「ハァ…ハァ…ハァ…」
僕は東山 達也。
高校で教師をしながら、バンドでベースの担当をしている。
11月にある修学旅行先の下見の為に、僕は昨夜、夜行バスで関西に行き、今、地元に戻って来た所だ。
本来なら夕方まで関西で下見をし、終電ギリギリまで個人的に観光を楽しむつもりだったのだが、下見を終えてスマホを見て驚いた。
『達也!大変なの!早く…早く帰って来てっ!』
義理の姉である晴香さんから、こんな文面が届いていたのだ。
一体何があったというのだろう?
仕事自体は下見が終わっていたという事もあり、観光を楽しむ事を諦めて、僕は急いで地元へと戻ったのだ。
しっかり晴香義姉さんと、花音さんと綾乃さんと真希さんのお土産は買って…。
すみません、拓斗さん、タカさん、トシキさん、英治さん!いつもお世話になっているのに皆さんの分のお土産を買う時間はありませんでした…!
それはいいとして…。
地元に戻って来た僕は急いで晴香義姉さんに連絡した。
そして晴香義姉さんからの返事は、急いでSCARLETの本社に来て欲しいとの事だった。
「晴香義姉さん…待ってて下さい…!」
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「ハァ…ハァ…誰も…いない?」
僕はSCARLET本社に着いたけど、正面玄関のドアは閉まっていた。
ビルを見上げると所々の部屋からは明かりが漏れているけれど、エントランスは真っ暗だ。
晴香義姉さんに連絡をしてみた方がいいだろうか?
僕がジャケットの内ポケットからスマホを取り出した時だった。
「東山さん、お待ちしていました」
正面玄関から脇道に入った所から、Divalの水瀬 渚さんの妹である水瀬 来夢さんが出てきて僕に声を掛けてくれた。
「来夢さん、すみません。晴香義姉さんからこちらに来るように連絡を貰いまして…」
「はい、伺っています。取り敢えずこちらから中にどうぞ」
僕は来夢さんに案内されるまま、裏口からSCARLET本社の中に入り、8階の第3会議室へと向かった。
一体何があったんだ…?
晴香義姉さんから早く帰って来るように言われたが、向かうように言われたのはSCARLET本社。
晴香義姉さんからあんな連絡が来るなんて滅多に無いから慌ててゆっくり考えてなかったけれど、SCARLET…バンドとは関係無い晴香義姉さんから何でここに向かうように言われたんだ…?
わからない事だらけだけれど、取り敢えず来夢さんに言われたように8階の第3会議室に入ればわかるか…。
エレベーターで8階まで上がった僕は、第3会議室の前に行き、軽く深呼吸をして、ノックしてから第3会議室に入った。
そこには晴香義姉さんと拓斗さん、Canoro Feliceの一瀬くんにAiles Flammeの秦野、evokeの豊永くんと河野くんが居た。何なんだこのメンバーは…。
「晴香さん…俺…俺が本当にアイドルに…?それもセンターって…」
「うん。あたしは一瀬くんにはその素質があると思ってる。だから引き受けてくれないかな?」
「お、俺なんかで良ければ是非!!」
一瀬くん…?アイドルって…?
「バンドだけじゃなく…アイドルとしても地上最強…ですか…?」
「うん。豊永くんはevokeとして歌での地上最強を。そして、あたしプロデュースのアイドル『
「そんなチャンスを俺に頂けるとは…。是非お願い致します」
そう言って豊永くんは晴香義姉さんに頭を下げていた。
晴香義姉さんプロデュースのアイドルって何だ…?
「晴香さん…いや、ここではプロデューサーって呼ばせてもらいましょうか。本当に俺がアイドルになったら、沙智と兄妹アイドルとして話題になりますか?」
「うん。大丈夫だよ、さっちちゃんもアイドルやるんだし、きっと鳴海くんもアイドルやったら兄妹アイドルとして話題になるよ」
「チ、沙智の奴がアイドルをやるってのは気に喰わねぇが……アイドル兄妹…悪くないな」
河野くんも何を言ってるんだろう?
沙智?河野 沙智の事か…?アイドル?
「晴香さん…。マジっすか?オレがアイドルをやれば…天下蕎麦武道会の出場権利を貰えるんすか?」
「うん。来年の出場権利を秦野くんにあげるよ。だけど本戦に出るには予選は勝ち抜かなくちゃいけない。あくまでも契約の上て渡せるのは出場権利だけ。後は秦野くんの実力次第だよ」
「それだけでも…出場権利を貰えるだけでもオレは…。いや、オレにはAiles Flammeがあるってのに…。すまん、渉、拓実、シフォン…」
いや、秦野が一番何を言ってるんだ?って感じだな。
天下蕎麦武道会?何なんだそれは…。
僕は部屋に入った所で固まっていた。
本当に何があってどうなっているんだろう?
「ん?あ、達也。やっと来たか」
そんな僕を見て晴香義姉さんが僕に近寄って来た。
「達也。あんたはこれから…」
「おう!達也、待ってたぜ!お前、ちょっと俺に付き合え」
「え?兄貴?」
僕に近寄って来る晴香義姉さんを制して、拓斗さんが僕の手を取り、部屋を出た。
え?拓斗さん…?
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拓斗さんが僕を引っ張って連れて来たのは、SCARLET本社のフロアにある喫煙所だった。
「……ふぅ~」
拓斗さんはタバコに火を着けて深く吸い込み、煙を吐き出した。拓斗さんもタバコ辞めてなかったんですね。
「…ん?達也?お前は吸わねぇのか?」
「僕は教師になった時にタバコは辞めました。
拓斗さんはまだ吸われてるんですね」
「ああ、お前はタバコ辞めたのか。俺も明日香の前じゃ吸わねぇけどな」
そして拓斗さんはタバコの火を消して、僕の目を見て言った。
「悪かったな、達也」
悪かった?一体どの事を謝ってるんだろう?
晴香義姉さんを置いて行方知れずになっていた事?
観月の転入手続きに翻弄された事?
関西から急遽呼び戻された事?
昔に比べたらこれくらい…。
僕には拓斗さんに謝ってもらう事なんかないですよ。
「あの…拓斗さん?」
「あ?」
「僕には拓斗さんに謝ってもらう理由が思い付かないです。それより今日の呼び出しは何なんですか?部屋に居たのは秦野達ですし、Noble Fateのメンバーじゃないので僕には何が何だか…」
そうだ。謝ってもらう理由なんかより、僕は晴香義姉さんや秦野達が言っていたアイドルって話の方が…。
「ああ、その話か。最初から説明すっとな。
晴香の独裁により、お前はSCARLETでアイドル活動をする事になった。それだけだ」
…え?僕がアイドル?
それだけだって、それだけってレベルの話じゃないですよ!?あ、でも晴香義姉さんの決定なら仕方ないのか…?
「いや…あの、拓斗さん?」
「達也。お前ならわかるだろう?お前らがアイドルをやると決めたのは晴香だ。そしてその作詞作曲は俺がやる。それを決めたのも晴香だ」
そうか…やっぱり晴香義姉さんが。拓斗さんも大変だな…。
ああ、もう僕はアイドルをやるしかないのか。でも僕はNoble Fateを…花音さんと真希さんと綾乃さんとやりたい。やっていきたいんだ。
「拓斗さん…すみませんがその話は…」
「お前の気持ちはわかる。だが、それは俺じゃなくて晴香に言ってくれ」
あ、無理だ。詰んだ。
晴香義姉さんのやる事に口を出して五体が無事でいられるわけがない。諦めるしかないのか…。
「でもな達也」
「拓斗さん?何です?」
「晴香の言い出したアイドルではあるが、俺はやってみるのはアリだと思ってるぜ?」
え?何で?
「いや、待って下さいよ拓斗さん。僕にはNoble Fateもありますし、学校の教師という仕事もあります。
Noble Fateも教師も僕にとってやりたい事ですから、両立させてみせるって気持ちはありますが、アイドルとかなると…年齢も考えて下さいよ」
「それはわかってる。まぁ聞け。
俺はLazy Windとしてアグレッシブなダークロックばかり作って来たが、これからの新しいLazy Windの曲には明るい感じっつーのかな。ポップ系の曲が必要だと思ってる」
新しいLazy Windの曲?
それって御堂さんをメインボーカルにした曲の事かな?
「架純の声にはその方が合ってると思うし、明日香にも楽しいって音楽をやらせてぇからな。今までとは違う曲調でやって行きてぇ。ま、俺がボーカルの時やクリムゾンの奴らとデュエルする時は、今まで通りのダークロックで行くけどよ」
確かに御堂さんには喉の事もあるし、Blue Tearの時のイメージや歌ってきた癖なんかもある。
今までの曲調よりはポップな感じの方が合ってるか…。
「それはわかりました。でもそれがこのアイドルの企画とどう関係あるって言うんです?」
「ああ、このアイドルのプロデューサーはあくまでも晴香だが、作詞作曲は俺だからな。
これからのLazy Windの為にいい練習にもなると思ってる。あんまいい曲に出来なかったら晴香からダメ出しも貰えるだろうしな。あいつは身内だからって甘くねぇし」
なるほどね。確かにアイドル系の曲を作っていくならポップな曲を作る練習にもなるか。
でもだからってアイドルとかは…。
「そして次に一瀬 春太」
ん?一瀬くん?
「あいつはCanoro Feliceの前はアイドルをやるって夢があった。Canoro Feliceでもダンサーボーカルではあるが、番組の企画とはいえアイドルグループとして歌う夢を叶えてやる事も出来るだろ」
そうか。そう言えば一瀬くんはアイドルをやりたい事思ってオーディションを受けまくっていたって言ってたな。
そうか。番組の企画と言ってもアイドルをやれる機会があるなら……ん?番組の企画?
「あの、それよりそれもどういう事ですか?」
「あ?お前は一瀬がアイドルをやりたがってたって事を知らなかったのか?」
「それじゃないですよ。番組の企画ってやつです」
「ん?ああ、そっちか。
今回のアイドルってやつはSCARLETに所属するお前らファントムのバンドがやる番組がある。
その番組内の企画バンドで、お前と一瀬と亮と豊永と河野はアイドルになったって訳だ」
あ、SCARLETに所属する時にそんな事が規約に書いていたっけ。強制は無いとは記載されていたけど…。
晴香義姉さんに言われたんじゃほぼ強制だよね…。
「その企画バンドってのが手塚やタカや……」
・
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そして拓斗さんは今回の企画バンドの事や経緯を僕に話してくれた。
手塚さんやBREEZE、Artemisのメンバーでプロデュースするバンドか…。確かに15年前のみんなを見て来た僕も楽しみになる企画だ。
けど給料も一応出るならこれって副業って事にならないかな?バンド活動は許されても番組とか大丈夫だろうか?一応僕は教員なんだけどな…。
「話はわかりました。
確かにそれならバンド活動にも支障は無いようにしてくれそうですし、拓斗さんや一瀬くんには良い機会だとは思いますけど…」
「次に豊永 奏だ」
豊永くん?
「evokeでのあいつはステージのど真ん中で歌うってスタイルだ。だがあいつはガタイもいいし、アイドルとしてダンスを身に付ける事で、もっと動きのあるパフォーマンスを身に付ける事も出来るだろう。それをevokeに活かせばevokeはもっと良くなるだろうぜ」
た、確かに…evokeでステージ一杯のパフォーマンスをする事が出来るようになれば…。
「そして秦野 亮」
秦野も?
「亮のやつのギターの技術は大したもんだ。そこらのギタリストよりレベルは高い」
ああ…。うん、さすが浅井さんにしごかれてきたってだけあって、秦野の技術は高いと思う。
「だがあいつはセッションに馴れてねぇな。Ailes Flammeとのバンド活動の中で、あいつらに合わせた演奏なら出来ちゃいるがな」
セッション…か。そういえば井上もAiles Flammeの事を話してくれた時にそんな事を言っていたな。
どういう練習させたらいいかって相談だっけな。
僕もほとんど一人で独学でやってきた訳だし、あんまり人の事は言えないけど…。
「このアイドル活動で他のメンバーとリズムを合わせていきゃ、その経験がAiles Flammeとしてももうひと皮剥けるはずだ」
アイドル活動なら歌はもちろんダンスなんかも、他のメンバーと合わせなきゃいけないしな。
僕としてもそういう意味ではNoble Fateの演奏の為にもなりそうか…。
「そして河野 鳴海」
河野くんか。
河野くんはevokeでもしっかりリズムを取れているし、そんなに気になる所は無いと思うけど…。
「あいつは周りの雰囲気に合わせてリズムを取るのに長けていやがる」
……!?
河野くんのリズム…?
そういえば河野くんはよく周りを見ている印象が強い。
「あいつにはお前らのダンスを引っ張るキーパーソンになってもらいてぇ」
なるほど。拓斗さんの言いたい事がよくわかる。
河野くんならみんなを引っ張る役に適していると思う。そこで培った経験をevokeに活かせたら、これからのライブでも……。
「だがあいつは妹の事で暴走する所もあるからな。それが欠点だな」
妹の事…?ああ、河野の…。
あ、ここじゃ河野って言うのは紛らわしいか。
沙智…。いや、教師が生徒の名前を呼び捨てってどうなの?
「そこでお前だ達也」
…ん?僕…ですか?
すみません、わかりません。
河野の事…evokeの河野 鳴海くんの妹の河野 沙智の事だけど、あいつは何て呼ぶようにしたらいいんだろう?
河野くんの事を鳴海くんと呼ぶ?
そうなると豊永くん達も下の名前で呼ぶべきかな?
とかを考えていたので…。すみません、拓斗さん。
「河野 鳴海の暴走に関してもそうだが、春太、亮、奏のやりてぇ事やさっき言ったあいつらに足りないもの。
それを補わせる為のまとめ役をお前に頼みてぇ」
まとめ役を僕に?
「お前も腐っても教師だ。そんぐれぇなら出来るだろ」
拓斗さん…腐っても教師って何ですか?
まぁ、確かに僕を含めての5人程度だし、一瀬くんや豊永くんとは南の島での事もありましたし、秦野の至っては僕の生徒だ。まとめる事は出来るとは思うけど…。
「拓斗さん、でもそれは…」
「お前が一番の年長者でもあるしな。つまりQUINTET FUSION。ああ、QUINTET FUSIONってのはこのアイドルのユニット名だがよ。このユニットのリーダーをお前に任せてぇ」
……よし、帰るか。
帰ったら明日の授業の準備をして…綾乃さん達にライブについての連絡してみようかな。僕達Noble Fateもライブをやりたいしね。
「待て達也。お前、何帰ろうとしてやがる」
「拓斗さん、すみません。明日の授業の準備がありますので」
「お前は俺や晴香にも、タカ達にもNoble Fateにもな。遠慮し過ぎなんだよ。俺はお前のそういう所を変えてぇ」
遠慮し過ぎ…?僕が?
う~ん、晴香義姉さんは兄貴の嫁でもあるわけだし、何か文句言っても鉄拳制裁が待ってるだけだし?
拓斗さん達BREEZEのメンバーには、すごくお世話になったのもあるけど…Noble Fateに対してっていうのは…。
「花音にしても綾乃にしても木南にしてもお前にしてもな。Noble Fateは互いに気を使い過ぎだ」
花音さん達も…?
そうか。僕がいつも感じていた違和感はそういう事なの知れないな。
花音さんも綾乃さんも真希さんも、僕だけじゃなくみんなに遠慮しているような雰囲気はある。
「ははは、昔のお前なら考えらんねぇけどな」
た、拓斗さん…昔の話は…!
「ま、Noble Fateのメンバーで野郎はお前だけだしな。色々遠慮もあんのかも知れねぇな」
って…!ちょっと待って下さいよ!
Noble Fateのメンバーで男が僕だけって…!
確かにそうですけど、拓斗さんのLazy WindもタカさんのBlaze Futureも同じじゃないですかっ!
「さ、そろそろ戻るか。
達也。このアイドルユニットはお前の為にもなる。騙されたと思って受け入れてみろ」
「騙されたと思ってって…」
拓斗さんはタバコの火を消して喫煙所から出て行った。
『悪かったな、達也』
拓斗さんはこの話の前に僕に謝った。
アイドル活動の事を謝っていると思うんだけど、さっきの話じゃほぼ強制じゃないですか…。
ベースしかしてこなかった僕がアイドル活動か…。
秦野もいるし、一瀬くんや豊永くん達も僕よりずっと年下の子達だ。やるとしたらカッコ悪い所は見せてられないな…。
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僕と拓斗さんが会議室に戻った時、河野くんが晴香義姉さんに詰め寄っていた。
「プロデューサー、アイドルをやるってのは構わねぇ。一瀬も秦野、東山さんもイケメンの分類に入るだろう。だが、何故このゴリラ…いや、奏を選んだ?顔面偏差値なら響のが高いはずだ。あいつは高校の頃からモテてたしアイドルにやるならあいつは適任だろう?」
「鳴海、確かに俺もそう思うが、俺はゴリラって程ではないと思うぞ?言い過ぎじゃないか?」
「いや~、確かに日高はイケメンだけどさ?あの子って元々はうちの居酒屋でバイトしてたんだよね」
「響がバイトだと!?バカな…あいつがバイトなんて出来るはずが…」
へぇ、そうなのか。
日高くんは元々そよ風でバイトしていたのか。
今はもう辞めちゃったのかな?
「でもね。あの子、お客様の注文を聞いてる最中も、食事を運んでる最中も、お会計中も洗い物してる時もさ。
ものすごいタイミングで寝ちゃったりして仕事にならなかったから…クビにしちゃったんだよね…」
……そんなタイミングで寝ちゃうのか日高くんは。
「なるほど。響はいつも急に寝ますからね。それでですか」
「奏、何言ってやがる。響は確かにいつも急に寝ちまうがライブ中は寝る事はねぇ。このアイドル活動でもよ…」
「お前は何でそんなに響をアイドルに推すんだ?俺じゃ不服か?」
「あはは…居酒屋をクビにしといてさ…アイドルやってくれって頼みにくいじゃん?
そ、それにあたしは豊永くんはモテると思うよ。マッチョ系だし、ユニットの中のマッチョ担当はものすごく大事だよ?」
「俺がマッチョ担当…。晴香さん、その期待に応えてみせます」
「ゴリラ、いや、奏はちょっと黙ってろ」
河野くんは何でこんなに必死なんだ?
「東山先生」
僕が河野くんと晴香義姉さんのやり取りを見ていると、秦野が話し掛けてきた。
「秦野、どうした?」
「いえ、とんでもない事になったなぁと思いまして。東山先生はこのアイドル活動やるんすか?」
う~ん、正直まだ迷ってる所もあるけどな。
秦野達もやるつもりなら僕だけやらないとは言いにくいし。拓斗さんの話ならきっとこれからの僕の為にもなるのかも知れないしな。
「ああ、まぁ一応な。やるからにはバンドもアイドルもやり抜いてみせるさ」
僕は秦野にしっかりとそう答えた。
と、そうだ。拓斗さんにも言っておこうか。
「拓斗さん」
「あ?何だ?」
「拓斗さんの言うようにこのアイドル活動が僕達のこれからにも繋がるなら、僕もやりますよ。このQUINTET FUSIONを」
拓斗さんは少し驚いた顔をしたけどすぐに…
「当たり前だ。元々晴香が決めた事だからな。
お前には最初から拒否権はねぇ」
ふふ、拓斗さんは本当に…
「最初に謝ってきたのは誰でしたっけ?」
僕は少し意地が悪い気もしたけど、拓斗さんにそう言ってみた。
「あ?謝った?誰が?」
拓斗さんも本当に昔から変わらないな。
「『悪かったな、達也』そう言ったじゃないですか」
「ん?その事か?それは別にこのアイドル活動の事を謝った訳じゃねぇぞ?」
ん?え?このアイドル活動の事じゃない…?
「え?それって…?」
「俺がお前に謝ったのは晴夜の事だ」
晴夜…?
irisシリーズのベース。
拓斗さんが15年前に使っていたあのベースの事か。
内山に託したって聞いてるし、僕もそれが良かったと思ってるけど…。
「お前がガキの頃…俺がお前にベースを教えてた頃な。
お前はいつもいつか晴夜を譲ってくれって言ってきてたからよ。だけど俺は拓実に託したからな…」
そんな事か…。
いや、そんな事じゃないな。拓斗さんはずっと気にしてくれてたのか…。
「拓斗さん、晴夜の事は…」
「お前も昔と違ってベースも上手くなった。それにもうガキじゃねぇし、お前の事は俺も認めてる。だけど…」
お前の事は認めてる。か…。
嬉しいです。拓斗さん。
15年前には聞けなかった言葉だ。
内山が拓斗さんに晴夜を託してもらった事を聞いた時も、僕は嬉しかったんですよ拓斗さん。
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『あ、あの!東山先生!』
『ん?内山か?どうした?授業でわからない所でもあったか?』
『い、いえ、授業の事じゃなくて…東山先生って軽音楽部の顧問ですよね?』
『軽音楽部?
ああ、そうだぞ。何だ?もしかして入部希望か?』
『あ、違いまして…。その、僕バンドやる事にしまして…その…楽器を買うお金も今は無くて…』
『内山がバンド?』
『は、はい!それで部活で使わない日だけでもいいのでベースを貸してもらえないかと…』
『ベース?お前ベースやるのか?』
『はい…。ベースがやりたいんです…』
『まぁうちは部員もみんな辞めちゃって廃部寸前だしな。いいぞ。ちょっと部室行こうか』
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そうして僕は内山を部室に連れて行き、ベースを貸した。その日から内山はたまにベースの事も聞きに来て…。昔、僕が拓斗さんにベースを教わっていた頃を思い出していた。
僕がバンドをやりたいと今強く想ったのは、そんな内山を見たからかも知れないな。
「拓斗さん」
「何だ?」
「ベーシストとして、内山に期待してるのは拓斗さんだけじゃないですよ」
「あ?お前それって…」
これから僕はNoble Fateのベーシストとしてだけではなく、ファントムのアイドルユニットQUINTET FUSIONとしても頑張って行こうと思う。
15年前の尊敬するバンドに追い付けるように、そして今のニュージェネレーションのバンドを引っ張っていけるように…。