Side 川上宗一
次の日。
朝の7時、一人Fクラスの教室でスケッチブックと睨めっこしていると、前の扉ががらりと開いた。
「おはよ―……あれ、川上?」
「ん?島田じゃん、おはよう」
朝のオンボロ教室に現れたのは、ポニーテールがトレードマークの女子、島田美波。目つきはきりっとしてて鋭いけど、可愛いんだよな。
「眼福眼福」
「何祈ってるのよ」
「いやあ、昨日はずっと鉄人先生と回復試験+補習で……。島田みたいな女子が目に入ると癒されてね」
「一体何をしたのよ……アンタ達は2年生になっても騒がしいわね」
島田は呆れながら僕の隣の卓袱台に座る。
「吉井達は?」
「まだ来てないよ。昨日は明久達も鉄人による地獄の補習漬けだったからね。多分ギリギリに来ると思う」
雄二は「作戦の為に少し準備してくる」と言ってどこかに行ってしまった。卓袱台の上に雄二の鞄が置いてある。
「ふーん……アンタは早いのね?」
「ちょっとやらなきゃいけないことがあってね」
「やらなきゃって、その絵?」
「うん。昨日は家帰ってすぐ寝ちゃったんだ。だから早く来て練習中」
芸術家たるもの、常に研鑽あるべし。芸術に限らず、技術というのはサボるとすぐに鈍るからね。
こうやって誰かをモデルに描くのが僕の練習であり、日課だ。昨日は疲れて眠ってしまったせいで描けなかったので、少し早起きしてこうやって描いている。
すると島田は興味を示したのか、スケッチブックを覗き込んでくる。
「へぇー、ちょっと見てもいい?」
「いいよ。ただの練習用のスケッチだけど」
島田がスケッチブックを受け取ると、ぱらぱらと捲って僕の絵をじっと見始める。
「あ、吉井の絵だ……。笑ってて可愛い……。こっちは坂本の絵、男らしく描いてるわね。あ、土屋だ。こっちはカメラ構えてて、こうして見ると様になってていいわね。それと木下の絵……むぅ、相変わらず可愛いのね……」
「その辺は明久達をモデルに描いたスケッチだね」
「でも木下の絵はなんかやたらと可愛く描いてる上に、他の男子に比べて描いている枚数が多くない?」
「気のせい気のせい」
明久達に比べると、秀吉の絵を描くことのほうがずっと多いからね。仕方ないよね。
「時々思うけど、吉井もアンタも木下のことが好きなの? 木下は男なのに」
「ち●こがついてるぐらい問題ないぐらい秀吉は可愛い。だから問題ない。QED証明完了」
「何が大丈夫なの……」
呆れるように溜め息を吐く島田。こればっかりは女子には分からない魅力だろう。僕ぐらいになってくると「逆についてるからこそいい」とか言い出すからね。これがJapanese HENTAIと言う奴だ。
「あ、ウチの絵だ。瑞希の絵も。へぇ、すごく可愛く描けてるのね」
「ふふふ、でしょう。女の子の絵を描くのは得意だよ」
「そうね。特徴がしっかり描かれてて、ウチらの絵だってすぐ分かったわ…………分かりすぎるぐらいに…………(しくしく)」
「どうしたの、急に泣き出して」
「こうして並べて描かれると……胸の差が……!」
「お、おう……」
さめざめと膝をついて泣きだした島田さん。ちょっと同情する。
「で、でもまあ。貧乳はステータスだ、希少価値だ、って名言もあるし。胸があると肩こりがひどいとか言うし、落ち込むほどではないんじゃない?」
「それは巨乳だけに許される文句よ! ウチだって言ってみたいわそんなこと……!」
拳を握ってぷるぷると歯ぎしりをする島田。確かに、島田は自他ともに認めるぺったんこだった。
「まあ、姫路の胸を自然豊かな山と例えるなら島田の胸は平坦な野原、いや、砂漠? 荒れ果てた荒野――ねえ、島田、無言で僕の頸動脈を抑えようとするのやめて。死んじゃう」
油断も隙もあったもんじゃない。
「フン。いいわよ。どうせ男は皆、瑞希みたいな女の子が好きなんでしょっ」
「うん」
「なんで即答するのよ! そこは「そんなことないよ」とかフォローしなさいよ!」
理不尽。
「実際、『島田と姫路、どっちと付き合う?』って訊かれたら僕は姫路って答えるかなぁ。だっていい身体してるし」
「アンタって本当に最低の変態よね!」
失礼な。僕は純粋に魅力的な体の女の子とあんなことやそんなことをしてみたいだけだ。
まあ姫路は明久に夢中だし、僕が入り込める隙は皆無だろうけど。
「でも姫路は実際、男の理想を集めて体現したような子だからなぁ。僕だけに限った話じゃないと思うよ?」
おっぱいが大きい、可愛い、おしとやか、勉強ができる、優しいetc ――――こうして考えると、まるで男の妄想の塊だ。(ただし料理の腕は除く)
「対して島田は、姫路と真逆だし。顔立ちは整ってるけど、スタイルは細い。足は長くて綺麗だけど、それはアイドルやモデルというより、陸上選手とかバスケ選手とか、スポーツをやって鍛えられたという連想させる。可愛いことは可愛いんだけど、男勝りな性格のせいでそれが打ち消されてる感じ」
「うぐっ」
自覚はあったのか、反論を詰まらす島田。
「あと、キレると怖いというイメージが強い」
「うぐぐっ」
「いつも明久を殴り倒しているから、島田=男より強いっていう印象があるんだよね」
「うううっ」
「それが男子からモテず、女子からモテる理由なんじゃない?」
「うわああん!」
泣かしてしまった。
「知ってるわよ! この学校の『彼女にしたくないランキング』にウチの名前が載ってるって! この間も後輩の女の子から告白されたし! どうすればいいのよぉ!」
「マジか。百合ルートまっしぐらか。これは島田を巡って清水とその後輩女子の壮絶な争いが」
「だから! ウチは女の子じゃなくて吉井のことが好きなの! 川上だって知ってるでしょ!?」
「そりゃ知ってるけど。でも、去年からアドバイスしてるのに一向に活かしきれない島田も悪いと思う」
「そ、それは……そうだけど……」
ドイツから帰国してきた島田とは、半年とちょっとぐらいの付き合いになる。僕は入学当初から島田と仲が良かったわけじゃない。1年生の夏休みに入る前ぐらいに、明久を介して友達になったのだ。その後、明久達と一緒に島田とちょくちょく遊ぶようになった。そして仲良くなった二学期頃、島田が明久を好きになった馴れ初めを教えてもらった。創作のネタに使えないかなという興味本位だったのだけれど、それ以来島田からちょくちょく恋愛相談をされるようになったと言うわけだ。
聞いた当初は「なんてロマンチックで甘酸っぱいラブストーリーなんだ」と思ったが、もうすぐ知り合ってから一年近くなると言うのに未だに島田は二人の関係を進められずにいる。
「だって……本人を前にすると……照れくさくて……」
顔を赤くして小声でつぶやく島田。
そういう乙女の表情を明久に見せれば、明久も島田の事を少しは意識―――
「殴っちゃうんだもん……」
いや、未来永劫ありえないかもしれない。
「島田。そろそろ諦めて清水とゴールインしたらどう? 踏ん切りがつかないなら、清水におすすめの結婚式場を紹介してくるけど 」
「待って!それだけは絶対だめ!!」
ここまで来ると島田のツンデレも筋金入りだ。そろそろ医者も匙を投げるレベル。まったく、仕方ないなぁ。
「まあ、姫路という強大な恋のライバルがいきなり出てきて焦るのは分かるけど、島田が変わらない限り明久との関係は変わらないよ。多分」
「うぅ……」
「照れを隠したいのは分かるけど、肉体言語で相手に想いが伝わるのはジャンプの世界の住人だけだよ? サイヤ人じゃないんだからさ、昨日だって明久半分死んでたし」
「あれは吉井が悪いの! ウチは吉井のこと心配してたのに、偽物扱いして、あげくの果てにはウチを敵ごと補習室に送ろうとしたんだから!」
「うん、状況は細かく分からないけど、とりあえず明久がバカやったってのは分かった」
何したんだ明久……。
「なら、それをうまく活用してみたら?」
「活用?」
「島田と明久って、もう結構付き合い長いんでしょ? なら、そろそろあだ名とか名前で呼んでもいいんじゃない?明久には美波って呼ばせてさ」
「ウ、ウチと吉井が名前で……?」
名前で呼び合っている所を想像したのか、顔をみるみる赤める島田。
「でも、恥ずかしい……」
「そこで昨日の話だ。明久にお詫びとして「名前で呼ばせる」って命令するとかさ。それなら罰ゲームという体面を取れるし、島田もやりやすいと思うよ?」
「で、でも」
「やらないなら別にいいけど、姫路に取られてもいいの?」
「…………」
「姫路は積極的だよ。明久との距離を詰めようと頑張ってる。弁当作ってきたり、さ。島田も分かってるんじゃない? 姫路は間違いなく明久のことが好きだよ」
その料理の腕は容易に人を殺せるレベルだが。
「それでもいいなら、別にいいよ。でも好きな人と一緒になれるって、そう簡単にできることじゃない。島田もそろそろ前に進むべきだと思う。恋は戦争。進まないと負けるよ」
異性と付き合ったこともない奴が何を偉そうに、と自分で言ってて呆れるが、島田のツンデレは筋金入りだ。
何故なら島田にとって、明久は初めての恋の相手。初恋と言う奴だ。誰かを好きになるということが初めてで、それでどうすればいいか分からないのだ。取り扱い方が書いた説明書もない、誰も教えてくれないと言うのが恋というもの。単に言えば、島田は恋という物に対して恐ろしく不器用なんだ。
なら、多少強引でも島田は変わらなければいけない。心で明久ともっと仲良くなりたいと思っていても、理性と羞恥心がそれを邪魔してしまうのなら、それを乗り越えなければ。
恋を叶えたいなら、自分が変わらなければ。
「…………やる」
「……ん、よかった」
そう答えた島田は涙目になりながらも、目には強い意志が宿っていた。これなら大丈夫かな。
「……いつもありがと、川上。こんなウチを、応援してくれて」
「ホントだよ。もうちょっとしっかりして早くくっついてよ」
「アンタホントにむかつくわね……」
笑いながら僕を小突く島田。
「それに、恋愛相談は島田以外にも乗ってるからね。清水とか姫路とか。島田のことは応援してるけど、島田だけに肩入れするわけじゃないし」
「美春のことは本当にやめて欲しいんだけど……」
「え、もうしなくていいの? 清水のフォローやめたら、もっと暴走してもっと大変なことになると思うけど」
「やっぱり現状維持にしましょう」
懸命な判断だ。
すると神妙な面持ちで島田は言った。
「なんで川上は応援してくれるの?」
島田を応援する理由?
「んー……島田の事、結構気に入ってるからかな?」
「それってもしかしてうちのこと……」
「いや、島田は別に好みじゃないからーーちょっと待っ、島田、そっちの方に間接は曲がらなっ……!」
なんでそんなスムーズに人の腕の間接を極められるんだ。柔道選手でもないのに。
「僕はご存じ、馬鹿でスケベだからね。島田みたいに僕とつるんでくれる女の子なんて今までいなかった。まあ、島田からすれば『明久のついで』みたいな、好きな人の友達程度の感じなんだろうけど――それでも僕は、嬉しかった」
「川上……」
「僕はさ、明久のファンなんだよ」
「ファン?」
「ドイツじゃあまりピンと来ないと思うけど、昔、僕が小学生だった時は『男が絵を描いたりピアノを演奏する』っていうのは恥ずかしいことだって言われてたんだ。それが原因で男にも女にもハブられてたり」
「ハブ…?」
「無視されたり、仲間外れされるってこと」
「…………」
悲しそうに眉を潜める島田。
詳しくは知らないけど、島田は文月学園に入学当初、孤立していたらしい。ドイツから帰国したばかりで、日本語が今ほど上手く喋れなかったからだ。
明久のおかげで今は友達に恵まれ、言葉の壁を乗り越えることができたらしいけれど、一時期の間、孤独だったのは確かだ。
なら、僕がどういう風に扱われていたのか想像はできるだろう。
「そんな時に友達になったのが明久。最初は『なんだこのバカは』って思ったけど、明久は僕みたいな奴と友達になりたいって言ってくれたんだ」
そう考えれば、島田と僕は同好の士とも言えるかもしれない。恋愛感情の島田とファンである僕とは少し違うだろうけど。
「ふふっ、そういうことね……だからファンなんだ」
「そう。明久は僕にとってヒーローなんだ。見ていて飽きさせない、ワクワクさせてくれるバカ。僕はこれから明久がどんなことをしてくれるのか期待してるし、素直でバカで人のために体を張れる明久に手を貸してあげたいって思ってる。だから明久を好きになった島田や姫路のことを応援してあげたいと思うんだ。あいつがモテるのはイラッとするけど、島田の気持ちはよく分かるからね」
「…………」
「同じバカを気に入ったファンに力を貸したい、応援したいというのはおかしい?」
「ううん、嬉しいわ」
島田は微笑みながら首を横に振った。
「アンタ、そうやって普段のスケベを出さないで、いつも真面目にしていればモテるわよ?」
「島田はもっとおしとやかになれば明久に振り向いてくれるかもだよ?」
うるさい、と僕が言うと島田はあはは、と笑った。
普段からそうすればもっといいのに、とお互いに言い合って。
「……うん。頑張ってみる」
「頑張れ。……あ、そうそう」
立ち上がって教室を出ようとした島田を僕は呼び止める。
「何? 川上」
「島田は胸がないのを随分気にしてるけど、それって『胸が無いと明久に魅力的に想われない』って思うから?」
「……うん」
少し沈んだ顔をして島田は答えた。まあ、好きな人にはいつでも魅力的に見られたいって言うのが女の子の気持ちだよね。
「じゃあ、尚更気にすることはないよ」
「え?」
「女の子は魅力を磨き続ける生物だと僕は思っているけど――少なくとも、明久は島田のことを魅力的だと思ってるはずだよ?」
「な、なんでそんなことを言えるのよ?」
「魅力的じゃない女の子に明久が簡単に『友達になりたい』って言うと思う?」
「――――っ!」
はっ、と何かに気付いたように、島田が息を呑む。
「もし明久が、魅力的なボディの子……身体目当てで女の子と仲良くなりたいと思う男なら、島田に声はかけないよ。……まぁそもそも、誰にでも『友達になろう』なんて言えるほどチャラ男じゃないしね」
もし明久にそんなことができる器用さがあるのなら、もう少し世渡りが上手にできるだろう。
それができないのが、吉井明久という馬鹿なのだ。
「でも、はっきりと断言できることがひとつだけ。明久は『見た目がいいから』だとか『胸が大きいから』だなんて安っぽい理由で女の子と友達になろうとする奴じゃない。明久はただ『島田美波』という魅力的な子と、友達になりたがったんだ。姫路瑞希じゃない。他の誰でもない君と仲良くなりたいって言ったんだよ」
明久は、身体目当てで友達を選ぶような奴じゃない。
孤立した島田に同情みたいな考えはあったかもしれないけど、それだけで仲良くなろうとはしない。
自分が利益を得るために、誰かと友達になろうとするほど、明久は頭は良くはないのだ。ただただ純粋に、その人と友達になりたかったから。理由はそれだけだ。それは島田も分かっているのだろう。1年近く付き合えば、明久がどんな馬鹿なのかは分かるのだから。
「胸とか顔とか服とか髪とか――確かに見た目を磨くのもいいけれど、心を美しく魅せて惹き付けるのも、男を落とす一つの手段だと僕は思うよ?」
男は確かに、見た目や胸とか、そういう物に惹かれやすい生物だ。それは性格とかうんぬんではなく、生物としての本能に近い。誰かにどうこう言われて直せる物じゃないし、姫路の胸とかそういうのは、異性を落とすためのひとつのアドバンテージになるだろう。
でも、体つきが魅力的でもそれだけが恋人になるきっかけだとは限らない。最終的にその人の心が人の関係を決めるのだから。
「――――――!」
島田は顔を上げて目を丸くしたかと思うと、次は耳まで真っ赤にさせて、笑った。
それは、僕が今まで見てきた島田美波という女の子の、最高の笑顔だった。
「―――――やっぱりアンタは、変ね。変で変態だわ」
「よく言われる」
「でも、ありがと! おかげで自信がついたわ、
「!」
今度は僕が目を見開いて驚く番だった。
「友達同士だったら名前を呼ぶぐらい普通でしょ?」
いたずらっぽく言う島田の言葉に、僕は思わず吹き出してしまう。
「プッ……ガンバレ、
「もちろん!」
そう言って島田――いや、美波は廊下を駆けて行った。
これから美波は、明久を振り向かせようと頑張るのだろう。姫路というライバルと一緒に。
明久を巡る恋は、いずれ、どこかで終わりを迎える。どちらかが負け、どちらかが勝つ。一方は恋人になり、もう一方は友達のままだ。
でも、彼女は楽しそうだった。人を想うというのは、それだけで楽しいのだろう。僕には想像もできない楽しさだけど――
いずれ終わる恋と言う名の戦争は――願わくば、3人が幸せになれる結末でありますように。
「―――さて」
とりあえず明久の卓袱台に鉄人のイラスト(全裸のマッチョポーズ)を置いておこう。
なんでこんなことをするかって?
だって島田と姫路の幸せは願うけど明久を祝ってやるとは言ってないしね。
それに、単純に明久がモテるのはムカつくからな!
「ふぁぁ……おはよう」
「アキっ!」
「うわ! し、島田さん? どうしたのいきなり? それに今僕のこと、アキって……」
「ねぇ、アキ! ウチは昨日のこと、まだ許してないんだからね! だからこれからアンタはウチのことを――――」
投稿です。予告詐欺?まあ是非もないよね(土下座)
感想、評価、いつもありがとうございます!お気に入りが300超えててびっくりしました。これからも読んでいただければ幸い。
ここで少し宣伝を。今年の夏に開催されるコミックマーケット94に自分が所属するサークル「永久パピルス」が受かりました。
クトゥルフ神話TRPGのシナリオ集を作っており、活動報告にて詳細を書いた宣伝をさせてもらってます。
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次回こそBクラス戦決着。