「にーちゃん、春さん達も明日香達も見ててくれよな!
俺達のAiles Flammeのステージを!!」
俺の名前は江口 渉。
今から俺達Ailes Flammeはステージに立つ。
evokeのライブのオープニングアクトとして、初めてステージに立ってから、まだ3ヶ月も経っていない。
初めてステージに立ったのは1年くらい前な感じもするけど、ステージに立つのはまだたったの3回目だ。
もちろん緊張もあるけど俺は落ち着いている。
今まで観てきたライブ。にーちゃんに借りたDVDで観させてもらったたくさんのライブ。どれもこれも凄かった。
・
・
・
今まで観てきた演奏やパフォーマンスを俺達Ailes Flammeの色に塗り替えて……。俺は……。
「ふぅ~、疲れたね。でも僕、今の精一杯をやりきったよ!」
拓実…。ん?やりきった?
「渉くんのパフォーマンスも良かったし、MCも盛り上がったよね!でもあのMCはたか兄のパクリっぽいかなぁ?」
シ、シフォン?え?
「最高だったな渉。だけどまだまだevokeにもBLASTにも届いてねぇ。もっと上を目指そうぜ!」
あ?あ、ああ…。確かにさっきのライブは今の俺をやりきった感はある。だけど、evokeにも大和達のBLASTにも…。
にーちゃん達のBREEZEにも全然届かねぇ。
やっぱりみんなすげぇよな。
………って待って!!?
うん!確かに俺もさっきめちゃ頑張った!めちゃ盛り上げた!って気持ちはある!
拓実の言うように今の俺達の精一杯をやりきったと思う!!
でも何でもう俺達の演奏終わってんの!?
ステージに立つ。
って描写から次はいきなり演奏終わって感想言い合ってるじゃん!?
もうちょっと俺のMCやパフォーマンスはどんな感じだったとか、亮や拓実やシフォンの演奏してる描写があっても良かったんじゃねぇのか!?え!?何で!?
「渉はどうしちゃったんだろう?」
「あれじゃねぇか?オレ達は精一杯をやりきったけど、まだまだBLASTにもevokeにも敵わねぇ。それが渉には…」
「もう!渉くんは!
確かにボクもまだまだ反省点も多かったけど、少しくらいは感動して喜んじゃってもいいと思うのに」
「ふふ、でもなんか渉らしくてさ。この方がいいかもだよね」
「ああ…確かにな」
「ぷっ…」
「「「あははははは……」」」
いや、お前ら何笑ってんの!?
確かにそんな気持ちもあるけどな!?違うから!!
俺が悶えてんのは何で俺達だけ演奏の描写が無いの!?って所だから!!
「おう、Ailes Flammeお疲れ様だったな」
にーちゃん!!
「たか兄たか兄!どうだったよボク達の演奏!!」
「そうだな。evokeの前座やってからそんな経っていないのにな。あの頃とは全然違う。楽しいライブだった」
「でしょでしょ!」
「ああ、シフォン。結婚しよう」
にーちゃん…。
「貴さん、シフォンはオレの……オレ達の大事なドラマーですんで。シフォンと結婚したいならオレ達を倒してからに…」
亮…。
「タカもバカな事言ってんなよ。渉くん達の演奏、本当に良かったと思うぜ。何か懐かしい気持ちになったよな」
「あ、おっちゃん!」
俺達が舞台袖で話していると英治にーちゃんが声を掛けて来た。
「シフォンもさすが俺の弟子だよな。最高の演奏だったぜ」
「えへん!そろそろボクもまどか姉に下剋上する時がきたかな!」
まどかねーちゃんに下剋上?
あ、そういえばBREEZEのドラマーの正当後継者はまどかねーちゃんって話だったっけか?
「拓実。見事な演奏だった」
「あ、拓斗さん」
「技術面はまだまだだし荒い部分もあったけどな。最高の演奏だったと思う。楽しかったぜ」
「はい!ありがとうございます!」
「亮くんは浅井さんと……あ、蓮さんとは全然イメージが違うよね。すごくパワフルで楽しい気持ちになれる演奏だったよ」
「オレの演奏って親父とそんな違うっスか?一応親父とお袋にギター習ってたんスけど、親父達とオレとは違う。オレはオレとしてAiles Flammeとしてって意識はしてて…」
「うん。型やパフォーマンスはさすが親子って思うくらい似てるけどさ。サウンドは全然違うよ。亮くんらしさが出てていいギターだったよ」
「まじすか?その…ありがとうございます。親父達の演奏を観てきたトシキさんにそう言ってもらえて嬉しいです」
あ?そういえばAiles Flammeの曲って、亮の親父さん達と曲調が違うもんな。
そっか。亮はそんな事も意識して作曲してたのか…。
「渉」
「にーちゃん?どした?」
「見えてきたか?音楽のその先の景色ってのは」
音楽の先の景色。
俺がいつか見たいと思った景色。
「ん~?まだわかんねぇな。ぼんやりとは見えてる気がするんだけどな」
「そっか」
そう言ってにーちゃんは俺の頭に手を置いて…
「その先の景色ってやつが、ぼんやりとでも見えてんならそれでいい。見失ったりすんなよ?」
「お?おお、絶対見失ったりしねぇ!いつかその先の景色に辿り着いてみせるぜ!」
「おう。
でもな渉。そういうのってのは探し続けるもんだ」
探し続ける…?
「どういう事だ?俺はその先の景色に辿り着いちゃダメなのか?」
「あ?いや、そんな訳じゃねぇよ?その景色に辿り着いたと思った時にな。もっかい後ろを見てみろ。そしたらきっとわかる」
もう一度後ろを?どういう事だ?
「ははは、今はわかんなくていい。その事を覚えておくだけでいい」
「そっか。わかった!覚えとく!」
「おう!」
音楽のその先の景色を見たい。
でもその景色ってのは探し続けるもの。
もしその景色に辿り着けたら、もう一度後ろを振り返ってみる。
俺はその事をずっと忘れずにいようと思った。
でもにーちゃんってあんな風に笑うんだな。
にーちゃんの笑ってるところって何度も見てるはずなんだけど、これがにーちゃんの本当の笑顔なんだって思った。
・
・
・
今日は架純ねーちゃんのファンが多すぎって事で、お見送りは無しとなり、今俺達は澄香ねーちゃんの運転する大型バスに乗り、ねーちゃんのマンションへと向かっている。
それというのも俺達が控室に戻ろうとした時……
『渉くん達のAiles Flammeもさ。ライブ後で疲れてるかも知れねぇけど、梓の引っ越しの手伝いに行ってくれねぇか?』
そう英治にーちゃんが俺達に話掛けてきた。
『梓さんの引っ越しの手伝いすか?』
『ああ、本当は俺も行きたかったんだけど、片付けとかもあるしな。拓斗達Lazy Windのみんなも行くみたいだしよ。頼まれてくんねぇかな?』
梓ねーちゃんの引っ越しの手伝い。
ライブで確かに疲れてはいるけど、にーちゃん達も行くみたいだし俺も手伝いくらいは…。そう思っていた。
『おっちゃ~ん…ボク達はライブやって疲れてるんだよ?何で今から引っ越しのお手伝いなのさ!』
『あはは、やっぱり嫌か?』
俺はそう思っていたけど、やっぱりみんな疲れてるよな。これから引っ越しの手伝いとかなると…。
『あったり前じゃん!
だからおっちゃんは何を企んでるの?ボク達に引っ越しのお手伝いに行かせて何を狙ってるの?』
ん?シフォン?
『その企みに寄ってはボクは行ってもいいよ?』
『お前…企みってな…』
『おっちゃん!誤魔化さないでよ』
『………お前ら見てたらな。昔を思い出してな』
俺達を見てたら昔を思い出した?
昔ってもしかして…。
『昔って?』
『なんつーかな。曲調や見た目とかは全然違うけどな』
その後英治にーちゃんは俺の方を見て
『渉くんはBREEZEのライブDVD見てタカのパフォーマンスを参考にしたのかも知れないけど、歌ってる雰囲気ってのかな。それがタカに似てるって思ってよ』
そして次は亮の方を見て
『亮くんの独特なパワフルなサウンドはな。何となくあの頃のトシキに似てる気がしてよ。パフォーマンスは全然違うんだけどな。自分が主役かのように主張した音の中にしっかりと脇役としての自分も出してる感じがな。トシキは目立つのが苦手だったからってのもあるかも知れねぇけど、亮くんもトシキみたいにボーカルの声を引き立たせようと演奏してるように感じた』
『確かにオレは渉の声が響くように、間奏はオレが主役だ!って思うように演奏してますけど…』
『そして拓実くん』
『ぼ、僕ですか?』
『拓実くんは俺達がバンドやり始めた頃の拓斗にそっくりだよ。あいつが晴夜を拓実くんに託した気持ちがよくわかった』
『拓斗さんに…僕が…』
『……遊太。お前はな』
『ちょっ!おっちゃん!この格好の時に遊太って呼ばないでよっ!』
『あ?だってお前、渉くんも亮くんも拓実くんも、もうお前の正体知ってんだろ?』
ああ、確かに俺達みんなシフォンの正体が井上だって知ってるもんな。
でも、亮。何でお前は耳を塞いでるんだ?
『そりゃそうだけどさ…』
『ぶっちゃけりゃ俺の弟子の中ならドラムの才能があるのは香菜だな。俺のリズムに一番近いのは綾乃だし、リズム隊としてみんなを引っ張るのはまどかが長けてるよな。そんでお前らん中で一番楽しそうに演奏してんのは栞だと思ってる』
『ボク何も誉められてないじゃん』
『ああ。誉められる所はあんまねぇな。でもよ、それでも誰よりもドラムが上手くなりたいって気持ちはお前が一番じゃねぇかな?そう思うと俺に一番似てるのは遊太、お前だよ』
『おっちゃんに似てるって…』
『俺がドラムの演奏が上手いのはただの経験値だ。お前らに教える何年も前からドラム叩いてたし、お前らに負ける訳にはいかねぇからBREEZEを解散してからもドラムを叩いてたしな』
『まぁ…ボクも男だしね。まどか姉達にももちろんだけど栞ちゃんには負けたくないし』
『あーあー聞こえなーい。オレには何も聞こえなーい』
……亮。
『……お前らの今日の演奏の感想をな。梓に聞いてこい』
ん?梓ねーちゃんに?
何でさっきの会話の流れからそうなるんだ?
『おっちゃん?何で梓さんなのさ?』
『じゃあ頼んだぜ。早く片付けねぇと初音もうるさいだろうしな。俺は行くわ』
そう言って英治にーちゃんはライブの片付けに行き、俺達は梓ねーちゃんの引越しの手伝いに向かっていた。
「はぁ…着いちゃったか…」
俺達はねーちゃんの住むマンションの前に着き、バスから降りた。
ここがねーちゃんの住んでるマンションか。思ってたより綺麗ででかいな。
「やっと帰ってきた。お帰りなさい」
お帰りなさい?
俺達が声のした方に目を向けると、SCARLETの事務員なのかな?来夢ねーちゃんがマンション前に立っていた。
来夢ねーちゃんはねーちゃんの妹であり、Divalのチューナーでもある人だ。
「あー、ごめんね来夢。そいや来夢の引越しも今日だっけ?」
「ああ、お姉ちゃんには何の期待もしてないし別にいいよ。それよりタカにぃちゃんとあずねぇちゃんに話あるかな」
「タカにぃちゃん?あずねぇちゃん?誰それ?もしかしてお父さんだけじゃなくて来夢も梓お姉ちゃんの事知ってた感じなの?」
「タカにぃちゃんはAiles Flammeのライブ見たかったにしても、あずねぇちゃんは何ですぐに帰って来てくれなかったの?」
「あれ?来夢?私の事は無視なの?」
「来夢ちゃんごめんね。私も拓斗くんやAiles Flammeくんのライブ見たかったのはあるけど、タカくんが無理矢理…」
「え?俺が無理矢理って何?」
「タカにぃちゃんにそんな度胸ある訳ないやん。大体あずねぇちゃんは昔から……」
ほえー。にーちゃんと梓ねーちゃんは来夢ねーちゃんと昔から仲良しだったのか?
ってか、何でねーちゃんは梓ねーちゃんの事知らなかったんだ?
にーちゃんと梓ねーちゃんは来夢ねーちゃんにしばらく怒られた後、来夢ねーちゃんが今の状況を説明してくれた。
どうやら来夢ねーちゃんも引っ越しの片付けをしたかったのに、梓ねーちゃんが帰って来ないものだから、引っ越し業者さんが梓ねーちゃんの荷物を来夢ねーちゃんの部屋に運んだらしい。
そして、ここのマンションの屋上には梓ねーちゃんの希望で簡易的なスタジオが作られるらしいが、その荷物は屋上に置かれたままになっているらしく、今から来夢ねーちゃんの部屋、梓ねーちゃんの部屋、屋上のスタジオの設営をしなくちゃいけないようだ。
梓ねーちゃんの引っ越しの手伝いだけでいいと思ってたのにまじでか……。
「なるほどな。状況はわかった。タカ、お前が仕切ってくれよ。人数も多いしさっさとやりゃすぐ片付くだろ」
「は?何で俺が仕切らなきゃなんないの?拓斗、知ってたがお前はアホだな」
「俺もはーちゃんが仕切ってくれた方がいいと思うよ。このままズルズル何も決まらなくても時間ばっかり経っちゃうし」
「あたしもタカくんが仕切った方がいいと思うよ。人生の選択肢はよくミスってるけど、こういう事は得意でしょ?」
「ああ、やっぱり先輩って人生の選択肢はよくミスってるんですね」
「なるほどね。すごい説得力だわ」
「いや、お前らマジで何なの?」
そしてにーちゃんは『何で俺が…』とブツブツ言いながらも、人員の割り振りを提案してくれた。さすがにーちゃんだぜ!
まず簡易スタジオの設営は、
にーちゃん、トシキにーちゃん、翔子ねーちゃん、姫咲ねーちゃん、理奈ねーちゃん、睦月、聡美ねーちゃん
来夢ねーちゃんの引っ越しの手伝いは、
来夢ねーちゃん、まどかねーちゃん、春さん、松岡パイセン、渚ねーちゃん、香菜ねーちゃん、美緒、麻衣
それと時間も時間だからと、何人かのメンバーは渚ねーちゃんの部屋でみんなの分の飯を作ってくれる事になった。そのメンバーは、
雨宮、さっち、拓斗にーちゃん、奈緒ねーちゃん、ユイユイ、恵美、架純ねーちゃん、明日香
そして最後に梓ねーちゃんの引っ越しの手伝いは、
梓ねーちゃん、澄香ねーちゃん、盛夏ねーちゃん、亮、拓実、シフォン、俺って事になった。
「でもボク達Ailes Flammeはみんな一緒で良かったよね」
「英治さんの話もあるし、貴さんが気を使ってくれたんじゃねぇか?」
「まぁ、来夢さんの部屋から梓さんの部屋に荷物を運ぶのもあるしこっちに男手を割きたかったのもあるんじゃない?」
「あははー、それにあたしは車イスだし、あんまり手伝い出来ないってのもあるのかも~」
「梓ねーちゃん!?」
俺達が来夢ねーちゃんの部屋から荷物を運んでいると梓ねーちゃんが声を掛けてくれた。
「Ailes Flammeくんのみんなもライブで疲れてるだろうにごめんね」
「あはは、俺達は元気だけが取り柄だからな!そんなの気にしなくていいぞ?」
「そうっすよ。オレら全然大丈夫っすよ。でも…」
「うん、僕らも荷物を運んでるけど…」
「盛夏ちゃんと澄香さんはボクらの横を荷物持ちながら何往復もしてるもんね…。男のボクらより盛夏ちゃん達の方が…」
「あ、あはは、澄香もせっちゃんも異常だから…」
せっかくだし俺達のライブの感想とか聞いてみてもいいかな?いや、やっぱ引っ越しが一段落するまで待った方がいいかな?
「ねぇねぇ、それより梓さん。ボクらAiles Flammeのライブどうだったかな?」
俺がそんな事を思っているとシフォンが梓ねーちゃんに聞いてくれた。
「え?Ailes Flammeくんのライブ?
うん。まだ結成して半年も経ってないのにあれだけの演奏出来るなんてすごいと思ったよ。車イスだってのも忘れて立ち上がりそうになったくらい楽しかったよ」
車イスから立ち上がりそうにって…。
でもそっか。15年前のにーちゃん達BREEZEを見てきた梓ねーちゃんにも楽しんでもらえたんだ。ははは、何か嬉しいな。
「良かったぁ~。僕も技術はまだまだだけど精一杯やったし…。少し安心したかな。でももっと頑張って拓斗さんみたいなベーシストにならなきゃ!」
「え?拓斗くんみたいな?」
「オレもトシキさんに親父達とは違うって、英治さんにはあの頃のトシキさんに似てるパワフルなサウンドって言ってもらえて嬉しかったっす」
「トシキくんに?え?亮くんだっけ?お父さんもギタリストなの?」
「ええ、オレは浅井 蓮の息子っす」
「え!?ええええええ!?あ、浅井さんの!?
そういや似てる…。浅井さんも女の子に人気だったからなぁ~」
お、やっぱ梓ねーちゃんも亮の親父さんの事を知ってるんだな。
それより亮。俺には亮の親父さんの苗字が浅井だって17年間内緒だったのに、初対面の梓ねーちゃんには言っちゃうんだな。まぁ、別にいいけど。
「そっか。渉くんのパフォーマンスやMCもタカくんに似てたもんね。シフォンちゃんはやっぱり英治くんを意識してるの?」
「いや、ボクは別におっちゃんの事なんか意識してないよ?まぁ、BREEZEの正当後継者ってのには憧れはあるけど」
あ、そうなの?シフォンって英治にーちゃんを意識してる訳じゃねぇのか。
でも、梓ねーちゃんから見ても俺ってにーちゃんに似てるのかな?やべぇ、すっげー嬉しい。
「そっか。BREEZEか。確かに澄香からもAiles FlammeくんはBREEZEに似てるって聞いてたよ。あたしも渉くん達見てたら昔のタカくん達思い出すし。雰囲気って言うのかなぁ~?」
そっかそっか!やったぜ、にーちゃん!!
「でもライブってなると全然違う。もしBREEZEみたいになりたいって思ってるなら、まぁそれでいいんじゃない?」
え?全然違う…?
「梓さん、それってどういう事かな?そりゃボク達の技術はまだまだだけどさ。それでいいんじゃないっていうのは…」
「うん?そだね~。
取り敢えずその荷物置きに行こっか。荷物持ったままじゃしんどいでしょ?」
・
・
・
俺達は梓ねーちゃんの部屋に荷物を運び、梓ねーちゃんが澄香ねーちゃんと盛夏ねーちゃんに残りの引っ越し作業をお願いしていた。
澄香ねーちゃんと盛夏ねーちゃんはブーブー文句を言っていたが、にーちゃんが何でも願い事をひとつ叶える権利を差し出すと、通常の3倍の動きで作業に戻った。
この分だと俺達がいなくても何とかなりそうだ。
でも勝手ににーちゃんのそんな権利を差し出してもいいの?にーちゃんに怒られない?
そして俺達は今、マンションの近くのコンビニ前にいる。梓ねーちゃんが俺達に飲み物を奢ってくれたんだぜ!
「暑いのに外でごめんね。部屋だとみんなの邪魔になっちゃうかもしれないし」
「いえ、僕達は大丈夫です」
「それより梓ねーちゃん。さっきの話の続きなんだけど」
「うん、そだね」
梓ねーちゃんは俺達の方を見て質問をしてきた。
「みんなは何で音楽をやってるの?」
あ?俺達が何で音楽をやってるかって?
そりゃ俺は東雲 大和のBLASTに勝ちたいって思って…。いや、今はBLASTだけじゃねぇな。
evokeにもinterludeにも負けたくねぇ。
……違う。
負けたくないから音楽をやってるんじゃねぇ。
にーちゃんに憧れてるから?にーちゃんみたいになりたい?いや、それも違う。
負けたくないからでも憧れからでもない。俺は…。
「さっきも言ったけどね。BREEZEに憧れてBREEZEみたいなバンドになりたい。そんな音楽をやりたいっていうなら今のままでいいと思うよ?憧れから音楽をやる人達もいるし、Ailes Flammeくんのさっきのライブは確かに昔のタカくん達に似てて楽しかったし」
俺は、俺達は何も言えなかった。
BREEZEみたいなバンドになりたい。確かにそういう気持ちある。だけど、そうじゃねぇ。俺がやりたいのはBREEZEじゃねぇんだから。
「うん?何かあたし偉そう?お局ってる?わわわ、どうしよう……」
「あ、いや、いえ、そういう訳じゃなくてっすね。オレは何て答えたらいいかって思って…」
「良かったぁ~。いきなり登場してきたオバサンが何言ってんだ?とか思われてるのかと…」
いや、オバサンって…。
確かに俺達よりかなり年上だろうけど、制服来てたらメイク次第じゃ俺達と同級生って言ってもいけるんじゃねぇかな?
「え!?渉くん!それまじで!?本気にしちゃうよ!?」
ちょっと待って!
俺って梓ねーちゃんにも心読まれてんの!?
「ねぇ、亮くんは何でギターやってるの?」
「あ、オレすか?やっぱ親父とお袋がギターやってたのもありますし、オレもそんな親父達を見てきてギターやりたいと思いまして」
「なのにお父さんと違うって言われて嬉しかったの?お父さんの演奏は嫌い?」
「……!?いえ、親父の演奏もお袋の演奏も好きっすよ。ギタリストとして尊敬もしてます。でも何か親父の真似とかみたいな…何て言えばいいんだろう…」
「それっておかしくない?トシキくんみたいなパワフルな演奏って…トシキくんの真似ならいいの?」
「そ、そういう訳じゃ…」
「ん~、本当は亮くんの言いたい事はわかってるけど…。ちょっと意地悪過ぎたかな?(ボソッ」
ん?梓ねーちゃん?
もしかして俺達が梓ねーちゃんに聞きたいって思ってるように、俺達に言いたい事もあるのかな?
俺達に伝えたい事…?
「拓実くんは?」
「あ、僕は…どうなんでしょう。渉や亮と一緒にバンドやりたいって思って…拓斗さんにも晴夜も託して貰いましたし…」
「ふぅん、そっか。じゃああたしが拓斗くんに頼んで晴夜を別の人に託してもらおうか?そしたら大丈夫かな?」
「え?いや、大丈夫かな?って言われましても…」
考えろ…梓ねーちゃんの言いたい事。俺達に伝えたい事…。
「シフォ…」
「ボクは!」
シフォン…?
「ボクは…おっちゃんの弟子として、まどか姉にも綾乃姉にも、香菜姉にも栞ちゃんにも負けないドラマーになりたかった。
栞ちゃんがFABULOUS PERFUMEとしてバンドを始めて、栞ちゃんにも負けないバンドをやりたいって思ってた」
栞ちゃんがFABULOUS PERFUMEとしてバンドを始めて!?
ちょっと待って…!小松ってFABULOUS PERFUMEのバンドマンなのか!?
「渉くん、ちょっとうるさい。なんで気付いてないのさ。気付いてないの渉くんくらいだよ?」
え?そうなの?
「渉。すまん、オレは知ってるぞ」
「渉…、それってネタだよね?いくらなんでもそれはないよね?」
「あ、当たり前じゃねーか!お前ら何言ってんだよ!あははは」
え?そうなの?何かそんなフラグあったの?
いや、あったな。南国DEギグの旅行の時か…。
やっべぇ…。全然気付かなかった…。
それより俺、口に出してないのにうるさいって何なの?
「それで?シフォンちゃん続きは?」
「あ、うん。
ボクは誰にも負けないバンドをって思ってた。今もそう思って演奏してたよ。
でもね、梓さんに言われて思った事があるんだ」
「何かな?」
「渉くん達がボク達の学校の軽音部の部室に来た時ね。渉くん達がバンドをやりたいって。ドラマーを探してるって聞いて、みんなの演奏を見てみたい。ボクの…僕の演奏を見てもらいたいって思ったんだ」
声のトーンが変わった…?シフォンから井上になったのか?
これってあの時かな?Ailes Flamme編第4章?
「それでみんなを……スタジオに誘ってみたら、そこでデュエルしてみたらさ。…あはは、みんなすっごいバラバラですっごい下手くそで…」
え?下手くそ?
まぁ、あの時はただ歌えばいいって思ってたしな。
「渉くん達とは…バンドはやれないな。って…その、思ったし、もっと上手いバンドに…入りたいって、そうじゃないと…栞ちゃん達に勝てないと思ったし…」
井上…。そうだよな。
俺もあの時はシフォンは俺達とバンドをやるべきじゃない。もっとシフォンに合ったバンドがある。シフォンにはそういうバンドでバンドをやってもらいたいって思った。
…
……
………
そう思うようにしたんだ。
でも俺は…シフォンにAiles Flammeのドラムをやってもらいたいって。他のバンドじゃなくて俺達と一緒にやってもらいたいって思ったんだ。
………そうか。俺はBLASTの東雲 大和に勝ちたいと思ってる。もちろんinterludeの白石 虎次郎にも、BREEZEのにーちゃんにも、今のにーちゃんにも他のファントムのバンドのみんなにも。俺は勝ちたい。
でも違うんだ。
俺がバンドをやりたいのは、歌いたい理由は、俺の知ってる人にも、知らない人、会った事もない人にも、俺の歌を聞いてもらいたい。
亮のギター、拓実のベース、シフォンのドラムで、Ailes Flammeの演奏をもっともっと色んな人に聞いてもらいたい。
俺が最高に楽しいって思ってるAiles Flammeのライブをみんなに観てもらいたいんだ。
「僕は…デュエルの後、みんなの練習にアドバイスしたり、渉くんや…亮くんや拓実くんを見て…たんだ」
「シフォン…!オレを見てくれて…(トゥンク」
いや、亮。何でお前ここでときめいたの?え?幼馴染みが遠く感じるよ?
「渉…今はシフォンの話をちゃんと聞こう?」
そう言って拓実は俺の腕を掴んできた。
本当に待ってくれ。俺は心の中で思ってるだけなんだよ。声に出してたのは亮だからな?
「その時にね。思ったんだ。
僕はAiles Flammeでドラムを演奏したいって。みんなの練習してる姿がかっこよくて…僕は…その…」
「シフォンが…オレの練習している姿がかっこ…いいって…ぐすん」
何で亮は泣いてるんだ?おっと、また拓実に何か言われてもへこんじゃうしな。黙って見守っておこう。
「Ailes Flammeが楽しい音楽をやれるって思ったんだ」
「シフォンちゃんのバンドをやりたい理由はそれなの?」
「バンドをやりたい理由ってなると…やっぱりまどか姉達に負けたくない、勝ちたいと思ってるよ。でも……違うんだよ。Ailes Flammeは…勝ち負けとかじゃなくて…僕の居場所なんだ」
井上…。わかる。俺もそうだ。
BLASTにもinterludeにも勝ちたい。
でも、Ailes Flammeはそうじゃねぇ。
俺がやりたいって思う、俺が俺で居られる場所なんだ。
野球で東雲 大和に負けて、何もやる気が起きなくて。
適当に毎日を生きてた俺が、明日を信じる事が、まだ見てない事が楽しみに思える事が出来たんだ。
「そっか。シフォンちゃんは…」
「梓ねーちゃん!!」
「え!?何!?渉くん……?」
俺は梓ねーちゃんが『答え』を言うよりも先に、ちゃんと言わなきゃならないと思った。
亮にも拓実にもシフォンにも…井上にも聞いてもらいたい。
「俺もシフォンと同じだ。BLASTやinterlude、evokeや他のファントムのバンド、みんなに負けたくねぇって思ってた。でも今の俺達じゃ勝てないとわかってる。
それでも本当は良かったんだ。俺はAiles Flammeが楽しい。
亮のギター、拓実のベース、シフォンのドラムで俺の歌。それをみんなに聞いてもらいたい。そう思ってやってる音楽が俺は楽しいからバンドやってんだ。勝ち負けじゃなかったんだよ」
「渉…オレも…オレもそうだな」
「そうだよね。Ailes Flammeが楽しいんだ。だから僕達はバンドを…」
亮、拓実。
そうだよな。俺達はAiles Flammeだからバンドをやってるんだよな。
何でそれを忘れてたんだろう…。勝ち負けじゃねぇんだ。
『そういうのってのは探し続けるもんだ』
さっきにーちゃんに聞いた言葉が頭に浮かんできた。
BLASTに勝ったら終わりじゃない。
BLASTに負けたからって終わりじゃない。
俺は歌うのが好きだ。ゴールなんてない。
BLASTに勝ったら次を。interludeに勝ったら次を。
俺が音楽を好きな限り終わりなんてない。ずっと探し続けていくんだ。次の俺達を。
「もうっ!渉くんが何で言っちゃうのさ!せっかくボクが梓さんとお話してたのにっ!」
ん?あ、井上からシフォンに戻ったか。
「ふふ、渉くんは本当にタカくんに似てるね」
え?お?
「タカくんもね。みんなを楽しませようと色々MC考えたりパフォーマンスを考えたりしてたよ。
でもいつも言ってた。色々考えてても自分が楽しくなっちゃって失敗しまくったって」
自分が楽しくなって…。
「クス、いつも後悔はしてたみたいだけどね。全く反省はしてなかった。タカくんは誰よりも自分が一番楽しいって事をやってんだよ」
誰よりも自分が一番楽しめるように…か。
「渉くんがBREEZEのライブDVDとかを見て楽しいって思って、タカくんを参考にしたのならさ。誰かみたいなライブじゃなくて渉くんが一番楽しめるライブをするといいと思うよ」
そう言って梓ねーちゃんは車イスから立ち上がった。
そして俺の頭に手を置いて…。
「頑張れ」
そう言って撫でてくれた。
・
・
・
梓ねーちゃんの部屋の引っ越しは、澄香ねーちゃんと盛夏ねーちゃんで終わらせてくれていた。
俺達は引っ越し作業の後、雨宮達が作ってくれた夕飯を食べ、今はAiles Flammeの4人で帰路についていた。
にーちゃんや澄香ねーちゃんは送ってくれると言っていたけど、俺達は今は4人で居たかった。
「おっちゃんがボク達に梓さんの引っ越しの手伝いをさせたかったのは、この事をボク達に伝えたかったのかな?」
始めにシフォンがそう口を開いた。
「オレも忘れてた。オレは誰かに勝つバンドがやりたかった訳じゃない。親父達の敵討ちでもないしな。
オレはただギターが好きで、渉の歌声が好きになったからバンドをやりたいって思ったんだ」
俺もそうだ。きっかけは東雲 大和のBLASTに勝ちたいって、東雲 大和ともう一度勝負がしたいって思ったからなんだ。
でも、今は違う。亮のギターが、拓実のベースが、シフォンのドラムが好きなんだ。
「も、もちろん今は渉とだけじゃねぇぜ?拓実ともシフォンともバンドやりたいって、この4人がいいって思ってるからな」
「もう、亮は。わかってるよ。僕も同じ気持ちだからさ」
「ボクもわかってるよ。亮くんの気持ちは」
亮…拓実…シフォン…。
「いや、わかっていない」
亮?どうしたんだ…?
「亮くん?」
「シフォン。オレはお前とはバンドだけじゃない。
出来れば…将来的な事も…その…したいと思ってる」
ヤバい。これはヤバいやつだな。
亮、俺は聞かなかった事にするぜ。
「…………あ、ボクと拓実くんは電車だからこっちだね!渉くんも亮くんも気を付けて帰ってね!また明日学校でね!」
シフォンはそう言って走って行ってしまった。
拓実もシフォンを追って走った後、こっちを振り向いて『亮のバカー!』とだけ言って走って行ってしまった。
「いきなりのプロポーズは早すぎたか。シフォンもみんなの前じゃ照れるのもあるよな。今日は失敗だな」
すまん、亮。
お前は人生を失敗したって思っちまった。
だけど俺はお前の幼馴染みだからな。見捨てないぜ。
……聞きたい事もあるしな。
・
・
・
俺は亮とふたりになった事で聞いてみた。
こんな事幼馴染みに相談するのは照れくせぇんだけどな。亮もバレてないと思ってるみたいだけど、俺には話してくれたしな。
よし…。
「な、なぁ亮…」
「あ?どした?」
「お前さ。
前に男が男の娘を好きになってもいいんじゃないか?って俺に聞いてきたよな?」
「ああ、言ったな。………渉、とうとうお前もシフォンを…。いつかこんな日が来るとは思っていたぜ」
亮はそう言ってどこからともなく金属バットを取り出した。
いや!待って…!金属バットは止めて!!
違うから!本当に違うから!!
「ま、待て亮!シフォンじゃない!!だから金属バットはしまってくれ!」
「本当にか?なら何でそんな事を?」
亮は金属バットを手にしたまま俺に詰めよって来た。
いや、まじで違うから勘弁してくれ。
「渉?」
「い、いや、あのな?俺が聞きたかったのはよ。
その…男女の恋愛ってさ。歳の差とか…やっぱ気になるものかな?」
やべぇ。こんな質問より亮の金属バットの矛先の方がドキドキしてやまない。
「は?歳の差?どうしたんだ急に」
亮は金属バットをしまってくれた。助かった、助かった…。
「ああ、その…歳の差恋愛とかどうかな?と…」
「そんなのは当人同士次第じゃねぇのか?ほら、貴さんも奈緒さんや渚さんや理奈さんとかよ」
あ、そ、そう言えばそうだよな。
俺の見立てなら美緒や雨宮もっぽいし。
うん、歳の差もあり!……だよな。
「お前…本当にどうしたんだ?」
「いや、何でもねぇ!ちょっと気になっただけだ…!」
「渚さんか?」
「ん?ねーちゃん?」
「違うか…。理奈さんか?」
「お前何言ってんだ?理奈ねーちゃんがどうかしたか?」
「って事は奈緒さんか?」
「は?」
「…お前、梓さんの事好きになったのか?」
ふぁ!?
「お、おみゃえ、なに言っ、言ってんの?意味わかんにゃいし!」
「まじでか……。頭ナデナデのせいか…」
「お、お前さっきから何言ってんだよ…」
ま、まさか俺が梓ねーちゃんの事好きになっちまったの…バレちまったのか…?
「渉」
「お?お、おう?」
「お前、河野や雨宮や明日香や恵美はどうすんだ?」
「あ?さっちや雨宮や明日香や恵美?」
「いや、な、何でもねぇ…」
どうしたんだ亮のやつ?
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「う~ん…!引っ越し疲れたぁ~。
ま、あたしは何もしてないけどね!」
「おう、久しぶりだな。梓」
「ふぇ?……あ、なんだ。手塚さんか」
「ふふ、久しぶりの挨拶がそれか」
「どうしたんです?こんな時間に。どうせならもう少し早く来て引っ越しの手伝いを~」
「タカはあんま俺のツラは見たくねぇだろ」
「本当はタカくんも手塚さんにめちゃくちゃ感謝してるの知ってるくせに」
「だからだよ。俺の左手の事は忘れさせてやりてぇだろ」
「まだ動かないんですか?」
「俺はお前と違ってスペシャルでスーパーな人間だからな。お前の足程じゃねぇよ。日常生活には困らねぇ」
「あたしも立ち歩くくらいは出来ますよ~だ!」
「そうか」
「それで?あたしに何か話ですか?」
「日奈子にも聞いてるだろ?俺は佐倉 奈緒を歌わせてぇ」
「……タカくん電話出てくれるかなぁ?」
「待て!本当に待て!お前にとっても悪い話じゃねぇ!」
「あたしは奈緒ちゃんに歌わせるのは反対です」
「俺がクリムゾンエンターテイメントに所属していた理由。覚えてるか?」
「まぁ。手塚さんはどっちかと言うとあたし達側でしたし」
「クリムゾンエンターテイメントや海原のいない世界。もちろんクリムゾンミュージックも、クリムゾングループ全体がいない世界。
そんな世界でお前は佐倉 奈緒の歌を聞いたらどう思う?」
「……なるほど。それであたしにとっての悪い話じゃないっていう意味がわかりません」
「立ち上げようぜ。SCARLETで。
俺のプロデュースするバンドと、お前らArtemisのプロデュースするバンドと、BREEZEのプロデュースするバンドをな。15年前の決着と言えばあいつらを巻き込みたくねぇって気持ちもあるが。やりたくねぇか?俺達のあの頃の理想の音楽を」