Side 川上宗一
「……知らない天井だ」
目が覚めるとそこは教室でも自分の家でもなかった。何故だろう。めちゃくちゃ綺麗な川の前で死んだおじいちゃんに会ったような気がする。ひょっとしなくても臨死体験をしていたんじゃなかろうか。
僕が目を覚ましたことでお医者さんたちは大騒ぎ。話を聞いてみるとどうやらここは文月学園の近くの病院らしく、僕は一晩丸々意識不明の重体だったとか。一体何があったんだ? 昨日の放課後の記憶がイマイチ思い出せない。姫路の恋愛相談に乗っていたのは覚えているんだけど……。
恋愛相談……ラブレター……カップケーキ……うっ頭が。
脳が思い出すのを拒否するかのように記憶がぼやけていく。まあいいか。
時刻はすでに午前11時頃。雄二の話だと今日は確か一日補充試験だという話だったから、行かなくても授業に遅れるとかの問題は特にないだろう。
けれど、明日の試験召喚戦争のことを考えると、午後の分だけでも補充試験を受けておいて点数を確保したいというのはあった。
そんな感じで、先生方をなんとか説得して病院からさっさと抜け出してきた。心配してたらしい妹からは死ぬほど怒られ「今日は休め」と言われたけど無視した。
「おお、川上。もう大丈夫なのか?」
遅刻届を出すために職員室に行くと、心配そうな表情をした西村先生が声をかけてくれる。この人は容赦なく体罰を行うけど、それも生徒を想ってのことだから嫌いになれないんだよね。
「はい、お陰様で、ちょっと臨死体験する程度で済みました」
「世間一般では臨死体験は『ちょっと』では済まないと思うが……」
確かに。
「先生、昨日はありがとうございました。先生が救急車を呼んでくれたんですよね?」
「ああ、お前が無事でよかったぞ」
僕はぺこりとお辞儀をしてお礼をする。もし先生が適切な処置をしてくれなければ僕の命はなかったかもしれない。これからは救命訓練の行事とか真面目に受けよう。なんかこれからしょっちゅう命の危機に陥りそうだし。
「それにしても驚いたぞ、教室に行ったら痙攣しながら泡を吹いて倒れているんだからな。青酸カリを口にしたのかと思ったぞ」
よく生きてたな、僕。
「それなら先生、今度学食でご飯をおごらせてください、お礼ということで」
「そんなことはしなくていい川上。これは教師として――いや、大人としてお前達生徒、子供を守るのが仕事であり使命なんだ。お前を助けたのは先生として当然のことで、お前に礼をされることではない」
ヤダ。マジでいい先生だ。大人の器デカすぎ。超カッコイイ。
「僕が女だったら間違いなく惚れて結婚を申し込みますよ、鉄人先生」
「西村先生だ。あと、大真面目にプロポーズをするな。誤解されるだろうが」
「振られてしまった……辛い」
「そんなに落ち込むな……。まったく。そんなに礼をしたいのなら、もっと勉強をして先生達を安心させてくれ。それが一番の恩返しだ」
「――――分かりました」
それが一番の恩返し、か。
「先生がそう言うなら、ちょっとだけ頑張ってみます」
「ちょっとだけしか頑張らないのか……まあいい。今日の午後、お前達のクラスは補充試験だ。この時間だとすぐに昼休みだな。昼食を食べたらテストの準備をしておくように」
「はーい」
僕は元気よく返事をして職員室を後にした。
少しだけ頑張ってみようと心の中で誓いながら。
Fクラスの教室に行くと、テストを終えたらしいクラスメイトがちらほらと弁当を食べ始めていた。ちょうど昼休みが始まった時だったか。
そして僕に気付いたらしい須川が話しかけてくる。
「川上、身体は平気なのか?」
「うん、もう大丈夫」
「そうか。吉井が『宗一は鼻血を出しすぎて死んだ』なんて言ってたからどうしたんだと思ったぞ」
あのヤロウいつかしばく。
「それで明久達は? 雄二とかも姿が見えないけど」
「ああ、屋上に行ったぞ。姫路さん達も一緒だ」
――ん? 姫路? なんだろう、何か忘れてはいけないことを忘れているような。
なんだろう、
姫路……明久が好き……約束……弁当……弁当?
「そうだ、弁当!」
思い出す。自分が昨日何故倒れたのか。
姫路のカップケーキ。あれの破壊力を。その致死性を。
なんで忘れていたんだ? いや、忘れていたというより脳が記憶を思い出すことを拒絶していたのか。
もし、姫路の腕が確かなら――!
「悪い須川、僕も屋上へ行く!」
「え? あ、ちょっとおい!」
須川の声を無視してダッシュで屋上へ向かっていく。
今ならまだ間に合うかもしれない、姫路の料理の腕が本物なら、あれを食べれば命が―――!
ばたん! と、大きな音を立てて扉を開け放つ!
「みんな、だいじょ―――」
バタン――ガシャガシャン、ガタガタガタ
「さ、坂本!? ちょっと、どうしたの!?」
缶ジュースをぶちまけて倒れ、痙攣する雄二。
足をがくがくと痙攣させている康太。
それを心配する島田と姫路。
乾いた笑いでそれを見ている明久と秀吉。
そしてその中心には、おそらく姫路が作ったであろう
「……遅かったか」
Side 吉井明久
どうしてこうなったんだろう。思えば今日は朝から大変だった。
朝から島田さんに殴られ、監督に来る船越先生をなんとか説得(近所のお兄さんを紹介した。ちなみに雄二も一緒にいたのだが、船越先生は既に誰かに脅されて雄二には手を出せないようだった)し、午前中は昨日消費した召喚獣の点数を回復させるための補充試験。
精神的にも体力的にも疲れてヘトヘト。しかも午後にはまだテストが残っている。
けれど嬉しいこともあった。そんな風に憂鬱になって参っていたところ、天使が現れたからだ。
Fクラスの唯一の癒し系女子、姫路さんが昨日約束してくれた通り、僕らのお弁当を作ってきてくれたからだ。
「吉井君が料理がすごく上手だと聞いたので、負けないように頑張ってきましたっ」
と、張り切ったように言う姫路さんはとてもかわいかった。許せない。こんな可愛い姫路さんがよりにもよって宗一のことが好きだなんて。
まあそれは置いといて、その宗一もどうしてか今日は入院している。鉄人曰く教室で倒れたとか言ってたけど、どうせ睡眠不足による貧血だろう。けれどその分、お昼ご飯は僕達がおいしく頂ける。宗一の奴、きっとうらやましがるだろうな。
そして屋上。シートをひいて、気分はまるでピクニック。
姫路さんのお弁当はとてもとても美味しそうだった。コンビニの弁当なんて目じゃない、丁寧な作りなのが見て分かった。
夢にまで見た女の子の手料理。しかも僕にとっては久しぶりの食事だ。
空腹は最高のスパイスだなんて言うけど、きっとおいしく味わえるだろう。
今日一日大変だったけど、つかの間の昼休みに天国が現れた。これを食べて午後のテストも頑張ろう―――
―――そう、思っていたんだけどな。
まず最初にエビフライをつまんだムッツリーニが倒れた。
それを見てどうしようかと悩んでいると、ジュースを買ってきた雄二が卵焼きを口にして倒れた。
まるで即死級の超危険な毒物を食べたかのように。
神様。僕達が何をしたと言うんですか。
これじゃあ天国じゃなくて、まるで地獄みたいじゃないですか――
「……遅かったか」
ん? 宗一!? なんでここに……退院してきたのかな?
「……あー、ごめん。僕弁当忘れてきたんだった。学食に――」
一瞬で現状を察したのか、宗一は踵を返して逃げようとする。おのれ逃がすか!
「いやいや宗一。せっかく姫路さんがお弁当持ってきてくれたんだから、わざわざ学食で食べる必要はないよ? ほら、こっちに座りなよ」
「それはできないよ。実はまだ病み上がりでさ。食欲があれがあれしてあれなんだ。だから学食のおにぎりだけで十分だから僕を掴んでいるその手を放してくれないかな?」
「はっはっは。……いいから座れっつってんだクズが……っ!」
「あははは。……とにかく放せって言ってんだよカスが……っ!」
おのれどこまでも往生際が悪いんだ! せっかく彼女の姫路さんが作ってきたんだぞありがたく食べろ!(※違います)
「あ、川上君。こんにちは。もう大丈夫なんですか?」
「う、うん……まあなんとか」
「よかったです。よければ、ご一緒にどうですか?」
「は、ははは……じゃあ、ご相伴にあずかろうかな……」
引き攣った笑みで答える宗一。満面の笑みで姫路さんに誘われて観念したのか、僕の隣に腰掛けた。
「大丈夫ですか? 坂本君」
「大丈夫? 坂本」
「あ、ああ。……あ、足が攣ってな……」
そうこうしていると、よろよろと起き上がりながらなんでもなさそうに嘘を吐く雄二。今、雄二がすごく輝いて見える。
「あはは、ダッシュで階段を昇り降りしたからじゃないかな」
「うむ、そうじゃな」
「ストレッチしないとすぐに攣るからね、足は」
「そうなの? 坂本ってこれ以上ないくらい鍛えられてると思うけど」
事情を分かっていない島田さんには分からないだろう。彼は毒を盛られたということを。
僕らは必死に作戦会議をしている。もちろん、姫路さんと島田さんにはばれないようにだ。
(宗一、もしかして姫路さんの腕を知ってたの?)
(うん、昨日姫路のカップケーキを食べてから記憶が……)
(お主が入院しておったのはそれが原因じゃったか……)
そうだったのか。てっきりあの時宗一は睡眠不足で寝てしまったのかと思ってたけど、姫路さんの料理をすでに口にしていたのか。それならあの気絶するように寝ていたり入院してしまったのは納得できる。
(それで、康太と雄二は?)
(ムッツリーニはエビフライを、雄二は卵焼きを食べてアレじゃ)
(アレか……)
二人は表面上なんでもないように見えるが、足をがくがくと痙攣させている。姫路さんを傷つけないよう必死に取り繕っているんだろう。でもその顔は死相がくっきりと浮き出ているように見える。
と、とにかく島田さんはこの場から退場させた方がいいかもしれない。
「ところで島田さん、その手をついてるあたりにさ、さっきまで虫の死骸があったよ」
「えぇっ!? 早く言ってよ、もー!」
僕の嘘を信じてくれた島田さんは手を洗いに行ってくれた。そこらへんは女の子なんだよね。
「島田はなかなか食事にありつけずにおるのう」
「まったくだね」
はっはっはと笑う僕、秀吉、宗一、雄二の男共4人。
裏側では壮絶な作戦会議が行われていた。かなり必死で。
(明久、今度はお前がいけ!)
(む、無理だよ! 雄二はともかく僕だったらきっと死んじゃう!)
(流石にワシもさっきの姿を見ては決意が鈍る……)
(僕はもう昨日食べたし、マジ勘弁)
(宗一がいきなよ! 姫路さんは宗一に食べてもらいたいはずだよ!)
(は!? なんで僕が!? 嫌だ! もう臨死体験は嫌だ!)
(臨死体験したのかお前……)
(宗一は姫路さんと恋人なんでしょ? なら絶対食べてもらいたいはずだよ!)
(そうかのう? 姫路は明久に食べてもらいたそうじゃが――待て、恋人じゃと?)
(そうだよ! まったく乙女心を分かってないね宗一は!)
(いや待て。明久、君は一体何を勘違い―――)
(ええい、往生際が悪い!)
(明久、俺も手伝う!)
(ちょっと待て何を―――!?)
「あっ! 姫路さん、アレは何だ!?」
「えっ? なんですか?」
(おらぁっ!)
(もごぁぁっ!?)
その隙に雄二に羽交い絞めにされた宗一の口の中に弁当を一杯に押し込んだ。
目を白黒させているので顎を掴んで咀嚼を手伝ってあげる。ご飯はよく噛みましょう。
「ふぅ、これでよし」
「お主、存外鬼畜じゃな」
秀吉が何か言っているけど気にしない。宗一が白目を剥いて痙攣し出したけど気にしない。
「ごめん、見間違いだったよ」
「そ、そうだったんですか?」
こんな古典的な手に引っ掛かってくれる姫路さんがありがたい。
「お弁当美味しかったよ。ご馳走様」
「うむ、大変良い腕じゃ」
「上手かったぞ、姫路。なかなかだな」
宗一の大活躍によってお弁当は無事始末完了。僕らの気持ちは青空のように晴れやかだった。
「うん、特に宗一がおいしいおいしいってすごい勢いで」
「そうですかー、嬉しいですっ」
「いやいや、こちらこそありがとう。ね、宗一?」
「ああ。お礼を言いたいぐらいだぜ。な、宗一?」
「……うぼぁー」
やばい。白目剥いてゾンビみたいになってる。
「あ、そうでした」
すると姫路さんがポンと手を打った。
「ん? どうしたの?」
「実はですね――」
ごそごそ、と鞄を探り、姫路さんはタッパーのようなものを取り出して――――
「デザートもあるんです」
「あぁっ! 姫路さん、アレは何だ!?」
「待って明久!勘弁して! 今度こそ死ぬからぁ!」
宗一が命がけで僕の作戦を止めにかかる。く、反応のいい奴め!
(明久! 僕を殺す気!? 僕そんな悪いことした!?)
(黙れ男の敵! こんな任務は宗一にしかできない、ここは任せたぜっ)
(ふざけんな! あれを食ったら今度こそ三途の川を渡っちゃうじゃないか!)
(この意気地なしっ!)
(――プチッ。そこまで言うなら覚悟はできてるんだろうな!)
こめかみに青筋を浮かべた宗一は僕が逃げられないようがっしりと僕に組み付いた。な、何を!?
「姫路。明久は姫路に『あーん』してもらいたいそうだ」
何を言ってるのぉ!?
「そ、そうなんですか!?」
「うん。スプーンはある? 姫路」
「あ、あります。今日は絶対に失敗したくなかったので、ちゃんと忘れ物がないか確認してきたんです」
見てみると小さな容器に入っているデザートはヨーグルトと果物のミックスに見える物だった。
「ならそれを明久の口に運んであげて! 本人は恥ずかしがって言わなかったけど、明久は絶対叶えたい夢だって言ってたからね! 恋人のようにお弁当をアーンで食べさせてもらいたいという明久の男の夢を叶えてあげて!」
「わわわ、分かりました!!」
なんてこと言うんだ宗一! そんなこと言ったら心優しい姫路さんが……! いやぁ――! そのスプーンを僕の口元に運ばないでぇ――!
「明久、どうしたんだ?そんな小さな声で「ギブ、ギブ」なんて言って。せっかく姫路にアーンしてもらえるんだから、恥ずかしがらずに食べろクソ野郎」
宗一の裏切り者! おのれ、どうやってこの窮地を脱出するべきか……!? 雄二と秀吉は傍観者になるべくそっぽを向いてこっちを見ない。助ける気は皆無だろう。
食べるしかないのか……? この劇物を……!
どうやってこの即死イベントを回避するか考えていると――姫路さんの声が僕の中に響いた。
「……吉井君、あーん!!」
……若干照れながらも、僕の方を真っ直ぐ見て「あーん」をしてくれる姫路さん。
やっぱり年頃の女の子が僕みたいな男にあーんをするのは恥ずかしいんだろう。頬が赤く、若干涙目でスプーンを持った手は震えている。
けれどその笑顔は天使のようで――僕は――僕は――
Side 川上宗一
「……宗一」
「……何さ、雄二」
「……さっきは、無理やり食わせて悪かった」
「……儂も、謝る」
「……いや、いいんだよ。分かってくれれば」
「……明久の冥福を祈る」
「ちょっと、ウチの分の弁当もう食べて―――なんであんた達、手を合わせて黙祷してるのよ?」
姫路の手によって口にヨーグルト(らしきもの)が運ばれていく度に明久の顔がどんどん青く、そして白くなっていく。足ががくがく震え始めるが、明久は姫路にそれを悟られないように「おいしいおいしい」と機械のようにうわ言をくりかえしていた。
そんな風に美味しそうに食べてくれる明久を見て、嬉しくなった姫路はさらに明久にデザートを「あーん」する。
明久は正に今、死の淵に立たされていた。こうなるように姫路を誘導したのは僕だが、少し罪悪感が湧いてきてしまう。
それでも照れくさそうに笑う姫路を見て明久は――幸せそうに笑っていた、ように見えた気がする。
次回はBクラス戦。次の投稿まで少し間隔があくかもです。
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