憩時間という事で、本屋の前に出て私と内山くんと夏野さんとで待っていた。

 

 

「おい!まだ買い物あるのか!?俺はまだ仕事が残ってんだけど!?」

 

「私はまだ本屋に用事があるからな。何なら荷物を纏めて帰ってもらっても構わないぞ?実家に」

 

「何で実家なんだよ…」

 

「手塚はうるさいなぁ。後は私と有希ちゃんでショッピングして帰るから、先に帰ってなよ」

 

「あのな!お前は一応俺達のボスだぞ!?俺もお前も面は割れてるし追われる身なんだよ!わかってんのか?」

 

「だから私は有希ちゃんも居るし大丈夫だから、手塚は先に帰ってなって~」

 

「あのなぁ……あぁ、もういい。何処までもついてってやるよ…全く…」

 

「いいのかボス?手塚がボスのストーキング宣言しているぞ?」

 

「まぁしょうがないよ。私が可愛すぎるから」

 

「お前らほんと頭の中身どうなってんの?」

 

 

 

私達が暑い中、外で春太さんを待っていると、日奈子さんと、有希さんと手塚さんが歩いていた。

声を掛けてみた方がいいかな?

 

「ヤッホー!ひなぽん、ゆっきー、手塚さん」

 

「ん?およ?みんなどうしたの?」

 

「このクソ暑いのに外に居るとは、若さというものはすごいな」

 

「いや、人を散々連れ回してるお前がそれ言うのか?

それよりここにも本屋あるじゃねぇか。欲しい本があんならここで買ってしまえよ」

 

「……手塚。お前はバカなのか?普通の本屋で特典やポイントが付くと思っているのか?幼稚園からやり直してくるといい」

 

「お前!ほんとお前なっ!」

 

夏野さんが声を掛けて、3人共私達の方に来て話掛けてくれた。

 

「みんな揃って今日はお出掛けかな?」

 

「はい。この後みんなでお昼ご飯に。あ、一瀬さんがこの本屋でバイトをしてまして。今、一瀬さん待ちなんですよ」

 

日奈子さんの問いかけに内山くんが答えてくれた。

 

「ほう。お前ら仲がいいんだな。昔のタカ達を思い出すな」

 

「そうなのか?パ…」

 

ん?パ?

有希さんが何かを言いかけて急に黙りこんでしまった。

だけどすぐに…

 

「……パンを食べたい気分だな。これから昼食というのなら長居しても悪いしな。私達も行くか」

 

パン?パンが食べたいの?

 

「え?もうちょっと話しても良くない?一瀬くんが来るまでとか」

 

「ボスがそうしたいなら私は従うまでだ」

 

「あのな有希。俺もお前の上司だからな?」

 

 

それからちょっとしてから春太さんも来たけど、結局15分くらいそこでお話して、私達は解散した。

 

 

 

 

私達がチヒロさんの職場であるメイド喫茶に到着した時、そこにはメイドとして仕事を頑張る明智さんと、松岡さんと双葉先輩が居た。

もちろん、松岡さんと双葉先輩は客として…。

 

 

「冬馬も双葉ちゃんもこんにちは。今日はデート?」

 

「まっちゃんとふたにゃんはここでデートなのかな!?」

 

「春太…ユイユイ…ちがっ…これは…」

 

「ねぇ?結衣は何で私をふたにゃんって呼んだの?もしかして知られた…?」

 

 

人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら。

そんな言葉があるけど、馬に轢かれて怪我をした双葉先輩の前では笑えないね…。

 

「一瀬さんも夏野さんも凄いね。まさか、デート中の2人のテーブルに突撃するなんて…」

 

「いつもの事だよ。内山くんも河野さんもいらっしゃい」

 

「あ、弘美さんこんにちは」

 

「明智さんにとってはこの光景っていつもの事なんですか?」

 

私と内山くんがみんなを眺めていると、明智さんが私達の接客に来てくれた。

 

春太さんと夏野さんはそのまま松岡さんと双葉先輩のテーブルに通されてしまい、私と内山くんで別のテーブル席へと通されてしまった。

弘美さん曰く、こんな状況に陥った時の松岡さんの反応がいちいち面白いそうだ。私もチラチラ見てようかな?

 

 

「あ、あははは、ごめんね河野さん。僕と2人みたいになっちゃって…」

 

内山くん…?

プッ、そんなの気にしなくていいのに。

 

「いやいや、全然いいよ。それよりコレって周りから見たら私達もデートみたいだよね」

 

「え!?」

 

え?何その反応?私とデートじゃ嫌なの?

 

「あ、いや、ほら、こんな所…河野さんも見られたくないでしょ?」

 

「え?何で?別に友達同士で一緒にランチとか普通じゃない?あ、お兄ちゃんの事言ってる?」

 

「いや、確かに鳴海さんに見られたら僕しばかれちゃいそうだけどさ。鳴海さんとかじゃなくて…。

まぁ、こんな店には来ないと思うけどね」

 

お兄ちゃんじゃない?

あ、もしかして秦野くんの事言ってるのかな?

 

「河野さんも困っちゃうでしょ?もし見られて…」

 

そっかぁ。やっぱり内山くんにも私が好きな人って秦野くんだと思われてるんだねぇ。

 

 

 

 

「渉に勘違いされちゃったら」

 

 

 

 

ブフォォォォォォ!!!!

 

「わ!?河野さん!?」

 

「ゲホッ、ゲホッ…わ、渉?江口くん?何で!?」

 

 

な、何でいきなり江口くん!?秦野くんじゃないの!?

おかげで水を飲んでる所だったから、思いっきり吹き出しちゃったじゃん!

 

 

「え?も、もしかして違った…?」

 

「ち、違っ……ってか、何で江口くんだと思われたの!?」

 

 

 

本当に何で…

 

 

 

「あ、いや、何となくそうかな?って思ってたんだけど…ご、ごめんね、変な事言って」

 

「いや、別にいいけどさ?いきなりだったから、びっくりしちゃったよ」

 

 

 

何で…内山くんは…

 

 

 

「あ、あはは、ちゅ、注文しちゃおうか。僕らも早くファントムに行かなきゃいけないし」

 

「もう…!じゃあ私は何にしようかな~?」

 

 

 

私の好きな人が江口くんだってわかったの……?

 

 

 

 

 

「う~ん、ちょっと遅くなっちゃったかな?」

 

「江口くん達は大丈夫そうだけど、明日香ちゃんなんか時間に厳しそうだもんね」

 

何の話をしただろう?何となくは覚えているけど、ほとんど私は上の空だった。

 

会計を済ませお店を出て…そこで、春太さんと夏野さんと別れて、私達はファントムに向かっていた。

 

 

 

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僕の名前は井上 遊太。

夏休みも終わり、新学期が今日から始まった。

 

学校が終わって着替えてからファントムに行く。

僕とFABULOUS PERFUMEのイオリである栞ちゃんは、生まれた時から家はお隣同士。

 

それで一緒に学校から帰宅してるんだけど…。

 

「ゆーちゃん!ほら急がなきゃ!!」

 

「え?いや、何で?早く帰ろうよ。僕早く着替えたいし…」

 

「ボクは今日はラーメンが食べたい気分なの!!

これはきっとたか兄の呪いだよ。普段はラーメンなんかあんまり食べないから、たか兄がボクを呪ったんだよ…」

 

いやいやいや、いくらたか兄でもそんな力ないから。

 

「ほら、昔にたか兄とおっちゃんに連れて行ってもらったラーメン屋!あそこに行きたい!」

 

たか兄とおっちゃんに連れて行ってもらったラーメン屋とか、めちゃくちゃあるじゃん…。

 

しょうがないので、僕は学校帰りの制服のまま、栞ちゃんと一緒にラーメン屋を探す事にした…。

シフォンの姿になれれば、もっとラーメン屋探しも捗りそうなのに…。

 

僕達がラーメン屋を探している時だった。

 

「あれ?栞さんとシフォ…遊太さん?」

 

僕達の前に現れたのはGlitter Melodyの美緒ちゃんだった。え?てか、美緒ちゃんと遊太の格好で会うのって初めてなんだけど、何で僕がシフォンってわかったの?

 

「あ、美緒さん。こんにちは」

 

「み、美緒ちゃん…こ、こんにちは…そ、それより何で僕がシフォンって、わか…わかったの?」

 

あ、やっぱり上手く話せないや…。

 

「ん?こないだみんなでご飯に行った時に、シフォンさんのウィッグが浮いてた時がありましたので」

 

え?僕のウィッグが浮いてた?

 

「ウィッグが浮いてたって何なの…?」

 

「それよりお二人は何故こんな所に?この辺って学校から少し離れてますよね?」

 

「あ、あの…僕達は…」

 

僕達はこれから着替えてファントムに向かう予定だったんだけど、急に栞ちゃんが昔に食べたラーメン屋のラーメンが食べたいと言い出し、そのラーメン屋を探している事を話した。

 

「なるほど。思い出のラーメン屋という訳ですね」

 

「あ、いや、思い出の…って程大層なものじゃないけど」

 

「任せて下さい。ラーメン道を究めんとするこの私が、必ず栞さんの思い出のラーメン屋を見つけ出してみせます」

 

「ほんと!?わぁぁぁ!ありがとう美緒さん!」

 

ラーメン道って…。

まぁ僕も栞ちゃんの行きたいラーメン屋ってわからないし、美緒ちゃんが居てくれた方が助かるけど…。

 

「それではまず、栞さんの思い出のラーメン屋。

記憶の限りでいいので、どんなラーメンだったのか話して頂けますか?」

 

「ん~…えっとね……」

 

栞ちゃんはそのラーメン屋の外観や、どんなラーメンだったのか、味はどんな感じだったのかを話し、美緒ちゃんからのいくつかの質問に答えていた。

それだけでわかるのかな…?

 

「なるほど…。栞さんのヒントと、お兄さんに連れて行ってもらったという事は…お兄さんの嗜好に合った味付けのお店……そこから導き出されるラーメン屋は……あそこしかない!!」

 

え!?わかったの?

 

「恐らくあそこだろうと思う店を導き出しました。では、行きましょうか」

 

「ホントに!?やったー!」

 

だ、大丈夫なのかな?まぁ、僕はラーメン屋なら何処でもいいけど…。

 

 

 

 

「栞さんの思い出のラーメン屋とはここではありませんか?」

 

「そう!そうだよ美緒さん!ありがとう!!」

 

ホントに当てちゃったよ…。何でわかったの?

それにしても凄い人だなぁ…。結構並んでるね。

 

「良かったです。それでは私はこれで…」

 

「え?美緒さん帰っちゃうの?せっかくだから一緒に食べようよ」

 

「そ、そうだよ。そ…それともお昼は済ませちゃった…?」

 

「いえ、お昼はまだですが、仮にお昼を済ませていたとしても、ラーメンならいくらでも食べれますが」

 

ああ、そうだろうね。こないだの2次会のラーメン屋でも大盛の後に替玉も食べてたしね…。

 

「このまま私が一緒ではせっかくのデートの邪魔になるでしょう?」

 

なぁ!?デート!!?

 

「ち、違うから!何でボクがゆーちゃんとデートなんかっ!!」

 

「そ、そうだよ…栞ちゃんとデートなんてありえないから…」

 

「ゆーちゃんはうるさい!!」

 

-バシッ

 

え?何で僕蹴られたの?

 

「そうなのですか?………どうしようかな?」

 

「あ、え、えっと…な、何か用事ある?」

 

「いえ、用事という訳じゃありませんが、この後ファントムでバイトですので…結構並んでるので大丈夫かな?と…」

 

ああ、この後ファントムでバイトなんだ?

 

「なら大丈夫だよ。ボクらもこの後はファントムに行くからね。おっちゃんにはボクから美緒さん少し遅れるかもって連絡しておくよ」

 

「い、いえ、それはさすがに…」

 

「そうだよ…美緒ちゃんを困らせたらダメだよ。栞ちゃん」

 

「大丈夫大丈夫。それに上手くいけば間に合うかも知れないでしょ?」

 

「う~ん、確かにせっかく誘って頂いたんですけど…」

 

「大丈夫。ラーメンより大切な物なんてそんなにないから。何ならラーメンが一番大切なまである」

 

「確かにその意見には私も同意しますが…。って、え?」

 

僕達が話していると、僕達の前に並んでいた女の子が会話に入ってきた。この女の子って…。

 

「ゆーくんも、みーちゃんもハロハロ~」

 

「み、美来さん!?何でこんな所に…!?」

 

そこには夏休みに、たか兄に連れて行ってもらった旅行先で知り合った美来さんが居た。

 

「みーちゃん、その質問は愚問。何故こんな所に?あたしがここに()る理由。

それはここにはラーメンがあるから。ラーメンがあたしを呼んでいる。たった1つのシンプルな答えだよ」

 

「なるほど…確かに愚問でした。すみません」

 

え?美緒ちゃんは何で謝ってるの?

 

「ねぇゆーちゃん、この女の子誰?」

 

「あ、この人は、こないだたか兄に旅行に連れて行ってもらった時に……」

 

僕は栞ちゃんに、たか兄達と旅行に行った時に出会った美来さんの事、その時に野生のデュエルギグ野盗と戦った時の事を話した。

 

「へぇ~、そうなんだ。てか、ゆーちゃんはゆーちゃんのまま演奏したんだ?(ボソッ」

 

「え?う、うん。あの時は必死だったから…」

 

「それでみーちゃんもゆーくんも……えっと…?」

 

「あ、ボクは栞。小松 栞っていうの!よろしくね!」

 

「栞……。しーちゃんは志保ちゃんがいるから……ん、しおりん。

あたしは美来。美しい未来という意味を込めて名付けられた。未来なんで真っ暗なのに美しい未来とか超ウケる~」

 

「え?未来真っ暗なの…?」

 

これか…たか兄がこないだ言ってた自己紹介って…。

確かに有希さんみたいな自己紹介だ…。

 

「あ、で?みんなこのラーメン屋が目的なの?」

 

「う、うん…僕と栞ちゃんは…ここのラーメンを食べに…」

 

「なるほど。みーちゃんは?ここにラーメンがあるのに食べて行かないの?」

 

「………気が変わりました。やはりラーメンを食べます。美来さんも良かったら一緒にどうですか?栞さんも遊太さんもいいですか?」

 

え?美来さんも一緒に?

 

「ボクは美来さんが良かったら全然いいよ!」

 

「あたしも一緒に?」

 

「ええ、美来さんはお一人のようですし、カウンターに通される可能性が高いでしょう?この時間帯は込み合いますから、私達3人でテーブル席に通されても、知らない方と相席になるかも知れませんから。それなら最初から4人で入って、テーブル席に通してもらった方がよくないですか?」

 

ん?…美緒さんの言ってる事は理に適ってるけど、美緒さんがそんな事を言うのって珍しいなぁ。

それに美緒さんと美来さんっていつ知り合ったんだろう?聞いてみても大丈夫かな?

 

「あ、あの美緒さんと美来さんって…し、親しいの?」

 

「はい。南の島でちょっと…そして、同じラーメン仲間として、今通じ合いました」

 

今なの?

 

「ラーメン仲間は尊い絆で結ばれている。まぁ、みーちゃんと会ったのは、南の島でタカくんと会って、その時に知り合った感じ?」

 

南の島で?たか兄達と美来さん一緒になったんだ?

 

「ならせっかくだからご一緒しちゃおうかな。みーちゃんもタカくんにセクハラされてないか心配だし」

 

そして、僕達は4人グループとしてラーメン屋に並ぶ事にした。

 

「そういえばみーちゃん達もラーメン好きなの?」

 

「はい。ラーメン程尊い食べ物は無いと思っています。ラーメンなら週に7日3食までならいけます」

 

「なるほど。みーちゃんはよくわかってる」

 

いや、週に7日って毎日でしょ?3食までならって毎食ラーメンって事だよねそれ。

 

「ボクはあんまりラーメンは食べないかなぁ?今日はたまたまラーメンが無性に食べたくなっちゃって」

 

「しおりん。それは大変。人生の9割以上損をしている」

 

9割!?もう人生のほとんどじゃん!?

 

「そうですよ栞さん。人間8時間睡眠とすると、1日は24時間だから活動出来るのは、16時間という事になります。つまり人生の2/3しか活動出来ないんです。人生の9割という事は睡眠時間まで損をしているという事になります。勿体無いですよ」

 

「……美緒さんも美来さんも面白いね?まるでたか兄と話してるみたい」

 

「「タカくん(お兄さん)と?」」

 

あ、なんか2人共頭を抱え込んで悩みだしたね?そんなに嫌なの?

 

「あ、そういえば美来さんが、こちらのラーメン屋にいらっしゃるという事は、この辺に住まわれてるんですか?」

 

「うん。家は電車乗らないとだけど、職場はここから歩いて20分くらいの所。今日はここのラーメンが食べたくなったから遠出してきた」

 

歩いて20分くらいの所?それって往復40分?

え?休憩時間内に食べて帰れるの?

 

「なるほど。職場はこの辺り…徒歩で20分圏内という訳ですね……」

 

ん?美緒ちゃんは美来さんの職場が気になるのかな?

 

「ねぇ、もうそろそろボク達が入れそうだよ?ゆーちゃんは何にするか決めた?」

 

「いや、まだだよ。味は決めたんだけどね。トッピングとかもあるみたいだし、中に入ってからゆっくり決めようと思って」

 

「あたしは豚骨しょうゆのニンニクマシマシの大盛で背油ギタギタで。もちろん替玉も食べる予定」

 

「私もニンニクにすごく惹かれていますが、この後はバイトですからね。無難に味噌の大盛に野菜マシマシにしようと思ってます。もちろん替玉も」

 

「みーちゃん、あたしはニンニクの臭いを口臭から消す秘薬を持っている。だからニンニク入れても問題無い」

 

「やはり私もニンニクマシマシを追加しようと思います」

 

「ふぅ~ん、美来さんが豚骨しょうゆで、美緒さんが味噌かぁ。ボクはどうしようかな?」

 

「ん?じゃあ栞ちゃんは味噌にしたら?僕豚骨しょうゆにしようと思ってるし、少し食べてみていいよ?今日食べ比べしてみたらいいよ」

 

「あ~、じゃあそうしよっかな?じゃあゆーちゃんにもボクの味噌少しあげるね」

 

「「………」」

 

「ん?美緒ちゃんも…美来さんも…ど、どうしたの?」

 

「「いえ、何でも……」」

 

どうしたんだろう?

 

 

 

 

そして僕達が入れるようになり、テーブル席に案内されて、それぞれが注文を終え、ラーメンが出てくるまでの間ゆっくり話をしていた。

 

店内では最近流行りの曲が流れている。

 

「あー、これ最近よくテレビで聴く曲ですよね。私はガールズバンドにしか興味ないので詳しくは知りませんが」

 

「あたしは家ではソシャゲのイベントを走るのに忙しい。あんまりテレビは観ない」

 

「ボクもこの曲はよく耳にするけど、あんまりこのグループは知らないかなぁ?」

 

「なるほど。では、最近クリムゾングループのミュージシャンの曲もよくテレビで流れてますが、クリムゾングループに関してはどう思ってますか?」

 

「ふぇ?クリムゾン?あ、あんまり…え?何でクリムゾンの話題?」

 

み、美緒ちゃん?

急にクリムゾングループの話題を出すなんて…。

僕も栞ちゃんもびっくりなんですけど?

 

「美来さんはクリムゾングループの曲ってどう思いますか?」

 

「クリムゾングループ?あたしはクリムゾングループの曲は大嫌い。あんなのは音楽じゃない。自由がない」

 

美来さんもクリムゾングループは嫌いなんだ?

やっぱり人気だけはあるって言っても、嫌われてる人には嫌われてるんだね。クリムゾングループは。

 

「奇遇ですね。私もクリムゾングループの音楽は大嫌いです」

 

「みーちゃんはよくわかってる。さすがラーメン好きの同志」

 

何で急にクリムゾンをディスってるの?

僕もクリムゾンの曲は大嫌いだけどさ…。

 

 

「お待たせしました~」

 

 

お、僕達のラーメンが出来たみたいだ。

 

「「「「いただきます」」」」

 

僕達はそれぞれ箸を取り、ラーメンをすすり出し……。

たかと思ったけれど、僕の目の前の2人は違った。

 

美緒ちゃんはテーブルに備え付けのガーリックパウダーをこれでもかと振りかけ、美来さんは備え付けのニラの薬味を山のようにラーメンに乗せていた。

 

そして、お互いに満足したのか、今度は美緒ちゃんがニラの薬味を山のようにラーメンに乗せ、美来さんがラーメンにガーリックパウダーを振りかけ始めた。

2人共この後、お仕事あるよね?大丈夫なの?

 

「うーん!美味しい!!これだよこれ!昔たか兄とおっちゃんに連れて来てもらった時の味だ!!」

 

栞ちゃんは平常運転だね…。目の前のこの光景を見て何とも思わないの?

まぁいいや。僕も食べちゃおう。

 

 

--チュルチュル…チュルン

 

--チュルルルル…チュルリ…

 

--チュルチュル…チュルン

 

--チュルルルル…チュルリ…

 

 

ちょっと待ってちょっと待って!

チュルチュルチュルンとか、チュルルルルチュルリって何!?これラーメン食べてる音なの!?

 

--チュルチュル…

 

--チュルルルル…

 

「「すみません。替玉お願いします」」

 

え!?もう食べたの!?あの音で!?僕も栞ちゃんもまだ半分くらい残ってるよ!?美緒ちゃんも美来さんも大盛だったよね!?

 

「やはりここのラーメンは美味しい。惜しむらくは野菜マシはあるのに、もやしマシが無いところ」

 

「美来さんわかります。私もここのラーメンならまだまだ食べれます」

 

「替玉もう1回したいくらいだね」

 

「そうですね……私は…。

……後39回くらい替玉頼みたいくらいです」

 

39!?何でそんな中途半端な数字なの!?

 

「みーちゃん。わかる。あたしも替玉39回くらいなら余裕。あ、でもみーちゃんに負ける訳にはいかない。40回にしておこう」

 

「なら私は41回で」

 

「ならあたしは42回で」

 

これって一体何の勝負なの?

 

 

 

 

僕達はラーメンを食べ終わり、お店も空いてきたので、少しお話をしていた。

主に美緒ちゃんと美来さんが…。

 

「じゃあ美来さんもギターをされてるんですね」

 

「うん。下手くそだけど」

 

「……Artemisってバンドが昔居たんですけど」

 

「Artemis…?もちろん知ってる。まさかみーちゃんも知ってるとは超驚き」

 

何で美緒ちゃんはコロコロ話題を変えたり、変な質問みたいな事ばっかりしてるんだろう?

 

「ボーカルさんが事故で亡くなって解散しちゃったんだよね…すごく悲しい。まぁライブには行った事ないけど」

 

「ええ、本当に…そう思います。あ、私そろそろバイト行かないと…」

 

「えー?みーちゃんともう少しお話したかった。このままだと仕事に戻らないといけなくなる。つらたん」

 

え?いや、美来さんの休憩時間って…?

そして僕達は会計を済ませて、ラーメン屋を出た。

 

「私も美来さんともう少しお話していたかったです。

今度は渚さんや理奈さんや、お兄さんの居る時にでもゆっくり」

 

「うん。ほんとそれ。タカくんはどうでもいいけど、なっちゃんとりっちゃんには会いたい」

 

「本当にお兄さんはいりませんか?」

 

「………」

 

うわっ!?いきなり美来さんのまわりに悲壮感漂うダークなオーラが!?

 

「冗談です。お兄さんもちゃんと呼びます」

 

「別にタカくんはいらないし…で、でもタカくんを呼びたいなら別に…」

 

今度は美来さんのまわりに謎の花が咲いた!?

あ!僕こんなの漫画で見た事あるよ!!

 

「そうですか。それでしたら……」

 

 

 

「ゆーちゃん、ゆーちゃん!ボク達も時間!」

 

「あ、そうだね。僕らは着替えなきゃいけないし」

 

「「美来さん。本当に今日はごちそうさまでした!」」

 

「いや、別にいい。2人には甘酸っぱい青春の味をご馳走になったし」

 

「「青春?」」

 

「美来さん、私もごちそうさまでした。次は本当に私に出させて下さいね」

 

「ん。みーちゃんも気にしなくていい。でも、次も楽しみにしてる」

 

そうなのだ。今日は美来さんがみんなの分を出してくれたのだ。

 

「じゃああたしは嫌々仕事に戻る。みーちゃんもバイト頑張って」

 

「はい。ありがとうございます。美来さんも頑張って下さい」

 

「頑張りたくないでござる。それじゃ、バイバイ」

 

頑張りたくないのか…。

美来さんはそう言って帰って行った。

僕達もそろそろ着替えに帰ろう。

 

「…クリムゾンにも39って数字にも、Artemisにも何も反応無かったか。悪い事したかな…」

 

ん?どういう事だろ?39?

 

「ねぇ、美緒さん」

 

「ん?何?栞さん」

 

「美緒さんは美来さんが『サガシモノ』だと思ってたの?いや、思ってるの?」

 

え?サガシモノ…?

 

「…気付かれてましたか」

 

「何となくね!替玉39とか数字あり得ないし!クリムゾンとかArtemisの話もしてたからさ。海原って人がたか兄達が探してるのは39番って言ってたし」

 

「はい。ちょっと気になる事があったので、そう思ってました。でも、きっと違いますね」

 

「今日の反応ならボクも違うと思うけどね。何で美緒さんは美来さんが『サガシモノ』と思ったの?」

 

「翔子先生の机に置いてあるArtemisの写真を見て…。梓さんと美来さんがそっくりだと思いまして」

 

「あ、な、なるほど…ね。サ…『サガシモノ』って梓さんの…だもんね…」

 

僕達はそのまま解散した。

美緒ちゃんはこのままファントムに、そして僕と栞ちゃんは着替えに戻った。

 

 

 

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「ただいま」

 

「あ、明日香お帰りぃ~」

 

「明日香…お帰りなさい…」

 

私の名前は観月 明日香。

私が帰宅すると、聡美が架純の背中を擦っていた。

 

「架純…?」

 

「うん…ちょっと…」

 

架純はクリムゾンエンターテイメントでの、過酷な特訓のせいで喉を痛め、たまにむせかえるように咳をする。

 

喉を痛みのせいでの咳なのだから、背中を擦った所で気休めにしかならないとは思うけど、苦しそうに咳をする架純を私も聡美も放っておけなかった。

拓斗が架純の背中を擦ろうとした時は、みんなでセクハラと叫んだものだ。

 

「ごめんね、聡美。ありがとう。バイトに行こうとしてたのに、私の為に…ごめん…」

 

「そんなん気にせんでええよ。落ち着いたみたいやし、うちはバイト行くな」

 

聡美は何だかんだと急いでいたのだろう。

そのまま走ってバイトに行ってしまった。

 

私も着替えてファントムに行かなきゃいけないんだけど…

 

「コホッ…コホッ…」

 

こんな状態の架純を置いて行くのはちょっと…。

 

「架純。私は着替えたら拓斗の所に寄ってから、ファントムに行こうと思ってるけど、架純も来る?」

 

「私…?コホッ…」

 

「あ、まだしんどいなら無理に喋らなくていい。頷くか首を振ってくれたらいいよ」

 

「コホッ…今日は喉も…調子悪いし…遠慮しとこうかな…コホッ」

 

喋らなくていいって言ったのに…。

でも、だからこそ1人にしときとくないんだけど…。

 

「あ、そうだ!」

 

「コホッ…明日香?」

 

「さすがに仕事終わってから、夜にならないと来ないけど、今日はタカさんもファントムに来るみたいだよ」

 

「タカさんも…?コホッ…」

 

「ほら、こないだ初音ちゃんが言ってたっていうお医者様?その病院の事聞いてみれば?」

 

本当はタカさんが来るかどうかなんて、知らないけど…。英治さんか初音ちゃんに頼んで呼んでもらおうかな?

 

 

「何をやってるの明日香。私はもう準備出来たよ」

 

架純!?いつの間に着替えたの!?

ってか何で着替えたの!?さっきまでのTシャツとデニムで良かったじゃん!何で可愛い系のワンピース!?

 

「わ、私も着替えて来るから、ちょっと待ってて…」

 

 

 

 

制服から私服に着替えた私は、架純と一緒にマンションを出て、拓斗の家に向かった。

 

「え?拓斗さんの家に行くの?」

 

「うん。今夜はバイトみたいだけど、昼は休みみたいだし、放っておくとお昼ご飯食べないだろうから、一緒に食べようと思って」

 

「あー、拓斗さん放っておくとご飯食べないもんね。お酒は飲むくせに…」

 

そして私と架純が拓斗のアパートの前に着いた時だった。どこからともなくいい匂いがしてきた。

 

 

「すごく美味しそうな匂いだね」

 

「これって拓斗さんの部屋から匂ってきてない?気のせい?」

 

え?いやいや、いくら居酒屋でバイト始めたといっても、こんな短期間で料理出来るようになったりしないでしょ。

 

で、でも確かにこの美味しそうな匂いは拓斗の部屋から…。

 

「明日香!!ダメ!!!」

 

「ひゃっ!!?」

 

私はいきなり後ろから架純に抱きつかれた。

 

「あ、明日香…ゲホッ、ケホッケホッ…た、多分っていうか絶対…拓斗さ…ゴホッ…女の子連れ込んでるとかないから…!!」

 

は?拓斗が女の子を…?

 

「ゲホッ…ゴホッゴホッ…だ、だから…乗り込…コホッ…乗り込むとかは…」

 

「ばかすみ」

 

「え?」

 

全く…拓斗にそんな甲斐性がない事くらいわかってるってーの。それに…。

 

「また、大きな声出して…。拓斗が仮に女の子を連れ込んでるなら、あ、遊びなら怒るけど…。拓斗に彼女出来たとかなら大歓迎なの。拓斗の彼女って事は私の母親みたいなもんだから、気になるっちゃ気になるけどね」

 

 

 

それに私は…。

 

 

 

「ほら、あんたも落ち着いて。拓斗を誘惑してたってのは、拓斗が彼女も何も作らないから、ロリコンなのかあんたの好きなBLなのかもって思ってただけだから。

私に手を出して来なかったから、BL疑惑が濃厚になってきてた時に、タカさんの事を……って聞いたから、まぁ親代わりがそうだったのかってショックだっただけ」

 

「え?え?」

 

「私は別に拓斗の事…恋として?好きだった訳じゃないよ。おじさん好みのあんたと一緒にしないで…」

 

 

 

私にはちゃんと好きな人居るんだから…。

 

 

 

「え?私おじさん好みとかじゃないよ?それにBLはいいよ?本貸そうか?」

 

「いや、いらないし」

 

きょ、興味がない訳じゃないから、下手に本を借りてハマると大変そうだし…。

 

「とにかく架純が思ってるような事にはならないから安心して」

 

「コホッ…コホッ…ほ、本当に?コホッ」

 

架純…涙目になるくらいしんどいんじゃん。

本当にこの子は…。ちゃ、ちゃんと好きな人言った方がいいかな…?

 

「か、架純…。今から言う事は2人だけの秘密…」

 

いや、言って拓斗との誤解が解けても、もしかしてびっくりし過ぎて余計むせたりとか…。

 

「え?何?コホッ…2人だけの…コホッ?」

 

コホッ?って何…?も、もう言っちゃうか…。

は、恥ずかしいけど…。

 

「あのね。私には好きな人がちゃんと居て、その人は拓斗じゃないの」

 

「え?ケホッケホッ…」

 

「は、初恋ってやつ…。わ、私の好きな人はね…」

 

「……ケホッ」

 

「私の好きな人は……」

 

 

 

 

「あ?お前ら俺の家の前で何やってんだ?」

 

た、拓斗ぉぉぉぉぉぉ!!?

な、何でこのタイミングで出てくるの!?

し、心臓が…あ、ヤバい。心臓がバクンバクン言ってる…。

 

私が決死の想いで、架純に好きな人の名前を告白しようとした時、玄関のドアを開けて小さい子供を抱っこした拓斗が出て来た。

 

本当に…びっくりさせないでよね…。

ほら、架純も目を丸くして固まってるじゃん。

 

 

 

ん?小さい子供を抱っこした拓斗?

 

 

 

私はもう一度拓斗の方に目を向けた。

 

 

 

「「子供ぉぉぉぉぉぉ!!?」」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

私と架純は拓斗の部屋にあげてもらい、リビングと呼ばれる茶の間で正座している。

 

「あ、あはははは、2人共びっくりさせたよね。

この子は兄貴の子じゃないよ。あたしの3人目の子だから…」

 

「「い、いえ…(ケホッ)」」

 

どうやら拓斗の妹である晴香さんが、拓斗の為に昼ごはんを作りに来てたらしい。

そして、晴香さんがご飯を作ってる間、拓斗が晴香さんの子供をあやしているって事だった。

 

そ、そうだよね。子供なんてそんなすぐには…。

仕込む事は出来ても産む事はね…。いや、私何言ってるの?

 

「ガキをあやすのは明日香で馴れてるからな。晴香が昼飯を作ってくれるっつーから、面倒見てただけだ」

 

「拓斗…気持ち悪い事言わないで」

 

「あ?」

 

「あ、明日香ちゃんと架純ちゃんは、苦手なものある?2人の分もあたしが作るよ」

 

「あ、わ、私は大丈夫です…ケホッ、お手数おかけします…」

 

「私も大丈夫です。グリーンピース以外なら何でも」

 

私と架純はそのまま晴香さんに、お昼を作ってもらう事になった。何だか申し訳ない気持ちもあったけど……。

 

架純に好きな人を暴露する前で良かった…のかな?

 

 

 

 

「晴香さんのご飯美味しかったね」

 

「うん。また晴香さんのお店にも食べに来てって言ってもらえたし、今度はみんなでお店に行かせてもらおうか?聡美は下戸だけど、架純は呑めるもんね?」

 

「うん、ま、まぁ嗜む程度には…」

 

「前に拓斗を飲み潰してなかったっけ?」

 

「明日香…私はね。タカさんに音楽は楽しんでやるものだって教えてもらったの。過去は見ないの。私は楽しい音楽をやりたい。だから前だけ見ていくよ」

 

「うん。それは良い事だと思う。でもさっきの私の質問の答えにはなってないね」

 

まぁ私も…そんな楽しい音楽をやりたいって思っちゃったしね。

 

私達は晴香さんの手料理をご馳走になり、拓斗の家から出てファントムに向かっていた。

 

「あれ?ケホッ…明日香、あれ見て…」

 

「ん?どれ?」

 

私が明日香の指の指した方に目をやると、そこには幼稚園児くらいの子達が、公園でキャッキャと遊んでいた。

みんな楽しそう。私にはこんな風に遊んだ記憶なんて無いけど、お父さんとお母さんが居なくならなかったら…。こんな風に友達と公園で遊んだりしてたのかな?

 

私は今まで自分の歩いてきた人生の後悔はしていない。

拓斗に保護されて自分で選んだ道だし。

 

ただ…最近は…私にもこんな人生があったのかな?って思う事はある…。

 

「架純?」

 

さっきから何も言わない架純を不思議に思い、架純の顔を見てみた。

 

「え?あ?明日香?どうしたの?」

 

「いや、別に…」

 

子供達を愛おしそうに見てる訳じゃない?

 

だったら架純は何を見て…?

 

あ。

 

公園で子供達を遊んであげている人。

あの人はBlaze Futureのまどかさん…。

 

私もまどかさんに目を奪われていた。

何て表現したらいいんだろう?子供達に優しい笑顔を向けているけど、はしゃいで何処かに走って行こうとしている子には、ちゃんと注意したり、子供達から目を離さないようにしながらもまわりを警戒しているような…。

 

転んだ子供にはすぐに駆け寄ってあげて…。

……あの人本当に私の知ってるまどかさん?

 

あ、まどかさんと目が合っちゃった。

 

「あ、えっと…」

 

ど、どうしよう?声掛けるべき?

まどかさんを見ていると、ばつの悪そうな顔をして、私達の方に近付いて来た。

 

「あははは…、御堂さんも明日香ちゃんもこんにちは~…」

 

「まどかさんこんにちは」

 

「こ、こんにちは…まどかさんって幼稚園の先生だったんですね」

 

「に、似合わないっしょ?」

 

いつものまどかさんならそう思うかも知れないけど…。

 

「そんな事ないで…ケホッ、ないですよ。さっきのまどかさん見て、すごくいい先生だなって。みんなのお母さんなんだなって思いました。ケホッ」

 

私もそう思うよ、架純。

 

「あ、あはははは、ちょっと照れちゃうね。あ~……でも、ありがとう」

 

私と架純はまどかさんと一緒に、公園のベンチに座った。

 

「まどかさんが幼稚園の先生って知りませんでした。

子供が好きとか…ですか?」

 

「え?あ、うん…。好きー!って訳じゃないんだけどね。何て言うんだろう?子供達の笑顔ってさ、何か癒されない?」

 

癒される?

 

「大変な事もいっぱいあるけど、子供って純粋で素直でさ…。笑顔が輝いて見えるんだよね。あたしはそんな子供達を見ているのが好きなんだよ」

 

それって……結局子供達が好きって事じゃないの?

 

って、そういえば…。さっきから架純が静かだね。

どうしたんだろう?

 

「架純…?どうかした?子供達に見惚れてるの?」

 

「ん?明日香?いや、あのね。子供達は可愛いと思うんだけど…私達と一緒にこのベンチに座って、隣でパンを食べ始めたこのお姉さんは誰なんだろ?って思って…」

 

「もぐもぐ…ん?え?アタシ?」

 

「「え?誰?」」

 

このお姉さんいつの間にこの公園に来たの?

 

「失礼。アタシの名前は美奈!こよなく子供を愛するただのOL!決してロリでもショタでもないわ!!」

 

「え?え?」

 

「まさか不審者…?」

 

「まどかさん。警察を呼びましょうか?」

 

「何で!?何で警察を呼ばれるの!?」

 

何なのこの変な人は…自分でロリでもショタでもないとか普通の人は言わないからね?

 

「いやいや、本当に怪しくないから。たまたまここの公園で、ゆっくりランチにしようと思って来ただけだから。むしろあの子達よりお姉さん達の方にムラムラしてるくらいだからね。安心して」

 

「わ、私達にムラムラって…ケホッケホッ」

 

「やっぱり不審者だね…」

 

「すぐに警察を呼びますね」

 

「だから何で!?」

 

そのお姉さんは、仕事の営業にまわっていて、あまり成果が上げられずに落ち込んでいたらしい。

そんな時に公園で遊んでいる子供達を見て、少し元気が出て来たので、ここでお昼ご飯を食べようと、近所のコンビニからパンを買ってきたとの事だった。

 

「あ、あはは、お、お仕事大変ですね」

 

「お、お疲れ様…です」

 

「そうなんだよ~。まどかちゃ~ん、架純ちゃ~ん、アタシを慰めてぇぇぇぇ…」

 

「「え?」」

 

こ、この人…架純はともかくまどかさんの名前も知っている…?まさか…。

 

「ん?あれ?どったの?」

 

「あんた……美奈って言ったっけ?御堂さんの名前はともかく、何であたしの名前を知ってるの?」

 

「知ってるよ?Blaze Futureのまどかちゃんでしょ?」

 

Blaze Futureを知っている…?やっぱりこの人…クリムゾンの…!!

 

「あんた…もしかして…」

 

「こないだのDivalとの対バン行きたかったんだけどね~…。香菜は元気してる?」

 

え?香菜さん…?

 

「え?香菜…?あの…香菜のお知り合いなんですか?」

 

「うん、アタシ、就職する前は香菜のバイト先の先輩やっててね。Blaze FutureとDivalの対バンの時にチケット買って下さいって連絡来てさ」

 

「雪村さんの…?」

 

「うん。あの子が高校入学して、すぐの時からだから~…もう6年くらいの付き合いになるかな?アタシが就職してからは、ほとんど会ってないけど」

 

それでまどかさんの事を…?いや、それにしても怪しすぎる。Blaze FutureとDivalの対バンに来てないんなら、まどかさんの事を知っている理由としては…。

 

「アタシも趣味でだけどドラムやってたからさ。対バン相手のドラムの人の事聞いた時にね」

 

あ、そういう事…?いや、でも顔まで知ってるはずは…。

まどかさんはどう思ってるんだろう?

 

「へ、へぇ…香菜のやつそんな事言ってたんですね」

 

「うん。もぐもぐ」

 

その人はそれだけ言ってパンを食べ始めた。

ここは私が探りを入れてみる?

もしこの人が……クリムゾンの関係者だとしたら…。

 

「でも、それでまどかさんの顔をわかるのって、どうしてなんですか?会った事はないんでしょう?香菜さんからも話しか聞いて……」

 

「もぐもぐ…もぐり」

 

美奈って人は片手でパンを食べながら、片手でスマホを触り、ある画面を私達に見せて来た。

 

「もぐもぐ…この写真貰ったし…もぐもぐ」

 

見せられたスマホには1枚の写真。

そこには英治さんを囲むように、まどかさん、綾乃さん、香菜さんと井上と栞の写真が表示されていて、まどかさんの顔には赤丸がされてあった。

 

「この写真貰った時に、この赤丸の人がBlaze Futureのまどかちゃんって聞いてね。たまにここら辺通る時に見掛けてたから…もぐもぐ」

 

あ、そ、そうだったんだ…。ど、どうしよう?

私ってクリムゾンとの戦いが長かったからか、人を疑っちゃうようになってるね…。反省しなきゃ…。

 

「香菜のやつ…こんな写真を…」

 

「もぐ…あ、香菜にはアタシと会った事は話していいけど、写真の事話したのは内緒にしててね。内緒だよ~って貰った写真だからさ…もぐり」

 

「あ。大丈夫です。香菜には言いませんよ」

 

「あ、あの…美奈さんでしたっけ?何か変な事言ってすみません…」

 

「あー、アタシってどっちかと言うと百合だからさ?まわりからは変に見られてた事もあるから気にしないよ。だから、お嬢ちゃんも気にしないで」

 

え?百合なの?

でも『お嬢ちゃん』か…。クリムゾンなら私の名前も知ってる筈だもんね。interludeの白石が知ってたんだから…。

 

「いえ…本当にすみません…」

 

私が謝ったのと同時くらいに、美奈って人はパンを食べ終わったのか、ベンチから立ち上がった。

 

「じゃあアタシは仕事に戻るね。まどかちゃんとお話も出来たし、あのBlue Tearの架純ちゃんとも会えたし、お仕事頑張れる気がするよ!………あの園児達の可愛い笑顔も見れたしね。ハァハァ」

 

え?ヤバい。やっぱり警察を…?

 

「じゃあね~ん♪」

 

そう言って美奈って人は、この場から去っていった。

 

「あたしも子供達連れて、幼稚園に帰るとするかな。そろそろお昼寝させないとね~」

 

まどかさんもそう言ってベンチから立ち上がった。

何だか難しい顔をしている。どうしたんだろう?

 

「明日香…私達も行こうか…」

 

「え?う、うん」

 

そこで私達はまどかさんと別れた。

まどかさんも今日の仕事が終わったら、ファントムに来るそうなので、私達もファントムにいますから、また会いましょうとだけ話した…。

 

私達がファントムに向かっている途中、架純はこう言った。

 

「雪村さんも今日はファントム来てくれるといいな」

 

香菜さんが…?やっぱりさっき気になる事があったんだろうか?架純もまどかさんも…。

 

私は少しモヤモヤした気持ちのままファントムに向かうのだった…。

 

 

 

「あ、それでさ?明日香…」

 

ん?架純?どうしたの?

今私この話の締めに入っちゃったよ?まだ続くの?

 

「結局明日香の好きな人って誰なの?さっき拓斗さんが出て来たせいで、話途中だったじゃん?」

 

「え!?」

 

「ゴホッ…ゴホッ…。明日香…ゴホッ…明日香の…好きな…ゴホッゴホッゴホッ…誰なの…?ゴホッ」

 

いやいやいやいやいや!

何なのその咳!?わざとらし過ぎるでしょ!!

 

「ゴホッゴホッゴホッゴホッゴホッ…」

 

ああ!もう!わかった!わかったわよ!

 

「わ、私の…好きな人はね…」

 

「うん(ケロッ」

 

くっ…架純…。

 

「私の好きな人は-------///」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

俺の名前は江口 渉!

やっと俺のモノローグに戻って来たって感じだな!

 

俺は学校から帰宅し、制服から私服に着替えて亮の家に向かっている。

亮の家はすぐ近くなんだけど、亮の親父さんとお袋さんのやってる定食屋は商店街の方にある。

 

今日の昼飯は亮の親父さん達が経営している定食屋で、食おうという事になっていた。

 

「おう!亮、待たせたな。さっきぶりだな」

 

「ん?ああ、オレも今来たとこだ。店に向かうか」

 

「今日の日替わりは何かな?亮は聞いてるか?」

 

「いや?オレは蕎麦しか食わねぇしな。渉もどうせカツ丼だろ?」

 

「まぁな。亮の親父さんのカツ丼は世界一うめぇしな!」

 

俺達はそんな他愛ない話をしながら歩き、商店街の入口に着いた。そこには…。

 

「あら?渉さんに亮さん?」

 

「おお、姫咲さんか」

 

Canoro Feliceのベーシストである姫咲さんと、その執事?付き人?である澄香ねーちゃんが居た。

 

「渉くんも亮くんもこんにちは。2人は商店街に買い物?」

 

「いえ、今日はうちの店で昼飯をと思いまして」

 

「あら、奇遇ですわね。私達も亮さんのお父様のお店で、昼食をと思ってましたのよ」

 

「え?そうなんすか?澄香さんはセバスちゃんの時にも、よく来てくれてましたけど、姫咲さんは珍しいすね」

 

お?澄香ねーちゃんは、よく亮のとこに食いに行ってたのか?

 

「ええ。澄香さんがじいやの姿の時…、その時に正体を明かしていた、ご夫婦に私もお会いしたいと思ってましたから」

 

「え?親父もお袋もセバスチャンが、澄香さんだって知ってたって事すか!?」

 

「ええ…亮さんのお父様とお母様には、Artemisの時にもお世話になっておりましたし、BREEZEやArtemisの解散後も……」

 

ん?にーちゃん達が解散後も…?

亮の親父さんとお袋さんは、その後もクリムゾンと…?

 

「いや、それは親父とお袋が勝手にやってた事ですし…」

 

「それでも私は感謝してるんですよ。貴も英治もきっと」

 

にーちゃんや英治にーちゃんも?

15年前の事か…いつか聞いてみたいな。にーちゃん達の話…。

 

「あ、そうですわ!では、渉さんと亮さんもご一緒しませんか?」

 

「ああ、それはいいですね。渉くんも亮くんもどうかな?一緒に食べない?」

 

「ええ、それじゃ一緒に昼飯にしましょうか」

 

「そーだな!」

 

俺達は4人で亮の両親のやってる店へと入った。

 

 

「いらっしゃい!……って亮か!」

 

亮の親父さんは俺達の姿を見るや否や、厨房から俺達の方に走って来て、いきなり亮の胸倉を掴んだ。

 

「親父…!いきなり何しやがる…!」

 

「何しやがるだとテメェ!!学校をサボるとはいい度胸してんじゃねーか!!」

 

「は!?サボってねぇよ!!今日は始業式だから午前中だけだ!!渉も居るだろうがっ!」

 

「何だと…!?よう、渉ちゃんいらっしゃい。

って事はテメェ!!店の手伝いをサボるとはいい度胸してんじゃねーか!!」

 

「落ち着け!今日は手伝いの日じゃねーだろ!」

 

「何だと…!?じゃあテメェ…ここに何しに来やがった!」

 

「飯だ!ただ渉と昼飯を食おうと思っただけだ!!

澄香さんも姫咲さんも一緒なんだから、あんま恥ずかしい真似してんじゃねーよ!」

 

「何だと…!?あ、澄香いらっしゃい。お?まさかその子が噂の姫咲ちゃんか?」

 

亮の親父さん……相変わらずぶっ飛ばしてるなぁ…。

 

「あなた。他のお客さんもいるのよ?

渉ちゃんも澄香もいらっしゃい。亮、みんなをテーブル席に通してあげて。………あなたはちょっとこっちにいらっしゃい」

 

「あ?お前亭主に向かって、何だその態…」

 

「いいから」

 

「は……はい…」

 

そう言って亮の親父さんは、亮のお袋さんに引き摺られて厨房の奥へと行った。

 

 

『ごめ…ごめんね…、いや、ごめんなさい。調子乗っ……ギャァァァァァァ』

 

 

 

この光景も俺ももう馴れたもんだぜ。

 

「あ、あの…大丈夫ですの…?」

 

「ああ…昔は亮くんのお父様もお母様も、クールでカッコいい系のバンドマンだったんですけどね。いつの間にかあのような感じに…」

 

「親父とお袋が…すみません…」

 

亮の親父さんがクールでカッコいい系?

何か全然想像つかねぇな…。

 

 

「もぐもぐ…亮…可愛い女の子を2人も連れてるとか、いい身分だな…もぐもぐ」

 

 

「あん?あ?沙耶さん…?」

 

俺達が亮にテーブル席に案内されてる途中で、亮は綺麗なお姉さんに話し掛けれた。

綺麗なお姉さんだな…誰だろ?

 

「今日は1人なんすか?美奈さんはどうしたんすか?」

 

「もぐもぐ…美奈は今日は外回りでね。だから、今日は1人なんだよ。もぐもぐ…」

 

「そうなんすね。ゆっくりして行って下さい」

 

「ああ、午後からの仕事に遅れないようにはな」

 

 

この店に来てるお得意様か何かかな?

亮が昼も手伝いをしてるってのは、珍しいわけだし昔からの知り合いとかか?

 

 

それから俺と亮と澄香ねーちゃんと姫咲さんは、ゆっくり話しながら昼飯を楽しんだ。

いつか澄香ねーちゃんにも、にーちゃん達BREEZEの事とかも聞かせてもらいてぇな。

 

 

「あ、あの…すまん亮…」

 

 

俺達が昼飯も食い終わり、解散するまでの間ゆっくり話をしていると、さっき亮に声を掛けて来たお姉さんが、俺達のテーブルへとやって来た。

 

 

「ん?沙耶さん?どうしました?」

 

「ちょ…ちょっと…このテーブルからの話が聞こえて来て…その…」

 

「あ、私達がうるさかったとかですか?す、すみません…」

 

そのお姉さんに澄香ねーちゃんが謝った。

そして急にそのお姉さんは、澄香ねーちゃんの手を握って、

 

「あ、Artemisの澄香さんっすか!?私!ずっと澄香さんのファンでして…!!そ、その…」

 

「え?私のファン?」

 

「さすが澄香さんですわ。15年経った今もこのようにファンの方がいらっしゃるとは…」

 

「は!はい!澄香さんに憧れてベースもやってるんですけど…そ、その…」

 

「あ、あははー、ありがとうね。私のファンでベース始めてくれたとか嬉し…」

 

「はい!澄香さん達が関西で走り屋やってたって聞いてから大ファンになりましたっ!!」

 

 

 

-シーン

 

 

 

え?バンドじゃなくて?走り屋…?

 

「ハッハッハ。この方は何を言っておられますのかな?私には何の事だかサッパリでございますな」

 

え?何で澄香ねーちゃんはセバスちゃんになったんだ?てか、いつの間に着替えたんだ?

 

「あ、あの…澄香さん…?」

 

「姫咲お嬢様。澄香って誰の事でございますかな?」

 

いや、澄香ねーちゃん。さすがにそれは無理があると思うぞ?

 

「ハッ!?澄香さん!?澄香さんはいずこに!?

さっきまで目の前に居たのに、いつの間にご老人と入れ代わったというの!?」

 

いや、まぁ…確かに澄香ねーちゃんとセバスちゃんだと見た目全然違うけど…。気付かないものなの?

 

「あ、あの沙耶さんと仰いましたか?澄香さんが走り屋というのは…?」

 

「え?ええ、関西のヤンキーだったらしいです」

 

「いやいや!違うから!ヤンキーじゃないから!マジ誤解だからそれ!!!」

 

へぇ…Artemisってヤンキーだったのか…。

 

「渉くん!違うって言ってるでしょ!」

 

澄香ねーちゃんにも心を読まれてるだと…!?

てか、澄香ねーちゃんはセバスちゃんの格好のまま、澄香ねーちゃんの喋り方になってるけど大丈夫なのか?

 

「そ、そもそもでございますな。Artemisは高1の時からバンドをやっておりますし、梓と翔子と日奈子はバイクにも乗っておりましたが、澄香はバイクの運転もした事がなければ、免許も持ってないでございますことよ?」

 

いや、澄香ねーちゃん、喋り方おかしいからな?

 

「ほう、おじいさん。なかなかArtemisに詳しいですね」

 

そりゃ本人だからなぁ…。

 

「ですが、近隣の高校の男達をワンパンで沈めていたという伝説が…」

 

「そ、それは梓が、近隣の高校の人から告白されて、フッてたから、そんな噂が立っただけで…!」

 

「なるほど。では、夜な夜なバイクで爆走してたと…」

 

「それは梓の家が山の方だったから、みんなバイクで梓の家まで練習に行ってただけ!しかも澄香は翔子の後ろに乗ってただけだしっ!」

 

「そうなんですか?ヤンキーって訳じゃなかったんだ…。良かった(ボソッ」

 

ん?良かった?今このお姉さん良かったって言った?

 

「もちろんでございます。4人共品行方正、成績も……澄香と日奈子は上から数えた方が早かったですし、真面目が服を着て歩いているような淑女達でございました」

 

すごい持ち上げてるなぁ…。

 

「そうですか。って、私休憩時間終わっちゃう!

慌ただしくてすみません。私はもう行きますね」

 

「ハッハッハ。もしArtemisが元ヤンとか勘違いしている人が他にも居るようでしたら、是非誤解を解いてあげて下さいませ」

 

「わかりました。澄香さんが戻って来たらよろしくお伝え下さい」

 

戻って来たらも何も、目の前のじいさんが澄香ねーちゃんだけどな。

 

「美来とサムの気持ちも…わかっちゃうな…」

 

美来?サム?誰だ?サムって外人さん?

 

「それでは」

 

そう言ってお姉さんは会計を済ませて帰って行った。

俺達もそろそろファントムに向かうか…。

……その前に、

 

「なぁ澄香ねーちゃん?Artemisってマジで元ヤンなのか?」

 

「だから違うってば…。何でそんな噂が出たのか本当にわかんないくらいだよ…」

 

「にーちゃん達に聞いてみるか…」

 

「ほんと止めて!タカ達なんか絶対『あいつら?ああ、元ヤンだけど?まじこえぇわ。俺何度かちびりかけたしな』とか言うに決まってんやから!」

 

ああ、確かににーちゃんや英治にーちゃんならそう言いそうだな…。

 

 

 

 

姫咲さんと澄香ねーちゃんと別れ、俺と亮はファントムに着いた。

 

そこでは初音ちゃんと、盛夏ねーちゃんがフロアでウェイトレスをやっていて、厨房では三咲ねーちゃんが美緒に料理を教え、英治にーちゃんと翔子ねーちゃんがビールを飲み、理奈ねーちゃんと香菜ねーちゃんがお茶をしていて、睦月と麻衣と恵美もお茶をしながら、バイトしている美緒を誂っていた。

 

その後は明日香と架純ねーちゃんが来て、雨宮が来て、拓実とさっちが来て、シフォンと小松が来て、一気にファントムは賑やかになった。

 

 

これが俺達の日常なんだな…。

 

 

俺達はみんなと…これからバンドをやっていくんだ。

ここにいるみんなと一緒に…。

 

 

バンドやろうぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は何だかんだと夜までダベっていた。

 

「そろそろ渚も来るでしょうし、志保、今日の夕飯の準備は良かったのかしら?」

 

「今日もそよ風に行こう!」

 

「志保はほんっっとそよ風好きだよね~」

 

「え~?香菜達いいな~。あたしはバイトだからそよ風行けないし~」

 

「ん?俺も行っていいなら盛夏ちゃんも早上がりでいいぞ?もちろん美緒ちゃんも」

 

「「お父さん(英治くん)?」」

 

そっか。もうそんな時間なんだな。

にーちゃんは今日来るかな…?

 

「でもさー?ファントムのバイトって私服にエプロンだけとか、あんまり可愛くないよね?」

 

「え?そうかな?あたしの花屋も私服にエプロンなんだけど…」

 

「恵美は何を言ってるの!ここはカフェだよ!?私も睦月と同じ意見だよ!美緒に何かコスチューム着せたい!」

 

「だってさ~…英治ぃ~…ここの制服もコスチュームにしちゃおうよぉ~…」

 

「あの…翔子ちゃん先生?ボクおっちゃんじゃないだけど?何でボクに言うの?酔ってるの?」

 

「ゆーちゃん!よ、酔ってる神原先生に抱きつかれて…その…へ、変態!!」

 

「え?ボクが悪いの?」

 

「そうか…オレも酒を飲めばシフォンに…」

 

「亮?僕はAiles Flammeを解散とかしたくないから、自重してね?」

 

「ゴホッゴホッゴホッ…明日香?タカさんまだかな?」

 

「あ、それでさ紗智」

 

「え?明日香?私の事無視なの?」

 

みんな一緒に居るこの時間って本当に楽しいな。

けど、土曜にはGlitter MelodyもDivalもライブだよな?ゆっくりしてていいのか?

 

 

「英治~……喉乾いた…ビール…」

 

 

俺達がゆっくりしていると、まどかねーちゃんがファントムへと入ってきた。

 

「……あれ?みんな居る?………嫌な予感がする。あたしは帰る…」

 

けど、すぐに踵を返して帰ろうとした。嫌な予感って何だ?

 

「まどか、いらっしゃい。ほら、ビール入れたよ」

 

「み、三咲さん……」

 

帰ろうとしたまどかねーちゃんに、三咲ねーちゃんがビールを持って行き、まどかねーちゃんはしぶしぶビールを飲みながら、カウンター席に座った。

 

「何でみんな居るの…?」

 

「さぁ?私もびっくりだよ。まどかもお仕事お疲れ様。今日は私がご飯作ってあげよっか?」

 

「え!?三咲さんが作ってくれんの!?」

 

「私より初音の方がいい?」

 

「い、いえ…三咲さんの料理……久しぶりに食べたい…です///」

 

「オッケー♪じゃあちょっと待っててね」

 

まどかねーちゃんのあんな顔初めて見たなぁ…。

 

「渉?何でまどかさんをそんなにガン見してるの?セクハラ?」

 

「江口くん?まどかさんを見る目がいやらしすぎるよ?また志保ちゃんにバカにされちゃうよ?」

 

明日香にさっち?え?俺そんな変な目でまどかねーちゃん見てた?

 

 

-ゴンッ

 

 

「痛っ!」

 

「渉くん、久しぶり」

 

ん?え?久しぶり?

 

俺が声のした方に目をやると、Glitter Melodyの恵美が居た。

 

「あ?久しぶりっても、こないだSCARLETで会ったろ?てか、何で俺は殴られたの?」

 

「あ、ほら、こないだはゆっくり話出来なかったじゃない。だからかな?」

 

「だから俺殴られたの?」

 

 

 

「ねぇ亮くん?」

 

「どうしたシフォン?…あ、オレ達の子供の名前か?」

 

「え?何を言ってるの?渉くんと恵美ちゃんってお知り合い?」

 

「………シフォン。その前に1つ質問いいか?」

 

「ん?質問?何?」

 

「渉と恵美の関係が気になるって…その…お前…」

 

「ないから。マジでないから。さすがにその質問は引くよ?」

 

「あ、ああ、すまん(さすがにその質問は引くよ?どういう事だ?シフォンに引かれるのは避けたい…考えろオレ…)」

 

「亮くんはちゃんとわかってくれてると思ってたのになぁ」

 

「(亮くんはちゃんとわかってくれてると思ってた!?つ、つまりそういう事かシフォン!『ボクが好きなのは亮くんだけなのに…何で…何で渉くんの事をボクが気になると思ってるの!ボクが好きなのは……。亮!亮だけなんだから!そんなに疑われたらボクも引いちゃうよ(泣)』って事か…!?すまん…オレもお前だけだ!)」

 

「ん?亮くん?どしたの?」

 

「いや…悪かったな…オレを許してくれ…」

 

「え!?何で泣いてるの!?意味がわかんないんだけど!?ゆ、許すよ!だから泣かないで!」

 

「(キュン…。優しいな…シフォン…)ああ、恵美はオレらと幼稚園の頃からの幼馴染みだ。家は少し離れてっからそんないつも会ってた訳じゃねぇし、高校からは違うんだけどな」

 

「あ、そうなんだ?ふぅん…渉くんも大変そうだなぁ。そんな所はたか兄に似なくて良かったのに…」

 

「あ?貴さん?」

 

 

 

 

「あれ?みんないますね。今日って何かありましたっけ?」

 

「あ、ほんとだ。みんなどうしたんだろ?あ、志保~理奈~香菜~♪」

 

「何でみんないんの?俺は早く帰ってイベント走りたいんだけど?今日でイベ終了なんだけど?」

 

お、にーちゃんとねーちゃんと奈緒ねーちゃんも来たか!

 

「オッス!タカ!女の子侍らせてるとか、いい身分だな。梓にチクってやろうか?とりあえず駆け付け3杯な?」

 

「何なの?翔子もう酔ってるの?こいつめんどくせぇんだけど」

 

「かつての戦友に向かってめんどくせぇとは何だ?あ?やんのか?表出るか?」

 

にーちゃんの姿を確認した翔子ねーちゃんが、いきなりにーちゃんに絡んでいた。

やっぱArtemisって元ヤンのねーちゃん達だったのかな?

 

「ははは。翔子ちゃん、すっかり出来上がっちゃってるね」

 

「え?ト、トシキさん…?な、何故こんな所に?」

 

お、トシキにーちゃんも一緒だったのか。

 

「ああ、買い物に来てたら、はーちゃん達と会ってさ。それで一緒にファントムにって事になって」

 

「い、今のは…その…ヤンキー女子が好きなタカへのサービスで、ちょっとお芝居してあげてただけですよ♪」

 

「あ、そうだったの?でもヤンキー女子が好きなのは、はーちゃんじゃなくて宮ちゃんだよ?」

 

「あ、ご、ごめんなさい…。久しぶりだから勘違いしちゃってた。テヘッ」

 

 

 

 

「ねぇ睦月。あんな神原先生見るの私初めてなんだけど」

 

「うん、あたしも初めて。これは貴重な動画が撮れたもんだよ。いい歳してテヘッとか、完全に黒歴史だよね」

 

「え?動画撮ってたの?」

 

 

 

 

「渚さんお兄さんこんばんは」

 

「おう、美緒ちゃんこんばんは」

 

「美緒ちゃんこんばんは~。バイトはもう馴れた?」

 

「まぁ、バイトはそれなりに…」

 

「ねぇ美緒?お姉ちゃんも一緒なんだけど?私には挨拶とかないの?」

 

「そんな事より」

 

「え?お姉ちゃんってそんな事なの?」

 

「今日は遊太さんと栞さんとラーメンを食べに行ったのですが、その時に美来さんとお会いしました」

 

「美来お姉ちゃんと!?会ったの!?」

 

「はい。連絡先も交換しましたので、今度良かったら一緒にご飯でも…」

 

「連絡先を交換!?今度一緒にご飯!?……美緒様!!」

 

「あ、あの…渚さん?」

 

「渚?お前何やってんの?何で美緒ちゃんの前で跪いてんの?」

 

「先輩うるさいです。美緒様の御前ですよ?頭が高いです」

 

「貴、美来さんってどなたですか?」

 

「ん?ああ、美来ってのは…」

 

「南の島で私達と一緒に遊んだ女の子よ。美来ちゃんともまた会いたいと思っていたし、私も良かったらそのご飯に呼んでもらいたいわね」

 

「理奈さん。はい、理奈さんも是非。美来さんもなっちゃんとりっちゃんに会いたいって言ってました」

 

「そう。楽しみね」

 

「そしてお兄さん…ちょっといいですか?」

 

「ん?どした?」

 

ん?美緒がにーちゃんを引っ張って何処かに?

 

 

 

「どした?美緒ちゃん?」

 

「はい。美来さんの事なんですけど…」

 

「ああ、美来がどうかしたの?」

 

「ただの参考にしかならないと思いますが、美来さんはクリムゾンの音楽は嫌いだそうです」

 

「ん?急にどした?」

 

「そして39って数字にも、Artemisって言葉にも反応はあまりしていませんでした。こんな事言うのは撹乱させちゃうだけかも知れませんが…」

 

「そっか」

 

「お兄さん…か、勝手にこんな事…ごめんなさい」

 

「いや、それは別に。でもすげぇな。美緒ちゃんも美来が『サガシモノ』だと思ってたのか…」

 

「ま、まぁ色々思うところがありまして……って、キャア」

 

「ん、でも…もしかしたら美来がクリムゾンのミュージシャンって可能性もあった訳だからな?あんま無茶すんなよ?」

 

「は、はい…そ、それよりお兄さん…あの…頭…」

 

「あ、悪い。撫でちゃってたか…」

 

「い、いえ、あの…もう少しだけ…」

 

「「「ヘェー」」」

 

「「え?」」

 

「せんぱぁい。アハッ、こんな所に美緒ちゃんを連れ込んでセクハラですか?」

 

「貴、何を勝手に私の大事な妹に触ってくれちゃってんですか?」

 

「さすがロリコン大魔王といったところね。私の大事な美緒ちゃんに手を出すとは…覚悟は出来ているのね?」

 

「ちょっ、待っ…違っ!俺が連れ込んだんじゃなくて…」

 

「「「それが遺言か?」」」

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

このにーちゃんの叫び声も俺達の日常のひとつになっちまったなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「予定より早く手続きも終わったな」

 

「うん、これなら早く日本に帰れそうだね」

 

「後の手続きはワシがやっとくから、梓だけ先に帰ってたらいいんじゃないか?」

 

「いや、でも…」

 

「ワシにはまだこっちでやる事もあるしな。それに渚も心配だしのぅ」

 

「じゃあ再来週くらいに帰ろうかな」

 

「そうしろそうしろ。早くタカにも会いたいだろ?」

 

「べ、別にタカくんとどうでもええし!」

 

「ほんまに?」

 

「ごめんなさい。………それよりお爺ちゃんこそ…無茶しないでね」

 

「海原相手に無茶をするな…か」

 

「お父さんは…今度こそあたしが倒すから」


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